皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
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クリスティ再読さん |
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| 平均点: 6.39点 | 書評数: 1490件 |
| No.1490 | 7点 | AKIRA- 大友克洋 | 2025/11/03 23:28 |
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| さて国産サイバーパンクを語る上では絶対に外せない作品だから、懸案みたいに感じていた。すまぬ評者あまり大友克洋にハマってなかったんだ。映画は見たけどリアルタイムではそれほど関心がなかったなあ。ヤングマガジンに連載されていたから追ってなくても絵は見ていたりしたわけだけどもね。ニューエイジ色が強いのを何となく敬遠したんだな。
以前1)サイバースペース、2)パンク要素、3)ジャポニズム、のサイバーパンク3要素としてまとめたことがあるけど、本作ではサイバースペースは出ないし、日本が舞台とはいえ瓦礫ばっかりでジャポニズムは希薄。「パンクSF」と呼んだ方がいいんじゃないのかな。事実上、超能力バトル物だよ。金田を中心とするパンクスたちとケイたちゲリラが、大佐のグループとミヤコ教勢力、そしてもともと金田の仲間だが超能力を得たことで暴走する鉄雄が、ナンバーズと呼ばれる超能力者とアキラを巡って集団抗争する話である。 もちろん最大のウリは大友の繊細で緻密、でもスケール感のある作画術。話はキャラが次第に自分で動いていくのを待つ、というスタイル。だからプロットが緻密というわけではなくて、結構イキオイという印象。3巻末でアキラが解放されてネオ東京が滅亡し、アキラと鉄雄が組むことで話が前後に二分されたことにもなる。一旦話がリセットされている感覚。中盤に金田がそのままでは動かしづらくなったのかな? だから画力や廃墟イメージが一番のポイント。未来らしくない荒廃した未来像に新しさがあったわけだ。「バイオレンス・ジャック」とか「マッドマックス2」の世界。考えてみれば設定年代が2020年だから、もうAKIRAも過去になってしまったわけだ。 個人的にはミヤコさまの敢闘精神が好きだなあ(苦笑) |
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| No.1489 | 5点 | 殺人鬼登場- ナイオ・マーシュ | 2025/10/31 15:23 |
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| マーシュというととにもかくにも演劇界が主戦場。本作では探偵劇の劇中クライマックス、悪党を主人公が射殺する場面で実弾が銃から出てしまった!というキャッチーな事件。探偵役のアレイン警部も主演者の友人の新聞記者から誘われてこの公演を見物していた!最後の再現上演の中で、アレイン警部は真犯人を指摘する...
と聞くと面白そうなんだよね。たしかにプロットはいいんだよ。けど展開がもたもたしている感じが強い。キャラもまったく描かれない並び大名クラスが多数で、「ミスディレクションにもならない」のはその通り。確かに人の出入りを整理するとそういう推理は成立するのだろうけども、劇場の構造が読者にはよく理解できていないから、「あそう」で済んでしまう。というわけで、いろいろと残念な個所が多い作品だと思うよ。 あと、多分だけど演劇界特有の言い回しを翻訳がちゃんと伝えきれていない部分があると思う。「Break a leg!(脚を折れ!)」が「グッドラック」の意味でつかわれるオカシな業界でもあるわけだからねえ。 (空砲を撃つんだと火薬で汚れるから、裏でタイミングを合わせて空砲を撃つんだそうだ。なるほど) |
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| No.1488 | 6点 | 名探偵登場 5- アンソロジー(国内編集者) | 2025/10/31 15:07 |
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| さて早川版の「世界短編傑作集」である「名探偵登場」。第5巻は「すこし毛色の変わった人物を中心にえらんでみた」と解説にある。まあ第4巻で評者でも「カブリの多い巻」と言っちゃったくらいにオーソドックの度が過ぎた巻でもあったからね。今回の既読作はアーチャー登場の「女を探せ」だけ。秀作だからいいよ。
・A.バウチャー「パルミエリ伯のように」 SPレコードコレクターの妄執による犯罪。探偵役はアル中で退職した元刑事のニック・ノーブルで、なかなかキャラ良し。 ・チャータリス「神の矢」 ご存知「聖者」。砂浜で寝ていた男の上にビーチパラソルが刺さって死んだ!という一件。トリックは想定内だが、まあよくできている。 ・Q.パトリック「さよなら公演」 ギリシャ悲劇「メディア」をさよなら公演に選んだ女優の部屋に転がった死体。トラント警部は容疑者筆頭の女優にさよなら公演に出演するのを許す... ・C.ライス「うぶな心が張り裂ける」 ご存知マローンの初登場作だそうだ。マローンが弁護して審理のやり直しを勝ち取った青年が獄中で自殺。マローンは刑務所ソングが耳について離れない...「網走番外地」とか「練鑑ブルース」みたいなのがアチラにもあるんだね。これは雰囲気があって小説としての出来がいい。 ・C.ロースン「入れ墨の男と折れた脚」 グレート・マーリニ登場の推理パズル二編。 ・ロバート・アーサー「大金」 「謎の旅行者」というわけのわからないキャラが話し手みたいに振る舞う犯罪物語。ちょっと異色、というか「幽霊紳士」の元ネタなのかな? ・R.マクドナルド「女を探せ」 いわずとしれた秀作。中田耕治氏の訳が凝り過ぎかな。 ・F.ブラウン「スミス氏、顧客を守る」 甘目だけど監視型密室。「最後の一行もの」で全面解決だけど、これがバカミスの味わい。保険勧誘員スミス氏が探偵役(保険調査員ではない!)。 ・P.G.ウッドハウス「名探偵マリナー」 ウッドハウスらしいユーモアと皮肉の話。今回マリナーは別に名探偵じゃない(苦笑) とバラエティがある。やはり6巻では「ハードボイルド派」の「名探偵登場」を予告しているから、そっちもやりたいな。 |
