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クリスティ再読さん
平均点: 6.38点 書評数: 1591件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1591 8点 危険な関係- 新章文子 2026/06/04 17:10
笹沢左保の「招かれざる客」を破っての乱歩賞受賞作。今のミステリマニアが比較して読んだら、「何故だ!」と言いかねない作品かもしれないよ。気持ちはわかるんだ。評者はそれでも本作に軍配を上げるな。

というのはね、笹沢左保一般に、というか「招かれざる客」が特にそうだけど、ベースにあるのが甘口のロマンティシズムなんだよね。もちろん笹沢の大衆作家としての成功にこの甘口のロマンティシズムが貢献したことは承知の上だが、本作のドライで非情な戦後派の若者心理の活写と巧妙なミステリへの畳み込みの見事さと比較したときに、圧倒的に「招かれざる客」は類型的で古臭く見えるんだ。選考も満場一致というのはこういう判断が働いているよ。

ハタを膝を打ちたくなる秀抜な心理描写が続出する。主人公からして二回も自分が命を狙われていることを知りながらも「自殺だった!」と言い張るキャラ。この主人公高行が嫌がらせのように関係者を集めて、首つり自殺のまねごとをする。大金持ちなのバンドマンとしてドラムを叩く男のこの屈折感。周囲を固めるのは、妹だが高行と対立する高飛車なお嬢様のめぐみ。この少女は「春琴抄か!」となるくらいに、思いを寄せる運転手にツラくあたる。高行に「自殺しろ!」と手紙を送った、因縁の関係があるバーのマダム緋絽子、緋絽子が美男を見込んで新店舗の店長に抜擢した勇吉。勇吉は高行が万引きするのを目撃して、高行と奇妙な意気投合をするあたり絶妙なキャラ設定だが、出世欲からめぐみをモノにしようと画策する。などなど、クセ強めキャラが生き生きと描かれている。

この小説の偉いところは、これらのキャラの関係性が相互にネットワーク的に張り巡らされているところである。人並さんが「人物相関図のメモまで作りながら物語を読み進めた」とおっしゃるのに完全に納得する。そのくらいの相互関係の複雑さが半端ない。まさに「生きたミステリ」というべきだ。
こんな濃密な人間関係の中だからこそ、冗談のような自殺に便乗した思い付きの殺人もあっていい。そう思わせる圧倒的な筆力で読ませる小説なのである。

《お兄ちゃんはよっぽど生命冥加のある人や》とめぐみは思った。《でも、あれであのまゝ死んではったとしても、お兄ちゃん自身、うちに殺されたとは判らへんのやし、それにあんなお兄ちゃんのことや。生きて何が仕度いという希望もなさそうやし、別にどうということもあらへんだやろうなア》

この京都弁のドライなイケズ感がなんといっても素晴らしい。そういうミステリ。

No.1590 5点 ひきがえるの夜- マイクル・コリンズ 2026/06/02 18:20
久々にネオ・ハードボイルド。片腕探偵ダン・フォーチュンの三作目。「恐怖の掟」だとヤンキーぽかったダンだけど、本作だともちょっと落ち着いた感じ、というか負け犬っぽさが出てきちゃってるなあ(苦笑)

今回は話の中心にキューバのスラムから成りあがった俳優のヴェガがいる。「レイ(王)」と呼ばれる大物である。フォーチュンの恋人マーティもヴェガのステージに抜擢されて出演するが、ヴェガがちょっかいを出すのを嫌がって、恋人のフォーチュンに一言いわせるためにヴェガの元に送り込まれたことから始まる。片腕のフォーチュンはヴェガにパンチ一発ノックアウトされる。その場に居合わせた女優アニーの印象が強くダンには残る。ダンはヴェガとアニーが雨のキャフェテリアで何事かの交渉をするのを目撃...しかしアニーは失踪。ダンはその姉のもとを訪れて、ヴェガに一泡吹かすためにアニーの行方調査に自分を売り込む。

こんな風に話は始まる。いやダン・フォーチュン、けっこう私怨で動いているよ(苦笑)そしてハスラー(やり手)でハングリー精神旺盛なアニーの肖像にダンは魅かれるものがある。ノースカロライナの田舎で結婚して二人の子を産みながら、ニューヨークに出て女優の道を選んだ女。姉から演劇人の恋人を奪い、ヴェガとも打算的に付き合い、なんと二人の子と元夫の面倒まで見ている、伊藤野枝か!ってくらいの傑物だったりする。このアニーの人生が興味深く、この女の個性がエンジンになって話を進めている。

だからミステリ的な謎の興味は薄い。大した話ではないからバレるけど、話の背景にハリウッドの赤狩りが翳を落としている。ヴェガのモデルというと、裏切者エリア・カザンにリー・ストラスバーグを足したような造形。だからマーロン・ブランド気取りの俳優志望も登場。そんな話。ややまとまりが悪いかな。

No.1589 5点 月射病- ジョルジュ・シムノン 2026/05/31 17:56
さてやっと現在進行中の東宣出版の「シムノン ロマン・デュール選集」に追いつくことができた。例の瀬名秀明氏の監修で6冊出るのかな。
で本作は瀬名氏の連載だと本作は「赤道」という映画化タイトルで項目(第36回)がある。この項の「ただ将来、ひょっとして何かの間違いが起こって(?)日本にシムノンブームが再来し、新たに訳出紹介が進むことがないとも限らない」が叶いつつあるようで目出度いなあ。

