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クリスティ再読さん
平均点: 6.39点 書評数: 1535件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1535 6点 名探偵登場 6- アンソロジー(国内編集者) 2026/01/28 22:09
さて早川の古典的アンソロ。でも最終巻のこれはハードボイルド派特集。それも通俗ハードボイルド系の収録が多いという面白いコンパイル。だから読んでみたかったんだ。今言及する人少ないもんね(本サイトだと人並さんやnukkamさんが取り上げてる。素晴らしい)

ロイ・ハギンズ「闇は知っていた」
往年のテレビ探偵ドラマの「サンセット77」の原作とプロデューサーを務めたハギンズが、その主人公スチュアート・ベイリーを起用して書いた短編。ノベライズというわけではないようだ。リーゼントで一世を風靡したクーキーも一瞬登場。暗闇の一瞬に殺された事件に居合わせたベイリーが、消えた凶器の謎を解明。けどあるのこんなの(苦笑)「サンセット77」となると、さすがに評者もタイトルしか知らない。ハギンズによる小説版がオリジナルのようだね。ポケミスの「サンセット77」(No.961)にも本作は収録されている。
R.S.プラザー「殺しのストリップ・ティーズ」
「男はあっけなくくたばった。悲鳴をあげる暇さえなく死んでいった」でいきなり、始まる。こういう呼吸こそが通俗ハードボイルド!海兵隊上がりのシェル・スコットが活躍する本作、スコットの元を訪れた依頼人がいきなり窓の外から射殺される。依頼はユスリの対応だった...絵画教室、ストリッパーと怪しげな連中をかき分けてスコットは真相を...という話。そういえば実家に別冊宝石の「人みな銃を持つ」があるはずだな。そのうちやろう。
ヘンリイ・ケイン「一杯のミルク」
私立探偵ピート・チェンバースは、初めての依頼人とバーで待ち合わせた。お互いミルクを注文するのが合図。この合図によって美女と待ち合わせして、その家を訪れたが依頼は不成立。翌朝この女が殺されているのが見つかり、容疑はチェンバースにかかる。シンプルでタイトな良さがある。
チャンドラー「犬の好きな男」
「さらば愛しき人よ」の原型作でもある。マーロウが捕らわれて精神病院に入れられて、脱出して賭博船に乗り込むあたりだね。何度も読んでる気がする。
ハメット「殺人助手」
ブ男探偵ラッシュが活躍する三人称。ある女を尾行する男の正体を調べよという依頼を受けたラッシュ。しかし、その尾行者はその女を殺すように、別々の二人からの依頼を受けていた...とあっけらかんとラッシュに話した。尾行者は殺人なんてする気はゼロ(苦笑)でもこの背景には、資産家殺しの一件が?
さすがハメット、というか話がハードボイルドの類型性から遠く離れた、ストリートでまさに起きている事件の雰囲気が漂う。比較するとリアリティのレベルが違う。
シムノン「タクシーの中の男」
論創社の「十三の謎と十三人の被告」で既読。地方出張の多い刑事G7(ジェ・セット)と語り手が遭遇したシリーズ第一話。確かに行動派探偵には違いないね。
ハロルド.Q.マスル「やもめ待ち」
「そのご婦人の亭主はしきりと課外授業にいそしんでいるらしいのだが、こんな素敵な宿題があるというのに、男はどうして暖炉のそばを離れていきたがるのだろう。それが私にはさっぱりわからなかった」離婚事件での密通現場を押さえるために、ジョーダン弁護士は依頼を受けてホテルの一室に踏み込んだ...しかしそこには自殺に偽装した死体が!まあ謎は大したことではないし、ハードボイルドというよりもぺリイ・メイスンに近い行動派探偵。でも文章に軽妙な良さはあるよ。気になってた作家だからちょっと読んでもいいのかな。

というわけで、50年代でのハードボイルドのサンプラーCDみたいなものだな。楽しく読めました。

No.1534 6点 キャリー- スティーヴン・キング 2026/01/26 18:06
実は初読、というかキング自体一冊も読んでなかった。映画は「キャリー」「シャイニング」「炎の少女チャーリー」くらいしか見てないなあ。だから話は当然よく承知。そりゃデ・パルマの映画は80年代では華麗なテクニックの教科書みたいなものだったからね。スプリット画面、360度回り込み、ジャンプカット風にやる速いズームなど、カッコイイ!となるテクニックが満載の映画だったもの。

とはいえ周囲は本作のイジメられる陰キャの復讐劇、というあたりに共感していた人は多かったな。評者はそこらはそうでもない。改めて小説を読んでみると、この作品は本質的に中編だということがよく分かるよ。だから映画化で一番得をしやすい原作でもある。記述形式について実験してたりするのは、事実上引き延ばし策みたいなものだ。不安定な思春期の少女の話であり、それを超能力で拡大して世界を「壊す」話でもある。メンスに絡めてこれを構築するというワンアイデアでシンプルにできている良さがある。本作は事実上復讐譚であって、ホラーじゃない。

まあとはいえ、今ではこれが宗教二世問題としても読まれるのかもね。お母さんの怖さは映画のパイパー・ローリーが上回るかな。かつての美人女優だからね。キレイなのに宗教に狂って黒ずくめ。怖いよ~映画はバカップル懲罰のあとに母親と対決だから、原作と逆だ。街を破壊して母を殺し、バカップルをやっつけるのが原作で、映画は街の破壊はなし。こっちのがシンプルに悲劇性を高めるから映画のアレンジが正解。デ・パルマのキメ台詞 Trust me! が心に痛い。
(あと、シシー・スペイセクの薄めの青い目がキャリーの超能力に効いていると思うよ)

No.1533 6点 黄金の蜘蛛- レックス・スタウト 2026/01/25 16:19
ウルフを少しお休みしてぺリイ・メイスンをこのところ読んでたわけだけど、やっぱりこの二つって同一カテゴリだよね。推理の質はウルフの方が高めだけど、メイスンの方がトリックがあったりする。「ロジックやトリックがあったら本格」というのは実態に即していないと思うんだ。アメリカ的な行動派探偵小説というカテゴリで捉えるべきだと思う。

