皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
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クリスティ再読さん |
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| 平均点: 6.38点 | 書評数: 1627件 |
| No.1627 | 4点 | 蒸発- 夏樹静子 | 2026/08/05 10:45 |
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| さて協会賞受賞作だけどもねえ。
パズラーとしてのポイントは、1)航空機からの人間消失、2)電話を使ったアリバイトリック、3)電車時刻表トリック、の三点セット。それにちょっとした文芸設定とメロドラマ。 (あからさまではないけども、バレます) アリバイトリックは全般的に「ああそうだよね」的なもの。人間消失は理詰めで大体推測がつくけど、具体的な手順は特殊な知識が必要。 とくに電話トリックについては昭和を生きていた人なら大概見当がつく。なので捜査当局がピンとこないのがおかしいよ。「改め」がちゃんと書いていないので問題だけども、「話し中」と「相手が出ない」は昭和の電話のシステムだと電話局では区別ができず、また受け側からの「どこからかかった」という記録が電話局でも調べられない、という課金ベースの電話システム上の問題があるようだ。そういうあたりを「都市のハック」として突っ込んでいると面白いんだけども、本作はそういうわけではない。 あと文芸設定について。どうやらロキタンスキー症候群の話みたいだが、これ自然妊娠がそもそも難しいよ。一応手術で満足は得られるようだけど、ケアが大変なようでもある。それを別にして、家族的な問題でもいろいろと矛盾する部分が出るから、ちょいとシラケるところがあるなあ。というわけで、ロキタンスキーが名前がついたのが1983年のようなので、情報不足は仕方がないんだろうけども。 実は「真犯人」はメロドラマの当事者である探偵役の冬木氏自身だよ。反省とかないのかなあ。それにもどうもモニョる。 というわけで、本来5点をマイナス1点。 |
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| No.1626 | 7点 | 死への旅券- エド・レイシイ | 2026/08/04 10:03 |
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| いやあ、いいねえ。
レイシイというとヒューマンないい作品が多い人だが、本作の主人公は養女の娘を男手一つで育てる私立探偵バーニー。私立探偵というと刑事上がりと相場が決まっているが、バーニーはもともと自動車整備工。でもローンをブッチして逃げる車オーナーを探し出すために私立探偵の免許を取った男。そして気は優しくて力持ち! ダニー、力持ちってのはみんな正直だ。 最後には盲目の元プロレスラーのダニーと組んで活躍!とまあ、ボンクラ魂が燃えに燃える。ガンで先立たれた妻の弟のスワン警部補が軽い気持ちで「義兄に稼がせてやろう」と紹介されて、バーニーは動機不明の二重殺人の捜査を引きうけさせられたわけだ。畑違いの殺人事件!まあだからハッキリ言って自信があまりない(苦笑)でも愚直なまでの誠実さが、いいんだなあ。まさに「早すぎたネオ・ハードボイルド」という感覚。 これも「レイシイといえば」のカットバック技法だけど、本書では犯人側の背景などを説明してるだけ。巧妙な脱法ビジネスではあるけども、昔は手続きがいい加減だから成立していたようなものだな。偶然運悪く殺されることになるというあたりが、アイロニカルな非情さのように感じられもする。 そういうわけで面白い、という以上に大変共感する話。レイシイいいなあ。 (父が殺人事件の捜査をしていると知って、興味シンシンになる娘ルーシーがかわいい爆) |
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| No.1625 | 7点 | ロールスロイスに銀の銃- チェスター・ハイムズ | 2026/08/02 21:15 |
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| 墓掘り&棺桶でも後半戦で、本作以降は早川ではなく角川に移籍。とはいえ、チェスター・ハイムズは本作の映画化(日本公開1971年)に合わせて、大多数の作品が1971年に翻訳紹介されている。こんなこともあるんだな(苦笑)映画はメジャー製作のいわゆるブラック・エクスプロイテーション映画でも、「黒いジャガー」に先行する先駆的な作品になる。映画は当時ヒットはしたが、「黒いジャガー」や「スーパーフライ」ほどの影響力はない。