というわけで瀬名氏肝入りの作品である。舞台は仏領ガボン。アフリカ舞台のシムノン作品はいくつかあるんだけど、瀬名氏は長島良三氏が営業的配慮で紹介を渋ったのではなどと憶測している。「フェルショー家の兄」の背景の話とか、「しっぽのない小豚」収録の短篇「命にかけて」がアフリカの話だから、少しくらいは紹介されていないわけでもないか。

シムノンお馴染みのボルドーの街ラ・ロシェルの名家出身の青年ティマールは、一旗揚げようと伯父の紹介でガボンに渡った。上陸した港町リーブルヴィルのホテルでティマールはホテルの女主人アデルとわり無き仲になる。アデルは黒人ボーイの殺人に関りが?ティマールとアデルは上流のジャングルの借地権を買い取り川を遡るが、リーブルヴィルでは黒人ボーイ殺人事件の裁判が?

という話。ティマールは意気揚々とアフリカに渡ったわけだけど、女に溺れてデング熱にかかったりなど、目的を見失いどんどんと衰えて自滅的な行動を取ることになる。それをアフリカの強い日差しによって罹る「日射病」というよりも、狂気の月光として「月射病」と喩えて、「幻想のアフリカ」というべきものを描こうとしている雰囲気。夢破れたティマールは「アフリカなんて、存在しない!」と言い切ってしまうのだが、主観的な小説だね。
う~ん、青年の客気みたいなものと、すべてを飲み込む異郷という対立軸の小説かもね。川を遡るあたりコンラッドの「闇の奥」を意識しているみたいに見える。
意気込みは買うし、瀬名氏が「別なシムノン」を提示したいという思いはわかる。でももう少ししっかり展開した小説で読みたいな。

No.1588 6点 探偵X氏の事件- 別役実 2026/05/30 16:53
「綾辻行人・有栖川有栖のミステリー・ジョッキー2」に本書収録の「六連続殺人事件」が収録されたこともあって、意外な知名度があるのかな?別役実の探偵Xシリーズでもショートショートの集成で200pの本になんと50本も収録している。

山高帽にモノクル・ループタイ、右手に拡大鏡をもった肥った男、X氏。1作3ページくらいでガンガンと飛ばしていく。そのロジックといえばブラウン神父も真っ青、ルーフォック・オルメスも大爆笑な超絶ロジック。たとえば落ちていた耳の持ち主を探すのをX氏が依頼されると...実は「私にはこれまで耳が三つあって、それがようやく今、二つになったところだから」もう捜査は止めてくれとの手紙が届く(「耳事件」)その他にタイムパラドックスみたいな「予言殺人事件」もあれば、「あさってのジョー」が犯人の「密室殺人事件」もある。はげ頭の男が殺される「はげ頭連続殺人事件」ならばホワイの部分で大笑い。しかし出口のない教会で花婿が失踪する「花婿失踪事件」ではドイルの某作のトリックが...となにげに優れたアイデアと馬鹿馬鹿しいコントとが入り混じる。

極北の短篇ミステリ集かもよ(苦笑)
けどこの三冊で探偵X氏も全部かなあ。ミステリファンにもウケる作品集だと思う。
(書誌情報がおかしいので補足。1986年11月20日初版、王国社発行。復刊ドットコムにも登録があるので復刊するかも?)

No.1587 6点 血の伯爵夫人- レイ・ラッセル 2026/05/30 09:38
確かに異色作家短篇集の「嘲笑う男」は今一つだったけども、それでも表題作に相当する「サルドニクス」は面白かった。「嘲笑う男」ではゴシック・ホラーは「サルドニクス」だけであとはSFか奇譚だったのだが、どうやらこの人はホラー作家としての評価が高いようだ...で長編「インキュバス」を読むとアメリカンなモダンホラー。どういう作家かさらに謎になる。というわけでもう一冊の短編集がこれ。副題で「モダン・ゴシックの精髄」とついているから期待。

結論から言うと、この人の訳書では一番面白い。短編5作を収録し、「血の伯爵夫人」は例のエリザベート・バートリの独白でその生涯を振り返る話。この人については澁澤龍彦や種村季弘が紹介し桐生操の「血の伯爵夫人」が詳しく語っている「女吸血鬼」。ラッセルは史実というより自由な創作に近く、エリザベートの血の渇きを彼女の本質というよりも周囲に流されたような形で描いている。どっちかいえば夫フェレンツとの普通の恋愛話が良く描けているようにも感じちゃって困ったなあ...だからエリザベートは「ハメられた」ような印象。長編にした方が面白いと思うよ。
ラッセルとしては「サルドニクス」、本作(原題「サングギアリウス」)、「サジタリウス(いて座)」と「S」始まりのゴシック三部作という体裁らしい。機会があれば「サジタリウス」もやりたいな。ポケミスの「新・幻想と怪奇」に収録のようだ。