「窓拭き」の少年ピートがウルフの元を訪れる。信号停車中の車に駆け寄って窓を拭いてやり、チップをもらうトム・ソーヤー・スタイルで学資を貯めている少年だ。この少年が駆け寄ったキャデラックの車内の女性が「お願い!警官を呼んで!」と救いを求めた。この女性を救うために少年はウルフの元を訪れたのだ。女性の耳には黄金の蜘蛛のイアリングが....しかし、少年は翌日に車に轢殺されたとの悲報が届く。

少年の母は、少年の遺言でウルフに少年の貯金全額を渡す。4ドル30セント。ウルフにだって義侠心というものは、ある。なかなかナニワブシな話なんだよ。「必殺!」ならば少年のお金を受け取って仇討ちに向かうんだろうけど、ウルフはアーチ―に蜘蛛のイアリングの女性を探す広告を新聞に掲載した。それに応じてウルフを訪れた蜘蛛のイアリングの女性。その女性は何を依頼するのか明かさないままに大金の小切手をウルフに渡す。しかし、その女性も轢殺された...

と同手口の連続殺人(さらに+1)である。ツカミはオッケー、この蜘蛛ならぬ雲をつかむような話に、ウルフは事件の輪郭も依頼人の依頼もよくわからないまま巻き込まれる。で、いろいろと揺さぶりをかけて、と展開。スピーディでつるつると読めて楽しめる。

本当に雲をつかむような話なんだけども、そんな中で「本線」をウルフは想定して、真相を見つけ出す。ちょっとした注目点からロジックを引き出していく。パズラーとも着目点が別物と感じる。

最近論創社で多く出ているあたりの、中期の作品である。特にイベント性はないけども、安定している。

No.1532 6点 猟奇の果- 江戸川乱歩 2026/01/21 13:54
「一寸法師」の猟奇というテーゼを改めて見直したのと、佐藤春夫が自分が猟奇という言葉の発明者だといった話の続きで、タイトルに「猟奇」が含まれる本作を取り上げてみた。明智小五郎登場作であるにも関わらず、ポプラ社少年向けで唯一リライトから外れた長編である(苦笑)駄作、ということでもあるんだが。

大きく二部に分かれていて、「前編 猟奇の果」がまさにド直球の「猟奇」がテーマ。「後編 白コウモリ」から明智が登場するファンタジックなスリラーで、この両者が木に竹を継いだような、と言われて仕方のない不整合。世間での評価の低さはこれが影響している。メインは整形手術によって全く同じ顔の人物が...というネタで、それに乱歩らしい変身願望が顕れてもいる。

なんだけどもね、前半後半を全然無関係にそれぞれで見ることにして、それぞれにヘンな面白さがある、というのが評者の結論。前半については事実上、都市の「奇」をハンティングする「猟奇」の冒険譚。だから具体的な地名をベースに、実際の風俗を織り交ぜつつリアルな1930年の東京を冒険する話なのだ。そしてポオの「ウィリアム・ウィルソン」かエーヴェルスの「プラークの大学生」みたいな「悪のそっくりさん」が都市の雑踏に紛れつつ怪しい犯罪を犯すのを追跡する話。本作で過剰なほど頻繁に言及されるさまざまな小説たち、村山槐多の「悪魔の舌」、「地下鉄サム」、ルパン、「自殺クラブ」、「こじき王子」、「ジキル博士とハイド氏」、「サロメ」、黒岩涙香「片手美人」などなどの文学テキストを、昭和の東京というモダン都市の上にオーバーラップさせて「解読」していく小説なんだ。まさに戦前の「路上観察学会」というべきモダン小説なのだよ。「些末なことを詮索して追っていく」ことがまさに「猟奇 curiosity hunting」の本来の意味なのだ。その過程で立ち現れる「幻想の文学都市」が、前半の主人公だと言っていい。

一転して後半は明智クン登場のファンタジックなスリラー。警視総監も総理大臣もそっくりさんのニセモノにスリ替わるという荒唐無稽な面白さがある。もちろん名探偵明智小五郎も例外じゃない!この発想が後の怪人二十面相に繋がるわけだけども、本作ではずっと社会背景に肉薄しているのが興味深い。
この小説の連載終了(1930年12月)すぐに、2.26事件(1931年)が起きているわけだよ。本作に登場する「白コウモリ団」が入れ替えのターゲットして列挙している首相、内相、警視総監、警保局長などのリストが、まさに2.26の襲撃対象リストにしか見えないんだ。だからこそ、これは恐るべきファンタジーでもある。
荒唐無稽のファンタジーのただ中に、社会からの問わず語りな声が潜んでいないといえようか? 白コウモリ団の陰謀ではストライキ中の労働者の要求を全部飲めとか、無産党員とかの社会主義な話が少し出てきたりもするくらい(苦笑)

しかしいつの間にか政治家たちがそっくりのニセモノに入れ替わっている、というのも評者が今この文章を書いている瞬間にも起きているような気がしないでもないわけだ(笑)まさにそういう小説だと読めば、意外なアクチュアリティが潜んでもいる。

No.1531 7点 ナイチンゲールの屍衣- P・D・ジェイムズ 2026/01/18 13:40
さてジェイムズの大作。長い暗い重いと三拍子揃うからか玄人評価のわりに読まれていない気がするんだが、ある意味非常に興味深いこともいくつかある。ただそれがいわゆるミステリマニアが面白がるような事でもないか?というあたりが不利なのかもしれない。

なぜ長い暗い重いなのか、というとこの小説はゴシック小説なんだよ。だから長い暗い重いなのは当然。ナイチンゲール・ハウスの因縁と幽霊の噂話もあるし、看護婦養成所だから女社会の独特の閉鎖性もあり、そういう人間関係が事件のキーともなる。炎上騒ぎもあれば、ラストはナイチンゲール・ハウス自体の崩壊。冷酷な叔父に相当するのはおそらく外科医のコートニー=ブリグスだろうけども、大物婦長テイラーの肖像も忘れ難い。いや婦長というと「カッコーの巣の上で」の婦長というイメージもあるからね(苦笑)

で、事実上の真犯人の立場が評者は大変気の毒にも感じてしまうんだ。この気の毒さ・悲劇性に+1点することにしたい。ツラいよなあ...

