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弾十六さん
平均点: 6.13点 書評数: 460件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.460 7点 一攫千金のウォリングフォード- ジョージ・ランドルフ・チェスター 2024/12/08 01:21
1908年出版。Saturday Evening Postに断続的に掲載した短篇を連作長篇化したもの。なお本書表紙になってるJ.C.Leyendeckerの美麗イラストは土曜夕方ポスト誌1907-10-5の表紙絵。ポスト誌の表紙がカヴァー・ストーリーなのは結構珍しいのでは。この時代のポスト誌は無料公開(白黒だが)されているので、イラストも見ることが出来る。
本書の訳者解説には書誌情報が一切無いので補足。
第一話Getting Rich Quick(初出1907-10-5〜10-12、挿画F.R.Gruger)はp75下段中ごろ「一度もないんだぞ」まで。
第二話Profitable Benevolence(初出1907-12-7、挿絵Gustavus C.Widney)はp76上段最後「ちぇっ」から(間の1ページほどは連作をスムーズに繋ぐための付加。以下同様に幕間の詰め物をして短篇を長篇化している)。
第三話Selling a Patent(初出1908-1-18〜1-25、挿画F.R.Gruger)はp117下段最後、ドイツ人の小男登場から。
第四話A Traction Transaction(初出1908-2-8、挿絵Henry Raleigh)はp175下段中ごろ「バトルスバーグにとって、個人専用列車に」から。
第五話A Corner in Farmers(初出1908-2-29、挿絵Henry Raleigh)はp219上段後半「『ファウスト』の中の「兵士の合唱」を鳴らしながら」から。
第六話A Fortune in Smoke(初出1908-3-14、挿絵Henry Raleigh)はp256上段はじめ「政府は腐っている」から。
詐欺師の話は大好き。O・ヘンリーのジェフ・ピーターズものもここら辺の話ですね。第一話がちょっと面白い結末で、これはイケてる、と思いました。中で語られてる経済活動は、よくわからないのですが、主人公が言うように「合法的」かもしれないけどモラルは踏み外してますよね。まあ人々の欲につけ込んでるので、被害者たちもまっさらの白ではないんでしょうけど… 私は全然詳しくないんですけど、多分現代ではここで語られてる手法には規制がかかっていて、ウォリングフォードのやり口は非合法になってるのでは?そこら辺の解説があるともっと面白いでしょうね。
翻訳はいつもの平山先生。ところどころにポカあり物件だけど読んでるとすぐに気づくので英語がちょっと読める程度の人なら手元にGutenbergの原文を置いて参照すればストレスないかなあ。いつも言ってるように平山訳は概ね正確なので「欠陥翻訳」ではないですよ。良い編集者がいればなあ。翻訳なんて実の少ない時代にもかかわらず、こういう作品が日本語で読めるのは非常に貴重です。
以下トリビア。とは言え翻訳上の問題点への言及が多め。
作中現在は不詳。発表時の1907年〜1908年としておこう。
現在価値は米国消費者物価指数基準1908/2024(34.31倍)で$1=5165円。
p6 泥◆20世紀初頭なので舗装は不十分。そういうイメージ。
p6 ロッジの話に夢中になって(Absorbed in "lodge" talk)◆ここのロッジは後にも数回出てくるがフリーメイソン?
p6 タクシー(Cab)◆時代的には馬車か。
p6 大柄な紳士、上品な紳士、(中略)見栄えがする紳士だが...(a large gentleman, a suave gentleman, a gentleman whose clothes not merely fit him but ...)◆ 翻訳は「紳士」の連打で落ち着かないが、原文もそうなっている
p7 彼の目はいくつかはな高価な一流品ばかりだった(His eyes, however, had noted a few things: traveling suit, scarf pin, watch guard, ring, hatbox, suit case, bag, all expensive and of the finest grade)◆ 訳文に脱落あり
p7 彼のポケットの中には百ドル以上は入っているだろうと予想した(entire capitalized worth was represented by the less than one hundred dollars he carried in his pocket)◆試訳「貨幣価値にしてせいぜい百ドルしか持っていなかったのだ」次の文もちょっとヘンテコ。「その上、ウォリングフォードには金を得られるアテも全く無かった」という感じ。
p8 やあ、J・プファス!(Hello, J. Rufus!)◆Pufusと見えたのか?その後も何故か「プファス」となっている。
p8 「ボストンから根こそぎ搾り取ったのか」(Boston squeezed dry?) 「化けの皮がはがれちまった」(Just threw the rind away)◆「ボストンでカラカラに絞られたのか?」「皮を剥かれただけだよ」という意味だろう
p9 サクラみたいに見えるかい?(look like a come-on?)◆「いいカモ」だろう
p9 マジックのサクラをやらせてやるよ(I'd try to make you bet on the location of the little pea)◆翻訳は前のサクラに引っ張られている。「初歩のペテンにもひっかかりそうだなあ」という意味では? the location of the little pea は三つのカップの下の豆の位置を当てるThree Shell Gameというポピュラーな街角イカサマ賭博
p12 色黒の相手(the dark one)◆「黒髪の」
p12 特にたちが悪いのがロックフォートというやつだ(The particular piece of Roquefort)◆ロックフォール・チーズへの言及だろう。cheese(嫌なやつ)のなかでも特上なやつ、という感じだろうか
p13 ただの簿記係(a piker bookkeeper)◆「けちな経理係」としたい
p13 ジョニー・ワイズ(Johnny Wise)◆単純に「小賢しい野郎」という意味かも
p14 この紳士は自己紹介をするだろうか?(Would the gentleman give his name?)◆ニュアンスが掴めないが「お名前をいただけますか?」という感じか。ウォリングフォードというのは偽名らしい(訳者解説参照)。勘違い、ニュアンス違いは特に冒頭に多いのだが、キリがないので、ここら辺で打ち止め。
p28 アメリカの殉教者の名前… 『リ◯カ◯ン』マルの中に入る文字は何?(the name of this great American martyr, who was also a President and freed the slaves? L-NC-LN)◆訳文に脱落あり
p119 オランダ人(a Dutchman)◆初登場時に地の文でドイツ人(German)と紹介されているので、ここは「ドイツ人」で良いだろう。Dutch=Deutsch、辞書では《古》となっている
p120 カール・クルッグ(Carl Klug)◆Klugはドイツ語で「賢い」、発音は「クルーク」、英語発音なら「クラッグ」だろうか。ところでドイツ人という設定ならKarlのような気がするが…
p121 「連中に一杯食わされましたかな?」"Did they sting you?" (...) [クルッグ氏は]相手が今の俗語に通じているということをうかがい知った(the other made quick note of the fact that the man was familiar with current slang)◆試訳「相手(ウォリングフォード)はこの男が流行語に通じていると気づいた」 stingはこの頃のスラングだったのですね
p122 「暇つぶし」("being made fun of")◆「バカにしている」
p123 クルッグ氏は正しく評価をして答えた(agreed the other in a tone which conveyed a thoroughly proper appreciation of Mr. Klug's standing)◆試訳「相手はクルッグ氏の立場を十分に理解した口調で答えた」
p127 ブツを持って帰ってくるんだ(bring the goods back with you)◆試訳「結果を出せ」
p135 あいつは詐欺師だ(He is a swell)◆p132で同じジェンスが二回言っている「詐欺師(skinner)」とは違う語。p135すぐ前にジェンスが言っている「フェルドマイヤー博士… いい奴(swell)」と同じ語。なんでここでは「詐欺師」と訳してるのか
p141 彼ら全員は生まれてこの方、利子といったら三、四パーセントで、五パーセントを超えることは滅多になかった(The savings of all these men throughout their lives had been increased at three, four and scarcely to exceed five per cent. rates)◆古き良き時代の利子… 今となっては羨ましいねえ…
(まだ途中です…)

No.459 6点 百万長者の死- G・D・H&M・I・コール 2024/09/13 22:13
1925年出版。国会図書館デジタルコレクションで読みました。元本は東都書房版。翻訳はヘンテコなところが無くて読みやすかったです。
作中現在は労働党が初めて政権をとったものの、すぐ瓦解した1924年を思わせるものがあるので1924年11月18日が冒頭のシーンだろうか。
つまり当時の英国は社会主義政権と、反対する保守勢力の間で大きく揺れていたのだ。そして株式市場も、英国実業家Clarence Hatry(1888-1965)が1921年に巨額の富を築き、1924年に大損失($3.75 million)を出したにもかかわらずさらに大儲けし、1929年9月にインチキがバレて、ハトリー帝国のバブルが弾け、世界大恐慌の引き金にもなった、という具合にかなりの出鱈目が許されていた仕組みだったようだ。
そういう当時の社会情勢が、本作にはかなり反映されている、と感じた。
ミステリ的には割と限定的な謎だが、コツコツタイプのウィルソン警部のやり方はかなり好み。派手さはないけどクロフツ(本書でも刑事が気軽にフランスに出張する)やブッシュの感じが好きならおすすめです。
以下トリビア
価値換算は英国消費者物価指数基準1924/2024(76.19倍)で£1=14080円。ドルは金基準の交換レート1924で$1=£0.226=3182円
p5 寒い十一月の朝方(on this sharp November morning)
p16 指紋を取るには絶好のしろもの(fine stuff for finger prints)◆ やはり当時の指紋採取には限界があったのか
p17 ドイツ製の携帯用タイプライター(a portable typewriter of German manufacture)◆ ざっとググるとAdler, Erika, Sentaというブランドが見つかった
p18 ヴォルガの舟唄(the song of the Volga Boatmen)
p21 連発拳銃(a revolver)
p26 十七日、つまり昨日(on the seventeenth; that is, yesterday)◆ 冒頭は11月18日ということになる
p27 宝石類をなくしてしまっている寡婦(the dowager, not the one who lost her jewels)◆ 誰か有名な宝石をなくした貴族未亡人がいて、そっちじゃないよ、と言っているのか
p27 大きなラッパ形の補聴器
p35 裏口は錠をおろし、さし金をさして、かんぬきがしてあって(The back way was locked, bolted, and barred)
p37 昔の辻馬車の馭者(an old horse-cab driver)
p38 びかびかのバスの上で生れて育った新しがりや仲間の一人でさ。技術者などと手前を呼んで、ひどくハイカラだとうぬぼれてやがる(it was one of these new-fangled chaps what was born and bred, so to speak, on these blinkin' buses. Mechanic, 'ed call 'isself, and think 'isself blasted smart)◆ 元馭者のコックニー、自動車育ちの新世代タクシー・ドライバーに敵意むき出し。馬車が最大の登録数となったのは英国では1910年で、急激に減少したのは1925年である。
p46 大学労働クラブのメンバーで、実業や実業家に対する巨大な軽蔑を公言していた(a member... of the University Labour Club, and had professed vast scorn for busmess and the busmess man)◆ 当時の大学生の雰囲気なのだろう。セイヤーズのソヴィエト・クラブを思い出した。
p48 あの書類には、じつに明確な指紋が一ダースばかりもついていて(those papers contain a good dozen finger prints, mostly excellent impressions)◆ 当時でも紙から明瞭な指紋は検出出来るのだ。
p53 当時は最低賃金というようなものはなかった。労働組合は、その後に生長したのであろう(There was no minimum wage then. The Unions weren’t so strong as I suppose they have grown since)◆ 約40年前のこと
p66 背が高く、浅黒い男で、暗灰色の髪、灰色の口ひげ(a tall, dark man, with graying dark hair and a gray moustache)◆ 浅黒警察としては微妙だなあ… 髪の毛はダークグレーと明記されてるし… でもここはやはり肌の色ではなく、元々は黒髪で目が黒色だが、歳をとって白髪になりつつある、というようなイメージでは?
p74 イギリスを訪れたアメリカ人たちは、過徼分子の組織をせんさくしてまわる癖がある(American visitors to England had a way of poking about among the extremist organisations)
p76 千万ドル
p80 流行中のインフルエンザ
p89 紙幣で三ポンドを同封して、一年間の保管料とし、差引き残額は一年後の料金に当てるように保留しておいてもらいたいと(enclosed £3 in Treasury notes to cover warehousing expenses for a year, and asked that any balance should be retained to cover future charges)
p114 百フラン◆ 情報料
p120 「救命浮標石版(ライフ・ブイ・ソープ)」の広告みたいに(as an advertisement of Lifebuoy soap)◆ lifebuoy soap fishermanで検索すると当時のイメージが見られる
p144 フランスの愛らしい歌(Il était un roi d'Yvetot, /Peu connu dans l'histoire, /Se levant tard, se couchant tôt, /Dormant fort bien sans gloire. /Et couronné par Jeanneton /D'un simple bonnet de coton, /Dit-on. /Oh, oh, oh, oh, ah, ah, ah, ah! /Quel bon petit roi c'etait là /La, la)◆ Le roi d'Yvetot(1813) 作詞作曲Pierre-Jean de Béranger、19世紀の有名なシャンソン。

No.458 8点 殺人読本〜絵で見るミステリ史- 事典・ガイド 2024/09/12 15:01
残念ながら日本語訳は雑誌連載されただけです。完訳して出版して欲しいなあ。
私の持ってる版はThe Murder Book: An Illustrated History of the Detective Story by Tage la Tour & Harald Mogensen (George Allen & Unwin 1971) 元々デンマークで出版されたMordbogen (Lademann, Copenhagen 1969)の翻訳です。
邦訳は「殺人読本〜絵で見るミステリ史」ターゲ・ラ・コーア&ハラルド・モーゲンセン(隅田たけ子訳)のタイトルでハヤカワ・ミステリ・マガジン1972年11月号<199>〜1973年12月号<212>に13回連載されました。珍しい写真やイラストたっぷりで、英訳本も全項イラスト入り。フルカラー、総ページ数192、サイズは26.4x20cmです。
ミステリの歴史を上手にまとめていて、英語も平明な楽しい本ですよ。デンマークという探偵小説の歴史上メインストリームではない国の著者なので、バランスの取れた記述になっているのだと思います。日本のこともちょっぴり触れられています。Edogawa Rampo、Ryunsuke AkutagawaとRuiko Kuriowaの名前があげられ、古い日本の犯罪小説で最も有名なのはSaikaku Ihara's Notes on Case Heard under the Cherry Tree(1685)と書いてありました。全然知りませんでした!(追記: 「本朝桜陰比事」(1689)のことらしいです…)

No.457 5点 死の濃霧 延原謙翻訳セレクション- アンソロジー(国内編集者) 2024/09/09 08:53
中西 裕 編集によるアンソロジー。編者は『ホームズ翻訳への道 ー 延原謙評伝』の著者。
延原謙がホームズ翻訳だけで知られてるのは惜しい、というコンセプトだが、だったら(1)(14)の二篇のホームズ譚は要らなかったのでは?と思ってしまった。延原謙初『新青年』登場の(1)は外せないにしても。
以下、収録作品。初出はFictionMags Indexによる。【】内は延原謙訳の掲載誌。英語タイトル直前の*はEugene Thwing(ed.) The World's Best One Hundred Detective Stories(1929)収録作品(4つある)。中西さんはこのアンソロジーの存在を知らなかったようだ。
(1) The Adventure of the Bruce-Partington Plans by Arthur Conan Doyle (初出The Strand Magazine 1908-12) 「死の濃霧」コナン・ドイル 【新青年1921-10、訳者名無し】
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(2) Three-Fingered Joe by Elinor Maxwell (初出Detective Story Magazine 1921-01-02) 「妙計」イ・マックスウェル 【新青年1923-6】
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(3) Thubway Tham's Inthane Moment by Johnston McCulley (初出Detective Story Magazine 1918+11-19) 「サムの改心」ジョンストン・マッカレエ 【新青年1924-01】
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(4) The Crime of the Rue Rodier by Marcel Berger (The Novel Magazine 1921-08 仏語からEthel Beal訳) 「ロジェ街の殺人」マルセル・ベルジェ 【新青年1930-02】
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(5) The Cavern Spider by L.J. Beeston (初出The Strand Magazine 1923-01) 「めくら蜘蛛」L・J・ビーストン 【新青年1927-01】
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(6) The Secret of the Gemmi by Augustin Filon (The Grand Magazine 1907-09 仏語からの翻訳か?) 「深山(みやま)に咲く花」オウギュスト・フィロン 【女性1928-02】
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(7) *The Greuze Girl by Freeman Wills Crofts (初出Pearson's Magazine 1921-12, as "The Greuze") 「グリヨズの少女」F・W・クロフツ 【文藝春秋1932-07】
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(8) The Three Keys by Henry Wade (短篇集Policeman’s Lot, 1933) 「三つの鍵」ヘンリ・ウェイド 【新青年1937-06】
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(9) *The Sting of the Wasp by Richard Edward Connell (初出The American Magazine 1928-08) 「地蜂が螫(さ)す」リチャード・コネル 【新青年1937-12】 評価6点
マシュー・ケルトン短篇初登場と思われる。長篇Murder at Sea(初出Elks Magazine 1928-06〜10)への販促もあった?本作は『世界探偵小説ベスト100』にも選ばれたのだが…
犯行方法のアイディアを思いついたので書きました、という感じの作品。手がかりから読者が推理するのは無理。発想力、空想力を試される類いの作品だろう。鑑識科学が進展したので、もうこのトリックのままでは成立しない。
p228 あなたはワイシャツの飾りボタンを一つしかつけていませんね?(why do you wear only one stud in your evening shirt?)◆ ここではイヴニングシャツの胸には二つだけのstudだが、昔の写真を見るとシャツボタン全部スタッド(5個?)とか3 studsがあった。飛び飛びに二つつけてる感じのもあり。
p229 この弾丸は少し変わっていますねえ。尖が鋼で、非常に長い。そして二二口径にしては大きすぎるし、三二にしては細すぎる(this bullet is something unusual. Steel nose. Very long. Like a small nail, almost. Two(sic) big for a .22 caliber. Too small for a .32.)... スコマク拳銃(ピストル)(a Skomak pistol)... 独逸(ドイツ)で発明されて、チェコスロヴァキヤで製造されたもの(the invention of a German and are, or rather were, made in Czechoslovakia)... 二五口径の単発で(tiny, single-shot pistols of .25 caliber) チョッキのポケットにも忍ばせ得るほど小型(so small they can easily be carried in a vest pocket)◆ いろいろ調べたがSkomak拳銃は作者の創作のようだ。チェコ製というのがいかにもな感じ。コネルさんはガンマニアっぽい。
p230 普通の五連発で(an ordinary, five-shot automatic of a well-known American make)◆ もう一つの拳銃は「普通の五連発オートマチック、お馴染みの米国製」となっているがオートマチック五連発は存在しない、と言って良いだろう。コネルさんの知識から考えて、ここは話者がよくわかっていないことを暗示したマニアならではの記述、と見た。六連発オート拳銃ならColt M1908 Vest Pocketなど小型拳銃がほとんど、中型以上は七連発が多い。
p231 安全装置をはずして弾倉を調べてみた(snapped the safety catch off the automatic, and looked into the magazine)◆ ここの描写もマニアっぽい。安全装置を外さないとスライドが動かないのだ。拳銃の安全確保のため、まず最初にスライドを引いてchamber(薬室)に弾丸が入っていないか、を目視することが身についている。
(2024-09-09記載)
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(10) Number Fifty-Six by Stephen Leacock (初出不明) 「五十六番恋物語」スティヴン・リイコック 【新青年1937-08】
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(11) *The Thief by Anna Katharine Green (初出The Story-teller 1911-01) 「古代金貨」A・K・グリーン 【新青年1933-08】
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(12) The Affair at the Semiramis Hotel by A. E. W. Mason (初出Cassell’s Magazine of Fiction 1916-12 挿絵Albert Morrow) 「仮面」A・E・W・メースン 【新青年1935-10】
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(13) *The Eleventh Juror by Vincent Starrett (初出Real Detective Tales and Mystery Stories 1927-08) 「十一対一」ヴィンセント・スターレット 【新青年1938-02】
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(14) The Adventures of Sherlock Holmes: Adventure II. The Red-Headed League by Arthur Conan Doyle (初出The Strand Magazine 1891-08) 「赤髪組合」コナン・ドイル 【探偵クラブ1952-11】