個人的に一番好きなのは「彗星の美酒」。なんとロシア五人組を扱っているというクラシックネタでもなかなかニッチな着眼点。無能なディレッタントと思われていた男が急に作曲の才を発揮して五人組を驚かせる。次回作は「カラマーゾフの兄弟」のオペラ化!現在「ファウスト」をヒネったオリジナル作を企画中...その真相は?という話。リーダーだったバラキレフの精神病によるキャリア中断やムソルグスキーのアル中廃人っぷりなど、そういうあたりがヒントになっているようだ。
「ビザンチン宮殿の夜」は「市民ケーン」の裏話みたいなものかな。大金持ちの映画製作者がホストとして呼び寄せた因縁の男女たち。ホストの狙いは自分に対する陰口を突き付けるという自虐的なものだったのだが...これなかなかいい。しかし、あえて結末でひっくり返すのがなんかもったいない。
「仮面の暗殺者」は中南米の小国の大統領の訃報を巡って、その取材に赴いた記者が遭遇する陰謀の話。これは意外な真相によって話が破綻するという困ったもの。そういうことしない方がいいよ。話を逆転することが自己目的化しているみたいである。
「悦楽の分け前」は催眠術を悪用して..というSFみたいなホラ話。ここでも「市民ケーン」のザナドゥがキーワードとして登場する。

まあ何というか、実力はあるんだけども、その実力の使い方がヘンテコな作家。困る。
(そういえばバートリ伯爵夫人を扱った劇の周囲を描いたホラー「痛苦の聖母」が出ているようだ。何と作者はご贔屓のブラックバーン!そのうち読もう)

No.1586 7点 愚かものの失楽園- パトリック・クェンティン 2026/05/27 20:31
「失楽園」っていうと有名な不倫話だったよね、とかつい余計なことを思い出してしまう(笑)原題は "shadow of guilt" だから「罪悪感」という程度の意味で関係がないし、創元で本書が出たのはずっと昔だ。

なんだけど、本書の文芸設定、評者は好きだなあ。PQのお得意パターンだけど、金持ち一族の妻で「社交婦人」、社交界での女ボス的な立場にあるしっかり者のコニーの肖像が素晴らしい。有能なビジネスマンの夫を引き立てて一族に迎え入れ、養女にも優しく厳しく育てる良妻賢母なんだけども、夫はどうも妻の有能さ・立派さに気後れしている...コニーは養女に自分の自慢の甥を娶せようとするのだが、養女アラもそんなコニーに不当な反発をしておかしな男と...その色事師の男が殺される。

このコニーが悪女?違うよ、だってコニーはホントに頑張っているんだ。だからこそこの殺人事件で家族が崩壊しようとする瀬戸際で、コニーが夫に独白する。

わたしは、いつでも正しいことをしようと努力してーそのあげく、どんなことになって?そのためにわたしを憎むようになっただけだわ。

これが本当に悲しい。読んだ感想で一番近いのはクリスティの「無実はさいなむ」。危機の中で、家族の紐帯という呪術めいた絆が浮かび上がるさまがいい。だから「PQお得意の悪女もの」とまとめてしまうのは残念。そういう話ではないよ。人間ドラマがミステリを強く上回った作品である。

No.1585 6点 グレイ・フラノの屍衣- ヘンリー・スレッサー 2026/05/25 22:32
短編名手スレッサーのミステリ最初の長編。MWAの処女長編賞をもらってる。

スレッサー自身も働いていた広告業界の話。開高健の「巨人と玩具」とかセイヤーズの「殺人は広告する」と近い話といえばそうか。セイヤーズと違ってアメリカの話だから、捻った会話でも英文学の出典とかでややこしいことはない(苦笑)主人公デヴィッドは、ニューヨークの広告代理店期待の若手。幹部社員が病気になり、デヴィッドがその仕事を引き継ぐ。幼児用食品メーカーのバーク食品の宣伝で赤ん坊を「バーク・ベビー」と名付けてキャンペーン・ベビーにするモノだった。カメラマンの不審な交代やら事故死、そして殺人までも?

ポケミス200ページ程度なのに登場人物一覧に20人も並んで壮観だが、混乱しない。キャラ造形がうまいんだな。依頼主のバーク食品の社長の妙に憎めない我儘ジジイといったキャラが素敵。また伯爵夫人と呼ばれる女社長がデヴィッドに娘を押し付けようとするけど、一見清楚、実は..とかナイスなエピソードも。多彩で癖の強い人物たちの群像劇としては面白いけど、ミステリとしては標準的。

スレッサーもしないとなあ。

No.1584 6点 虎の牙- モーリス・ルブラン 2026/05/24 18:10
長いねえ。横溝正史の作品中で密室の例として本作が上がっていて、「どんなのだっけ?」と思い急遽。だから戦前にはよく読まれていた作品であり、乱歩も褒めている。ルパンだってトリックがあるんだよ。

で実際、本作で登場する密室はなるほどな出来で、決して悪くはない。それ以上に機械仕掛けがあり、これがちょいとしたミスディレクションの役割を果たしているのがナイスだなあ。洗練感はないが、これにヒントを得たと思しき横溝の密室モノよりも心理的な辻褄はよろしい。

2億フランの財産をめぐって、一族根絶やし級の大虐殺劇になる。その他にとばっちりで死ぬ人も色々。というわけで凶悪犯罪度の高い作品なんだけど、それでもクイーンっぽい操りモノだったりする。狙いはわかるし、黒幕犯人の凶悪度がヒドいもんだけども、その分話が迂遠になってやたらと長くて閉口する。ルパンのピンチと脱出も、糸をひく謎の敵手という感覚で、直接対決までやたらとかかる。

