皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
|
[ 本格 ] 顔のない男 ピーター卿の事件簿2 ピーター卿シリーズ |
|||
|---|---|---|---|
| ドロシー・L・セイヤーズ | 出版月: 2001年04月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 4件 |
![]() 東京創元社 2001年04月 |
| No.4 | 7点 | クリスティ再読 | 2025/11/15 12:07 |
|---|---|---|---|
| 創元の2冊目のピーター卿事件簿。どうしても1冊目と比較したら二線級にはなるか。やはり長めの「顔のない男」が秀逸。雰囲気が「死体をどうぞ」や「五匹の赤い鰊」に近くて、「議論小説」という体裁になっている。ピーター卿の「画家の本質」を巡る推測が正しいかどうかにはやや疑問が付されるのだが、議論にはなかなか納得ができる。解釈はあくまでも解釈しかないわけで、このテーマは実事件の評論である「ジュリア・ウォレス殺し」にも通じる。いや「死体をどうぞ」だって、「被害者をハメたロマノフ朝復辟運動というのも、実はひょうたんから出た駒だったのでは?」という疑問を提示して終わるわけで、一種のリドルストーリーなんだよね。
でまあ全体的にピーター卿のヒーロー的な活躍が目立つ短めの短編が続く。中では偽ピーター卿二人とワイン談義をする「趣味の問題」が楽しい。「証拠に歯向かって」はなかなか興味深いトリックを提示するけども、こういうタイプのトリックは本格マニアに好かれないんだよね。評者は松本清張っぽいと感じるのだが。 で問題は実際に起きた殺人事件「ジュリア・ウォレス殺し」のエッセイである。この事件は夫が妻を殺した容疑で裁判にかけられて、状況証拠だけを根拠に裁判官の指示を無視して陪審からは有罪の評決。その後控訴審で無罪となるという異例の展開を遂げる。「妻を殺したのならば、夫が犯人に決まってる」という社会の偏見も経験則であることからも根深い。夫の行動の一つ一つを詳しく見れば辻褄が合わないところもあるが、それは「ある人物がなぜそのようなことをしたかについて、誰もが完全に納得できる説明というのは、探偵小説の中にしか存在しないのかもしれない」。 思うのだが、セイヤーズくらいヴァン・ダインが提示した問題について真剣に取り組んだ作家はいないのだろう。最初の2長編で示した「手がかり無視・心理的証拠がすべて」という過激な主張に対する穏当な反論と読むべきなのだとも感じるのだ。ヴァン・ダインの「心理学的探偵論」はともすれば偏見の専横でしかないわけだから、手がかりによる推理はその偽造問題を考慮しつつも無視できないものである。しかし手がかりは決定的とは限らず幾重にもなる「解釈」を許すものであり、その「解釈」の正当性の根拠を求めることはなかなか難しい。一つの手がかりにいくつもの解釈が並立するわけであり、そのような「解釈の物語」として後期のピーター卿物語は形成されていく。 そして最後に「探偵小説論」を収録。これは乱歩が「これまで発表された諸家の史的評論の中でも、その理解と教養に於て最上の論文」と評価したものである。実際、この論文で指摘されている「一般大衆の共感が法と秩序の側にあること」や「デテールに執着するアングロサクソン的性格」がミステリの前提になっていることは、乱歩とその周辺が探偵小説擁護のために何度も繰り返し述べていることである。ヘイクラフトが「ポオのミステリ」としてデュパン3作+「黄金虫」「お前が犯人だ」に制限したことの発端が本論文にあるのかなとも思える。しかし、ホームズ探偵譚を「煽情派」(要するにヒーロー性の高い小説)としているあたりの、評者の見解に近いが乱歩は無視した議論もある。 また探偵小説が「アリストテレスの『詩学』でいう発端、中間部、結末を完備しているのである。決定的な問題が一つ提示され、それが検討され、最後には解決する。(中略)制限はあるものの、二様押韻の八行詩のように洗練された完璧な形式を持っているのである」に始まる、実作者としての洞察は、感情を小説の主題とすることを避けて探偵小説が備えるべき「陽気なシニシズム」にまで至る。 まさにミステリ論として「完璧」と呼ぶべき内容である。 小説よりも「ジュリア・ウォレス殺し」「探偵小説論」のために加点。 |
|||
| No.3 | 6点 | 弾十六 | 2020/02/08 23:52 |
|---|---|---|---|
| 日本での編集版(2001年4月)、ピーター卿短篇集の第2弾。最近『大忙しの蜜月旅行』を出すんだから、ついでに第3弾も是非。解説は真田啓介さん、いつものように素晴らしい。
