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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1359件 |
No.1359 | 5点 | アリバイのA- スー・グラフトン | 2025/01/23 17:52 |
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ヴィックやるならキンジーも...もあるんだけど、ちょっと別な狙いでグラフトンをしたい、という考えもあって、取り上げることにした。シリーズ自体初読。
イマどきハードボイルドにこだわるのも何なのかもしれないが、ヴィックがチャンドラー流をうまく女性視点で消化していることで、評者的には大変印象がいい。私立探偵小説かハードボイルドか、という設問で考えたら、やはり御三家へのまねびみたいなものがあって、初めて「ハードボイルド」と呼ぶべきだとも感じるのだ。だからヴィックはハードボイルドだが、キンジーは違うと思う。女流私立探偵小説であり、「女には向かない職業」のコーデリアに近い。 まあとはいえ、夫殺しで服役し、出獄してきた女性が訴える冤罪の再調査をキンジーが請け負った。夫の死の直後、夫とも縁がある女性が「夾竹桃の樹皮」を混入した薬という同じ手口で殺されており、そちらは迷宮入り...周辺の人に手堅く聞き込みを行うキンジーは、ラスベガスに飛ぶ。電話越しで殺人を知ったキンジーは... こんな話。ラスベガスの殺人で本の半分を消化。展開が遅め。女関係が派手な被害者ということもあって、聞き込み先は女性が多い。その聞き込みでキンジーが「シスターフッド」といった感覚で共感していくのが、女性らしいよね...となるあたり。キンジーはバツ2子なしの独身で、とある男性のフェロモンにキンジーがやられる話とかもあるよ。 まあ普通に私立探偵小説。手堅くて意外とかそういうことはない。「ピーター卿が白馬の王子様」のヴィックより確実に地味。 |
No.1358 | 6点 | 嘘をつく器 死の曜変天目- 一色さゆり | 2025/01/22 11:45 |
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曜変天目自体は、本作中でちょっとだけ触れられる龍光院以外の2つは評者も実見しているよ。不思議で美しいものではあるのだが、このところの日本人の「曜変天目大好き!」には評者も違和感みたいなものを強く感じていたのが正直なところ。
だからね、評者は本作には好意的。まじめに落ち着いた陶芸小説になっている。 艶やかで青黒い佇まい魔物のような迫力を持つと同時に、有毒植物にも似た過度な美しさを備えた、まさに曜変天目の壺だった。 と作者も曜変天目自体には反発心があるのが窺われる。けど「血を混ぜないと曜変しない」とか、「中国では不吉として割られた」とか、「日本の国宝3椀のみ」とか、「伝説」がその神秘的で宇宙を思わせる不思議と相まって、ヘンにマスコミに取り上げられることも多いわけだ。世の中には曜変天目再現をめざす陶芸家もいろいろいて、そんなあたりを本作はモチーフにしているが、作者の扱いがいろいろと「怪しい」あたりにも踏み込んでいるのが個人的に共感する。 日本人がいい加減なパチモン模作(それも中華製で逆に笑えるが)に騙されるとか、そういう話はよく出ているからね。 天目茶碗というもの自体、茶道では「書院の茶」の象徴みたいなもので、お稽古では天目を使ったお点前も学ぶけども、侘茶の精神とは別物でもあって、献茶式ならともかく、茶事として遭遇することもないものでもあったりする。ましてや「有毒植物のような」華美さのある曜変天目ならば、侘茶の美意識とは相反するものでもある。 そういうわけで、陶芸小説としては作者の視点に大変共感するのだが、ミステリとしてはもう一つかなあ。いや探偵役の馬酔木泉のキャラは評者は好き。 この情報社会で一般常識を知っていることなどなんの役に立つ?そんなもの検索をかければ分かるじゃないか。多くの人が知らないことを飛び抜けて知っている方が、よっぽど価値があるとは思わないか。 まさに御説のとおり。名探偵はホームズの昔からこうでなくちゃ。 |
No.1357 | 6点 | メグレの幼な友達- ジョルジュ・シムノン | 2025/01/21 23:08 |
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「幼な友達」とはなっていても、実は日本の高校に相当するリセでの同級生。