No.456 9点 ドリアン・グレイの肖像- オスカー・ワイルド 2024/09/06 15:10
初出1890年7月米リピンコット・マガジン、発表後すぐに不道徳な作品だと非難されたが、増補改訂し、1891年4月に英ワード・ロックから出版。
1889年8月のストダート夕食会で、ドイルとワイルドが米リピンコット誌のために約束した作品、としてシャーロッキアンには有名。 ドイルの方はシャーロック再登場の『四つの署名』となった。ストダートは良い仕事をしたわけだ。なおこの会食の席上でワイルドはドイルの出版されて間もない自信作『マイカ・クラーク』(1889)を褒めている。
今回は河合祥一郎さんの新訳で読了。当時の英国社会の常識が訳注に反映されてて、今までモヤモヤしてたことがスッキリすることが多かった。解説も充実。もちろん翻訳も素晴らしい出来。
実はこの有名作は読むのが初めて。ワイルドとくれば男色ネタは外せない。その点は訳者の解説で詳しく触れられており、解毒していただいた。もっと詳しい書籍も買っているので、それを読む意欲もわいてきました…
さて肝心の本作だ。
冒頭が素晴らしい。無垢なものが汚されるかも?というスリル。次に女性が登場してちょっと「うーん」となるがそれも無事にクリア。実は女性には非常に優しい眼差しのワイルド。口では辛辣っぽいセリフでも結構穏やか。だからサロンで人気者だったのだろう。
物語は美学的自己弁護と豊富な軽口にややウンザリだけど、素晴らしく起伏に富んでいる。解説にある、ワイルドが登場人物のモデルを明かしたセリフにすごく納得した。
あらすじではもっと寓話的ファンタジーな設定に思えるかも、だが、なかなか上手な取り扱い。締めも良い。
トリビアは詳しい訳注で充分だろうが、二三特記したいのがある。(二三のつもりが沢山になりました)
p56/416 オールバニ館◆ ラッフルズもオールバニに住んでいた。やはりラッフルズは当時の英国人が読めばワイルドをネタにしていたのが明白なのだろう。
p60/416 最近では、アメリカ人と結婚するのが流行っている◆ 英国貴族と米国婦人の組み合わせ
p68/416 逆説というのは、真実を言い当てる方法です
p90/416 ミート・ティー◆ ハイ・ティーとの違いの解説あり
p96/416 五十ポンドは大金◆ 2024年現在で約150万円、との訳注。実に素晴らしい。英国消費者物価指数基準1890/2024(161.04倍)で£1=30348円。
p144/416 社交シーズン◆ 行き届いた訳注あり
p157/416 宗教の神秘には、恋愛遊戯の魅力があると、ある女性が教えてくれた◆ ああ、なるほどね、と思ってしまった
p188/416 地区検視官(District Coroner)
p190/416 モーニング・ルーム◆ 訳注参照。こういう部屋の名称も用語集が欲しい
p224/416 メントーネ◆ マントンのイタリア読み。結核療養の地だったのか。なのでマクロイ『死の舞踏』では「マントンは死ぬところ」と書かれてたんだ…
p263/416 英国民の伝統的愚かしさ◆ 逆説的に称揚されている。ヴァンダインも安心だ。
p269/416 通話用開口部(トラップドア)◆ 二輪馬車(ハンサム)の。詳しい訳注が嬉しい。Hansom馬車の模型が欲しいけど、プラモが売っていない。
p303/416 六連発銃(a six-shooter)◆ 型式は不明。
p324/416 掛け金(their bolts)◆ 「掛け金」は万能翻訳語なので避ける方が無難だろうか
p403/416 電報配達の少年たちが夜クリーヴランド街十九番地(ロンドン)で男娼していたのが検挙された◆ 1899年のこと。関係していた貴族が数人国外逃亡した大事件だったようだ

No.455 7点 Anthony Boucher Chronicles: Reviews & Commentary 1942-1947- 事典・ガイド 2024/09/05 00:01
Edited by Francis M. Nevins(Ramble House 2001)
サンフランシスコ・クロニクル紙に発表されたバウチャーの書評の集成。
第一部 月間ミステリ書評
第二部 週間ミステリ書評
第三部 その他の書評
という構成。
第一部で1943年2月の話題として「A・A・フェア(1939年デビュー)はガードナーなのか?」というのがあった。この時点ではまだ公表されていなかったようだ。
バウチャーの書評はかなり信頼できると思う。私が読了済みのをざっと読んだだけだが、マクロイ『牧神の午後』を物語が暗号パートで台無し、と書いててかなり共感。フィルポッツも議論ばかりでウンザリ、という感想。
さてサンプル的に第二部から最初の六か月の週間書評本リスト(102タイトル)をご紹介。★は全文を抜粋。[ ]内は編者Nevinsの補足。後半ではペースが落ちてるので五年間だとだいたい500タイトルくらいあるかも(件数は未チェック)。平易な英文だし、kindleだと結構お安いのでいかがでしょう?
※October 11, 1942
H.F. Heard, MURDER BY REFLECTION (Vanguard, $2).
Kelley Roos, THE FRIGHTENED STIFF (Dodd Mead, $2).
G.D.H. & Margaret Cole, TOPER’S END (Macmillan, $2).
Clifford Knight, THE AFFAIR OF THE SPLINTERED HEART (Dodd Mead, $2).
※October 18, 1942
★Helen McCloy, CUE FOR MURDER (Morrow, $2). Psychiatrist Basil Willing cracks the murder of a stage corpse in a [19th-century French playwright Victorien] Sardou revival. Admirable writing and meticulously intricate plotting―but what less would you expect from McCloy?
Jerome Barry, LEOPARD CAT’S CRADLE (Doubleday Crime Club, $2).
A.R. Hilliard, OUTLAW ISLAND (Farrar & Rinehart, $2).
George Harmon Coxe, THE CHARRED WITNESS (Knopf, $2).
Richard Hull, AND DEATH CAME TOO (Messner, $2)
※October 25, 1942
Virginia Rath, POSTED FOR MURDER (Doubleday Crime Club, $2).
★A.A. Fair [Erle Stanley Gardner], BATS FLY AT DUSK (Morrow, $2). Remember Donald Lam joined the Navy? So now Bertha Cool flounders alone through an intricate mess of blind beggars, music boxes and pet bats, with Donald offstage as armchair detective―if armchairs are G.I. at Vallejo. Just about the best Fair yet; and the best Fair is the best fare.
Judson P. Philips [Hugh Pentecost], THE FOURTEENTH TRUMP (Dodd Mead, $2).
Frederick C. Davis, DEEP LAY THE DEAD (Doubleday Crime Club, $2)
★Agatha Christie, THE MOVING FINGER (Dodd Mead, $2). Miss Marple, the omniscient spinster, finds a new reason for poison-pen letters. Passable second string Christie.
※November 1, 1942
Jeffery Farnol, VALLEY OF NIGHT (Doubleday Doran, $2.50).
Phoebe Atwood Taylor, THREE PLOTS FOR ASEY MAYO (Norton, $2).
Philip Mechem, AND NOT FOR LOVE (Duell, Sloan & Pearce, $2)
Robert Portner Koehler, HERE COME THE DEAD (Phoenix, $2).
M.V. Heberden, MURDER MAKES A RACKET (Doubleday Crime Club, $2).
W.T. Ballard, SAY YES TO MURDER (Putnam, $2).
※November 8, 1942
Dorothy Cameron Disney & George Sessions Perry, THIRTY DAYS HATH SEPTEMBER (Random House, $2).
John Spain [Cleve F. Adams], DIG ME A GRAVE (Dutton, $2).
★John Dickson Carr, THE EMPEROR’S SNUFF-BOX (Harper, $2). Dr. Dermot Kinross, criminal psychologist, clears a beautiful and suggestible woman of murder charges in pre-war France. Admirable characterization, precise plotting and a flawless surprise solution to bring you out of your chair.
Walbridge McCully, DEATH RIDES TANDEM (Doubleday Crime Club, $2).
Vivian Connell, THE CHINESE ROOM (Dial Press, $2.50).
※November 15, 1942
No column was published this week.
※November 22, 1942
Craig Rice, THE SUNDAY PIGEON MURDERS (Simon & Schuster, $2).
Kathleen Moore Knight, BELLS FOR THE DEAD (Doubleday Crime Club, $2).
Mignon G. Eberhart, WOLF IN MAN’S CLOTHING (Random House, $2).
Charlotte Murray Russell, MURDER STEPS IN (Doubleday Crime Club, $2).
Frank Gruber, THE GIFT HORSE (Farrar & Rinehart, $2).
※November 29, 1942
Harriet Rutland, BLUE MURDER (Smith & Durrell, $2).
H. Donald Spatz, DEATH ON THE NOSE (Phoenix, $2).
Margaret Tayler Yates, DEATH BY THE YARD (Macmillan, $2).
※December 6, 1942
Ruth Fenisong, MURDER NEEDS A FACE (Doubleday Crime Club, $2).
Elisabeth Sanxay Holding, KILL JOY (Duell, Sloan & Pearce, $2).
Katherine Wolffe, THE ATTIC ROOM (Morrow, $2).
M. Scott Michel, THE X-RAY MURDERS (Coward-McCann, $2).
Edith Howie, MURDER’S SO PERMANENT (Farrar & Rinehart, $2).
Miles Burton [John Rhode], DEATH AT ASH HOUSE (Doubleday Crime Club, $2).
※December 13, 1942
Whitman Chambers, BRING ME ANOTHER MURDER (Dutton, $2).
Ione Sandberg Schriber, A BODY FOR BILL (Farrar & Rinehart, $2).
※December 20, 1942
H.C. Branson, THE PRICKING THUMB (Simon & Schuster, $2).
Charles L. Leonard [M.V. Heberden], THE STOLEN SQUADRON (Doubleday Crime Club, $2).
H.F.S. Moore, MURDER GOES ROLLING ALONG (Doubleday Crime Club, $2).
Willetta Ann Barber & R.F. Schabelitz, MURDER ENTERS THE PICTURE (Doubleday Crime Club, $2).
Kerry O’Neil, DEATH AT DAKAR (Doubleday Crime Club, $2).
※December 27, 1942
No column was published this week.
※January 3, 1943
Jeune Inconnu [French for “an unknown young man”], THE MURDER OF ADMIRAL DARLAN (San Francisco Chronicle, $0.05 daily).
Frances Crane, THE YELLOW VIOLET (Lippincott, $2).
※January 10, 1943
Lawrence Goldman, FALL GUY FOR MURDER (Dutton, $2).
Richard Powell, DON’T CATCH ME (Simon & Schuster, $2).
★Erle Stanley Gardner, THE CASE OF THE SMOKING CHIMNEY (Morrow, $2). Frank Duryea, staid, sensible D.A. of Santa Delbarra, again finds his domestic and professional life disrupted by his wife’s incorrigible grandfather. Gramps Wiggins (remember THE CASE OF THE TURNING TIDE?) is as racily refreshing as ever, especially on the joys of plain cooking and fancy drinking, but the dull and simple case which he solves is worthy neither of him nor of his creator.
※January 17, 1943
Arthur W. Upfield, MURDER DOWN UNDER (Doubleday Crime Club, $2).
Charlotte Armstrong, THE CASE OF THE WEIRD SISTERS (CowardMcCann, $2).
Garland Lord, MURDER PLAIN AND FANCY (Doubleday Crime Club, $2).
Louis Trimble, DATE FOR MURDER (Phoenix, $2).
※January 24, 1943
Elizabeth Daly, NOTHING CAN RESCUE ME (Farrar & Rinehart, $2).
Baynard Kendrick, BLIND MAN’S BLUFF (Little Brown, $2).
Anthony Abbot [Fulton Oursler], THE SHUDDERS (Farrar & Rinehart, $2).
※January 31, 1943
George Harmon Coxe, ALIAS THE DEAD (Knopf, $2).
Van Siller, ECHO OF A BOMB (Doubleday Crime Club, $2).
Peter Cheyney, DARK DUET (Dodd Mead, $2).
Melba Marlett, ANOTHER DAY TOWARD DYING (Doubleday Crime Club, $2).
Bernard Dougall, THE SINGING CORPSE (Dodd Mead, $2).
Amelia Reynolds Long, MURDER TO TYPE (Phoenix, $2).
※February 7, 1943
★Carter Dickson [John Dickson Carr], SHE DIED A LADY (Morrow, $2). Suicide pact in 1940 England proves to be murder―if the murderer could have stood on thin air; the great H.M. [Sir Henry Merrivale] investigates, in a wheel chair and a Roman toga. Movingly human story woven around as pyrotechnically dazzling a plot as even Mr. Dickson has ever conceived. Collector’s item.
Norbert Davis, THE MOUSE IN THE MOUNTAIN (Morrow, $2).
Stewart Sterling, DOWN AMONG THE DEAD MEN (Putnam, $2).
A.B. Cunningham, THE AFFAIR AT THE BOAT LANDING (Dutton, $2).
Susannah Shane [Harriette Ashbrook], LADY IN A WEDDING DRESS (Dodd Mead, $2).
Arthur M. Chase, PERIL AT THE SPY NEST (Dodd Mead, $2).
※February 14, 1943
Matthew Head, THE SMELL OF MONEY (Simon & Schuster, $2).
Michael Venning [Craig Rice], MURDER THROUGH THE LOOKING GLASS (Coward-McCann, $2).
William Francis, BURY ME NOT (Morrow, $2).
※February 21, 1943
David Keith [Francis Steegmuller], A MATTER OF ACCENT (Dodd Mead, $2).
Cornell Woolrich [William Irish/George Hopley], THE BLACK ANGEL (Doubleday Crime Club, $2).
William Brandon, THE DANGEROUS DEAD (Dodd Mead, $2).
Leslie Ford, SIREN IN THE NIGHT (Scribner, $2).
Vera Kelsey, SATAN HAS SIX FINGERS (Doubleday Crime Club, $2).
Stanley Hopkins, Jr., MURDER BY INCHES (Harcourt Brace, $2).
※February 28, 1943
Mark Saxton, THE YEAR OF AUGUST (Farrar & Rinehart, $2.50).
Chris Massie, THE GREEN CIRCLE (Random House, $2.50).
Alice Tilton [Phoebe Atwood Taylor], FILE FOR RECORD (Norton, $2).
Herman Petersen, THE D.A.’S DAUGHTER (Duell, Sloan & Pearce, $2).
※March 7, 1943
★Vera Caspary, LAURA (Houghton Mifflin, $2.50). Murdered woman comes to life as seen through [Alexander] Woollcott-like friend and the detective who finds himself falling in love with her image. Publishers call this a “psychothriller,” vile word, but meaning in this case a connoisseur’s item, for those who rejoice in [Raymond] Postgate, [Oscar] Wilde, or [Kenneth] Fearing. Subtle, sinister and swell.
Hannah Lees & Lawrence Bachmann, DEATH IN THE DOLL’S HOUSE (Random House, $2).
Dale Clark, FOCUS ON MURDER (Lippincott, $2).
Lange Lewis, JULIET DIES TWICE (Bobbs-Merrill, $2).
Jeanette Covert Nolan, FINAL APPEARANCE (Duell, Sloan & Pearce, $2).
Lawrence Lariar, DEATH PAINTS THE PICTURE (Phoenix, $2).
※March 14, 1943
Hugh Addis, NIGHT OVER THE WOOD (Dodd Mead, $2).
E.X. Ferrars, NECK IN A NOOSE (Doubleday Crime Club, $2).
Aaron Marc Stein, THE CASE OF THE ABSENT-MINDED PROFESSOR (Doubleday Crime Club, $2).
Philip Wylie, CORPSES AT INDIAN STONES (Farrar & Rinehart, $2).
Hulbert Footner, DEATH OF A SABOTEUR (Harper, $2).
※March 21, 1943
Timothy Fuller, THIS IS MURDER, MR. JONES (Atlantic-Little Brown, $2).
Anthony Gilbert, DEATH IN THE BLACKOUT (Smith & Durrell, $2).
Christopher Hale, MURDER IN TOW (Doubleday Crime Club, $2).
Mabel Seeley, ELEVEN CAME BACK (Doubleday Crime Club, $2).
Jefferson Farjeon, MURDER AT A POLICE STATION (Bobbs-Merrill, $2).
※March 28, 1943
Robert Terrall, THEY DEAL IN DEATH (Simon & Schuster, $2).
Giles Jackson [Dana Chambers], COURT OF SHADOWS (Dial Press, $2).
R.A.J. Walling, A CORPSE BY ANY OTHER NAME (Morrow, $2).
Ethel Lina White, PUT OUT THE LIGHT (Harper, $2).
Ida Shurman, DEATH BEATS THE BAND (Phoenix, $2).

No.454 9点 オイディプス王- ソポクレス 2024/09/04 18:14
初上演紀元前427年ごろ。光文社古典新訳の河合祥一郎訳(ギリシャ語の英訳を底本にしたもの)で読みました。ギリシャ語に不案内だが英語の注釈を頼りに原文のリズムを考慮して頑張りました!という意欲作。ある意味ギリシャ語古典プロパーへの挑戦状だけど上出来だと思います。翻訳文を声に出して吟味した、という姿勢はあらゆる翻訳家が実践して欲しいですね。
驚いたことに当時のギリシャでは演劇コンテストで一位になれなかった(多分二位だったろう)、という。
この伝説は初演当時もギリシャ人にはお馴染みなものだったらしく、そういうことなら、登場人物が知らないことをすでに観客は知っていて、いつ本人が気づくか、というドラマチック・アイロニーを楽しんでいたわけだ。
冒頭に殺人事件を解明する!と宣言があって、事実が判明するやり方は結構近代的、いや現代でも証拠として必要充分だ。
非常に楽しめました。

ところでオイディプス王とイオカステ妃の間に子供4人!妃頑張りすぎじゃない?