先に第1弾を読むつもりでしたが、本棚のどこかに潜り込んでるらしく行方不明。 例によって少しずつ読んでゆきます。暫定評価点は6点で。 トリビア中の[BP]はBill PeschelのサイトAnnotating Wimseyからのネタ。 ⑴ The Unsolved Puzzle of the Man with No Face (初出 短篇集”Lord Peter Views the Body” Gollancz 1928): 評価7点 素晴らしい語り口。流れるように物語は進み、キレの良い結末で幕。BBC1943年のラジオドラマ、残ってるかなあ。是非聴いてみたいです。レギュラー・キャラでは新聞記者のサルカム・ハーディが姿を見せます。 p10 公定休日(バンク・ホリデイ): Bank Holidayは英国議会でBank Holidays Act 1871により定められた公定休日。1928年時点のイングランドでは当初制定のEaster Monday(3月~4月)、Whit Monday(5月~6月)、8月第1月曜日、Boxing Day(12/26)の四日のみ。作中時間は泳げる季節の「暑い週末(p54)」なので「8月第1月曜日」ですね。1927年なら8月1日が該当。 p10 三等車の客も一等車になだれ込んで(overflow of thirdclass passengers into the firsts): もともとの客が貸し切る予定で余分のお金を払った(paid full fare for a seclusion)のに、そのコンパートメントにもとの客を含め8人の乗客を詰め込んでるが、良いのだろうか。後で返金されるのかな? p25 ネグレッティ&ザンブラ商会(Messrs Negretti & Zambra): [BP] 1850年創業の科学機器販売会社。このくだりは商会の温度計で観測した記録的な猛暑(rocketing thermometrical statistics)のニュースだろうと言う。(宮脇さんは商会の株価が温度計のように急上昇したニュースとして訳している) ニュース素材として考えると[BP]の解釈が合っている感じ。Webに1901年1月15日この会社の政府公認温度計がカナダのYukon準州Dawsonで-68℉(-55.5℃)を記録した時の写真がありました。 p27 好評な広告、クライトン(Crichton’s for Admirable Advertising): 広告会社のキャッチ・フレーズ。もちろん架空。セヤーズさんが当時(1922-1931)働いてた広告業界の人々が描写されてます。 p33 猿も木から落ちる(Bally old Homer nodding): ことわざeven Homer nods(ホメロスの居眠り)より。 p49 戦争のどさくさで出世(pushed into authority during the war): 日本で言う「三等重役」ですな。 p53 あまたの波の笑い声(the innumerable laughter of the sea): ギリシャ語が出てくるのに潔く訳注なし。Aeschylus PV89-90より。アイスキュロス作『縛られたプロメーテウス』(Prometheus vinctus, c470BC 偽作らしい)からの引用のようだ。 p55 ツグミのごとく…(I sing but as the throstle sings,/Amid the branches dwelling): こちらも訳注なし。[BP] ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796) 第二巻 第11章より。 p58『真実とは何ぞ?』とからかい半分にピラトは言った(“What is Truth?” said jesting Pilate): 引用だと気づきませんでしたが、[BP]Francis Baconのエッセイ“Of Truth”(出版1601)からの引用とのこと。元々はヨハネ福音書18:38 Pilate saith unto him, What is truth?(KJV) 文語訳: ピラト言ふ『眞理とは何ぞ』 (2020-2-8記載) ⑵The Fascinating Problem of Uncle Meleager’s Will (初出Pearson’s Magazine 1925-7): 評価6点 妹メアリも登場して賑やかな感じの楽しい作品。クイズ部分はあっさり読み飛ばしました。 忠実な執事バンターですらハマっているクロスワードパズルは1913年米国で発明、英国初上陸はPearson’s Magazine 1922年2月号、新聞紙ではSunday Express 1924-11-2が最初らしい。Daily Express紙は同年1924年、Daily Telegraph紙は1925年からだという。 さて、翻訳の難しい本作ですが、原文ではp79-97の答えはもちろん別ページに完成図を収録。それぞれの答えについてるコメントは訳者の親切で、原文にはありません。p98以降の会話にも答え関連の単語は一切出てきません。(「賛美歌」,「CANTICLE」,「旧約のソロモンの雅歌」,「31番目」は訳者の付加) なので、クイズ部分を飛ばして物語を読みおわっても、後から解く楽しみが残っている、という次第。作中時間は『雲なす証言』後の6月、ということは1924年か1925年。英国の新聞紙へのクロスワード初登場以降である1925年6月が有力か。 p60 かすれた軽いテナーの声(In the husky light tenor): ウィムジイの声質。 p60 ママン、ディット・モア(Maman, dites-moi): 作者不詳のフランス伝統歌。J. B. Weckerlinの編曲で知られているようだ。 p61 石鹸がない(‘No soap’): 原文はバンターの発言(か内心の声)。「もしかして石鹸が無かったかも」と自分の手落ちを疑ったのか。 