本作の特徴はやはり、当時の黒人運動が掲げたアフリカ帰還運動が扱われていることかな。ミステリだもん、それをネタにした詐欺もあるわけだ。 牧師という触れ込みで前科者ディーク・オマリーは、アフリカ帰還のための応募者と資金を募る運動で絶大な人気を誇っていた。資金集めのための集会が突如マシンガンを持った白人によって襲撃される...集めた資金が奪われてそれを追跡するが、逃げられてしまう。しかし、いろいろと後ろ暗いディークも逃亡し、墓掘り&棺桶コンビがこれを追跡する.... こんな話が軸。いったん逮捕されたディークも「無罪の牧師を解放せよ!」という信者たちのデモ隊が警察署を襲撃して、ドサクサにまぎれて逃亡するとか、アフリカ帰還運動が対立する団体のデモと鉢合わせてして一触即発なのを墓掘り&棺桶が強硬に収めるとか、そういうあたりが読みどころかな。だから本作はハイムズの「社会派」なところが強く出ている作品でもある。 だからかミステリ以上に社会小説、といった感触の方が強いかな。1970年代のNYハーレムだからねえ、いわゆる「警察小説」のジョーシキは通用しづらい世界でもある。 映画は緩め。黒人俳優上がりのオジー・デイヴィスの監督作。原作を要領よく端折りつつまとめている感じ。やはり当時のハーレムの街やクラブ・バーなどを描いているのが興味深い。クライマックスはやや改変していて、なんとアポロシアターの舞台の上で決着がつく。ゴスペルとかモータウンとか関心があれば興味深いと思うよ。 とはいえ主演俳優コンビがあまり墓掘り&棺桶っぽくないな。硫酸火傷の痕の残る棺桶とはいかないだろうけど、もう少し強面するフランケンシュタインっぽくてもいいかなあ。映画ではもっぱら墓掘りが暴力、棺桶が止め担当。原作はそんなことないからね。やはり原作では墓掘り&棺桶コンビの心理は掘らないし、それがハードボイルドでいいんだがね。そうすると映画で人が好さそうな感じが出ると「らしく」ない。 「経験から生まれる感情さ。あの言葉が読めたら、世界じゅうの犯罪は全部解決するよ」 「じゃ、出ようぜ。ジャズはしゃべりすぎていけねえや」 よくお分かりで(笑) |
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| No.1624 | 8点 | 汽車を見送る男- ジョルジュ・シムノン | 2026/07/31 14:33 |
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| 古い本なのでどうか、とも思ったが入手はそう難しくなかったな。そりゃ先行するお二人の絶賛ぷりを見ていれば、無理してでも読みたくなるよ。ロマン・デュールの犯罪小説系では「雪は汚れていた」に次ぐくらいの名作じゃないかな。
とはいえ、シムノンの作品系列としては比較的「よくある」系なんだよね。平凡だが穏健でそこそこ成功した立場にある中年男が急に仕事と妻子を捨てて逃亡する話なんてシムノン十八番というべきだし、警察やマスコミに対して「自分がよくわかってない!」という不満に満ちた手紙を送るのもシムノンあるあるだ。新しい生活の中で「理解されない異邦人」として暮らすも定番。というわけでシムノンとしてけして画期的とか珍しい話ではないんだ。 やはり本作のいいところは、それまで誠実に港湾の船舶雑貨商の支配人として勤め、妻子を養っていた平凡だが有能な男が、上司である経営者が女遊びと使い込み、さらには麻薬密輸などの悪事の結果逐電する現場に遭遇し、「現実の底が抜ける」ようなショックを受けて、「なら自分も『絶対の自由』を謳歌して何が悪い?」とハッチャける話なんだ。そういう「自由」がテーマであることが正面に打ち出されていることが、「観念小説」に近い体裁になっている。これがカミュの「異邦人」と誰もが比較したくなるところなんだよね。 わたくしは退屈な四十年を堪えて来ました。四十年間、わたくしは喫茶店の窓硝子に鼻をぺちゃんこに押しつけ、人がお菓子を食べているのを、腹をへらして見ているいたずらっ子のようでありました。今では菓子は、取るだけの元気のある者はいつでも取れるものだ、ということがわかりました。 まあ港湾関係者だから当然暗黒街(ミリュー)とも付き合いがないわけはないんだろうけども、お堅いオランダのブルジョア気質からそういう現実にも目をつむっていたんだろう...とも想像するんだけど、パリに逃亡してミリューの一味にかくまわれることにもなる。しかし、ミリューにしても主人公は「どうにもよくわかないヘンな異邦人」として、警戒される結果にしかならなくて、飛び出してしまう。本人はチェスが強くて実務的な才能は当然あるから、逃亡生活にパターンを作らないように気を付けて行動するなど、なるほどと思わせる「自らを超然と吟味する」心理描写もある。一方報道される「なんかおかしい人だった」というような証言にイラっとして投書したり、報道が減っていくことに逆に不安になるとか、自意識過剰な小心さのリアルも面白い。 だからちょっとした喜劇みたいに読むべきなんだろうな。「男の首」のラディックという悪のヒーローを描いてしまったことに、シムノン自身がヘンな罪悪感を抱いて、「いやああいうカッコよさは違うんだ!」と何度も何度も「カッコわるい」バリエーションを作り続けているような気がしてならないんだ。 |
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| No.1623 | 6点 | 招かれざる客- 笹沢左保 | 2026/07/29 13:49 |
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| さて先に「危険な関係」を読んだから、なんとなく「やらなきゃね」で取り上げることになるなあ(苦笑)。中学生の頃に読んだものの再読。トリッキーな作品のせいか結構よく覚えていたりする。
