皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
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クリスティ再読さん |
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| 平均点: 6.38点 | 書評数: 1556件 |
| No.1556 | 6点 | 泉鏡花集成1- 泉鏡花 | 2026/03/21 20:54 |
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| 涙香の「無惨」(1889)に続く国産ミステリの二作目かも?なのはどうやら泉鏡花の「活人形」(1893)かも?という話もあるので、取り上げてみた。これは尾崎紅葉の門下の硯友社が春陽堂の求めに応じて出した「探偵小説」という叢書で出たもの。涙香が紹介した海外ミステリ翻訳が好評で、それに乗っかろうという春陽堂の思惑だったわけだ。でも紅葉門下とはいえ、だいたいはペンネームで書いている。川上眉山とかもいるようだが、当時駆け出しだった泉鏡花はこの名前で書いている。これが中編「活人形」。
雲の峰は崩れて遠山の麓に靄薄く、見ゆる限りの野も山も海も夕陽の茜に染みて、遠近の森の梢に並ぶ夥多寺院の甍は眩く輝きぬ。処は相州東鎌倉雪の下村...番地の家は、昔何某とかやいえりし大名邸の旧跡なるを、今は赤城得三が住家とせり。 門札を見て、「フム此家だな。と門前に佇みたるは、倉瀬泰助という当時屈指の探偵なり。色白く眼清しく、左の頬に三日月形の古創あり。 とまあこんな感じで名探偵登場。実際にはこの探偵が赤城という悪人の悪事を暴いて主筋の姉妹を救うスリラー。この姉妹の母が大切にしていた等身大の人形が登場し、身代わりになるようなシーンもある。引用で分かるように文語文。でもまあそれほど難しくはないが、それでも鏡花としては第二作、まだ19歳だよ〜練れてない小説。 だけど、第三作の「金時計」は金時計を餌に悪巧みする外国人を罠にかける話でこれも広義のミステリ。鏡花の名声を高めた「義血侠血」、新派で有名な「滝の白糸」だと殺人事件の裁判で検事と被告の恋の話だったりする。「黒猫」はポオとは関係なくて、盲人の按摩のストーカー話で、その被害者女性が溺愛する黒猫になりたい、などとその按摩が懸想する。でこの按摩が結局死んで、黒猫が按摩の霊が乗り移ったのかのような...という話。これが一番面白いかな。玉三郎が映画化したので懐かしい「外科室」は一種の心理ミステリと読める作品だから、たまに「文豪ミステリ集」みたいなアンソロに入ってることがある。 というわけで、泉鏡花って結構ミステリ作家じゃん?というのが結論。このちくま文庫のアンソロは明治26-28年あたりの駆け出し時代の作品集。全作文語文だが、会話は口語。割と読みやすい。 |
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| No.1555 | 7点 | 武州公秘話- 谷崎潤一郎 | 2026/03/18 18:45 |
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| 昭和初期の純文学と大衆文学の交差という点で重要な作品でもある。いや「新青年」の連載作なんだよ!伝奇時代小説なんだけども、ミステリ的興味に投じた作品であることは間違いない。
谷崎自身はもともと「途上」などが乱歩によって「国産探偵小説の例」として持ち上げられていたのを、あまり好意的に見ていなかったようでもあるのだ。もちろん当時のミステリファンたちの間で、谷崎のヘンタイ方面が大人気だったのはいうまでもない。そんなで「新青年」への登場が待たれていたにもかかわらず、谷崎は書くのを渋っていたわけである。 この状況を打開したのが、震災後関西に移住した谷崎の元を訪問した渡辺温の事故死だった。この件で心理的な負い目を感じた谷崎が、渡辺温の思い出を書いた「春寒」に続いて、「新青年」に連載したのが本作。 稗史小説の体裁を借りて、武州公、桐生武蔵守輝勝の野望と変態性欲を描く一代記、というわけなんだが、残念中絶。それでもキリのいいところで終わっているから、そう不満はない。武州公のヘンタイ性欲は何かというと、鼻を削がれた男の生首とそれをいとおしむ女、に対するフェティッシュなコダワリなんだ。少年時に落城寸前に追い詰められた城の中で見た、「女首」と呼ばれる、鼻を削がれた武将の首を洗うさまが目に焼き付いた武州公は、単身城を抜け出て敵陣に潜入し、敵の総大将を討ってその鼻を削ぐ。この鼻削ぎの因縁が巡り巡って、武州公の主君である筑摩則重とその北の方で武州公が殺した敵将の娘桔梗の方との三角関係に発展する...筑摩則重の鼻を狙うのは誰か? こんなエログロ満開の話。いや、いいねえ。ただし、文章はのっけから漢文で書かれた序「伝曰。上杉謙信居常愛少童。又曰。福島正則夙有断袖之癖」てな感じで始まったりする。ハッタリの部類で本格漢文じゃないから楽勝だし、典拠からの引用めかした文語文も多い。そういうあたりもちょいと高校時代とか思い出して、ヘンに懐かしい。 純文学と大衆文学のクロスオーバーを明白に狙った作品というわけだ。時代伝奇、冒険、歴史小説、ミステリ、変態性欲、不倫などなど、極彩色の物語。面白くて引き込まれる。 |
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| No.1554 | 6点 | 社会部記者- 島田一男 | 2026/03/16 22:55 |
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| 1951年の第4回探偵作家クラブ賞は「但し島田氏は授賞作品の他にも力作が相当あるので、発表は「社会部記者」その他と附加へることを申合せた。功労賞的な意味も含めたものである。」ということで、ちょっとややこしい。実際「風船魔」もこの時候補に挙がっていて2票入っている。そういう経緯もあって、受賞作短篇「社会部記者」を原題の「午前零時の出獄」に戻し、他にこのシリーズ第1作の「遊軍記者」と「新聞記者」、及び「風船魔」の4本を収録して「社会部記者」を総タイトルとしてコンパイルしたのが、双葉社の日本推理作家協会賞受賞作全集になる。なかなかツボを押さえた仕事である。
