皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
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クリスティ再読さん |
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| 平均点: 6.39点 | 書評数: 1509件 |
| No.1509 | 8点 | 闇に踊れ!- スタンリイ・エリン | 2025/12/07 12:20 |
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| ノンストップ級に面白いネオ・ハードボイルド。エリンと言えば「第八の地獄」でネオ・ハードボイルド(非ハメット)の始祖でもあるわけだけども、本作では盗まれた美術品を取り戻すちょっとハイブラウな私立探偵が主人公。テイストは「空白との契約」の延長線だけど、同様に恋人との恋愛模様を絡めつつ、本作ではニューヨーク(ブルックリン)の歴史とポリコレ(人種問題)に踏み込んでいるあたりが、ネオ・ハードボイルドらしい味わいになっている。だって1983年作品。自ら生み出したネオ・ハードボイルド潮流から自身がいろいろと社会派的側面を取り入れ直した作品だろう。
このところのwokeの歴史的退潮で、ポリコレという言葉が非難と軽蔑の対象へと変化してしまったわけだが、実のところ最近の社会問題というわけでもないんだ。1980年代くらいに「政治的に正しい○○」といったかたちで、アメリカではこんなヘンテコなことが起きているよ、という話が伝わってきていた。またその頃には「座頭市」についての言葉狩りも始まっていたし、「ちびくろサンボ」やカルピス広告への自主規制も1980年代の話だったりするからね。なかなかセンシティヴな問題ではあるのだが、アメリカではもうアファーマティヴ・アクションが本格化し「逆差別」の声も上がっている。これが本作の背景にあるわけだ。 本作ではイタリア系の主人公ミラノは、インテリの美術専門私立探偵として隠密に活動しているわけで、盗まれたブーダンの絵(渋い!)を取り返すべく雇われる。目星はすでにとある画廊についていて、そこにどうブーダンが隠されているかが焦点になる。そのためにミラノは画廊の受付嬢であるクリスティーンに接触。クリスティーンはミラノに協力する代わりに妹ロリーナの不審な収入についての調査をバーターで要求する....このクリスティーン、黒檀のようなスタイル抜群の黒人美人!さらに演劇活動をしていているんだけど、これがフェミニズムと人種問題を重ねたようなwoke全開の芝居(苦笑)。しかし...この黒人一家が住んでいる古いアパートと、その隣にある家主のクラシックな豪邸。元大学教授の家主は古いアパートの経営に苦しむだけではなく、ブルックリンの変遷について深い怒りの感情を抱いていた。 でミラノの調査とこの元大学教授の家主カーワンの告白とがカットバックされる「異例のハードボイルド」。技巧派エリンの面目躍如。この大学教授はニューヨークの先住民と言えるオランダ系の旧家であり、ブルックリンがアイルランド系→イタリア人→ユダヤ人→黒人、と住民を変えつつスラム化していくことを深く憤っている。さらには自身が勤める公立大学でもリベラルの偽善から「自由入学」と呼ばれる無試験入学が認められて、大学の権威が崩壊するのにも手をこまねいていたという負い目も感じていた。そのために黒人を「ブランガ」という蔑称で呼んでいる...このカーワンがガンで余命いくばくもないことから、自殺的な報復感情によってトンデモない無差別殺人を企んでいた... だから本作の本当の狙いというのは、そういうリベラル白人の傲慢と偽善にあるわけだ。まさにリベラルが世界的な崩壊を起こした2025年に読むべき本だったよ。 これで邦訳のあるエリン長編と短篇集はコンプ。いや後半の長編はおしなべて長いけど、小説的な充実感・面白さは素晴らしいな。さすがエリンというべきだ。 (ちなみにカーワンはイタリア系のミラノをマフィアと誤解する!なるほど) |
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| No.1508 | 5点 | モンタギュー・エッグ氏の事件簿- ドロシー・L・セイヤーズ | 2025/12/04 09:37 |
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| ピーター卿の残りで「アリババの呪文」を収録するという、何とも困った短編集。で「アリババの呪文」がつまらない、というのがさらに困ったあたり。確かにピーター卿というと短編とか「殺人は広告する」に見られるような冒険者的体質はあって、ある意味ホームズの後継者ポジションがしっかりある人なんだけどもね。何か「ビッグ4」を読まされたみたいな気持ちになる。
でプラメット&ローズ酒造の販売員として地方を回るセールスマン、モンタギュー・エッグ氏の探偵譚6編は、それぞれ短いパズルであまり面白味がない。「販売員必携」を引用しつつ...というキャラも日本人からすると妙にスベってる。「訳者あとがき」によると宗教的なパロディの側面もあるみたいだが。しいて言えば不思議な凶器である「毒入りダウ'08年物ワイン」か。まあ業種を問わずにビジネスホテル(というか「商人宿」という昔風の言い方がハマる)で互いに交流するセールスマン仁義といったものは興味深いか。 さらに6編のノンシリーズ短篇。これは後半3篇がいい。「ネブカドネザル」はセイヤーズらしい衒学が前面に出ている作品だけど、「連想ゲーム」を大がかりなパントマイムでステージにして、隠し言葉を当てさせるオアソビを巡る話。語り手がどんどんと追いつめられて...のサスペンス。「屋根を越えた矢」は広告のつもりが脅迫になるという皮肉な味わい。「パッド氏の霊感」は犯罪逃亡者をお客に迎えた美容師の秘策が炸裂!いやこれは名作。パッド氏の美容室はこりゃ流行るよ(苦笑) というわけで、面白い作品がないわけではないのだが、全体的にはセイヤーズの中でも二線級。編集意図がなかなか不思議。 |
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| No.1507 | 7点 | 門番の飼猫- E・S・ガードナー | 2025/12/01 11:24 |
