皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
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クリスティ再読さん |
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| 平均点: 6.38点 | 書評数: 1574件 |
| No.1574 | 5点 | 丸裸の男- ジョルジュ・シムノン | 2026/05/06 22:32 |
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| 読売新聞社での「О探偵事務所」第三弾。この本は連載前半で4作収録。「掘立て小屋の首吊り人」と「入り江の三艘の船」の間に相当する作品。
いやどれも出だしがキャッチー。「丸裸の男」ならば、浮浪罪一斉検挙で捕まった中に有名弁護士の姿を見つけたトランス。なぜ売れっ子弁護士が浮浪者に身をやつして?「モレ村の絞殺者」は同じ観光地にある隣り合わせの2軒の宿屋の同じ9号室で、同じ名前と出身地を名乗る男が同時に殺害された!「シャープペンシルの老人」ならカフェテラスで憩うエミール君は突然モールス信号による秘密の会話が客同士の間で交わされていることに気が付く...「ブロメ通り、22番地、4階」という秘密のメッセージに導かれたエミール君はその住所を訪れる。果たしてそこには男の死体が...と素晴らしい始まり方をする作品が続いている。まあ「モレ村の絞殺者」ではこんな奇妙な殺人事件が話題になって、その観光地が大賑わいという皮肉な状況が描かれるし、意外に根の深い背景があったりする。 う~ん、でも比較的ガチャガチャした展開が多いかな。メグレとは違い、行動派というあたりの作劇のために、立ち止まらずにどんどんと話が進むタイプのミステリ。リュカ警視とかジャンビエ刑事までトランスの元同僚として登場するし、リュカは自信なさげにメグレの真似っこしている。 「ミュージシャンの逮捕」では捏造証拠を隠ぺいするために、冤罪を仕掛けた男の眼をそらすためにトランスくん、その男を一発殴る。うんだから、そういうノリの小説だね。 |
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| No.1573 | 6点 | 探偵物語- 別役実 | 2026/05/05 10:45 |
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| 「探偵物語」にはもうあと2つ作品が存在するんだね。別役実の小説と、ワイラー監督の映画である。ワイラーの映画はシドニー・キングスレーの戯曲を原作にしたもので、これは早川書房から翻訳がでているようだ。
とりあえず別役実の本作。これはショートショート集「探偵X氏の事件」、童話の「さばくの町のXたんてい」と同一キャラを主人公にした連作シリーズで、本書は4作の短篇と1作のショートショートを収録。 不条理演劇で名を馳せた別役実だからね、このX氏は探偵とは言いながら、真相を解明するというよりも自ら事件を起こしかねないトリックスターである。ちょいとブラウン神父風のとぼけたキャラだけど、ブラウン神父みたいに切れ味のいい逆説を開陳するのではなくて、X氏本人が不条理な逆説でしかないような話なんだ(苦笑)実際、町の人々は「X氏が探偵である」ことを認識しながらも「この街の探偵は誰でしょう」と尋ねられたら皆困惑してしまう....論理の軸がねじれた世界なのである。 表面的には星新一風の抽象性が目立つんだ。キャラはすべて「Q氏」とか「R主任警部」とか、星新一のエヌ氏の要領。しかしSFではなてくて、探偵という存在自体を不条理として捉える「メタ」視点の話なのだ。 往々にして人は、事件を解決しさえすれば全てそれを探偵と呼ぶ。しかし、そうではない。人は、まず探偵にならなければならないのであり、次いで事件を解決するのである。 とこれが本書のキートーン。論理的なのだが、その論理の筋がちょいと狂っていて、それがファンタジーを呼んでいる。カミのルーフォック・オルメス氏を意識しているのはまあ間違いないのだが、ダメ探偵なのは違いなくて、もちょっと物悲しい。 最初の「X氏登場」はそんなX氏の紹介。「夕日事件」はX氏の元に届いた白紙の手紙を基に、一応推理っぽいことはして手紙の真意を解明するのだが、その解明が逆に手紙の主がX氏に要求したことを阻害するという逆説。いやこれ深いかも?探偵することが真相からどんどん遠ざかる。探偵することで夕日の真実を見失う。ナイス。 「管理人失踪事件」は自転車を食べた男T氏が、次はバスを食べることにチャレンジ。しかし、閉じこもった男を監視するために雇われたD氏が失踪...D氏の代わりにT氏と閉じこもったX氏の運命は? 「大女殺人事件」はX氏が偶然遭遇してしまった殺人事件!倉庫街に転がった女プロレスラー上がりの大女殺しに巻き込まれたX氏は犯人を見つけられるかww問題なくミステリです(大笑)一応アリバイトリックがあったりしますw というわけで、奇抜でファンタジックな小説。たしかに「探偵物語」。このタイトルにはグウの音もでない。 |
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| No.1572 | 5点 | 探偵物語- 赤川次郎 | 2026/05/04 15:06 |
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| 小鷹信光の「探偵物語」とは松田優作が私立探偵するしか共通点がないか。こっちは薬師丸ひろ子の角川映画の原作、というよりもメディアミックス展開でひろ子と優作の当て書きで書かれた小説。
5日後にアメリカに渡る女子大生直美の身辺に出没する影、それはお転婆な直美を心配して付けられたボディガード兼監視役の私立探偵辻山だった。ドジな迷探偵の辻山は早々に直美に見破られ、迷惑がられつつも依頼を...しかし、辻山の別れた妻幸子にヤクザの愛人殺しの容疑がかかり、ヤクザに追われる幸子を辻山がかばう。それに巻き込まれた直美はこのホテルでの密室殺人を解決しようと奮闘するが? というお話。赤川次郎のサクっとした語り口で語られるファンタジックな探偵物語。直美がやたらと元気な一方、辻山は中年で体力も落ちていて結構クタビレている。情けない(苦笑) 映画の辻山は優作だから、原作よりも断然カッコイイ。ソフトスーツが懐かしい、というか結構優作ってベビーフェイスだな。まあ密室自体に期待してはいけないんだが、真相には映画の方が少々ヒネリがあって、映画の方がミステリとしても良い。よじ登ったり、肩車したりと、ひろ子って身体能力が結構高いんじゃないのかな...これが直美の元気さにうまく反映している。 |
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| No.1571 | 6点 | 探偵物語- 小鷹信光 | 2026/05/03 13:45 |