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| No.1487 | 7点 | カードの館- スタンリイ・エリン | 2025/10/29 12:49 |
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| 実は評者、本サイトで書評を書いた海外ミステリが、ポケミスを基準でカウントしてみると500冊になった。もちろんミステリ文庫や創元などで読んだものもあるのだが、ポケミスで勘定した時に500冊のキリ番になる。記念に超大作を、で今回はエリンの本作。ポケミスで400pになる大作だから、「ビロードの悪魔」とか「黒い塔」レベルの長さ。
アルジェリアの入植者(コロン)のヴィルモン将軍一族が、独立運動に追われてパリに戻った。この一族の後継者たる少年ポールの家庭教師に雇われたアメリカ人レノを主人公に、この貴族的で謎めいた一族の陰で動く陰謀と、レノにかかった殺人容疑と逃亡、そしてポール少年の母であるアンとのロマンスを絡めて、パリ〜ヴェニス〜ローマに至る逃亡の旅...こんな波瀾万丈のお話。 この事件の背景は、たとえば映画「アルジェの戦い」とかね、あるいはヌーヴェルヴァーグの映画作品によく触れられることのあるアレ。「ジャッカルの日」もそうだな。だから話の趣きはアンブラーの巻き込まれ型スパイスリラーに近いものだ。ヴィルモン一族とレノとの駆け引きをいろいろと絡めつつ、逃亡と反撃の展開となる。長丁場だけどリーダビリティが高く、舞台背景の切り替えも効果的で、よくできている。人並さんが「新聞連載小説のような」とご指摘だけど、読者の興味関心を逸らさない練達の技が素晴らしい。 また主人公レノが元ボクサーで小説を書いたりするという、知性と肉体の両方を備えたナイスガイ。家庭教師採用もクラブでのトラブルを見事に捌いたことに、感銘を受けた一族に気に入られた(まあ、リクルートも兼ねてたが)ことによる。このキャラの人格に説得力があるのが、なにげのエリンの筆力だと思う。 キャッチーなポイントとかはないのだが、よくできた小説。サディストっぽい敵役にリアルな007みたいな雰囲気もちょっとある。キリ番にふさわしい読み応えある大作でした。 (金に困ってトレビの泉に入って小銭を漁るなんてシーンがあるw) |
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| No.1486 | 7点 | ミイラ志願- 高木彬光 | 2025/10/24 10:26 |
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| どうも評者は刺青人形白昼といった人気作を無視して、70年代の高木作品ばかりやっている。評者にとっての「リアル」を優先していることもあれば、高木氏という作家の「らしさ」の部分での面白味を優先しているところもある。さらに言えばミステリという娯楽小説のある意味「いかがわしい」あたりの面白さも見逃せないと感じている部分もあるわけだ。今回講談社大衆文学館で読んだわけだが、二階堂黎人氏の巻末エッセイ「日本のディクスン・カー」が収録されていて、このエッセイでカーの「ビロードの悪魔」に典型的に表れた伝奇ロマンの書き手としての高木氏の共通点を指摘しているあたり、完全同意だったりする。
でこの短編集はミステリが表に出ない「歴史伝奇」である。ミイラ、偽首、乞食、妖怪、不義士、飲醤、首斬り、女賊、渡海などの望むことがオカシイような悪名を自ら「志願」する人々の話。まあホラー寄りの「ミイラ」、SF寄りの「妖怪」はともかくも、その他の作品は欲望と策略を秘めた人々の「奇策」とでもよぶべき「志願」の結末を描いた「奇妙な話」の連作である。だからそういう奇抜な願いを持つ人々自身にフォーカスが当たる。蹴鞠の達人として河原乞食に甘んじる今川氏真、赤穂義士の脱落者となった高田郡兵衛、毒婦を望んだ雷のお新、密航を企む棋士井上幻庵因碩といった奇抜な人々の生き方がまず、面白い。そして、高木氏の「猟奇」というべき好み、ミイラ、刺青、首斬りといった背景でこれらの人々の計算と運命が描かれる。そりゃ、面白いに決まっているよ。 あといえば、アイデアを生で出して失敗している「妖怪志願」は、関ヶ原のIFを描いて「連合艦隊ついに勝つ」と同様のアイデアだったりする。そういうあたりでも高木氏が抱く「ミステリからはみ出すロマン」の興味が窺われて面白い。そしてその奇抜な願いを持つ人々の奇抜な「逃走の夢」に哀切なものがある。 高木彬光のちょっと「別な側面」にしっかりとスポットライトの当たった短編連作である。 |
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| No.1485 | 6点 | メグレと善良な人たち- ジョルジュ・シムノン | 2025/10/23 15:27 |
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| いやホントに「善良な人たち」の話だったりする。