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| 初期作では随一くらいに派手かも。「チョッキに親指を突っ込んでイライラと考えに耽りながら歩き回る」メイスンの定番ムーブって本作からなのかな。さらにデラくんとメイスン、新婚旅行に出かけてしまう(苦笑)熱烈なキスも交わしちゃうぞ。
「なにをかくそう、弁護士は、片手間仕事で、実は冒険家なんだ」とかね、ちょっとハッチャけ気味のメイスン、本作での法廷シーンは本来の陪審裁判ではなくて予審で50ページほど。だからデラくんもメイスンも証人尋問されたりするという意外な展開あり。 まあフィージビリティを重視する読者は嫌がる作品かもしれないな。評者はアバウトなのでそこらへんは素直に楽しむ。意外に本作あたりからシリーズ物としての手ごたえを本格的に感じて、作者もヴァラエティを用意してきたのかな。単純に「ぺリイ・メイスンの世界」といった「楽しさ」が感じられる。 けどさあ、創元小西宏訳 「ねえ、記者(ぶんや)さん、あーとはいえない、二人は、わかあい」(14章末尾) なかなか訳文もハッチャけてる。ハヤカワどうなんだろう? (あと本作の記述だと一酸化炭素が不燃性みたいに書いてあるけど、実は可燃性で爆発することもあるよ) |
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| No.1506 | 9点 | ハリー・ポッターと死の秘宝- J・K・ローリング | 2025/11/29 11:35 |
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| さてハリポタの大団円となる7冊目。よくもまあ、ここまで書いたものだ。もちろん「ホグワーツの戦い」の最終決戦であり、今まで登場したキャラもここかしこに顔を見せる同窓会効果もあり。コリンくんの戦死とか胸が痛いなあ。
だからローリング女史、クールにキャラを殺していくよ。非情と言ってもいいくらい。最初のヤマの「七人のポッター作戦」ではハリーのふくろうでお馴染みヘドウィグが流れ弾で死んだりしてヒヤっとする。まあ別な重要人物もここで戦死するけども、確かに全体の展開を考えたときに、意味がない(ふくろう)、動かしづらいなど小説上の役割を終えているのが確かなんだ。 そしてビルとフラーの結婚式が暗転して一気に状況は不穏に。三人組は逃亡を通じて分霊箱の探索と破壊の任務に。ハリポタシリーズ後半に特徴的なんだけども、上巻に動きが少ないんだよね。その分上巻で丁寧に伏線を張っていることにもなる。下巻の中盤にようやく三人組はホグワーツに到着。そこから怒涛の伏線回収で、シリーズ全体の最大の伏線である、ダンブルドアの意図とスネイプに託した意味が明らかになっていく。ここらへんにミステリ的な興味があることになる。 だから最終巻まで読むと、ダンブルドアとスネイプの印象が百八十度変わるくらいのものなんだよね。日本のスネイプ人気もわかる(いや...評者はそこまで好きじゃない)。ある意味、主要キャラには完全な善人って誰もいないわけでもある。冒頭あたりでハリーがルーピンを辱めてたりするあたりは、反発も感じるし。それでも登場人物の間での家族的な愛情の強調がとりあえずジュブナイルの枠にシリーズをとどめているというべきだろうか。 結局のところハリーとヴォルデモートの共通性というのが、実は全体のキーみたいなものだったりするわけでもある。だから最後の19年後の描写で、ハリーの息子アルバスが「もしスリザリンに組み分けされたら?」と危惧する話というのは、まさにシリーズ冒頭のハリーの危惧でもあったわけである。そういう「危うさ」をうまくコントロールした話でもあるのだろう。いやダンブルドアも過去を覗けばそういう自分の危うさに足をすくわれ続けたわけなんだしなあ。 というわけでハリポタ完結。評者的にもいろいろと思い出深いシリーズだったりするよ。ローリング女史のキャンセルも終結したわけであり、ローリング女史が示した「勇気」がすでにハリポタで示されていたことが、なかなかに感慨深い。 |
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| No.1505 | 7点 | キャンティとコカコーラ- シャルル・エクスブライヤ | 2025/11/27 10:28 |
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| さて評者タルキニーニ邦訳三冊をやってしまって、エクスブライヤの翻訳コンプになってしまった。
本書がタルキニーニ第三作。第一作の「チューインガムとスパゲッティ」でボストンからヴェローナを訪問したお堅いサイラス・A・ウィリアム・リーコックがタルキニーニに感化されてしまい、タルキニーニの娘ジュリエッタと結婚した。ジュリエッタをボストンに連れ帰ったものの、なかなかヴェローナに戻ってこないのに業を煮やしたタルキニーニがボストンの娘に逢いに行く...そんな設定で、今回の舞台はピューリタニズムが色濃いボストン上流階級! もちろんタルキニーニはお堅いボストンの人々の困惑のタネになり、ボストンで遭遇した冤罪事件で警察当局とは対立。婿のサイラスもタルキニーニを持て余し、ジュリエッタもそんな父を迷惑に思っているようだ....でもタルキニーニはメゲない。いやタルキニーニのいいところで、超絶にポジティヴなところなんだよ。読んでいて爆笑しながら元気が出るんだ。そんなポジティヴさでボストンでも意外な味方が続々と湧いてくる。爆笑モノの展開が続く中、殺人事件が続き、その中でタルキニーニが名指す真犯人は? で実は結構細かいミスディレクションがあって、そういうあたりも面白い。文庫200ページくらいの短い話だから、それほど徹底してはいないのだが、それでも人間関係の綾がいろいろと仕込んである。「愛こそすべて」なタルキニーニは絶対に勝つ。人間とは愛、愛とは人間の情念と人間関係そのものなのだから(苦笑) 振り返るとエクスブライヤって、イモジェーヌもそうだけど、シリーズが進行していくにつれてキャラがこなれてきて、尻上がりに作品が良くなる傾向があるように感じる。タルキニーニもそう。多作家なんだからもっと翻訳すればいいのに。お笑い好きな評者はエクスブライヤを「お気に入り作家」に入れたい。 |
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| No.1504 | 9点 | 夜の旅その他の旅- チャールズ・ボーモント | 2025/11/26 16:35 |