そんな旧友フロランタンが、メグレの面会を求めた...フロランタンは同居する愛人のジョゼが殺されるのを間接的に目撃していた。ジョゼの死を確認して、自分に容疑がかかることを恐れたフロランタンは、同級生のメグレに救いを求めたのだ.... なんだけども、このジョゼは、妾奉公ならぬ一種の「愛人商売」をして、小金を溜め込んでいる女。フロランタン以外にもオトコは四人いて、それぞれ逢う曜日を変えて鉢合わせしないようにしている。そういう愛人商売が「癒し系」みたいに描写されているのに妙なリアルさを感じたりする。よくある「情痴」の事件でもなさそうなんだ。 フロランタンはかつては老舗菓子屋の息子として、同級生の間でも羽振りがよかったのだが、今では「落伍者」と呼ばれるほどに落魄して、ジョゼのヒモのような立場にあった。 要するにメグレにとってはキャラを知っているだけに、フロランタンは「厄介者の遠縁」みたいな面倒臭い立場にあるわけだ。フロランタンはリセの当時から「嘘つき」であり、悪戯好きの道化者として、面倒を引き起こしがちな男だった。そんなフロランタンは同級生の立場から、ヘンにメグレにも馴れ馴れしく振る舞い、メグレが困惑しながら捜査をする...この関係のヘンテコさが面白い。 ミステリとしては、ジョゼの住むアパルトマンの女管理人が強情にも何も語らないことが鍵となっている。この女管理人のキャラがなかなか「ヒドい」。強情な大女で、この女も狙いがあって喰えない。けども、この女の存在とフロランタンの策動のせいで、話がもつれているのを、メグレは解きほどいていく。 ジョゼ・フロランタン・女管理人とキャラにウェイトが高くて、それで勝負しているあたり、後期メグレっぽいなあと思わせる作品。そう親しいわけではない同級生、という設定が効いている。 (あと、このフロランタンって名前だが、そういう焼き菓子があるんだけども、関係があるんだろうか?) |
No.1356 | 5点 | 赤外音楽- 佐野洋 | 2025/01/20 20:17 |
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NHK少年ドラマシリーズといえば、1972年の第一弾「タイム・トラベラー」が伝説的な作品でもあり、また「暁はただ銀色」「夕ばえ作戦」などジュブナイルSFの名作を映像化したこともあって、SFが目立つことになってしまっている(実はSF偏重はなくて一般的な児童文学が多い。ミステリだと「蜃気楼博士」をやっている)。そんな中で「トラウマ的名作」の誉れが高いのが本作。ジュブナイルSFだけども原作は佐野洋。
「青きドナウだ」...しかし、ラジオから流れた奇妙な音楽は、聞こえる人と聞こえない人がいた。高校生の法夫は放送が求めるままに、その不思議な音楽が聞こえたと伝えるはがきを「ミュータント研究所」に送った。すると「Rボックス」と呼ばれる装置が送られてきた。その装置はやはり他人に聞こえない不思議な音声によって、法夫に「次の日曜日正午ごろに東京タワーの近くへ行け」という指示を伝える。東京タワーで集まった人々は不思議な研究所に連れていかれて... こんな導入。人間には見えない赤外線になぞらえた、「特殊な人にしか聞こえない音」をモチーフに、東京タワーで知り合った少女の失踪を絡めてSFスリラー的に展開する。けどね、原作では尻切れとんぼみたいにあっさり終わってしまう。ドラマでは、地球滅亡とミュータントの話を絡めた終末モノになって、これが視聴者にトラウマを植え付けたことで有名なんだよね。シナリオライターが頑張ったのか、それとも佐野洋の原作が打ち切りを喰らったのか、謎である。 というわけで、原作はいいところでブッタ切りで終わるという大変情けない状態。それでもドラマに免じて甘くしたい(苦笑、しっかり見た記憶はないんだが、「青きドナウ」の話をちゃんと覚えている...懐かしくて取り上げる) |
No.1355 | 6点 | 贋作展覧会- トーマ・ナルスジャック | 2025/01/20 17:33 |
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大体が「名探偵」というものは、マンガチックなものなのだが、それをそう思わせないように作者が共感可能なキャラ設定などを盛り込むことで、なんとか維持できているというあたりが相場なのだろう。もちろん作者自身は自身の理想などをキャラに盛り込むからこそ、その「思い」によって名探偵にも生彩が出るわけだ。