舞台は東京日報。社会部長の北崎が仕切る社会部である。このシリーズ、あまり個々の記者のプライベートは掘らないのが特徴で、とにもかくにもしゃれっ気のある会話とスピード感で飛ばしていく。北崎親分の一の子分みたいに焦点が当たるのが遊軍記者の亀田。次郎長親分と森の石松といったところで、落語というよりも呼吸が浪曲だなあ。 「午前零時の出獄」はヤクザの出所と更生に社会部が関与するナニワブシ。「遊軍記者」は写真学校のビルが焼けて焼死体の事件。ちょっとしたアリバイ崩しみたいなものがある。「新聞記者」は軽演劇の一座に送られた精神病院を舞台にする芝居の話。「風船魔」は女性舞踏家の死体が大きな風船にぶら下がって銀座を散歩してしまう奇抜な事件。という風に、それぞれテイストの違う話だが、なかなか奇抜で派手なもの。筆力があるから何とかなっている。 「午前零時の出獄」にややトリックめいた仕掛けがあるかな。 どうやら受賞の弁などみると、一種のハードボイルドのように期待されていたことが見える。実際、草創期のテレビドラマの「事件記者」に繋がるわけで、これがそれこそ「七人の刑事」などとともに刑事ドラマのプロトタイプになったことを考えたら、影響力絶大、ということにもなるのかもしれないな。 まあ島田氏というと、評者が学生のころでも「捜査官シリーズ」で売れていたわけで、息の長さということでは凄いものがある。そのうちやろうか。 |
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| No.1553 | 7点 | 網にかかった男- パトリック・クェンティン | 2026/03/16 13:27 |
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| いやこれ面白いよ。PQは気になっていたから、ちょっとやっていきたい。
「ヒルダよ眠れ」の逆パターンみたいな、夫にはヒステリックな心理戦を仕掛けてくるけど、外面は良妻、というあるある系の悪女が夫の旅行中に失踪。状況証拠から、夫が妻を殺してどこかに隠した、という疑惑が浮上。スモールタウンだから、村民は主人公をリンチしようと追及してくる... こんな風に始まる。主人公は画家というのもあって、地域から浮いているんだね。だから都合のいい生贄に選ばれやすい。で、追われる主人公を助けてくれるのが、地域の子どもたち、というのが実に面白い。まさに主人公を追いかけている大人たちの子どもが、主人公を助けてくれる(笑)しかし、子どもでも自我がしっかりあるから、主人公が子どもたちとの関係をコントロールしないと、助けてもらえないどころか、かえって密告されてしまう。主人公が子どもの心理を洞察しつつ、子どもたちと駆け引きするあたりが実に面白い。そして、子どもたちの協力によって、真犯人を罠にかけて潔白を証明しようと... しっかり者のお姉さんエミリー、その妹でワガママなエンジェル、ドラッグストアの息子で放任気味のバック、執事の息子のリロイ、良家の坊やでひ弱なティミー、と子どもたちの書き分けがナイス。とくにエミリー、いいなあ。事実上のヒロイン。 期待して読みだしたわけじゃなかったけど、いやいや面白い。 |
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| No.1552 | 6点 | 疑問の黒枠- 小酒井不木 | 2026/03/12 20:42 |
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| 小酒井不木の代表作として有名な作品。確か中学生の時に読んでるんだ。愛知県だからご当地作家、という理由なのか市立図書館に不木全集があって、それで。懐かしい。ちなみにチェスタートンの「孔雀の樹」が同じ巻だった気がしたので、調べたら改造社(1930)のものなんだ。古びた本だった記憶があるから、そうなんだろうな。
改めて内容。名古屋在住の企業家が連続して生きているのに訃報記事が新聞に掲載される。三人目の村井氏は悪ノリして自分の生前葬を行うことに...しかし葬儀を終えたときに復活するはずの村井氏は死体として発見された! とまあ、ツカミはオッケーな話。法医学者小窪教授やらその助手の肥後、容疑がかかる押毛といった人々がみな探偵小説マニア(笑)。「新青年」やら「探偵趣味」やら当時の雑誌が作中で話題に上がる。当時の名古屋での探偵小説ファンコミュニティを舞台にした作品と言うのも、間違ってないだろう。実際、不木自身を投影したと思しき小窪教授は、ミステリと現実の法医学のさまざまな犯罪捜査を語ったうえで、 殺人 = 犯人の心 ― 被害者の心 と「殺人方程式」なんてアイデアを吹いてくれる!いいなあこういう稚気。 評者名古屋は土地勘があるから、鶴舞公園の名大病院やら、大須の演芸場、名駅、中村遊郭といった名古屋の昔の姿が懐かしい。そんな名古屋の街でさまざまな登場人物たちの思惑が交錯する。意外なくらいにモダン・ディティクティヴ。ちなみに不木自身は東北大教授を拝命したけど健康悪化で実家の名古屋に戻ったから、名古屋大学には奉職していない。しかし、木下杢太郎が皮膚科の教授で交友があったから、研究室の様子など実体験なのだろうね。 一般の人が探偵小説を好む理由は、つまり、各人に備わっている殺人意志を和らげる為だよ。旧式な言葉で言うのならば、探偵小説によって殺人欲を満足させようとするのだ。(中略)従って探偵小説の愛好者は実際のいわゆる悪事を行わない。 この小窪教授の言に、啓蒙期のマニアたちの想いがまさに結晶している。 |
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| No.1551 | 5点 | 天河伝説殺人事件- 内田康夫 | 2026/03/11 22:11 |
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| 何となく角川映画やってる(苦笑)。
