皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
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クリスティ再読さん |
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| 平均点: 6.38点 | 書評数: 1548件 |
| No.1548 | 5点 | 湯殿山麓呪い村- 山村正夫 | 2026/02/27 18:18 |
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| 横溝ブームを「自分が後継してやろう!」と意気込んで書かれた作品。出羽三山の即身仏に取材した因縁話から、密室殺人やら秘仏となっているミイラの調査など、ネタとしてはキャッチー。だから滝連太郎でシリーズになったし、映画にもなったんだけどね...狙いは、わかる。謎解きも易しめにすることが悪いわけでもない。
けどね、何か小説が下手な感じがする。キャラにリアル感が薄く展開がお約束っぽいのかなあ。横溝正史って手練れの大衆作家としての良さがあるからこそ、猟奇怪異のミステリが成立しているんだと思うんだ。 (ちなみに、因縁話に当たる天明期の即身仏の話は、そのまま高木彬光の「ミイラ志願」だよなあ) で映画も見たよ。角川見てるツモリなんだが、本作は初見。タッチが全然原作とは違う。滝連太郎も原作の大食漢でコミカルな大学助手ではなくて、ミイラの調査で名を挙げようと、檀家総代の淡路家の長女と不倫関係になって取り入る野心家だったりする。永島敏行だからねえ。なかなかスタイリッシュな映像で評者は「80年代の映画青年っぽい!」とやたら懐かしいんだけど、こういうの、絶対にウケないな。ぐっと引いた絵で長回ししたり、屋外からガラス越しに芝居を見せたり、評者は大好きなんだけども、単にナラティヴが分かりづらくなるだけと普通の観客は「はあ?」ってものだろう。実際、ミステリの部分も怪奇の部分も映画はあまり、ヤル気がない。修行に耐えられなくなって女と逃げたミイラ志願者を「天明のダメ男」と評するように、ダメ男ダメ女が理不尽に身を滅ぼす話が映画のテーマ。最後は滝連太郎は雪の中で行き倒れる。そういう映画なんだ。 絶対に一般ウケしない、トンデモ映画。「映画秘宝」な一本。だからこそ評者は理不尽に好感を持つ。原作も皆殺しだけど、映画は皆殺し度でも上回る。映画の方がずっと、いい。 |
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| No.1547 | 6点 | オーメン- デヴィッド・セルツァー | 2026/02/26 16:42 |
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| わざわざ言うまでもないホラー映画の有名作。これは映画の脚本家自身が小説化したものだから、ノベライズと言えばノベライズ。でも映画人気もあってかアメリカではベストセラーになった模様。
駐英アメリカ大使のソーンは、産院で妻が産んだ子は死産と告げられて、代わりに孤児を引き取った。子供がどうしても欲しい妻には内密に。子供はデミアンと名付けられた。出世に順風満帆なソーンの周りには、次第に不吉な予兆(オーメン)が。誕生パーティの客の前で自殺するベビーシッター、動物園に行けばデミアンに恐慌を来す動物たち...ソーンに元を訪れた神父は黙示録めいた謎のメッセージを残すが、嵐の中ポールにくし刺しになって死ぬ...デミアンは666の獣の印を持った悪魔の子・アンチキリストなのか? 話は実に有名だよね(苦笑)小説は映画に忠実で過不足ない。文章も荒っぽいわけでもなく、しっかりと書かれている。訳者の中田耕治もスティーヴン・キングなどのモダンホラーの流れに位置付けて論じていたりする。けして悪い小説ではない。 けど何よりも興味深いのは、映画では「実はすべて、グレゴリー・ペック演じるソーンの妄想であり、黙示録的な妄想に駆られて我が子を殺そうとしているのでは?」という疑問がどうしても浮かんでしまい、それを頭から払拭しつつハラハラしながら見る、という見方になりがちなんだ。だって全部偶然の事故じゃん?でも小説だとそういう読み方にはならない。メディアの違いと言えばそうなんだけども、そういうアイロニカルな違いが出ているようにも感じる。リアルに描かれる映画だからこその現象かもしれない。 そういう現象はキングの「シャイニング」でも起きるんだよね。だから小手調べで本作を取り上げた。 |
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| No.1546 | 6点 | しらみ野郎の死- ジョン・シェファード | 2026/02/25 18:27 |
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| 1962年のアメリカ作品,原題「Demise of a Louce」。実は田中潤司氏の紹介によると、作者はブラック・マスクで活躍したが、日本ではロクに紹介されていないW.T.バラードの別名義で、さらにバラード名義で発表された「Say Yes to Murder」を改題したものだそうだ。翻訳は別冊宝石121号「現代ハードボイルド特集」(昭和38年8月15日刊行)でR.S.プラザーの「人みな銃をもつ」との合本。翻訳は永井淳。この雑誌にはそのほかにチャンドラーの「待っている」「ブロンズの扉」を収録している。
主人公のウィリアム(ビル)・レノックスはハリウッドの撮影所に雇われる、プロデューサー直属のトラブルシューターみたいな立場にいる男。売れっ子俳優が撮影に姿を現さないことに怒ったプロデューサーに、行方を探ることを命じられるが、足取りを辿って行き着いたダンサーの部屋で見つけたのは、その俳優の死体だった。部屋主のダンサーは大女優の孫娘であり、大女優ともレノックスは旧知の仲だったこともあり、成り行きでその死体の隠蔽に関わってしまう...しかし、相次いで起きた高級娼婦殺しと、大女優が大量の睡眠薬で死ぬ事件など、事件は広がっていく。 こんな話。だから正確には探偵というわけではないが、プロデューサーに名目的には文芸スタッフみたいに雇われているけども、トラブルシューターとして使われているような男が主人公。だからそういう面でも屈折がある。プロデューサーの名前はソル・スパークだから、明白にアーヴィング・ソールバーグを模したキャラであるし、大女優はメアリ・モリス。名前はメアリ・ピックフォードでキャリアはリリアン・ギッシュ?というような感じ。まあだから映画界内幕ものといった雰囲気の作品で、主人公はこの大女優にも信用されていて、死後の遺言執行人にも指名されているような関係だし、自分がワンサの中から見出して出世した女優とも喧嘩別れのような微妙な関係になっていているとか、映画界での主人公のプレゼンスがちゃんと描かれている。タイトなタッチで丁寧に人間関係を描いているために、「通俗ハードボイルド」という感じはしなくて、ちゃんとハードボイルド感があるというか、ややネオハードボイルドに近い感触もあるかな。 事件は四方八方に広がっていくために、もう一つ整理されていない印象。いわゆる推理要素は薄いかな。そこらあたりもネオハードボイルドっぽいか。でも悪くないよ。合本の「人みな銃をもつ」より好き。翻訳作品集成では短編みたいに書かれているけど、長編だよ。 というか、名のみ聞くW.T.バラードだからねえ。他の翻訳は「ブラックマスクの世界」に一本あるだけじゃん。貴重。 |