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| さて早川「異色作家短篇集」の本書ではアンソロの1+3冊を残すだけになった。ボーモントは未読なんだけども、評判のあまりの良さに最後にとっておいたんだよ。で皆さんのおっしゃる通り素晴らしい。大好き。
何というのかな、「典雅」というのが適切か。ブラッドベリの弟子みたいな存在だそうだが、SF度は低い。まあSFといえばタイムパラドックスを扱った「お父さん、なつかしいお父さん」は誰もが艶笑ギャグとして知ってるオチを使いながらも、主人公の変人キャラ設定が上手なあたり。タイムマシンならぬスペースマシンとアメリカ美学党政権の話を扱った「かりそめの客」はSFとしてはヘンに中途半端でそれ以上にアーチストがアメリカの大統領府を乗っ取った政権の方が印象的。要するにオチの人ではないんだ。それ以上に世界の奇妙なに讃嘆の目を見開く幼子のような感性がとにかく印象的。そこらへんが確かにブラッドベリに共通するのかな。 とはいえヘミングウェイ的に闘牛を扱った「黄色い金管楽器の調べ」は罠に向かって堂々と歩む主人公の姿が印象的だし、引退間際の自動車レーサーの勝負を描いた「人里離れた死」もヘミングウェイ好みの題材。こういうのはオチも仕掛けもないがそれがいい。こういうので勝負できる作家なんだ。この路線の頂点は「鹿狩り」。映画「ディア・ハンター」を英語の洒落で「優しさの狩人」と評していたのを思い出すような出来。まさに「鹿は一発でしとめなければならない」話。ボーモントってこういった名セリフがないあたりが特徴なのかな。 とはいえオチのある話もあって、アメリカらしい悪魔崇拝ホラーの「越してきた夫婦」がある一方、白人住宅地に引っ越した黒人夫妻が迫害に怯える「隣人たち」、修道院に囚われた男の真実がオチになる「叫ぶ男」、あるいはスポーツクラブの会員が連続自殺する「引き金」ならミステリとしての結構を備えているわけで、そういう話もしっかり描ける。しかしそれ以上に新婚旅行専用の客船の最後の航海を描いた「淑女のための唄」が、泣ける。ブラッドベリを上品にしたファンタジーテイストの話。いいな、こういうの。 だから結構泣ける話が多いんだ。老境に入った旅の手品師の失意を描いた「魔術師」もそう。抑えた筆致で情感がダダ漏れする。そして表題作にもなる「夜の旅」。27歳クラブという有名な表現があるわけだけど、なぜか優秀なミュージシャンが不幸であること、どうしようもない変人が多いことの話。スタンダード曲が多数登場する。 いや最後に持ってきてよかった。好み。 一応本書で早川異色作家短編集はアンソロを残すだけ。ここでお気に入りベスト5してもいいかな(順不同)。「くじ」シャーリー・ジャクソン、「レベル3」フィニイ、「一角獣・多角獣」スタージョン、「壁抜け男」エイメ、「夜の旅その他の旅」ボーモント。たぶんこのシリーズのお気に入りは選ぶ人の個性が出まくりになるんじゃなのかな。評者意外にもファンタジー寄りの結果でびっくりしている(苦笑) |
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| No.1503 | 6点 | ハンサムな狙撃兵- シャルル・エクスブライヤ | 2025/11/24 11:20 |
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| タルキニーニ警部ってなかなかに名探偵だよ。いやドーヴァー警部系の迷探偵かもしれないが。モルグで被害者の死体と熱く会話を交わしたりする、「愛の警部」w キャラ立ち抜群というべきだ。
今回の被害者はトリノ警察のアレッサンドロ・ツァンポール刑事。前作のリーコックくん同様の堅物。だけど妻に裏切られて死別し女性を恨んでいる!被害者は「ハンサムな狙撃兵」ニーノ。言わずと知れたプレイボーイで女泣かせ。だから愛の警部タルキーニはこのツァンポールくんの行く末も気にかけてキューピッドに!いやいやこれが本作の脇筋で、お節介なタルキーニvs女嫌いツァンポールの対決の結末は...そりゃ「愛が勝つ」! 凶器の謎とか犯人の策略とか小味な仕掛けも目立たない程度にあるよ。何より陽気なエンタメとして単純に楽しい。「この世は素晴らしく、人々は善意に溢れ、人生は生きるに値するものに思えてくる」偉大な名探偵! 覚えておくんだ、アレッサンドロ。戦の勝ち負け、何千もの死者の話など、すぐに忘れられてしまう。ところが、うまい料理の秘密はどんな困難も乗り越え、人間の愚かさなど知らぬげに世代を越えて受け継がれていく。 まさに人の世の真理である。ナイス。 |
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| No.1502 | 7点 | 夜の終り- フランソワ・モーリアック | 2025/11/23 19:40 |
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| 先日「メグレ最後の事件」を書評した際に、どうにも本書を連想したのでやることにした。20世紀フランス文学最凶の萌えキャラ、テレーズ・デスケールーのその後を扱った小説である。
「メグレ最後の事件」では家庭の中で孤立するナタリーがメグレの捜査を待つかのように、そしてメグレの捜査が「救い」であるかのような姿が描かれたわけである。意外に女性主人公が少ないシムノンだけど、「ベティ」あたりに近い作品なんだよね。でこのような「運命を待ち受ける女性」の原型みたいに評者が感じるのが本作。 前作「テレーズ・デスケールー」から15年後。夫を毒殺しようとしたテレーズは、家の体面を守るために家族全てが口裏を合わせて、テレーズにかかった夫の殺人未遂の容疑の不起訴を勝ち取る。テレーズはカトリックの教義から離婚はされずに、軟禁生活を送ることになる。ほとぼりが冷めた頃、テレーズは夫から解放されてパリで一人生活を送ることになる...が前作まで。本書では初老に入ったテレーズは心臓の持病を抱えつつ、パリで女中のアンナだけを頼りに孤独に生活していた。そこに娘のマリが突然訪れる。家族はテレーズの犯罪をキツく口止めしていたために、マリはテレーズの罪を不倫と誤解していたのだ。マリもやはり恋人ジョルジュとの恋に悩み、ジョルジュを追ってパリに出奔してきてテレーズを頼ったのだ。テレーズの事件はやはり二人の結婚の障害にもなっており、マリは真相を知りたい、不幸な母を救いたいという思いからテレーズを訪れたのだ...しかし、ジョルジュはテレーズの「すべての調子を狂わせる天分」からテレーズに惚れ込みマリとの婚約が危機に陥る...母を恨むマリとの決着は? という愛憎が渦巻くドロドロの小説。それでもやはりテレーズの独特の魔女的キャラクターが独自。体の弱ったテレーズは妄想にも囚われる一方、鋭い洞察を示すこともあり、命が終わりかけている「罪の女性」の救いは?というカトリック小説としての狙いがある。 シムノンでも「べべ・ドンジュの真相」がシムノン流解釈の「テレーズ・デスケールー」だったりするわけだ。実は純文学カトリック作家のモーリアックの方が異教っぽい心理主義ドロドロで、シムノンの方に宗教的清澄さが漂っているとか、なかなか一筋縄ではいかない。「メグレ最後の事件」の末尾は 彼女は勧められもしないのに、判事の前に坐った。とてもくつろいでいるようにみえた。 とあたかも神の前での裁きに臨むかのような描写なんだ。「夜の終り」では 「何もしないの。ただ時間が鳴るのを聞いているんですわ。命が終るのを待っているのですよ…(中略)そうですよ、ジョルジュ、命の終り、夜の終りをね」 |