で本作というと、今どきほぼネタとしか言いようのない、「モーリタリア帝国アルセーヌ一世陛下」という話が外せない。「813」の後自殺に見せかけて身を晦ましたルパン。フランス外人部隊に身を投じてそこでも活躍するが...色々あって仏領西アフリカ連邦のベースになる征服国家を樹立してしまう。そこにルパンの旧部下を招いて活躍させて、とかまあホラ話でもスケールだけはデカい。
それでも万一を考えて警察に残しておいた子分マズルーの、ルパンに魅了されて忠誠心絶大なんだけども、警察官としての誠実さは失わなくて、あえてルパンの言うことを聞かなかったりするのが、なんかイジらしい。素敵。

というわけで、リーダビリティはいいから長くてもツルツル読める小説なんだけども、結構疲れる。あ、そうか、バカなことばっかりしているヒロインに魅力がないんだよなあ。6点評価は激甘。密室トリックが割と気に入っているから加点って感覚。
まあ、本作でルパンは打ち切り、というつもりだったんだけども、そうも行かずに「八点鐘」で復活。でも過去事件という設定で、時系列で次の作品が「特捜班ビクトール」。ここではルパンは初老だから、10年くらい飛んでいる感覚。

No.1583 7点 密室殺人- 鮎川哲也 2026/05/23 16:22
「赤い密室」しないとね〜と思っていたけど、実は「青い密室」は初読だったりする。というわけ赤白青全て揃った本ということで本書を。

当然赤白青は全て星影龍三モノだけど、なんか鮎哲さんの愛みたいなものがあまり感じられないキャラだな。まあ「嫌な奴」造形で有名なんだけども。
で当然、密室といえばコレな「赤い密室」だけど、「困難は分割せよ」な強い手品趣味が窺われる作品。左手の使い方がナイスだね。赤だけ70ページ近くあって長いけど、白青は40ページくらいで短い。「白い密室」は雪足跡密室だけどもちょっと変形で、変形由来のあたりが特殊事情というべきかな。「青い密室」はまあ意図的に作ったわけではない密室。青は花壇の花の芽って話は知ってた(苦笑)

まあだから、いわゆる「密室ファン」が好きなのは、「赤い密室」だけじゃないかな?ガチ密室とか本格密室という言い方をしてもいいのかもしれないよ。白青はモダン・ディティクティヴ風に捉えたら面白いと思う。

で「矛盾する足跡」はどっちかいえばフーダニットかもしれないな。トリックから犯人がわかるタイプ。いやこういうの好きなんだけど。足跡解釈で密室かも?な設定。「スカートをはいた大藪春彦」伊達邦子って大爆笑。「死者を笞打て」風のキャラ設定で、本格ミステリ作家の「私」をみんなでイジる話w

「海辺の悲劇」は...密室じゃないでしょうこれ。似たようなのバーテンでなかったっけ?

本書の解説が島崎博氏で、幻影城でのお付き合いからのエピソードをいくつか紹介。鮎哲さん酒たばこ一切ダメは、伝説だと言っている。少量可らしい(苦笑)作家って好奇心が旺盛でないと務まらないと思うんだ。

No.1582 7点 ご遺体- イーヴリン・ウォー 2026/05/21 09:48
囁きの霊園―それは見せかけの壮大さと、あらゆる折衷趣味と飽くなき営利精神の権化の大霊園だった。巨大化した葬儀産業を風刺する!

という惹句で70年代初頭のポケミスの宣伝に乗っていた「ブラック・ユーモア選集」の一つ。作者イーヴリン・ウォーというとイギリスのカトリック文学でグレアム・グリーンと並ぶ主流文学系作家、ということになるんだけど、いや意外にミステリ系のアンソロへの登場率の高い作家なんだ。例の「37の短篇」でも「ラヴデイ氏の短い休暇」が入っていたりする人だよ。というのも、この人不謹慎系ブラックユーモアがウリの諷刺作家でもある。

考えてみると、グレアム・グリーンは神学的メロドラマも多いけど、諷刺的なドタバタも意外にあるんだよ。「ハバナの男」とかまさにそうでね。さかのぼればチェスタートンのブラウン神父だって神学的ドタバタコメディなんだ。というわけで、カトリック文学というもの自体に、そういう資質があると言ってもいいのかもしれないんだ。

本作では惹句が示すように、ハリウッドにある「囁きの霊園」でエンバーミング部門に勤めるエイメ・タナトスジェン(死神の一族、という凄い苗字)という女性を巡って、ひとめぼれした詩人(でも生活のためにしょぼい動物用霊園で働く)デニス・バーロウと、エイメの上司ジョイボーイ氏(陽気な奴!)

ジョイボーイが「囁きの園」に来たのも、その名声が業界に鳴り響いていたからである。アメリカ中西部の大学で遺体処理師の学位を取得し、ここに招かれる前の数年は、名門イースタン大学の葬儀学部で教鞭を取っていた。また全米葬儀学会では二度にわたって実行委員長を務めている。

とかね、大物エンバーミング師だったりするわけだ(苦笑)けどね、デニス君も負けてない。イギリス人で戦場を歌った詩で有名になり、意気揚々とハリウッドに職探しに渡ったが鳴かず飛ばずで動物霊園のしょぼい担当者。でもいざ女性を口説くとなると、イギリスの荘重な抒情詩を即座に連発するくらいお手の物...というわけで、葬儀業界のコマーシャリズムというか映画みたいなショーアップが、この三角関係の中で競い合われる(笑)

三原ミツカズの「死化粧師」とかで一時エンバーミングの話が流行ったことがあるけども、本作がその元祖みたいなものだな。でもヒューマンドラマではなくて、極めて諷刺的なブラックジョークみたいな作品である。映画にもなっていて、映画はさらにワルノリしていて宇宙葬でロケットで遺体を打ち上げたりする。