まああとこの長丁場が実はたった二日の話というがある意味凄い。カーでもこんな短期決戦話が多いけど、ムチャすぎるほどに出来事がある。まあ本作もカーほどじゃないが、後半に事件が動くから、長くても退屈せずには読める。長いのはやはりダルグリッシュの内省癖だからなんだよね(苦笑)
(あ、モラグ・スミスさんが登場人物一覧から漏れているのは気の毒。いいところで登場するじゃん?)

No.1530 5点 すばらしいペテン- E・S・ガードナー 2026/01/13 16:59
さてぺリイ・メイスンの作者完走では最後の作品。評者初期の作品しか読んだことないから、どんなのだろう?と興味津々。ちなみにタイトルはあまり意味がしっくりこない。仮タイトル臭い?
例によって不審な振る舞いをする依頼人登場。今回は「自分がまきこまれる可能性のある事件のために、あらかじめメイスンの弁護を予約しておく」という聞くからに怪しげな依頼。だからメイスンも話を聞いて「しまった!」感あり。しかしこの依頼人の女性は大金をハンドバックに入れているのを、事務所受付嬢に目撃されていた....名前も名乗らないこの女性、コードナンバー「三六、二四、三六」。一見スリーサイズだが、「あの人の寸法なら、三二、二四、三六といったところですわ」とさすがのデラ君鋭い。

「偽せ寸法の事件」とメイスン、デラ君はとんでもない事件でくたびれ儲けにしかならないと「高価についた依頼人の事件」とは手厳しい。そんな怪しげな事件は恐喝者との交渉、横領事件などと交錯しつつ殺人容疑が依頼人に!

で予審でメイスンが証拠調べの中で真犯人を事実上指摘して...なんだけども、この推理もつまらない上に無理筋でちゃんと真犯人を特定するようなものでもない。だからがっかりな結末。でも中盤までの丁々発止など、楽しく読めるのは確か。メイスンの事務所の受付嬢、太めだが愛すべきガーティとか、敏腕女探偵ステラとか、女性キャラが目立つ作品でもあるなあ。中盤が面白いのがもったいない。
本作も予備審問で事件が終結。結構メイスンこのパターンが多いね。陪審裁判で詰めかけた傍聴人を大向こうに回し...ってイメージはやっぱりテレビかな?

(とりあえず評者のガードナー読書ステージワンは本作で終わり。あとは評判のいい作品をつまみ食いしていこうか。)

No.1529 6点 島崎警部のアリバイ事件簿- 天城一 2026/01/12 19:03
そういえば「幻影城」を買って、天城一久々の新作!、と期待して読んだら摩耶モノではなくて島崎警部補鉄道アリバイ崩しでびっくりした記憶があったな。とはいえ、摩耶モノの密室も鮎哲流時刻表アリバイも、作者的には「ロジックとしてのミステリ」で一貫していることだけは間違いない。
以前鮎川哲也「砂の城」でも指摘していることだけど、あのトリックって関西人にとっては常識のレベルの話だったりするんだ。今はもちろん乗換検索で解けるといえば解けたりするトリックだ。だからこそ「なぜ(鉄道ミステリではない)時刻表ミステリを書くのか?」が大問題になってくる。鮎哲作品でも「黒いトランク」も「黒い白鳥」も、時刻表は出ては来るが「時刻表トリック」ではない鉄道ミステリだ。数学者の天城氏にしたらグラフ最適化問題なのかもしれないが、時刻表ミステリという極めて狭いジャンルに「こだわる」その姿勢というものの面白さとロマンに評者も惹かれたのだろう。

死体移動も現場誤認も目撃者錯覚もなし。特急を鈍行電車が追い越す奇跡の瞬間のために、探求を天城氏は繰り返すのだ。ありえない奇跡を追求するそのスタンスは、密室殺人に対する関心と同じものなのである。そして鮎川氏では長編になる情報取得プロセスをショートカットするために登場する「Rルームの美女」。まあいいじゃないかw作品的には作者の自信どおり「準急《皆生》」がいいと思う。時刻表に書いてないけど書いてある情報がトリックの決め手、というのがいい。

後半は戦後すぐに書かれた作品+島崎警部補復活後の作品で、何というか習作っぽいものも多い。トリック的にお気に入りなのは「死は賽を振る」。泡坂妻夫にも似た発想があるね。「ヴァンパイア」はアリバイトリックではなくて、他人のアリバイを消すトリックで洒落ている。世評の高い「朽木教授の亡霊」はまあ、パターン的にある話だよね、という印象。

この作家特有の「アマチュアっぽさ」というのは、一つには説明が下手なことと、戦中戦後の世相について「書きたい気持ち」が客観的には空回りしていることだろうな。厳しい編集者が付いていたらバッサリ切っていたと思うよ。摩耶モノだと世相の話が緊密にトリックに結び付いた作品がいくつかあって、効果をあげているものがあるけども、島崎警部補だとそうもいかない。アマチュア誌掲載だと足りないところ・多すぎるところを他人の目で調整するのができないまま発表されるのが、弱いところでもあろう。
(「方程式」が一周回ったバカミスでいいなあ。微分方程式の解がダイイングメッセ―ジ!)