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| No.1545 | 5点 | 人みな銃をもつ- リチャード・S・プラザー | 2026/02/25 11:12 |
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| 「名探偵登場6」でシェル・スコットくんを見かけたこともあって、急遽やる気になった。手元に「別冊宝石121現代ハードボイルド特集」があったからね。海兵隊上がりのタフガイ、髪だけでなく眉毛までプラチナブロンドのゴツいアンちゃんシェル・スコットである。で本作では朝10時に自分の探偵事務所に入ろうとテナントビルに入ろうとするといきなり二発も狙撃をくらう。「ロサンゼルスの下街のどまんなかで、右の耳をヒューンと掠めて最初の弾丸が飛んでいったときも、こっちはすぐには気がつかなかった。何のことやらさっぱりわからなかった」というオープニング。こういうあたり、常套には違いないけど、いきなり渦中に飛び込んじゃうあたりが、通俗ハードボイルド感満載。
まあこの話自体、ギャングの大ボスと新興勢力の抗争にスコットが巻き込まれる話といえば身も蓋もない。いわゆるミステリ的興味というよりも「アスファルト・ジャングルのターザン」の活躍譚というべきもの。でも軽いユーモア感のある軽妙に書かれた娯楽小説。赤川次郎だと思えば、別に悪いわけでもないよ。 それ以上にこの雑誌にいくつか載っているカラム、田中潤司「別冊鬼の手帖」では シェル・スコットは一種のスーパーマンであることは間違いないのだが、ほとんどの作品で、敵方に無惨なまでに翻弄されてしまう。プレイザーは主人公にピエロ的な役割を果たさせて読者のご機嫌を取り結ぶのだ。(中略)スマキにされて断崖からほうりこまれたりするシェル・スコットの哀れな姿を見ると、私はすっかり嫌になってしまう。 とか散々な言われ方をするし、 青木秀夫「行動派探偵紳士録」では、通俗ハードボイルドが「セックスとサディズムに堕している」と散々な悪口を言われ「一日五十ドルから百ドル、それにプラス必要経費で働く高級ニコヨン」とまで言われてしまうw 権田万治「ホードボイルドの末裔たち」では、喜劇的になっているカーター・ブラウンやプラザーをひっくるめて「このようにしてハードボイルド派の推理小説は衰退の一途をたどっている」とするわけだ。 というわけで、スピレインへの反発を前提とした、通俗ハードボイルドに対する日本の批評家の手厳しい目が窺われるのだけども、それでも当時「マンハント」などで通俗ハードボイルドが隆盛を極めていて、読者人気も高かったということが、どうも見逃されがちでもある。 だから作品と批評の温度差がこの雑誌では一番面白い。都筑道夫の「スピレインとその周辺」がいかに公平かつ洞察力に富んだ評論だったか、とも思うわけだよ。 |
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| No.1544 | 7点 | 江戸川乱歩全短篇<3>怪奇幻想- 江戸川乱歩 | 2026/02/24 13:08 |
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| さて乱歩の短編は評者は創元の日本探偵小説全集でやってしまったために、幻想系作品がいくつか書評し落としているのが気になっていたのだ。だからいい機会でこのアンソロでしようか。
具体的なお目当ては「赤い部屋」「火星の運河」「踊る一寸法師」「蟲」あたり。谷崎潤一郎の「途上」に影響を受けて書いた「赤い部屋」はプロビバリティの犯罪として乱歩自身が喧伝したこともあって、知名度もたかいよね。でも改めて読むと「殺人という観念」「脳髄の中で完結する殺人」といった趣きがあって、観念浪漫としての面白さが上回るように感じるんだ。 ガチの幻想小説としては「火星の運河」がいいなあ。島尾敏雄の夢小説と似たテイストがある。「白昼夢」と併せて、乱歩って自身が見た夢がミステリの素材になっているのかもしれないよ。もっとこういうの書いたらよかったのに、とも思ってしまう。 「踊る一寸法師」はおそらくポオの「ちんば蛙」の乱歩流翻案。イジメの復讐譚。 「蟲」って旧字で書きたいよ。やはり24文字「蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲」続く迫力は旧字でないと出ないと思う。要するに九相図の話だけど、どうも無駄の多い話のように感じる。「火星の運河」みたいなシンプルな話だとよかったかも? でお目当て外で良かったのは「木馬は廻る」。どうとないスケッチ風の話だけど、乱歩の筆力の高さが全部納得させる。珍品の「空気男」も脱力感が妙にいいなあ。ちなみに本作(大正15年)では「耽異者」という言葉で「猟奇」を言い表しているところがあり興味深い。「指」はどうということのない小品だけど、発表された最後の作品だと思うと興味深い。戦後モダンの「奇妙な味」にうまく適応している。 というわけで懸案を解消。 |
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| No.1543 | 4点 | 非Aの世界- A・E・ヴァン・ヴォークト | 2026/02/21 12:36 |
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| やはり気になったので読むことにした。ん~困ったな。「非A(非アリストテレス哲学)」ってやっぱわからん。コジブスキーの「一般意味論」をベースに書かれたSFってわけだが、要するに「言語による観念化を避けることで自己鍛錬する」ような超人教育法みたいなものか?