工場経営者を引退した善良な男が殺された。神経質な妻は茫然としているが怪しいわけではない善良な女だ。娘は医師と結婚して別世帯で、これもまた評判がいい。あまり友人も多くはなく、平穏な引退生活を送っている人々だ。しかし、犯人は一家の内情を良く知るもののようだ...行きずりの強盗とかそういう事件ではないのだ。一体善良な一家のどこに殺人者が? ホントに善良な人々ばっかりならば、殺人事件なんて起きるわけがない。しかしメグレの捜査を通じて「善良ならざる」人物が浮かんでこないのだ。そんな矛盾にメグレは手を焼くことになる。ちょっとアンチミステリ的な趣向の作品なんだよ(苦笑) それでもちゃんと小説として成立するのが、円熟したシムノンの筆。1950年代は脂ぎったような充実感があったわけだが、1960年代になるとシンプルな中にも芯の通った作品になってきて、そういうメグレ物の良さが出ている作品。でもミステリとしてどうか?と言われたら「警察小説としてはしっかり成立しているよ」と答えることになるのかな。確かにそういう警察小説としての「リアル」が作品の狙いそのものである。この家族が抱える「善良な人たちの問題」というものが、事件の動因になっているのである。 メグレ物だからミステリとしてアリなんだ、と強弁したくなるような作品である。 |
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| No.1484 | 6点 | この子の七つのお祝いに- 斎藤澪 | 2025/10/20 22:24 |
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| 第一回横溝正史ミステリ大賞受賞作(1981)。翌1982年に角川春樹制作で映画化。
選評でもとにかく筆力があることが、受賞の決め手になっているね。ベタな女性の復讐譚なんだけども、政界の大物の内妻とされる、驚異の手相占い師「青蛾」の謎、戦後直後の混乱期の引揚者の苦難など、キャッチーな要素をうまく組み合わせて構成されている。キャラも前半で事件を追及するルポライター母田とバーのママとのロマンスが良く描けていて、人物の輪郭を印象的に見せる筆力が確か。選評でもミステリ的な「傷」が指摘されるわけだけど、まあそれは(苦笑)。謎は大したことはなくても、サスペンスがキッチリ持続していて弛まない。典型的なイヤミス、というかイヤミスのハシリみたいな作品。映像向けな美点はいろいろあり、映像化含みのコンペとして納得の受賞作というべきだろう。 ついでだから映画も再見。監督は大ベテラン増村保造で本作が遺作になる。日本映画らしいローアングルを多用した丁寧な絵作りが印象的。ストーリーは適当に端折りつつほぼ忠実に展開し、クライマックスだけ対決を盛っている。まあ犯人当て、というようなものでもないから、役者の格で犯人って決まるものだ(苦笑)岩下志麻はクール美女。現代作品でもほぼ全編着物姿でこれがまた似合う。長襦袢でのラブシーンが素敵。でも復讐に人生賭けちゃう女性のドロドロ怨念とは相性がいいとは思えないなあ。逆に「実は真犯人」な岸田今日子の怪演技が有名。評者は杉浦直樹の演技って昔から嫌い。ヘンな力の入り方があって、どうも受け付けない。 トラウマという声があるくらいにホラーでかつ、派手に血ドバドバなスプラッター。凶器となるカンナ棒が見た目禍々しいのがいい。まあ普通に商業的に撮ったサスペンス映画だな。凡作だけど、併映作の「蒲田行進曲」が当たった分、見た人が多い作品。 (あと御年40歳越えの志麻アネゴのセーラー服姿が、観客にショックを与えた有名な話がある。スチル写真だけどね。志麻アネゴ気の毒) |
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| No.1483 | 7点 | ロンドン橋が落ちる- ジョン・ディクスン・カー | 2025/10/20 07:59 |
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| 時代的には「ビロードの悪魔」より後で「喉切り隊長」の前。ジョージ二世の長い治世の終盤で、七年戦争に乗じて海外植民地の拡大にいそしんでいた時期。フランスはルイ15世の全盛期であり、王立の音楽学校の触れ込みで作られた「鹿の園」が実は超高級娼館みたいなものだったのに気が付かず、家出の末それに引っかかって入学してしまったヒロイン・ペッグ。主人公のウィンはペッグと付き合っていたこともあることから、保護者の伯父の命で奪還してきた。ロンドンに近づく馬車の中でヒロインのペッグとウィンは仲睦まじく...じゃなくてさっそく喧嘩バトルで小説の幕が上がる。
いやいや、要するにカーお得意のツンデレヒロインと、それに苦労する主人公の話でした(苦笑)喧嘩真っ最中に馬車はロンドン橋に至るんだけど、この貧民窟と化した時期のロンドン橋が一番の事件の舞台。橋の上に家が立ち並び、そこがスラムになっているわけだ。「橋の下」じゃなくて「橋の上」なのが面白いな。 で、主人公は thieftaker(訳では「捕吏」、泥棒取り)。 だから保護者の依頼で任務を果たす、私立探偵みたいなものだけども、実はこれがイギリスの警察制度の基になっているのが面白い。この thieftaker にちゃんと給与を払い「ボウストリート・ランナーズ」に組織化したのが「ジョナサン・ワイルド伝」やら「トム・ジョーンズ」やら、イギリス近代小説の始祖の一人となる小説家でもあるヘンリー・フィールディングだ。まあだからこそ、探偵作家のカーなら一番に食いつく人になる...んだが、本書ではその弟で「盲目の治安判事」として活躍したジョン・フィールディングが主人公の上司として活躍する。いろいろ思惑のある人物でもあってなかなか胆が見えない。