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| No.1501 | 7点 | 最後の一壜- スタンリイ・エリン | 2025/11/22 20:46 |
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| 考えてみれば「特別料理」「九時から五時までの男」の短編集は両方ともおおまかに50年代に書かれた短編を集めた短編集になるわけだが、本書は「年一作主義」になってからの短編集だから、1963年から1978年までの15年間に書かれた短編が収録されている。本書以降には5本の短編があるが、雑誌「EQ」での紹介だけで書籍未収録作が多い。
だから作風も変化してきているな。エリンというといわゆる「異色作家」の中では異議なく「ミステリ作家」と言える人のわけで、正面から犯罪事件を扱っていることが多いわけだけども、「真相の解明」とはちょっと違うあたりでのオチがついている作品が多くなってもきている。そして短い作品が増えていく。最初の「エゼキエル・コーエンの犯罪」はナチ占領下のローマのユダヤ人ゲットーで、裏切り者の名を着せられて死んだ人物の死の真相を、冤罪をかけられて静養中の刑事が解明する中編。デテールの丁寧なエリンらしいミステリ。同様に「12番目の彫像」はイタリアでの映画撮影をめぐって悪名高いプロデューサーの失踪事件と死体の処理法の話。もうここらへんはしっかりしたミステリ短編で申し分なし。表題作「最後の一壜」となると、残っておらず名のみ高い伝説的な名作ワインの最後の一壜を購入した大金持ちによる「使い方」の話。これだと奇妙な味ミステリと呼ぶのがピッタリ。 「精算」は軍人の賭けをめぐる話でハードボイルドな雰囲気が出ているし、「警官アヴァディアンの不正」ともなるとかつて警官汚職をテーマにした「第八の地獄」を書いた人だよね、となるような...でもウィットのある意外な真相(苦笑)で好き。 最終2作は確かに殺人をめぐる話ではあるが、その周囲での人間模様にフォーカスが当たっている感覚。「内輪」は家族内部で疑われる「殺人」の効用みたいな皮肉な話。「不可解な理由」は...うん、最後に派手にぶっぱなしてます(苦笑)こういうオチを書くタイプじゃない気がしていたけど(笑) というわけで、エリンと言えばまず「丁寧」。推敲を重ねたリーダビリティの高さは最初から最後まで一貫している。異色作家というよりも「異能作家」と呼ぶべきだと思っている。 |
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| No.1500 | 6点 | メグレ最後の事件- ジョルジュ・シムノン | 2025/11/19 18:36 |
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| 評者の書評1500冊目の記念に何やろう?と思っていたんだが、メグレ物最終作の本作にした。評者は仕事を引退したら、河出のメグレ全冊を読んでやろうと引退数年前から目論んでいたんだ。これが本サイトに投稿する前からの夢みたいなものだった。本作でこれが叶った。自分的には大変めでたい。
本作はミステリというよりも男女関係についての小説というべきかな。ミステリというジャンル小説で本作が出てきたら「ちょっとな」という人は多いとも思うけど、読んでいる正直な感想は、孤独に放置されていてアルコールに溺れる女性ナタリーを描いた肖像として、たとえばモーリアックの「夜の終り」に近い印象。「テレーズ・デスケールー」の後日譚ね。夫の遺体が家に戻ってきて、葬儀の準備をしているさなかに、ナタリーはメグレと同行する。ナタリーは棺を見つめて、 「あの人はこのなかにいるの?」「ええ。明日埋葬します。」「わたしのほうは、今日ね...」 そしてメグレ物としてのグラン・フィナーレはこの一文。 彼女は勧められもしないのに、判事の前に坐った。とてもくつろいでいるようにみえた。 まあだからシムノンのカトリック作家としての素地が強く現れた小説だと思うんだ。ミステリとしては芳しい出来ではないけども、ほのかに宗教性を感じさせる小説というのが、やはりシムノンらしい。家庭の中で孤立するナタリーの唯一の味方である女中のクレールが、当初メグレを敵視しているのが、徐々にメグレと和解していくのが小説としての良さでもある。 本作は書評でケナされたことにシムノンが怒ってメグレシリーズを打ち切った、という話が有名だから「ダメな作品?」と思いがちだけど、そんなこともないよ。ただし、ミステリファンが求める方向性とは全然別方向。「こういう方向は歓迎されてないな」とシムノンが察知してメグレを打ち切ったんだと思うよ。 評者的メグレ物のベストテンくらいはやっておこうか。 1.第1号水門、2.メグレのバカンス、3.メグレと若い女の死、4.サン・フォリアン寺院の首吊り人、5.メグレと殺人者たち、6.メグレ罠を張る、7.モンマルトルのメグレ、8.メグレ夫人のいない夜、9.三文酒場、10.メグレと奇妙な女中の謎 それに続くのが、メグレの初捜査、メグレと幽霊、メグレと殺された容疑者、くらいかなあ。 現在メグレ物未読は「メグレと死んだセシール」「メグレと判事の家の死体」の2長編だがEQ連載だけで未単行本化。短編は「メグレと消えたミニアチュア」「メグレと消えたオーエン氏」「メグレとグラン・カフェの常連」「メグレとパリの通り魔」「死の脅迫状」と5本あるか。ギャレ氏ももうすぐ新訳が出るわけで、そうしてみればEQ連載で終わっている長編の翻訳も待っていればあるのかなあ。 |