No.1528 6点 怪奇探偵小説名作選〈4〉佐藤春夫集-夢を築く人々- 佐藤春夫 2026/01/09 22:12
江戸川乱歩登場以前から実は探偵小説って日本に存在していた。これって意外に見落としがちなことだけども、ポオとボードレールの紹介とホームズ人気が刺激になって、日本人作家の創作がいろいろなされていた。岡本綺堂の「半七捕物帖」も乱歩に先行するし、国枝史郎も「探偵小説」を標榜している。乱歩自身、谷崎潤一郎の「白昼鬼語」、村山槐多の「悪魔の舌」と並べて、佐藤春夫の「指紋」を「日本の最も優れた探偵小説」と述べていたりするのだ。

乱歩以前の探偵小説受容は、ポオ・ボードレールといった詩人経由という印象が強い。佐藤春夫も本質的には詩人だし、詩人にこそモダン都市に潜む浪漫耽美の世界として「探偵小説」というジャンルへの着目があったのだとも感じるのだ。だから佐藤春夫の小説処女作「西班牙犬の家」(1917)は明白にポオの影響下にある幻想小説と見ることができよう。解説によると「中央公論」の増刊号で探偵小説特集号が出たときに掲載されたのが、乱歩が名作として挙げた「指紋」(1918)である。これは阿片耽溺者が、長崎の阿片窟で遭遇した怪死事件にちなんで取得した金時計に残された指紋と、アメリカ映画で残された指紋との同一を巡って、病的な空想を繰り広げる話。かなり濃厚な幻想譚だが、主人公造形に「アッシャー家の崩壊」の透視的な探偵譚らしさを感じたりもするのだ。そりゃ乱歩が気に入るよ。
さらに「陳述」では青年医師と看護婦の確執から発作的な殺人に至る話。「オカアサン」は購入した鸚鵡が喋る言葉から、その鸚鵡が依然飼われていた家を想像する話。「日常の謎」的な推理譚でもあるが、三好達治の散文詩「鳥語」が「ワタシハヒトヲコロシタノダガ」と叫ぶ鸚鵡の話であるのを強く連想させる。三好のこの詩も十分すぎるくらいにミステリなんだよね(苦笑)
そして「のんしゃらん記録」はディストピアSFで、諸星大二郎の「浸食惑星」っぽい設定。過剰人口を処理するために人間を植物に変える技術が開発され、主人公はバラになってしまうという、シュールな幻想譚に滑っていく。
戦後には「女人焚死」が、信州の山奥で見つかった女性の焼死体が自らを焼く自殺ではないか?という事件を扱っている。これ実話みたいだ。まさに猟奇事件というほかない。

猟奇的という文字は自分が curiosity hunting の訳語として造語したのが、いつの間にかこういう風に使われはじめたもので、最初そういう用法を予期しなかっただけに、それを見ると必ず腹立たしくなるのを禁じえない。

だそうだ。オリジネーターとは恐れ入りました。確かに継続的にミステリ的というべき作品を書いていることも間違いない。

No.1527 6点 屠所の羊- A・A・フェア 2026/01/06 20:38
ガードナーの軽ハードボイルドシリーズだけど、実は未読だった。創元のメイスンものくらいしか読んでなかったからね。改めて読んで、普通に面白い。

「屠所の羊」ならぬラムくん、度胸もあればアタマも回るイイ男。こんな有能が失業して金に困るというのが、大恐慌期というものなのか。食い詰めてラムくんが応募したのが運命のバーサ探偵事務所。そしたら女所長のバーサ女史に気に入られてみごと採用。この事件ではギャングに拷問されるわ留置所に入れられるわと身を張っての活躍で見事バーサ女史の相棒に。

ラムくんは腕力はからっきし。でも拷問したボクサー崩れのギャングがその根性を見込んで「ボクシングを教えようか?」と言ってくれるwそういう軽妙で明るいコメディタッチが特徴的。一番近いのはクレイグ・ライスのマローン弁護士トリオみたいな気がする。スクリューボールコメディのタッチを生かした軽ハードボイルド。

ラムくんが暖め続けた秘策である「法の隙間を突いて、人殺しをしても無罪で逃れる方法」というのは、日本じゃそういう概念がないからどうしようもない話。きっと作者が思いついて「いつか使いたい...」と思っていたけども、ぺリイ・メイスンじゃヒーロー性が傷つくからまずい?と自重して、新シリーズにしたんじゃないかな。

メイスンは完璧超人だけど、ラムくんは腕力がからっきしで若造っぽいのが弱みになっている。その手綱を取るのがバーサ女史。いやね、好きだ、このおばさん。ヘヴィスモーカーのまさにハードボイルドな女。なんというか、カッコいい。とはいえウルフ&アーチ―の推理&行動分担というわけではない。バーサ女史は推理担当ではなくてマネージャー的な存在だけど、その存在自体が渋い。

かなり気に入ってはいるけども、本来の狙いの「人を殺して無罪で済ます方法」が、当然のことながら技巧的すぎる。そしてそれが本来の事件とはあまりちゃんと連結できていない。さらに本来の殺人事件の謎解きが今一つ不自然だから、ちょっと評価に困る。

でもシリーズ物としては大変楽しい。ま、いいか。
(原題が The Bigger they come で何で「屠所の羊」なんだ?という話があるけど、英題が Lam to the Slaughter でこっちから。The Bigger they come, the harder they fall (大きければ大きいほど、倒れるのもひどい)ということわざのようだ。レゲエ映画で「ハーダー・ゼイ・カム」ってあるから、タイトルの意味が気になっていた)

No.1526 5点 どもりの主教- E・S・ガードナー 2026/01/05 21:31
さてシリーズ物として安定したあたりだから「脂がのった」とか評されるんだろう。今までシリーズを読んできた中では一番ハードボイルド風というべきかな。殺人は大体作品の真ん中で一件。それまでは大富豪の一家の孫娘の財産相続を巡る「入れ替わり」疑惑が主眼。けどこの大富豪がなかなかの強面がして、「とにかく血縁があろうとなかろうと、今家にいる孫娘に財産を残す」という遺言状を作る!とメイソンとの対決で言い放ったりする。このジジイ、何か、好き。

大雨が降る中の埠頭での事件が起きたことは確実なのに、なかなか死体が見つからない。こんな中で予備審問が...裁判シーンがあるぺリイ・メイスンでは今までで最短の裁判シーンで、ギャングまがいの私立探偵の思惑を挫く。最終的に謎解きがあるにせよ、闘士としてのメイスンの闘争が主眼。襲われたデラを救うためにメイスンが鉄拳を振るう。まあそんな小説。

どうもキャラを増やしすぎてその錯綜の処理がうまく行ってない作品みたいに感じる。レギュラーの安定感はさすがなんだけども、事件としての「集中力が散漫」といえばいいのか。