さらに「トリストラム・シャムディ」の作者スターン師まで登場し、酔っぱらって脱線しまくりの長舌を繰り返すのがお笑い。まあ小説どおりのキャラみたいだな。カーの歴史推理ってその時代をテーマパークみたいに見せているような気もするんだが、裏テーマとして「イギリス警察制度の発展」があるのがいかにもカーらしいこだわり。 で主人公は決闘3回とチャンバラ要素あり。死因不明の老婆の死が、実は殺人だ....とかね、ミステリ要素もしっかり。実は評者は真犯人の動き方がどうにも不自然であれ?と思ってたから「やっぱりこの人」とはなったよ。 総じてカーの歴史推理では舞台設定にヒネリがあって面白いほう。ヒロインやフィールディング判事などいいキャラがいて、軽妙な良さがある。 (ちなみに評者は昭和59年の再版ポケミスで読んだ。裏表紙はちゃんと1757年になってますwそういえばポケミスで出た最後のカーなんだ!) |
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| No.1482 | 6点 | 十三の謎と十三人の被告- ジョルジュ・シムノン | 2025/10/14 15:37 |
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| 「十三の秘密」とトリオになる三部作で、この三部作自体、本名名義にする以前のペンネームでも一番馴染みのある「ジョルジュ・シム」名義の連作短編集である。「十三の秘密」は図面を見て安楽椅子推理をするルボルニュ青年が探偵役だが、「十三の謎」は地方出張の多い刑事G7(ジェ・セットとフランス語読みするのがいいらしい)で、「十三人の被告」はフロジェ判事と、それぞれの探偵役が違うのが面白いところ。「十三の秘密」のルボルニュ青年はお約束っぽい素人探偵だが、G7は行動派の刑事でフランスの名勝地で起きた事件の捜査に駆り出される敏腕、一方フロジェ判事はそれこそメグレ物の取り調べシーンを抽出したような、かなりメグレに近いキャラ。
というわけで、以前「十三の秘密」を評したときに、「メグレファンだったらパズラー短編なんて退屈」って思わず言っちゃったくらいに、推理クイズ的なショートショート集(掲載された図面に基づく推理が多いから結構企画ものっぽい)なんだけども、最後のフロジェ判事ものとなると「メグレまであと一歩!」くらいの気持ちになる。いやショートショートくらいの紙幅しかないんだが、メグレの捜査実録物テイストが、フロジェ判事ものにはかなり強く立ち上る。そりゃパズラーの視点から見たら技巧性は薄いわけだけど、「世の中にはこんなこともあるよね」な納得感をフロジェ判事ものに感じる。 あと面白いのは、第一期メグレ物に親しんでいると、「あ、これメグレ物のこの作品に...」と感じる箇所がいろいろある。しっかりメグレ物の元ネタとして再利用しているんだね(苦笑)「黄色い犬」だって登場しちゃうぞw「ハン・ぺテル」で登場するポルクロール島なら後年の「メグレ式捜査法」の舞台だし、エトルタなら「メグレと老婦人」だしね。 フロジェ判事はG7と比べたらほぼ引きこもり状態だけど、意外に同性愛っぽいネタが多いと思う。「ミスター・ロドリゲス」「フィリップ」がそうだし、「トルコ貴族」はSMネタだからね。こんな頽廃的雰囲気は「深夜の十字路」で再現されているのかなあ。メグレ物では性的逸脱は不倫一本槍なところがあるけど、若い頃は当然色々見聞していて、ネタにしているのだろうな。G7と一作一作の長さは変わらないのに、ぐっとキャラが濃くなり、しかも犯罪にひねりも出てくる。「クイーンの定員」に選ばれているくらいに、独自性が発揮されているよ。フロジェを誘惑しようと脚を組む「ヌウチ」(「可愛い悪魔」かな)とか、残虐な犯罪を犯すサイコ風味の「アーノルド・シュトリンガー」など印象的な被告。女装趣味?という味わいがある「フィリップ」ならばブルボン朝復辟詐欺の件からも「死んだギャレ氏」の元ネタだしね。ギャレ氏風の敗残者ならば改めてまた「オットー・ミュラー」でも描かれる。粗暴な黒人凶悪犯をめぐる「バス」は中期メグレのアメリカ風味の警察小説を連想する。 というわけで、メグレ物に十分親しんだ後の方が、この短編集は面白いと思う。いやまあ、シムノンも一夜にしては成らず、というものか。 (本サイトで「ダンケルクの悲劇」「猶太人ジウリク」で登録されている2作は、この短編集の別訳にあたる。読む予定から評者は除外) |
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| No.1481 | 5点 | 真赤な子犬- 日影丈吉 | 2025/10/13 15:38 |
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| 「ミステリとは遊戯文学である」という大前提がある。だからこそ、そのゲームの「リアル」を感じるためにも、描写に手を抜いてはいけない、という暗黙のルールが確かにあったようにも思うんだよ。これは本格派vs文学派対立以前の問題として、「本格派でパズラーであるからこそ、ちゃんとした心理と描写のリアリティがなければいけない」は「商品」としてミステリを作る上でも避けては通れない問題である。
ある意味これが崩れたのが「新本格」なのだと思う。そういう意味で本作は「早すぎた新本格」なのだと思うんだ。いや名手日影丈吉だからね、キャラ造形とか大変上手なんだよ(苦笑)本作の「うわついた雰囲気」というのは、狙って書いたものだというのは重々承知の上。確かに「真赤な子犬」のシュールさとか、ガラスの檻のような変態モダン建築とか、グルメ談義とか、日影らしい魅力が詰まってもいる。メタな章見出しとか、そういうあたりにも遊戯性が詰まっているわけだが、本作ではその遊戯性が暴走気味でもあり、読者は「振り回された」という感覚じゃないかな。カーや「ナイン・テーラーズ」に言及するとかお遊び部分が、今はウケるのかな? 日影丈吉の魅力満開というわけではなく、はぐらかされたような気持ち。 |