しかし、他人によるパステーシュの場合には、作者本人の秘めた思いの部分は捨象されるから、外面的な特徴をなぞって描かれることになる。そうなるとどうしてもマンガ的な要素が目立つことにもなる。しかし、そんなパステーシュの「他人事」の特質を通じて、そのキャラの本質めいたものが開かれることも絶無ではないのだろう。 なんてことを書きたくなるのは、やはり「ルパンの発狂」とか、稲葉明雄による保篠辰緒風翻訳の味わいが「ルパンらしさ」をしっかり引き出しているとも感じられることにある。のちにボア&ナルで盛大に贋作ルパンをシリーズ化するわけだしね。ファイロ・ヴァンスのパステーシュ「雄牛殺人事件」が、ヴァンス物の独特の大仰さとゴシック的な怪奇スリラー色が出ている。確かにヴァンス物の一番いいところというのは、実はパズラーであること以上にホラーだったりすると評者は見てたりする...この2本は出色のパステーシュだと思う。 それと比較すると「警視の捜査における指揮ぶりが、これほど支離滅裂なのははじめてだ。気管支炎が悪化しているのだろう」と書いてしまうメグレ物は「語るに落ちている」といったところがシラけるし、ウルフ物はそもそもマンガ的なネロ・ウルフというキャラを小説的にちゃんと成立させているスタウトの冷徹な剛腕といったものが、逆に目立つことにもなる。 いや、いろいろな意味で面白いことは確か。日本人がやるパステーシュだと、どうしても「名探偵って英米基準なキャラなんだよね」と白日に晒すかのような卑屈さが出てしまい情けなくも感じるのだが、フランス人によるパステーシュだと確かにノスタルジーといった色合いも出るんだろうなあ。 |
No.1354 | 7点 | 女王陛下の騎士ー007を創造した男- 伝記・評伝 | 2025/01/18 16:40 |
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「007の謎」というものは、究極のところイァン・フレミングという男の謎、ということにもなるのだ。もっともらしいことを言おうとすれば、何でも言える。大戦中に英国秘密情報部で活躍した男、ハイクラスの贅沢を知り尽くした男、ギャンブラーであり、ゴルフの名人、そしてダンディに「列を乱す」男。007は作者フレミングの隠れた自伝であることをこの評伝は明らかにするのではあるけども、しかし、フレミングの実像との乖離もまた大変興味深いものがある。
金融界の大物の子弟として生まれ、出来の良い兄に比較されて腐っていた弟。奇妙な反抗心をコアに抱え込み、容易に本音を外には漏らさない。一見活動的ではあるのだが、真に活動的であるとは言えない、奇妙に矛盾した性格をこの評伝では明らかにする。 まずいことには、イァンは訓練生としては優れていたが、秘密工作員や真の行動の人間としての気質はもっていなかったというだけのことだ 海軍情報部でのフレミングの活躍は、これは確かな事実である。その活躍は海軍情報部長の私設副官としての「微妙な」立場にあるものである。目標を定めて綿密なプランを立てて、適切な人員を配置し...といったマネジメントに辣腕を振るったのだが、現場に詳しいわけではない。何でも「できる」のだが、何もできない男。自分では何もできないが、「誰にできるか」については完璧な人物・能力の鑑別ができ、それについての人脈を備えている男。永遠のアマチュアであり、ディレッタントであることを宿命づけられた万能人。 ....そしてそのことに、強いコンプレックスを抱いてもいる。 こんな肖像を本書は描いてみせる。だからこそ、007はフレミングの「夢の自伝」としての性格を帯びていることになるわけだ。 何者でもないが、何でもできる。そういう不思議な人間が作り出した「夢」として、007がインテリから大衆に至るまで、さらには60年以上の時代を越えて愛されるのは、大変不思議なことでもある。 007が「唯一無二」なのは、やはりフレミングが「唯一無二」だったことの反映なのだろう。 (評者は憧れるね...先日バーでヴェスパーを飲んだ。すっきりしていて軽口なおいしさ。マティーニより好き) |
No.1353 | 7点 | 下り”はつかり” 鉄道ミステリー傑作選- アンソロジー(国内編集者) | 2025/01/14 20:10 |
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創元の鮎川傑作選のタイトルで「下り”はつかり”」を使っちゃっているのは、オールドファンとしてはちょっとばかり残念。1975年のカッパブックス「下り”はつかり”」といえば、このあと「急行出雲」などと続く鉄道ミステリ傑作選というイメージが強いんだ。