p62 アルフレッド(Alfred): 鍵は「六文字で最後がredで終わる無関心な料理人」(indifferent cook in six letters ending with red) 「下手な料理人」の意味かも。ピーター卿シリーズにこの名のコックは出てこないようだが… 調べつかず。 p62 名探偵(Sherlock): 素直に「シャーロック」と訳せば良いと思います。 p62 ソヴィエト・クラブ(Soviet Club): 『雲なす証言』でお馴染み。「友人ゴイルズ」云々のシーンも出てきます。 p67 25万ポンド(£250,000): 英国消費者物価指数基準1925/2020(61.20倍)、£1=8683円で換算すると約22億円。遺産。 p71 ラジオ(his wireless)… サヴォイ楽団の演奏(the Savoy bands): Savoy Hotelの楽団、という意味か。Debroy SomersのSavoy Orphans(1923-1927)などが有名。 p71 デイリー・イェル紙の… 懸賞で十ポンド(£10 prize in the Daily Yell): 86831円。新聞は架空。懸賞金もクロスワード流行の一因だった。 p77 おお、素晴ら楽しき日よ!カルー!カレー!(O frabjous day! Callooh! Callay!): frabjousはルイス・キャロルの造語。fair, fabulous, joyousを混ぜたものらしい。最新の高山宏訳(2019)では「なんたるふらぶる日か、軽う!華麗!」、宮脇訳の方がずっと良いですね。叫び声は「キャルー、キャレー」(角川文庫 岡田忠軒訳だったかな)が狂気じみてて好き。 p98 俗称(Vulgate): ウルガタ聖書(ラテン語訳)で「ソロモンの雅歌」(KJV: Song of Solomon)はCanticum Canticorumと訳される。この英語直訳がCanticle of Canticles。 p98 少しうしろを見よ(look a little further back than that): やや古いのを見よ、の意味か。(ウルガタ聖書は5世紀初めに成立し、15世紀に公認された) p99 おお、わが鳩よ…: 改訳聖書(p99)English Revised Version(旧約は1885年出版) O my dove, that art in the clefts of the rock, in the covert of the steep place 宮脇訳: おお、わが鳩よ、汝は岩間におり、断崖の隠れどころにおる 欽定訳聖書(p100)King James Version(1611年出版) KJV (略) in the clefts of the rock, in the secret places of the stairs 宮脇訳: (略) 岩の裂け目のあいだに、階段の秘密の場所に 前半は同じに訳して良い気がします。なお、文語訳は「磐間にをり 斷崖の匿處にをるわが鴿よ」 p101 九か月ほど前(about nine months previously): 隠した時期。となるとクロスワードの英国での流行と時期が若干ズレるが、クイズは隠した後で作成した、とも考えられる。(以前はアクロスティックに凝ってたというので、当初はそっちでクイズを構成していたのかも) p102 南アフリカの四足動物で、Qで始まる六文字(a South African quadruped in six letters, beginning with Q): 締めのクイズには作者からの答えなし。[BP]に回答案がありました。(多分正解) (2020-2-15記載) ⑶Beyond the Reach of the Law (初出Pearson’s Magazine 1926-2 挿絵John Campbell) 単行本タイトルThe Unprincipled Affair of the Practical Joker: 評価5点 Practical Jokerと言えば『いたずらの天才』The Compleat Practical Joker(1953) by Harry Allen Smithをすぐに連想してしまいます。子供の時、読んで非常に感銘を受けた名著。(変ですか?) どうやら絶版らしい… (乱歩物件でもありますよね。) 本作は、企みが単純で、ピーター卿に余計な属性を付け加えてる。スーパーマンの主人公は読者の興味を確実に減退させます。前段の女性の説明を聞いてどういうシチュエーションかよくわからないのは私だけ? レギュラーキャラはバンター、マーチバンクス大佐、フレディ・アーバスノット、インビィ・ビッグズ。フレディに「私」は似合いませんが… p104 ピーター・ウィムジイ卿(従者1名)(Lord Peter Wimsey and valet): 宿帳の記名。従者の名前は不要なのか… p107 ソブラニー(Sobrany): 王室御用達のタバコ(1879年創始) p106 アッテンベリーのダイヤモンドの事件(Attenbury diamond case): エメラルドとも書かれているピーター卿の語られざる初事件。 p107 ピーター卿の容貌(the sleek, straw-coloured hair, brushed flat back from a rather sloping forehead, the ugly, lean, arched nose, and the faintly foolish smile): 詳しい描写はここが初めてかも。 