そりゃ日本で生きてれば、浅見光彦シリーズを全然読んだこともない、とはいかないよ。新聞連載だって読んでたりするからね。でも本作については映画も本も初見。一番知名度がある作品。能楽の家元の継承問題と天河辨財天が舞台。角川春樹自身、天河辨財天の信仰が篤かったという話がなかったっけ。 原作はシリーズ23作目だそうで、117冊もあるシリーズ総数から見れば初期?となるわけだけど、映画は最初の事件扱い。原作だと登場人物から「名探偵!」とヨイショされるわけだけども、 「名探偵だなんて...僕は軟弱なノンポリの落ちこぼれ人間でしかありませんよ」 といたって謙遜というか自信なさげ。こういうあたりのキャラ造形が一般人気の秘訣なんだとも思うよ。ミステリマニアしてると忘れがちだが、世間一般では「アタマいい系キャラ」ってあまり好かれないんだよ(苦笑) で、本作も長いけど、かなり内容は冗漫で、いろいろと浅見がああ思ったこう思ったと事件外の世相について感想めいたことを書いている。だから、緩い。 映画では殺人の時系列が大きく変更されている。原作では序盤で起きる、「道成寺」上演中の能舞台で鐘の中で早変わりした家元後継者が毒殺される話が、中盤に移動し経緯がかなり変更、吉野山中で殺される人物も原作と映画で違う。そして映画のクライマックスでは天河辨財天での薪能だが、原作では天川村だけども薪能ではなく、薪能は過去のいきさつで重要な役割があったりする。 真相の基本構造は映画でも維持されているけども、それでも辻褄が合ってしまう。こういう「緩さ」がこのシリーズの特徴なんだと思うよ。犯人決めずに書き始めてると言われたとしても、信じちゃうくらい。 ちなみに映画は駄作。もう少し観世栄夫が指導した演能シーンを見たいなあと思けどもねえ。なぜか真横から当てる照明が位置関係で辻褄が合ってなくてシラケた。ネタとしてはけして悪くないのに、凡作感が強いのは市川崑の技量が随分落ちているせいだと思うよ。金田一シリーズの「夢をもう一度」で角川春樹が大乗り気で始めた作品だけど、角川春樹自身がコカイン事件で角川書店から追われて、角川映画でのシリーズ化話は消滅。年老いた加藤武が「わかった!」とやるのが何か気の毒。 |
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| No.1550 | 6点 | インキュバス- レイ・ラッセル | 2026/03/09 11:43 |
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| 「嘲笑う男」で何となく読んでみたくなったレイ・ラッセル。タイトルが「インキュバス」ともなるとね...そりゃ、エロホラーという路線かいな?とはなる。「プレイボーイ」編集者で名高い作者だもんね。性解放の硬派な部分もあればプレイメイトもあり、というスタンスを体現したような、といえばまあそう。
カリフォルニアの田舎町ガレンに跳梁する連続強姦魔。その巨大なブツは被害者の下半身を引き裂くという凶悪なもの。ガレンに地縁がありオカルトに精通した人類学者トラクスは、この事件に介入するためにガレンを訪れた。次々に襲われる女性たち。神出鬼没の強姦魔の正体を、トラスクは伝説の淫獣インキュバスと推定する。しかし、インキュバスはスモールタウンの誰に化身して潜んでいるのだろうか? 性描写は頻繁にあるけど、あっさりしたもの。事実上オカルト・スリラーで、若干のフーダニット興味があるモダンホラー。 スモールタウンの人間関係やら、トラスクと協力するウォールデン保安官、町の旧家の生き残りのティム・ガレン青年などなど町の面々の群像劇。そしてトラスクが持参した切り札であり、町にも一冊あることが判明する奇書「アルテス・ペルディタエ(失われた技術)」。街の創設者を巡る魔女裁判の過去...とあるけど、確かに、ガジェットのラヴクラフトぽさより、ずっと「ツインピークス」の雰囲気に近い。「モダンホラー」と銘打って紹介されたのはそういうことかな。 スピーディなスリラーで、それなりに面白い。「ヘルハウス」のジョン・ハフが映画化した(主演がジョン・カサヴェテス)だけど、評判はよろしくないようだ。 |
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| No.1549 | 5点 | 芥川龍之介 幻想ミステリ傑作集 魔術- 芥川龍之介 | 2026/03/05 10:35 |
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| 大正期の「前・探偵小説」という面で見た時、大正モダニストの寵児である芥川龍之介の存在感と言うのもやはり、ある。乱歩自身が谷崎潤一郎と佐藤春夫と並べて、一般文壇からの探偵小説的アプローチの例として芥川を挙げていたりする。まあだけど、今更「藪の中」をするのも何なので、タイトルに惹かれてこのアンソロを。「開化の殺人」とか入っているからね。
芥川と言うと、アイロニカルな視点で心理を掘り下げる切れ味のいい短編が真骨頂なのだけども、これって今見たらいわゆる「純文学」ともちょっとズレた位置の作家だということもできる。「大正モダニズムの作家」という視点で「新青年」作家たちとも共通の空気を吸っていたことは否定できないんだ。複雑な心理を解剖する知的な謎解き小説というあたりで、「ミステリ」要素がないわけでもないんだが....うーん、このアンソロだとやや苦しいかなあ。 ミステリ的興味、といえばタイトルが直球の「開化の殺人」(大正7年)だけど、これは佐藤春夫の「指紋」と同じ、中央公論の「秘密と開放」という増刊号に掲載された作。一般文壇での初の「ミステリ特集号」だったわけ。これが大正のミステリブームを作ったわけだけど、本作も殺人者の動機深掘りモノに留まっている。あと不貞とドッペルゲンガー妄想とを重ねた「影」がミステリっぽいと言えばそうだけど、どうも内容が混乱している。ならばドッペルゲンガーを正面から扱った「二つの手紙」の方が作品としてはいい。そもそもポオとか「プラークの大学生」からの流行ネタなんだけどもね。ホワイダニットの動機追求という面だとストレートに描いた「疑惑」が完成度が高いか。あとは芥川らしいアイロニカルな神秘小説が続いて、ちょっとミステリとは言い難いものが多いな。 しかし、本書で最後に収録された「浅草公園」は、映画シナリオ仕立てで、浅草公園で迷子になった少年の目での「冒険」を描いたもの。乱歩も浅草をテーマにした作品多数のわけで、「浅草の路上観察」という「猟奇(curiosity hunting)」の直球ネタだったりするわけだ。そして、このシナリオの中で、ディゾルブを想定したような二重イメージをいろいろと操って「都市の真実」を提示しようとしていたりする。こういう視線自体が「都市の探偵」の典型だったりもする。 というわけで芥川も懸案だったから、これで解消。あと、文学系は泉鏡花の「活人形」くらいはしたいなあ。 |