No.1525 7点 りら荘事件- 鮎川哲也 2026/01/04 17:29
あけましておめでとうございます。今年の正月は忙しかったり体調悪かったりでなかなか読めなくて...今年は中学生時代の正月に読んだ記憶のある本作というセレクトでした。犯人・真相などほぼ完璧に記憶。50年後の再読だけど、中学生の記憶力ってすごいな。モザーとかいっぺん言ってみたかったけど、そんな機会はなかったよw

本作の場合は「朱の絶筆」との比較ということにどうしてもなるのだけど、あっちは「当たるパズラー」だけどこっちは無理じゃないかな。ミステリでは今は常套に近いネタだけど、やはり事件から連想して真相を見つけるのは難しいとも感じる。そして最初の三件の真相の出来の良さと比較すると、その後の事件の真相はだいぶん落ちるとも感じる。だから後半は冗長というのが印象。まあ星影龍三が仕掛けた逆トリックは面白いが。

確かに本作が「新本格」のモデル作というのはよく分かる。というか、昔は本作は鮎哲作品の中でもちょっと浮いていて、創元文庫収録の「創作ノート」(というか初出は立風書房の「鮎川哲也長編推理小説全集2」だから、中学の時はそれで読んでいる)で「大手の出版社から無視されたのは、多分、その内容が通俗的であり過ぎるということが理由ではないかと思う。私は決して通俗物を書いたつもりはないのだが...」と述懐しているのが、やはり60年代~70年代初頭の空気感を示してもいる。トランプのスペードの札を残すというギミックありの連続殺人という趣向はまあ、そういう側面もあるからね。まあだから、本作のようなパズルに徹する作品が「新本格」のモデル作になったのは理解できるのだが、佳多山大地氏の解説の中で「青春ミステリであること」を新本格の要件として述べているのが、まさに膝を打つ。というか、評者とかは一番気恥ずかしい部分でもあるんだけどもなあ。

あとはこまごました話。尼リリスについて肥っていることに頻繁に言及し過ぎるのはちょっといただけない。真相には関係ないしね。「さらば草原よ」も聞いてみた。さすがに中学生にタンゴの曲の知識はないから、どんな曲だろう?とは思っていたんだが、アルゼンチン・タンゴでも土臭いフォークソングみたいな味わいのタンゴ。いや、これがメロディを借用して「ブルーサンセット」というジャズの曲になるかというとかなり疑問。そういう雰囲気の曲じゃない。

No.1524 7点 怪談・骨董- 小泉八雲 2025/12/31 21:20
さて今年ラストは小泉八雲で締めようか。まあ朝ドラが「ばけばけ」で八雲がモデルというのもあって、各社いろいろな版が出ているね。今回は河出文庫で「怪談・骨董」の合本。とりあえず海外作家にしておいたけど、英語で著述して翻訳を読んでいるわけだから、そっちのが収まりがいいかな。「東海道四谷怪談」「牡丹灯籠(か累ヶ淵)」と日本三大古典ホラーである。

もちろん「耳なし芳一」「貉(のっぺらぼう)」「雪女」といった話は有名過ぎて日本人なら誰でも知ってるだろ?レベルである。そういう超有名怪談が含まれている短編集なんだけども、改めて読むとかなり印象が違う。ホラーかというとそういうものでもない、という感覚なんだ。民話的な懐かしさの方が先に立ってしまう。また、厳密に怪談というわけでもない怪異譚も多くて、確かにスピリチュアルなものが関わる話ではあるのだが、その内実は深い愛情の表現だったりする。「雪女」だって情愛深い雪女の姿が心に染み入るし、生まれ変わって再婚する「お貞の話」など、ロマンチックと言えばまさにそう。怪異にはその物語的な「意味」があるわけだ。そして「元話が中抜けしている」などと言い訳しつつ、あえて空白を残しつつ語られる話の数々。読者が自分から「意味」を探すように促されているかのようだ。

こういう認識は、日本社会のネイティヴである私たちの認識とはやはりズレている部分があるのだろう。外来者が驚きで目を見開いているような、そして日本文化を理解しようと懸命に頭を働かせているさまをビビッドに今の日本人である私たちが感じる。そういう面白さのようにも思うのだ。

開国により欧米人が日本を訪れた手記はいろいろと刊行されている。アーネスト・サトウやオールコック、シュリーマンならまだ幕政期であるし、明治初頭ならイザベラ・バードの旅行記は徹底している。そういう手記を改めて編み直した著書として渡辺京二の「逝きし世の面影」があり、いかに欧米人がかつての日本に魅了されていたかが分かるのだが、そういう系譜の最後のものがこの「怪談」なのだ。近代化の中で失われつつある「逝きし世」の記憶が、このような庶民の一見非合理であるがその奥に理を越えた納得感をもった「生き方」として、八雲の著述に定着されている。

これが一番はっきりしているのが「骨董」に収録の「ある女の日記」。八雲が入手した庶民の女性の日記を八雲の解説とともに収録している。役所の小使いの夫の後妻に収まり、3人の子を産みながらいずれも命短く去り、本人もおそらく40前に亡くなっている。客観的には幸せではないかもしれないが、身内を和歌や俳句を交わし合い、神社仏閣に参拝し、芝居を見物しといった日常が淡々と記されている。この淡々とした「生き方」が、まさに江戸からつづく庶民の「逝きし世」の生というのものなのだろう。

「怪談」もホラーではなく、そのような「逝きし世」の生を彩るファンタジーとして理解すべきだろう。

No.1523 9点 メデイア- エウリピデス 2025/12/30 14:37
弾十六さんが「オイディプス王」をされているから、まあギリシャ悲劇もいいじゃないの。というわけで子殺しを題材にした「メデイア」である。
「オイディプス王」は言ったらなんだが、殺人というよりハズミで殺しちゃったに近いからね。こっちは実の母親が自分の2人の子ども(幼児)を明白な意志の下に殺害する。だからこそ、ミステリ的には明白な「ホワイダニット」の作品になるというものだ。