p108 顎の下にひげ(grew a Newgate fringe): [BP] 顎の下部、又は顎と首の間のヒゲ。絞首刑のロープがあたる部分なのでこの名がある。 p108 アルジーなんて間抜け名前をつけられた者みたいに(always to look as if one’s name was Algy): Algernonの愛称。Bulldog Drummondシリーズに戦友のAlgy Longworthというレギュラーキャラ(1922年の映画などにも登場)がいるが… p109 新軍の軍人で、正規軍に移った(New Army, but transferred himself into the Regulars): New Armyはキッチナーの主導(例のポスターが有名)による1914年からの志願兵。あまりに多くの新兵が集まったので装備も訓練も行き届かず、待遇も正規兵とは違うものだったようだ。 p111 わたしは捨てられたのです: 気持ちがこもってる感じなのはセヤーズさんの実体験から? p114 ここら辺のやりとりはContract bridgeのビッド。ピーター卿とビッグズ、フレディと大佐がペア。このビッドはワン・ノートランプ(切り札無しで7トリック勝つ)で成立、ダミーはビッグズ、最初のプレイヤーはフレディ。最初のトリックはピーター卿がハートのエースで勝ち、次のトリックが始まる前にメルヴィルが登場。(ブリッジはアガサさんの『ひらいたトランプ』を読んでから、ちゃんとしたことが知りたくなって勉強したなあ…) p114 ぼくとメルヴィルの組(Melville and me): ピーター卿は対面して座りたかったようだ。 p117 二十シリングのリミット(a twenty-shilling limit): レイズの幅£1=8730円(1926年基準)、結構な額だと思うが、ギャンブラーには不満。 p120 メルヴィルの部屋(Melville in his own room): 舞台はクラブだが、メンバーには自室が用意されるものなのか。 (2020-2-15記載) ⑷The Bibulous Business of a Matter of Taste (初出 短篇集”Lord Peter Views the Body” Gollancz 1928): 評価4点 なんでこんなの書いたんだろう。作者本人が執筆したファンアート(二次創作)。おまけに銃の名手という属性までつけて… 呆れます。 p129 お馴染みのウィムジイ面: narrow, beaky face, flat yellow hair, and insolent dropped eyelidsと表現。 p131 ボンネットばかりが目立つ巨大なルノーのスーパー・カー: Renault Reinastellaか。(1928年なので、モーターショー出品時の名称Renault Renahuitが正確か) 前のモデル40CVならそれほどボンネットのお化け感は無い。 (2020-3-10記載) ⑸The Queen’s Square (初出 短篇集“Hangman’s Holiday” Gollancz 1933) ⑹ In the Teeth of the Evidence (初出 短篇集“In the Teeth of the Evidence” Gollancz 1939) ⑺Striding Folly (初出Strand Magazine 1935-7) ⑻犯罪実話The Murder of Julia Wallace (初出Evening Standard 1934-11-6, 加筆して研究書“The Anatomy of Murder: Famous Crimes Critically Considered by Members of the Detection Club” Bodley Head 1936に収録) ⑼探偵小説論 “Great Short Stories of Detection, Mystery, and Horror” Gollancz 1928の序文 |
|||
| No.2 | 4点 | ボナンザ | 2018/08/19 08:40 |
|---|---|---|---|
| 一冊目に比べると収録内容はやや劣る。
ジュリア・ウォレス殺しは興味深い内容ではあるが、形式が単なる評論に過ぎず、セイヤーズの新説等ないのが残念。 |
|||
| No.1 | 7点 | Tetchy | 2009/03/03 19:31 |
|---|---|---|---|
| 『学寮祭の夜』を読んだ後では、セイヤーズは短編よりも長編向きの作家だと私の中で結論づいてしまった。
とはいえ、本作に収録されている作品が面白くないわけではない。 特に作中に自作のクロスワードパズルを盛り込んだ「因業じじいの遺言」などは短編にするのが勿体無いくらいアイデアを積み込んでいる感じがする。 また約30ページの作品の中に15人もの人物が登場する「白のクイーン」も仮装パーティという特殊な状況を活かした好品でアイデアが抜群である。 しかしやはりそれでも短編はその短さゆえに物語として物足りない思いがしてしまう。それはセイヤーズが物語の名手だからだろう。 非常に贅沢な要求である事は重々承知しているのだが。 |
|||