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| 日本ハードボイルドの守護神、小鷹信光氏の数少ない創作小説。
テレビドラマ「探偵物語」の原案として、小鷹氏が招聘されて主人公の工藤俊作の造形の顧問になったわけである。テレビシリーズの設定をもとにオリジナルな作品として書いたのが本作。だから、テレビシリーズのキャラである相木政子やナンシー&かおりら、服部刑事なども顔見せ。また、俊作のアメリカ時代の因縁の相手も登場。というわけでテレビシリーズと直接に連結する小説になっている。 工藤は行方不明の娘玲子を連れ帰るように、実業家の戸部からの依頼を受ける。しかし、秘書との触れ込みの永谷という男に操られている印象が引っかかる。工藤は調査を開始するが、戸部は「玲子は誘拐されて、身代金が要求があった」ことを告げる。工藤はこの誘拐が玲子の狂言誘拐ではないかという疑惑を持つが、戸部の政界工作と黒い霧事件との関わりを、工藤との因縁を抱える黒崎から教えられ、この誘拐事件の背後にある込み入った事情を洞察していく...身代金の受け渡しを好機として工藤と黒崎、永谷一派がそれぞれこの誘拐事件を利害に結びつけようと動き出していく。そんな只中で、誘拐の首謀者と見られる男の家で死体が転がる... こんな話。もちろんハードボイルド私立探偵小説としては王道な話。しかし「長編ネオ・ハードボイルド」と銘打たれているあたりが評者は気になる。小鷹氏はどこら辺に「ネオ・ハードボイルド」を感じていたのか、という問題意識だね。1979年だからすでに、名無しのオプ・フォーチュン・ワイン・ブランドステッターといった初期勢は紹介済みであり、ハメット・チャンドラー・ロスマクではない「ネオ」って何だ?ということが常に念頭にあったのだろうね。 もちろん、ハメット式の狭義の「ハードボイルド文」ではないわけで、それ以上に探偵像の造形として「孤独なオレ」の小説ではなくて、探偵のプライベートと周囲の人々を含めた小説であることなんだろう。特に本作の場合、テレビシリーズとしてのレギュラー出演者というお約束があるからこそ、「孤独なオレ」ではなくて、工藤俊作とその周りの人々という環境の問題としての「ネオ・ハードボイルド」だったんだろうね、とは得心がいくというものだ。 まあだからこそ、確かに多数の人死もあって、悲劇といえば悲劇だけども、ロスマク的な陰鬱さというわけではない。やはり読みどころは、工藤・黒崎・永谷一派が監視する中、身代金を受け取ってそれを追跡するプロセスのようにも感じる。受け渡し場所がわかっており、また、誘拐犯側も監視・追跡上等で仕掛けてきた身代金受け渡しである。この追跡の駆け引きの面白さが優ったように感じる。 (個人的には篤実な目立たないことを買われて工藤に雇われる探偵の小西がいいなあ。けどこの小西くん、小説ラストでの動き方は危ういよ。大丈夫か) |
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| No.1570 | 10点 | 獄門島- 横溝正史 | 2026/05/02 18:51 |
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| 流石にこれは10点だろ。う〜ん。
実のところ、トリック自体はカーに元ネタがあるのが多くて、そういうあたりを連想しつつ読んでいたんだけど、元ネタを非常にビジュアル的に上手く演出しているのが素晴らしい。元ネタの処理が下手くそに思われるほどの巧妙なプレゼンテーションだ。さらに俳諧の持つ「俗」な美意識が見立て殺人の趣意に絶妙に合致しているんだ。これは和歌の世界でも謡曲の世界でも都々逸の世界でもマッチしない。真犯人の構想した「美的世界」に関係者が飲み込まれた事件だっともいうべきなんだろうな。 いやそういう関係者の心理的な揺れが、金田一の枕元に置かれた貼り混ぜ屏風にも現れているわけだ。偶然の成り行きがあたかも啓示のように犯人の背を押したことが、とても納得がいく。「本陣」ではどうにも心理的な納得感がなかったのだけども、本作の心理的納得感は素晴らしいよ。暗合の渦に巻き込まれていく犯人は、その恐怖を金田一にそれとなく告白していたりもしているんだろう。そういう運命的なものも感じる。 ミステリとしては、やはり第一の殺人がトリック面は地味だけど、一番優れていると思うよ。これもカーなんだけども、危うい心理的な綱渡りがあって、それが「きちがいじゃが」に反映していると思うと、非常に興趣が深い。 本作については、多分映画を見たら、その絵に失望すると思うから止めておこう。そのくらいに心理に裏打ちされた耽美的な世界を小説が構築できていると思う。 |
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| No.1569 | 8点 | 日本探偵小説全集(9)横溝正史集- 横溝正史 | 2026/05/02 12:23 |
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| この創元の全集で「本陣」とか「獄門島」をやるのがいいのか?というのは結構悩むところなんだけども、ちょっとズルさせてください。「獄門島」の書評は書く内容が多すぎるので、別立てで「獄門島」で行います。なので、この本では「獄門島」以外の「鬼火」「探偵小説」「本陣殺人事件」「百日紅の下で」「車井戸はなぜ軋る」についての書評ということにします。
この本の編集は要するに戦前代表作「鬼火」と、「本陣」の「宝石」連載中に並行して「新青年」に掲載された「探偵小説」、金田一第二作の「獄門島」と金田一時系列では「獄門島」へ向かう直前の「百日紅」と「獄門島」から帰った直後の「車井戸」という編集になっている。言い換えると戦後すぐの横溝正史の動向を「蝶々」を別にして概観できる編集なんだよね。さらに編集後記の中で「本陣」連載最終回に掲載されて「獄門島」を予告する「作者の言葉」まで収録。「今更」横溝正史をこの日本探偵小説全集で扱うための仕掛けとしては十分である。編集企画の勝利というべきだ。 「鬼火」というと、検閲に引っかかった作品で有名なわけだけど、これについても検閲漏れの本をたまたま入手した中井英夫氏による経緯が付録で収録。そして、削除箇所復活をゴシックで明示しつつ以降の作者本人による改訂を含めた「最大版」というべきものを校訂している。柏書房の「鬼火」が手稿版を掲載しているから、比較してみてもいいかな。 「探偵小説」はドイルの有名作の趣向を含めたアームチェア的な作品だけど、「本陣」連載と並行して「新青年」に掲載したものだし、やや戦前的な作風の気がするな。「本陣」の前に書いたか、戦前に発表できなかったものなのかな。 「本陣」は戦前の事件だが、この事件で磯川警部と金田一が出会っていたりするし、金田一の名前が一躍売れたという結果になっている。