「非A」の訓練結果によって社会の地位を決める「ゲーム」に参加するために、ゲームを司る「ゲーム機械」が支配する「機械市」を訪れた主人公ゴッセン。しかしゴッセンは自らの記憶がすべて捏造であったことを暴かれて、街頭に放り出される。そして.... とまあ、何というかツカミは素晴らしいんだよね。P.K.ディックが影響受けたというのはわかるよ。そして何かよく分からない陰謀があって、それに対抗するように「ゲーム機械」の命令を受けて、誘拐されて殺されて、なぜか金星で復活してまた誘拐されて、大統領を襲撃して暗殺の現場に居合わせ...と怒涛の展開なんだけど、何がなんやらよく分からないままにヘンなスピード感で話が進行していく。金星の征服とか「ゲーム機械」の破壊とか派手な事件が起きまくるんだけど、関わる人々の関係性が全然わからない。刹那的に人間関係が組み替えられていくような感覚で、全体構図が理解できないままに引きずり回されていく。 なので、作者が大真面目に信奉している「一般意味論」がオカルトにしか感じなくなるな。実際、マーティン・ガードナーが疑似科学として盛大にケナしているしね。だから評者としては、既存短編をつぎはぎして書かれたチャンドラーの「大いなる眠り」を、更にとりとめない悪夢にしたようなSFというのが結論。いや同様のスピード感というか熱気みたいなものはあるし、SFガジェットには魅力的なものも多いんだが、決定的に小説としては破綻している。 「ことによるとこれまで出版された中で最悪の大人向けSF小説」という評価に一票。 |
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| No.1542 | 5点 | 羊たちの沈黙- トマス・ハリス | 2026/02/19 18:58 |
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| さて映画は封切で見たが、原作は読んだのか読んでないのかよく覚えてない。どっちか言えば「ホラー映画でアカデミー作品賞?」というのが意外、という印象もあったよ。もともと文芸色が強くないと受賞できない賞というイメージもあったからね。評者的には上手だがハリウッド的な演出で、好きというほどではない。
(ややバレます) 映画は大体原作に忠実。ラストシーンのニュアンスがちょいと違うことが話題にあることがある程度かな。何だけどもよくこの作品が「猟奇犯罪者のプロファイリングを扱った作品」と言われているわけだけど、実はレクター博士は犯人を知ってて、犯行手口から「こいつの仕業」と分かってる。情報を小出しにしてクラリスをナブってただけである。プロファイリングなんてしてないんだよ(苦笑) だから本作には「名探偵はこうあって欲しい」というイメージの過剰な投影があるように感じるんだ。「名探偵には名犯罪者としての素質がある」という見解もあれば、理知が狂気を克服するヒーローであってほしいという期待もある。レクター博士はまさに「猟奇の案内人」としての「名探偵」であって欲しいというミステリ観にハマる存在でもあるんだろう。猟奇殺人という「理解不能な犯罪」を解明するヒーローとして召喚されるのは、やはり猟奇犯罪者でもある名探偵レクター博士だ、ということを暴露してしまった作品なのかもしれないよ。 イマドキだと犯人がトランスジェンダーってことが、woke 界隈では「トランスフォビアだ」と問題になるのかな?まあトランスジェンダーによる銃乱射事件がいくつかアメリカで確かに起きているけども、やはりホルモン剤による精神的不安定化は否定しようのないものだ。本作の犯人は、本来の手術適性のある性同一性障害ではなくて、歪んだ性欲の発露が女装に発現しているような「トランスジェンダー」と描かれている。まあ何というか、woke崩壊の今読むと「アメリカの進歩主義っていったい何だったんだ?」とアタマが疑問だらけになる。 映画が成功した理由は、ジョディ・フォスターの自立っぷりがウケた側面はあるよ。菊池光の旧訳では一貫してヒロインを姓のスターリングで呼んでいる。そういう要素は明白に原作にあるというべきだろうな。内容的には言うまでもなくグロ系スリラーで、小説としての出来は標準的。 (あと旧訳の表紙かつ映画のポスターの、茶色の目で茶色の蛾が口にいる絵、実に秀逸。あとレクター博士がグールドのゴルトベルクを好むのはモダンな好みの典型で、あくまでも伝統的優雅さを求めるならレオンハルトくらいにしておいた方がいいと思うよ) |
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| No.1541 | 5点 | 狂骨の夢- 京極夏彦 | 2026/02/17 16:52 |
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| 昔読んだときには1日ちょいで読んだんだけどなあ。さすがにもう体力がないのか、結構かかってしまった。でちょっと評者的には因縁の作品。何かばかばかしくなってしまい、京極夏彦を読むのを本作で辞めたんだった。
あらためて読み直すと、バランスの悪い作品なんだ。決定的な事件がリアルタイムで起きるまででほぼ半分を費やしている。そして解決編がなんと200ページもあるんだよ(苦笑)だから8年前の背景となる事件と、戦後1952年の事件の二本立てではあるんだが、背景事件の側に関わる降旗・白丘・伊佐間・関口といった人々のコンプレックスが、焦点となる朱美の妄想と絡み合いながら長々と前半を彩っていく。4回殺されて首を切られた男、次第に肉がついていく髑髏、集団自殺事件、そして8年前の兵役忌避者の首切り殺人...と猟奇的な謎が連打されていくことになる。 だからさ、何か散漫なんだよ。こういう猟奇事件の連続をなんとか一つの構図のもとに京極堂がまとめ上げていく。その事件の全貌はまさに200ページを費やす一編の伝奇小説のようなもので....いやさあ、評者が何で初読のときに「ばかばかしくなった」のかというと、「こんな複雑怪奇な真相を、なぜ名探偵は推理できるの?」という話。8年前の事件なんて、2つの陣営と独立して動く3人の個人が一晩の間に偶然も含めて絡み合う事件だ。こんなの、事件直後に全当事者を漏れなく逮捕して尋問したとしても、絶対真相解明ができるわけがないレベルの複雑さである。それを8年後に「推理して」解明するなんてできるわけがないよ...とドッチラケたわけだ。 まあお話だからね、と言うしかないか。でも今回評価を「5点(まぁ楽しめた)」にしたのは、この評価が変わったわけではなくて、実は一種のパロディと言うかコメディみたいなものでは?という見方をし始めたからだ。何かバカみたいな話なのである。 後醍醐天皇の末裔も武御名方を祀る神人たちも真言立川流も全部京極堂のホラ話なのである。みんなこのホラ話が都合がいいから、何となく受け入れてお話の決着がつくわけだ。ほら関口クンなんてそもそもそんな傾向あるだろ? 集団自殺も「死のう団」みたいなものだし、後醍醐天皇の末裔も熊沢天皇のパロディだし、真言立川流も璽光尊みたいなもんなのだ。 なんかマジメに読んでしまって、損したな、と言う感情が「バカバカさ」に繋がっていたんだと思う。今回ちょっと疲れはしたが、まあ、いいじゃないか? (そういえば朱美の四重殺人は、高橋葉介「夢幻外伝」の「海鳴りの家」にインスパイアされた、って話なかったっけ?) |