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| No.1499 | 6点 | チューインガムとスパゲッティ- シャルル・エクスブライヤ | 2025/11/19 01:04 |
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| さて初タルキニーニ。だから最初から読んでいこう。これが第1作。ロミオとジュリエットの街ヴェローナ。この街で警察幹部を勤めるタルキニーニ警視がシリーズの主人公だが、本作の主人公というか狂言回しはアメリカはボストンから視察に来たサイラス・A・ウィリアム・リーコック。長々とした名前から分かるようにボストンの名家の生まれで...厳格なピューリタン気質!いいかげんなイタリア人気質が気に入らない。早くボストンに帰り婚約者のヴァレリーと結婚し妻の財産を基に議員へ...そんな夢はすぐに雲散霧消。だってエクスブライヤだから(苦笑)
タルキニーニ警視の名前はロメオ、そしてその妻の名はジュリエッタ。ヴェローナの街はロミオとジュリエットだらけ。「犯罪の動機はほとんどいつも恋です。生ける者は愛し、愛され、かなわぬ恋に身を焦がす。とりわけこの地ではそうです。だってここはヴェローナだから」。これがタルキニーニの探偵術!リーコックはこのいい加減で酒飲みで愛妻家のタルキニーニに反発しつつも、川べりで見つかった男の死体を巡る捜査の中で、その人間観とイタリアの風土の惹かれていく....ついには強盗被害に遭いそうになった女性を助けたら一目ぼれ!すっかりダラしなくなったリーコックを追って婚約者がその父とヴェローナに来襲!殺人事件は思わず次々と死の連鎖を生みだすが、陽気な人々とリーコックの恋の行方は? エクスブライヤってキャラ作りは上手だよ。マンガ的だけどもね。タルキニーニはズボラに見えてなかなか懐深く有能。ナイス名探偵だ。リーコックがどんどんハッチャケていくのがナイスで、笑える。要するに「日曜日はダメよ」というか、「死体をどうぞ」でもファシストの警部がすっかり村に馴染んだりするのを思い出す。こういうダラけ方がエクスブライヤ。で追いかけて来た婚約者のオヤジがこれまたイイ親父。これもエクスブライヤw いやちゃんとタルキニーニ、推理もするよ。普通にリアルな謎解き。そこらへんはしっかりしている。 |
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| No.1498 | 7点 | ジャッカルの日- フレデリック・フォーサイス | 2025/11/17 22:05 |
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| さて人気作。70年代の大ベストセラーで、角川書店のミステリの大ヒット作でもある。懐かしい。
内容は周知のとおり。ドゴール暗殺を請け負った暗殺者ジャッカルとそれを追うルベル警視の対決。何となく実話みたいに感じさせるのだが、実は完全なフィクションのようである。何件かあったドゴール暗殺計画にヒントを得て創作したものと捉えるべきだろう。考えてみれば、本作が「新しかった」のは、そういう現実の事件との「虚実の被膜」にある内容と、そう思わせるほどのジャーナリスティックな筆致(ともちろん取材力)なのだろう。言い換えると本作って文章が小説家の文章というよりもジャーナリストの文章なんだよね。 ハードボイルドはもちろん小説家の文章である。ジャーナリストとどう違うのか、といえば「抑制感」とでもいうのかな。さらに言えばカメラアイに徹さない部分。だから純粋にジャーナリスティックな筆致で押し通されると、これが文学性とは別次元の感覚で新鮮に感じた、という側面があろう。この時期にはもうすでに日本でも「サラリーマンがミステリを読む」ことが清張で一般化したわけだし、海外情勢をエンタメで楽しんで知るというミステリ消費が登場した時期だとみるべきだろう。そういう流れにフォーサイスは乗っている。 「情報小説」というエンタメのあり方を示した作品であろう。本作のあと、フォーサイスはナチ残党、傭兵部隊からイラク戦争など、現実の事件に取材した「虚実皮膜」な国際謀略小説を書いてそのジャンルの元祖となったわけである。今年6月に死去されたんだなあ...合掌。 |
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| No.1497 | 6点 | ピーター卿の遺体検分記- ドロシー・L・セイヤーズ | 2025/11/15 20:25 |
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| 要するにピーター卿短編というのは既訳すべてで21篇(未訳1篇)になるわけだ。創元の2冊の事件簿では14篇をカバーできて、残りが7。そのうち4篇を本書がカバーできる。残りは創元「大忙しの蜜月旅行」に併録された「トールボーイズ余話」と「モンタギュー・エッグ氏の事件簿」収録の「アリババの呪文」、それに新潮文庫「クリスマス12のミステリー」に収録された「真珠の首飾り」ということになる。なのでついでと言っては何だが、本書をやればとりあえずピーター卿短編のあらかたを読めたことになる(「蜜月旅行」は既にやってるし)。
そういう意味で中途半端な出版である。本来収録されているはずの「アリババの呪文」が収録されなかったことで、本としての意味を薄くしてもいる。まあそれでも収録作が面白いから、いいか。本書からピーター卿短編に親しんだとしても、悪いわけではないよ。セイヤーズの小説の小洒落た良さがあるから、ミステリとして肩透かしでもそう腹は立たないからね。なので本書で読むべき非重複作は... 「口吻をめぐる興奮の奇譚」 駅で見かけたカップルの様子に違和を感じたピーター卿は...フランス語についての文法的な話がキー。まあ日本人にはキッツいが(苦笑)でもそんなちょっとした謎から大きな犯罪を予知するあたり、ヒーロー性の高いホームズ・ライバルらしさがあるよ。「九マイルは遠すぎる」とかに近いテイストかな。 「瓢箪から出た駒をめぐる途方もなき怪談」 暴走する2台のオートバイを追跡することになったピーター卿が見つけたモノは?なかなかアクティヴな話。 「逃げる足音が絡んだ恨み話」 事実上の密室殺人もの、というか凶器の行方かな。面白い趣向。 「竜頭に関する学術探求譚」 古書探求で「宝島」してしまう話。相棒は御年10歳の甥のガーキンス(「学寮祭」でも成長した姿が...)。でも公爵家の相続人である立場から10歳でもセント・ジョージ子爵!