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| No.1548 | 5点 | 湯殿山麓呪い村- 山村正夫 | 2026/02/27 18:18 |
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| 横溝ブームを「自分が後継してやろう!」と意気込んで書かれた作品。出羽三山の即身仏に取材した因縁話から、密室殺人やら秘仏となっているミイラの調査など、ネタとしてはキャッチー。だから滝連太郎でシリーズになったし、映画にもなったんだけどね...狙いは、わかる。謎解きも易しめにすることが悪いわけでもない。
けどね、何か小説が下手な感じがする。キャラにリアル感が薄く展開がお約束っぽいのかなあ。横溝正史って手練れの大衆作家としての良さがあるからこそ、猟奇怪異のミステリが成立しているんだと思うんだ。 (ちなみに、因縁話に当たる天明期の即身仏の話は、そのまま高木彬光の「ミイラ志願」だよなあ) で映画も見たよ。角川見てるツモリなんだが、本作は初見。タッチが全然原作とは違う。滝連太郎も原作の大食漢でコミカルな大学助手ではなくて、ミイラの調査で名を挙げようと、ミイラ寺檀家総代の淡路家の長女と不倫関係になって取り入る野心家だったりする。永島敏行だからねえ。なかなかスタイリッシュな映像で評者は「80年代の映画青年っぽい!」とやたら懐かしいんだけど、こういうの、絶対にウケないな。ぐっと引いた絵で長回ししたり、屋外からガラス越しに芝居を見せたり、評者は大好きなんだけども、単にナラティヴが分かりづらくなるだけと普通の観客は「はあ?」ってものだろう。実際、ミステリの部分も怪奇の部分も映画はあまり、ヤル気がない。修行に耐えられなくなって女と逃げたミイラ志願者を「天明のダメ男」と評するように、ダメ男ダメ女が理不尽に身を滅ぼす話が映画のテーマ。最後は滝連太郎は雪の中で行き倒れる。そういう映画なんだ。 絶対に一般ウケしない、トンデモ映画。「映画秘宝」な一本。だからこそ評者は理不尽に好感を持つ。原作も皆殺しだけど、映画は皆殺し度でも上回る。映画の方がずっと、いい。 |
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| No.1547 | 6点 | オーメン- デヴィッド・セルツァー | 2026/02/26 16:42 |
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| わざわざ言うまでもないホラー映画の有名作。これは映画の脚本家自身が小説化したものだから、ノベライズと言えばノベライズ。でも映画人気もあってかアメリカではベストセラーになった模様。
駐英アメリカ大使のソーンは、産院で妻が産んだ子は死産と告げられて、代わりに孤児を引き取った。子供がどうしても欲しい妻には内密に。子供はデミアンと名付けられた。出世に順風満帆なソーンの周りには、次第に不吉な予兆(オーメン)が。誕生パーティの客の前で自殺するベビーシッター、動物園に行けばデミアンに恐慌を来す動物たち...ソーンに元を訪れた神父は黙示録めいた謎のメッセージを残すが、嵐の中ポールにくし刺しになって死ぬ...デミアンは666の獣の印を持った悪魔の子・アンチキリストなのか? 話は実に有名だよね(苦笑)小説は映画に忠実で過不足ない。文章も荒っぽいわけでもなく、しっかりと書かれている。訳者の中田耕治もスティーヴン・キングなどのモダンホラーの流れに位置付けて論じていたりする。けして悪い小説ではない。 けど何よりも興味深いのは、映画では「実はすべて、グレゴリー・ペック演じるソーンの妄想であり、黙示録的な妄想に駆られて我が子を殺そうとしているのでは?」という疑問がどうしても浮かんでしまい、それを頭から払拭しつつハラハラしながら見る、という見方になりがちなんだ。だって全部偶然の事故じゃん?でも小説だとそういう読み方にはならない。メディアの違いと言えばそうなんだけども、そういうアイロニカルな違いが出ているようにも感じる。リアルに描かれる映画だからこその現象かもしれない。 そういう現象はキングの「シャイニング」でも起きるんだよね。だから小手調べで本作を取り上げた。 |
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| No.1546 | 6点 | しらみ野郎の死- ジョン・シェファード | 2026/02/25 18:27 |
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| 1962年のアメリカ作品,原題「Demise of a Louce」。実は田中潤司氏の紹介によると、作者はブラック・マスクで活躍したが、日本ではロクに紹介されていないW.T.バラードの別名義で、さらにバラード名義で発表された「Say Yes to Murder」を改題したものだそうだ。翻訳は別冊宝石121号「現代ハードボイルド特集」(昭和38年8月15日刊行)でR.S.プラザーの「人みな銃をもつ」との合本。翻訳は永井淳。この雑誌にはそのほかにチャンドラーの「待っている」「ブロンズの扉」を収録している。
主人公のウィリアム(ビル)・レノックスはハリウッドの撮影所に雇われる、プロデューサー直属のトラブルシューターみたいな立場にいる男。売れっ子俳優が撮影に姿を現さないことに怒ったプロデューサーに、行方を探ることを命じられるが、足取りを辿って行き着いたダンサーの部屋で見つけたのは、その俳優の死体だった。部屋主のダンサーは大女優の孫娘であり、大女優ともレノックスは旧知の仲だったこともあり、成り行きでその死体の隠蔽に関わってしまう...しかし、相次いで起きた高級娼婦殺しと、大女優が大量の睡眠薬で死ぬ事件など、事件は広がっていく。 こんな話。だから正確には探偵というわけではないが、プロデューサーに名目的には文芸スタッフみたいに雇われているけども、トラブルシューターとして使われているような男が主人公。だからそういう面でも屈折がある。プロデューサーの名前はソル・スパークだから、明白にアーヴィング・ソールバーグを模したキャラであるし、大女優はメアリ・モリス。名前はメアリ・ピックフォードでキャリアはリリアン・ギッシュ?というような感じ。まあだから映画界内幕ものといった雰囲気の作品で、主人公はこの大女優にも信用されていて、死後の遺言執行人にも指名されているような関係だし、自分がワンサの中から見出して出世した女優とも喧嘩別れのような微妙な関係になっていているとか、映画界での主人公のプレゼンスがちゃんと描かれている。タイトなタッチで丁寧に人間関係を描いているために、「通俗ハードボイルド」という感じはしなくて、ちゃんとハードボイルド感があるというか、ややネオハードボイルドに近い感触もあるかな。 事件は四方八方に広がっていくために、もう一つ整理されていない印象。いわゆる推理要素は薄いかな。そこらあたりもネオハードボイルドっぽいか。でも悪くないよ。合本の「人みな銃をもつ」より好き。翻訳作品集成では短編みたいに書かれているけど、長編だよ。 というか、名のみ聞くW.T.バラードだからねえ。他の翻訳は「ブラックマスクの世界」に一本あるだけじゃん。貴重。 |