No.453 7点 二輪馬車の秘密- ファーガス・ヒューム 2024/09/01 11:40
1886年メルボルンで自費出版。1887年ロンドンで出版。原題The Mystery of the Hansom Cab。新潮文庫(1964年 江藤 淳・足立 康 共訳、江藤先生の「あとがき」を読むとどうやら足立さんがメインっぽい)で読み、さらに新訳の扶桑社版も手に入れたので、じっくり再読した。扶桑社が「完訳版」と謳ってるので今まで完訳はなかったように受け取ってしまったが、新潮文庫版も立派な完訳である。いずれの翻訳も読みやすい。新潮文庫版はちょっと古めだが端正な日本語。さすが江藤先生である。
新訳(ページ数は電子本なので"pXXX/全体のページ数"で表示)の底本は“The Mystery of a Hansom Cab”(Rand, McNally & Company 1889)のようだ。全文がWikisourceにある。ヒューム自身の改訂版(Jarrold and Sons, London 1896. “377th Thousand“と表紙に記載)があり、こちらがGutenbergの元本なのだろう(底本は明記されていない)。新潮文庫(ページ数は"★pXX"で表示)は著者改訂1896年版に基づくものと思われる。
トリビアをざっとチェックしていて見つけたのだが、1889年版では第17章冒頭の広告のくだりが
in conjunction with Lewis's Egg Powder and someone else's Pale Ale(ルイス社のエッグパウダーやどこかのメーカーのペールエール・ビールと並んで p195/414)
となっているが、1896年版では
in conjunction with "Liquid Sunshine" Rum and "D.W.D." Whisky(リラウッド・サンシャイン・ラムやDWDウィスキーと並んで ★p171)
のように商品名が差し替えられていたのだ。オーストラリアのローカル物品はやめて、英国でも有名なブランドに変更したのかな? Hogarth Press 1985(著者改訂以前の版の英国最初のリプリントだという)の序文でStephen Knightが"For Jarrold's 1896 edition he cleaned up the language, cut some of the seamier and more Australian references"と言っている。
もちろん両方とも「完訳」なんだけど、扶桑社は「初版オリジナル」完訳版(厳密には初版じゃないだろうが)と宣伝した方がよかったのでは?(ここら辺の版の違いは解説等に記載が全く無い)
さてその著者改訂版Jarrold1896年に付された前書きが非常に面白い。Gutenberg版にもついてるので大抵の電子本にも付属しているはずだ。途中でネタバレがあるのでこの前書きは本篇読後に読んだ方が良い。ここではネタバレ部分は極力カットして以下ざっと抄訳。
「この本は英国ではすでに37万5千部が売れ、米国でも数種類の版が出ているが、この改訂版では徹底的に誤りなどを直した… そもそも私は劇作家志望だったがパッとせず… 近頃評判になっていると聞いてガボリオー(11冊を全部)を読み、面白かったので探偵小説を書いて注目を集めようと思った… 当時、二、三の短篇小説を発表していたが長篇を書くのは初めて… 初稿では××をyyにしていたが変更… Guttersnipe婆さんの描写はもっと下品だったが和らげた… Caltonと下宿のおばさんたち二人はよく知ってる人物がモデル… Little Bourke Streetにはかなり通って観察した… 原稿が完成したもののメルボルンのあらゆる出版社は植民地生まれの作品に見向きもしない… なので5000部を自費出版したら評判が良く、増刷してもあっと言う間に売れた… 機を見るに敏な者たちが「二輪馬車出版組合」を結成し、ロンドンで出版したら驚異的な成功をおさめた… 有名評論家Clement Scott氏の温かい評価がきっかけだろう… でも私は出版権を組合に売ってしまっており、利益とは無縁だった… ブームの一年後に私自身が英国に引っ越した… すでに色々な誤った噂が蔓延していた… この作品は事実に基づいたもの、とか(実際は純然たるフィクションである)… さらに英国では偽ファーガス・ヒュームが多数出没していて、ある偽者は名刺を作って続篇を売り込み、他の偽者は私が本物のヒュームだと言い張るなら撃ち殺す、とまで言い切った(幸いにもまだ実行されていないが)… 最後に、私はオーストラリア出身ではなくニュージーランド出身であり、引退した刑事ではなく法廷弁護士(barrister)であり、五十代ではなくまだ三十代であり、ファーガス・ヒュームはペンネームではなく本名であり、この改訂版を発行する前に受け取った利益は50ポンドだけだったことを言明しておく。」

初稿ではyyが違った!というのが実に面白い。(気になる人は本書を読んだ後でGutenbergを参照してくださいね)

さて内容は、前半(1-20章)と後半(そのあと)に大きく分かれていて、前半は実にスリリングに進む。でも後半でちょっとたるむ。なんか納得いかないモヤモヤが残る。そういう話ならそれまでの振る舞いがヘンテコじゃないの?という感じ。
まあでも当時のベストセラーになったのも良くわかる。そしてこれはザングウィル『ビッグ・ボウ』(1891)と比べると警察の評判がちょっと違っている。まあこれは『ビッグ・ボウ』の感想文に詳しく書きますよ…
トリビアはたくさんありすぎて疲れるので、もし暇があったらやるかもです…
たくさんの引用が散りばめられてるけど、当時の英国のメインストリームの小説家ならダサいと感じてここまで詰め込まないのでは?と思った。ローカル作家ならではの、背伸び感が微笑ましい。
メルボルンの通りは詳しくチェックしてないが全部実在っぽい。「郵便局の時計」というのはGeneral Post Office, Melbourneの立派な時計塔のことだろう。ルートが詳細なので聖地巡礼が楽しそう。
作中現在は冒頭の「一八──年七月二十八日、土曜日(p9/414)」から1883年で良いだろう。
価値換算は英国消費者物価指数基準1883/2024(152.38倍)で£1=29249円
当時の人口は1881年の数字でメルボルン268,000人(推計)、ロンドン4,711,456人。(なお東京都は1880年957,000人)
<以下は探偵小説関連のみ抜粋。全然未調査>
p9/414 ガボリオの小説を地で行くかのよう… かの名高い探偵ルコックにしても◆ ★p9「ガボロー」
p14/414 デュ・ボアゴベイの小説に、この奇怪な事件とよく似た殺人事件を描いた『乗合馬車の謎』という作品がある
p65/414 『リーヴェンワース事件』とか、まあ、そんな類の小説を思い出しますね◆ ★p60 レヴンワース事件か何かを思い出してごらん
p66/414 “ラトクリフ街道殺人事件”についてド・クインシーが書いたもの◆ ★p61 ド・クインシイのロンドン・マール殺人事件の解釈
p77/414 ミス・ブラッドンの小説
p87/414 ポー顔負けの遺体安置所の怪談
p111/414 オペラ・ハウスの〝グリア銃撃事件〟
p131/414 ガボリオの小説を読んでいますから
p131/414 ネッド・ケリーのような凶悪な犯罪者
p224/414 二枚目の人間が罪を犯すことはよくあることで、その証拠にイスカリオテのユダも皇帝ネロも美男子だったと力説◆ ★p195 イスカリオテのユダやネロは美男子
p233/414 開廷を告げる銀の鈴の音が法廷に鳴り響いて
p233/414 裁判長は黒い帽子をポケットに
p237/414 ジョン・ウィリアムズ◆ The Ratcliff Highway murders(1811)の犯人(1784-1811)
p279/414 片手間に探偵の仕事をしているイギリスの友人(a friend of mine, who is a bit of an amateur detective)◆ ★p241 「僕の友達で素人探偵みたいな男」これがシャーロックだった、という説は誰かとなえていないのかなあ。
p295/414 ディケンズの『ピクウィック・ペーパーズ』の中の恐ろしい話… 自分が狂っていることに気づいているにもかかわらず、それを長いあいだうまく隠しおおせた男の話
p342/414 ドア釘みたいに(アズ・ア・ドアネイル)◆ 「死」と結びついている?
p347/414 ネメシス◆ 長い解説だが面白い。本当の伝説か?
p363/414 あなたのパンを水の上に投げよ
p376/414 毒物取締法によると、買うときには立会人が必要なはず
p391/414 小切手の支払いはできなくなった
p394/414 古代ローマのコロッセウムで行なわれた… そこでは舞台が終わるとオルフェウスを演じた役者がクマに八つ裂きにされたのだよ

No.452 7点 リーヴェンワース事件- A・K・グリーン 2024/08/30 18:22
1878年出版。ザングウィル『ビッグ・ボウ』(1891)をやろうと準備していて、ふとヒューム『二輪馬車』(1886)の感想をまだ書いてないことに気づき、新訳をあらためて読んでいたら、この本への言及があって、そうそう国会図書館オンライン(NDLdc)で読めるかも?と探したら東都書房の世界推理小説大系は全巻オンラインで読めるようになっていた。若者にも手に入れやすい状況は実に良い!じゃあまず、ここから再スタート、と読み進めたら非常に面白い。翻訳も素晴らしく、実に読みやすい。
発端の発見からインクエストになだれ込み、紳士のプライドと探偵興味のせめぎ合いが可笑しくてスリリング。当時の人情が細やかな筆致で悠々と描かれる。歌舞伎の世界ですね。現代では時間がたっぷりある暇人の楽しみになっちゃうけど、昔のエンタメってゆっくりした時間の流れなんですよ。
読んでいてメースン『矢の家』(1924)のシチュエーションと似てると感じた。二人の美女に挟まれた駆け出し弁護士のドキドキハラハラ。英国人が資産家の娘さんを… というのも『二輪馬車』に出てきて(他にも当時のオルツィの短篇にはたくさん出てくる)当時の流行である。まあ趣旨はだいぶ違うのだけれど、英国貴族は没落しつつあったのだ。
強烈なボランティア・キャラが出てきて、ここに出てくるのはやりすぎだと思うけど(強引に好意につけ込んで上がり込むやり方!)実際にこんな施し好きの人もいたのかも。
ミステリ的にはまだ科学捜査が不十分と思われる時期にも関わらず、銃器の取り扱いがしっかりしていたり、インクエストが実にそれっぽくて満足。新聞が大人しすぎるのがちょっと不服(ここは『ビッグ・ボウ』との比較)。実際にこんな事件が発生してたら、もっとセンセーショナルに騒ぐんじゃないかなあ。
トリビアは後で気が向いたら。原文はGutenbergにもあります。
銃器関係だけは書いておきたい。
登場する銃器は「これは32号の弾でして通常スミス・アンド・ウェッソンの小型ピストルと共に売却されます(It is a No. 32 ball, usually sold with the small pistol made by Smith & Wesson)」で32口径かな?と思ったのですが、後段で「輪胴(チェンバー)は七つ」とあるので七連発の22口径S&WモデルNo.1ですね。当時の弾丸の箱を見てもNo.32とは書いてないので作者の勘違いなのかなあ。

No.451 6点 シャーロキアン殺人事件- アントニー・バウチャー 2024/08/27 06:00
1940年出版。グーテンベルク21が拾ってくれるなんて想像もしなかった。教養文庫は持ってるはずだがずっと書庫を探して見つからず、だったので非常にありがたい。翻訳は非常に良い。(仁賀さんクオリティへの心配と駒月さんの名前で安心… というのが人並由真さんと全く同じだったので苦笑…) まあただ数少ないが意味不明のヘンテコ訳はトリビアでご紹介しちゃいました。
初版のダストカバーを見るとオブリーンものとしての出版ではないが、現行のペンズラー監修Mysterious Press版(Kindleで入手可能)ではFergus O'Breenシリーズ第二弾となっている。本作にはFO'BシリーズのレギュラーであるA・ジャクソンとモーリーンが登場し、第一作The Case of the Crumpled Knave(1939)への言及が数箇所あるので当然の扱いだろう。
シャーロキアン(ただし原文には一度もこの語は登場しない)なら本作は楽しめるだろうけど、読み込んでない人には「ふうん」レベル。バウチャーの悪い癖であるお遊びの強い浮世離れ感が出過ぎ。得意の言葉遊びも(いつものように)胃にもたれる。まあでも全体的に気に入りました。
バウチャーさんって、なんか人に興味が無さそう。キャラが薄いのはそのせいかな、と思う。
さて、以下トリビア。参照した原文はCarroll & Graf 1986。翻訳は大胆に訳注をほぼカット。潔ぎ良い姿勢だが、ならば三箇所ほどの割注も無しで良かったのでは?
電子本なのでページ数はpXXX/全ページ数で表記しています。
作中現在は本文に記されている通り1939年6月から始まる。最初の場面が何日かは不明だが6/26(手紙の日付)の数日前と思われる。第二次世界大戦の開始はナチスのポーランド侵攻1939-09-01である。
価値換算は米国消費者物価指数基準1939/2024(22.63倍)で$1=3270円
原文には献辞あり。“All characters portrayed or referred to in this novel are fictitious, with the exception of Sherlock Holmes, to whom this book is dedicated”
p6/378 蛇則(Buy Laws)◆ 普通はby laws(附則)。ワザとbuyにしてるが何かにかかってるのかなあ。
p7/378 おもしろいことになってきたぞ!(The game is afoot!)
p8 ハードボイルドなどという… ミステリ小説(mystery novels of the type known as hard-boiled)
p11 ショートカットの黒髪(her short black hair)◆ アイルランド娘という事でMaureen O’Hara(赤毛)のイメージかな?と思ったけど、メジャー・デビューは『ノートルダムの傴僂男(RKO 1939-12)』だった。
p11 ハーマン・ビングやマイク・カーティズ(Hermann Bing maybe, or Mike Curtiz)◆ いずれも欧州からハリウッドに逃れてきた映画監督。ビングはドイツ出身、カーティズはハンガリー出身だがドイツに亡命していた。
p11 『ホートン』を高速度撮影で(direct Horton in slow motion)◆ ここは映画の題名ではなく、映画俳優のEdward Everett Hortonのことか? 気取った感じが笑いを誘う。
p30 『楽しみにする』という動詞の用法が初歩的なミスを犯している(the disgraceful misuse of “anticipate.”)◆ 手紙文の原文は“Hoping that I shall soon receive a favorable reply from you” 私は文法が苦手だが、いろいろ探ったところでは、hopeは未来が当然なので、that以下でshallとかwillであえて未来形にすると反対のことを含意してしまう(「良い返事をいただけないかもですが… 」というニュアンス)らしいので正解は現在形だと思う。でも口語ではつい未来形にしちゃうことがあるようだ。
p40 誰が手紙を書いてたんだい?… 『誰に』でしょう(“Who were you writing to?”… “Whom”)◆ 『ゴルゴタの七』でもwhomは絶滅危惧種とあった。
p45 かつては隆盛を極めたあのUFAが強制追放されてゆく様を描いた宣伝映画『大混乱』(the propagandistic Mischmasch which our once great UFA has been forced to turn out)◆ 試訳「かつては偉大であった我らのUFAが無理矢理製作を強いられた宣伝映画『大混乱』」 この題名のUFA映画は該当がない。当時の有名なプロパガンダ・ドキュメンタリー映画といえばTriumph des Willens(1935)だが…
p47 ベルリンのカフェで我々が接触した三人の同志の話(the story of the three friends who met in a Berlin café)◆ 試訳「ベルリンのカフェで出会った友だち三人の話」
p50 グルーチョ・マルクスの特別室(Groucho Marx’s stateroom)◆ 『オペラは踊る』(1935)でグルーチョの小さな船室にサービス要員がどんどん入ってくる場面はstateroom sceneと呼ばれているようだ。某Tubeに抜粋あり。
p55 エイミー・ロブザート… フローラ・マクドナルド(Amy Robsart … Flora MacDonald)◆ Amy, Lady Dudley(1532-1560)、Flora MacDonald(1722-1790) ここはCharles Edward Stuartを追っ手から匿ったFloraが正解。
p65 今はオスカーの時代じゃない(a line that nobody’s got away with since Oscar)◆ 調べつかず。アイルランド神話にオスカーというのがいるらしいが…
p66 ケニー・ワシントン選手(Kenny Washington)◆ 黒人で初めてNFLと契約したレジェンド選手。大学ではジャッキー・ロビンソンのチームメイトだった(二人とも野球とアメフトをやっていた)。
p67 『シェイクスピアの霊の黙示録』 (Revelations by Shakespeare’s Spirit)◆ Sarah Taylor Shatfordが1919年に出版した自動筆記によるというふれ込みの本。
p69 A・ジャクスンのAが何の略字かという謎(What that A. stood for was a deep mystery)
p69 今年一月の特異な事件(an extraordinary case last January)◆ 原文には注あり。The Case of the Crumpled Knaveのこと。
p72 男たちはそれぞれ見習いだったつらい修業時代を思い出していた(the men began to remember the rougher days of their apprenticeship)◆ 試訳「男たちは若かりし時代の荒っぽい日々を思い出していた」
p74 ダイズ委員会(Dies Committee)◆ House Un-American Activities Committee 下院非米活動委員会の1938年ヴァージョン。
p86 おちょくる(rib)
p99 アスルリー・ ジョーンズ(Athelney Jones)◆ 勘違いか誤植だろう
p101 なんたるたわごと!(Horse feathers)
p102 身長制限をほんの一、二センチ上回るほどの(half an inch over the police minimum height)◆ 試訳「警官の最低身長基準を半インチ超えているだけ」
p109 中国人みたいに(like the Chinaman)◆ 話の流れで若い女性が口にすべきでない下ネタ・ジョークだろうと見当をつけ調べるとジャック・ニコルソンが『チャイナタウン』(1974)で床屋から聞いて下品に披露するヤツが見つかった。この映画は1930年代後半のL.A.が舞台なので時代も場所もぴったり。某Tubeでlike a chinaman jokeを検索すると出てくる。
p111 マルヴェイニーの小説(the Mulvaney stories)◆ キプリングの作品群。アイルランド人マルヴェイニー(Mulvaney)、コックニーのオーセリス (Ortheris)、ヨークシャ人のリアロイド(Learoyd)の三人が登場するシリーズ。インドの言葉がたくさん出てくるようだ。
p118 独断的なワトスン(a confidant, a Watson)◆ 試訳「腹心の友、ワトスン」 confidentと間違えたのね
p118 東の丘に朝露結び、歩道に朽葉色の衣ふむ夜明け(the dawn in russet mantle clad walks o’er the dew of yon high eastern hill)◆ Hamlet, Act 1, Scene 1 (Horatioのセリフ)
p122 韻を踏んでみたが最後のがちょっと弱いかな(Last line’s weak, but I like the third)◆ ここに登場する詩文はキプリング "West meet East"(1889)のもじり。原文は“For there is neither East nor West, /Border nor breed nor birth, /When one strong man’s been done to death, /And of suspects there’s no dearth”キプリングとは三・四行目が異なる。原詩は“When two strong men stand face to face, /tho’ they come from the ends of the earth”
p131 女性だったら真二つに切断されかねないような怪力で(one who knows that the woman wasn’t really sawed in two)◆ 試訳「女性が本当はノコギリで真っ二つにされてないことを知ってる人のように」 マジック実演が実に不思議だなあ、とポリポリ頭を掻いている情景。
p131 握りの部分に極めて美しい真珠の装飾がほどこされた小さなオートマチック(small and exceedingly pretty pearl-handled automatic)◆ 試訳「小さくてとても美しいパール・グリップのオートマチック」拳銃の握りでよくあるパール状の模様は白蝶貝などが原材料。真珠を埋め込んでるわけではない。
p138 スプリング錠(a spring lock)◆ ばね仕掛けでドアを閉じると自動的にロックする仕組みのように読める。このドアの場合は、鍵を使えば外からも開けられると記されている。
p148 偉大な狩猟家バーラーム(Bahram, that great hunter)◆ ササーン朝の君主(在位420-438)のバハラーム五世のことらしい。無駄に知識があるバウチャーさん
p149 合法的殺人(justifiable homicide)◆ 法律用語。正当防衛の結果や、法執行中のやむを得ない殺しのこと。
p155 小麦の山(a stack o’ wheats)
p160 あったのは絶対確かです(That there was a door was an obvious fact)◆ 「ドアが」が抜けている。
p164 オールド・ペッドかブラインド・スポット(old Ped… the Blind Spot)◆ Old PedはOzark FolksongのThe Old Peddlerのことか?Oh, Old Ped got out and out him a gad,/ Back to the wagon Old Ped did pad... He got in and he gave him a lick,/ He struck so hard that he broke his stickという歌詞あり。Blind Spotは1932年の英国犯罪映画が見つかったが内容不明。
p168 『トリスタン』を暗誦しました。「可愛いアイルランド娘、いったいおまえはどこにいる?」(whistled the phrase from “Tristan” which accompanies the words: “Mein Irisch Kind, wo weilest du?”)◆ このままの文句がワーグナー『トリスタンとイゾルデ』Act 1, Scene 1 冒頭、若い船乗りの朗唱にでてくる。この文句はT.S.Eliot “The Waste Land”にも引用されており、有名な一節のようだ。
p169 その自由連想の結果生じたすばらしい主題について、今ここでゆっくりお話しできないのが重ね重ね残念です(But this paper is no place in which to indulge in the fascinating subject of the results of free association)◆ 試訳「ここでは自由連想がもたらす結果という魅力的なテーマにふれている余裕はない」
p178 一応、念には念を入れて……か (...)お偉いさんがその言葉を文字通りの意味で使うことはまずないからな(Merely corroborative detail (...) though hardly, I trust, in the sense in which Pooh Bah used the phrase)◆ ここはギルバート&サリヴァン『ミカド』第二幕から。試訳「『ただの裏付けとなる細部』… というところかな。『ミカド』でプー・バーが言った時の意味とは全く違うがね」
p183 あなたは片足をもう片方の足より遠くへ投げ出してらっしゃいますね?(you’ll notice that one of your legs Is quite a stretch longer than the other)◆ 「あなたの片方の足はもう一方よりほんのちょっとだけ長いと気づくでしょう」と読める。でもこの場面ではピンと来ない。隠された意味があるのかなあ。もしかして「あなたは観察力が鋭いから、そういうどうでも良いくらいの長さの違いも気づいちゃうかもね」というジョークか?
p184 オックスフォード・グループ(Oxford Group)◆ 英Wiki参照。ここら辺、カトリック教徒のバウチャーがカトリックを控えめに称賛している。
p198 カリフォルニア出身のローズヴェルト二世好みとカンサス出身のローズヴェルト一世好み(a curious mixture of Roosevelt II Californian and Roosevelt I Kansan)◆ 翻訳は合ってるが、有名なローズヴェルトはテディとフランクリン(FDR)の両大統領しか思い浮かばない。いずれもニューヨーク出身で特にカリフォルニアやカンサスと関係なさそうなのだが…
p206 大いなる賞賛を受けた嫌われ者、いわば〈よき平凡な料理人〉(being that most highly praised abomination, a “good plain cook”)◆ 話者は皮肉屋なのでgood plain cook という表現は大嫌い、という趣旨か。
p206 スタイケンやウェストンにとってのUP社の報道カメラマン、ガストゥルのようなもの(somewhat the same relation to my Gustl as a U.P. news cameraman bears to Steichen or Weston)◆ SteichenとWestonは当時の有名写真家。ニュース・カメラマンと有名写真家の関係が、このgood plain cook と「我がGustl」の関係と相似形だという。ということはGustlは馴染みの最高級料理人なのだろう。
p210 エリザベス・ホーズ(Elizabeth Hawes)◆ 米国の有名ファッションデザイナー
p210 ダニロワ◆ Alexandra Danilova、ロシア生まれのバレリーナ
p215 ヘブロック・エリスのような禁欲の固まりのような権威者(a less austere authority than Havelock Ellis)◆ 試訳「ハブロック・エリスよりいささか劣る専門家」
p223 犯罪人類学のフートン(Hooton)◆ Earnest Hooton、著書Crime and the man. (1939 Harvard Univ. Press)など
p225 検視陪審(coroner’s jury)
p233 へロデルマ・サスペクトゥム(Heloderma suspectum)◆ なかなか可愛い
p234 私の姓を取って『ジョン・オウダブ』名義で(under ‘John O’Dab’ from my own name Jonadab)◆ 試訳「私の名前ジョナダブから『ジョン・オウダブ』名義として」
p242 ジェイムズ・サーバーの『さあ、ヤマウラへ行ってスズメッチになりましょう』という有名なくだり(the immortal line of James Thurber… “Now we go up to the garrick and become warbs”)◆ The Black Magic of Barney Haller By James Thurber、初出The New Yorker August 19, 1932
p253 悪質遺伝の典型のジューク家やカリカック家(the Jukeses and the Kallikaks)◆ 懐かしいなあ。このキ印家系の名前を初めて知ったのはEQだったような気がする。もちろん両家とも仮の名字。
p255 ソウニー・ビーン(Sawney Bean)◆ Wiki "ソニー・ビーン"で項目あり。
p255 ジーン・ファウラー(Gene Fowler)◆ 1890-1960、米国のジャーナリスト、作家。映画シナリオでも有名。ここで言及されているのはTimber Line(1933)と思われる。
p264 ハバナ産高級葉巻の〈コロナ・コロナ・コロナ〉(Corona Corona Corona)
p264 パパ(sugar-daddy)◆パパ活の方の「パパ」
p266 ルクセンブルク伯爵のワルツ(Count of Luxemburg waltz)◆ レハールのオペレッタDer Graf von Luxemburg(1909)を英語で改作したロンドン版(The Count of Luxembourg 1911)の時に新たに追加したもの。有名曲なので聴いたことあるでしょう。
p268 「ダブル、ダブル、ドイル。そしてトラブル」(Double, double, Doyle, and trouble)◆ 『マクベス』 (第四幕 第一場)魔女たちの歌のもじり。オリジナルはToil
p270 掛け金を外さずにドアを開けた(kept the door on the latch as he opened it)◆ ドアのメイン・ロックを外して「開く」にしたが、ボルト(latch)はかけたまま(ドアは開けていない)という状況だろう。次の文で、まだ外の姿は見えず声だけが聞こえている。
p272 『適正に処理した』と称するサラミ(kosher salami)◆ ユダヤ教の肉の扱いは難しいよね(イスラム教ならハラールという)
p276 死体があった(there was a body)◆ 正確には「身体があった」この時点では生き死にを明確にしたくない。ミステリ界では時々訳語にこまる言葉。
p288 男が夜に髭を剃る意味(why men shave at night)◆ だいたい想像がつくが、私の見聞では初耳情報。欧米人はヒゲが濃いからか?
p290 フォンデュ(fondue)◆ バウチャーのレシピ公開。美味しそう!
p291 高名なコック…アレクシス・ソイア(the eminent Alexis Soyer)◆ フランス人シェフ(1810-1858)
p303 ブラームス第二交響曲の最新版(the newest recording of the Brahms Second)◆ Brahms:Symphony No.2 in D major Op.73、当時のレコード(LPはまだなので五枚組になる)ならEugene Ormandy(1938?)だろうか。
p303 〈ラリー・ワグナーとリズマスター〉の演奏による...(Two Dukes on a Pier, fox trot, by Larry Wagner and his Rhythmasters)◆ このレコードは実在する(Victor 1937-11-24発売)。A面はAutopsy on Schubert。Internet Archiveで聴けますよ。
p305 八枚とももらうよ。ええと七五セントの、一ドル五〇セント、三……全部で六ドルだね(Eight records at seventy-five—one fifty—three—That would be six dollars)◆ 試訳「75セントが八枚… 1ドル50… 3ドル… 全部で6ドルだ」
p307 STEIN GO (以下略)◆ 誤植あり。 単語数が多すぎる。冒頭のSTEINは不要。 GOから始まるのが正解。
p307 六ドルにかかる売上税(The sales tax on six dollars)◆ よそ者だからこの種の税金に馴染みがなかったのだろう。 米国は全国一律の売上税を制定したことがない。1930年代には23州が売上税を採用していた。
p312 ベッド代二五セント部屋代五〇セントより(Beds 25¢, Rooms 50¢ And Up)◆ Bedsは一泊(夜だけ)、Roomsはまる一日という意味かなあ… 安宿代がレコード一枚より安かったとは。それでも一日約1600円だから激安。
p312 危険も二倍(Double Jeopardy)◆ 法律用語。一事不再理(同一の罪について二度裁かれない)原則のこと。試訳「二度裁かれないはずなのに」
p312 ガーネット事件… あの札つきの悪党(Garnett case. That crumpled knave)◆ いずれも The Case of the Crumpled Knaveへの言及。翻訳者は気づいていないらしい。後段は「あのくしゃくしゃになったジャック」
p329 するとエヴァンズさんが生んだ男の代名詞は、単に因習を引きずってるだけかな(Particularly if we consider Mr. Evans’ masculine pronoun as a mere convention)◆ 試訳「あえて言うがエヴァンズさんが「彼」という代名詞を使ったのは便宜的なものだろう」前段でエヴァンズが犯人を「he」と称したのでこのセリフ(翻訳では「彼」を使っていないため余計に分かりにくくなっている)。それに対するエヴァンズの返事は“It was intended as such”(そのつもりでした)
p353 マックス・ファリントンのような頭の切れる弁護士(a good lawyer, like Max Farrington)◆ The Case of the Crumpled Knaveに登場する弁護士。
p364 「あれはなかったことなの?」 「そのとおり」◆ この誤訳は最悪。ただでさえ弱弱な男が最低の返事をしてることになる。原文は“Did you mean it—what you didn’t quite say?” “You know I did.” 試訳「本気じゃなかったの?ちゃんと言葉にしなかったことだけど」「本気に決まってる」
p369 「会の罰則により」(Our Buy Laws)◆ ここはp6に合わせるべきところ。