異郷からの冒険者イアソンと恋に落ち、祖国の宝物を奪って故郷を捨てたコルキスの王女メデイア。しかし、ギリシャに戻ったイアソンは、コリントス王家の姫と打算的な結婚をしようする。二人の幼児を抱えたメデイアはイアソンに訴え、婚家の主クレオンに懇願するが、追放が決まる。復讐に燃えるメデイアは花嫁とクレオンを贈り物に仕掛けた毒で毒殺し、それに愕然としてメデイアを詰るために訪れたイアソンに、すでに子供も殺したことを告げる。そしてメデイアは神が遣わした竜車に乗って去る。

かなり血なまぐさい話である。

女というものは他のことには臆病で、戦さの役には立たず、剣の光にもおびえるものですが、いったん、夫婦の道をふみにじられたとなると、これほど残忍な心を持ったものもないのですから。

魔女メデイア。イアソンの冒険の成功もメデイアの魔術と知略に大きく負っている。そしてメデイア自身の恋は、祖国を捨て、弟を惨殺しなどの大きな代償を払っている。その犠牲と貢献が全くの無駄であり、夫イアソンは自身の利益のために新しい妻を迎えようとしているのだ....

だからこそ、メデイアの復讐に道理はある。花嫁と父王を毒殺するのはまさに魔女の矜持でもある。しかし二人の子を実の母が手にかける....この「謎」が最大の作品テーマでもあるし、このギリシャ劇が高い知名度と上演機会を今でも持つ理由でもある。だからこそ、本作は「ホワイダニット」として見られるべきなのだ。

イアソンとの直接対決では「あなたの苦しめようために」とメデイアは突き放す。しかし、その後にメデイアの祖父である太陽神ヘリオスが遣わした竜車に乗って去る姿は、かぐや姫にも似ている。天から遣わされた者は地上に痕跡を残さずに去らなければならないという、浄化の儀式めいた供犠にもメデイアの子殺しは見えるのだ。ギリシャ劇の宗教的背景からこれが正解に近いのかもしれない。

しかし別伝もある。実はメデイアは子殺しのつもりはなく、神殿に匿ったさいの過失死だったという話、国王父娘の復讐のためにコリントス人に殺された、さらにその死の責任をメデイアになすりつけたなどなど、これを冤罪とする諸説がギリシャの昔からある話でもあるのだ。それほどにこの子殺しの衝撃が深いものだったことが窺われもする。

しかし、劇の直接のコンテキストから外れれば、外国から来た魔女メデイアという異質な存在の問題とも捉えることができよう。
底知れぬ邪悪な知識を備え、イアソンを救うために、自分の弟を殺して死体を撒いて、追跡の船団を足止めした伝説の魔女。そしてイアソンの復讐のために、ぺリアス王を欺いてその娘たちに殺させるという策略までもめぐらせた智慧。このような「悪評」と畏怖が、「魔女メデイアならば子殺しもありうる」というありえない行為の「構図」を成立させたのだろう。そこに「理由」を見出す行為が、「なぜ?」というホワイダニットなのだ。

ありえないからこそ、ありうる。
このダイナミズムがホワイダニットが抱える逆説である。ギリシャの昔から私たちはそれに魅惑され続けているのだ。

No.1522 7点 スターヴェルの悲劇- F・W・クロフツ 2025/12/30 10:53
昔読んだ作品の再読でもあるから、やっぱり元読んだ版で読みたいなあ、と思ったので、あえて番町書房イフノベルズ版で。解説が乱歩の甥の松村喜雄で、乱歩と名古屋の井上良夫(戦前での本作の抄訳者でポケミスに収録)と、もう一人の翻訳者(未刊だそうだ)石川一郎のマニアの友情の話を書いていて、これが非常に興味深い。乱歩自身はアリバイ崩し作品が苦手で、クロフツも「樽」が嫌い、だから乱歩の興味は非アリバイ作の本作に集中し、本作を巡って三人のマニアが友情の中で競う話を紹介している。

本作はクロフツ苦手(でも嫌いではない)な評者でも面白い。しかしその面白さは「警察小説の面白さ」という印象が強いんだ。フレンチ警部もいろいろと仮説を立てて堅実に捜査していく。ハズレを引くのもしばしば。この「ハズレ!」を面白く見せ、「アタリ」に一見見えない「アタリ!」で驚かせるのが、警察小説の面白さだと思うんだ。本作の面白さはそういうこと。意外なくらいフレンチ警部が「名探偵」じゃないし、仮説を立てて崩れてはビックリするのが面白い(フレンチは気の毒だがw)。そういう意味じゃ鋭すぎの上司のミッチェル警部が「名探偵!」かもよ(苦笑)

いやそういうクロフツの「リアル」って、実はホームズにはあって、いわゆる「黄金期パズラー」で失われたもの、という印象もある。ホームズだと職業犯罪者との闘争が話の中軸にあることもあるわけで、そういうリアルさが意外なくらいにクロフツに息づいているのかもしれないんだ。乱歩がクロフツを「犯罪実話っぽい」と嫌っていたあたりが、乱歩の「日本ミステリ受容の功罪」というべきものだったりするのだ。

乱歩は、クロフツの代表作と言われる「樽」が好きではなかった。「探偵小説は、創意と異常なシチュエーションがあってこそ、醍醐味を感じさせるのだ。探偵実話は軽蔑するよ。事実あった犯罪と探偵小説であつかわれる犯罪は別のものだよ。「樽」は犯罪実話を思い出させるんだ。ぼくの体質には向かない作品だね」と、云っていた。

これが戦前の乱歩のミステリ観として、乱歩を親しく知る松村氏の思い出である。

No.1521 6点 猫と鼠の殺人- ジョン・ディクスン・カー 2025/12/29 14:22
ポケミス「嘲るものの座」で読了。タイトルがカッコいいもん。この手のカッコいいタイトルはたいがい文語訳聖書の詩編が出典。

内容的には「カーって読者が推理したところで絶対に当たらない!」を体現したような作品。散々引き回されたうえで、ラストシーンでの対決で「そういう構図」が出来上がるのを待つ。それがカーなんだよね。そういう作品と思えば、別に失敗しているわけではないんだ。

猫がネズミをいたぶるように、被告をいたぶる悪癖がある判事が、まさに殺人の現場で取り押さえられるがごとき状況で事件が発覚した。しかし判事は茫然自失の状況で、怪しげな説明しかしなかった...いやそういう話でかなりシンプル。メイン登場人物も犯人を入れて5人。なのに真相はメチャ複雑で、ダミー解決もそれなりに驚くようなものを、さらにひっくり返す。まあ当たるわけなくて、カーの手の内で転がされるのを読者的には楽しめるか?が主眼。

評者は中期のシンプル設定のカーには好感が強いんだ。まあだから、あまりに技巧的な真相は「マジ?」ってなって、呆れ半分だけど嫌いじゃないよ。
(たぶん作者には「帽子蒐集狂事件」を再構成した感覚があると思うんだ...)