ここらの設定が初期には金田一サーガといった流れを想定していたことになる。で今回は読んだ後にATGの高林陽一監督の映画も鑑賞。中尾彬が金田一の映画。いや実は横溝ブームを作ったのはこの映画なんだよね。「真説金田一耕助」でも横溝自身が、興行的に成功して若者に支持されたことに驚いた旨を書いている。映画では舞台設定は戦前ではなくて現代。話の大筋には忠実で、しっかりトリックも再現。だけども映画では鈴子の葬列に金田一が遭遇するところからの想い出話のような枠組み。だから鈴子のプレゼンスが大きく、事実上ヒロイン。角川文庫の「猫と少女」イメージはこの映画の造形がかなり影響しているね。 で、監督が高林陽一だから、もあって、ミステリ映画の筋立てを急いで追っていくようなところは全くなくて、昔風の野辺を行く葬列やら、屋敷で行う人前結婚式、そういったデテールに監督の関心があることがよくわかる。その延長線上で、機械式の密室トリックが「美しく」描かれる。まあだから、このアプローチは本作に関しては成功しているね。角川映画ではあり得ないミステリ映画のアプローチと言っていいだろう。 しかし、逆に映画の成功がミステリとしての破綻も覗かせているように感じるんだ。やはり動機は理解不能だし、琴の音のミスディレクションも絵にしてみたら何か必然性がなくて馬鹿馬鹿しい。また「なぜ密室にするのか?」というポイントが、机上の空論に近い部分がのぞいてしまう。本の上で読んだ時には何となく納得する部分が、具体的な人物で描かれた時に、現実離れしたトリックに感じられてしまうという「魔法の破綻」みたいなことを感じながら見ていた。ちなみに三郎のミステリマニアは絵で再現されていて、ポケミスや創元の世界探偵小説全集、桃源社の夢野久作全集とか並んでいて、この映画が70年台の異端作家ブームに乗っかって企画されたことが如実に表現されている。 というわけで「本陣」については映画と対照することで、原作のアラが目立つという結果になった。 あと「百日紅の下で」は廃墟となった邸跡で過去の奇怪な毒殺事件に想いを馳せる男に、復員直後の金田一が死者から託された使命を果たして事件の真相を告げる話。だから、本作の構造がそのまま「獄門島」の導入になっている。 「車井戸はなぜ軋る」はこれも戦傷による入れ替わり疑惑で「犬神家の一族」を予告するような話。 両者とも70ページほどの作品なんだけど、真夏に咲く百日紅の樹のイメージや、葛の葉子別れの屏風など、象徴的な小道具の使い方が上手な作品。「車井戸」の鶴代はまた、本陣の鈴子の別バージョンみたいな薄幸の少女。 というわけで「獄門島」はこの本の項目に譲る。 |
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| No.1568 | 6点 | ストリンドベリ名作集- ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ | 2026/05/01 14:42 |
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| 懸案で取り上げたかった作家。今でこそ新劇でかろうじて「令嬢ジュリー」が上演される程度で「忘れられた作家」に近い人だけど、戦前にはよく紹介されていた。ダークな心理劇というか、なかなか業が深い劇作家。「新青年」趣味に近い面があるから、いっぺんここで紹介して見たかったんだ。この本は戯曲6本「父」「令嬢ジュリー」「ダマスカスへ 第一部」「罪また罪」「死の舞踏」「幽霊ソナタ」を収録。
まあそういう趣味には最初2つの自然主義的な「父」「令嬢ジュリー」がよく叶う。後の4本は象徴劇みたいなもので、もう一つ仮借ない強烈さがなくなるからね。でもさあ、まさに「新青年」短編タイトルにありそうなものが多いんだよね。 「父」は家長である「大尉」が、妻のラウラとの間の長い「男女闘争」の果てに狂死する話。ラウラが武器とするのは、娘のベルタが不倫の子だという仄めかしであり、「父は自分の子が本当の子であるかが分からない」という宿命的な謎によって、性格不一致な夫をほぼ意図的に破滅させる。ダークな感情が爆発する、まさに女性作家のサスペンス小説の味わい。 「令嬢ジュリー」では没落しかかっている伯爵家の令嬢ジュリーが、夏至の夜の浮かれた背景で、下男で野心家のジャンを誘惑する話。ここではその親世代の男女同権が親に対する反抗や家族不和を準備した、という背景もあるから、「父」の後の世代の話みたいなものだ。ジュリーは積極的にジャンの野心を刺激して、南国イタリアに逃れてといった空想を煽る。しかし、ジャンにも領主の伯爵への隷属感もあれば、ジュリーにも身分差のある下男のジャンに女王様気取りだったり、下品に媚を売ったりなど、かなり「病んでる」のが見もの。ジュリーはジャンに体を許した後、ジャンは急に現実に我にかえる。ジュリーはお気楽な家出の準備をするが、ジャンの冷酷さにヒステリー。とまあ、男女のエゴと利害が極端に衝突する。 最終的にはジュリーの自殺が示唆されるけど、「父」と「令嬢ジュリー」の二作については、「前ミステリ」といった退廃的な心理劇なのが、昔からも妙に好き。いや実際、すごく「新青年」っぽい。まあ今だとフェミニストにキャンセルされそうな劇なんだけどもね(苦笑) 作者のストリンドベリ自身、かなり「危ない」キャラで、生活は破綻しまくっていたようだけど、突如「回心」しちゃって、それ以降の劇作が「ダマスカスへ」以降。「罪また罪」は一番狭義のミステリ色がある。内妻と子供がある劇作家が、自らの劇の成功に酔って友人画家の恋人を奪って駆け落ちしている間に、その子供が不審死を遂げて、その子殺しの容疑で劇作家が逮捕される話。まあ別にミステリ的な真相があるわけではないんだが。 日本では戦前にはよく紹介された作家だけど、戦後はとんと忘れられた作家でもある。しかし、同国人のイングマール・ベルイマンがストリンドベリを演劇でよく取り上げ、映画作品もで強い影響を感じさせる。「叫びとささやき」とか「ある結婚の風景」とか「秋のソナタ」とか、まさにストリンドベリ的な世界なんだよ。だからか、評者は変な親近感を抱いていた作家だった。ちょっと負債を返したような気分である。 |
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| No.1567 | 8点 | アブナー伯父の事件簿- M・D・ポースト | 2026/04/26 11:23 |
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| これも懸案の作品。とりあえず創元版で。ホームズのライヴァル世代って、そういうアンソロで読むと雑誌連載の紙幅の都合か、もう一つキャラの深掘りがなくて拍子抜けすることがあるから、個人別短編集って本当に必須だと思うよ。アブナー伯父ってブラウン神父と並んでちょっと厄介な存在でもある。アブナー伯父もブラウン神父同様に探偵役の行動原理が大きな主題なんだと思う。