とはいえ、実はアリバイトリックとか一種の密室トリックについては完全に記憶喪失。しっかりと記憶に残っているのが「招かれざる客」のタイトルに絡む動機面とそれを利用した仕掛け。いややはりそういう小説なんだと思うよ。女性の情念がベースにあるあたりが、最初から作者の持ち味炸裂でもあるわけだ。 というわけで、作品的には昭和ミステリの佳作、という評価は昔も再読の今も変わらない。二部構成がやや単調かなあ、とか亀田くんが事故死して突如打ち切りになった最初の捜査が甘めじゃない?とか、思う部分もある。確かに女性の情念をうまく絡めたミステリ作劇に達者な部分があることを否定しはしないのだけど、やや通俗的なロマンに依りすぎている部分も感じる。だから乱歩賞ライバルの「危険な関係」のアプレ満開な現代っ子たちと比べた時に、どうしても古臭く見えるのは仕方がないんだな。 これは競争相手が強すぎた、というしかないよ。 評者は小技コンビネーションはミステリの書法としてはかなり好き。動機に絡めた仕掛けが作劇の軸になっているのも好感。逆に古くなっているのは表面的な社会派要素であり、風俗としての扱いにしても「危険な関係」には及ばない。 (今回光文社文庫「笹沢左保コレクション」で。なので亀田くんの自動車事故とか郵便局勤務・全逓労組でのヤミ専従の話が、作者の実体験にかなり取材している由。なるほどのリアリティ) |
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| No.1622 | 7点 | 棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇- アンソロジー(国内編集者) | 2026/07/28 11:12 |
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| 「狼の一族」がアメリカ篇で、ややSF味のホラ話をひねった切れ味系だとすると、このイギリス篇でSFファンタジー風は確かにそうでも、やや心理主義的なブンガク味が出てくるあたり、国民性というものなのかな?で「棄ててきた女」に関しては、たとえばヒュー・ウォルポールとかジョン・メカトーフとかL.P.ハートレイとか19世紀生まれのやや古めの作品も収録しているあたりが特徴といえばそうなのかな。評者に言わせれば「奇妙な味」とは、戦前のアメリカのエンタメの主力がパルプに代表されるジャンル小説の形をとっていたのが、戦後のスリックマガジン(高級雑誌)にジャンル混合的なエンタメ短編のかたちに変化した現象みたいにとらえていたんだが、イギリスとなると出版状況が全然違うこともあって、こういうセレクションになるのだろうか。実際、雑誌初出を拾っているより、短編集からの収録が多い。
「トリフィド時代」で有名なウィンダムの「時間の縫い目」はまあ、うまくまとまったタイムトラベル物を、かつての貴族の没落に絡めて描いた技あり作。いいけどまとまりすぎると奇妙な味ではないかもしれない。SF。 カーシュ「水よりも濃し」は奔放でマスキュリンな伯父に虐められる情けない甥がアレルギーを使って復讐しようとする話だが、やはりネタの復讐よりもこの伯父甥関係の妙なリアリティに面白みがあるんじゃないのかな。犯罪小説? メカトーフの「煙をあげる脚」はコテコテな怪談をひねってナンセンスな味わいに転化させたようなもの。バカみたいな良さがある。ホラー? ジョン・キア・クロス「ペトロネラ・パンー幻想物語」は「赤ちゃんコンクールが人生を過ごす場所」になった女性の話。いやこれ個人的には皮肉と不気味なわけのわからなさで好きだ。ジャンル? ウォルポール「白猫」はまあ、飼い猫と女主人の関係でまあクラシックな味わいというべきか。ホラー。 ハートリー「顔」は理想の顔だけに執着する究極のメンクイ男と、その顔の女の微妙な関係性の話。「なぜ」が欠落したあたりに面白さがあるのかな。? エイクマン「なんと冷たい小さな君の手よ」は引きこもり気味の画家が電話でかかってくる女性の声に執着し続ける話。ホラー。 コッパード「虎」、サンソム「壁」、スパーク「棄ててきた女」と短めの作品が3作続き、これらはジャンル分化しないところに味わいがあるのかな。そういえば「壁」は「キートンの蒸気船」だねw ウィリアム・トレバー「テーブル」は、骨董商が売り主の複雑な事情を手玉に取るような話だが、事実上イギリスでのユダヤ人差別を扱ったシリアスなテーマを、奇譚風に描きなおした手腕を見るべきか。ジャンル? バージェス「詩神」はタイムトラベルならぬタイムトラベルで並行世界のシェイクスピアの真実をめぐる歴史SF。ハッチャけた味わいだあな。 でラストのリチャード・カウパー「パラダイス・ビーチ」は、完璧なイリュージョンを作り出す装置をめぐるSF風の話なんだけども、実はこれ読みようによって完全犯罪の話になるという凝ったもの。素晴らしい。 というわけで、アメリカ篇より落ち着いた雰囲気もあるかな。全体的に少しアメリカ篇より古めのセレクションかもしれない。 |
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| No.1621 | 6点 | 迷走パズル- パトリック・クェンティン | 2026/07/26 15:12 |
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| 実は評者初ダルース夫妻もの。いい機会だから、第一作から読んでやろうと予定していた。でもさあ、いきなりピーター君、アル中の治療で精神病院入院中なんだよ。そんなシリーズもの...あるんだなあ(苦笑)