No.1520 5点 宇宙船ビーグル号の冒険- A・E・ヴァン・ヴォークト 2025/12/26 17:25
SFこんなの読んでなかった系。要するにスぺオペって言われるタイプの作品だからね。まあそれほどスぺオペスぺオペしてないけども、銀河宇宙を探検する宇宙船ビーグル号が遭遇する宇宙怪獣(BEM)たちとの闘争を描いた作品。

猫みたいな見かけだから油断して船に入れたら金属壁でも突破して船内で暴れる奴、乗組員を精神攻撃してくる鳥人、岩のような頑丈な見かけで宇宙空間を漂っていたのを拾ったら金属の中に潜り込んで出没自在な奴、そして...と連作中編集みたいなノリで4種のBEMと戦う。
乗組員たちは探検船ということもあって、網羅的な分野の科学者たちと運用クルーの軍人たちである。主人公は総合科学(Nexialism)と呼ばれるジャンルの科学者...ということなんだけども、これがねえどうも評者とは相性悪いな。科学と言えばそうかもしれないが、社会心理学を応用した経営学みたいなものと言えばいいのか?睡眠学習で知識を頭に詰め込んだり、催眠術でいろいろトラップを仕掛けたりする。これがねえ、どうもイカガワしい。オカルトだなあ。空想科学に文句つけちゃいけないのかもしれないが、薄っぺらい。また、主人公の親友みたいに登場する日本人の考古学者苅田が展開するのが、シュペングラー風の循環史観でこれもまあ単純化し過ぎなテツガクっぽい俗流歴史論みたい。気に入らない。

いやいや、確かに宇宙怪獣たちとの知恵比べみたいな戦い方は面白いが、人文系の学問についてのヘンに古めかしいイデオロギー臭が体質的に受け付けない。こまったな。いや50年代黄金期SFに、この手の古臭い社会史観が満載されている(アシモフもハインラインもそうだが)のが、当時は「リベラル!」ってもんだったんだろうが、今となってはどうにも扱いに困る。

ホントは「非Aの世界」がコジブスキーの一般意味論に影響を受けた奇書、という評判でその予行演習みたいなつもりで読んだんだけど、参ったな、どうしようか?
(そういや映画「エイリアン」のデザインソースの一つなんだな)

No.1519 6点 探偵小説の「謎」- 事典・ガイド 2025/12/24 22:52
乱歩のエッセイ集として、昔からポピュラーだった本だ。要するに「続幻影城」に収録された「類別トリック集成」が資料集みたいなものだから、もう少しエッセイ風に補足しながら書き改めたものに、いくつか独立したエッセイを追加した内容である。もともと社会思想研究会の依頼でまとめた本だから、現代教養文庫の文庫本がオリジナルということになる。だから社会思想社が潰れるまでは継続的に手に入れやすい乱歩のエッセイとして親しまれてきたよ。
(豚がガウン着ているカバーが懐かしいな)

なので「意外な犯人」「凶器としての氷」「異様な凶器」「密室トリック」「隠し方のトリック」といったあたりが、「類別トリック集成」の敷衍部分になるわけだ。「密室トリック」はこの本のために新たに書き直したもので、事実上乱歩の密室分類の完成形になる。1956年の本だから、例の「五十一番目の密室」まで言及があったりするよ。「針と糸」の具体的な解説図まで付けているくらいに力が入っている。

なんだけどもね「変身願望」に1章割いて、「大統領のミステリ」に詳しく触れていたりするのが、いかにも乱歩らしいわけだ。まあここらへんの話題はたとえば弟子筋の渡辺剣次「ミステリイ・カクテル」と同工異曲でもある。それでも「探偵小説の根本興味はパラドックスなりと感ず。インポシブル興味とはパラドックス(思想の手品)のことなり」と、自身のメモを参照して述べているあたり、「面白いトリック」と「つまらないトリック」との違いについての言及になっている。学者的な分類というわけでもないんだ。評者もフィージビリティを振り回すのはどうか?と懐疑的なんだけども、それはやはりトリックに「逆説の味わい」があるかどうかを評価ポイントにしていることからでもあるんだね。

しかしね「類別トリック集成」のトリック論から離れた内容の「明治の指紋小説」「スリルの説」といった後半のエッセイは、ふつうに興味深い。「明治の指紋小説」では科学上の指紋による個人同定の進歩に合わせて、指紋を題材にした小説が出てきた歴史がまとめられている。確かに「赤い母指紋」は個人同定がテーマではなくて、それを欺く手段としての悪用の話だから、個人同定がメインの話がいくつかあるはずだ。でマーク・トウェインから2本見つけるのと、明治の英人落語家快楽亭ブラックの「幻燈」が先駆的な指紋小説だという話。たしかになるほど。
最後の「スリルの説」。これはミステリが理知一辺倒ではない、ということを乱歩が力説する。スリラー、大いに結構!と乱歩がしっかり主張。まあ乱歩自身は明智通俗もので一世を風靡したことに忸怩たる気持ちがあったようだけども、この頃は吹っ切れているのかな(いや評者、通俗ものの評価はそう低くはないよ)。でドストエフスキーをスリルの観点で評価するあたり、面白いw。いいじゃないか。そういえば来年はカラマーゾフしないとね。