まあ映画や一部出版の訳題「ラブド・ワン」は葬儀業界で遺体を表す隠語だそうだ。「愛されたもの」とかねえ。光文社古典新訳文庫の「ご遺体」という訳題もアカラサマではあるんだが。

No.1581 6点 ドラキュラ・ドラキュラ- アンソロジー(国内編集者) 2026/05/18 17:13
種村季弘「吸血鬼幻想」の資料編みたいな立場にある本。「吸血鬼幻想」の中で触れられているカルメ「吸血鬼たち」やヴォルテール「吸血鬼」のテキストも収録しているが、これはオリジナルの薔薇十字社単行本だけのようで、再販文庫では割愛されているのが惜しい。

なんだけども「吸血鬼幻想」のテーマに則り、ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」を通俗小説として退けて、「ドラキュラ以前」の地層から発掘された/典拠を持った吸血鬼作品集というカラーがある。だからお約束の弱点を備えた悪のヒーローのドラキュラではなく、土俗的な「甦る死者」という感覚を保持した作品というカラーが通底しているようにも感じる。「ドラキュラ以前」という面ではポリドリ「吸血鬼」も収録するが、晦渋な佐藤春夫訳というのが面白い。そして「吸血鬼幻想」でも参照されるメリメの「グズラ」も抄録ながら雰囲気がわかる。要するに種村らしく擬古的なパロディの文脈での吸血鬼譚の収集というニュアンスがあったりするのだ。

この擬古的なパロディという面ではもちろんホフマン「吸血鬼の女」やシュオッブ「吸血鳥」、ダレル「謝肉祭」といったあたりの作品が吸血鬼が象徴する貴族的な典雅さを表現している。その頂点がジャン・ミストレル「吸血鬼」である。いやこれ、あまりに種村の論拠におあつらえ向きすぎるために「種村の模作?」と疑ったが、実在する小説のようだ。そのくらい模範的な貴族的典雅さと野蛮さを結び付けた小説で読み応えがある。

だからこれらのパステーシュ的な典雅な吸血鬼小説が現代化した場合には、当然あらさまなパロディの文脈に置かれることになる。シュルレアリストの女性詩人でブルトンの最後の愛人と言われたベレン「吸血鬼を救いにいこう」は外国吸血鬼歓迎協会による吸血鬼の介護をテーマにしたショートショート。吸血鬼は自分と同じ血液型の血しか吸えないそうだ(苦笑)
そして表題作になっているH.C.アルトマン「ドラキュラ・ドラキュラ」は断片化されたパロディ的ドラキュラ譚ででっち上げてきないかがわしさが満開。吸血鬼が跳梁するマンドラーク近隣の農夫たちの秘密連祷と題された「ドラキュラ ビールのように血を飲むものよ/われらを護れよかし」とかサイコー(苦笑)
でここにお馴染みホームズが活躍するドイル「サセックスの吸血鬼」もこのパロディの文脈で理解すべきだろうな。

しかしヴェルヌ「カルパチアの城」は一見ホフマン風のオペラ歌姫を巡っての謎の恋敵との張り合い話だが....実は吸血鬼とは誰か、リドルストーリー風の面白味があって、見事に背負い投げを喰らわされる。

いや吸血鬼とは、オリジナルの存在しない、すべてが言説の上で成立した本質的にパロディ的な、パスティーシュ的な存在なのであろう。いや死後の生命というもの自体が、生命のパロディに過ぎないのだ。

No.1580 7点 その子を殺すな- ノエル・カレフ 2026/05/16 10:56
「死刑台のエレベーター」と並ぶカレフの有名作。本文中「フットボール」と書かれているけど、最新カバーだとちゃんとサッカーボールが描かれているよ(苦笑)
父親から少年に誕生日プレゼントに送られたサッカーボールと、暗黒街抗争の中で暗殺の武器として爆弾を仕掛けたサッカーボールが入れ替わって、大混乱になるきわめて映画的な群像劇。後半は立てこもるギャングとサッカーボールの行方追跡の二元中継で、事実上の警察小説。中にちょいとしたスケッチ風の人間ドラマが仕込んであるあたりが読みどころ。

・兄貴風を吹かす少年と、サッカーボールをもらった少年の、男の子あるあるな関係性
・不倫パパと子供の病気ピンチ
・ドジ続きで自信喪失のベテラン刑事の自己回復

などなど頻繁に切り替わるカメラと小ネタがまさに映画を見ているように描かれる。まあ、お話の本筋はお約束に近い部分もあるけども、そういうのを咎める気持ちは評者にはないよ。「お約束」って読者の「そうなってほしい」期待でもあるわけで、この気持ちを逆張りするのが偉い、というのは倒錯している気がするんだ。

素直に面白かった。

No.1579 7点 さばくの町のXたんてい- 別役実 2026/05/15 09:48
本サイトでも多少ジュブナイルの採点があるけども、本作はなんと童話だ!