精神病院といっても、かなり高級な部類で問題を抱えた金持ちたちのサロンっぽい雰囲気もあるような。あまり悲惨さを感じなくて済むあたりがいいところか。サナトリウム感覚といえばそうだろう。殺人予告のような不思議な声が患者たちの間で聞こえると持ち切り。妄想か、集団ヒステリーか?といったあたりのツカミは舞台設定ならではだ。隠し資産があると噂される投資家に焦点が?となるわけだが、この投資家のために父が自殺したことでうつ病になったアイリスと、ピーター君は出会ってしまうわけだ。こんなボーイミーツガールもあるんか(苦笑) で殺人があり、アイリスに容疑がかかって、とアル中からも回復しつつあるピーター君が、院長リンツ博士の内命で調査に動く。なぜ犠牲者は拘束着を着ていたのか?とか、あまり大したネタではなくても、ギミック感あり。基本はフーダニットで、最後には医師と捜査関係者の立会いの下で、犯人指摘がちょいと「迷走」。 いや考えてみれば、ダルース君、探偵役みたいに動くけど、実はワトソンというかなんというかちょいと一ひねりなものだったりする。後年の「二人の妻を持つ男」みたいな「巻き込まれ形パズラー」といった企画を、1936年の本作ですでにやっている、というのが実は実はのPQの鋭いところだったのではないのだろうか。まあ、レンツ博士も次の「俳優パズル」に出るみたいだし、探偵役を固定するわけでもない、という独自のミステリ観がすでに本作でも現れていると見たら面白いのかな。 というわけでパズラーとしてはそう面白い、とまでは思わなかったけど、そういう後々のシリーズ展開を考慮すると、なかなか重要な作品になりそうな気がしている。順に読んでいく予定だから次の名作の誉れ高き「俳優パズル」は期待だな。 |
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| No.1620 | 7点 | 夢みる宝石- シオドア・スタージョン | 2026/07/24 14:58 |
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| さてスタージョン。厄介な作家だなあ。うん、裏表紙のあらすじ紹介が全然あらすじ紹介になってないし、雪さんのご紹介もプロットの説明になっているか、というとそうでもない。次の長編「人間以上」だって、ピーキーな超能力を持ったミュータントたちが集まって「ホモ・ゲシュタルト」となる話、とまとめちゃうとこれも全然違う。
人類とは異常者に密着した概念である。異常者は人類の近くにあって人類に憧れ、常軌を逸した言葉で人類の仲間であることを主張し、矮小な手を人類にむけてさしのべることをやめない。 こんな小説。だからこそ、スタージョンがこの「異常者」の側に立って、読者を眺めやる「憧れ」の視線に感応するかどうか、がスタージョンを愛する資格めいたものになるような気もするんだ。そんな熱っぽい「他者」への憧れの感情。かなりいびつなボーイミーツガール。 まあ人間だって、人間じゃない何か(水晶人・クリスタライン)だって、いいじゃないの。みなそれぞれ人に言えぬ思いを抱えながら、人間らしいふりをしながらかろうじてサバイバルしているようなものなのだから。 |
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| No.1619 | 7点 | 屍海峡- 西村寿行 | 2026/07/22 19:12 |
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| 「異形の社会派」と呼ぶに相応しい佳作だと思うよ。
確かに社会悪告発にはなっているんだけども、それ以上に中盤の鯔の大群が島に押し寄せて「幾千の雪洞が海に沈んだようになる」奇跡、というか生命の暴力的な宴というべきものの描写が、動物小説を得意とする作者らしいし、クライマックスのダイビングの描写も悍ましいと言えばそうだが、荘厳な非人間の世界でもある。この二つの場面に人間が手出しできな世界、そして西村寿行ならではのものを感じるんだ。 いや実は中学生の時に読んでいるんだね。だから公害問題のリアリティは今の比じゃないや。だからこの不吉な「青い水」の話はずっと記憶していたよ。そのくらいのインパクトがあったなあ。まあ例の「悍ましい凶器」もちゃんと覚えてた(苦笑)いやこれ、「変わった凶器」として殿堂入りしてもいいかもよ。 今回は変人刑事と公害Gメンとの間に期せずして生まれる友情とかおもしろがってた。けど西村寿行だから、敵役が異常な女好きとかハードバイオレンスの嗜好もすでに明白に出ているんだよねえ。 というわけで社会派からはかなりはみ出た「異形の社会派」という言い方がまさにハマる小説だと思う。 |
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| No.1618 | 5点 | 判事に保釈なし- ヘンリー・セシル | 2026/07/22 12:47 |
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| 評者ももう一つ何が面白いのかよく分からないヘンリー・セシル。