No.1518 5点 骨董屋探偵の事件簿- サックス・ローマー 2025/12/24 17:17
評判がいいから期待したけども、ちょっと期待はずれかな。

キャラクター小説としてはなかなかハッタリが効いた造形で、そのあたりの達者さは窺えるんだけども、ミステリとしての面白さはあまり感じられない。いやたとえばさ、カーナッキならば怪異と合理の狭間の抜き差しの面白さみたいなものがあるし、サイレンス博士ならばシリアスなオカルティストとしての全力投球っぷりに感銘も受けるのだ。本シリーズはどうも設定しかない、といった感覚で事件がつまらないんだな。
本作でのオカルト要素はエジプト中心。ミイラ首切り事件なんてのもあるし、最終話はイシスの儀式についてのオカルトの話でこれだけガチの神秘小説。他は人間が起こした犯罪を骨董店主モリス・クロウが解決する。犯行現場で「除菌済み」クッションで数時間寝ることで、犯罪場面の残留イメージを脳に定着させることができると称し、それを手がかりに真相を見破る。この残留イメージが意外にしょぼい。そのイメージの「現像役」で娘のイシス・クロウがファッショナブルな絶世の美女なのに、ストーリーではただの補佐役。あまり生気がないなあ。設定がかっこいいのに活かしきれてないと思うんだ。

ストーリーとしては絞殺者の手型にこだわった「ト短調の和音」がいいか。本作登場の悪魔的ピアニストの造形が面白い。

だけど、ツタンカーメンの王墓発見は1922年だから、本作のエジプト趣味はツタンカーメンブーム以前のものということになる(連載は1913年開始、書籍は1920年。だから結構古めの作品)。黄金の暁みたいなオカルト結社とも関わりがあったようだけども、エジプト趣味はそういうあたりからの影響だろう。どっちかいえば世紀末趣味の部類かもね。

No.1517 6点 夢遊病者の姪- E・S・ガードナー 2025/12/17 13:32
ここからはハヤカワ版になる。やっぱり次回予告が読みたかったから、創元優先だったよ(苦笑)

大金持ちの夢遊病者の姪が、伯父のトラブル解決をメイスンに依頼する。メイスンって「殺人事件専門」というわりに、「殺人事件が起きそう!」となるとヘンに鼻が利いて(笑)民事事件でも首を突っ込む。そりゃ夢遊病者が夢遊病中に犯した犯罪は裁きうるか?って弁護士としては面白いからね。予感通りにメイスンの鼻先で殺人事件が起きてしまう。そうしてみるとペリー・メイスンも「防御率の悪い」名探偵だな(苦笑)そんな状況でメイスン自身も第一発見者であり、後の裁判シーンでも、弁護士兼証人みたいな厄介な立場になったりして、裁判自体が???という感じになってもいるよ。

裁判シーンは大きな中断があって、合わせて60ページくらい。意外にウェイトが軽い。邦題ではタイトルはちょっとしたダブルミーニングだな(原題ではそういうニュアンスはありえない)。で評者的にはこういうの好き!ってなるナイスなアリバイトリックがあるから印象がいい。

やはり前作「門番の飼猫」あたりから、やはりタッチが変わってきていると思うよ。初期作って比較的少人数の人間関係だったのが、複雑化しているようにも感じる。また「チョッキに親指をかけて」うろうろと歩き回って考え込むシーンがトレードマークにもなれば、デラくんとの関係も思わせぶりになる。シリーズとしての人気を意識して書くようになっていると感じる。
(肉切りナイフ大量購入は、食器店主がヤな奴なこともあって、メイスン、意地になったね!って思って読んでました...)

No.1516 6点 箱の中の書類- ドロシー・L・セイヤーズ 2025/12/16 22:13
さてセイヤーズの追補もこれで終わりか。ピーター卿が出ない単発ミステリ。箱の中に手紙やら供述書やらが入っているという体裁で、それを順に読んでいく。ホイ―トリーの「マイアミ沖殺人事件」みたいな捜査ファイル形式っぽさを感じたなあ。そういうリアル感。手紙だけではなくて、陳述書とか新聞記事とかそういうものも入っていて、単純に書簡体ミステリという感じでもない。被害者の息子が父の死の真相を調査して集めた資料集を順に読んでいく。

叙述ミステリとかそういう狙いがあるわけではない。

とはいえ前半の家族の間での微妙な感情のもつれを描いたあたりは、多視点の書簡体による心理小説っぽさは出ているよ。ミステリとしては純粋にハウダニット、というか意外な証拠というものかな。本作は「茶の葉」の共著者ユーステスが原著ではやはり共著として入っているのだけども、科学考証で貢献しているようだ。このネタ、科学に興味ある人は聞いたことあると思うけど、実は19世紀に発見されているものみたいだね。

俗物の紳士とその後妻、下宿人の小説家と画家。この狭い人間関係から起きたキノコの毒による毒死。被害者の紳士は妻から見れば抑圧的な暴君で俗物、しかし趣味はアウトドアと料理。キノコに詳しいナチュラリスト、というなかなかヒネったキャラ。息子は「キノコのプロの父が間違えるわけがない!」と事故死ではないと断定。
紳士の取り巻きみたいに画家はなっていくけど、相方の小説家はとある事件で仲たがい。こういう人間関係が前半で丁寧に描かれていく。アーチストな下宿人は俗物の紳士と一家を内心馬鹿にしているところもあれば、女中のオバサンが妄想で人間関係を混乱させるとか、人間の厄介さが良く描かれているよ。

で、小説家の方は作中で結婚。お相手がセイヤーズ女史っぽい女流小説家。科学のネタを生命の神秘やら神の創造に結び付けたペダントリが、安定のセイヤーズ。第一部「統合(Synthesis)」、第二部「分析(Analysis)」の対比は、キュビズムの種類からの採用じゃないかな。あそうか、書簡体とか陳述書とかの多面的な記述が「ミステリのキュビズム」という狙いなのかなあ。

いやセイヤーズ、こんなのも書くんだね。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.39点   採点数: 1535件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(114)
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