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| No.1480 | 5点 | 嘲笑う男- レイ・ラッセル | 2025/10/11 19:05 |
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| さてこのシリーズも本書とボーモントで終わりかな。評者はこの人あまり馴染みがなかった。冒頭の「サルドニクス(冷笑者・嘲笑う男は意訳)」が、ちょっと「吸血鬼ドラキュラ」の冒頭を思わせる雰囲気がある怪奇小説の中編。医師が縁ある女性の夫となったボヘミアの田舎の城に訪れる。この城主は「嘲笑う男」、口が歯を剥き出しにして笑っている状態で麻痺するという奇病に取り憑かれており、その治療のために主人公の医師を呼んだのだ。この奇病の原因がちょっとした因縁である。まあだから主人公が行った治療法が...という話ではある。雰囲気は出ているのだが、まあ想定内のオチといえばそう。
で、この話の他は、劇場に舞台をとった演劇関連か、SFのショートショートという感じ。それなりに上手ではあり、メランコリックな傾向があるから、印象はブラウンというよりも星新一。星ほどの切れ味ではないか。やはり星新一のミニマリスト的な冴えは特異だというのが結論。星っぽさなら、催眠術的なタバコの広告をめぐる「深呼吸」とか、悪意ある破壊的な文明が発展することを未然に防ぐ活動をする「防衛活動」などが、メランコリックな色彩で共通点があることになりそうだ。しかし、オチ重視、というわけではない。サクッと書いたアイロニカルな話というくらいの感覚。まあヤンキーなブラウンよりもヨーロッパ風で「品がいい」という印象はある。 異色作家というのともちょっと違うかな。わりと王道。 「サルドニクス」がやはり特異。ならばこの人の怪奇路線の長編「インキュバス」はどうなんだろう? |
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| No.1479 | 7点 | 華やかな殺意―西村京太郎自選集〈1〉- 西村京太郎 | 2025/10/07 17:38 |
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| 西村京太郎である。しかしこの自選短編集は十津川警部とかよりずっと前。「天使の傷痕」より前にコンペ入賞した「病める心」「歪んだ朝」に、乱歩賞受賞直後の発表になった「美談崩れ」、それから長編では「名探偵なんか怖くない」の前に発表されていることになる「優しい脅迫者」「南神威島」の収録。だからホントに初期作だし、社会派隆盛期でもあり、「天使の傷痕」同様に社会派系の作品集である。
「病める心」「美談崩れ」と今でいう報道被害を扱っているあたり、今でも特に意義があるんじゃないかな。新聞記者の功名心が事件関係者の心を踏みにじって更なる悲劇を呼んでしまう、何ともやりきれない話。子供が絡んだシンプルな話だけにココロが痛い。まあブンヤなんてロクでもないというのは評者も先日実体験したよ。 刑事を主人公に据えた「歪んだ朝」は、山谷のドヤ住まいの父に育てられる、悲惨な境遇の少女が殺されたリアリティのある事件を扱って、丁寧な捜査による事件の二転三転を追った読み応えのある中編。少女はなぜ口紅を塗ったのか、その幼い心に秘められた謎がストーリーのコアとしてうまく機能している。本書中のベスト。 で「優しい脅迫者」はクイーン編の「日本傑作推理12選」で海外に紹介されたことでも有名だし、2回のテレビドラマ化がされている。1978年の「土曜ワイド劇場」を評者観た記憶しっかりあるよ。ひき逃げをした理髪店主のもとに、定期的に訪れてはヒゲを当たらせて、その秘密で店主から金を巻き上げる恐喝者の話。今回この本を取り上げたのは、このドラマが強く記憶に残ってるからだ。店主は神経質そうな田村亮、「優しい脅迫者」は坂上二郎。まあだからコント55号解散後の坂上二郎のキャラクター性がとってもハマっていたドラマだった。ネットで検索してみると「トラウマになった」なんて声が今でもあるな。監督は「拳銃は俺のパスポート」で日活ハードボイルドの名作を撮ったこともある野村孝。とても懐かしい。 最後は「南神威島」。南国の島に追われるように赴任した若い医師。到着直後に島を伝染病が襲った。医師は自身が感染源であるということを隠して、血清の到着を待った...伝染病の責任は、島の信仰によってどう裁かれるか? まあこんな話。大体お約束の範囲。ホラーみたいな感覚なのかな。 というわけで、「歪んだ朝」「優しい脅迫者」の2本がナイス。 |
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| No.1478 | 5点 | 囚われのイヴ- アイリス・ジョハンセン | 2025/10/04 16:22 |
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| 久々にロマサス。復顔彫刻家イヴ・ダンカンのシリーズ。2013年の新三部作の一つ目で、NYT全米ベストセラー1位ゲット。全体が総ページ数1500ページくらいになる超大作になるんだが、一話目の本書では、話が続いていくから、ちゃんとした結末ではなくていわゆる「クリフハンガー」。