No.450 8点 殺人保険- ジェームス・ケイン 2024/07/29 12:46
1936年出版。初出Liberty1936-02-15〜04-04。国会図書館デジタルコレクションで読みました(新潮文庫)。
翻訳は実にしっかりしてるけど、いささか古め?これしかないのが意外だった。郵便屋さんは何回も翻訳されてるのに。早川では『倍額保険』というタイトルすらA・A・フェアに取られちゃってる(Double or Quits 1941)。
延原謙さんの評伝を読んでて「映画に感心、原作も良し」とあったので、気になって、まずワイルダー映画『深夜の告白』を観てから、原作本を読みました。私は基本「本→映画」の順番なんですけどね。でもこの作品は映画を先に観た方がずっと良いと思う。
ケインさんは若い頃、保険のセールスをチョコっとやったことがあり(ただし契約は一本も取れなかったらしい。英Wiki情報)、また保険業界と関わりのあった父親から内情を聞いてたようだ。現実の「倍額保険」殺人事件(Albert Snyder殺し, 1927-03-20)をヒントにしている(英Wiki "Ruth Snyder" 愛人はコルセットのセールスマン)。
実は飛び級の秀才だったケインさん。パッションが重要要素な作品なのにクール、というのはそのせいか?インテリが野卑な暴力性に惹かれるってありがちかもね。
本作品にも唐突感があり、それは映画でも小説でも解消されなかった。情動があんまり伝わってこない。だから郵便屋さんでラフェルソンはああいうシーンをわざわざ撮ったのかなあ。でもまあエロは売れるからね。
まず映画(1944年9月6日米公開)からいくと、ディクタフォンが嬉しい。ロール型に注目。原作では「レコード(p133)」となっている。【14:32追記: ここら辺、全く勘違いだったので修正した。1920年代から蝋管が主流。1950年代ごろディスク型に移行した。原文は"record"、「記録(装置)」という意味で「ディスク型」を指しているわけではない。】
スタンウィック姐さんなので色々と強そう。男が守りたくなるタイプじゃないのがやや不満だけど観てると気にならなくなる。ロビンソンが非常に良い。煙草シーンが実に効果的なんだが、今の世界なら…と考えてしまった。映画はとても楽しめました。ボガートの映画が好きなら気にいるはずですよ。
さて原作だ。映画とどう違うのかな?と読み進めて、かなり面白い違いがある。書きっぷりは行間に意味を込めるタイプ。明示されないと分からない人には向かないかなあ。
本作にもフィリピン人が出てくる。戦間期ハードボイルドにはつきものなのか(『大いなる眠り』p185、ハメット1924年の短篇など)。作中年代は1933年の大晦日の洪水(Crescenta Valley floodで英Wikiに項目あり)が言及されており、今年もあるかなあ、という感じなので1934年か。ああ、意外と面白いインクエスト関係のネタが拾えた。へえ、なるほどね、と思いました。
トリビアは後で。原文で再読中。シンプルで力強い文体なので、難しい。
映画シナリオも翻訳されてるんだ… なら、そっちも読みたいなあ。

実際の犯罪ネタを調べるのにいつも便利なWebサイト『殺人博物館』に「ルース・スナイダー、ジャッド・グレイ」の項目があり、非常にわかりやすいです。なおケインは郵便屋さん(1934)の着想もこの事件から得たらしい(英Wikiの「郵便屋さん」に詳細あり)。

No.449 5点 ヴェルフラージュ殺人事件- ロイ・ヴィカーズ 2024/07/12 21:10
1950年出版。
ブッシュさんの作品を「ヴィカーズ迷宮課の長篇化」と言ってる手前、ご本尊の長篇はどんなだろうか、と思っていたら国会図書館デジタルコレクション(NDLdc)でオンラインで読めることがわかって、さっそく読んでみました。
残念ながら全然、迷宮課っぽくなかったのですが、冒頭のシチュエーションが良い。でもずっとぼんやりしていてキレがない。なんだかズルズル話が進みます。主人公も頭で勝負するタイプじゃないし。
軽スリラー、という感じで巻き込まれ型の物語。中盤、終盤の工夫は結構あるけど、盛り上がりに欠ける。まあでもなかなか面白く読めた。
原文無しなので、トリビアは省略。文中「審問」とか「査問」とか「検死」とあるのはインクエストのことだろうけど、用語が統一されてなくて気になった。

No.448 6点 殺人は容易ではない: アガサ・クリスティーの法科学- 事典・ガイド 2024/06/26 04:25
2021年出版。著者は英国の法医学(この訳書では「法科学」)の専門家だという。
残念ながら著者はアガサさん以外のミステリを読んだことがないらしい。
とりあえず指紋と銃器について読んだ。
指紋では「赤い拇指紋」への言及が全くない。探偵七つ道具を入れた鞄を携帯した探偵を実際の捜査官に先駆けて発明したのはアガサさんだとしている… 多分全編通じてソーンダイク博士への言及も全くなし。じゃあトミタペ「二人で探偵を」も読んで無いんだろうね。
法医学とかそういうネタをミステリに絡めて語るなら、まずソーンダイク博士でしょう。英国ではもう忘れられた存在なのかなあ…
銃器鑑定については、まあ良くまとめてあるが、パラフィン・テストへの言及が全く無し。それっぽい記載がちょっとだけあるが1970年ごろから捜査に使われたって?
フェル博士はある事件で「パラフィン・テスト」にはっきり言及している。時代設定1945年の事件だよ。(ネタバレになるので具体的に何事件かは言えません…)
アガサさんは読み込んでるみたいだし、法医学ネタは正確で上手くまとめていると感じた(ちょっと変な記述は翻訳家が間違えてるのかも… 後で原文で確認する予定です)。英国の銃弾の比較顕微鏡研究が1930年ごろからスタートしてる、という貴重な情報もあった。
まあアガサさんのファンには大いに参考になるでしょう。ネタバレも読んだ範囲内では割と上手く処理して、核心部分は回避してるようにも思う。
サイレンサーについての記述が薄くて残念。JDCも平気でリボルバーに装着させてるのでフィクションの影響大なのはわかっていたが、米国パルプマガジンが元凶なのかなあ、と私は睨んでいるが具体的なデータ無しです。リトル・ウィリーへの言及はちゃんとあったが、ベントリー「トレント」に登場するリトル・アーサーには触れていない。
アガサさんのファンはアガサさんが空高く持ち上げられてるので、気持ち良いだろう。私の知り合いにもアガサさんしか読まないヒトがいて、著者もその類いらしい。

<追記2024-06-26 07:15>
原文を入手したので(Kindleで1000円程度!この本は法医学の参考書として使えそうなので早速入手しました)以下、銃器関連で気になった文章をチェック!
p110 二番目の手がかりは、銃から押し出される空の薬莢(「シェル」と呼ばれることもある)(The second is the spent cartridge case or casing (sometimes called a ‘shell’) whichi is usually ejected from the weapon)◆ シェル=薬莢ではない。ショットガンの撃ち殻がシェル。原文のusuallyは、リボルバーなら薬莢は弾き出されず、拳銃内に保持される、という意味。試訳:第二に、大抵は銃から弾き出される、使用済みのカートリッジやケース(「シェル」と呼ばれることあり)
p112 セミオートマチックピストル(まちがって「オートマチックピストル」や「オートマチック」と呼ばれることもある(Semi-automatic pistols (sometimes incorrectly called ‘automatic pistols’ or ‘automatics’))◆incorrectlyは「不正確に」という感じだろう。まあ世の中の大抵の文章では「セミ抜き」だ。
p112 弾倉に弾丸が充填されるこの銃器の(about magazine-loaded weapons)◆ 弾倉により弾丸が供給される、という意味。翻訳は逆に捉えている。
p113 当時開発されて間もないセミオートマチック銃(then recently developed semi-automatic pistol)◆ ここは「ピストル」としなくては。セミオートのライフルも存在しているし、この文章の少し前にも登場している。セミオートのライフルやセミオートのピストルは20世紀初頭から開発されているが、ピストルの方が軍採用が早く、ルガーP08は1900年スイス軍。セミオートのライフルは1917年仏軍M1917が軍採用の嚆矢のようだ。
p114 通常のショットシェルの装弾をまとめてひとつの大きくて堅い塊にしたような「スラッグ」など猛烈な破壊力を秘めた弾もある(‘slugs’ which are effectively like taking all the pellets in a usual shotgun shell and smushing them into one big, solid blob)◆ 「猛烈な破壊力を秘めた」は原文に無し。
p114 薬室を密封できるように伸びる枠(薬莢またはケース)a casing that could expand to seal the chamber◆試訳:膨張して薬室を密封できるケース
p116 スラッグ:効果抜群のショットガン用の弾丸(Slugs – These are effectively bullets for use in shotguns)◆ 試訳:事実上、ショットガン用弾丸と言える。ああ前述の「猛烈な破壊力」もeffectivelyを誤解してんのね。
p123 弾丸にどれも同じ欠陥があるということは、すべて同じ銃から発射されたということになる(All the bullets had the same defect, which meant they’d all come from one source)◆ ここは弾丸のゆがみが一定なので、ハンドメイドの弾丸の鋳型が同じ、という趣旨。発射した銃とは関係ない。試訳:どの弾丸にも同じ欠陥がある、ということは出どころが一つなのだ。
p127 「ラチェット」とはリボルバーの一部を差す(a ‘ratchet’ is part of a revolver)◆ 試訳:「ラチェット」とはリボルバーの部品の一つだ。
p129 一九二四年の五百ポンドといえば◆ 英国消費者物価指数1924/2021(63.47倍)で£1=9647円(2021のポンド円レートによる)なので、訳註の約500万円は正しい。
p129 車のなかにあった珍しい薬莢... 槊杖という銃の掃除用の棒で銃身内に傷がつき、その銃身の傷のせいで薬莢に痕跡が残った可能性が高かった(an unusual cartridge case in the car was also an important clue as it had a unique defect which was likely to have been caused by a gun which had been damaged by a cleaning rod or ram rod)◆ 銃身に傷があっても薬莢に影響はほぼ与えない。原文ではどこを槊杖で傷つけたか言っていない。実際は多分槊杖を押し込みすぎて、銃尾を傷つけたのだろう。これなら発射時に薬莢が銃尾に押し付けられるので、そこの傷を完全に転写する。なおこの事件でも遺体から弾丸が摘出されているが、線条痕から拳銃を同定する、ということは全く触れられていない。1927年の英国にその発想は全然なかったのだ。

まあこのくらいにしておきましょう。この訳者は銃器に馴染んでいない感じ。まあでも概ね正確。私の日本語の好みだと、ちょっともたついた感じなので70点くらいでしょうか。(あれ?あんたの短編小説の翻訳は完成したのかい?)

No.447 10点 人形紳士 少女探偵・火脚葉月 最後の事件- 根本尚 2024/05/19 18:15
まさか根本センセに泣かされるとは!