いや苦手作家とするほどには、嫌いではないのだが、どうもこの人のユーモア感覚・笑いのツボがよく分からない。 メルトン先生同様に、お堅い法律家が頭を打って、というのがこの作家の笑いのツボなんだろうか。本作でも判事が交通事故で頭を打ったことで、なぜか行きずりの売春婦と同衾しつつ職場にご出勤。でもどうも調子が狂っている。そのうちその売春婦が殺されて現場に行き合わせた判事が容疑者として逮捕。そして裁判という話。 この判事がタダの判事ではなく、高等法院判事だから、巻末解説を読むと最高裁判事クラスの要人レベルのようだ。だから殺人事件の裁判でも関係者はやたらと気を使っている。タイトルの「判事に保釈なし」も、最後無罪がほぼ明らかになっていざ無罪の言い渡しをしようという段に至るが、たまたまランチタイムを挟むことになり、その間「保釈しても問題ないけど、先例がないから」で保釈が認められなかったエピソードから来ているようだ。 う〜ん、そういうのを面白がる小説のようだ。 判事の娘とそれを偶然助けることになる強盗紳士ロウとが、この判事救出のために画策するわけだけども、捻った話のわりに面白みが感じられないんだよなあ。原文も「持って回った」ようなあたりにおかし味を感じさせるようもので、それを翻訳の工夫不足で隔靴掻痒の結果になったのだろうか。 これは素直に「ごめん」というしかない。 |
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| No.1617 | 6点 | 閃光の遺産- 三好徹 | 2026/07/20 10:33 |
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| 今回本作を選んだのは、NHK土曜ドラマ・サスペンスシリーズの第一弾でドラマ化(1977)されていたのを覚えているからだな。松本清張シリーズが好評で、ミステリのドラマ化が企画の宝庫と認識されて、本作・「高層の死角」「轢き逃げ」「暗い落日」と4本連続して製作された。特に本作は松本清張シリーズでも大活躍の和田勉の演出だった。
で本作については、nukkam さんご指摘のように、松本清張が責任監修した読売新聞社「新本格推理小説全集」の書下ろし。「新本格」という言葉自体、実は何度も何度も繰り返し主張されてきた一種のバズワードだったわけだが、社会派がやや飽きられてきた状況で、パズラー要素を盛り込んだ社会派、というなかなかタイムリーな企画でもあった。清張自身は社会派・風俗派と本格を止揚しようという抱負を語っていたりもする。だから、本作でもリアル系アリバイトリックと、ちょっと感心するような犯人側工作がある。動機面も、原爆孤児の身元探索を扱いながらその裏面にある俗な問題がキーになっている。というわけで、松本清張の注文からすれば、百点満点に近い回答をして見せたんだとも思うよ。 なおかつ、ドラマとしては「本格」って映像化しづらいんだよね。社会問題や動機を掘れる方がドラマとしてはやりやすいに決まっている。まさにそういう注文にも本作はハマっているわけでもある。 (とはいえ、冒頭の行方不明の夫探しの件は、やや浮いているかな。ドラマでは改変されたみたいだ) |
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| No.1616 | 7点 | ママは何でも知っている- ジェームズ・ヤッフェ | 2026/07/19 08:42 |
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| よく「安楽椅子探偵」と呼ばれる短編連作でも代表的なものの一つ。
ママは刑事の息子夫婦が金曜夜に訪れてくるのをもてなすが、息子が語る事件の相談を受けたら、いくつかの質問を挟みつつ、身近な人の例を引いて人間性について語りつつ、鮮やかに事件を解明してみせる.. そんな枠組みの物語。個人的には「ママが泣いた」「ママ、アリアを唱う」「ママは憶えている」辺りがいいかな。 興味深いのはこれがユダヤ系移民の話だということ。ママはイディッシュ語丸出しで、ママのさらにママが活躍した思い出話も含む「ママは憶えている」では、ポグロムをやり過ごすために戸棚に隠れていた、なんて話も出てくる。語り手の息子の妻は名門バッサ―女子大出身で心理学専攻だそうだが、ママの人生経験と観察眼には手も足も出ない。「ママは憶えている」がそんな家族の物語として、妙に心にしみるところもあるんだ。 で思うんだが、こういう「安楽椅子」系作品を書いて名を馳せた作家、ケメルマン・アシモフ・ヤッフェといった人たちは、すべてユダヤ系であり、発表舞台となったものEQMMで、仕掛人であるクイーンもユダヤ系、というのが興味深いところだ。クイーン自身も同趣向で「パズル・クラブ」作品を書いていたりするからねえ。とくにこの「ブロンクスのママ」は親子の親密さみたいなもの、家族の感情が大きなテーマになっていて、狭いコミュニティの感情みたいなものが、謎解きを越えた共通点になっているのかな?というような気がしなくもないんだ。 まあだから、安楽椅子探偵の元祖が「隅の老人」だザレスキー公爵だ、といったあたりは頭から追い出して、クイーンが仕掛人になったEQMMというコミュニティで育ったジャンルと捉えても面白いのかもしれないな。 |
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| No.1615 | 5点 | 殺人の棋譜- 斎藤栄 | 2026/07/17 14:35 |
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| 将棋のタイトル戦と誘拐事件を並行して描き、容疑者追跡の中で巻き起こる殺人..とエンタメとしては決して悪くない。どうしても比較することになりがちな西村京太郎「天使の傷痕」よりも、派手なエンタメとして堂に入っているといえばそう。
