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ドラキュラ・ドラキュラ 種村季弘編 |
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| アンソロジー(国内編集者) | 出版月: 不明 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
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![]() 河出書房新社 1986年01月 |
![]() 河出書房新社 2023年02月 |
| No.1 | 6点 | クリスティ再読 | 2026/05/18 17:13 |
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| 種村季弘「吸血鬼幻想」の資料編みたいな立場にある本。「吸血鬼幻想」の中で触れられているカルメ「吸血鬼たち」やヴォルテール「吸血鬼」のテキストも収録しているが、これはオリジナルの薔薇十字社単行本だけのようで、再販文庫では割愛されているのが惜しい。
なんだけども「吸血鬼幻想」のテーマに則り、ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」を通俗小説として退けて、「ドラキュラ以前」の地層から発掘された/典拠を持った吸血鬼作品集というカラーがある。だからお約束の弱点を備えた悪のヒーローのドラキュラではなく、土俗的な「甦る死者」という感覚を保持した作品というカラーが通底しているようにも感じる。「ドラキュラ以前」という面ではポリドリ「吸血鬼」も収録するが、晦渋な佐藤春夫訳というのが面白い。そして「吸血鬼幻想」でも参照されるメリメの「グズラ」も抄録ながら雰囲気がわかる。要するに種村らしく擬古的なパロディの文脈での吸血鬼譚の収集というニュアンスがあったりするのだ。 この擬古的なパロディという面ではもちろんホフマン「吸血鬼の女」やシュオッブ「吸血鳥」、ダレル「謝肉祭」といったあたりの作品が吸血鬼が象徴する貴族的な典雅さを表現している。その頂点がジャン・ミストレル「吸血鬼」である。いやこれ、あまりに種村の論拠におあつらえ向きすぎるために「種村の模作?」と疑ったが、実在する小説のようだ。そのくらい模範的な貴族的典雅さと野蛮さを結び付けた小説で読み応えがある。 だからこれらのパステーシュ的な典雅な吸血鬼小説が現代化した場合には、当然あらさまなパロディの文脈に置かれることになる。シュルレアリストの女性詩人でブルトンの最後の愛人と言われたベレン「吸血鬼を救いにいこう」は外国吸血鬼歓迎協会による吸血鬼の介護をテーマにしたショートショート。吸血鬼は自分と同じ血液型の血しか吸えないそうだ(苦笑) そして表題作になっているH.C.アルトマン「ドラキュラ・ドラキュラ」は断片化されたパロディ的ドラキュラ譚ででっち上げてきないかがわしさが満開。吸血鬼が跳梁するマンドラーク近隣の農夫たちの秘密連祷と題された「ドラキュラ ビールのように血を飲むものよ/われらを護れよかし」とかサイコー(苦笑) でここにお馴染みホームズが活躍するドイル「サセックスの吸血鬼」もこのパロディの文脈で理解すべきだろうな。 しかしヴェルヌ「カルパチアの城」は一見ホフマン風のオペラ歌姫を巡っての謎の恋敵との張り合い話だが....実は吸血鬼とは誰か、リドルストーリー風の面白味があって、見事に背負い投げを喰らわされる。 いや吸血鬼とは、オリジナルの存在しない、すべてが言説の上で成立した本質的にパロディ的な、パスティーシュ的な存在なのであろう。いや死後の生命というもの自体が、生命のパロディに過ぎないのだ。 |
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