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| No.1540 | 5点 | 警(サツ)官- エド・マクベイン | 2026/02/09 15:26 |
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| 87って60年代後半から70年代前半が不振期なんだよね。満を持しての例の名前を言ってはいけないあの補聴器をつけた犯罪者が再登場、イベント回といってもいいくらいの内容なんだけど...あまりいい評判を聞かない作品である。
確かに例の男が企む計画犯罪はある。しかし、どうもその計画がリスクとメリットが釣り合わないように感じちゃうのが一番の問題じゃないかな。一種の予告殺人モノだから、ミステリマニアにササる設定と言えばそうなんだ。87分署に執拗になされる殺人予告。でも本気に「身代金」を取る気があるのかないのか?でも起きてしまう市の要人の殺人。例の男の狙いは...確かに狙いは、わかる。でもリスク高すぎだよ。 でこの捜査はtider-tigerさんが仰るように、87分署側のドジな失敗が連続する。だから読んでいて「コメディ?」という疑いが頭をもたげてくる。確かにね...で、結局いろいろな偶然が重なりまくって、確かに「コメディ」なんだ。まあもともと、comedy には「笑える」という意味は希薄で、だから「神聖喜劇」=「神曲」というようなニュアンスもある。だから、そんな「笑えない喜劇」が本作で狙われているような気がするんだ。まあだから、そういうの、いくら辻褄が合っても読者は歓迎しないなあ。例のあの人も貫目が落ちたように感じてしまう。 あと気になるのが原題"Fuzz"。 「やつらがなぜ、ファズと呼ばれているかわかってるのか?」「いや。なぜ?」「やつらはこせこせ(ファッシー)しているくせに棉毛(ファズ)みたいにぼやけて(ファッジー)いて、古臭くて無能だからさ。やつらの捜査手段はきまりきって月並で、すでにもう実在しなくなった時代に有効なように作られたものなんだ」 と例のあの人は87分署をバカにする。一時流行った「ファジー制御」の語源でもあるし、ギターエフェクターでもファズってあるよね。しかしこの傲慢さが例のあの人の足を引っ張る因果応報。盛大にズッコケてみせるようなもので、「電話魔」での颯爽としたあたりが窺えない。評者は密かにファンだからがっかり。で本作だとミランダ警告やらでシリーズ初期からは「捜査がやりづらくなった」感が強まっているあたりに、このタイトルの意味があるのだろうな。 |
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| No.1539 | 6点 | 百万ドルをとり返せ!- ジェフリー・アーチャー | 2026/02/06 13:25 |
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| 新潮文庫って海外ミステリはホームズ・ルパンを始めとして、いろいろあるにはあるんだけども、今一つキャッチーなものに欠けているという印象が昔は強かった。角川みたいに「ジャッカルの日」とかマルティン・ベックとかあったわけじゃないからね。70年代に新潮文庫がようやくヒットを出したのが本作というイメージがある。
北海油田を巡るナイショの採掘話にくすぐられてボロ会社の株を買った四人、数学者・医師・画商・貴族の御曹司...彼らは騙されたことを知り、その損害額1,000,101ドル24セントをキッチリ悪徳企業家から取り返そうと手を組んだ。画商と医師と数学者はその専門的な知識を生かして、悪徳企業家から着々と作戦を実行して取り返していくのだが.... という話。いや実は、こういう小説って皆ガンバりました、だと小説にならないんだよね。だからトリを務める貴族の御曹司は天性の舞台度胸で、他のメンバーの作戦でエース的役割を果たすのだが、自身の作戦立案ばかりはカラッキシ。これが実に小説のツボを押さえているんだよ。そういうあたり、上手だな、と楽しんでいた。 舞台となるウィンブルドン、美術商業界と偽ゴッホ、カジノ、アスコット競馬場、オックスフォード大学の儀式的な伝統などのデテールについて、「この年のイギリス」の事実を織り交ぜながら紹介していくという「情報小説」的な側面を強く打ち出している。「ジャッカルの日」と同じように、「情報小説」がやはりスノッブな興味を引いたわけでもある。そこらへんが日本の読者に歓迎されたわけ。普通に楽しい小説である。 とはいえコンゲームとしてはそれほど凄いものではない。要するに一種の演劇性がキーだからね。そういう辺りに期待して読むとがっかりする人はいるだろうな。 |
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| No.1538 | 7点 | 老婦人クラブ- ジョルジュ・シムノン | 2026/02/03 16:00 |
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| 読売新聞社での「О探偵事務所」第二弾。この本は連載後半が中心で3作収録。なかなか世界がこなれて来ていて、面白い作品が多い。
「むっつり医者と二つの大箱」 2冊の中でベストかな。傲慢で人嫌いの医者が老女を食い物にしている?という疑惑の調査を姪から依頼されたエミールたち。その老女は別荘で死体として発見。腕には注射の痕が点々と...医者の元から失踪した老女だが、しかし、その死体を医者は別荘に運ぶ機会がなかった! パズラー的な興味があったりする作品。素直に面白いし、この医者のキャラ造形がいいなあ。 「地下鉄の切符」 霧の朝、事務所を訪れた男は、血を吐いて倒れた...直前に銃で撃たれたようだ。トランスは「その黒人..」という言葉をその男の死に際で聞き取る。男のポケットには発砲の痕がある拳銃が。ツカミはオッケーな話。死んだ男に送り付けられた絵具に恐喝の匂いをエミールはかぎ取るが....結局もう一つかな。 「老婦人クラブ」 50歳以上の上流婦人だけが集う「老婦人クラブ」。でも依頼人の依頼は、そのメンバーの一人が男なのでは?という疑惑を調査せよというもの。パナマの元大統領夫人として、娘と共に社交界で活躍するその婦人だが、エミールが訪れたその家で出会った娘と、エミールは過去に因縁が...この元大統領夫人を名乗る男の狙いは? こんな話wアイデアが面白い。なかなか笑える真相でいいなあ。 だから全体的に明るめの話が多いのが好印象。確かにこれはメグレだとお話にしづらいネタが多いとも感じるよ。「チビ医者」の兄弟編で、アメリカンな軽ハードボイルドに寄せたシリーズといえば確かにそうだろうね。 |