ジュブナイルなら大人向け小説の子供向けリライトがいくらでもあるけど、童話はさすがにそれは無理というものだ。なので、別役実が別途書いた「探偵物語」「探偵X氏の事件」のキャラである、探偵X氏をフィーチャーした童話である。まあこの探偵X氏シリーズは不条理演劇の日本代表である別役実らしい、逆説メインのファンタジー的「探偵物語」なので、童話との相性もバッチリなのである。

「みっしつじけん?」
「だれも、はいる ことも でる ことも できない へやの 中で おきた じけんの ことを、そう いうのさ。これは じけんの なかでも、いちばん むずかしい ものなんだよ。」

となんと密室事件なのである(苦笑)海と砂漠に挟まれた「さびしい町」に住むX探偵のもとを訪れたのは動物園の人気者、ピンクの象だった。依頼はその象の体が徐々に消えつつあるのを止めてほしいというもの。X氏は解決のために奔走するが...それはピンクの象が登場したときにまで遡る。

「さびしい」情感の溢れる泣ける話。素直にいいなあ。伏線バリバリ。ミステリであることは一瞬も疑う余地がない。
ちなみに「小学1年生から」。子どもの頃に出会っていたかった童話だよ。

No.1578 7点 狼の一族 アンソロジー/アメリカ篇 - アンソロジー(国内編集者) 2026/05/14 20:46
早川書房「異色作家短篇集」のアンソロ巻は当初「壜づめの女房」だったのだけど「内容と訳文が、思ったよりも年輪を刻んでしまっているように見えた」という理由で、2007年の「新装版」の編者に指定された若島氏は、すべて捨て去って新しく三巻のアンソロを選んだ。この新装版の方針は、1)旧アンソロは50-60年代中心だが、新アンソロは60-70年代を軸に90年代までを含む、2)旧アンソロにはダール・ブラッドベリ・エイメといった既存巻に個人集がある作家も一部含まれたが、これは止める。3)旧アンソロは日本語版EQMM掲載作だが、今回は本邦初訳で揃える。こんな方針で新しくアメリカ篇・イギリス篇・その他世界篇で3巻のアンソロが編まれたわけである。

この巻はアメリカ篇。初出雑誌はいろいろで50-70年代の作品。内容はSFとかファンタジー主体という印象が強いな。
狭義のミステリはリッチーの「貯金箱の殺人」と、一見ホラーとみせかけたチャールズ・ウィルフォードの「鶏占い師」くらいかな。「貯金箱~」はちょっと人情物っぽい味わい。「鶏占い師」は転んでもタダでは起きない?ロバート・クーヴァー「ベビーシッター」も犯罪小説かもしれないが、記述手法があまりに前衛的でわけわからん感が漂う。断片化されすぎて辻褄が合っているようにも思えないんだ。これじゃ読者は困る、けどこれが狙い目なんだろうな。

アホアホなファンタジーとして面白いのはウィリアム・コツウィンクルの「象が列車に体当たり」。童話っぽいと言えばそうだが、象vs機関車のタイマン勝負!いやホントそれだけの内容。振り切った面白さがある。
子どものコマ対決をあたかもウェスタン小説のガンマンの対決みたいに描いた、ジーン・シェパードの「スカット・ファーカスと魔性のマライア」だって、一見アホだけど子どもにも子どもの「シリアス」があるというのは確かなことなんだ。そういう辺りを突いていて鋭い。
奇妙な貝と共生しているかのような少年を描いた R.A.ラファティの「浜辺にて」は異能SFみたいなものだけどもファンタジーっぽい明朗さがあっていいな。雰囲気が好き。
パズラー書いていて有名なジョン・スラディックの「他の惑星にも死は存在するのか?」は、タイトルから予想されるようにSFなんだけど、スパイ小説っぽい設定のワイドスクリーンバロックSF...のパロディみたいなもの。すごくバカっぽい面白さがある。ハチャハチャSF風かな。

というわけで、編者の好みかもしれないが、アホっぽい陽性な作品が多い。意外に好き。

No.1577 4点 特捜班ヴィクトール- モーリス・ルブラン 2026/05/12 20:52
ルパンでもかなり末期の話。翌年作が事実上のルパン・サーガ大団円な「カリオストロの復讐」だ。「復讐」が老いたルパンを描いて、若き日の因縁に決着をつける話のわけだから、やっぱり本作でも老いているよ。「虎の牙」でルパンは引退を決めてルブランも「ルパンは終り」にしようとしたのだが、読者の熱い復活プリーズの声に押されて、「虎の牙」以前のエピソードとして10年間書き継いでいった。これを止めてリアルタイムのルパンの話として初めて書いたのが本作。次は「復讐」に繋がって終り、というのがルパン・サーガの構成ということになる。

なんだけど「復讐」同様に筆力が落ちているのは否めないな。さらに前半の国防債券の連鎖的な奪い合いは登場人物ばかり多くてハッキリ言ってつまらない。この間に顔を覗かせる謎の美女、バジエーレフ公爵夫人に、ルパンを追うビクトール刑事がターゲットを絞り...という後半もまあ、なんというか展開が読めまくりでかったるい。ルブランというととにかく筆力の作家だから、衰えたら目も当てられないな。そもそもギミックがギミックになってないからね。
アホなアリバイトリック(というか偶然にせアリバイが成立してしまう)が、おいなあ、な内容。ビクトールの推理も都合よすぎな印象。