というのも、70年代までの鮎川氏というと酒もタバコもギャンブルもやらない堅物として知られていて、文壇活動には消極的な「孤高の作家」イメージがあったんだよ。探偵文壇といえば乱歩高太郎といった親分たちが取り巻きを引き連れて飲み歩くというカラーがあったわけで、そういうのから鮎哲さんは外れていた。 それが75年のこのアンソロに端を発して沢山のアンソロを編むようにもなるし、「幻の探偵作家を求めて」もやれば、「鉄路のオベリスト」を翻訳連載するとか、このアンソロをきっかけに業界リーダーとしての活動範囲がぐっと拡大した。そんな記念すべき本だと思っているんだ。 収録作は、城昌幸「ジャマイカ氏の実験」、乱歩「押絵と旅する男」、岩藤雪夫「人を喰った機関車」、大阪圭吉「とむらい機関車」、横溝正史「探偵小説」、芝山倉平「電気機関車殺人事件」、青池研吉「飛行する死人」、坪田宏「下り終電車」、土屋隆夫「夜行列車」、角田喜久雄「沼垂の女」、多岐川恭「笑う男」、鮎川哲也「下り”はつかり”」、加納一郎「最終列車」、星新一「泥棒と超特急」、森村誠一「浜名湖東方15キロの地点」、斉藤栄「二十秒の盲点」 それぞれに鮎川氏の軽い解説がついて、かなりボリュームあり。有名作家の有名作も目白押しなんだが、そういう有名作はハッキリ言ってどうでもいい。 このアンソロで「面白い」のは、芝山倉平「電気機関車殺人事件」、青池研吉「飛行する死人」、坪田宏「下り終電車」といった作品なんだ。 フツー知らないでしょ!ってなるような作家、作家紹介も「経歴その他一切不詳」とだけ書かれるような作家たち。鮎川氏が「新青年」「ロック」「宝石」といった雑誌の上だけで作品を知った作家たち(それも1作きりとか)の作品を丁寧に拾い上げているあたりなのだ。アンソロとはまさにそんな「追憶」を「愛」に変える行為だ。 評者も「飛行する死人」(「天狗」に発想してリアルなトリックで二連発。語り口佳し)、「下り終電車」(私鉄の終電の後に電車が通った?のアリバイトリック)、「電気機関車~」(絶対に作者は国鉄職員!)の3本がこのアンソロのトップ3だと言おう。 そんな鮎川氏の「愛」に打たれるアンソロである。 |
No.1352 | 5点 | 被害者の顔- エド・マクベイン | 2025/01/12 13:57 |
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87の5作目。コットン・ホーズの登場回かつハヴィランド退場回。なんとなくハヴィランドが殉職してホーズが移動、ってイメージだけど、実は違う。わずかだが重複在籍期間がある。
同じく肉体派刑事、というわけだが、ハヴィランドが暴力刑事で拷問を辞さないダーティ刑事なのに対して、ホーズは女好きはあってもスマートなんだよね。よく考えれば、コットンという名前自体、コットン・マザーにちなんでいる(作中で明言)わけで、伝統的ニューイングランドのWASP出身というのは明白。海軍上がりでも育ちはいい。本作で描かれる「ホーズくん、いきなりやらかす」も、そういう「育ちのよさ」が原因だったりもするんだろう。まあそれも87の洗礼と呼ぶべきだが。 で、酒場で殺された「千の顔を持つ謎の女」の事件と、八百屋強盗の巻き添えを喰らうハヴィランド刑事の事件と、2つの事件があるが、大した関連はない。どっちもそう面白い意外な真相でもない....う~ん、困った。通常営業と言えば通常営業だけど、とくに盛り上がるわけでもない。凡作、ということになる。 酒場の事件の「なぜこんないろいろな顔が?」というあたりに、意外さがあれば印象が違うんだろうけどもねえ。ちなみに「結婚を女性が唯一勝負可能な投資」と割り切る女性がなかなか印象的。まあそんな「女性一般」の謎だったら、ミステリの謎にするのもどうか、とも思う。 |
No.1351 | 7点 | わが懐旧的探偵作家論- 評論・エッセイ | 2025/01/11 09:39 |
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その昔「幻影城」に連載されていた、評伝的エッセイ。山村正夫のデビュー自体がまだ学生時代で、発刊したばかりの旧「宝石」。バイトなどを経て協会の裏方も長く続けたこともあり、旧「宝石」作家たちの人間臭いエピソードを交えながら、その作品を作家論的に取り上げていくもの。協会賞受賞作。
でもね、作家のラインナップが凄いんだよ。評者とか思わずうれしくなる。五十音順というのもあって(発表順は別)、トップからしてご贔屓の朝山蜻一! そして、鮎川哲也、江戸川乱歩、大河内常平、岡田鯱彦、大坪砂男、香住春吾、香山滋、狩久、木々高太郎、楠田匡介、島田一男、城昌幸、高木彬光、千代有三、角田喜久雄、日影丈吉、氷川瓏、山田風太郎、横溝正史...と続く。 評者がこのサイトで取り上げた作家も数多い。大河内・香住・狩・千代・日影はまだだが、とくに日影丈吉はしっかりやりたいな。やはり評者の「ミステリのふるさと」というのはここらへんにある、というのも実感する。 さらに言えば、このラインナップで存命だった作家に「幻影城」が積極的なアプローチを行い、晩年の展開の場を提供したことも、言い添えるべきだろう。朝山の「蜻斎志異」なんて、本当にこのエッセイのおかげを被っているとも感じる。 (でも、天城一と飛鳥高、それに戦前派なら水谷準は扱ってほしかったな...) |