そんな少年が古書店で買ったボロボロのセバスチャン・ミュンスター「一般宇宙誌(コスモグラフィア・ウニヴァルサリス:1540年刊の近世ドイツの地理書)」に隠された宝物とは?なんて話。ピーター卿も童心に帰ってワクワク!読んでいてやたらと楽しい。 というわけで、残っていたのは短い作品だけど、大概既訳が雑誌に掲載されていたりもする。ピーター卿長編は1990年代まで訳されなかったものがあるけども、こう見てみると、雑誌レベルでは紹介されていたんだなあ。面白いからねえ。 で本書の特徴は結構訳にこだわったようで、創元事件簿では「因業じじいの遺言」なのが「メリエイガー伯父の遺書をめぐる魅惑の難題」だったりする要領。セイヤーズの凝りっぷりが窺われる。 (訳で?になったのはp.252の古書の「電子版」という言葉。1928年にコピー機があるわけがない。書誌学でいうファクシミリ版のことかな?面白いことに19世紀に既にいわゆるFAXは存在するから、これに引きずられたのかな) |
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| No.1496 | 7点 | 顔のない男 ピーター卿の事件簿2- ドロシー・L・セイヤーズ | 2025/11/15 12:07 |
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| 創元の2冊目のピーター卿事件簿。どうしても1冊目と比較したら二線級にはなるか。やはり長めの「顔のない男」が秀逸。雰囲気が「死体をどうぞ」や「五匹の赤い鰊」に近くて、「議論小説」という体裁になっている。ピーター卿の「画家の本質」を巡る推測が正しいかどうかにはやや疑問が付されるのだが、議論にはなかなか納得ができる。解釈はあくまでも解釈しかないわけで、このテーマは実事件の評論である「ジュリア・ウォレス殺し」にも通じる。いや「死体をどうぞ」だって、「被害者をハメたロマノフ朝復辟運動というのも、実はひょうたんから出た駒だったのでは?」という疑問を提示して終わるわけで、一種のリドルストーリーなんだよね。
でまあ全体的にピーター卿のヒーロー的な活躍が目立つ短めの短編が続く。中では偽ピーター卿二人とワイン談義をする「趣味の問題」が楽しい。「証拠に歯向かって」はなかなか興味深いトリックを提示するけども、こういうタイプのトリックは本格マニアに好かれないんだよね。評者は松本清張っぽいと感じるのだが。 で問題は実際に起きた殺人事件「ジュリア・ウォレス殺し」のエッセイである。この事件は夫が妻を殺した容疑で裁判にかけられて、状況証拠だけを根拠に裁判官の指示を無視して陪審からは有罪の評決。その後控訴審で無罪となるという異例の展開を遂げる。「妻を殺したのならば、夫が犯人に決まってる」という社会の偏見も経験則であることからも根深い。夫の行動の一つ一つを詳しく見れば辻褄が合わないところもあるが、それは「ある人物がなぜそのようなことをしたかについて、誰もが完全に納得できる説明というのは、探偵小説の中にしか存在しないのかもしれない」。 思うのだが、セイヤーズくらいヴァン・ダインが提示した問題について真剣に取り組んだ作家はいないのだろう。最初の2長編で示した「手がかり無視・心理的証拠がすべて」という過激な主張に対する穏当な反論と読むべきなのだとも感じるのだ。ヴァン・ダインの「心理学的探偵論」はともすれば偏見の専横でしかないわけだから、手がかりによる推理はその偽造問題を考慮しつつも無視できないものである。しかし手がかりは決定的とは限らず幾重にもなる「解釈」を許すものであり、その「解釈」の正当性の根拠を求めることはなかなか難しい。一つの手がかりにいくつもの解釈が並立するわけであり、そのような「解釈の物語」として後期のピーター卿物語は形成されていく。 そして最後に「探偵小説論」を収録。これは乱歩が「これまで発表された諸家の史的評論の中でも、その理解と教養に於て最上の論文」と評価したものである。実際、この論文で指摘されている「一般大衆の共感が法と秩序の側にあること」や「デテールに執着するアングロサクソン的性格」がミステリの前提になっていることは、乱歩とその周辺が探偵小説擁護のために何度も繰り返し述べていることである。ヘイクラフトが「ポオのミステリ」としてデュパン3作+「黄金虫」「お前が犯人だ」に制限したことの発端が本論文にあるのかなとも思える。しかし、ホームズ探偵譚を「煽情派」(要するにヒーロー性の高い小説)としているあたりの、評者の見解に近いが乱歩は無視した議論もある。 また探偵小説が「アリストテレスの『詩学』でいう発端、中間部、結末を完備しているのである。決定的な問題が一つ提示され、それが検討され、最後には解決する。(中略)制限はあるものの、二様押韻の八行詩のように洗練された完璧な形式を持っているのである」に始まる、実作者としての洞察は、感情を小説の主題とすることを避けて探偵小説が備えるべき「陽気なシニシズム」にまで至る。 まさにミステリ論として「完璧」と呼ぶべき内容である。 小説よりも「ジュリア・ウォレス殺し」「探偵小説論」のために加点。 |
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| No.1495 | 5点 | 義眼殺人事件- E・S・ガードナー | 2025/11/13 21:49 |
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| ミステリ初心者が一番手に取りやすいぺリイ・メイスンかもよ。「殺人事件」って入っているだけで有難がる傾向がないわけじゃないからね(苦笑)まあそれは冗談としても、う~ん、もう一つかな。バーガー検事初登場作なのにね。
まあ最初の依頼、義眼男の懸念問題はご都合といえばそうだが、背景考えたらまあ許容範囲じゃない?被害者からの罠とか懸念していたに違いないのだから。 う~ん、の最大の理由はメイスンが仕込んだ大きな罠2つが、結構ミエミエなこと。読者からしたら意外性がないんだな。また正解へ至る推理も何か明白過ぎて、もう一人の該当者とか当然想定すべきなんだしね。なのでメイスンの戦術が豪快というよりも「作りが荒い」という印象。メイスンの裁判戦術のキモは「裁判に勝つ」じゃないんだよね。弁護士としてはアンフェアだと思う。 マクレーン姉弟がどう絡む?と思ってみるとつまらない使い方(まあこれが「消えた大金」になるのはともかくも、あまり引っ張られない)で、とくに姉バーサのキャラはなかなか良くてもったいない。ひょっとしてこの姉弟が別名義作のバーサ&ラムの原型とかあるのかな。またキーマンとなった嫁のキャラとかもっと掘ればいいのに。 というわけで順に読んできた中では一番不満が溜まった。 |