No.1576 7点 吸血鬼幻想- 評論・エッセイ 2026/05/10 17:15
1960年代末から1970年代初めに国際的に吸血鬼ブームというものがあった。きっかけはハマーフィルムのドラキュラ映画だったわけだけど、日本でも岸田森吸血鬼映画が作られたりと吸血鬼映画が花盛りだったことは言うまでもない。
しかし、日本ではハイブラウな方向にこのブームが流れていく。雑誌「血と薔薇」が澁澤龍彥の編集で創刊されて、三島由紀夫、稲垣足穂、埴谷雄高、土方巽、唐十郎など錚々たる人々が集っていた。その中で主力ライターとして活躍し名をあげたのが種村季弘である。だからねえ、早熟な評者とかここらへんがやたらと懐かしいんだ。「血と薔薇」に発表された「吸血鬼幻想」、すでに紹介済の「真紅の法悦」の解説「吸血鬼小説考」など、吸血鬼関連の種村のエッセイを書きおろしを加えて出したのが本書である。

本書では吸血鬼というものが、カトリック信仰とギリシャ正教、啓蒙思想と土俗的な迷信、封建貴族と近世ブルジョアジーの支配権などとの間での複雑なゲームの「駒」として活用されていることを暴き出している。吸血鬼は生きている死体だが、早すぎた埋葬や自然発生的な死蝋、魂なき肉体、夢魔、生体磁気(オド)といったテーマをさまざまに総合したトポス(言説の場)として機能してきたことを解説している。ポリドリ「吸血鬼」が怪奇小説のジャンル出発時点で重要な役割を果たしたことは言うまでもないのだが、それは「始まり」ではなくてそれまでの吸血鬼というトポスにおける言説の集積の結果なのだ。
このトポスの引力圏からは、ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」とミステリとの関連性については、

大革命直後の吸血鬼=義賊の形象は一種のステレオタイプとして造型され、貴族的な風貌と僧侶風の黒い翼のようなマントがかならず彼らの標徴となっていたが、この特徴的な容姿服装は、いうまでもなく、プロテスタント的プルジョアジーの旧支配階級に対する偏見の通俗的具象化にほかならなかった。また、義賊である以上、相手から何物かを強奪する存在であることは自明である。

と吸血鬼と義賊の背景を同一のものとして断じることができる。いや確かにルパンとドラキュラの類似性は否定できないよ。そういう「暗い男」の形象が、ミステリの背景に脈々と流れているという見方もできるのである。

というわけで、評者はとても懐かしい本。まあいろいろな機会に書かれた文書が合体した本でもある。繰り返しになっている部分も多いなあ。

No.1575 7点 O探偵事務所の恐喝- ジョルジュ・シムノン 2026/05/08 13:36
さて4分冊のO探偵事務所物の最後の本。連載後半作品に最終作の表題作で3本。

「エミールとミンクのコート」はエミールとトランスが盗まれたミンクのコートを追ってベルギーやオランダへ出張する話。依頼主の大盤振る舞いに戸惑いながら二人はコートを盗んだ赤あざの男を追いかける...謎は大した話ではないけど、事件を嫌々引き受けている二人が何というか笑える。メグレ同様しっかり土地の名物料理を楽しもうとするのが、らしい(苦笑)

「不法監禁された男」は事務所に届いた救出を求める男の手紙。限られた情報からエミールは送り主を推理するが、運よくバルベ犬に土地勘がある場所だった。監禁者らしい船暮らしの画家の異様な頽廃感。この男の仕業と疑念を持つが、上流社会の退廃との秘密のつながりもあってなかなか手が出せない...サスペンス主体の佳作。そういえば「13の被告」とか、初期には異様な退廃感のあるキャラが登場してたなあと思い出す。

大トリの「O探偵事務所の恐喝」では、トランスが恐喝者としてハメられて逮捕される話。探偵と恐喝とはなかなか微妙な悪縁があるものだからね。事務所で行われた依頼人との会話がホントの恐喝者に流れていたことから、事務所のメンバーにも疑いが?探偵事務所はトランス、エミール、バルベ犬、ベルト嬢の家族的な経営でもあり、そんなはずはない...「子供たちよ!」とトランスは訴えかけて、この探偵事務所最大のピンチに、事務所の面々は結束してそれぞれが持ち味を生かして活躍する!
という大盛り上がりの話。いいなあ!シリーズの大団円としてバッチリ決まるナイスなエピソードである。

いや総じて大変楽しい。軽ハードボイルドくらいのノリの楽しいシリーズ物として企画された短編集である。最後は事件解決を祝って大宴会。

マレンヌのカキ、フォアグラの輪切り、オマールの殻付きコニャック煮込み、子羊の串焼き、インゲンマメ料理、ボンブグラッセ、チーズ、果物

こんなメニュー。素敵(笑)

No.1574 5点 丸裸の男- ジョルジュ・シムノン 2026/05/06 22:32
読売新聞社での「О探偵事務所」第三弾。この本は連載前半で4作収録。「掘立て小屋の首吊り人」と「入り江の三艘の船」の間に相当する作品。

いやどれも出だしがキャッチー。「丸裸の男」ならば、浮浪罪一斉検挙で捕まった中に有名弁護士の姿を見つけたトランス。なぜ売れっ子弁護士が浮浪者に身をやつして?「モレ村の絞殺者」は同じ観光地にある隣り合わせの2軒の宿屋の同じ9号室で、同じ名前と出身地を名乗る男が同時に殺害された!「シャープペンシルの老人」ならカフェテラスで憩うエミール君は突然モールス信号による秘密の会話が客同士の間で交わされていることに気が付く...「ブロメ通り、22番地、4階」という秘密のメッセージに導かれたエミール君はその住所を訪れる。果たしてそこには男の死体が...と素晴らしい始まり方をする作品が続いている。まあ「モレ村の絞殺者」ではこんな奇妙な殺人事件が話題になって、その観光地が大賑わいという皮肉な状況が描かれるし、意外に根の深い背景があったりする。