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| No.1537 | 6点 | ドーヴィルの花売り娘- ジョルジュ・シムノン | 2026/02/03 15:41 |
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| さてシムノン再開。まずは「O探偵事務所」シリーズから。空さんが「こんなに分巻しなくても」とおっしゃっていたので、そのアドバイスに従って2冊づつ書いていこう。読売新聞社では副題で「名探偵エミールの冒険」とついているので、実は評者はジュブナイルと誤解していて後回しになっていた。ケストナーの「エミールと探偵たち」と混同していたんだ(苦笑)そんなことはなくて、メグレ物第二期長編を書く前に、リュカも登場する「チビ医者」とか、ロニョンが活躍する「ネズミ氏」と同じようなタイミングで書かれた、メグレ退職後のスピンオフ短編集ということになる。
本シリーズでは、「肥った」トランス刑事が退職して始めた探偵事務所が舞台だが、実はその探偵事務所は赤毛のエミールという青年が影のボス。トランスはややコミカルな狂言回しに近く、秘書のベルト嬢、スリ上がりのバルベ犬の四人組で、事件を受ける。もちろんリュカ警視ともトランスを通じて仲良し。 というわけでエンタメに振り切ったシリーズである。ちゃんとミステリミステリしている。確かにメグレ物って、形式的にはエンタメの形を取りながらも、日本で言えば「中間小説」といった感覚なんだよね。第二期メグレはややエンタメに重心を戻したけども、戦後だとエンタメ要素が徐々に抜けていくような印象がある。だから、こういうシリーズしたくなるのもなんか腑に落ちる。 読売新聞社の4巻本では、時系列がかなり動いていているようなので、例の瀬名氏などは元の順序で紹介しているくらい。読売第一巻の「ドーヴィルの花売り娘」は、連載開始の「エミールの小さなオフィス」と第二弾の「掘立て小屋の首吊り人」と、連載中盤でエミール君の南仏出張編で話が続いている「入り江の三艘の船」「ドーヴィルの花売り娘」を収録。 「エミールの小さなオフィス」はエミール君の人物紹介編。メグレの部下として名声を博したトランスの名前が宣伝力絶大なこともあって、トランスに依頼人が訪れるけども、事務所の頭脳はエミール君。というわけでカメラマンとか助手とか適当に自称しつつ、依頼人との応接はトランスに任せながら、エミール君は別室で依頼人を観察。若い女性の依頼人はなんとトランスのポケットから、その朝に宝石強盗現場で拾ったハンカチを掏り取った!なんて楽しい導入。尾行の上手なバルベ犬に尾行を任せ、エミール君はその女性とレストランで... このヒロインに峰不二子とかそういう楽しさがある。紹介編としては上々。 「掘立て小屋の首吊り人」トランスとエミールが、首つり死体を小屋で発見したという女性からの依頼でその現場に出張。でもその小屋からは死体が消えていた。女性は夫に監禁されているのか、会うことができない。どうやらその死体は夫人の不倫相手のようなのだ..ちょっとした観察眼で推理をするのだが、真相が今一つぼんやりしているな。 「入り江の三艘の船」南仏の海水浴場ル・ラヴァンドゥーで起きた、海水浴中の女性が殺された事件の解決を、夫からエミール君が依頼される。相棒として事務所の秘書&タイピストのベルト嬢が呼びよせられる。いわゆる「水着回」wwとある道具からエミール君は真犯人を推理して、なかなか冴えてる。でもそれ以上にダイナマイト密漁をする老漁師とペタンク(ボーリングとかカーリングに近い球技)で仲良くなるあたりが楽しい。 「ドーヴィルの花売り娘」前作の続きで、トランスのドーヴィル出張の事件が手におえなくて、エミール君が緊急でヘルプに入る。カジノの花売り娘と高級ホテルのドアマンの連続殺人。トランスが夫からの依頼で監視する女性がその容疑者に...という事件。「メグレとマジェスティック・ホテルの地階」でもホテル内幕が描かれて興味深いけども、本作ではドアマン仁義といったものが面白い。偶然因縁ある人々が出会ってしまう場としてのホテル、というものの恐ろしさ。 というわけで、なかなかハイレベルな面白さがある。 |
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| No.1536 | 7点 | ガールハンター- ミッキー・スピレイン | 2026/02/01 10:47 |
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| 「おれは溝の中から拾われた。おれがあとに残したものは夜だけで、その夜も残り少なだった」でハマー復活劇が始まる。シンプルに、文章がいいなあ。さすがの小笠原効果というべきか。
確かに休筆前とはハマーのキャラがやや違うんだけども、評者この休筆後のハマーが好きなんだな。意外かな?復活ハマーの方が文章も練れているし、全体的な流れもスムースになって、初期よりリーダビリティが格段に向上していると感じるんだ。あとヘンにテツガク的になったりするあたり、愛嬌があっていいじゃないかw で、本作の場合は、ハマーの「女神」ヴェルダvs作中でハマーと恋愛関係になる未亡人ローラ。これがガチの恋愛小説なんだよね。三角関係なんだけども、その三角の一方の極であるヴェルダは最後まで姿を見せないという、ちょいと歪んだ三角関係。だから「ハードボイルド、だぜ」を期待する向きには「ハマーじゃない!」とお怒りを受けるのはまあ、なるほどとも思うんだ。事件自体が第二次大戦中のスパイ活動から冷戦スパイにまで広がって収拾がつかないのは確かだが、ヴェルダという「幻の女」と、事件で出会ったローラという「現実の女」の中で揺れるハマーの恋愛心理が評者なんかは面白かった。 「裁くのは俺だ」以来のテーマを、恋愛に絞って再構築した観はあるけども、本作では「裁くのはお前だ」になっているあたりが興味深い。だから本作はスピレインが休筆中に自分が書きたいことを整理し直した結果のようにも感じる。相応の熱気もあるんだよ。 猟銃の扱いについてハマーが叱るシーンがいいなあ....こういうあたり評者は大好き。改めて評者のスピレイン好きが確認されるよ。あとヴェルダと一度も寝ていないことを明言しちゃうよ~~ww いや実はヴェルダ姐さんはハマーの脳内秘書だったりしないかw |
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| No.1535 | 6点 | 名探偵登場 6- アンソロジー(国内編集者) | 2026/01/28 22:09 |