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| No.1494 | 8点 | 針の館- 仁科東子 | 2025/11/12 16:24 |
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| 高木彬光「成吉思汗の秘密」の最終章で突如登場して名前の謎解きをやってのけた女性、仁科東子が書いた本である。いやこれ凄いよ。日本の精神病院で横行していた人権侵害と、措置入院の闇を暴く小説である。しかも著者は「成吉思汗の謎」を巡る考察を書いたことで、精神病であると家族から思われて精神病院に強制的に入院させられてしまう。その実体験がこの小説の背後にあるわけだ。
小説では豪邸を相続した身寄りのない青年雪下透のもとに、家計を見るという名目でその母の妹に当たる女性が邸に乗り込む。その義理の娘が主人公今日子。今日子はやや変人のきらいのある透と恋仲になるが、実は継母は透を排除して財産を奪おうという計画をもっていた。継母の企みにより透は精神病院に強制入院させられてしまう。事情を知った今日子は透救出のために、精神病を装って同じ病院に入ろうと.... 社会から隔絶させられた精神病院の中は、人権無視が横行する闇の世界だった。この地獄の中で今日子は自身の状況を改善すると同時に、男子病棟に監禁されている透と連絡を取り付けようといろいろと努力していく。今日子自身も電気ショックの脅威に怯えつつ、閉鎖病棟の連帯感、開放病棟の監視下での「病気を受け入れたようにみせる演技」など、この精神病院でのサバイバルを詳細に描く。 評者が学生の頃に宇都宮病院事件という大事件があって、精神病院での「治療」が医療の名に値しない儲け主義の実態が暴かれたことがあった。そして前から噂されたように、邪魔な家族を精神病院と結託して「入院」させて排除する、悪夢のような陰謀や、治っても行き場がなくなった人をズルズル入院させる社会的入院など、人権蹂躙を指摘されたらその通りの実態があったのは事実である。ために1987年に精神保健法が改正されて、人権侵害に対する監視措置が法で定められることにもなったわけだ。 本書の時代はその前の、精神医療が「闇」としか言いようのない人権蹂躙の時代である。その告発となった本書はもちろん「社会派」であり、サスペンスの導き方などなかなか巧妙、かつ恋愛小説としても印象的である。まあだから本サイトで扱う価値もあるというものだ。 精神病院に不当に入院させられた時には、「自分が病気だ」を受け入れたフリをしてとにかく状況を改善することが第一だ、という逆説が、本当の悲惨でもある。運よく脱出しても、当時は「精神病院帰り」のレッテルを貼られるというとんでもないスティグマになっていたのが、作中で描かれる。結ばれた透と今日子は、同じ地獄からの生還者同志として、レッテルに負けずに愛をさらに確かめあう.... 単純にエンタメとして読んでも上等な作品。序盤の豪邸の妖気みたいなものがよく描けてもいて、本当に「不穏さ」が立ちのぼる。そこから一気に地獄めぐりに突入する。実体験に裏付けられて迫力満点のホラーでもある。しかし今では出版自体が「差別的」とか言われることにもなりそうで、かなり貴重な本。 (島尾敏雄の病妻ものが電気ショックを描いていたなあ...) |
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| No.1493 | 6点 | 山窩奇談- 三角寛 | 2025/11/10 10:30 |
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| 文芸坐にはお世話になったよ。評者の頃は池袋にあった名画座の中の名画座だったなあ。この文芸坐の経営者が三角寛。戦前の朝日新聞の警察廻り記者で、説教強盗の事件で名をあげた。その際に「犯人はサンカでは?」という話を聞き込んで...で三角はこの「サンカ」の研究を始めた。そして戦前のオール読物などに一連の「サンカ小説」を書き始め、それがベストセラーに。戦後にはこのサンカ研究を引っ提げて東洋大学で博士号を取得した。
というわけで戦前の大衆小説に大きな影響を与えた作家なんだけども、最近はいろいろと研究が出ていて、ほぼこの三角のサンカはフィクションだという結論にはなっている。川辺でテント生活を営み、箕などの竹細工・川魚漁などで漂泊の屋外生活を営む人々。もちろん戸籍制度には把握されず、警察からは浮浪者として扱われ取り締まりの対象に...というあたりの話が、民俗学と伝奇小説の合い間でさまざまに屈曲して膨れ上がっていったわけだ。 だから三角のサンカ小説がさまざまな影響をミステリに与えてもいる。横溝正史が直接触れている小説もあるし、特殊な「サンカ語」を駆使する犯罪集団と捉えた場合には、伝奇小説のネタにも使われて、忍者のように扱われる。その中で特異な能力が設定されれば、そのまま風太郎忍法帖だ。なにげに漫画にもサンカの首領「乱裁道宗」が登場したりもするわけだよ。とはいえ特異な「サンカ語」を使う犯罪集団と見れば、日本のセリ・ノワール、日本のシモナンと見ることもできるかもしれないな。 というわけで、この本では三角自身が直接サンカから聞いた話や交流の中で見聞した話として、6編の短編を収録。自身の民俗学研究としてのサンカ研究を補強する意図で戦後に編まれた本だそうだ。明治期の警察の刑事がサンカの諜者を抱えて、手先として使ったりなどの捜査の模様が描かれりするのも興味深い。そんな諜者として警察に使われる国八老人の体験談もあれば、山犬の乳で育った「中仙道の犬(オバサン)」直吉は、犬並みと言われる嗅覚を駆使して、サンカ組織の「小手下」として、サンカの中の目付・捜査官として描かれて、サンカが容疑者となった事件の解決をしたりもする。広い意味での時代ミステリというべきだ。 あるいは護国寺の墓地に暮らす学識豊かな老学者のサンカやら、妙齢の尼さんと密通して子供を産ませる二枚目サンカやら、多彩な人物が登場する。いや水木しげるの世界かな(苦笑) というわけで、ミステリ周辺本としての価値はしっかりある。三角のサンカ研究は事実上フィクションだったわけだが、国家制度の外側・農耕社会の外側に生きる人々に託されたロマンとしての、心情のリアリティとこの世の外側への憧れが覗くのが面白い。 |