伯父は岩のような良識のかたまりで、愚かな意見や屁理屈は、その岩にぶつかって木っ端微塵に砕けてしまう。 とある意味「名探偵ならざる名探偵」という良識(コモンセンス)の名探偵という側面も持っている。こういう側面が個々の短篇だと掘り下げるのが中途半端にも終わってしまうようにも感じるから、この創元の短編集に中編「<ヒルハウス>の謎」が収録されているのが、大変意義深いことだとも感じるのだ。アブナー伯父探偵譚全体からも、「実力に裏付けられた民主主義」という日本人が抱く民主主義の観念とは少し違う側面が感得される。実力に裏付けられるけども、リンチは容認せず、その背後に神の摂理めいた「法の支配」で背骨の通った民主主義の重層性が感じられるのだ。これをストレートに十分に描ききっているのが「ヒルハウス」だったりもする。だからアブナー伯父の物語としては読み応え十分なんだけども、狭義のミステリとしては多少問題もあったりする。まあ、ホームズ・ライヴァルにフェアプレイを求めてはいけないのだが。 だから、トリック主義的にアブナー伯父探偵譚を読むのはどうか、とも思うのだ。「ナボテの葡萄園」を意外な犯人として読むよりも、 法の権威は、この郡の選挙人が支配するものである。選挙人はご起立ねがえないか? とアブナー伯父が呼びかけて皆起立するシーンに感動するわけである。抽象的に法が支配する空間が、起立する人々の名前をポーストが列挙することで具体的な人々によって埋まられていくのに、感動するのだろう。 というわけで「なぜミステリという文芸ジャンルがあるのか?それを支えるのは何か?」を問う名作。 |
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| No.1566 | 7点 | アンブローズ蒐集家- フレドリック・ブラウン | 2026/04/22 16:57 |
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| ビアスやったのは、本作の予習だったよ。タイトルとあら筋見たら、やはりアンブローズ・ビアスの失踪をネタにした本だって分かるからね。でもね、しまったな。このシリーズはサーガみたいなところがあるから、時系列で最初から読まないと面白さが薄れるようだ。反省してブラウンの次には「シカゴ・ブルース」を取り上げることにしよう。
エドくんと相棒のアム伯父(アンブローズ・ハンター)は今ではスターロック探偵社に勤務する探偵。しかし、事件の相談を受けたのち、アム伯父がは失踪してしまった....心配するエド。失踪する理由のないアム伯父の行方を追って、エドとスターロック探偵社、恋人未満なエステルらは調査に乗り出し、非公式にレギュラーの殺人課バセット警部にも協力を求めた..アム伯父をおびき出した男はアンブローズ・コレクターという偽名を名乗っており、エステルが偶然耳にした「アンブローズ蒐集家」という言葉の関連は? と、ビアスの失踪事件の知識があると、なかなかオカルトな話だとピンとくる内容なんだ。超常現象の教祖みたいな人物であるチャールズ・フォートが、ビアス失踪事件を扱っている本が作中でちょっとしたアイテムにもなっている。だから「エド&アム・ハンター」ものが、青春ハードボイルドだと思っているとちょっと違う。一種の仕掛け物小説なんだな。そう思っていると、実際解説では、堀燐太郎氏が「ギミック・ミステリー」と呼んでいて、そういう言い回しに納得する。「死にいたる火星人の扉」なんてまさにそうじゃない? で訳者あとがきでも、登場人物のデイゴン、という珍しい姓が、聖書やラヴクラフトでお馴染みの「ダゴン」というのは評者も気が付いたな。あと、420というラッキーナンバーについては、Four Twenty で Charles Fort にも掛かっているよ。というか、アンブローズ・ハンターって名前自体、「アンブローズの狩人」じゃない? というわけで、解決編はなんとなく想像していた感じだけど、そういうことを言うのも野暮な気もする。いいじゃないの。このシリーズはちゃんと読みたいな、という気にさせる。 (スターロック探偵社のボス、ベンはなかなかナイスなボスだと思う。ちょっと惚れる) |
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| No.1565 | 8点 | アウルクリーク橋の出来事/豹の眼- アンブローズ・ビアス | 2026/04/20 11:54 |
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| マーク・トウェインこの間したからね、ビアスはトウェインとも同時代人で、南北戦争の従軍歴・ジャーナリストとしての活躍も共通点。ハックルベリー・フィンについてのハードボイルド的キャラクター性をあっちでは見てみたんだけど、ビアスは世界を見やる視線がハードボイルド。というか、ハードボイルドの「無情さ」が極端に際立った作家だというべきだろうね。
この短編集は文庫200ページほどに14作を収録。ジャンル的にはホラー優勢、というべきなんだろうけど、ちょっとホラーとは違う肌合いがある。「怖さ」という感情を巡った作品でない、というか、主観的じゃないんだよね。あくまでも客観的な筆致で「何が起きた」を描写するスタイルで、その結末は残虐だったりするけども、それを感情のフィルター越しに描写することがない。突き放して描くのがビアスの真骨頂。 「夏の一夜」はポオお得意の「早すぎた埋葬」話なんだけども、医学校の学生が献体の代わりに墓暴きをして、偶然生き返った男に遭遇する話。題材からしてイカれているけど、結末がさらにイカれてる。非情ってもんじゃない。 「ジョン・モートンソンの葬儀」ならばやはりポオの「黒猫」みたい..と言わば言え、悪意なき猟奇、という話。 「チカモーガの戦い」は、南北戦争中に、農家の子どもが迷子になって、その間に農場が軍に襲撃されて一家が虐殺されるさまを、子どもが目撃する話。悲惨なんてもんじゃない。 というわけで、世界の無情さをあからさまに描くハードボイルドさが目立つ短篇なんだ。これにはビアスの軍歴も関わっており、軍歴に取材したと思しき「アウルクリーク橋の出来事」では、スパイ容疑で橋の上で絞首刑になる男の、その処刑の瞬間を描いた話。幻想といえばそうなのだが、あたかもそれが焼き付くようにリアルであり、異世界にその瞬間、陥没したかのような描写でできているような話。ビアスを愛読した藤子・F・不二雄が「超空間の漂流者」と呼んだのが、至極納得できる。この短編集で出現するあまたの幽霊たちは、幽霊というよりも生きながら超空間に沈没した人のように見えたりもする。 交差しあわない非情な世界たち。 この超世界を描いたのが、芥川龍之介が「藪の中」のヒントを得たという「月明かりの道」。いやまさに、不倫を疑った夫が妻を絞殺した?という話を、息子・夫・妻の亡霊によって語らせるが、話は相互にズレている。超空間は交差の一瞬に離れてしまい、二度と交わることはない。そんな非情さ。 アンブローズ・ビアス自身がメキシコの山中で失踪したというのに、深く納得する。ビアスも超空間に飲まれたのであろう。 |