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| さて早川の古典的アンソロ。でも最終巻のこれはハードボイルド派特集。それも通俗ハードボイルド系の収録が多いという面白いコンパイル。だから読んでみたかったんだ。今言及する人少ないもんね(本サイトだと人並さんやnukkamさんが取り上げてる。素晴らしい)
ロイ・ハギンズ「闇は知っていた」 往年のテレビ探偵ドラマの「サンセット77」の原作とプロデューサーを務めたハギンズが、その主人公スチュアート・ベイリーを起用して書いた短編。ノベライズというわけではないようだ。リーゼントで一世を風靡した見習い探偵クーキーも一瞬登場。暗闇の一瞬に殺された事件に居合わせたベイリーが、消えた凶器の謎を解明。けどあるのこんなの(苦笑)「サンセット77」となると、さすがに古すぎて評者もタイトルしか知らない。ハギンズによる小説版がオリジナルのようだね。ポケミスの「サンセット77」(No.961)にも本作は収録されている。 R.S.プラザー「殺しのストリップ・ティーズ」 「男はあっけなくくたばった。悲鳴をあげる暇さえなく死んでいった」でいきなり、始まる。こういう呼吸こそが通俗ハードボイルド!金髪角刈りの海兵隊上がりのシェル・スコットが活躍する本作、スコットの元を訪れた依頼人がいきなり窓の外から射殺される。依頼はユスリの対応だった...絵画教室、ストリッパーと怪しげな連中をかき分けてスコットは真相を...という話。そういえば実家に別冊宝石の「人みな銃を持つ」があるはずだな。そのうちやろう。 ヘンリイ・ケイン「一杯のミルク」 私立探偵ピート・チェンバースは、初めての依頼人とバーで待ち合わせた。お互いミルクを注文するのが合図。この合図によって美女と待ち合わせして、その家を訪れたが依頼は不成立。翌朝この女が殺されているのが見つかり、容疑はチェンバースにかかる。シンプルでタイトな良さがある。 チャンドラー「犬の好きな男」 「さらば愛しき人よ」の原型作でもある。マーロウが捕らわれて精神病院に入れられて、脱出して賭博船に乗り込むあたりだね。何度も読んでる気がする。 ハメット「殺人助手」 ブ男探偵ラッシュが活躍する三人称。ある女を尾行する男の正体を調べよという依頼を受けたラッシュ。しかし、その尾行者はその女を殺すように、別々の二人からの依頼を受けていた...とあっけらかんとラッシュに話した。尾行者は殺人なんてする気はゼロ(苦笑)でもこの背景には、資産家殺しの一件が? さすがハメット、というか話がハードボイルドの類型性から遠く離れた、ストリートでまさに起きている事件の雰囲気が漂う。比較するとリアリティのレベルが違う。 シムノン「タクシーの中の男」 論創社の「十三の謎と十三人の被告」で既読。地方出張の多い刑事G7(ジェ・セット)と語り手が遭遇したシリーズ第一話。確かに行動派探偵には違いないね。 ハロルド.Q.マスル「やもめ待ち」 「そのご婦人の亭主はしきりと課外授業にいそしんでいるらしいのだが、こんな素敵な宿題があるというのに、男はどうして暖炉のそばを離れていきたがるのだろう。それが私にはさっぱりわからなかった」離婚事件での密通現場を押さえるために、ジョーダン弁護士は依頼を受けてホテルの一室に踏み込んだ...しかしそこには自殺に偽装した死体が!まあ謎は大したことではないし、ハードボイルドというよりもぺリイ・メイスンに近い行動派探偵。でも文章に軽妙な良さはあるよ。気になってた作家だからちょっと読んでもいいのかな。 というわけで、50年代でのハードボイルドのサンプラーCDみたいなものだな。楽しく読めました。 |
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| No.1534 | 6点 | キャリー- スティーヴン・キング | 2026/01/26 18:06 |
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| 実は初読、というかキング自体一冊も読んでなかった。映画は「キャリー」「シャイニング」「炎の少女チャーリー」くらいしか見てないなあ。話は当然よく承知。そりゃデ・パルマの映画は80年代では華麗なテクニックの教科書みたいなものだったからね。スプリット画面でやるモンタージュ、360度回り込み、ジャンプカット風にやる速いズームなど、カッコイイ!となるテクニックが満載の映画だったもの。
とはいえ周囲は本作のイジメられる陰キャの復讐劇、というあたりに共感していた人は多かったな。評者はそこらはそうでもない。改めて小説を読んでみると、この作品は本質的に中編だということがよく分かるよ。だから映画化で一番得をしやすい原作でもある。記述形式について実験してたりするのは、事実上引き延ばし策みたいなものだ。不安定な思春期の少女の話であり、それを超能力で拡大して世界を「壊す」話でもある。メンスに絡めてこれを構築するというワンアイデアでシンプルにできている良さがある。本作は事実上復讐譚であって、ホラーじゃない。 まあとはいえ、今ではこれが宗教二世問題としても読まれるのかもね。お母さんの怖さは映画のパイパー・ローリーが上回るかな。かつての美人女優だからね。キレイなのに宗教に狂って黒ずくめ。怖いよ~映画はバカップル懲罰のあとに母親と対決だから、原作と逆だ。街を破壊して母を殺し、バカップルをやっつけるのが原作で、映画は街の破壊はなし。こっちのがシンプルに悲劇性を高めるから映画のアレンジが正解。デ・パルマのキメ台詞 Trust me! が心に痛い。 (あと、シシー・スペイセクの薄めの青い目がキャリーの超能力に効いていると思うよ) |
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| No.1533 | 6点 | 黄金の蜘蛛- レックス・スタウト | 2026/01/25 16:19 |
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| ウルフを少しお休みしてぺリイ・メイスンをこのところ読んでたわけだけど、やっぱりこの二つって同一カテゴリだよね。推理の質はウルフの方が高めだけど、メイスンの方がトリックがあったりする。「ロジックやトリックがあったら本格」というのは実態に即していないと思うんだ。アメリカ的な行動派探偵小説という軽ハードボイルドを含めたカテゴリで捉えるべきだと思う。要するにチャンドラーとかロスマクの系譜の方がハードボイルドのジャンルとしては異端なんだよ。