No.1350 | 5点 | 九つの答- ジョン・ディクスン・カー | 2025/01/09 14:49 |
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ヘンテコな作品。ヤタラ長いし「9つの間違った答え」という趣向もピンとこないことから、敬遠してたのを思い立って読んだわけだが...導入から快調に飛ばして読んでいける。カーの冒険味の強い時代物の手法で、舞台が現代、といったテイスト。
憎々しいヴィランとレスラー上がりの執事、と言えば、ゴールドフィンガーとオッドジョブ!なんて連想をしながら読んでいたよ(苦笑)身元を偽装して潜入するのも妙に007。というわけで、楽しく読めるんだけども、中盤あたりから鈍重な印象を受けるようになる。 これは考えてみると、一つの場面でたくさんのことが起こり過ぎて、場面の一つ一つが長すぎる、ということの影響ではないのだろうか。そしてBBCの放送会館とかベーカー街の「シャーロック・ホームズ展覧会」といった、カーの個人的興味で「書きたい!」と思った時事的なネタを引っ張り過ぎるのが、ヘンなコダワリみたいに感じられる。「鈍重さ」の原因はこんなあたり? でさらに「九つの間違った答え」という趣向自体が、ややメタな狙いでもあるから、上記個人ネタとも合わさって「...あんたのご趣味だろ?」といったあまり芳しくない印象ももたらしているかもしれない。パズラー的な狙い自体は「まあそういうのもある」という程度。狙ってつまらないあたりで着地したかな?という感覚。 カタルシスがないなあ.... |
No.1349 | 5点 | ビロードの爪- E・S・ガードナー | 2025/01/06 12:05 |
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今年は、ぺリイ・メイスンの初期くらいは発表順に追っていこうかとも思う。
そりゃ70年代くらいまでは大人気だったよねえ。レイモンド・バーのTVドラマも人気だったし。評者はあまり思い入れがない...まあそんな評者にもお付き合いくださいませ。 言わずと知れた第一作。「闘士」と最初から形容されるくらいにアグレッシヴなぺリイ・メイスン。でも第一作で遭遇するのはサイテーで最悪な依頼人(苦笑)女の武器を100%活用しようとする依頼人を、秘書のデラくんが嫌悪感を込めて「ビロードの爪」と形容。一見ゴージャスでもきわめて危険なことを象徴している。いや本当に依頼人の行動は自分勝手極まる。評者もデラくんの嫌悪感に共感。 この構図ってハメットの十八番、まさに「マルタの鷹」なんだよね(デラくんはエフィだな)。悪女に振り回されて迷惑し通しの主人公が悪女を突き放す話...それでもメイスンは依頼人を見捨てない。ちょっとそれが不思議だけども、それがぺリイ・メイスン、ということだろう。 だからメイスンのハードボイルド的性格というのも、もう少しスポットライトを当ててもいいのでは、とか思うのだ。それでもさあ、メイスンの捜査はハッタリの連続で、こういうアメリカンな強引さ・押しの強さは評者は苦手だな。 振り返ると大きなツイストはあるにせよ、枝葉を落とせばかなりシンプルな話のように思う。根幹となる登場人物もそう多くもない。装飾するエピソードの語り方が上手なために、さらっと読ませるうまさがある。 シリーズ第一作で作者も肩に力が入っているのかな。こんな程度の評価で勘弁して。 |
No.1348 | 7点 | 死人はスキーをしない- パトリシア・モイーズ | 2025/01/05 15:09 |
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いやこれは楽しいミステリ。ものすごくオーソドックスなのに、ビジュアルの良さが光り、多彩な人物像が描ききれていて、安心して「寄りかかれる」ような感覚。