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| No.1545 | 5点 | 人みな銃をもつ- リチャード・S・プラザー | 2026/02/25 11:12 |
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| 「名探偵登場6」でシェル・スコットくんを見かけたこともあって、急遽やる気になった。手元に「別冊宝石121現代ハードボイルド特集」があったからね。海兵隊上がりのタフガイ、髪だけでなく眉毛までプラチナブロンドのゴツいアンちゃんシェル・スコットである。で本作では朝10時に自分の探偵事務所に入ろうとテナントビルに入ろうとするといきなり二発も狙撃をくらう。「ロサンゼルスの下街のどまんなかで、右の耳をヒューンと掠めて最初の弾丸が飛んでいったときも、こっちはすぐには気がつかなかった。何のことやらさっぱりわからなかった」というオープニング。こういうあたり、常套には違いないけど、いきなり渦中に飛び込んじゃうあたりが、通俗ハードボイルド感満載。
まあこの話自体、ギャングの大ボスと新興勢力の抗争にスコットが巻き込まれる話といえば身も蓋もない。いわゆるミステリ的興味というよりも「アスファルト・ジャングルのターザン」の活躍譚というべきもの。でも軽いユーモア感のある軽妙に書かれた娯楽小説。赤川次郎だと思えば、別に悪いわけでもないよ。 それ以上にこの雑誌にいくつか載っているカラム、田中潤司「別冊鬼の手帖」では シェル・スコットは一種のスーパーマンであることは間違いないのだが、ほとんどの作品で、敵方に無惨なまでに翻弄されてしまう。プレイザーは主人公にピエロ的な役割を果たさせて読者のご機嫌を取り結ぶのだ。(中略)スマキにされて断崖からほうりこまれたりするシェル・スコットの哀れな姿を見ると、私はすっかり嫌になってしまう。 とか散々な言われ方をするし、 青木秀夫「行動派探偵紳士録」では、通俗ハードボイルドが「セックスとサディズムに堕している」と散々な悪口を言われ「一日五十ドルから百ドル、それにプラス必要経費で働く高級ニコヨン」とまで言われてしまうw 権田万治「ホードボイルドの末裔たち」では、喜劇的になっているカーター・ブラウンやプラザーをひっくるめて「このようにしてハードボイルド派の推理小説は衰退の一途をたどっている」とするわけだ。 というわけで、スピレインへの反発を前提とした、通俗ハードボイルドに対する日本の批評家の手厳しい目が窺われるのだけども、それでも当時「マンハント」などで通俗ハードボイルドが隆盛を極めていて、読者人気も高かったということが、どうも見逃されがちでもある。 だから作品と批評の温度差がこの雑誌では一番面白い。都筑道夫の「スピレインとその周辺」がいかに公平かつ洞察力に富んだ評論だったか、とも思うわけだよ。 |
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| No.1544 | 7点 | 江戸川乱歩全短篇<3>怪奇幻想- 江戸川乱歩 | 2026/02/24 13:08 |
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| さて乱歩の短編は評者は創元の日本探偵小説全集でやってしまったために、幻想系作品がいくつか書評し落としているのが気になっていたのだ。だからいい機会でこのアンソロでしようか。
具体的なお目当ては「赤い部屋」「火星の運河」「踊る一寸法師」「蟲」あたり。谷崎潤一郎の「途上」に影響を受けて書いた「赤い部屋」はプロビバリティの犯罪として乱歩自身が喧伝したこともあって、知名度もたかいよね。でも改めて読むと「殺人という観念」「脳髄の中で完結する殺人」といった趣きがあって、観念浪漫としての面白さが上回るように感じるんだ。 ガチの幻想小説としては「火星の運河」がいいなあ。島尾敏雄の夢小説と似たテイストがある。「白昼夢」と併せて、乱歩って自身が見た夢がミステリの素材になっているのかもしれないよ。もっとこういうの書いたらよかったのに、とも思ってしまう。 「踊る一寸法師」はおそらくポオの「ちんば蛙」の乱歩流翻案。イジメの復讐譚。 「蟲」って旧字で書きたいよ。やはり24文字「蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲」続く迫力は旧字でないと出ないと思う。要するに九相図の話だけど、どうも無駄の多い話のように感じる。「火星の運河」みたいなシンプルな話だとよかったかも? でお目当て外で良かったのは「木馬は廻る」。どうとないスケッチ風の話だけど、乱歩の筆力の高さが全部納得させる。珍品の「空気男」も脱力感が妙にいいなあ。ちなみに本作(大正15年)では「耽異者」という言葉で「猟奇」を言い表しているところがあり興味深い。「指」はどうということのない小品だけど、発表された最後の作品だと思うと興味深い。戦後モダンの「奇妙な味」にうまく適応している。 というわけで懸案を解消。 |
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| No.1543 | 4点 | 非Aの世界- A・E・ヴァン・ヴォークト | 2026/02/21 12:36 |
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| やはり気になったので読むことにした。ん~困ったな。「非A(非アリストテレス哲学)」ってやっぱわからん。コジブスキーの「一般意味論」をベースに書かれたSFってわけだが、要するに「言語による観念化を避けることで自己鍛錬する」ような超人教育法みたいなものか?