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| No.1564 | 7点 | 四つの犯罪/七つの墓場- つげ義春 | 2026/04/17 16:45 |
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| この一カ月ばかり、友人と顔を合わせるとつげ義春逝去の話で持ち切りだったね。「ねじ式」などブンガク系の作品で有名だが、実は初期の貸本作家時代はミステリ系の作品が多い人なんだよ。江戸川乱歩リスペクトが作品にも現れているし、また、当時の貸本漫画ではさいとう・たかをなどの関西勢がハードボイルド系の劇画を売り物にしていて、つげの作品にも影響が見られたりする。なので本サイトに登場する資格は、ちゃんとあったりするんだ。
筑摩書房の「つげ義春全集」では1巻目の本書と、2巻目の「腹話術師/ねずみ」にこの頃の「迷路」など貸本アンソロに発表した作品がコレクションされている。 「四つの犯罪」は、百物語方式で温泉宿で出会った相客がそれぞれ探偵譚を話すという趣向で四人四様の犯罪が語られる。「部屋に閉じ込められた男が一階のつもりでドアを開けたら、そっくりに作った高層階の部屋だから、出口から墜死する」という乱歩のお気に入りネタが一発目の犯罪。次いでナイフの片面にだけ毒を塗って切ったリンゴを被害者に渡して毒殺する、というのありがちトリックが2つ目、一人二役変身生活で殺人が起きたような状況を作り出す話が3つ目、4つ目が首なし死体トリック話。まさに乱歩からネタを引っ張ってきたこの連作マンガが、つげ義春の初期では代表作級。 「七つの墓場」は急流が自殺の名所として知られる温泉宿の秘密を巡るホラーミステリ。猟奇性が強いし、探偵と犯人の騙し合いみたいな展開もあり。とくに原作とかなさげだが、辰巳ヨシヒロの作品をパクったという噂があるね。 名作の誉れ高い「おばけ煙突」。ミステリというよりも、千住火力発電所の4本の煙突が角度によっていろいろな本数に見えることから異名がついている。ここを舞台にして、煙突の詰まりを掃除するのに立候補した職人の話。最後にその妻が夫を待つ姿を雨に濡れるガラス越に描いて、この効果が素晴らしい。まあ誰もがこの頃のつげ義春の水の描写は褒めるが、やはり、いい。プロレタリア文学風なんだけども、同趣向で鉄道自殺を扱った「鉄路」も載っている。こっちは大阪圭吉っぽさを感じるな。 飼っている黒猫クロを毛嫌いする引きこもりの長男。それを心配する父が脳溢血で急死するが遺言でそのクロを棺に入れように言い残す。長男は次男の心配をよそにクロを厄介払いのために棺に入れて葬式を出すが...という「クロ」。これがなかなかミステリとしては秀逸。 「四人の素人」は、素人四人で郵便為替運搬を狙った強盗を行う話の顛末。ハードボイルドなノワール。2巻目にはよりハードボイルドに振り切った「親分」や「一発」が収録されているが、日活アクションっぽいなあ(苦笑) というわけで、つげ義春の初期はまさに「ミステリ漫画」だった。「ねじ式」などのガロ系シュール漫画期、「無能の人」な貧乏漫画期とは別なつげ義春でもある。でもどの作品でも温泉宿が出てくる(笑) |
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| No.1563 | 5点 | 怪船マジック・クリスチャン号- テリイ・サザーン | 2026/04/15 20:37 |
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| 有名な発禁書「キャンディ」の作者が、黒いユーモアを奔放に発揮し、現代の混沌に挑んだ代表的な作品。他に「博士の奇妙な冒険」を収録。
という惹句で1970年代前半のポケミス巻末に宣伝が載っていたハヤカワ「ブラック・ユーモア選集」の4巻目。作者テリイ・サザーンというと「博士の異常な愛情」とか「コレクター」とか「007 カジノ・ロワイヤル」とか「イージー・ライダー」に関わった脚本家である。映画人としてのキャリアは凄い。 もちろんエロで発禁になった「キャンディ」や本作も映画になっている。映画はリンゴ・スターやらピーター・セラーズやらユル・ブリンナーやらラクエル・ウェルチやらクリストファー・リーやら、超豪華キャストでバカやる映画で「映画秘宝」的に有名。 大金持ちのガイ・グランド氏が金に飽かせてとんでもない悪戯をやってのけるのが「マジック・クリスチャン」。この悪戯が世間を挑発するような悪辣なもので「笑えない」。ブラックユーモアとかプラクティカルジョークに回収できない悪質なものだから、始末に負えない。映画館を経営すれば、普通の劇映画に意味深に意味を捻じ曲げるようなカットを挿入して、観客の目を疑わせるのを売り物に。ドッグショーを開催すれば犬の代わりにクロヒョウを連れて、出ている小犬たちを食べさせたり。グランド氏のこんな悪逆無道の総集編が豪華客船「マジック・クリスチャン号」の航海。ここで悪趣味でシュールな混乱の極みが展開する。あたかも実現不可能なパフォーマンス企画みたいに読んでいたな。 でも併録の「博士の奇妙な冒険」はもっとヘン。金持ち向けの瀟洒な病院で皮膚科の権威として君臨するアイヒナー博士が主人公。診察に訪れた男トリーヴリイとの確執?みたいな追っかけっこが主題。間にこの病院の看護婦バーバラと薬局の甥ラルフの至極真っ当な恋愛話がないまぜに挿入されていて、これが可笑しくもなんともない。この対比がきわめてヘンテコ。いや博士とトリーヴリイとの確執の中でテレビのクイズショー「わたしの病気は何でしょう」の公開収録に紛れ込むあたりが真っ当にブラックで、他はなんというか訳が分からない。一応完全犯罪みたいなことを博士はやってのけたりする(苦笑)。まあタイトルからして「博士の異常な愛情」に掛けた訳題で、原題「Flash and Filigree」はさらに意味不明。この本だと巻末の予告は本書が仮題で「閃光と銀細工」と載っている。さらに意味不明なタイトル。おそらく編集ミスで「博士」の側の著作権表記に「マジック・クリスチャン号」のものが重複で入っている。さらに狂ってる。 困ったな。読者を困らせることが目的ならば、目的を果たしているとは言えるんだがな。笑いのツボが一致しないユーモアって、結構苦痛なものなんだ。 |
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| No.1562 | 6点 | Wの悲劇- 夏樹静子 | 2026/04/12 10:39 |
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| 私、おじいさまを刺し殺してしまった!