ミステリ的にもリフトの上り下りの交差を含めて、細かい時刻表検討があったり、一見無関係な多彩な人々に裏の顔があり、それが突然告白されたりして、展開も飽きさせない。スキーリゾートの躍動感もしっかりと描写されている。 ティベット警部が初めてではないにせよ初心者なのに、ティベット夫人が中級くらいの実力というもの素敵。このおしどり夫婦っぷりに好感。 でも本当にオーソドックスな英国ミステリ。今回早川世界ミステリ全集で読んだこともあって、どうしてもリゾート地での殺人という面で「はなれわざ」と比較することになるけども、小説的として派手に仕掛けた「はなれわざ」よりも、本作の地味さがリーダビリティの高さを実現していることに、面白さを感じる。 モイーズってあまり関心がなかったけど、実力を再確認。 |
No.1347 | 8点 | ドーヴァー4/切断- ジョイス・ポーター | 2025/01/04 12:08 |
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こういう言い方をすると物議を醸すかもしれないのだが、このところのフェミニズムの暴走具合を見るにつけ、本作が示してみせた矯風会的な「ミサンドリー(男性嫌悪)」の悪夢的状況を、他ならぬ女性作家が示してみせたということに、絶大な史的意義があるのでは...なぁんちゃってね。
いやポーターというと破天荒な女性像を描かせたら天下一品だけど、今回はネタがネタなだけに「変でパワフルな女性たち」の描写は控えめ。ドーヴァーのイヤな奴っぷりも大人しめのようにも感じる。 まあネタが凄いからね。斎藤警部さんも仰っているが、普通はこのネタ「奇妙な味」の切れ味いい短編で使うと思う。それをシリーズキャラクター登場の長編でやって成功させるポーターの豪腕が見どころ。しっかり伏線張って、なおかつ「死体切断の合理的理由」を納得させる「ミステリとしての豪腕」も見逃せない。 なんやかんや言って、名作だと思うよ。 |
No.1346 | 7点 | はなれわざ- クリスチアナ・ブランド | 2025/01/03 18:18 |
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ブランドもやらなきゃねえ。早川世界ミステリ全集でもとくに分厚い巻をやることにしようか。
皆さんもご指摘のようにクリスティ「白昼の悪魔」を連想させる作品で、これをメタなミスディレクションみたいに使っている。さらに技巧的になっているから「はなれわざ(というよりも強引な「力技」)」になっているんだろう。 けど、クリスティだったら恋愛心理の方をしっかり追求したんじゃないかなあ。いい線は突いていると思うんだけど、本作だとこの恋愛心理のアヤがわかりづらくて、唐突に恋愛の真相が告白されることになる。女性のイヤな側面の描き方がクリスティって天下一品だったようにも思うんだ。 プロットとしては独裁的な公国の君主の面子が絡んで、いろいろややこしいあたりに、コックリルが策謀する面白みもあるだろう。 まあ派手な仕掛けが好きか嫌いか、で評価が分かれるかな。プロットの努力を買ってやや甘めに7点。 |
No.1345 | 6点 | 魔都- 久生十蘭 | 2025/01/01 21:53 |
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新玉の年たちかえる初春の朝、大内山の翠松に瑞雲たなびき、聖寿万歳を寿いで鶴も舞い出でよう和やかな日和。
大晦日の夜9時に始まり、正月二日の朝4時に幕を閉じる本作、お正月にふさわしい作品というべきか(苦笑)十蘭の華麗な名調子で語られる魔都東京の奇譚...いや前半すごく面白い。しかし後半は失速して広げた風呂敷が畳みきれない。作者が途中で飽きてしまったような印象。大量の怪しげな登場人物が右往左往する話のわけで、舞台となる昭和10年の、ごったまぜな世相をブチまけるだけブチまけて、あとは知らないよ〜 キャラ的には探偵役に当たる、黒づくめで陰気で狷介、「枯木寒巌」と形容される、でも敏腕な捜査一課長、真名古明警視がいい。「レミゼラブル」のジャベールのような、と作者もネタを割るキャラだが、日本版バンコランみたいなイメージ。まあでもちょっとした手がかりから透視的なくらいな推理を開陳したりする(苦笑) 安南皇帝が日本に微行していて、その所持する巨大ダイヤやボーキサイト利権をめぐって対立する政商とか、日比谷公園の噴水の青銅の鶴が歌うとか、キャッチーな話が続くのだけど、どうも尻切れトンボに終わる。いや魅力的なんだ。だからこそ、惜しい感が強い。男言葉で話す舞踏家とか、化粧して女言葉でスゴむゲイボーイ風の兄さんとか、アヤしい奴らが闊歩する世界なんだけどもねえ。 おっさんさまも14年前に正月番組として取り上げた本作、ちょっと期待しすぎたかなあ。 |
No.1344 | 5点 | 魚雷をつぶせ- ジョルジュ・ランジュラン | 2024/12/30 18:17 |