「非A」の訓練結果によって社会の地位を決める「ゲーム」に参加するために、ゲームを司る「ゲーム機械」が支配する「機械市」を訪れた主人公ゴッセン。しかしゴッセンは自らの記憶がすべて捏造であったことを暴かれて、街頭に放り出される。そして.... とまあ、何というかツカミは素晴らしいんだよね。P.K.ディックが影響受けたというのはわかるよ。そして何かよく分からない陰謀があって、それに対抗するように「ゲーム機械」の命令を受けて、誘拐されて殺されて、なぜか金星で復活してまた誘拐されて、大統領を襲撃して暗殺の現場に居合わせ...と怒涛の展開なんだけど、何がなんやらよく分からないままにヘンなスピード感で話が進行していく。金星の征服とか「ゲーム機械」の破壊とか派手な事件が起きまくるんだけど、関わる人々の関係性が全然わからない。刹那的に人間関係が組み替えられていくような感覚で、全体構図が理解できないままに引きずり回されていく。 なので、作者が大真面目に信奉している「一般意味論」がオカルトにしか感じなくなるな。実際、マーティン・ガードナーが疑似科学として盛大にケナしているしね。だから評者としては、既存短編をつぎはぎして書かれたチャンドラーの「大いなる眠り」を、更にとりとめない悪夢にしたようなSFというのが結論。いや同様のスピード感というか熱気みたいなものはあるし、SFガジェットには魅力的なものも多いんだが、決定的に小説としては破綻している。 「ことによるとこれまで出版された中で最悪の大人向けSF小説」という評価に一票。 |
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| No.1542 | 5点 | 羊たちの沈黙- トマス・ハリス | 2026/02/19 18:58 |
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| さて映画は封切で見たが、原作は読んだのか読んでないのかよく覚えてない。どっちか言えば「ホラー映画でアカデミー作品賞?」というのが意外、という印象もあったよ。もともと文芸色が強くないと受賞できない賞というイメージもあったからね。評者的には上手だがハリウッド的な演出で、好きというほどではない。
(ややバレます) 映画は大体原作に忠実。ラストシーンのニュアンスがちょいと違うことが話題にあることがある程度かな。何だけどもよくこの作品が「猟奇犯罪者のプロファイリングを扱った作品」と言われているわけだけど、実はレクター博士は犯人を知ってて、犯行手口から「こいつの仕業」と分かってる。情報を小出しにしてクラリスをナブってただけである。プロファイリングなんてしてないんだよ(苦笑) だから本作には「名探偵はこうあって欲しい」というイメージの過剰な投影があるように感じるんだ。「名探偵には名犯罪者としての素質がある」という見解もあれば、理知が狂気を克服するヒーローであってほしいという期待もある。レクター博士はまさに「猟奇の案内人」としての「名探偵」であって欲しいというミステリ観にハマる存在でもあるんだろう。猟奇殺人という「理解不能な犯罪」を解明するヒーローとして召喚されるのは、やはり猟奇犯罪者でもある名探偵レクター博士だ、ということを暴露してしまった作品なのかもしれないよ。 イマドキだと犯人がトランスジェンダーってことが、woke 界隈では「トランスフォビアだ」と問題になるのかな?まあトランスジェンダーによる銃乱射事件がいくつかアメリカで確かに起きているけども、やはりホルモン剤による精神的不安定化は否定しようのないものだ。本作の犯人は、本来の手術適性のある性同一性障害ではなくて、歪んだ性欲の発露が女装に発現しているような「トランスジェンダー」と描かれている。まあ何というか、woke崩壊の今読むと「アメリカの進歩主義っていったい何だったんだ?」とアタマが疑問だらけになる。 映画が成功した理由は、ジョディ・フォスターの自立っぷりがウケた側面はあるよ。菊池光の旧訳では一貫してヒロインを姓のスターリングで呼んでいる。そういう要素は明白に原作にあるというべきだろうな。内容的には言うまでもなくグロ系スリラーで、小説としての出来は標準的。 (あと旧訳の表紙かつ映画のポスターの、茶色の目で茶色の蛾が口にいる絵、実に秀逸。あとレクター博士がグールドのゴルトベルクを好むのはモダンな好みの典型で、あくまでも伝統的優雅さを求めるならレオンハルトくらいにしておいた方がいいと思うよ) |
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| No.1541 | 5点 | 狂骨の夢- 京極夏彦 | 2026/02/17 16:52 |
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| 昔読んだときには1日ちょいで読んだんだけどなあ。さすがにもう体力がないのか、結構かかってしまった。でちょっと評者的には因縁の作品。何かばかばかしくなってしまい、京極夏彦を読むのを本作で辞めたんだった。
あらためて読み直すと、バランスの悪い作品なんだ。決定的な事件がリアルタイムで起きるまででほぼ半分を費やしている。そして解決編がなんと200ページもあるんだよ(苦笑)だから8年前の背景となる事件と、戦後1952年の事件の二本立てではあるんだが、背景事件の側に関わる降旗・白丘・伊佐間・関口といった人々のコンプレックスが、焦点となる朱美の妄想と絡み合いながら長々と前半を彩っていく。4回殺されて首を切られた男、次第に肉がついていく髑髏、集団自殺事件、そして8年前の兵役忌避者の首切り殺人...と猟奇的な謎が連打されていくことになる。 だからさ、何か散漫なんだよ。こういう猟奇事件の連続をなんとか一つの構図のもとに京極堂がまとめ上げていく。その事件の全貌はまさに200ページを費やす一編の伝奇小説のようなもので....いやさあ、評者が何で初読のときに「ばかばかしくなった」のかというと、「こんな複雑怪奇な真相を、なぜ名探偵は推理できるの?」という話。8年前の事件なんて、2つの陣営と独立して動く3人の個人が一晩の間に偶然も含めて絡み合う事件だ。