絵はラフこの上なし!ですが、無料です。
まず写楽炎で肩慣らしをしてから、が良いでしょう。

No.446 6点 Re-ClaM 第11号 ダブルデイ・クライムクラブとその歴史~History of "Doubleday Crime Club"- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2024/04/03 08:20
私は電子版を購入しました。元々は同人誌として2023年11月11日に発表されたもの。
次はコリンズ・クライムクラブを取り上げて欲しいなあ!(日本の創元クライム・クラブは「掲示板」にリストを載っけといたよ)

【特集】ダブルデイ・クライムクラブとその歴史~History of "Doubleday Crime Club"
[評論翻訳]エド・ハルス「クライムクラブの黄金時代、1928-1940」(三門 優祐 訳) ◆ とても面白い。なおThe Baffle Bookへの言及あり。やはり著者はジョン・T・コルターだった。(←誰?)
[訳者解題]クライムクラブの黄金時代 (三門 優祐) ◆クライムクラブ・セレクション(1928-1934)のリスト付き
[レビュー] John Stephen Strange "The Man Who Killed Fortescue"(1928) (三門 優祐)
【連載・寄稿】
・Queen's Quorum Quest(第46回)(林 克郎)#32 Lingo Dan(1903) by Percival Pollard
・A Letter from M.K.(第10回)(M.K.) 洋書ミステリ8冊の感想
①Franco Vailati "The Flying Boat Mystery"(1935)
② Arthur J. Rees "Tragedy at Twelvetrees"(1931)
③ Leonard Holton "The Devil to Play"(1974)
④ Eden Phillpotts "The Wife of Elias"(1935)
⑤ T. Arthur Plummer "Death Haunts the Repertoty"(1950)
⑥ Anne Nash "Cabbages and Crimes"(1945)
⑦ Esther Haven Fonseca "Death Below the Dam"(1936)
⑧ Cecil M. Wills "Then Came the Police"(1935)
・海外ミステリ最新事情(第12回)(小林 晋) CADS 90(2023-07)/復刊・新刊情報/クラシック・ミステリ原書新刊情報(2023/04-2023/9)
・こんな翻訳もあったのか(第2回)(黒田 明)◆ 主として戦前のマイナー雑誌に載った海外作家の短篇小説のリスト。アガサさんの『アクロイド』は『苦楽』1927-09〜10に分載、すごく早い!
・『アントニイ・バークリー書評集」第二期に向けての助走(三門 優祐)◆ 手始めに初期(1930年代のもの)のDaily Telegraph書評の掲載号一覧。そして書籍化の構想も。同人誌で出していただけるんなら電子版も出して欲しいなあ!
[レビュー]原書レビューコーナー(小林 晋)
・Michel Herbert & Eugène Wyl "Le crime derrière la porte"(1934)
・Noël Vindry "Un mort abusif"(1953)
・Billie Houston "Twice Round the Clock"(1935)
・Nap Lombard "Mother's a Swine"(1943)
・Herbert Adam "Exit the Skeleton"(1952)
・Patrick Laing "The Lady Is Dead"(1951)
・William Dale "The Terror of the Handless Corpse"(1939)
・K. D. Guiness "Fisherman's End"(1958)
・Thorp McClusky "Weird Tales Nobility"(2023) ◆短篇集

次号は2024年5月の文学フリマ東京38だそうです。地方在住者としては電子版を早く出していただけると助かります!

No.445 5点 World's Best One Hundred Detective Stories (1929 全10巻)- アンソロジー(海外編集者) 2024/03/26 04:21
1929年出版の全十巻のアンソロジー。Detective storyに特化してるのが画期的。
私はまだ2作しか読んでいません。とりあえずの中間報告です。リストマニアの人並由真さまも喜んでくれるかな?
実はおっさんさまが発掘したリチャード・コネルの短篇に出てきた伯父さん探偵が、長篇Murder at Sea(1929)にも登場する、とわかって俄然読みたくなったのです。それでいろいろ探したのですが、電子版やネットにもアップされていない。eBayとかで海外から取り寄せるしかないみたい。情報を探してるなかで「短篇The Sting of the Waspにも登場するアマチュア探偵が主人公」という紹介文があったのです。
こっちは手に入るかも?と思って、いつも役にたつFictionMags Indexで調べて、このあまり知られていない大部のアンソロジーに至ったのです!
コネルの作品自体は、まあ並の出来だったのですが、このアンソロジーの方はとても興味深い。
EQが応募した探偵小説コンテストがあったり、当時の米国探偵小説界は勢いがあったんですね。ヴァンダインのバカ売れで出版社はドジョウを探してたんでしょう。もちろん英国ゴランツのアンソロジー(セイヤーズ編 1928)の影響も大きかったはず。なんせ全十巻ですからねえ。企画実現にはかなりのパワーがいったはずだよ。
ラインアップを以下に置いておきます。翻訳もちょっと調べてみたけど、網羅してません(特に古い翻訳はノーチェック)。
収録内容を見ると、ちょっとやっつけ仕事じゃないの?という感じ。同じシリーズから数作収録してるし、私が読んだ一作のように並の作品としか思えないのも入ってる。でも珍しい作品も入っていてなかなか興味深いです。
データ作成には九割がたFictionMags Indexを利用させていただき、独自に原本({FULL TEXT}と表示した巻はInternet Archiveにあり)や他のネット情報で修正したものがあります。

#通算番号 作品名 [シリーズ探偵] • 作者名 (初出と思われる雑誌、または作品集"書籍名" 出版社 出版年) *注釈、邦訳は「作品タイトル」『収録書籍(出版社)』で表示。ほとんどAmeqlistさんを参照させていただきました。(日本のFictionMags Indexに育って欲しいなあ!) なお複数の出版社に邦訳がある場合は独断で代表を選んでいます。

The World's Best One Hundred Detective Stories, ed. Eugene Thwing (Funk & Wagnalls 1929)
【Volume 1】{FULL TEXT}
#1 The One Best Bet [Average Jones] • Samuel Hopkins Adams (Success 1911-04, as "Flash Light")
#2 The Little House [Reginald Fortune] • H. C. Bailey (Elynn's Weekly 1926-10-09) 「小さな家」『フォーチュン氏の事件簿(創元)』
#3 The Hermit Crab [Reginald Fortune] • H. C. Bailey (The London Magazine 1924-10)
#4 The Sting of the Wasp • Richard Edward Connell (The American Magazine 1928-08) 「地蜂が螫す」『死の濃霧 延原謙翻訳セレクション(論創)』
#5 Mirage • Sinclair Gluck (Pictorial Review 1926-02)
#6 The Tea-Leaf • Edgar Jepson & Robert Eustace (The Strand Magazine 1925-10) 「茶の葉」『世界推理短編3(創元)』
#7 The Services of an Expert • Harry Stephen Keeler (10 Story Book 1914-09) 「金庫を開けば」by H・S ・キーラア(延原駅) 新青年1933年1月新年増大号v14#1
#8 Popeau Intervenes [Hercules Popeau] • Marie Belloc Lowndes (1926)
#9 The Poacher • Sidney Gowing (The Red Magazine 1926-02-26)
#10 The Tinkle of the Bells [Dr. Eustace Hailey] • Anthony Wynne (Hutchinson's Mystery Story Magazine 1926-06/07)

【Volume 2】
#11 An Affair of Honor • F. Britten Austin (The Strand Magazine 1923-08)
#12 The Fourth Degree [Quentin Quayne] • F. Britten Austin (The Strand Magazine 1924-10)
#13 The Mystery of the Locked Door • Edwin Baird (1928) ❗️ 猫室(ねこべや) by エドウイン・ベヤード 新青年1938新春増刊(未確認)
#14 Cambric Tea • Marjorie Bowen (Hutchinson's Magazine 1925-07)
#15 The Hard-Boiled Egg [Philo Gubb] • Ellis Parker Butler (The Red Book Magazine 1913-05, as "Philo Gubb") 「ゆでたまご」 『通信教育探偵ファイロ・ガッブ(論創)』
#16 Philo Gubb's Greatest Case [Philo Gubb] • Ellis Parker Butler (The Red Book Magazine 1915-04) 「ファイロ・ガッブ最大の事件」『通信教育探偵ファイロ・ガッブ(論創)』
#17 The Avenging Chance [Roger Sheringham] • Anthony Berkeley (Pearson's Magazine 1929-09) 「偶然の審判」『世界推理短編3(創元)』
#18 The Cigaret • Ben Ames Williams (Collier's 1923-09-08)
#19 The Artificial Mole • John D. Beresford (Nash's Magazine 1927-11) 「偽痣」『探偵小説の世紀(創元)』
#20 Christabel's Crystal • Carolyn Wells (Sunday Record-Herald 1905-10-15) 「水晶珠騒動」(延原謙 訳)新青年1932年夏期増刊号v13#10

【Volume 3】{FULL TEXT}
#21 Naboth's Vineyard [Uncle Abner] • Melville Davisson Post (Metropolitan Magazine 1912-12) 「ナボテの葡萄園」『アブナー(創元・早川)』
#22 The Problem of the Five Marks [Monsieur Jonquelle] • Melville Davisson Post (Woman's Home Companion 1922-11) 「五つの印」『ムッシュウ・ジョンケルの事件簿(論創)』
#23 The Inspiration [Monsieur Jonquelle] • Melville Davisson Post (The Red Book Magazine 1921-12→The New Magazine 1922-02) *論創社の後書きで触れられている、主役をウォーカーからジョンケルに改変したヴァージョン。13番目のジョンケルもの。
#24 The Phantom Woman [Sir Henry Marquis] • Melville Davisson Post (Woman's Home Companion 1923-08)
#25 The New Administration • Melville Davisson Post (The Saturday Evening Post 1915-11-20)
#26 The Pigeon on the Sill • Herman Landon (Everybody's 1927-03)
#27 The Greuze Girl • Freeman Wills Crofts (Pearson's Magazine 1921-12, as "The Greuze") 「グルーズの絵」『クロフツ短編集2(創元)』
#28 The House of Many Mansions [Deputy Parr; Oliver Armiston] • Frederick Irving Anderson (The Saturday Evening Post 1928-03-17)
#29 The Unpunctual Painting [Smiler Bunn] • Bertram Atkey (The Grand Magazine 1920-01)
#30 The White Line • John Ferguson (1928)

【Volume 4】{FULL TEXT}
#31 The Blue Cross [Father Brown] • G. K. Chesterton (The Saturday Evening Post 1910-07-23, as "Valentin Follows a Curious Trail") 「青い十字架」『ブラウン神父の童心(創元)』
#32 The Paradise of Thieves [Father Brown] • G. K. Chesterton (McClure's Magazine 1913-03) 「泥棒天国」『ブラウン神父の知恵(創元)』
#33 Philomel Cottage • Agatha Christie (The Grand Magazine 1924-11) 「ナイチンゲール荘」『リスタデール卿の謎(早川)』
#34 The Adventure of Johnnie Waverly [Hercule Poirot] • Agatha Christie (The Sketch 1923-10-10, as "The Kidnapping of Johnnie Waverly") 「ジョニー・ウェイバリーの冒険」『愛の探偵たち(早川)』
#35 The Fair Chance • James Hay, Jr. (The 20-Story Magazine #39, 1925-09)
#36 The Capture • James Hay, Jr. (The Saturday Evening Post 1914-01-10)
#37 The Murder at Fernhurst [Madame Rosika Storey] • Hulbert Footner (Argosy Allstory Weekly 1928-11-24) 「ファーンハースト邸の殺人事件」『名探偵登場②(早川)』
#38 The Case of Jane Cole, Spinster [I. Ashley] • George Allan England (Detective Story Magazine 1922-11-11)
#39 The Great Wet Way • Frederic F. Van de Water ("Horsemen of the Law" New York 1926)
#40 A Costume Piece [A. J. Raffles] • E. W. Hornung (Cassell's Magazine 1898-07) 「ラッフルズと紫のダイヤ」『クイーンの定員(光文)』

【Volume 5】{FULL TEXT}
#41 Underground [Aurelius "Secret Service" Smith] • R. T. M. Scott (Action Stories 1924-03)
#42 Mystery Mountain [Aurelius "Secret Service" Smith] • R. T. M. Scott ("Secret Service Smith" Dutton 1923)
#43 Bombay Duck [Aurelius "Secret Service" Smith] • R. T. M. Scott (Collier's 1927-08-06)
#44 The Gray Seal Jimmie Dale (The Gray Seal)] • Frank L. Packard (People's Ideal Fiction Magazine 1914-05)
#45 The Alibi [Jimmie Dale (The Gray Seal)] • Frank L. Packard (People's 1915-02) *not the same as the story of the same name in The Popular Magazine 1918-10-20
#46 The Black Hand [Craig Kennedy] • Arthur B. Reeve (Cosmopolitan Magazine 1911-09) 「黒手組」『名探偵登場②(早川)』
#47 The Veiled Prophetess • Arthur B. Reeve (“Constance Dunlap" Harper & Brothers 1913)
#48 A Case Without a Clew • Joseph Gollomb (Flynn's 1925-04-25)
#49 Too Many Clews • Joseph Gollomb (“Master Man Hunters" The Macaulay Company 1926)
#50 The Perfect Crime • Ben Ray Redman (Harper's Magazine 1928-08) 「完全犯罪」『世界推理短編3(創元)』

【Volume 6】{FULL TEXT}
#51 The Adventure of the Three Garridebs [Sherlock Holmes] • Arthur Conan Doyle (Collier's 1924-10-25) 「三人ガリデブ」『シャーロック・ホームズの事件簿(新潮)』 *コリヤーズが初出だったのか… 英ストランド誌1925-01
#52 The Adventure of the Mazarin Stone [Sherlock Holmes] • Arthur Conan Doyle (The Strand Magazine 1921-10) 「マザリンの宝石」『シャーロック・ホームズの事件簿(新潮)』
#53 Missing Men • Vincent Starrett (Short Stories 1925-04-25)
#54 The Other Woman • Vincent Starrett (Real Detective Tales and Mystery Stories 1927-04/05) 「べつの女」 HMM1988-02<382>
#55 The Eleventh Juror • Vincent Starrett (Real Detective Tales and Mystery Stories 1927-08)「十一対一」『死の濃霧 延原謙翻訳セレクション(論創)』
#56 On the Top of the Tower [Arsène Lupin] • Maurice Leblanc (Metropolitan Magazine 1921-10) 仏語≪Au sommet de la tour≫ (le journal Excelsior 1922-12-17〜12-22) from "Les Huit Coups de l’horloge" 「塔のてっぺんで」『アルセーヌ=ルパン全集14 八点鐘(偕成)』 *このシリーズ、初出が米国雑誌だったのか?要調査。
#57 At the Sign of Mercury [Arsene Lupin] • Maurice Leblanc (Metropolitan Magazine 1922-07) 仏語≪Au dieu Mercure≫ (le journal Excelsior 1923-01-23〜01-28) from "Les Huit Coups de l’horloge" 「メルキュール骨董店」『アルセーヌ=ルパン全集14 八点鐘(偕成)』
#58 Three Liars • Henry C. Rowland (1928) *地方新聞The Daily Argus-Leader(South Dakota) 1925-06-26に掲載されているのを発見。他の雑誌からの再録のようだ。
#59 The Subconscious Witness • Henry Smith Williams (Everybody's 1925-02, as by Stoddard Goodhue)
#60 D'Artagnan and the Duel • Alexandre Dumas ("Le Vicomte de Bragelonne“ le Siècle 1847-1850) 『ダルタニャン物語 第3部 ブランジュロンヌ子爵(講談)』

【Volume 7】
#61 Common Stock [Jim Hanvey] • Octavus Roy Cohen (The Saturday Evening Post 1922-07-22) 「株式委任状」『名探偵登場②(早川)』
#62 Pink Bait [Jim Hanvey] • Octavus Roy Cohen (Collier's 1923-07-07)
#63 Farrar Fits In • Edmund Snell (不詳, 1920年代のようだ) ❗️ 良人のない妻 by E・スネル 新青年1938新春増刊(未確認)
#64 The Pathologist to the Rescue [Dr. John Thorndyke] • R. Austin Freeman (Pearson's Magazine 1927-01, as "Thorndyke to the Rescue") 「急を救う病理学者」『ソーンダイク博士短篇全集3 パズル・ロック(国書)』
#65 The Blue Sequin [Dr. John Thorndyke] • R. Austin Freeman (Pearson's Magazine 1908-12) 「青いスパンコール」『ソーンダイク博士短篇全集1 歌う骨(国書)』
#66 The Divided House [Hamilton Cleek] • Thomas W. Hanshew ("The Man of the Forty Faces" Cassell 1910)
#67 The Riddle of the Rainbow Pearl [Hamilton Cleek] • Thomas W. Hanshew ("The Man of the Forty Faces" Cassell 1910) 『四十面相クリークの事件簿(論創)』
#68 The Mystery of the Steel Room [Hamilton Cleek] • Thomas W. Hanshew ("The Man of the Forty Faces" Cassell 1910) 『四十面相クリークの事件簿(論創)』
#69 Vidocq and the Locksmith's Daughter • George Barton ("Adventures of the World's Greatest Detectives" The John C. Winston Company 1909) *copyright 1908 by W. G. Chapman
#70 Suspicion • William B. Maxwell (The Strand Magazine 1923-11)

【Volume 8】{FULL TEXT}
#71 The Last Exploit of Harry the Actor [Max Carrados] • Ernest Bramah (News of the World 1913-10-05〜10-12, as "The Great Safe Deposit Coup")
#72 The Comedy at Fountain Cottage [Max Carrados] • Ernest Bramah (News of the World 1913-11-16〜11-23) 「玩具の家の喜劇」新青年1938新春増刊
#73 The Curious Circumstances of the Two Left Shoes [Max Carrados] • Ernest Bramah (The New Magazine(UK) 1926-05) 「靴と銀器」『マックス・カラドスの事件簿(創元)』
#74 The Jeweled Casket [John Ainsley] • Arthur Somers Roche (The Red Book Magazine 1923-08)
#75 The Club of One-Eyed Men [John Ainsley] • Arthur Somers Roche (The Red Book Magazine 1923-04)
#76 The Pigtail of Hi Wing Ho • Sax Rohmer (The Blue Book Magazine 1916-06)
#77 The Story of O Toyo [Mynheer Amayat] • H. de Vere Stacpoole ("The Tales of Mynheer Amayat" George Newnes 1931) *原本のコピーライトには「作者の許可による」とだけ、年記載なし。北ボルネオの話。O Toyo(お豊?)が気になる。
#78 The Tragedy at St. Tropez • Gilbert Frankau (The Strand Magazine 1928-09) 「サントロペの悲劇」『犯罪の中のレディたち(創元)』
#79 The Crawley Robbery • Evelyn Johnson & Gretta Palmer ("Murder" Covici, Friede 1928) ❗️雪の足跡 by イヴリン・ジョンソン (延原謙 訳)新青年1933年2月新春増刊v14#3
#80 Finger-Prints Can't Lie • Evelyn Johnson & Gretta Palmer ("Murder" Covici, Friede 1928) ❗️指紋は欺かず by グレタ・ハーマア (延原謙 訳)新青年1933年2月新春増刊v14#3