評者は翻訳済分では前々作になる「パンドラの眠り」は読んでるから、大体の人間関係は把握済み...のつもりがねえ、ヒロインのイヴ・ダンカン、メインヒーローの誠実派のクイン刑事、養女で画家になったジェーン、誘拐されて殺されたけど霊的な守護をイヴに与え続けている娘ボニーという辺りはともかくも、養女ジェーンを巡って鞘当てるチョイ悪系の「危険な香り」の謎の男ケイレブと、美形のトレヴァー、CIA捜査官でイヴに惚れているベナブル、それから犬の訓練士サラ・ローガンやら何やら、要するにこのシリーズ、間の作品に登場したキャラが再登場するのと、過去の大量のスピンオフで活躍したキャラが、さらに本線に再登場する。それでもキャラ説明が懇切丁寧なために、新規客が「誰だこれ!」にならずに参入障壁が低い。MCUとかDCとかに通じるアメリカンなエンタメのスタイルじゃないのかな。 復顔彫刻家イヴの元に、養女のジェーンが帰省する予定。しかし、パートナーのクイン刑事は証言のために出張、ジェーンは愛犬が重態に陥ったために、信頼する獣医の元へ駈け込んで遅れるとの連絡。しかし、犬の病気は何者かに毒注射をされたのが原因であり、獣医の島でジェーンは狙撃される。クイン刑事はその島へ飛び、イヴもその島へ駆けつける準備をしたその時、イヴは誘拐された...すべてはイヴを一人にする策略。妄執に囚われた危険な男が、その崇拝する邪悪な息子の顔を、頭蓋骨から復顔することをイヴに強制する。このイヴのピンチにイヴの周囲の人々は結束してイヴの救出に向かう.... まあこんな話。イヴとジェーンが二人ヒロインで、周囲の男たちがメロメロ。イヴは特に「女王蜂」って呼ばれて、意外なくらいに日本ではウケが悪いようだ(苦笑)まあこの人、サスペンス・ホラー色は強いけど、官能色は薄いからね。普通にサスペンス。でも、結構スピリチュアルなカラーは強め。これも日本人ウケが悪いかな。もちろんキャラの書き分けなんぞ達者なものだし、キャラの心理描写もたっぷり入っていても、重苦しくならないくらいに節度がある。 ジェーンが死んでしまうのではないかと思ったとき、怒りだけではなくもっと深い、不思議な感情が沸き上がって来た。ケイレブは深く考えないことにした。これまで経験したことのない危険な感情だと本能的に悟ったからだ。とりあえず怒りと所有欲だけを意識することにした。怒りと所有欲だけならば、なんとか対処できる。 となんとまあ、懇切丁寧でわかりやすく、しかし溺れないキャラ描写を兼ねた心理描写なことだ。こういう悪達者さが嫌でなければ、エンタメとしては充分。 |
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| No.1477 | 5点 | 石の下の記録- 大下宇陀児 | 2025/10/02 10:07 |
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| 探偵作家クラブ賞受賞作。「虚像」とならぶ作者戦後の二大長編というわけだけども...う~ん「虚像」ほどじゃないなあ。不良学生グループを中心にして、学生による教授排斥から、学生強盗、性的乱脈、学生高利貸として「白昼の死角」やら「青の時代」で描かれた「光クラブ」といった、戦後のいわゆるアプレ青年風俗を描きつつ、保守政界の再編と絡んだ買収工作とその政治家殺人事件、失踪した元将軍はひょっとして三無事件みたいなクーデター計画か?となかなかに盛りだくさんの事件が取り扱われている。その分、散漫に流れているように感じた。
確かに本作の登場人物で一番よく描けているのは、光クラブに相当する学生高利貸を始める笠原である。とはいえねえ、やはり三島の「青の時代」と比較するまでもなく、かなり浅薄。最大の問題は、この学生グループは「S大」という仮名で描かれているけど、光クラブの山崎晃嗣は東大生だったわけ。三島とも面識があったようで、ちょっと歪んだエリート思想が「青の時代」でも読みどころになってた。このS大の同級の園江新六が愚昧で狂暴な男として描かれているから、ホントにエリート大学なのかよと、怪しくなってしまう。さすがに東大生強盗というのは聞いたことがない(苦笑) さらに形式的な主人公でもある藤井有吉が被害者の政治家の息子で、絵にかいたような優柔不断のボンボン。こういう主人公像が「人生の阿呆」でもそうだけど、戦前に流行ったんだよね。こういうあたりがどうも古臭くも感じてしまうんだ。こんなドラ息子と心中することになる娘さんが気の毒で仕方がないよ.... 意外にいいキャラなのが有吉の義母になり一時笠原と浮気をする貴美子。貞節なのかワガママなのかよく分からないあたりにヘンなリアルがあるけども、実はキャラ設定のミスなのかもしれない...怪我の功名みたいな気がする(苦笑) というわけで、意外なくらい「時勢がよく分かってない」作品だと思うよ。 「虚像」だと確かに「社会派の先駆だよね」という新しさがあったけど、本作は戦後風俗を描きながらも、見る視点が「戦前的」だと思う。そうしてみると、いかに松本清張の「社会派」が「戦前のモダニスト小説」の延長だった戦後の探偵小説の「書き方」を更新したものであるのか、改めて感じ入ることになる。 |
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| No.1476 | 5点 | エデンの妙薬- ジョン・ラング | 2025/09/30 14:57 |
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| なんとなく気になって読んでみた。クライトンの別名義の医学スリラー。暴走族ヘルズ・エンジェルズとハリウッド女優が昏睡に陥って搬送されてきた。病院の医師の主人公はその二人が「青い尿」を排出しているのを目撃する....二人ともドラッグをいろいろと試しているという情報もある。青い尿は何らかの幻覚剤の副作用か? 医師はカリブ海の秘密のリゾートへ行くことを、昏睡から回復し親しくなった女優に誘われる。まさに地上の楽園と呼ぶべき究極のリゾートだそうだ....