身代金受け渡しでのセスナとVHF無線など、アウトドアな良さがある。 とはいえ、ミステリとして読むときには、登場人物が少なすぎることもあって、収まるところの予定調和に収まったようなある意味「詰まらない」ところがある。殺人の動機の推測はムリだよなあ。まあだから、本作の良いところは純粋にスリラーとしての面白さであり、狭義のミステリの面白さとはちょっと違う気がするんだ。 まあでもタイトル戦で三番勝負か。ミステリの背景で七番勝負したらダレるからね。 |
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| No.1614 | 7点 | アウターレック- 小室孝太郎 | 2026/07/17 11:53 |
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| これ評者は思い出の作品なんだ。だから復刊ドットコムへの復刊リクエストもした結果、めでたく復刊..ではなく、少年ジャンプ連載でも本にしてもらえなかった因縁の作品。初の書籍化の近未来ディストピアSFである。
すでに書評がある「ワースト」は、10年に一度くらい復刊があったイメージもあるから、実はそうレアではなかったが、こっちはそもそも本になったことがない。だから評者も少年ジャンプで読んだキリ。それでも鮮明に覚えているもんだ。 今日は学校で認識番号を与えられる特別な日。やんちゃな少年タクロウが遭遇したのはこの国を統治する独裁者による洗脳教育だった...洗脳に抵抗したタクロウたちの前に現われたのは、反政府組織「地下党」の闘士アウターレックだった。このアウターレックに救われた少年たちは「地下党」に合流して地下のアジトに潜伏するが、地上では「地下党」をあぶり出すための罠が仕掛けられていた... という話。でこの洗脳教育では、独裁者が縛られたレジスタンス女性の眼を杖で引き抜くなどサイケな洗脳映画を見せられる。またアウターレックは仕込み杖をメインウェポンとして警備兵などを斬り殺していく。そんなゴア描写は少年ジャンプの域を越えて手を抜いていない。アウターレックのデザインのモデルは明白に「時計仕掛けのオレンジ」のアレックス。「時計仕掛けのオレンジ」も暴力と暴力衝動の国家管理をテーマとしたディストピアSFだからねえ。まだ学生運動の余韻が残る1973年だから、独裁国家vs反政府ゲリラとの闘争の構図で描くのは時代のなせる業でもある。 本作は人気はあったんだが、編集部との対立で打ち切り。作者の小室孝太郎はそれに強く不満をもっていたことが、晩年の「つっぱりアナーキー王」でのインタビューにも窺われる。そこで小室が述べた対立内容への疑義も本書の編者解題では示唆していたりする。 まあそれでも、大団円とはいかないながらも一応の結末には到達して物語は終わっているか。 (ひょっとして高橋葉介の「クレイジーピエロ」は本作に影響を受けているのかな?) |
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| No.1613 | 6点 | 天使の傷痕- 西村京太郎 | 2026/07/16 22:49 |
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| 西村京太郎の出世作だけど、本作の乱歩賞以前にも新聞記者を主人公にした短編を書いてコンペに入賞している。それらは「報道被害」を扱ったものだから、本作のテーマとやはり連続しているんだよね。
ミステリとしてはハウダニットからホワイダニットに移る構成で、なんやかんや言って構成力とリーダビリティは完成されていると見ていい。ハウダニットの部分はあっさり。ミステリ的な仕掛けの部分はやや粗い印象。だからホワイダニットがキモの作品。 本作の動機、といっても狭い意味での動機は恐喝者の排除でしかないよ。その背景について、社会派的な問題意識がある、というタイプ。しかしね、その社会派的な問題以上に、先行する短篇と同じく「報道の倫理」の方が、今となってはずっと重要だ。woke の偽善と同じような問題で、当事者ではない、報道を含む「傍観者」が「正義感」を発揮して問題を利用する偽善に本来の焦点がある。 とはいえ、本作ではそれが追及しきれずにやや腰砕けている。「病める心」「美談崩れ」といった先行短篇の方がこの点ではよく書けていると思うよ。 (バレ) そういや「典子は、今」の主人公は評者と同い年だよ。典子さんは熊本市役所に就職してその後も活躍されているそうである。同世代の災難には違いなく、評者にも世代的に他人事ではない想いもある。 |
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| No.1612 | 8点 | パルプ- チャールズ・ブコウスキー | 2026/07/16 15:10 |
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| ニック・ビレーンは史上最低の私立探偵である。