【Volume 9】{FULL TEXT}
#81 Missing: Page Thirteen [Violet Strange] • Anna Katharine Green ("The Golden Slipper and Other Problems for Violet Strange" Putnam's 1915) 「消え失せたページ13」『霧の中の館(論創)』
#82 The Thief • Anna Katharine Green (The Story-teller 1911-01) 「古代金貨」『死の濃霧 延原謙翻訳セレクション(論創)』
#83 The Secret of the Barbican • Joseph S. Fletcher ("The Secret of the Barbican" Hodder & Stoughton 1924) 「バービカンの秘密」『バービカンの秘密(論創)』
#84 Pigs' Feet • Frederic Arnold Kummer (The Saturday Evening Post 1924-02-02) 「豚の足」『探偵小説の世紀(創元)』
#85 Diamond Cut Diamond • Frederic Arnold Kummer (Liberty 1924-12-13) 「ダイヤを切るにはダイヤで」『犯罪の中のレディたち(創元)』
#86 The Missing Passenger's Trunk [Colwin Grey] • Arthur J. Rees (Hutchinson's Magazine 1926-05)
#87 The Finger of Death [Colwin Grey] • Arthur J. Rees ("The Unquenchable Flame" Dodd, Mead & Company 1926) 「指」新青年1938新春増刊
#88 The Mystery of the Gold Seal • George Barton ("Celebrated Crimes and Their Solution" The John C. Winston Company 1926)
#89 The Green Pocketbook • George Barton ("Celebrated Crimes and Their Solution" The John C. Winston Company 1926)
#90 The Toy Lantern • George Barton ("Celebrated Crimes and Their Solution" The John C. Winston Company 1926, as "Adventure of the Toy Lantern")

【Volume 10】
#91 The Stolen Admiralty Memorandum [Malcolm Sage] • Herbert Jenkins (Hutchinson's Story Magazine 1920-06)
#92 The Holding Up of Lady Glanedale [Malcolm Sage] • Herbert Jenkins (Hutchinson's Story Magazine 1920-05)
#93 The Missing Heavyweight [Malcolm Sage] • Herbert Jenkins (The Sovereign Magazine 1920-05)
#94 The Blackmailers [Barney Cook] • Harvey J. O'Higgins ("The Adventures of Detective Barney" Century 1915) 「恐喝団の暗号書」『暗号ミステリ傑作選(創元)』
#95 Barney Has a Hunch [Barney Cook] • Harvey J. O'Higgins (Collier's 1914-09-05)
#96 The Mystery of the Pearl Necklace [Old Man in the Corner] • Baroness Emmuska Orczy. (The London Magazine 1923-09) 「真珠のネックレスの謎」『隅の老人 -完全版(作品社)』
#97 The Music of Robert the Devil • Karl W. Detzer ("True Tales of the D.C.I." Bobbs-Merrill Company 1925)
#98 Through Bolted Doors • Karl W. Detzer ("True Tales of the D.C.I." Bobbs-Merrill Company 1925)
#99 Neglect of Duty • Karl W. Detzer ("True Tales of the D.C.I." Bobbs-Merrill Company 1925)
#100 Number 52 Rue Nationale • Karl W. Detzer ("True Tales of the D.C.I." Bobbs-Merrill Company 1925)
#101 Guilty Party • Karl W. Detzer ("True Tales of the D.C.I." Bobbs-Merrill Company 1925)

<追記2024-3-36 22:26>
古い翻訳の知識が半端ない、おっさんさまから第9巻7番目のThe Finger of Death by Arthur J. Rees について
「オススメですよ。昔々、『新青年』の抄訳で読み、完訳を待望している(他人まかせです、ハイ)まさに読んで驚け、の短編です。」との情報をいただいたので、さっそく読んでみました。
確かにビックリなネタ(ああこの手があったか!とトリックに疎い私など凄く感心)なんですが、文章の構成がだらだらしてて、作品の1/3以上が真相の仄めかしに終始してるんです… 抄訳でスパッといったほうが効果的だったのでは?と感じちゃいました。

<追記2024-4-16>
延原謙先生の邦訳データを追加。Re-ClaM編集部の三浦さまから資料を教えていただいて、延原先生の翻訳をチェック出来ました。延原先生は1932年には間違いなく、このアンソロジーを入手していたはず。(根拠は#20,#79,#80) でもバークリー「偶然は裁く」の翻訳は、セイヤーズのアンソロジー(1931)からかも?というのが現時点での調査内容です。

No.444 6点 ぷろふいる 昭和11年9月号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2024/03/24 08:23
私は当該雑誌「ぷろふいる」を読んでないのですが、おっさんさまがフィーチャーしたRichard Connell作 "A Flash of Light"(初出Redbook Magazine 1931-06)が読みたくなって、悔しいので原文で読んでみました(おっさんさまに確認いただいたところ、これが「いなづまの閃き」で間違いないとのこと)。
以下は「掲示板」の再録ですが、今後のみなさまの参考に。

原文は、幸いWebサイトInternet Archiveに雑誌Redbook当該号の全ページが白黒コピーでアップされていたので無料で読めました。なお辿り着くにはやや難しいところがあるようなので、お馴染みのすごく便利なWebサイトFictionMags Indexから飛ぶのが便利です。
まずトップページwww.philsp.com/homeville/gfi/0start.htm#TOCにあるPrimary Indexes:直下の作者名リストby Nameから作者名を探して、アルファベット順の作品リストから当該作品(A Flash of LightはFのところ)を見つけてください。作品の掲載雑誌のリンク(Redbook Magazine June 1931)をクリックすると、雑誌のページが開きます。そこのFULL TEXT(緑色表示)を押すと、internet Archiveの該当ページに飛ぶはず。

短いし平明な英語なので、根気のない私でもすぐ読めました。

ゾクゾクする不可能状況、秘められたトライアングル、そして引用されるチェスタトン!まさにJDCな作品でした。解決も「うわあ!何それ!」でマニア受けしそう。
1931年なのでJDCの影響、というよりチェスタトンの影響大なんでしょうね。「ぷろふいる」の翻訳にはチェスタトンという固有名詞は翻訳されてたのかなあ…

翻訳したいなあ、と書いたら、本サイトの重鎮お二人から誠に光栄なご助言をいただいたのですが、「ぷろふいる」翻訳が1936年なので10年留保は使えません。(当時翻訳権をちゃんと取得してたのかはちょっと怪しい?)でも作者死亡が1949年なので戦時加算を含め保護期間は死後約81年、2030年には完全に著作権が消滅します。ここら辺、よく調べていませんが、旧規定(作者死後50年)が適用されるなら保護期間は約61年なので、もう既に著作権切れなのですが…

<追伸>
おっさんさま、「ぷろふいる」には伯父さんの名前が書いてありませんでしたか? 長篇Murder at Seaを調べていて愕然としたのですが、A Flash of Lightで見事な探偵ぶりをしめした伯父さんの名前はMatthew Keltonでした… これは長篇も読まなきゃ!

No.443 6点 ゴア大佐の推理- リン・ブロック 2024/03/12 09:50
1924年出版。翻訳はぱっと見には問題が少なそうだが、よく検討すると残念ながら結構アバタあり。まあ欠陥翻訳では全然ないのだが、下でかなりイチャモンをつけた。今後のご健闘をお祈りしています。良い編集がいれば避けられた、とも思う。一人だとどうしても独断的になるよね。
翻訳の最大の問題点はゴアが金持ちだと誤解してるところ。200ポンド(p31)って全然大金じゃない。ハロー校とかポロという単語で騙されたのかなあ。ゴア大佐はゲスリン大佐みたいな大金持ちとは違うのよ。軍人家系の父ちゃんが頑張ってハロー校に入れてくれて、お金持ちのご友人がたくさん出来たんだろうなあ。ポロ(p31)も後述の通りだし… ちょっとネタバレになっちゃうけど、貧乏な生まれだったから立候補すら出来なかったのでは? そーゆー境遇だと気づいてから一気にゴアが愛しくなったよ。ああそれで遠くの任地を希望したり、探検隊に加わったりしたんだ… この設定だけで泣ける。そして金持ちたちのグータラ生活に向ける厳しい視線。次の仕事が欲しいからゴアはつまんない事務職にせっせと応募してる…
翻訳のもう一つ大きな瑕疵は、第二十四章の会話の調子。ゴアの口調が乱暴すぎたり、相手の口調が丁寧だったり馴れ馴れしくなったりで、なぜかここだけ揺れ幅が大きい。大体、翻訳における医師の年齢設定が不詳。私は35歳程度だと思っている(p10)。ゴアからすれば若僧だろう。それっぽく訳して欲しかったなあ。
肝心の本作の内容は、当時の英国の風情がたくさん感じられて、とても良かった。捜査の素人があっちこっち苦闘して、話の展開も良い。第11章に登場するグラフが珍しい。当時の何かの流行?そして探偵小説の愛好者なら大喜びする地図がちゃんと付いている。
ところで本作が珍しいのは、探偵小説の読者が小説中に登場しないこと。「まあ!小説みたい!」とか「シャーロック・ホームズなら…」とか黄金時代の長篇小説につきもののセリフが一切出てこない。作者があんまり探偵小説に関心がなかったのか。でもそこが良い。ミステリ的言辞は、探偵小説界という狭いエリアのお遊びだと感じちゃうんだよね。
本格ものを期待すると物足りないと思うけど、偶然に犯罪っぽい状況に巻き込まれた独身中年(元軍人、無職、収入はそこそこ)の冒険としてなら面白く仕上がってると思う。
私が参照した原文Harper Collins 2018にはRob Reefの序文がついてて、以下はWebのDictionary of Irish Biographyで補足した情報を含む略歴。作者(本名 Alexander Patrick McAllister)は1877年ダブリン生まれ(父は港湾関係の会計士)、Clongowes Wood College卒業、Anthony P. Wharton名義で書いた戯曲Irene Wycherly (1906) と At the Barn (1912)はロンドンで大ヒット(後者はブロードウェイでも1914年に一か月興行)。しかしその後はパッとせず、大戦では機関銃部隊としてずっとフランスで戦った。戦後はGuildfordでパブThe Jolly Farmerを経営。金になると思って本作を書いたら結構売れた。絵と音楽の心得あり。(論創社『醜聞の館』のあとがきには戦時中は「情報部に所属」と書いてあり、どこ情報か探したがスタインブランナー&ペンズラーの事典に出ていた。ちょっと怪しい気がするなあ…)
気になるのは当時「探偵小説は売れる」という印象があった、ということ。まだ黄金時代前、ヴァンダインのバカ売れの前。当時の探偵小説界のイメージは、アガサさんの『二人で探偵を』(連載1924年The Sketch誌、本作にもこの雑誌は顔を出している)がわかりやすい。そこに登場するのは半分くらいがもはや忘れられた探偵たちだ。でもホームズ、隅の老人、思考機械、ソーンダイク、アノーは良く売れてたんだろうなあ。
以下トリビア。
作中現在はp30に明記。
価値換算は英国消費者物価指数基準1922/2024(71.72倍)で£1=13505円、1s.=675円、1d.=56円
p7 ブリッジ台(the bridge-block in her lap)◆ 「膝に置いた」がついてるのでテーブルではなさそう。何度も書き直して線が複雑に重なり合い、橋のブロックみたいに見える食卓配置図のことじゃないか、と無理矢理こじつけ。用例は見当たらなかった。気になるなあ。あっそうか、ブリッジのスコアを記録するメモ用紙の塊(memo block)のことか!試訳「膝に置いたブリッジ用紙」 閃きは愛と同じで一瞬だね!
p7 食卓の配席図(plan of the dining-table)
p8 茶色い細顔(lean brown face)
p8 ロトの言葉に背いた数多の先人の二の轍は(as so many of the Old Lot had somehow contrived to do)◆ 翻訳の(おそらく)聖書のロトLotと解釈した文章では意味がよくわからなかった。ロトの妻は有名だが、ロトがやらかしたことってねえ… (創世記19:31-36、ああ酔っ払ってたんだ。じゃあ娘がヤバかったんだね) ここは「運命の神」(イメージは時の老人)のしわざを(免れている)、というような意味では?
p10 ちょっと歳が離れすぎている(a tiny shade too old for her)◆ tiny shade なので「ほんのちょっと」では?この医師の年齢が本文でちゃんと書いてないんだよ。ここから彼は妻の五歳程度歳上、ゴアよりはちょっと歳下なんだろう。
p11 ジャマイカ… 製糖業ですか(Jamaica... Sounds like sugar)◆ ジャマイカじゃあるまいか、って誰かのギャグだっけ?知らない?じゃあまあいいか。
p11 メルヴィルの財産だって三万か四万はある(old Melville came down with thirty or forty thousand at least)◆ ちょっと意味が取りにくかった。試訳「メルヴィル老も最低三万か四万を与えた」
p11 ゴルフ(golf)
p11 前週の補欠選挙(the by-election of the preceding week)◆ 英国下院は1922-11-15に総選挙が控えており、保守伯仲状態だったため、1922-10-18のNewport(Wales)補欠選挙は、前哨戦として大いに注目を浴びていた。英Wikiに項目あり。
p11 自動式電話交換機(the Panel System)◆ Rotary SystemとPanel Systemの対立があって、英国GPOは1922年にStrowgerのRotary Systemを採用したらしい。英Wikiをざっと見ただけ。
p11 ネイビーカット(the Navy cuts)◆ ググるとNY Timesの1922-5-15の記事がヒット、BRITISH NAVY CUTS FORCE OF OFFICERS。タバコ(Navy Cut)なら両方大文字のはず。ここはワシントン海軍軍縮条約(1922年2月)に基づき実施されつつあったさまざまな海軍縮小の話題だろう。
p12 メインディッシュ(ピース・ディ・レジスタンス)pièce de résistance◆ カナはピエス・ド・レジスタンスとしたい。フランス語由来。
p12 現在の収入は毎分きっかり1シリング(income at present... at just a shilling a minute)◆ 日額1440s.= £72(=97万円)、年額26280ポンド(=三億五千万円)。うぎゃあ。
p13 向こう見ずなハロウ校生徒(a Harrovian of unusually misguided enterprise)◆ これもしかしてだけど「(貧乏人のくせに)かなり無理した入学だった」というニュアンスじゃないかな?
p14 翌日のディナーと来週のダンス(for dinner next day and a dance in the following week)◆ 英国の社交。このダンスはダンス・パーティか?
p15 一九一八年三月(in March, 1918)◆ 英国人ってはっきりモノを言わないね。意味は翻訳文の通りだが、原文では露骨に「愛国心」は出てこない(事業にうちこんでいるdevotion to his businessを誤解) 。銃後で激しい戦闘のニュースを見て、何でこの人安全な本国で事業にかまけてるの?と思っちゃう、という感じ。
p18 アスピリン錠(aspirin tabloids)◆ 当時の万能薬
p21 労働党がいかに災いか(views upon the sinister aims of Labour)
p23 ムブル族(Wambulu)
p29 ケバケバしい(if somewhat excessively embellished)
p30 一九二二年一一月六日(Nov. 6, 1922)
p31 二百ポンドの年金(with exactly two hundred a year)… 隊員の平均収入の十倍(since the average income of the men... was some ten times that amount)◆ 先入観なしなら間違えないと思う簡単な構文。周りの隊員はいいとこのおぼっちゃまばかりで2000〜3000ポンドの年収だったんだよ。当時の独身者だったら最低1000ポンドで人が羨む。従者とかの人件費もあるからね。
p31 ポロ・プレイヤー… つきあいで半ば義務的にやっていた(a polo-player—an amusement which he had pursued, unavoidably, on other people’s ponies for the greater part)◆ これも貧乏というのを押さえていれば、解釈は簡単だろう。試訳「〜その娯楽に打ち込んでいたのだが、[貧乏で自分の馬を用意できないため]やむを得ずいつも他人のポニーを借りていた。」