こんなの、事件直後に全当事者を漏れなく逮捕して尋問したとしても、絶対真相解明ができるわけがないレベルの複雑さである。それを8年後に「推理して」解明するなんてできるわけがないよ...とドッチラケたわけだ。 まあお話だからね、と言うしかないか。でも今回評価を「5点(まぁ楽しめた)」にしたのは、この評価が変わったわけではなくて、実は一種のパロディと言うかコメディみたいなものでは?という見方をし始めたからだ。何かバカみたいな話なのである。 後醍醐天皇の末裔も武御名方を祀る神人たちも真言立川流も全部京極堂のホラ話なのである。みんなこのホラ話が都合がいいから、何となく受け入れてお話の決着がつくわけだ。ほら関口クンなんてそもそもそんな傾向あるだろ? 集団自殺も「死のう団」みたいなものだし、後醍醐天皇の末裔も熊沢天皇のパロディだし、真言立川流も璽光尊みたいなもんなのだ。 なんかマジメに読んでしまって、損したな、と言う感情が「バカバカさ」に繋がっていたんだと思う。今回ちょっと疲れはしたが、まあ、いいじゃないか? (そういえば朱美の四重殺人は、高橋葉介「夢幻外伝」の「海鳴りの家」にインスパイアされた、って話なかったっけ?) |
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| No.1540 | 5点 | 警(サツ)官- エド・マクベイン | 2026/02/09 15:26 |
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| 87って60年代後半から70年代前半が不振期なんだよね。満を持しての例の名前を言ってはいけないあの補聴器をつけた犯罪者が再登場、イベント回といってもいいくらいの内容なんだけど...あまりいい評判を聞かない作品である。
確かに例の男が企む計画犯罪はある。しかし、どうもその計画がリスクとメリットが釣り合わないように感じちゃうのが一番の問題じゃないかな。一種の予告殺人モノだから、ミステリマニアにササる設定と言えばそうなんだ。87分署に執拗になされる殺人予告。でも本気に「身代金」を取る気があるのかないのか?でも起きてしまう市の要人の殺人。例の男の狙いは...確かに狙いは、わかる。でもリスク高すぎだよ。 でこの捜査はtider-tigerさんが仰るように、87分署側のドジな失敗が連続する。だから読んでいて「コメディ?」という疑いが頭をもたげてくる。確かにね...で、結局いろいろな偶然が重なりまくって、確かに「コメディ」なんだ。まあもともと、comedy には「笑える」という意味は希薄で、だから「神聖喜劇」=「神曲」というようなニュアンスもある。だから、そんな「笑えない喜劇」が本作で狙われているような気がするんだ。まあだから、そういうの、いくら辻褄が合っても読者は歓迎しないなあ。例のあの人も貫目が落ちたように感じてしまう。 あと気になるのが原題"Fuzz"。 「やつらがなぜ、ファズと呼ばれているかわかってるのか?」「いや。なぜ?」「やつらはこせこせ(ファッシー)しているくせに棉毛(ファズ)みたいにぼやけて(ファッジー)いて、古臭くて無能だからさ。やつらの捜査手段はきまりきって月並で、すでにもう実在しなくなった時代に有効なように作られたものなんだ」 と例のあの人は87分署をバカにする。一時流行った「ファジー制御」の語源でもあるし、ギターエフェクターでもファズってあるよね。しかしこの傲慢さが例のあの人の足を引っ張る因果応報。盛大にズッコケてみせるようなもので、「電話魔」での颯爽としたあたりが窺えない。評者は密かにファンだからがっかり。で本作だとミランダ警告やらでシリーズ初期からは「捜査がやりづらくなった」感が強まっているあたりに、このタイトルの意味があるのだろうな。 |
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| No.1539 | 6点 | 百万ドルをとり返せ!- ジェフリー・アーチャー | 2026/02/06 13:25 |
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| 新潮文庫って海外ミステリはホームズ・ルパンを始めとして、いろいろあるにはあるんだけども、今一つキャッチーなものに欠けているという印象が昔は強かった。角川みたいに「ジャッカルの日」とかマルティン・ベックとかあったわけじゃないからね。70年代に新潮文庫がようやくヒットを出したのが本作というイメージがある。
北海油田を巡るナイショの採掘話にくすぐられてボロ会社の株を買った四人、数学者・医師・画商・貴族の御曹司...彼らは騙されたことを知り、その損害額1,000,101ドル24セントをキッチリ悪徳企業家から取り返そうと手を組んだ。画商と医師と数学者はその専門的な知識を生かして、悪徳企業家から着々と作戦を実行して取り返していくのだが.... という話。いや実は、こういう小説って皆ガンバりました、だと小説にならないんだよね。だからトリを務める貴族の御曹司は天性の舞台度胸と貴族の広い人脈で、他のメンバーの作戦でエース的役割を果たすのだが、自身の作戦立案ばかりはカラッキシ。これが実に小説のツボを押さえているんだよ。そういうあたり、上手だな、と楽しんでいた。 舞台となるウィンブルドン、美術商業界と偽ゴッホ、カジノ、アスコット競馬場、オックスフォード大学の儀式的な伝統などのデテールについて、「この年のイギリス」の事実を織り交ぜながら紹介していくという「情報小説」的な側面を強く打ち出している。「ジャッカルの日」と同じように、「情報小説」がやはりスノッブな興味を引いたわけでもある。そこらへんが日本の読者に歓迎されたわけ。普通に楽しい小説である。 とはいえコンゲームとしてはそれほど凄いものではない。要するに一種の演劇性がキーだからね。そういう辺りに期待して読むとがっかりする人はいるだろうな。 |
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| No.1538 | 7点 | 老婦人クラブ- ジョルジュ・シムノン | 2026/02/03 16:00 |