で有名な本作。薬師丸ひろ子主演の映画も懐かしいが、それ以上に本作は1977年のクイーン(ダネイ)来日からの流れで実現した作品という見方もできるだろう。松本清張が光文社と組んでダネイを招聘し、日米の作家の交流が盛んになった(光文社の「日本傑作推理12選」アンソロが大きな成果)ことを受けて、1981年にストックホルムでの世界推理作家会議で作者とダネイが顔を合わせて、本作の構想をダネイに話して「Wの悲劇」のタイトル許可を得た、という有名なエピソードがある。 まあ確かに、本作ってダネイが気に入るに決まっている。 (以下少しバレ) クイーンと言えば「操り」問題が賛否両論だけども、本作だと「二重の操り」という結果になっていて、実はこれが「W」というタイトルの由来でもあるはずなんだよね。「Watsuji」「Woman」「XYZW」は解説には紹介しても、ネタバレになるからふつう書かない話だけども。 とはいえ、出来としては悪くはないけども、XYZみたいな重厚感はない。そういう作家ではないからね。倒叙風の展開から始まるが、かなりシンプル。だからか、 ところで本編は、推理ドラマとして舞台で上演されるのに、まことに適した作品ではないでしょうか。 とダネイ自身光文社版の解説で書いていたりする。ヒロインの摩子はちゃんと学生演劇部という伏線も張ってある。そうしてみると、角川映画での劇中劇としての採用は、たしかに本作の映画化の王道を行っている。 (けど脚本がホントにWイメージとしかいいようがないくらいに、原作のモチーフをうまく重ねてる。実によくできた脚本だよ) |
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| No.1561 | 8点 | 運河の家 人殺し- ジョルジュ・シムノン | 2026/04/10 10:15 |
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| さて遅ればせながら。
評点については、瀬名秀明氏の力作解説込みの点かな。シムノン本格小説の中でも2作とも佳作だけど、大傑作というとほめ過ぎな気はする。 「運河の家」はシムノンとしては珍しい女性主人公。町育ちの少女が父の死からベルギーの田舎の従兄妹の家に引き取られて生活する話。シムノンだもん「赤毛のアン」じゃないからね(苦笑)心を開いたりしないし、心理描写もかなり控え目。一番連想するのは「港のマリー」で、マリーの「スールノワーズ(食えない子、何を考えているかわからない子)」というのが、このヒロインのエドメの形容としても適切。長兄のフレッドと次兄のジェフの間で、エドメがかなり「ズルく」立ち回るあたりに、読者論的には瀬名氏の解説で区別しているシンパシーとエンパシーの差が見えてくるようにも感じる。皆さんのご評価では「人殺し」の方が好評のようだけど、評者は「運河の家」の方が好き。これは読者の「読み」が感情移入(シンパシー)に寄るか、心理洞察(エンパシー)に寄るかによる違いなのかな。ある意味、ハードボイルドなんだよ。そう言いたくなるほどに、陰鬱な風景と生活デテールの描写に生彩があり、この客観描写がエドメの心象風景というべきものだとも感じる。 それに対して「人殺し」は殺人を犯した医師の直接的な心理描写でできている小説。ただし状況は極めて皮肉で、殺人後の状況の中で空回りを続けていく医師にとって、実のところ殺人という思い切った行為自体も、医師にとっては空回りでしかなかったのか?という痛烈な話でもある。だから本作って客観描写で突き放して描いた「仕立て屋の恋」を、主観的に書き直したようなもの。感情移入(シンパシー)で読んでいくと、背負い投げを喰らわされる。おそらく皆さんの高評価はここらへんじゃないのかな。 たしか高橋和巳だったけど「無刑」という言葉で「罰せられないことが最大の刑罰になる」逆説を提示していたことがあったよ。本作ってそういう話だね。 この2作は極めて対照的で、シムノンの両面をうまく表現できている。企画の勝利というべきだろう。 (瀬名氏の解説の中で、「マルセイユ特急」など「前メグレ4作」の話が良く出るから、翻訳が出ないかなあ...) |
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| No.1560 | 7点 | 日本探偵小説全集(1)黒岩涙香・小酒井不木・甲賀三郎 集- アンソロジー(出版社編) | 2026/04/07 21:09 |
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| 日本の初期のミステリをまとめた巻である。涙香、不木、甲賀の三人集。しかし、約半分が甲賀の「支倉事件」なのはまあ仕方ない。あれ長いからね。
まず涙香は「無惨」と「血文字」。いうまでもなく文語文。段落分けが少ない分、ぎっちり書いている。文章が読みづらいわけではないが、ボリュームが多い。50ページほどだが事実上は中編。 政治方面で「忖度」という言葉が流行る前から、評者は実は本作で「忖度」という言葉を知ってたりしたのがお笑い。「疑団」「忖度」「氷解」の3部構成で、要するに「忖度」って推理、って意味だ。本作は古いミステリによくある趣向で、経験派ベテラン探偵vs理論派若手探偵の推理合戦。古いミステリだと、若手の頭でっかちな推理がベテランの経験に負ける展開が、ポオやドイルの名探偵造形にも関わらず目立ったけども、本作は事実上若手の科学捜査の勝利なのが面白い。 刑事巡査、下世話に謂う探偵、世に是ほど忌わしき職務は無く又之ほど立派なる職務は無し、忌わしき所を言えば我身の鬼々しき心を隠し友達顔を作りて人に交り、信切顔をして其人の秘密を聞き出し其れを直様官に売り附けて世を渡る、外面如菩薩内心如夜叉とは女に非ず探偵なり と改めてそう言われると確かにそうだったりする(苦笑)国産初のミステリだけあるよ。で、作中にも「ミステリイ(不可思議)」という言葉が使われているけども、これは推理だけでは分からない人間関係の詳細などをさして使っている。 「血文字」は期待通りダイイングメッセージの裏表を色々とひっくり返してみせるもの。弾十六さまのご教授によると、ガボリオの「バティニョール」の翻案だそうです。 不木は「痴人の復讐」「恋愛曲線」「愚者の毒」「闘争」の4短編を収録。「恋愛曲線」は事実上SFミステリ。個人的には「愚者の毒」が一番面白かった。医者というのもあって、ややひんやりしたタッチが冷酷な感じもある。「闘争」は精神医学上の人体実験みたいな話だから、意外に黒死館に影響しているのかな? 甲賀三郎は「琥珀のパイプ」「支倉事件」「蜘蛛」「黄鳥の嘆き」「青服の男」の3短編1長編。短編はどうかな、「蜘蛛」に妙なロマン味があっていい。「青服の男」は変な動機で落語みたいな話。 で問題は「支倉事件」。これはまるっきりの実話で、登場人物の名前を一捻り変えている程度で、あまり創作の部分はない感じ。一番連想するのは「復讐するは我にあり」。窃盗・強盗・放火・詐欺・私文書偽造・強姦・贈賄・殺人のフルコースを犯した犯人、支倉利平(島倉儀平)。対するは牛込神楽坂署の署長庄司利喜太郎(正力松太郎)。支倉はなかなか悪知恵の回る反社会的な性格の男であり、メインの事件までに前科四犯、でもキリスト教に回心したとして宣教師の肩書を持つ男。聖書を盗み出して勝手に売った事件がきっかけで、内偵をしてみると、三件連続での自宅放火と保険金詐欺、それに家の女中を強姦して性病を移した不祥事をもみ消した後に、その女中が失踪していた...殺人と睨んだ庄司署長は続々と支倉の犯罪人生を追求していくが、逃亡した支倉は嘲弄の手紙を警察に送りつけていく... 支倉とはどんな性格の男か。 つくづく彼の言行を見るに、悪事にかけては中々抜目のない男で、それに犯罪性のあるものの通有性として、甚だ気が変り易い。気が変り易い一面には梃でも動かぬ執拗な所がある。対手がいつの間にか忘れていて、何の為に恨まれているのか分らぬ位なのに、まだ恨みつづける。つまり目標を失した行動をやる。 こんな反社会性の強い、アクの強い男の肖像をしっかりと描いているが、スリラーといった読みやすさがある小説。本格派甲賀三郎だって結構スリラーを書いているからね。 正力松太郎といえば、読売新聞社の社主として君臨し、評者の子供の頃だと巨人軍のオーナーで有名だった。その人の若き日の探偵譚だ。 |
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| No.1559 | 8点 | 37の短篇(傑作短篇集)- アンソロジー(国内編集者) | 2026/04/03 20:04 |
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| さてこの本でハヤカワの世界ミステリ全集が評者はコンプになる。普通は3冊分くらいのボリュームになる異例の本。早川書房が総力を挙げた名作アンソロになっている。だから後に「天外消失(2008)」と「51番目の密室(2010)」で別途ポケミスから出版されることになったのだが、それから漏れた作品もまだある。この頃に手に入れやすい作品が落とされたみたいだ。サーバー「虹をつかむ男」ケメルマン「九マイルは遠すぎる」トマス・フラナガン「北イタリア物語」ダール「おとなしい兇器」マシスン「長距離電話」ハンター「歩道に血を流して」スレッサー「死刑執行の日」フィニイ「死者のポケットの中には」イーリイ「ヨット・クラブ」リッチー「クライム・マシン」ブルテン「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」というのが落ちたもののラインナップ。もう一冊のアンソロがあれば「J.D.カーを読んだ男」かな?