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「ハエ男の恐怖」として映画化された、この人の「蠅」が面白かったこともあって、もう一作ある翻訳の本作をやってみよう。
このランジュランという人、名前もフランス人だしフランス語で著作するのだけど、実はイギリス人。しかも第二次大戦中はスパイ組織で活躍したという経歴があり、このスパイ小説にもしっかりその経歴が反映。NATOの情報部員として、フランス人のルイ・グルナ・ド・フォンシーヌ少佐とイギリス人のサンディ・グラント大尉がコンビを組んで活躍する。イギリス人が「蠅取り紙」として目立つ動きを見せてターゲットを牽制し、その隙をついて潜行するフランス人がキメる、役割分担のコンビである。 なのでイギリス人の方が、本作でも敵に捕まって美女スパイとしっぽり、というプレイボーイっぷりを披露。フランス人の方はイケオジ風で、敵方の使用人の少女とコンタクトして「伯父さん」として潜入。まあだからバディ物スパイ小説とは言え「ナポレオン・ソロ」のナポさんとクリヤキンのコンビみたいな味わいはないな。 でこのシリーズは、このランジュランが総監修するかたちで、他の作家にも執筆させるという企画もの。残念ながら翻訳は本作のみ。スパイ小説ブームを当て込んで企画された、エンタメ・スパイ小説シリーズということになる。それでも「経験者」のランジュランだから、リアルと言えばリアル。しかし、リアルなプロセスに踏み込んでいることで、やや地味な印象。 敵方も元ナチのシュラハト博士。東側の依頼で原子力応用で何年も潜航しっぱなしOKの潜伏型魚雷を発射する施設を管理する。ヴィランというほどの押し出しはないなあ。というわけで悪くはないが平凡なスパイ小説。期待したわけではないが、ランジュランという作家への関心で読んでみた。 |
No.1343 | 5点 | 酔いどれの誇り- ジェイムズ・クラムリー | 2024/12/27 16:19 |
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主人公ミロはモンタナ州の田舎町メリウェザーの没落した名家の出身。
おれのおやじは飲んだくれだった。おふくろも飲んだくれで、あげくのはてに自殺した。おれの人生は、あまりバラ色だったとはいえない。おれには人格もないし、宗教心もないし、人生に目標もない。 と共同経営する「マホニイ」という酒場で飲んだくれる日々。地元名家出身だからか小銭にピーピーしているわりに資産はあるようだ。まあだからまぎれもなくジモティで、スモールタウン物といえばそういうことにもなるか。 そんな田舎町だが、ヒッピーが流入して地元民とトラブルを起こしていることが背景にある。そんなヒッピーの中でも強面のオカマ、リースの腰ぎんちゃくだった男がオーバードーズによって酒場のトイレで突然死。その姉から弟の死の真相究明をミロは依頼される... おれの名前は、ミルトン・チェスター・ミロドラゴヴィッチ三世。職業は酔っぱらい。神様も公認さ と御大層な名前のわりにスラブ系で、西部植民の末期に無法者を退治した曾祖父から司法官の家柄として続いた不肖の末裔....だが、その曾祖父の手柄がこの事件にも少しばかり影響していたりする。西部のどん詰まり、夢破れた姿というべきか。 まあそんな小説だから、ミロ自身正当防衛で2人ほど作中で殺したりして、西部劇風の荒々しい背景が見えたりする。それにもかかわらず、ハードボイルドか、というとかなり疑問。不幸自慢してしまうような主人公じゃ、ハードボイルドにはならないよ。ハードボイルドの「非情さ」には都市住民の「心を見せない」クールさが不可欠なんだと思うんだ。ジモティにはハードボイルドである条件を満たすのは難しいや.... 読んでいて連想したのは「ディア・ハンター」。あれもスラブ系の狭いコミュニティ出身者たちの湿度の高い話。 |
No.1342 | 6点 | ハートの刺青- エド・マクベイン | 2024/12/23 11:29 |
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87の四作目。三作目「麻薬密売人」のラストで瀕死の重傷を負ったキャレラが、見事復帰。シリーズはめでたく継続。というわけで、真の意味でのシリーズ開始作、と言ってもいいのかもしれない。