「窓拭き」の少年ピートがウルフの元を訪れる。信号停車中の車に駆け寄って窓を拭いてやり、チップをもらうトム・ソーヤー・スタイルで学資を貯めている少年だ。この少年が駆け寄ったキャデラックの車内の女性が「お願い!警官を呼んで!」と救いを求めた。この女性を救うために少年はウルフの元を訪れたのだ。女性の耳には黄金の蜘蛛のイアリングが....しかし、少年は翌日に車に轢殺されたとの悲報が届く。 少年の母は、少年の遺言でウルフに少年の貯金全額を渡す。4ドル30セント。ウルフにだって義侠心というものは、ある。なかなかナニワブシな話なんだよ。「必殺!」ならば少年のお金を受け取って仇討ちに向かうんだろうけど、ウルフはアーチ―に蜘蛛のイアリングの女性を探す広告を新聞に掲載した。それに応じてウルフを訪れた蜘蛛のイアリングの女性。その女性は何を依頼するのか明かさないままに大金の小切手をウルフに渡す。しかし、その女性も轢殺された... と同手口の連続殺人(さらに+1)である。ツカミはオッケー、この蜘蛛ならぬ雲をつかむような話に、ウルフは事件の輪郭も依頼人の依頼もよくわからないまま巻き込まれる。で、いろいろと揺さぶりをかけて、と展開。スピーディでつるつると読めて楽しめる。 本当に雲をつかむような話なんだけども、そんな中で「本線」をウルフは想定して、真相を見つけ出す。ちょっとした注目点からロジックを引き出していく。パズラーとも着目点が別物と感じる。 最近論創社で多く出ているあたりの、中期の作品である。特にイベント性はないけども、安定している。 |
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| No.1532 | 6点 | 猟奇の果- 江戸川乱歩 | 2026/01/21 13:54 |
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| 「一寸法師」の猟奇というテーゼを改めて見直したのと、佐藤春夫が自分が猟奇という言葉の発明者だといった話の続きで、タイトルに「猟奇」が含まれる本作を取り上げてみた。明智小五郎登場作であるにも関わらず、ポプラ社少年向けで唯一リライトから外れた長編である(苦笑)駄作、ということでもあるんだが。
大きく二部に分かれていて、「前編 猟奇の果」がまさにド直球の「猟奇」がテーマ。「後編 白コウモリ」から明智が登場するファンタジックなスリラーで、この両者が木に竹を継いだような、と言われて仕方のない不整合。世間での評価の低さはこれが影響している。メインは整形手術によって全く同じ顔の人物が...というネタで、それに乱歩らしい変身願望が顕れてもいる。 なんだけどもね、前半後半を全然無関係にそれぞれで見ることにして、それぞれにヘンな面白さがある、というのが評者の結論。前半については事実上、都市の「奇」をハンティングする「猟奇」の冒険譚。だから具体的な地名をベースに、実際の風俗を織り交ぜつつリアルな1930年の東京を冒険する話なのだ。そしてポオの「ウィリアム・ウィルソン」かエーヴェルスの「プラークの大学生」みたいな「悪のそっくりさん」が都市の雑踏に紛れつつ怪しい犯罪を犯すのを追跡する話。本作で過剰なほど頻繁に言及されるさまざまな小説たち、村山槐多の「悪魔の舌」、「地下鉄サム」、ルパン、「自殺クラブ」、「こじき王子」、「ジキル博士とハイド氏」、「サロメ」、黒岩涙香「片手美人」などなどの文学テキストを、昭和の東京というモダン都市の上にオーバーラップさせて「解読」していく小説なんだ。まさに戦前の「路上観察学会」というべきモダン小説なのだよ。「些末なことを詮索して追っていく」ことがまさに「猟奇 curiosity hunting」の本来の意味なのだ。その過程で立ち現れる「幻想の文学都市」が、前半の主人公だと言っていい。 一転して後半は明智クン登場のファンタジックなスリラー。警視総監も総理大臣もそっくりさんのニセモノにスリ替わるという荒唐無稽な面白さがある。もちろん名探偵明智小五郎も例外じゃない!この発想が後の怪人二十面相に繋がるわけだけども、本作ではずっと社会背景に肉薄しているのが興味深い。 この小説の連載終了(1930年12月)すぐに、2.26事件(1931年)が起きているわけだよ。本作に登場する「白コウモリ団」が入れ替えのターゲットして列挙している首相、内相、警視総監、警保局長などのリストが、まさに2.26の襲撃対象リストにしか見えないんだ。だからこそ、これは恐るべきファンタジーでもある。 荒唐無稽のファンタジーのただ中に、社会からの問わず語りな声が潜んでいないといえようか? 白コウモリ団の陰謀ではストライキ中の労働者の要求を全部飲めとか、無産党員とかの社会主義な話が少し出てきたりもするくらい(苦笑) しかしいつの間にか政治家たちがそっくりのニセモノに入れ替わっている、というのも評者が今この文章を書いている瞬間にも起きているような気がしないでもないわけだ(笑)まさにそういう小説だと読めば、意外なアクチュアリティが潜んでもいる。 |
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| No.1531 | 7点 | ナイチンゲールの屍衣- P・D・ジェイムズ | 2026/01/18 13:40 |
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| さてジェイムズの大作。長い暗い重いと三拍子揃うからか玄人評価のわりに読まれていない気がするんだが、ある意味非常に興味深いこともいくつかある。ただそれがいわゆるミステリマニアが面白がるような事でもないか?というあたりが不利なのかもしれない。
なぜ長い暗い重いなのか、というとこの小説はゴシック小説なんだよ。だから長い暗い重いなのは当然。ナイチンゲール・ハウスの因縁と幽霊の噂話もあるし、看護婦養成所だから女社会の独特の閉鎖性もあり、そういう人間関係が事件のキーともなる。炎上騒ぎもあれば、ラストはナイチンゲール・ハウス自体の崩壊。冷酷な叔父に相当するのはおそらく外科医のコートニー=ブリグスだろうけども、大物婦長テイラーの肖像も忘れ難い。いや婦長というと「カッコーの巣の上で」の婦長というイメージもあるからね(苦笑) で、事実上の真犯人の立場が評者は大変気の毒にも感じてしまうんだ。この気の毒さ・悲劇性に+1点することにしたい。ツラいよなあ... まああとこの長丁場が実はたった二日の話というがある意味凄い。カーでもこんな短期決戦話が多いけど、ムチャすぎるほどに出来事がある。まあ本作もカーほどじゃないが、後半に事件が動くから、長くても退屈せずには読める。長いのはやはりダルグリッシュの内省癖だからなんだよね(苦笑) (あ、モラグ・スミスさんが登場人物一覧から漏れているのは気の毒。いいところで登場するじゃん?) |
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| No.1530 | 5点 | すばらしいペテン- E・S・ガードナー | 2026/01/13 16:59 |
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| さてぺリイ・メイスンの作者完走では最後の作品。評者初期の作品しか読んだことないから、どんなのだろう?と興味津々。ちなみにタイトルはあまり意味がしっくりこない。仮タイトル臭い?