本人はスーパー探偵と称しているが、これほどいい加減な探偵は探偵小説史上類がない。 と訳者あとがきに書かれている(苦笑)一時間6ドルの格安で雇えるよwでも依頼はひっきりなし。死の貴婦人(Lady Death)は、本屋に出没するセリーヌのそっくりさんを「なしくずしの死」のセリーヌかどうかの調査を依頼するし、わけのわからない「赤い雀」を探す依頼は入るし、ビデオカメラ片手に勇んで突撃した浮気妻の現場で失敗も繰り返せば、美人の宇宙人に付きまとわれる葬儀社社員の代わりに宇宙人を引き受けたり、とやる気ない一方実は実はの大活躍(笑)をしていたりする。まさにまさに私立探偵稼業に懐疑的なフィリップ・マーロウの後継者(大笑)。 歯。まったくなんてシロモノだ。人間、食わなくちゃならん。食って、食って、また食って。みんなそれぞれチャチで汚い仕事をしょいこんで、みじめったらありゃしない。食って、屁をこいて、ボリボリ掻いて、にこにこ笑って、祝日を祝って。 とシマらないことおびただしい(ホントはもっとオゲレツな卑語連発だが、ここでは自主規制)。確かに無頼を気取ったとしても、ハードボイルド探偵なんて大昔からパロディの対象にしかならない。そんなウンザリするような現実。アメリカの無頼派代表選手たるブコウスキーの遺作となった、まさに冗談で書いたようなハードボイルド私立探偵小説である。 まあだから、プロットはあってないようなもの。ハードボイルドで私立探偵小説であることはマギレもないが、ミステリかといえば大いに疑問(大苦笑)でも読んでいて抜群に面白いのは間違いない。 「お前、いったいどういう探偵だ?」セリーヌが言った。 「LA一の名探偵」 「そうなのか?LAってなんの略だ?」 「どうしようもないケツの穴(Lost Assholes)」 |
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| No.1611 | 7点 | シシリアン- オーギュスト・ル・ブルトン | 2026/07/14 16:01 |
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| 映画「シシリアン」というと、1969年のドロン・ギャバン・ヴァンチュラのフレンチ・ノワールと、1987年のチミノ監督の「ゴッドファーザー」番外編みたいなシチリアの義賊を扱ったハリウッド映画があるけど、古い方の映画原作。でこれが、セリ・ノワールの大物作家でありながら翻訳困難が災いして訳書のやたら少ないル・ブルトンの数少ない翻訳書。
ブルトンだからね、当然主人公ロジェ・サルテは、二つ名は「五月の蠅(ムーシュ)」あるいは「金曜日のプチ・グロ」と呼ばれる暗黒街(ミリュー)で名を売ったギャングである。このムーシュはあえなくギャング特捜隊を指揮するル・ゴフ警部に逮捕されるが、取り調べの最中に護送車から脱走した。手引きをしたのはムーシュと以前組んで仕事をしたことのある「シチリア人」のアルド・マナレーゼだった。アルドは自身の一家総出でムーシュを匿うが、ムーシュの高額切手コレクションがその対価だった。表向きは家長のサルヴァトーレに率いられるイタリア人食料品店一家。妻マリア、長男アルドとその嫁ジャンヌ、長女テレーザと夫のルイス・ボルダン、次男セルジオ...彼らは鉄の掟のマフィアの一家なのだった。コレクションが惜しいムーシュは新しい仕事をマナレーゼ一家に持ちかける。フランスからアメリカに空輸される、展示会用の宝石装飾品輸送を襲おうという計画だった。サルヴァトーレはアメリカのマフィアとも深いつながりがあり、そして、マナレーゼ一家・アメリカのマフィアのビットリオ一家・フランス人ギャングのムーシェが組んだ大仕事が幕を開ける。ジャンボ・ジェットをハイジャックして工事中のハイウェイに着陸させて逃れようという計画だった! こんな話。だから部外者ムーシュから見たマフィア、というのが作品価値。ホントに家族経営で、男も女も家長の権威とシシリアンの誇りと掟によって、強烈な団結心で動く「部族(クラン)」なのが興味深い。脱走囚ムーシュを追求するル・ゴフ警部らギャング特捜隊の追及と、進行するハイジャック計画を巡って話が進んでいく。まあ、ハイジャックも日本赤軍とか流行前だから、セキュリティ・チェックが甘々だったんだなあ(苦笑)。 言うまでもなく読みどころは、極端に短いマシンガン調の文章。 ル・ゴフとサルバトーレの視線が合った。ル・ゴフ。ブルターニュの生まれだった。神と神の教えは、生まれ落ちた時からの糧だった。石の柱に背をもたせかける。何世紀も、尖塔を支えつづけた石の円柱。背をもたせかけて、サルバトーレとマリアの姿を見送った。二人。進んで行く。老いたるシチリアの夫と妻。 これが「しっとりとした」最終場面。そういうあたりがセリ・ノワールという文芸のエクストリームな面白さになっている。前衛小説と呼んでもいいくらい。 (アラン・ドロンくらいサングラスの似合う俳優っていないな) |
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| No.1610 | 6点 | 消しゴム- アラン・ロブ=グリエ | 2026/07/10 10:38 |
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| ヌーヴォーロマン、ということなんだけどもね。「嫉妬」と比べたら断然読みやすい小説。定型的なミステリのパロディと理解した方がいい。