全37作読んで(評者は既読作も基本読み直す)の感想は、やはりどの作品も「語り口」が上手。だから意外なくらいにストレスなしに読み進めることができる。名作短編って、ネタやオチ以上に、読者の興味を惹きつける独自の「語り口」が重要なんだと思うんだ。その条件の上でネタやオチが優れた作品が残っているのだろう。だから巻末の対談で石川喬司・稲葉明雄・小鷹信光の三人が一致して推したブランドの「ジェイミイ・クリケット事件」は、カーっぽい密室・怪奇の要素以上に語り口と皮肉なオチの強烈さが評価されているとも感じる。 このハヤカワの世界ミステリ全集といえば、「カーもクロフツもいない」モダンな編集方針が徹底していたために、マニアからは嫌われた「ミステリ全集」だった。だからこのアンソロも実際パズラー枠は1/3程度、しかしパズラー枠にパロディ的な作品が目立つという興味深い選び方である。「五十一番目の密室」「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」「最後で最高な密室」「長方形の部屋」といった選定に密室興味が目立つのと同時に、パロディ的な処理も目立つわけで、これはオーソドックスな密室パズラー短編を素直に書くことの「無理さ」がパロディの含羞への逃避とフィージビリティ問題を回避しようとする心理の表れだろう。「新本格のお約束」に逃げることができない時代なんだよ。そういうパロディ+密室だとスティーヴン・バーの「最後で最高の密室」が一頭地抜いていると思う。 このアンソロでは紙数制限で100枚以下が設定されていたために、わりを喰うのはハードボイルド短編で、ブレット・ハリディ「死刑前夜」と「マンハント」からはエヴァン・ハンター「歩道に血を流して」、アル・ジェイムズ「白いカーペットの上のごほうび」だけ。ハードと言うよりどうしても人情っぽい方向に流れることになる。「歩道に血を流して」はいうまでもなくヒューマンな名編。 「異色作家短篇集」作家の比率は高くて、サーバー・ブラウン・ブロック・ダール・マシスン・フィニイが採用されている。でもブロックはポオの「灯台」を加筆完成した「燈台」で、これいいなあ。ブラウンはミステリ枠での採用でトリッキーな「後ろを見るな」なのは納得。「奇妙な味」が盛りだくさんなのが、ハヤカワらしい。「異色作家短篇集」にもし第四期があればイーリイ「ヨット・クラブ」やジャック・リッチー「クライム・マシン」、あとホック「長方形の部屋」の世界だったろうね。「クライム・マシン」はよくできているよ。「ヨット・クラブ」は大好き。 でも、個人的なイチ押しはC.B.ギルフォードの「探偵作家は天国へ行ける」。眠っている間に刺殺された男が天使に掛け合って、大きく状況を変えないことを条件に死の前日を再体験して(まだ実行していない)犯人を捜す話。ユーモア感とミステリ感・華麗なオチが素晴らしい。次はどうかな、心理派のクライムストーリーとして評者は、リース・デイヴィス「選ばれた者」が好き(これは少数派だなwややシャーリー・ジャクスンっぽい) まあ、明らかに遊びで選んだバロウズ「ジャングル探偵ターザン」とか、SFクロスオーバーでパロディ色がある、ポール・アンダースン「火星のダイヤモンド」などの珍品も収録した「モダンなアンソロ」として、やはり全篇を通して読むのがいいようにも思う。大変だけどね(苦笑) |
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| No.1558 | 6点 | 追跡者- パトリック・クェンティン | 2026/03/25 15:03 |
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| 突然予告なしに帰ったNYの家に残された男の死体、妻は失踪。そんな夫が主人公で、妻の手がかりを追ってメキシコへ。手がかりのホテルでようやく追いついた妻を名乗る女は別人だった...