p32 それ[インド行き]が三年の長きにわたるとは思いもせず… 彼が生まれてきたのも、俸給に上乗せで200ポンドの年金が出ていることも、ひとえに自分のためだと信じて(had no faintest suspicion… morn for three whole years past he had cursed, for her sake, the day on which he had been born—born, at all events, to two hundred a year in addition to his pay)◆ これも貧乏だとわかっていれば、複雑な文章じゃあない。[彼女は]全然気づいていなかった。彼のほうでは彼女を想い、三年間ずっと嘆いていたのだ。彼が生まれた日を。どうあがいても年200ポンドと俸給しか得られない生まれなのだから…
p32 四二歳の誕生日(his forty-second birthday)
p33 モールスキン姿(moleskins)
p33 もっとも愛すべきおじさん(the darlingest old thing)◆ old boyとかold thingは学生言葉が由来?親しみを込めた感じで、年寄りに使うわけではなく若者同士で使う印象。アガサさんのトミタペもお互いをそう呼び合ってたので男女は関係ない。
p35 とても愉快な人(Quite a dear)
p35 大はしゃぎ(a giddy party)
p41 ズボン紐(the cord)◆ パジャマとかでズボンに腰紐が入ってて、縛って落ちないようにするやつだろう。
p44 一〇〇〇(A thou)◆ 俗語。発音は「サウ」試訳「セン」
p50 純粋な若者(An ingenuous youth)◆ 「おぼっちゃん育ち」齋藤和英にも出ているよ。知ってそうな単語でも辞書はこまめに引きましょう… ネットでも良いからね。
p51 フラット(the flats)◆ 戦後、大きな屋敷のなかを分割してフラットとして貸している。経済的に大きな屋敷を維持できず、アパート需要も高まって… という事だろう。
p52 XXXXくん(Master XXXX)◆ 昔なら問題無用で「XXXX先生」と訳すだろうが、今はそういう言い方をしないのかも。
p52 オールドミス(old thing)◆ p33参照
p55 タバコ(cigarettes)… 百本で90ペンス(eighteen bob a hundred)◆ 原文18シリング。1972年以降の十進法時代なら90p(新ペンスの略号はp)で正解だが、当時は18s.=216d. 当時の普通タバコはPlayer's Navy Cut White Labelで20本11d.、百本なら55d.、百本1ポンドは普通タバコの約4倍の値段。
p90 頭の鈍そうな女(the very stupid woman)
p94 郵便局(the post office)◆ 当時の公衆電話は公共施設に設置されていた。まだダイヤル無しで交換手が番号を聞いて繋ぐ方式。ダイヤル付きの公衆電話は1925年ごろからのはず。セイヤーズ『ベローナ・クラブ』で詳しめに書いた。
p101 フローラ… 地位に相応しくない名前... フローレンスに改めた(change it to Florence... not thinking Flora suitable to my station)◆ パントリーメイド(pantry-maid)にフローラは相応しくないと感じられるらしい。ご主人は横暴だなあ。他の小説でもそんなセリフがあった記憶あり。
p102 淡い色の髪の(with very fair hair)◆ 形容詞が難しい。試訳「まさに金髪という」 プラチナ・ブロンドなのかな?ググった画像ではそんな感じに見えるけど…
p103 おそらくインクエストが開かれ(a possible inquest)◆ 不自然と思われる死の場合は検死官の判断でインクエストが開かれる。明らかに病死であれば開催されない。当時は検死官への通告義務がちょっと曖昧で、インクエストが開かれない微妙な「自然死」があったようだ。1926年の検死官法改正で是正されたんだっけ?要調査。(インクエスト記事、まだ準備中です…)
p103 映画(the pictures)◆ もちろん当時はサイレント映画
p105 小型車(a small car)
p115 御者から鞍替えした男(a converted coachman)◆ 馬車から自動車に移り変わった時代
p116 ダイムラー(Daimler)… サンビーム(Sunbeam)◆ 大型車のようなのでSunbeam 16hpか24hpあたりか。
p119 運転手の給金を週30シリングもカット(cutting thirty shillings a week off your chauffeur’s wages)◆ 主人が外国に出かけている間の給与。
p127 人間味あふれた人物(a very human person)◆ humanの意味がちょっとわからなかった。下衆な勘繰りをしてることとの対比か? あるいはすぐ後に出てくる「論理的(logically)」との対比?なんか国語のテストの問題みたいだなあ… 「humanは作者のどういう意図なのか説明しなさい」
p128 コート傘スタンド(the coat-and-umbrella stand)◆ アレを普通こう言うんだ。定訳はなさそう。
p130 主よ感謝します(“Thank God”)
p132 鍵(a latchkey)◆ これは当時の錠前関係用語で重要なもの。テコの原理で外からボルト(latch)をひらくタイプの簡易ロック・システム(後付けがほとんどだろう)の鍵。錠前の方はnight latchと呼ばれる。家の内部からはハンドルをひねってボルトを動かし鍵をかける。夜遅く帰ってきても家人を起こす必要がないので便利。正面ドアではなく、裏口に多い印象あり。鍵の柄の部分がテコの支点となるので中空の筒が一般的だと思う。
p136 紙幣で(in notes)◆ とすると£50と£100の二枚か、あるいは£50三枚か。£50も£100もサイズは同じ211x133mmのWhite note(白黒印刷、裏は無地)。
p144 泊まりがけの狩猟の約束… 子どもの名付親を頼まれ(fixed up several days’ shooting, been appointed godfather)◆ 英国の社交。「泊まりがけ」は上手い翻訳。
p145 筆記ケース(writing-case)◆ uk 1920で検索して見たが「書類カバン」が適訳だろう。
p146 超々高級な(a very, very, very good)
p146 とんだヤンチャ猫(sportive, giddy little kitten)
p146 うやうやしく最高のXXXX(the best XXXX at his command)◆ very, very, very goodを受けて「手元にあるうちで一番良いXXXXを」では?
p148 やめといたほうがいいか(They are pretty bad)◆ 原文はareがイタリック。ここもvery, very, very goodを受けて「ちょっとダメだったかな; お気に召さなかったか」という感じか。
p151 中立(NO RECORD)
p153 手帳カバーの裏にはさんだ(left inside the cover of his writing-block)◆ ここに冒頭のblock(p7)が出てきてるね… 試訳「メモ用紙の束を載せてそのままほおっておいた」 このあとの文章は全部過去形なので実際にメイドがチラリとみた情景なのだろう。仮定法ならifやwouldやmightがあるはず。
p153 昔ながらの≪キツネとガチョウ≫の遊び(the ancient pastime of ‘Fox-and-Geese.’)
◆ 8世紀のヴァイキングも遊んでいたらしい「キツネとガチョウ」はWikiに項目あり。
p154 手紙(communications)◆ こういう用件は仕事関係の1件を除き、今なら電話だろう。
p155 寛大な両親からのお金が年に二、三百ポンド入ります(I have still a few pounds of the £100 a year which my most generous of parents allow me)◆ 試訳「両親からのありがたい年100ポンドのうち(of)まだ数ポンド残っています」という意味だろう。この時点では和解していない。most generousは皮肉か?p11参照
p155 ヒースマン夫人(Miss Heathman)◆ 翻訳文を読んでても多分ケアレスミスだろうとわかった。
p156 本人のほうが心配な人が、自分より他人のことを心配して…(I have a respect amounting to slavish adoration for anyone who is sixpence richer when she has ended shaking hands with you than she was when she began doing it)◆ 翻訳文は略したが、原文と全然違うのでびっくり。試訳「凄いなあでは足りなくて盲目的に崇拝しちゃうよ。握手してる数十秒のうちに六ペンス稼ぐお方だからね」 p12参照。貧乏人のヒガミ。
p158 一週間に二ポンドもあれば生活できるし、たいていのひとは、もっとつましく暮らしている(I have just two pounds a week of my own to live on. Lots of people live on less)◆ ややニュアンス違い。年収100ポンド(p155参照)なので「私の生活費は一週間に£2だけ」しかない。他のひともやってるんだからわたしも頑張る、というカラ元気。
p160 線引小切手(An uncrossed cheque)◆ Webで見つけたuncrossed chequeの解説の概要「中央に2本の縦線のない小切手。持参人が銀行窓口で現金化出来る。2本線が引かれている場合は、指定人の銀行口座に振り込むので、不正取得などによる意図せぬ支払いの予防となる」翻訳は意味が真逆だが、流れ的には誤りのない翻訳になっている。
p161 自動拳銃、軍用リボルバー(an automatic pistol, a service revolver)◆ 軍用リボルバーは当時ならWebley一択、自動拳銃のほうは洒落者FN M1910を推す(勝手な妄想です…)
p162 十ポンドの英国紙幣(£10 Bank of England notes)
p164 抵抗(protesting)◆ 訳語「反作用」はいかが?
p165 当座預金(deposit account)◆ 「普通預金」で大丈夫。日本で当座預金はビジネス用だ。個人はあんま作らせてもらえない。銀行員の友人が「管理が面倒くさいんだよね!」と言っていた。
p171 ちがうなら殴っていいですよ(Blow me if you wouldn’t)◆ 動詞blowには殴る、という意味は無い。命令形でif 節の内容の強い否定。試訳「違うと言っても無駄ですよ!」
p174 南仏(the south of France)◆ 当時のフランスは物価が安くて英国からたくさんの人が旅行していた。
p176 私立探偵じゃない(not an apology for a private detective)◆ apologyを入れたいなあ。試訳「俄仕込みの私立探偵じゃあない」
p178 おつるところ(not much of a place)
p179 だらしなさそうな若い女(A slatternly young woman)◆ slatternlyは女性の形容に使われることが多い。意味はdirty and untidy
p179 ブーツ(boots)◆ 英国ではhigh shoes(くるぶしが隠れる高さ)もbootsに含まれる。ここは「靴」の意味だろう。1910年代までは馬糞が多かったのでhigh shoesが普通だったが、1920年代になるとlow shoes(くるぶしが出ている、現代の紳士靴のデザイン。米英ともshoes)も増えてきたようだ。本格探偵小説の場合、誤解して「なぜここでブーツを履いてる?泥道を歩く予定があったのか?」とか無駄な推理をしてしまうかも。
p181 同じようにためになる小話が続き(others equally edifying)◆ 皮肉だろう。これ、エロ話だとすぐに思ってしまったのは私の心が汚れているせいですね。
p189 カーディフのセンセーショナルな殺人事件のニュース(a somewhat sensational murder-case in Cardiff)◆ 架空?探したが1922年のカーディフ殺人は見つけられなかった。
p192 一ポンド紙幣(one-pound notes)◆ 当時のは3rd Series Treasury Issue(1917-1933)、茶と緑、151 x 84mm
p193 二ドル返して(two quid back)◆ 「2ポンド」、こういうケアレスミスは他の翻訳本でも時々見かける。米国小説に慣れているとやっちゃうのかも。
p194 車掌(the tram-conductor)… 路面電車に乗り込んだ時(as he had climbed to the roof of the car)◆ tramwayはこの頃、英国の各都市で走っていた。延べ乗客数は1928年(40億以上)がピークで、それ以降は乗合バスに移行していった。ここは「路面電車の二階席に上がった時」、英国人はダブルデッカーが好きだねえ。階段付近に車掌席があったので、良く見えたのだろう。
p195 四週間(four days)◆ 変だなあ、と思ったらケアレスミス。南フランスはそんなに遠くない。
p197 科学の補助教員(assistant science master)◆ このassistantは正副の副のほう、という意味だろう。「科学の副主任」
p197 二人乗自動車(two-seater)
p203 なんでもなかったよ… ブロンド色のスープにブルネット色の髪が交じっただけだ(Nothing… is serious except brunette hairs in blonde soup)◆ ちょっと意味がわからなかった。試訳「特に問題はない… だが、黒髪が数本、黄金色のスープに入ってるぞ」
p204 恩給省(the Ministry of Pensions)◆ 無職の退役軍人に仕事を世話する役目もあるのだろう。未調査。
p204 一日五シリング(five bob a day)◆ 安い給与
p205 われら一同(ALL OF US)
p210パーシヴァル(Percival)◆ ここで全く説明なく、この名前が初登場。
p210 XXXXの使い(XXXX’s man)◆ 「XXXXの使用人」のほうがわかりやすい。メッセンジャー・ボーイかと思った。
p211 ここでの視点の切り替え。意表を突かれました。
p211 探偵熱にかられて(his temporary attack of detective fever)◆ ウィルキー・コリンズ由来
p213 古風なメガネ(an ancient pair of spectacles)
p216 つかの間の相棒(some-time ally)
p221 インフルエンザが流行(a lot of influenza of a mild type about in that part of the world)
p221 メール紙とエコー紙(Mile an’ Echo)◆ここら辺は全部コックニー。Piper(ペーパー)とか言ってる。
p221 サイドカー付きオートバイ(motor-cycle and side-car)
p222 誘導員(a man on point duty)◆ Webの写真は交通整理のお巡りさんばかり。
p223 自分もそれくらい読みやすく書けるといいんだが(I sincerely wish mine were as legible)◆ 英国でも医者は悪筆、というイメージが強いようだ。
p228 切手帳(a book of stamps)◆ book=sheet、試訳「ひと綴りの切手」
p231 分別くさい言いかたはやめましょう(frank, as you will admit, beyond discretion)◆ 試訳「この上なくざっくばらんに。わかりますよね」
p233 北部人(Northerner)◆ Melhuishはスコットランド系?この名前自体はDevonが源流らしいのだが… Webで調べるとイングランド北部の人のことを指すらしい。
p234 宣誓証言(to state, on oath)
p234 イブニングドレスで(in evening dress)◆ 日本語だと女性専用だと思う。試訳「燕尾服で; イブニングコートで」
p241 検死法廷(the City Coroner’s Court)◆ インクエストは裁判じゃない。試訳「市検死官の審問廷; 市の検死審廷」
p241 年齢、職業、居住地(age, occupation, and permanent place of residence)◆ 人定。これでインクエストが成立する… 要件は無いのかなあ。また調査することが増えました。
p245 陪審員から質問(A Juryman:)
p247 クリケットをやるときにも、イニシャルには大いなる誇りをもつところですな(Initials which we were very proud of in this part of the world when you and I were learning our cricket)◆ 英国クリケット界の不世出の大スター選手、レジェンド・ナンバーワンWilliam Gilbert Grace(1848-1915)の愛称「W. G. 」が、ゴアのイニシャルと一致してるので言ったジョーク。試訳「そのイニシャルは、クリケットを知るものならば我が国で一番の誇りでしょう」 大リーグならベーブ・ルース相当。ラッフルズのおかげで勉強しましたよ。2028年LA五輪が楽しみ。
p249 青い小型スポーツカー(a sporting little blue two-seater)
p251 先週… 『風塵』(last week—“Dust”)◆ 架空の映画タイトルだと思うが、1922年の映画でKindred of the Dust(米国封切1922-2-27)とDust Flower(米国封切1922-7-2)というのがあった。dustばやりだね。
p253 色黒の(brown face)
p257 マッチを大量に消費(using so many matches)◆ パイプの点火用か? マッチは結構高かったのかも。
p258 聞き込み(make inquiries)
p258 厩舎を改造したガレージ(the stables there which had been converted into garages)
p260 淡い色の髪(be fairish)◆ ググった画像だと「金髪っぽい」で良さそう。
p260 謝礼(in largesse)◆ 大盤振舞い、という感じ。
p261 介添人(my best man)◆ BBCドラマ『シャーロック』でシャーロックがワトソンから頼まれた役目。昔の日本の結婚披露宴の友人代表と仲人を兼ねたような感じで良い?
p265 雑誌(The Times, Punch, The Sketch, The Tatler, The Bystander, and the Illustrated Sporting and Dramatic… The Field, Country Life, The Strand, Nash’s, The Morning Post)◆ クラブに置いてあった雑誌。当時の主だったものがずらずらと。
p282 ケバい(A showy piece)
p284 屋上席(on the roof)… 1ペンス(a penny)◆ 屋上席だと1ペニー上乗せ、という意味だろうか、と一瞬思ったが、いちいち車掌が判断するのもめんどくさいし、屋上席が高い意味もない。次のトラムの路線では3ペンス払っている。
p284 バス(a bus)… 三ペンス(thruppence)◆ バス料金は3ペンスなのか。距離の問題なのか。
p289 名入れインク(marking-ink)
p293 コダックカメラ(a small Kodak)◆ Brownieだろうか。