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| 読売新聞社での「О探偵事務所」第二弾。この本は連載後半が中心で3作収録。なかなか世界がこなれて来ていて、面白い作品が多い。
「むっつり医者と二つの大箱」 2冊の中でベストかな。傲慢で人嫌いの医者が老女を食い物にしている?という疑惑の調査を姪から依頼されたエミールたち。その老女は別荘で死体として発見。腕には注射の痕が点々と...医者の元から失踪した老女だが、しかし、その死体を医者は別荘に運ぶ機会がなかった! パズラー的な興味があったりする作品。素直に面白いし、この医者のキャラ造形がいいなあ。 「地下鉄の切符」 霧の朝、事務所を訪れた男は、血を吐いて倒れた...直前に銃で撃たれたようだ。トランスは「その黒人..」という言葉をその男の死に際で聞き取る。男のポケットには発砲の痕がある拳銃が。ツカミはオッケーな話。死んだ男に送り付けられた絵具に恐喝の匂いをエミールはかぎ取るが....結局もう一つかな。 「老婦人クラブ」 50歳以上の上流婦人だけが集う「老婦人クラブ」。でも依頼人の依頼は、そのメンバーの一人が男なのでは?という疑惑を調査せよというもの。パナマの元大統領夫人として、娘と共に社交界で活躍するその婦人だが、エミールが訪れたその家で出会った娘と、エミールは過去に因縁が...この元大統領夫人を名乗る男の狙いは? こんな話wアイデアが面白い。なかなか笑える真相でいいなあ。 だから全体的に明るめの話が多いのが好印象。確かにこれはメグレだとお話にしづらいネタが多いとも感じるよ。「チビ医者」の兄弟編で、アメリカンな軽ハードボイルドに寄せたシリーズといえば確かにそうだろうね。 |
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| No.1537 | 6点 | ドーヴィルの花売り娘- ジョルジュ・シムノン | 2026/02/03 15:41 |
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| さてシムノン再開。まずは「O探偵事務所」シリーズから。空さんが「こんなに分巻しなくても」とおっしゃっていたので、そのアドバイスに従って2冊づつ書いていこう。読売新聞社では副題で「名探偵エミールの冒険」とついているので、実は評者はジュブナイルと誤解していて後回しになっていた。ケストナーの「エミールと探偵たち」と混同していたんだ(苦笑)そんなことはなくて、メグレ物第二期長編を書く前に、リュカも登場する「チビ医者」とか、ロニョンが活躍する「ネズミ氏」と同じようなタイミングで書かれた、メグレ退職後のスピンオフ短編集ということになる。
本シリーズでは、「肥った」トランス刑事が退職して始めた探偵事務所が舞台だが、実はその探偵事務所は赤毛のエミールという青年が影のボス。トランスはややコミカルな狂言回しに近く、秘書のベルト嬢、スリ上がりのバルベ犬の四人組で、事件を受ける。もちろんリュカ警視ともトランスを通じて仲良し。 というわけでエンタメに振り切ったシリーズである。ちゃんとミステリミステリしている。確かにメグレ物って、形式的にはエンタメの形を取りながらも、日本で言えば「中間小説」といった感覚なんだよね。第二期メグレはややエンタメに重心を戻したけども、戦後だとエンタメ要素が徐々に抜けていくような印象がある。だから、こういうシリーズしたくなるのもなんか腑に落ちる。 読売新聞社の4巻本では、時系列がかなり動いていているようなので、例の瀬名氏などは元の順序で紹介しているくらい。読売第一巻の「ドーヴィルの花売り娘」は、連載開始の「エミールの小さなオフィス」と第二弾の「掘立て小屋の首吊り人」と、連載中盤でエミール君の南仏出張編で話が続いている「入り江の三艘の船」「ドーヴィルの花売り娘」を収録。 「エミールの小さなオフィス」はエミール君の人物紹介編。メグレの部下として名声を博したトランスの名前が宣伝力絶大なこともあって、トランスに依頼人が訪れるけども、事務所の頭脳はエミール君。というわけでカメラマンとか助手とか適当に自称しつつ、依頼人との応接はトランスに任せながら、エミール君は別室で依頼人を観察。若い女性の依頼人はなんとトランスのポケットから、その朝に宝石強盗現場で拾ったハンカチを掏り取った!なんて楽しい導入。尾行の上手なバルベ犬に尾行を任せ、エミール君はその女性とレストランで... このヒロインに峰不二子とかそういう楽しさがある。紹介編としては上々。 「掘立て小屋の首吊り人」トランスとエミールが、首つり死体を小屋で発見したという女性からの依頼でその現場に出張。でもその小屋からは死体が消えていた。女性は夫に監禁されているのか、会うことができない。どうやらその死体は夫人の不倫相手のようなのだ..ちょっとした観察眼で推理をするのだが、真相が今一つぼんやりしているな。 「入り江の三艘の船」南仏の海水浴場ル・ラヴァンドゥーで起きた、海水浴中の女性が殺された事件の解決を、夫からエミール君が依頼される。相棒として事務所の秘書&タイピストのベルト嬢が呼びよせられる。いわゆる「水着回」wwとある道具からエミール君は真犯人を推理して、なかなか冴えてる。でもそれ以上にダイナマイト密漁をする老漁師とペタンク(ボーリングとかカーリングに近い球技)で仲良くなるあたりが楽しい。 「ドーヴィルの花売り娘」前作の続きで、トランスのドーヴィル出張の事件が手におえなくて、エミール君が緊急でヘルプに入る。カジノの花売り娘と高級ホテルのドアマンの連続殺人。トランスが夫からの依頼で監視する女性がその容疑者に...という事件。「メグレとマジェスティック・ホテルの地階」でもホテル内幕が描かれて興味深いけども、本作ではドアマン仁義といったものが面白い。偶然因縁ある人々が出会ってしまう場としてのホテル、というものの恐ろしさ。 というわけで、なかなかハイレベルな面白さがある。 |
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