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[ 時代・捕物帳/歴史ミステリ ] 山窩奇談 |
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| 三角寛 | 出版月: 2023年12月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
![]() 河出書房新社 2023年12月 |
| No.1 | 6点 | クリスティ再読 | 2025/11/10 10:30 |
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| 文芸坐にはお世話になったよ。評者の頃は池袋にあった名画座の中の名画座だったなあ。この文芸坐の経営者が三角寛。戦前の朝日新聞の警察廻り記者で、説教強盗の事件で名をあげた。その際に「犯人はサンカでは?」という話を聞き込んで...で三角はこの「サンカ」の研究を始めた。そして戦前のオール読物などに一連の「サンカ小説」を書き始め、それがベストセラーに。戦後にはこのサンカ研究を引っ提げて東洋大学で博士号を取得した。
というわけで戦前の大衆小説に大きな影響を与えた作家なんだけども、最近はいろいろと研究が出ていて、ほぼこの三角のサンカはフィクションだという結論にはなっている。川辺でテント生活を営み、箕などの竹細工・川魚漁などで漂泊の屋外生活を営む人々。もちろん戸籍制度には把握されず、警察からは浮浪者として扱われ取り締まりの対象に...というあたりの話が、民俗学と伝奇小説の合い間でさまざまに屈曲して膨れ上がっていったわけだ。 だから三角のサンカ小説がさまざまな影響をミステリに与えてもいる。横溝正史が直接触れている小説もあるし、特殊な「サンカ語」を駆使する犯罪集団と捉えた場合には、伝奇小説のネタにも使われて、忍者のように扱われる。その中で特異な能力が設定されれば、そのまま風太郎忍法帖だ。なにげに漫画にもサンカの首領「乱裁道宗」が登場したりもするわけだよ。とはいえ特異な「サンカ語」を使う犯罪集団と見れば、日本のセリ・ノワール、日本のシモナンと見ることもできるかもしれないな。 というわけで、この本では三角自身が直接サンカから聞いた話や交流の中で見聞した話として、6編の短編を収録。自身の民俗学研究としてのサンカ研究を補強する意図で戦後に編まれた本だそうだ。明治期の警察の刑事がサンカの諜者を抱えて、手先として使ったりなどの捜査の模様が描かれりするのも興味深い。そんな諜者として警察に使われる国八老人の体験談もあれば、山犬の乳で育った「中仙道の犬(オバサン)」直吉は、犬並みと言われる嗅覚を駆使して、サンカ組織の「小手下」として、サンカの中の目付・捜査官として描かれて、サンカが容疑者となった事件の解決をしたりもする。広い意味での時代ミステリというべきだ。 あるいは護国寺の墓地に暮らす学識豊かな老学者のサンカやら、妙齢の尼さんと密通して子供を産ませる二枚目サンカやら、多彩な人物が登場する。いや水木しげるの世界かな(苦笑) というわけで、ミステリ周辺本としての価値はしっかりある。三角のサンカ研究は事実上フィクションだったわけだが、国家制度の外側・農耕社会の外側に生きる人々に託されたロマンとしての、心情のリアリティとこの世の外側への憧れが覗くのが面白い。 |
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