と、サイケデリックなあたりに惹かれたのかなあ。なんかリーダビリティがムチャいい。つるつると読める。心理学と向精神薬と心理操作、そんなあたりのネタのホラーストーリーといったもの。 しかもIBMは重くたれた観光客の首によって十点を失った。林務官はゴムのトランプ遊びなのだろうか?そしてわれわれは城塞に砲撃を開始し、全砲門が女王陛下のために雄叫びをあげる。だろう? となかなかサイケでラリラリな描写もあったりするわけだ。そういうサイケデリックな味わいがこの作品の眼目。でも枠組み自体は陰謀論的な迫害を受けて追い詰められるスリラーで「いいかロジャー、きみは遠隔操作されている。プロクター・アンド・ギャンブルに、フォードに、MGMに、ランダム・ハウスに、ブルックスに、バーグドーフに、レブロンに、アップジョンに...」とまあこういう話である。安っぽい駄菓子である。ひょっとして青い尿も駄菓子の食用色素かも。ご馳走さま。 |
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| No.1475 | 7点 | 日本推理作家協会賞受賞作全集9 顔- 松本清張 | 2025/09/29 21:47 |
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| 双葉文庫のこのシリーズ、ちゃんと受賞対象をコンプした内容でコンパイルしてくれるから重宝するね。とくに松本清張の受賞対象は「顔」「殺意」「なぜ「星図」が開いていたか」「反射」「市長死す」「張込み」の6編。「顔」「張込み」の二作はトータルでも清張短編代表作扱いされるものだからねえ。だからもちろん、この二作については収録された短編集は多数。だけどやはり、受賞対象である講談社ロマンブックス(1956)の収録内容でやはり読んでみたいというものである。
倒叙中心にいろいろなミステリ書法をやってみているあたりが面白い。 「顔」倒叙:殺人するためのプロセスの段階で、企図が挫折するのがいい 「殺意」ホワイダニット。コンプレックスに焦点 「なぜ「星図」が開いていたか」プロビバリティの殺人 「反射」倒叙:乱歩「心理試験」の改良作みたいな雰囲気 「市長死す」一応パズラーかな。嘘のリアルな使い方。切れ味よし 「張込み」刑事視点での捜査小説 驚きの話だが、全会一致の圧倒的支持での受賞の時点では清張自身はまだ日本探偵作家クラブに入会していない!(授賞式での長沼弘毅の挨拶でこの件に触れている)この当時には松本清張=芥川賞作家、というイメージだったわけである。いやこうやって受賞作品の傾向を見てみれば、最初っからミステリマインド全開の作家なんだけどもねえ(苦笑)乱歩が「赤い部屋」で先鞭をつけたプロビバリティの殺人とか、やや理屈倒れな「心理試験」をよりリアルな尋問技術に応用したアイデアを軸にした「反射」とか、乱歩リスペクトが強く窺われる。実はこの回のライバルが「黒いトランク」だったにも関わらず、清張が圧勝したというのは興味深いよ。そのくらいにインパクトが強かったわけだ。 (まあでも「張込み」は望遠カメラの効果が映画では印象的なこともあって、映画の方がいいかな。「顔」はなんと言っても平野屋のいもぼう!食べたいw) |
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| No.1474 | 6点 | ハリー・ポッターと謎のプリンス- J・K・ローリング | 2025/09/26 13:31 |
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| 後半では一番地味な巻、というか「タメの巻」のわけである。最終盤に向けて転機となるショッキングな一大事件が発生するわけだが、意外にポイントが少ない巻かも。亡くなるべき人が亡くなるのは、プロットの必然だからね。
前半ではケイティが触った呪われたネックレス、ロンが飲んだ蜂蜜酒に毒が入っていた件など、ミステリ的に展開するのか?と期待される事件があるんだけども、ちゃんとミステリ的な展開をするわけではない。 一番の興味はヴォルデモートの過去がさまざまな証言から暴かれて「トム・リドルがヴォルデモートになっていくさま」が描かれていくこと。そしてキーアイテムになる「ホークラックス」の謎。ここらへんが描かれていく巻になるから、まさに最終巻に向けての前提を構築する「助走の巻」である。もちろん、最終決戦でのハリーの勝利を導く伏線もしっかりと敷かれているのだけど、これ普通気がつかないよね。 ある意味皮肉なことは、スリザリン純血主義の代表者であるはずの、ヴォルデモートとスネイプ先生が、二人とも半純血なことあたりかな。これは過激な主張をする人々こそが、その主張の「純粋さ」が疑わしいという経験的な知識とも一致する。過激な主張には提唱者のコンプレックスが胚胎しているからこそ、不寛容に「過剰適応」を主張することが多い。ゆえに過激な意見には常に懐疑的でなくてはならないんだよ。 だから「純血のプリンス」であるドラコくんの立場が微妙にもなるわけだ。本来の正当性あるエリートは、過激主義の中での立場を失いやすいのは眼に見えている。評者リアルタイムだと、ドラコくんが父親ともども主人公側に転向して、ドラコくんが意図せずにハリーの盾になって死ぬとか、そういう展開を期待していたくらい。ハリーごときの盾になって死ぬ自分を罵るドラコくんって、イイじゃない?まあそうはならなかったが(苦笑)正義の側であっても、一枚岩じゃないというのが評者は好みだ。ドラコをタダの敵役ではないキーパーソンに設定していることが、いろいろと興趣を深めているわけでもある。 (あとこの巻はぐっと大人びたトリオが、いろいろと恋愛関係でごちゃごちゃする。もともとみんな感じていたことだろうけど、この巻でもうハリーとハーマイオニーが成立するという期待する人はいなくなったんじゃないかな) |
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| No.1473 | 6点 | 不死販売株式会社- ロバート・シェクリイ | 2025/09/24 10:08 |
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| 主人公ブレインは突然の自動車事故であっさりと死んだ。しかしブレインが目を覚ますとそこは22世紀の世界。この時代には精神と肉体を分離する技術が発展し、それによって人間は「不死」を実現して「死の恐怖」を克服していた。主人公は不死産業の広告宣伝の目的で、過去から未来へと転移させられたのだった...しかし、未来世界での主人公の立場を巡って、主人公は「狩り」の対象として追いつめられる..