う~ん、でも比較的ガチャガチャした展開が多いかな。メグレとは違い、行動派というあたりの作劇のために、立ち止まらずにどんどんと話が進むタイプのミステリ。リュカ警視とかジャンビエ刑事までトランスの元同僚として登場するし、リュカは自信なさげにメグレの真似っこしている。
「ミュージシャンの逮捕」では捏造証拠を隠ぺいするために、冤罪を仕掛けた男の眼をそらすためにトランスくん、その男を一発殴る。うんだから、そういうノリの小説だね。

No.1573 6点 探偵物語- 別役実 2026/05/05 10:45
「探偵物語」にはもうあと2つ作品が存在するんだね。別役実の小説と、ワイラー監督の映画である。ワイラーの映画はシドニー・キングスレーの戯曲を原作にしたもので、これは早川書房から翻訳がでているようだ。

とりあえず別役実の本作。これはショートショート集「探偵X氏の事件」、童話の「さばくの町のXたんてい」と同一キャラを主人公にした連作シリーズで、本書は4作の短篇と1作のショートショートを収録。
不条理演劇で名を馳せた別役実だからね、このX氏は探偵とは言いながら、真相を解明するというよりも自ら事件を起こしかねないトリックスターである。ちょいとブラウン神父風のとぼけたキャラだけど、ブラウン神父みたいに切れ味のいい逆説を開陳するのではなくて、X氏本人が不条理な逆説でしかないような話なんだ(苦笑)実際、町の人々は「X氏が探偵である」ことを認識しながらも「この街の探偵は誰でしょう」と尋ねられたら皆困惑してしまう....論理の軸がねじれた世界なのである。

表面的には星新一風の抽象性が目立つんだ。キャラはすべて「Q氏」とか「R主任警部」とか、星新一のエヌ氏の要領。しかしSFではなてくて、探偵という存在自体を不条理として捉える「メタ」視点の話なのだ。

往々にして人は、事件を解決しさえすれば全てそれを探偵と呼ぶ。しかし、そうではない。人は、まず探偵にならなければならないのであり、次いで事件を解決するのである。

とこれが本書のキートーン。論理的なのだが、その論理の筋がちょいと狂っていて、それがファンタジーを呼んでいる。カミのルーフォック・オルメス氏を意識しているのはまあ間違いないのだが、ダメ探偵なのは違いなくて、もちょっと物悲しい。

最初の「X氏登場」はそんなX氏の紹介。「夕日事件」はX氏の元に届いた白紙の手紙を基に、一応推理っぽいことはして手紙の真意を解明するのだが、その解明が逆に手紙の主がX氏に要求したことを阻害するという逆説。いやこれ深いかも?探偵することが真相からどんどん遠ざかる。探偵することで夕日の真実を見失う。ナイス。

「管理人失踪事件」は自転車を食べた男T氏が、次はバスを食べることにチャレンジ。しかし、閉じこもった男を監視するために雇われたD氏が失踪...D氏の代わりにT氏と閉じこもったX氏の運命は?
「大女殺人事件」はX氏が偶然遭遇してしまった殺人事件!倉庫街に転がった女プロレスラー上がりの大女殺しに巻き込まれたX氏は犯人を見つけられるかww問題なくミステリです(大笑)一応アリバイトリックがあったりしますw

というわけで、奇抜でファンタジックな小説。たしかに「探偵物語」。このタイトルにはグウの音もでない。

No.1572 5点 探偵物語- 赤川次郎 2026/05/04 15:06
小鷹信光の「探偵物語」とは松田優作が私立探偵するしか共通点がないか。こっちは薬師丸ひろ子の角川映画の原作、というよりもメディアミックス展開でひろ子と優作の当て書きで書かれた小説。

5日後にアメリカに渡る女子大生直美の身辺に出没する影、それはお転婆な直美を心配して付けられたボディガード兼監視役の私立探偵辻山だった。ドジな迷探偵の辻山は早々に直美に見破られ、迷惑がられつつも依頼を...しかし、辻山の別れた妻幸子にヤクザの愛人殺しの容疑がかかり、ヤクザに追われる幸子を辻山がかばう。それに巻き込まれた直美はこのホテルでの密室殺人を解決しようと奮闘するが?

というお話。赤川次郎のサクっとした語り口で語られるファンタジックな探偵物語。直美がやたらと元気な一方、辻山は中年で体力も落ちていて結構クタビレている。情けない(苦笑)
映画の辻山は優作だから、原作よりも断然カッコイイ。ソフトスーツが懐かしい、というか結構優作ってベビーフェイスだな。まあ密室自体に期待してはいけないんだが、真相には映画の方が少々ヒネリがあって、映画の方がミステリとしても良い。よじ登ったり、肩車したりと、ひろ子って身体能力が結構高いんじゃないのかな...これが直美の元気さにうまく反映している。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.38点   採点数: 1591件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(120)
アガサ・クリスティー(97)
エラリイ・クイーン(49)
ジョン・ディクスン・カー(35)
ロス・マクドナルド(26)
ボアロー&ナルスジャック(26)
アンドリュウ・ガーヴ(21)
アンソロジー(国内編集者)(19)
エリック・アンブラー(17)
アーサー・コナン・ドイル(17)