こんなツカミで始まる話。一瞬ボア&ナルかと思う。しかしサスペンスじゃないなあ。主人公はボクサー上がりの石油技師、純情なんだよ(苦笑)金持ちのお嬢様となりゆきで結婚し、夫は妻に首ったけ。でもね...という話で、PQお得意悪女もの?とはなるんだよ。しかしそういうあたりは振り捨てて、展開するのは戦前のアンブラーみたいなスリラー。だから目まぐるしく追う追われるが逆転する。 で人並さんも触れておられる終盤の文芸味。いやいや、結構これ、泣かせる。「二人の妻をもつ男」とも通じる味わいで、スリラーの展開でこういう見せ場を作るのか、と感心する。確かに主人公も一種「二人の妻をもつ男」みたいなもんだ。とはいえ、わりとガチャガチャした小説で、評者はあまり好みではない。 PQのいいところ、って文章が丁寧なあたりだから、忙しいスリラーでもそれなりには落ち着いては読める。優れている、とは思わないけど、意外な読みどころがあって、ちょっと不思議な読後感。夫婦って難しいね。PQの最大のテーマかしら。 |
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| No.1557 | 7点 | ハックルベリー・フィンの冒険- マーク・トウェイン | 2026/03/24 11:04 |
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| さてちょっと古典。子供向け冒険小説というイメージが強いけど、「トム・ソーヤーの冒険」よりずっと辛口。「トム・ソーヤーの冒険」で得た財宝をせしめようと、アル中の親父が舞い戻ってきたハック。アル中親父の暴力的な生活にジムが隷属されている状況から始まるんだ。中産階級のトム・ソーヤーとは全然違う生活がそこにある。そしてハックは自らの死を偽装して幽閉から逃亡する。道連れは浮浪児ハックを引き取った里親の妹で、宗教的にも厳格で口うるさいミス・ワトソンの所有する黒人奴隷ジム。この二人連れがジムの奴隷の立場を解放するために、北部に逃れようとするけども、筏しかないために一旦ミシシッピ川を川下りして..という冒険譚。
ミステリ的興味、というとやはりハック自身が自分の死を偽装して逃亡するあたりとか、途中で行を共にする詐欺師二人組が企む詐欺の成り行きやら、難破船の中で遭遇するギャングの制裁場面やら、なかなか悪漢小説的な面白さがある。ハードボイルドの源流みたいなものでもあるわけだ。後半合流するトム・ソーヤーも、お気楽に少年ぽい空想に耽るキャラとして描かれて対比も強く、貧困家庭育ちのハックのリアリズムの強靭さが目立つことにもなる。 「よし、それだったら、おれ地獄だって行ってやる」 そいつぁ恐ろしい考えだし、恐ろしい言葉なんだけど、おれもその通りに言ってしまったんだ。そしてまた、言った通りにしといて、取り消すこともしなかった。 とハードボイルドなキャラクターの萌芽はハックにあると言ってもいいんじゃないかな。アメリカン・リアリズムの源流といっていい小説なんだよ。 ただ今は本作で頻出する「Nigger」がポリコレで引っかかっている。しかし、ハックと二人三脚で冒険を共にしたジムの人間性と、ハックから見たら「無学な黒人」でも事実上大人としてハックを保護しているかのようなジムの立場の逆説的な面白みが、形式的な「黒人差別」の非難を不当とするものであることも間違いない。 (あと、EQが得意とする、女装の見破り方は多分本書が元ネタ。このロフタスおばさん、ハックの針の糸の通し方、物の投げ方、膝の上に受け止める時の受け止め方などなど、指摘ポイントがEQよりずっと細かいよw) |
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| No.1556 | 6点 | 泉鏡花集成1- 泉鏡花 | 2026/03/21 20:54 |
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| 涙香の「無惨」(1889)に続く国産ミステリの二作目なのは、どうやら泉鏡花の「活人形」(1893)かも?という話もあるので、取り上げてみた。これは尾崎紅葉の門下の硯友社が春陽堂の求めに応じて出した「探偵小説」という叢書で出たもの。涙香が紹介した海外ミステリ翻訳が好評で、それに乗っかろうという春陽堂の思惑だったわけだ。でも紅葉門下とはいえ、だいたいはペンネームで書いている。川上眉山とかもいるようだが、当時駆け出しだった泉鏡花はこの名前で書いている。これが中編「活人形」。
雲の峰は崩れて遠山の麓に靄薄く、見ゆる限りの野も山も海も夕陽の茜に染みて、遠近の森の梢に並ぶ夥多寺院の甍は眩く輝きぬ。処は相州東鎌倉雪の下村...番地の家は、昔何某とかやいえりし大名邸の旧跡なるを、今は赤城得三が住家とせり。 門札を見て、「フム此家だな。と門前に佇みたるは、倉瀬泰助という当時屈指の探偵なり。色白く眼清しく、左の頬に三日月形の古創あり。 とまあこんな感じで名探偵登場。この探偵が赤城という悪人の悪事を暴いて主筋の姉妹を救うスリラー。この姉妹の母が大切にしていた等身大の人形が登場し、身代わりになるようなシーンもある。引用で分かるように文語文。でもまあそれほど難しくはないが、鏡花としては第二作、まだ19歳だよ〜練れてない小説。 だけど、第三作の「金時計」は金時計を餌に悪巧みする外国人を罠にかける話でこれも広義のミステリ。鏡花の名声を高めた「義血侠血」、新派で有名な「滝の白糸」だと殺人事件の裁判で検事と被告の恋の話だったりする。「黒猫」はポオとは関係なくて、盲人の按摩のストーカー話で、その被害者女性が溺愛する黒猫になりたい、などとその按摩が懸想する。でこの按摩が結局死んで、黒猫が按摩の霊が乗り移ったのかのような...という話。これが一番面白いかな。玉三郎が映画化したので懐かしい「外科室」は一種の心理ミステリと読める作品だから、たまに「文豪ミステリ集」みたいなアンソロに入ってることがある。 というわけで、泉鏡花って結構ミステリ作家じゃん?というのが結論。このちくま文庫のアンソロは明治26-28年あたりの駆け出し時代の作品集。全作文語文だが、会話は口語。割と読みやすい。 |
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| No.1555 | 7点 | 武州公秘話- 谷崎潤一郎 | 2026/03/18 18:45 |
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| 昭和初期の純文学と大衆文学の交差という点で重要な作品でもある。いや「新青年」の連載作なんだよ!伝奇時代小説なんだけども、ミステリ的興味に投じた作品であることは間違いない。
谷崎自身はもともと「途上」などが乱歩によって「国産探偵小説の例」として持ち上げられていたのを、あまり好意的に見ていなかったようでもあるのだ。もちろん当時のミステリファンたちの間で、谷崎のヘンタイ方面が大人気だったのはいうまでもない。そんなで「新青年」への登場が待たれていたにもかかわらず、谷崎は書くのを渋っていたわけである。 この状況を打開したのが、震災後関西に移住した谷崎の元を訪問した渡辺温の事故死だった。この件で心理的な負い目を感じた谷崎が、渡辺温の思い出を書いた「春寒」に続いて、「新青年」に連載したのが本作。 稗史小説の体裁を借りて、武州公、桐生武蔵守輝勝の野望と変態性欲を描く一代記、というわけなんだが、残念中絶。それでもキリのいいところで終わっているから、そう不満はない。武州公のヘンタイ性欲は何かというと、鼻を削がれた男の生首とそれをいとおしむ女、に対するフェティッシュなコダワリなんだ。少年時に落城寸前に追い詰められた城の中で見た、「女首」と呼ばれる、鼻を削がれた武将の首を洗うさまが目に焼き付いた武州公は、単身城を抜け出て敵陣に潜入し、敵の総大将を討ってその鼻を削ぐ。この鼻削ぎの因縁が巡り巡って、武州公の主君である筑摩則重とその北の方で武州公が殺した敵将の娘桔梗の方との三角関係に発展する...筑摩則重の鼻を狙うのは誰か? こんなエログロ満開の話。いや、いいねえ。ただし、文章はのっけから漢文で書かれた序「伝曰。上杉謙信居常愛少童。又曰。福島正則夙有断袖之癖」てな感じで始まったりする。ハッタリの部類で本格漢文じゃないから楽勝だし、典拠からの引用めかした文語文も多い。そういうあたりもちょいと高校時代とか思い出して、ヘンに懐かしい。 純文学と大衆文学のクロスオーバーを明白に狙った作品というわけだ。時代伝奇、冒険、歴史小説、ミステリ、変態性欲、不倫などなど、極彩色の物語。面白くて引き込まれる。 |
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