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| No.1492 | 6点 | ロニョン刑事とネズミ- ジョルジュ・シムノン | 2025/11/08 17:27 |
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| 1938年作品で、メグレ物の長編休止期(短編は書いているあたり)に書かれた外伝。いや評者もご贔屓のロニョン刑事のデビュー作だそうだ。まあ何というか、優秀なんだけども、運の悪い刑事。だから性格がヒネちゃったわけだが、本作ではまだそれほどヒネてない。ロニョン夫人もややエキセントリックだが「悪妻」というほどではない。このロニョンの「無愛想な刑事」という異名は本作の中心人物「ネズミ」が付けたものだそうだ。
でこの「ネズミ」はパリのルンペン。街で小遣い稼ぎをする浮浪者なんだが、ある夜、殺人直後の光景?に出くわして、そこで拾った財布の大金をせしめてやろうと画策する。担当刑事がロニョン。ネズミとロニョンの丁々発止が繰り広げられるが、次第に事件の被害者は大物経済人?という話に広がっていき.... だから「無愛想な刑事」ロニョンと陽気な浮浪者ネズミの対比が本書の軸のわけ。「自由を我等に」とかそういうノリだね。ここらへんメグレ物のシリアスとも対比になっていて、軽妙な面白さに繋がっている。ネズミを囮にしたリュカ警視の策略と、フランス警察の組織力を駆使した追跡劇に実録物っぽいスリルがある。もちろんロニョン君はいい手がかりをつかむものも、頭を殴られるわ、またもや司法警察への出世はうまくいかない(泣)。世の中そんなものさ。 重苦しくなった第一期メグレに対するアンチテーゼと、エンタメを意識した第二期長編の、試作品というものかな。さくっと軽めに書いたエンタメだ。 |
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| No.1491 | 5点 | 百億の昼と千億の夜- 光瀬龍 | 2025/11/07 18:47 |
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| 国産SFではレジェンドということになる。プラトンの後身のオリオナエ、シッタータ、阿修羅のトリオが宇宙の起源と目的を求めて、弥勒とその配下であるナザレのイエスや帝釈天と戦うSF。視覚効果の派手なことから「ワイドスクリーンバロックSF」と言われるのはそうだね。後で触れるが萩尾望都のコミカライズで70年代後半にメチャクチャ、流行った。
う~ん、なんだけどもね、評者本作のSFの風呂敷の広げ方が好きじゃないのかも。「宇宙の運命」とかそういうの、苦手だな。さらにプラトンとかシッタータが大宇宙でSF活劇しちゃうとなると、「幸福の科学」みたいなイヤな感じがしてしまう。苦手だ(まあ大川隆法がこういうのを真似たんだが)。それぞれがそれぞれに超越者に疑問を抱く導入編の方が興味を持って読めていたように感じる。 まあ中盤には超管理社会のディストピア物みたいな話もあるし、「神々の冷淡さ」というテーマは宗教染みていると言えばそう。シッタータが出家する際に武官が切り付けて「色身は敗壊す!」と問うのは禅の公案で、確かに人間は皆短い生を生きて必ず死ぬのに、なぜ永遠の真理なんぞに憧れるのか?という問いはそれこそ「不思議」。この小説ではそれをひとつの「罠」として捉えるアイデアのわけ。キリスト教と仏教と両方にケンカ売ってるという評には笑う。 で萩尾望都のマンガだけど、これって少年チャンピオンに連載されたんだよね。しっかり覚えてるよ。原作が晦渋になっているところをしっかりと分かりやすく踏み込んで説明していて、マンガの方がいいと思う。ナザレのイエスの扱いが原作では中途半端だけど、マンガではしっかりと敵役。それに引っ張られるようにユダがマンガではいい役回り。弥勒の目が開くあたり異様さが出ていていいなあ。日本のエンタメでの「キリスト教が悪役」の嚆矢かな。 マンガはね、もちろん阿修羅人気が爆発したわけだ。興福寺のオリジナルは今でもしっかり人気者だが、萩尾望都の少女阿修羅は独特の中性性が良かったなあ。 なんか原作の不完全燃焼感がマンガを読んで晴らされたような気持。 ちなみに週刊少年誌での女性マンガ家の連載としては「わが輩はノラ公」「さすらい麦子」に続く3つ目。4つ目が「うる星やつら」。 |
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| No.1490 | 7点 | AKIRA- 大友克洋 | 2025/11/03 23:28 |
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| さて国産サイバーパンクを語る上では絶対に外せない作品だから、懸案みたいに感じていた。すまぬ評者あまり大友克洋にハマってなかったんだ。映画は見たけどリアルタイムではそれほど関心がなかったなあ。ヤングマガジンに連載されていたから追ってなくても絵は見ていたりしたわけだけどもね。ニューエイジ色が強いのを何となく敬遠したんだな。
以前1)サイバースペース、2)パンク要素、3)ジャポニズム、のサイバーパンク3要素としてまとめたことがあるけど、本作ではサイバースペースは出ないし、日本が舞台とはいえ瓦礫ばっかりでジャポニズムは希薄。「パンクSF」と呼んだ方がいいんじゃないのかな。事実上、超能力バトル物だよ。金田を中心とするパンクスたちとケイたちゲリラが、大佐のグループとミヤコ教勢力、そしてもともと金田の仲間だが超能力を得たことで暴走する鉄雄が、ナンバーズと呼ばれる超能力者とアキラを巡って集団抗争する話である。 もちろん最大のウリは大友の繊細で緻密、でもスケール感のある作画術。話はキャラが次第に自分で動いていくのを待つ、というスタイル。だからプロットが緻密というわけではなくて、結構イキオイという印象。3巻末でアキラが解放されてネオ東京が滅亡し、アキラと鉄雄が組むことで話が前後に二分されたことにもなる。一旦話がリセットされている感覚。中盤に金田がそのままでは動かしづらくなったのかな? だから画力や廃墟イメージが一番のポイント。未来らしくない荒廃した未来像に新しさがあったわけだ。「バイオレンス・ジャック」とか「マッドマックス2」の世界。考えてみれば設定年代が2020年だから、もうAKIRAも過去になってしまったわけだ。 個人的にはミヤコさまの敢闘精神が好きだなあ(苦笑) |
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