というか、古典的なミステリの形式で探偵役の視線というのは、当然だけど登場人物たちの心理を透視するわけにはいかない。透視できたら一瞬で事件は解決だ(苦笑)だから、登場人物の外面も「もの」も視線に対して不透明な「もの」として現象せざるをえない。「もの」の表層に留まる視線の物語として、ミステリを再構成してみた、ハイブリッド小説と読むべきなんだろうな。「嫉妬」だと事実上の読み心地は三人称ハードボイルドなんだけども、本作は一人称ハードボイルドの世界だと思うんだ。 いや三人称で他の人物の心理描写もあるじゃん?という反論はあるだろうね。でもさあ、評者はあくまでヴァラスの固定視点で、その他の人物の主観描写は一部の例外(序幕と終幕のカフェ主人描写)を別にして、ヴァラスの想像に近いものとも感じるんだ。だからあれほどまでに首尾一貫していない。雰囲気的には90年代に流行ったサイコスリラー映画で空想妄想がいちいちリアルな絵で描写されるような感覚かな? そして、まさに最初の探偵かつ最初の犯人であるオイディプスへの示唆が繰り返される。フィアリングの「大時計」みたいな小説じゃないのかな? |
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| No.1609 | 8点 | 就眠儀式- 福島正実 | 2026/07/07 18:14 |
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| さて「就眠儀式」は木々高太郎・須永朝彦の他にもう2冊本がある。1冊は草野比佐男という農民歌人の歌集だが、もう1冊はお馴染み福島正実のショートショート集。でもこれ、ただのショートショート集ではない。福島正実の遺作集というかたちで死後に角川文庫で出版されたのと同時に、福島正実の葬儀の香典返しとして配られた非売品が存在する。内容は、冒頭の表題作は入院直前に書きあげて「ある社内誌」に掲載されたもの。それに続く24本は生前に作者自身が選んだ自選ショートショート集。後半25本の大部分は老人向け雑誌「ケア・ライフ」に発表されたものだそうだ。
心して読むべきショートショート集だ。評者ももう若くない(というか、福島正実は47歳で亡くなっている)。まさに「死の陰の谷を歩む」が如き作品集である。 一読して感じるのは、やはり星新一との資質の違いである。おなじSFショートショートでこれほど肌触りが違うか?というほどの違いがある。星新一は一種のモラリストであり、人間心理のアヤを突き放して、科学者的と言っていいほどに価値判断を離れて「非人情」に徹して描いている。福島正実は違う。より主観的であり、モラルに対して「でも!」という控えめな抗議の声を聞き取るべきだろう。そして星が世相に超然としているのに対して、福島は世相に対するひそやかな抗議の声としてショートショートが書かれている。オチとなるSF設定はその抗議の具現化というべきだろう。 星新一も何度も終末絵図を描いたものだが、福島だと終末の日の狂宴が実は つい最近までの幻覚剤は、ありきたり他愛のないユートピア風の幻想ばかり見せるのでたちまち飽きがきてしまった。(中略)そうしたみなの要望に応えて出て来たのがいまの終末幻覚剤なのだ。 と「終末幻想は、きびしい現実が心に鬱積させた潜在意識」を解放するために働くという逆説をまさに示している。現実問題として、SFが志向する「未来学」の対蹠物は「終末論」に他ならない。だからこそ、SFと終末論はひとまわりして重なり合う。 しかし、そのSF世界の「終末論」とは、まさに死に向かう者の「自己の終末論」に反転する。冒頭の遺作「就眠儀式」はまさに自己の終末を「就眠儀式」として繰り返す話。「きれいに死ぬ」思いでこまごまとした身の回りを片付け、ガスホースを抱くことを自身の就眠儀式とする女、そしてそれを見抜くかのように「お願い、死なないでくれ」と詫びるように金を渡す男は、それを男自身の「就眠儀式」と捉える。 死んだ人は、生き残った者を軽蔑しているわ。 これがまさに終末論が作り出す透視図法なのである。 |
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| No.1608 | 5点 | 音楽- 三島由紀夫 | 2026/07/06 20:47 |
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| 評者は精神分析嫌いを自認しているわけだけど、本作は三島が精神分析をネタにして書いた(というか組み立てた)エンタメ。そういや昔、荻野恒一「現存在分析」とか読んだことあったなあ。
「音楽が聞こえない」と不感症を訴える女性と精神分析医の攻防を描くわけだから、若干のミステリ的な興味があるのは間違いない。二転三転するから、プロット的にはアヤがついていてエンタメとしてはそう悪くはない。まあだけど、三島由紀夫的には「多分、できる」と思って抽象的に組み立ててみて、そこそこの出来で、「なるほど」とそこで興味を失って放り出したような印象。 要するに精神分析とか偉そうなことを言っても、セックスカウンセラーみたいなものなんだよ。ヒロインの男遍歴を、精神分析医が追いかけていくようなものだ。 これが増村保造監督で映画になっている。72年のATG。要するに「天使の恍惚」とか「曼荼羅」の頃だから、成人映画で事実上は文芸ポルノ。巨大なハサミに豊満なヌードの女性が悶える。そんな映画だけど、精神科医が細川俊之で明智小五郎っぽい。上から目線でなんか偉そうに追求するあたりに共通点がある、ということにならないかな?駄作は承知の上、大爆笑しながら鑑賞。増村保造っていろいろとヘンタイな趣味がある監督だなあ(苦笑) |
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