2〜4作は原題でいうと"The Mugger","The Pusher","The Con Man" と、「強盗」「売人」「詐欺師」と犯罪者の類型が作品タイトルになっている。そういう狙いがあったんだろうね。 というわけで本作だと「ハートの刺青」をした女の死体が川から続いてみつかる話と、ケチな詐欺師の話がカットバック。女殺しも結婚詐欺の凶悪なタイプのわけで、「人生すべて詐欺の連続」という「大テーマ」によるまとまりを狙っている。まあけど、これって「気の利いた人生の教訓」というもので、説教くさいな(苦笑)2つの事件が関連が薄い、というご批判もありがちだが、ここらへん初期の試行錯誤のうちだろう。本作だとハヴィランド刑事の油断がテディのピンチにつながるわけで、「暴力刑事」として不人気なハヴィランドは次の「被害者の顔」でお役御免。ここらへんも初期の試行錯誤が露わなあたりだろう。 とはいえ、テディ大活躍の本編、テディのファンにはうれしいよね。あとクリングくんも刑事としてサマになってきて、クレアとの恋も進展。事件も結婚詐欺で冴えないオールドミスの恋が背景。そんなラブラブな話が人気の理由じゃない? (でも、なぜかポケミスの登場人物一覧がテディ・キャレラを落としている。失礼ではw) |
No.1341 | 8点 | 忙しい蜜月旅行- ドロシー・L・セイヤーズ | 2024/12/21 20:43 |
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大まかにだけども、評者も執筆順で読もうかと思っていたから、セイヤーズの長編ラストは本作。ピーター&ハリエットの男女物語としてはやはり順を追わないと「腑に落ちる」ことにはならないだろうね。だから最低でも「毒」「死体をどうぞ」「学寮祭の夜」本作は、この順番で読むことをおすすめする。
「学寮祭」のラストでようやくプロポーズを受けたハリエットが、本作冒頭でゴールイン。晴れて「レディ・ウィムジイ」とか呼ばれてしまう。 「はい、おそらくは、奥さま」 〈奥さま〉−こんな事態をバンターが受け入れてくれるとは、彼女は考えてもみみなかった。ほかのみんなはともかく、バンターだけは無理なはずだった。だがどうやら、そうではなかったらしい。 評者も思わず目頭が熱くなる。新婚旅行はハリエットが子供時代を過ごした村で、憧れの家を借りてのものになるはずが....不測の事態に見舞われて、新婚夫婦の間にもいろいろと波乱も起きる。コージーというには筆がしっとりとしているし、ユーモアにしてはハイブラウ。シェイクスピアを引用しまくりでロマンチックな「いいムード」になったところにお邪魔虫が...という笑える場面もあるけども、お互い若くはない新婚夫婦ということで、気遣いすぎて遠慮めいてしまう感情もあれば、シリーズの中で隠れたテーマでもある「ピーター卿の弱さ」を「強い女性」のハリエットが受け入れるというシリーズ全体としての「決着」もある。 いやこのシリーズ、ピーター卿って、弱さを克服して「強く」ならないことに、その「独自の個性」があるんだろうな。その「弱さ」に開き直るのでもなく、否定するでもなく、自然に受け入れるあたりに、このシリーズの良さでもあり、単純な「名探偵」小説にしないセイヤーズの見識が伺われる。 創元のオマケの「〈トールボーイズ〉余話」では、三人の男の子に恵まれたピーター卿夫妻の後日談が語られる。長男のブリードンの悪戯から、男の子の自然な「強さ」みたいなものがテーマかな。だから、父になったピーター卿が我が子のために「子供に帰る」姿に、妙に泣けるものがある。+1点したいな。 さてこれでセイヤーズも長編はコンプ。来年は短編集を3冊片付けたい。大体ピーター卿登場作はカバーできるみたいだ。 |
No.1340 | 6点 | 日時計- クリストファー・ランドン | 2024/12/14 14:38 |
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いやこういうの、好き。
悪漢に誘拐された少女の居場所を写真の「日時計」からフランス・ロワール地方のシャトーに突き止めて、ハリー&ジョウンの私立探偵夫妻と友人のジョシュのトリオによるその少女の奪還大作戦! 魅力はサクッと軽いその舌ざわり。軽妙かつユーモラス...なんだけども、とくにギャグがあるわけではなくて、叙述から伝わってくるそこはかとないユーモアが大変魅力的。それを丸谷才一の筆がうまく伝えている。ジョシュがトリックスターみたいな役割を果たして、うまく状況を掻きまわす。それが「牽制作戦!」 まあ犯罪自体には麻薬密輸に絡んでの「ゆるめ」な犯罪企図もあるんだけど、ここらへんはまあ、リアルとか言っても仕方ない。それこそエーリッヒ・ケストナーの「消え失せた密画」とかそういう「ゆるくて、楽しい話」としてのスリラーということである。しいて言えばクリスピンとか近いのかなあ。 なぜか創元オジサン印で出たために、損している印象もある。「本格」という概念が偏っているといえばそうだけど、こういうのが王道英国スリラーとだとも思うんだ。 |