例によって不審な振る舞いをする依頼人登場。今回は「自分がまきこまれる可能性のある事件のために、あらかじめメイスンの弁護を予約しておく」という聞くからに怪しげな依頼。だからメイスンも話を聞いて「しまった!」感あり。しかしこの依頼人の女性は大金をハンドバックに入れているのを、事務所受付嬢に目撃されていた....名前も名乗らないこの女性、コードナンバー「三六、二四、三六」。一見スリーサイズだが、「あの人の寸法なら、三二、二四、三六といったところですわ」とさすがのデラ君鋭い。 「偽せ寸法の事件」とメイスン、デラ君はとんでもない事件でくたびれ儲けにしかならないと「高価についた依頼人の事件」とは手厳しい。そんな怪しげな事件は恐喝者との交渉、横領事件などと交錯しつつ殺人容疑が依頼人に! で予審でメイスンが証拠調べの中で真犯人を事実上指摘して...なんだけども、この推理もつまらない上に無理筋でちゃんと真犯人を特定するようなものでもない。だからがっかりな結末。でも中盤までの丁々発止など、楽しく読めるのは確か。メイスンの事務所の受付嬢、太めだが愛すべきガーティとか、敏腕女探偵ステラとか、女性キャラが目立つ作品でもあるなあ。中盤が面白いのがもったいない。 本作も予備審問で事件が終結。結構メイスンこのパターンが多いね。陪審裁判で詰めかけた傍聴人を大向こうに回し...ってイメージはやっぱりテレビかな? (とりあえず評者のガードナー読書ステージワンは本作で終わり。あとは評判のいい作品をつまみ食いしていこうか。) |
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| No.1529 | 6点 | 島崎警部のアリバイ事件簿- 天城一 | 2026/01/12 19:03 |
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| そういえば「幻影城」を買って、天城一久々の新作!、と期待して読んだら摩耶モノではなくて島崎警部補鉄道アリバイ崩しでびっくりした記憶があったな。とはいえ、摩耶モノの密室も鮎哲流時刻表アリバイも、作者的には「ロジックとしてのミステリ」で一貫していることだけは間違いない。
以前鮎川哲也「砂の城」でも指摘していることだけど、あのトリックって関西人にとっては常識のレベルの話だったりするんだ。今はもちろん乗換検索で解けるといえば解けたりするトリックだ。だからこそ「なぜ(鉄道ミステリではない)時刻表ミステリを書くのか?」が大問題になってくる。鮎哲作品でも「黒いトランク」も「黒い白鳥」も、時刻表は出ては来るが「時刻表トリック」ではない鉄道ミステリだ。数学者の天城氏にしたらグラフ最適化問題なのかもしれないが、時刻表ミステリという極めて狭いジャンルに「こだわる」その姿勢というものの面白さとロマンに評者も惹かれたのだろう。 死体移動も現場誤認も目撃者錯覚もなし。特急を鈍行電車が追い越す奇跡の瞬間のために、探求を天城氏は繰り返すのだ。ありえない奇跡を追求するそのスタンスは、密室殺人に対する関心と同じものなのである。そして鮎川氏では長編になる情報取得プロセスをショートカットするために登場する「Rルームの美女」。まあいいじゃないかw作品的には作者の自信どおり「準急《皆生》」がいいと思う。時刻表に書いてないけど書いてある情報がトリックの決め手、というのがいい。 後半は戦後すぐに書かれた作品+島崎警部補復活後の作品で、何というか習作っぽいものも多い。トリック的にお気に入りなのは「死は賽を振る」。泡坂妻夫にも似た発想があるね。「ヴァンパイア」はアリバイトリックではなくて、他人のアリバイを消すトリックで洒落ている。世評の高い「朽木教授の亡霊」はまあ、パターン的にある話だよね、という印象。 この作家特有の「アマチュアっぽさ」というのは、一つには説明が下手なことと、戦中戦後の世相について「書きたい気持ち」が客観的には空回りしていることだろうな。厳しい編集者が付いていたらバッサリ切っていたと思うよ。摩耶モノだと世相の話が緊密にトリックに結び付いた作品がいくつかあって、効果をあげているものがあるけども、島崎警部補だとそうもいかない。アマチュア誌掲載だと足りないところ・多すぎるところを他人の目で調整するのができないまま発表されるのが、弱いところでもあろう。 (「方程式」が一周回ったバカミスでいいなあ。微分方程式の解がダイイングメッセ―ジ!) |
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