こんな話。昔ミック・ジャガー主演で映画「フリージャック」として公開されたのを知ってるけど、見なかったな(苦笑)ミック・ジャガーの主演作でもないらしい。宣伝はウソだ。B級SFで当たらなかったけど、今は逆にB級テイストが珍重もされているようだ。 で小説は早い話がSFに見えて、オカルト・スリラーだなあ。ゾンビ、幽霊、転生と言ったオカルト現象を、疑似科学的に説明しつつ、マンハント・スリラーを構築している。だから結構グロテスクな話。お金のために自殺して肉体を売るとか横行しているディストピアなんだ。ゾンビは分離された精神がうまく肉体をコントロールできない事故みたいなもので、腐りながら動き続けるわけだ。そんなゾンビが主人公に付きまとうことになるのだけど、なかなかのキーパーソンで、ちょっとしたどんでん返しもある。そこらへん結構ミステリかな。 まあだから、星新一の「殉教」(「ようこそ地球さん」収録)って、この作品テーマを「死の克服」に絞って作品化したようなものかな。たぶん影響している。 (考えてみると「フリージャック」は「フラットライナーズ」が当たったことに、サイバーパンク色を加えてみる企画だったのかなあ。原作シェクリイというあたりが合っているのか合ってないのか違和感があるんだよね) |
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| No.1472 | 8点 | 壁-旅芝居殺人事件- 皆川博子 | 2025/09/22 11:32 |
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| や~これは凄いな。まさに赤江瀑の後継者だよ。赤江瀑にも田舎の芝居小屋を扱った「美神たちの黄泉」があるから、これの拡張豪華版みたいな話だ。こっちは花道のスッポンだけど、本作はスッポンの原型ともいえる「から井戸」の舞台装置。どっちも魑魅魍魎の出入り口であることには間違いないや。
さらに三次元的に四綱(客席に張り渡された綱を渡って、観客の頭上で演技する)にまで本作は拡張し、これがまた華やかなケレンだ。逆さづりになって火まで吹くんだよ~ 戦時中に奈落に消えた役者がいたことから「人喰い奈落」と噂される因縁の芝居小屋、四綱を渡る花形役者の突如の失敗から続く奈落での二重殺人。この劇場の閉場のお別れ興行で再現される四綱で殺人が再現されるのか? 島田の鬘が、花道を跳ねとんだ。髷の仕掛けがはずれて乱れ髪(がったり)となった。滑稽で無惨な首だけの六法であった。 四綱の失敗から「から井戸」に逃れた際の描写である。赤江瀑のこってり感ではないが、シャープで視覚性の高い描写である。 まあミステリとしての仕掛けを期待しても十分にイイ。旅役者のいぶせき生活と、反面の舞台姿の華麗。この落差の中にミステリの華が開花している。まさに「役者の華」とは「人食いの華」でもある。こんな残酷さもまた、本作の魅力というべきだ。 長編というには短い作品だけど、十分満足。ちなみに初出版は白水社。ミステリとしてはやや珍しい(苦笑)このシリーズには赤江瀑の代表的な名作である「海峡」があったり、紀行文・エッセイが多めだが飯島耕一、中井英夫、澁澤龍彦、塚本邦雄、池内紀と耽美な人たちが目白押し! (昔ヅカのベルばらで、クレーン仕掛けのペガサスに乗って観客の頭上でオスカルが歌うという演出があった。いうまでもなくケレンなんだけども、観客ってヒートアップするんだよ。ケレンおそるべし) |
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| No.1471 | 6点 | メグレの打明け話- ジョルジュ・シムノン | 2025/09/21 20:14 |
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| シムノンというと、意外なくらいに真相が曖昧な作品が多いんだよね。本作はメグレ物でそれをやっちゃった作品。メグレ非登場なら「ベルの死」という有名作もあるし、「証人たち」だってそう。1950年代にこのテーマが掘られていて、本作は1959年作。メグレは司法警察の捜査担当の警視だから、立場上は予審判事の指揮の下で捜査に当たるわけだ。
でレギュラーだけどメグレとの確執がよく話題になるコメリオ判事の事件である。この事件にはメグレは初動捜査に関わっておらず、問題の容疑者ジョセと初めて会ったも逮捕された後。メグレの尋問の機会も一度だけ。あとはコメリオ判事の下で身柄が確保されて公判になる。メグレは組織上の問題で手も足も出ない。こんな事件だから、メグレも「悔いが残る」事件になってしまった。 こういうあたり、アンチロマン主義というか、見ようによってはリアルな社会派でもあるわけだ。アンチクライマックスな作品だから、皆さまのご評価が厳しめになるのは、わかる。ヒーローであるはずのメグレが、「命が救えるわけではない患者」にも対応せざるを得ない町医者の親友パルドンに、愚痴をこぼすのが大枠。ツラいなあ、という話なのだ。 でもそういう組織の壁にメグレの良心も役立たないのが、とてもリアルなんだよね。さらにジョセ自身の浮気だとか、浮気相手の父が自殺するとか、金持ちの女性に引き立てられて出世した男、というやっかみと偏見を受けやすい成りあがりモノであることからも、ジョセにはいろいろと世論の眼が厳しい。ジョセの弁護をした弁護士も、名声はあってもメグレは実力を危ぶんでいる男。「あ~ダメ、かな?」という悪い予感が... まあそんな鬱エンド。切り裂きジャックを扱ったラストガーテンの「ここにも不幸なものがいる」にいろいろ近い作品かな。シムノンとしてはエンタメ枠であるはずのメグレ物で、こういうのやるとは思わなかったな。 |
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