No.442 6点 毒を食らわば- ドロシー・L・セイヤーズ 2024/03/07 15:17
ピーター卿第5作。1930年9月出版、Gollanczでの最初の長篇。創元文庫で読了。浅羽さんの訳は文句なく素晴らしい。
私は若い頃にはずっと、作品と作者は別なので伝記事実から作品を云々するのは見当はずれだ!と感じてたけど、最近はむしろ作者がフィクションに自己の体験をどのように書き込んじゃってるのか?に興味がゆくようになった。全く無視してた伝記的ゴシップまでも読みかねない… まあ堕落ですね。ピュアな純粋主義者が年取って正反対に、ということだろう。
本作は、シリーズのヒロイン初登場、ということで、読む前からどんなロマンス展開なのか妄想してたが、セヤーズさんのありきたりにしたくない感が伝わってくる筋立て、でもあまり上手くない。人を納得させる恋のパッションに欠ける(第二主人公チャールズ・パーカーのロマンス描写も全く控え目… そういう点には冷めている作者だ)。本作の幕切れが素敵だからまあ良いとしましょう。
この頃のセヤーズさんは、恋に敗れ(結婚を望んでいた相手が、セヤーズさんに対しては作家とは結婚しないなんてほざいてたのに、米国で女流作家(それも三流の)とちゃっかり結婚しちゃってた)、その後「自由恋愛」のあげく望んでない妊娠から極秘出産(1924)を経て、子供は親戚に預けて収入を得るために一人頑張ってた。 1926年に子の父ではないAtherton Fleming(1881-1950)と結婚。父母を続けて亡くし(1928&1929年)気分が落ち込んでいる状況での執筆だったから、惚れた腫れたの気分ではなかったことだろう。ヒロインの境遇はセヤーズさんの実人生を知れば、ああシンクロしてるなあ、と感じられるところがあり、とても興味深い。
作者の手紙The Letters of Dorothy L. Sayers 1899-1936: The Making of a Detective Novelist(ed. Barbara Reynolds 1995)を読むと、明るいバカ話にしようとしたが上手くいかず、執筆当時は歳をとったピーター卿にウンザリしていたようだ(軽口だが、プロットに巻き込まれて死んじまえThere are times when I wish him the victim of one of his own plots! 、とまで書いている)。なお、トリック的に問題視される医学的なネタは、Robert Eustace(正体は高明な医師Eustace Barton)にしっかり相談してて、誤りがないか下書きを送って確認してもらっている。
本作は第4章までの展開がとても良くて、あとはおまけ(とは言え楽しい話だけど…)。推理味は薄い。いろんな女性が大活躍するが、大上段に女性進出を叫ぶ、という訳ではない。中心となるのは青春時代が19世紀だったおばちゃんの目線。昔はこうだったけど、今は違うのよね… 結構良い点もある、という感じで、あくまでも伝統を外さない。そこが英国での人気の高さの理由かも。
Edward Petherbridge主演のTVドラマ(BBC1987英語版)も見た。食事の場面で料理が入念に再現されててわかりやすい。でもPetherbridgeの顔が気に入らない。バンターも若すぎヒョロっとしてて不満。ハリエットも少し愛嬌が欲しいなあ。
以下トリビア。参照した原文はOpen Road 2013、おなじみBill Peschalからの注釈ネタは[BP]で表示。気になったので幻戯書房の新訳も買っちゃいました。早川HPB(井上一夫訳)も国会図書館デジタルコレクションで読めることがわかったので参照できた。
大量にあった文学作品からの引用は全部[BP]に任せることにして、ここのトリビアではほぼ削除した。元々そういうのには興味がなくて、ここは何とかからの引用だよ、と言われてもどうでも良いなあ、翻訳者さんは無駄に付き合わされて大変だなあ、と思ってしまうだけ。
翻訳は圧倒的に創元が良い。セリフが生きてる。幻戯は女性の発言に「わ」をしつこくつけるタイプ。ジェンダーがどうたら言う前にそういう癖を辞めたら?と言いたくなる。トリビア好きなら幻戯は買いだ。通りの名前や地名が出てきたらいちいち割注があるし、注釈の量が半端ない(全部で188、ただし注釈番号が超小さく、注釈一覧にはページ数が書いてないので探すのが大変)。さらに入手したいがバカ高くて諦めたLord Peter Wimsey Companion[PWC]がInternet Archiveにあった(改訂版2002のほう。これは嬉しい。全文検索機能も使える!)ので参照した。
ジェンダーで思い出したがWeb連載「五代ゆうの ピーター卿のできるまで」の本書の記事がとっても良かった。ニヤニヤして読みましたよ。
作中現在はp13, p52, p76, p233から冒頭は1929年12月で確定。
価値換算は英国消費者物価指数基準1929/2024(79.61倍)で£1=15141円、1s.=757円、1d.=63円
原書にも献辞は無いが、目次の後にOld Balladの引用あり。(創元、幻戯、早川のいずれも欠。結構重要だと思うけど…) 英WikiによるとAnglo-Scottish border ballad “Lord Rendal”の変種の一つという。参考まで全文引用。
“Where gat ye your dinner, Lord Rendal, my son? / Where gat ye your dinner, my handsome young man?”
“—O I dined with my sweetheart, Mother, make my bed soon, / For I’m sick to the heart and I fain wad lie down.”
“Oh that was strong poison, Lord Rendal, my son, / O that was strong poison, my handsome young man,”
“—O yes, I am poisoned, Mother; make my bed soon, / For I’m sick to the heart, and I fain wad lie down.” (変な話だが、書店でこの詩の訳がついたHPBを見たような記憶がある。夢なのかなあ。なんで幻戯は、この詩を訳してないのかなあ… 底本Hodder2016についてないのか)
p8 最近の下世話な言い方…『受け持ち』(in the modern slang phrase, ‘up to’)
p9 いかなる合理的な懐疑の余地もないまで(beyond all reasonable doubt)◆この概念のわかりやすい説明が後段にある。
p10 『自由恋愛』(free love)◆ 後ろでD・H・ロレンス(D. H. Lawrence, p122)も出てくる。そういう時代。
p10 『推理』もしくは『探偵』小説と呼ばれる(so-called ‘mystery’ or ‘detective’ stories)
p11 現在、二十九歳(now twenty-nine years old)◆当時作者は36-37歳
p11 同棲して... 親密な関係を(live on terms of intimacy)
p13 一九二九年二月(February 1929)
p15 ダウティ街(Doughty Street)… ウォーバーン広場(Woburn Square)◆いずれもロンドンに実在
p15 メアリ・スレイター(Mary Slater)
p16 キドウェリーの毒殺事件(Kidwelly poisoning case)
p16 イーディス・ウォーターズ(Edith Waters)
p19 [六月]二十日◆事件の日、死亡は23日(p31)
p20 署名は単に<M>(And it is signed simply ‘M.’)◆BBC1987ドラマでは「H」と直してるので訳注の通り作者の誤りなんだろう。当初はMで始まる名前だったのかも。幻戯(g024)は問答無用でHと修正。早川はMのままで特に言及なし。
p21 広告によれば『体にいい』…ギネス(had a Guinness, … according to the advertisements it was ‘Good for you.')◆このキャッチコピーはギネス社が170年の伝統を破って初めて広告を打った時のヒット(1929)、広告会社はS.H.Benson、じゃあセヤーズさんが携わったのかも?と思ったら、ちゃんと英Wikiに記載があった。Dorothy L. SayersとGuinessの項目に明記。[John Gilroyのイラストに] she penned accompanying verse such as "If he can say as you can/Guinness is good for you/How grand to be a Toucan/Just think what Toucan do、マスコットにToucanを使ったのはセヤーズさんのアイディアだったとも。ここは密かな自画自賛の一行だったわけだ(もちろん当時の読者は気づくはずもない。[BP]も拾えてない)。1929年末に作者はS.H.Bensonを辞めている。驚いたことに、あるWeb記事ではこの広告キャンペーンについて、イラストレイターが特筆されてセヤーズさんへの言及が全くないのがあった。幻戯(g024, 注012)「広告が『健康的だ』と謳っているギネスビール」 セイヤーズが書いたコピーとしている。[PWC]には項目なし…
p21 上等のオレロソ(a fine Oleroso)◆ 幻戯(g025)割注で「オロロソの誤りか」
p23 バッジ番号D1234の巡査(Police Constable D.1234)◆Web記事『1888年の「シティ警察とスコットランド・ヤード」の警察官の人数』によるとDはマリバン管区(もっと新しい資料が見たいなあ)。Woburn Squareの出来事を目撃した警官なので、正確には調べていないがMarylebone地区で合っていそう。
p27 タイピスト派遣事務所(a typewriting office)
p28 ポケットに自動何とかや<救命具>を持って(automatic thing-ummies and life-preservers in every pocket)◆ここはautomatic(pistols) & revolversの言い間違いか? life preserverをWebで検索すると19世紀の護身用仕込み杖が拾えた。そっちはポッケに入るイメージではなかろう。幻戯(g030)「ポケット全部に自動なんとかやら棍棒やらを持って」
p28 ランドリュー(Landru)
p28 ウィムジィが久しぶりに帰ってきてくれて嬉しい(Top-hole to see old Wimsey back)◆ここら辺はあのつまんない冒険もの短篇『アリババの呪文』の設定に忠実に従って、ピーター卿がしばらく不在だった、という事なのかも。ただし『アリババ』のラストシーンは明白に1月と書かれてるので、本作冒頭と不在期間の時期がちょっとかぶってしまっている。
p28 パーカー首席警部(Chief-Inspector Parker)
p28 ジェフリーズ(Jeffreys)◆George Jeffreys, 1st Baron Jeffreys PC (1645-1689) "the Hanging Judge"として知られたウェールズの判事(英Wiki)
p29 ジンジャー・ビール(ginger-beer)◆ジンジャーエールの源流らしい
p32 同じブルームズベリの文学集団(the same literary set in Bloomsbury)◆公共良俗を乱す怪しい集団だと思われてたんだろうね。
p36 公正なけだもの(a just beast)◆テンプル博士(Dr. Temple, the headmaster of Rugby school)についてある生徒が評した言葉(訳註及び[BP])
p37 いわゆる『パーマネント・ウェーヴ』(what is termed a ‘permanent wave’)◆ ドイツ人発明家Karl Ludwig Nesslerが1906年10月8日にロンドンのオックスフォード街の美容室でpermanent wavesを初披露した。(Web記事Karl Nessler and the Invention of Permanent Wavesより。このページの広告(1908)ではFee £5 5s. Cpi換算で14万8千円!そんなに高かったのか?)
p39 マデライン・スミス事件(19世紀半ば)、セドン事件(1911)、アームストロング事件(1922)(the Madeleine Smith case, the Seddon case and the Armstrong case)
p43 お顔もほんとに個性的… 厳密に言えば美人ではない(a really remarkable face, though perhaps not strictly good-looking)
p43 エドガー・ウォーレス◆ 幻戯(g044, 注024)によればキュルテン事件解決に携わったらしい。
p43 あのスレイターとかいう人(the Slater person)◆ Oscar Slaterのこと
p43 スコットランド… 変な法律… 結婚について(in Scotland where they have such very odd laws about everything particularly getting married)◆ここら辺は知りたいなあ。スコットランドには結婚関係の変な仕組みがあるんだろうか。幻戯(g044, 注028)によると、正規に届け出てない同棲を婚姻と認める規定があったようだ。
p50 今後十二年間(for the next twelve years)◆へえ、知りませんでした
p52 翌日は日曜(The following day was a Sunday)◆これが何日なのかは記載なし。p76参照
p52 女一名、半分だけ女なのが一名、四分の三だけ男(One woman and half a woman and about three-quarters of a man)◆ここは「女1名と女1/2名、男3/4名」という事だろう。一人分とまではいかないが部分的な賛同者がいたよ、という感じ。幻戯(g051)は創元とほぼ同文。早川(h41)は正しく「一人の女性と、半人分の女性と四分の三人分くらいの男性」
p54 ふざけた歌に出てくる歯に穴があいた男(the man with the hollow tooth in the comic song)◆いろいろ検索したが調べつかず。[BP]でも出典不明。幻戯(g053, 注036)はIrving BerlinのI've Got A Sweet Tooth Bothering Me (1916)を提案、なるほどね!
p56 自分の墓にかける柳の冠(twine willow-wreaths for his own tomb-stone)◆訳註は"柳の冠"は「失恋した者が被る」としているが、[BP]によればweeping willow signified mourningで、ここの意味はa reminder of the Resurrection and the lifeであろう。
p64 がーんと来て(stunned)◆ 幻戯(g060)「完全にまいってしまって」、早川(h42)「全く息をのんでしまって」
p64 『鮮やかな幻の園を気ままにさまようことが…』(However entrancing it is to wander unchecked through a garden of bright images...)◆ 訳註はちょっと誤り。ブラマ作 “The Story of Hien”(短篇集“Kai Lung’s Golden Hours“(1922)に収録)より [BP]
p65 白い蛆虫(white slugs)◆ピーター卿の自虐
p68「余剰」(“superfluous”)◆ 幻戯(g064, 注041)「余った女」 、早川(h32)「余計者」ここは戦争で若い男性がたくさん死んで「余った女」が社会問題になってたことを示している。『箱の中の書類』にもそういう表現があった。幻戯の注ではそれはジャーナリズムが作り出した不安だった、としている。未調査
p68 いきのいい若者(Bright Young Things)◆戦後(WW1)の伝統破りの若者たち、a group of Bohemian young aristocrats and socialites in 1920s London (英Wikiに主要メンバーのリストあり) 同名の懐古映画(2003, 原作イヴリン・ウォー)がある(DVDを入手しました!未見)。幻戯(g064, 注042)「陽気な若者たち」、早川(h53)「若くて{いけ}るような娘」({ }内は傍点)
p69 <僕の猫舎>(My Cattery)
p69 あのなんとかいうドイツ女(like that German female, what’s her name)◆Gesina (or Gesche) M. Gottfried(1828年逮捕)[BP]
p70 ジョージ・ロービィ(George Robey)◆ミュージックホールの大スター(1869-1954)。作者はチャップリンが好み、というわけではなく、登場人物に合わせたものだろう
p71 すてきな頰髯にみんなうっとり… 今なら笑われる(with whiskers which we all admired very much, though today they would be smiled at)
p72 死んだら心臓に... と書いてあるのが見つかる(When I die you will find .... written on my heart)◆メアリ女王の有名なセリフは"when I am dead and opened, you shall find Calais engraved on my heart"、フランス軍の攻撃でカレー(英国が保持していた最後のフランス拠点)が落ちた1558年5月のこと。幻戯(g068, 注048)
p73 ティーポットから最大限引き出す(getting the utmost out of a tea-pot)◆コツが書いてある
p74 ファラー学長の本(Dean Farrar’s books)◆ Frederic William Farrar(1831-1903)、引用は“St. Winifred’s”第22章から[BP] Dean of Canterbury(1895-1903)なので「司祭」が適切か。幻戯(g069)「ファラー主教」
p75 プラスラン公爵---あれが自殺だったとすれば(There was the duc de Praslin, for instance — if his was suicide)◆Charles-Louis Theobald, the Duc de Choiseul-Praslin, 妻殺しで逮捕されたが裁判前に砒素で自殺した(1847) [BP] 実は自殺は嘘で、密かに国外逃亡を許され、英国で余生を送ったという噂があった。この事件を元にしたMarjorie Bowenの小説 Forget-Me-Not(初版は米国1930、Joseph Shearing名義でLucile Cleryというタイトル)は売れたようだ。(英Wiki)
p76 弱気な心(faint heart)◆元の諺はfaint heart never won fair lady、Webで調べるとThomas Lodge“Rosalind: Euphues' Golden Legacy”(出版1590, 沙翁’As You Like It’の元ネタ) Section 17に用例があるが、ここでも諺っぽい感じで使われてるので起源はもっと古そう。(Web上にInternet Shakespeare Editionsという便利なサイトあり。沙翁のフルテキスト(異本も網羅)だけでなく関連文書まで収録。すごいなあ)
p76 ミクルマス期は二十一日に終わり… 今日は十五日… ヒラリー期は一月の十一日から(The Michaelmas Term ends on the 21st; this is the 15th. … and the Hilary term starts on January 12th)◆イングランドの裁判カレンダーは一年を四つに分ける。Michaelmas term(10-12), Hilary term(1-4), Easter term(4-5), Trinity term(6-7) (英Wiki “Legal year”) 不揃いなのが古い伝統っぽい。ここの「15日」は全体の流れから1929年12月15日で確定。この日は日曜日なのでp52からここのくだりまでは同じ日の出来事なのだろう。ピーター卿は急いでいるはずだから
p77 光の道筋(the path of the light)◆アインシュタインは『箱の中の書類』にも引用されてた。
p77 女にめろめろ(goopy over the girl)◆ goopは米国作家Gelett Burgess(1866-1951)の造語。Goops, and How to be Them (1900)などに登場する馬鹿げた行いをする禿げ丸頭の子供?のこと。幻戯(g072)「ぞっこん」、早川(h59)「いかれてる」
p78 ジャック・ポイント(Jack Point)◆Gilbert & Sullivan "Yeomen of the Guard"の登場人物 [BP]
p80 そっちがイングランドを留守にしたりするからだ(You shouldn’t have been out of England)◆ p28参照。
p81 マードル夫人(Mrs. Merdle)◆ Dickens “Little Dorritt” Chapter 3 の登場人物。ピーター卿の愛車は『不自然な死』(1928)で初登場(車種はDaimler Twin-Six、レース用のボディとの記載あり)
p81 十二本の排気筒(all twelve cylinders)◆ 浅羽さんは気筒と排気筒を混同してる。幻戯(g075)「十二気筒エンジン」、早川(h62)「十二気筒」
p83 戦後世代(post-war generation)
p85 『妹と背の道』(Voice that Breathed o’er Eden)◆ [BP]に歌詞全文あり。
p88 五十ポンド
p88 教会鼠(proverbial Church mice)◆ Wikitionary "poor as a church mouse" 参照
p90 銀行券をひと摑み(a handful of treasury notes)◆ treasury note(元は大蔵省が戦時中に臨時発行したもの)は£1及び10s.紙幣の二種類しかない(1933年通用停止)。1928年11月から正式に英国銀行券に切り替わった。ここは「少額紙幣」という意味でtreasury noteという語を使っているのだろう。英国銀行券は£1000まであったのだ。なお a handful of は「片手にいっぱい」ではなく「ほんの少し」の意味らしい。幻戯(g082)「手に載せられるだけの法定紙幣を」、早川(h68)「一つかみの紙幣を」
p90 定価の七シリング六ペンス… 三シリング六ペンス… 一シリング版(the original price of 7/6… the three-and-sixpennies… the shilling edition)◆ まだペイパーバックの無い時代。当時の小説本は最初7/6dで出て普及版3/6dから廉価版1/- に至る。
p91 儲けとは無関係の評価(シュクセ・デチーム succès d’estime)◆発音はシュクセ・デスチムだが… 仏語借用の英語表現で「〔一般には受けず〕批評家だけに受ける芸術作品」
p91 水の上にパンを投じる(cast your bread upon the waters)◆ フリーマン『青いスカラベ』でも引用されていた。無駄な行為のようでも、後で見返りがあるよ、という聖書句(Ecclesiastes 11:1)
p91 『よき業を豊かに供えたる者に、み手より豊かに報い給わん』(plenteously bringing out good works may of thee be plenteously rewarded)◆ 英国教会祈祷書の三位一体後第25主日(Twenty-fifth after Trinity)の集祷文(The Collect)の文句。「三位一体節後〜」はバッハのカンタータでお馴染みですよね?
p92 そこそこよく売れていました--国内で三千から四千部(books have always sold reasonably well—round about the three or four thousand mark in this country)◆ アガサさんの『アクロイド』(1926)はよく売れたと言われるが5500部らしい。『スタイルズ』は2000部近く。
p92 ZZZZが釈放されてしまえば--(When ZZZZ is released--)… 『されれば』じゃなくて良かった(I am glad you say 'when.')◆ これだと違いがちょっと微妙。幻戯(g084)「無罪放免となったときは--」「"ときは"と言っていただけて嬉しいです」試訳「ZZZZが釈放された後は--」「"された後"とは嬉しい言葉」
p93 連載化権… すぐに収益になる(serial rights… immediate returns)◆ セヤーズさんの実感か。米国雑誌で『雲なす証言』が連載されてたのは知ってるけど、他はどうだったか。アガサさん『茶色の服』(1923〜1924連載London Evening News)は500ポンドで売れた。アガサさんは売れっ子作家で、他の長篇も大抵雑誌や新聞で連載している。
p93 『鍋の中の死』(Death in the Pot)◆ 架空の探偵小説のタイトル
p93 トルーフット社(Trufoot)
p101 国家対ヴェイン(R. v. Vane)◆ ここは「国王対ヴェイン」が正しい。英国では刑事事件の訴追側は王(国王Rex, 女王Regina)、裁判は人対人の争いだ。幻戯(g092)も創元と同じ。早川(h76)「ヴェーン事件」
p102 ウェストモアランド県ウィンドル町(Windle, Westmorland)◆ 幻戯(g093, 注059)によるとモデルはケンダルKendalらしい。[PWC]にはKendal, known for the manufacture of shoes and bootsとあった。
p103 陪審員というものはあてになりません。ことに、女も陪審員になれる今は(juries are very unreliable, especially nowadays, with women on them)◆ 女性が陪審に加われない、という制限を撤廃したのはThe Sex Disqualification (Removal) Act 1919らしい。Web 記事How women finally got the right to jury serviceに詳細があった。
p104 スカートの長さもお約束の膝下4インチ(their skirts are the regulation four inches below the knee)
p106 ビノリー(Binnorie)◆ 「訳註 スコットランドのバラード」幻戯(g096, 注063)殺人バラッドThe Twa Sisters(Child 10; Roud 8)、英Wikiに項目あり
p110 塞いだ(stopped)◆ 狐狩りで、事前にキツネの巣穴を塞ぐ準備作業のこと [BP]
p113 燻製鰊(kippers)
p120 郊外住宅地(suburban)
p120 ハンガリーの歌(a Hungarian song)◆ ジプシー風?今はロマか
p122 長いスカート(long skirts)◆ これを不道徳と結びつけるとは…
p123 僕はもうじき四十なんだ(I’m getting on for forty)◆ 後ろのほうでは「道化者ぶるにはもう歳(was surely getting too old to play the buffoon)p183」と人から言われている。作者がまだ若かったからこんな感想なんだろう。歳をとっても実はあんま変わらないよ、とオジサンは思う。
p124 クルーソー(Crusoe)◆ 幻戯(g109, 注074)
p124 千九百六十年の革命(the revolution of 1960)◆ 当時はこの年で十分に未来だった。
p126 代戦騎士(champion)◆ ああそうか。元の意味はそういうものだったんだろうね。裁判の決着を決闘で決めていた時代があったのだ。かつて英国の裁判で陪審の裁きではなく古式ゆかしい決闘を望んだ人があり、法的には当時でも有効だったので困った、というエピソードを読んだ記憶がある。
p127 六パイントの水(six pints of water)
p127 ぎゃふん(Crushed)◆ 幻戯(g112)「失敗」 早川(h90)「やられた」
p128 例のホームズの原理(the old Sherlock Holmes basis)◆ ありえないことを除いて、残ったものが真相というやつ
p128 コーヒーをシロップにしたがる(liked to make their coffee into syrup)◆ 西洋の男は甘々コーヒーが好きなのだろう。エスプレッソも甘々が本場流。
p129 借金魔や、手を握っててほしがる人ばかり(too many borrowers… and too many that wanted their hands held)◆ ダメ男に惚〜れるなよ
p130 女の天才は甘やかしてもらえない(Women geniuses don’t get coddled)
p130 すぐ逃げて--何もかもバレた(Fly at once—all is known)◆ ノックス『陸橋殺人事件』(1925)では“All is discovered; fly at once.”、そちらに詳しく書いたので参照ください。幻戯は残念、注無し。早川(h98)は誤訳。
p131 脱水機(a wringer)◆ ローラー式脱水機。間に洗濯物を挟み、圧迫して水気を搾り取るやつ。
p132 クランペットをあぶって(toasting crumpets)
p133 コックさんって呼ぶ人が多い(callin’ you Cook as they mostly do)
p141 毛布の反対側で遊んで(taking his amusements on the wrong side of the blanket)◆ 面白い表現。幻戯(g123, 注084)は創元と同文。試訳「誤った毛布の中でお楽しみを」
p141 コレラが流行った時に死んで(died in the cholera)
p142 半日休みは水曜(Wednesday is my ’arf-day)◆ 使用人の休み。半休しかなかった?
p143 サルーン・バーの看板娘(the life and soul of the saloon bar)◆ サルーン・バーは「訳註 パブの仕切りのうち上品なほう」 幻戯(g125, 注086)「パブの上室」
p144 決められた時間のあとで酒出し(drinks after hours)◆ 幻戯(g125)「時間外の酒の提供」
p144 壜売り(serve in the jug and bottle)◆ 「訳註 客の持参した壜に酒を詰めて売る商行為」幻戯(g126, 注087)「容器持参」店外で飲むために客が自分で持ってきた容器に酒を入れる。家庭冷蔵庫も無いし、ガラス瓶による販売は高価になるので普及してなかったのかも。
p145 いい名前だった(it’s a better name).… 所帯持つとなったら、女はいろいろ犠牲に(a girl has to make a lot of sacrifices when she marries)◆ 苗字を変える嘆き
p145 四ペンス売り(the four-ale business) ◆ 「訳註 エールを1クォート四ペンスで壜売りすること」 幻戯(g127)「安ビール」 ここら辺は幻戯の方が意味がわかりやすい。Webにギネスの1パイントの値段史ポスター(1900-1992)があるが直近で1928年が10d.、[PWC]は本来1パイント4ペンスの意味だが、資料によっては1 quart(=2 pint)で4 penceと読めるのもあり、だって。
p145 この前の八月の銀行休業日(last August Bank Holiday)
p146 看板は十一時◆ 幻戯(g127, 注089) 当時のパブは夜11時で閉めるのが多かったようだ
p146 八杯よか(over the eight)◆ 「訳註 第一次大戦中はビール八杯が飲める限界とされていた」 Wikitionaryには“one over the eight”の形で1920s UK origin, from the idea that one can drink eight pints of beer without getting drunk. ビール八杯以上で「へべれけ」ということ。
p149 ニュース・オヴ・ザ・ワールド(News of the World)
p155 おなじみの田舎牧師(the usual country parson)
p163 ウッドストック型のタイプライターで打たれた(typed on a Woodstock machine)◆ イリノイ州ウッドストックの会社、1907年創業。シアーズ・ローバック傘下。Model No. 5(1917-1940?)がロングセラー。幻戯(g141)の割注で何故か「1916年に発売」と断定している。モデル5で間違いなさそうだけど…
p164 家族の聖書から… 名前を消して(erased… name from the family Bible)◆ 「訳註 一族の出生・結婚・死亡を見返しに記す習慣があった」Family Recordというページがあって、実際のものがWebで見られる
p170 バーバラ(Barbara)◆ ピーター卿の初恋か
p170 『バルバラ…』(Barbara celarent darii ferio baralipton)◆ 訳註及び[BP]
p170 僕はもちろん、ベイリアルの学生でした(I was a Balliol man)
p171 ばか話(talk piffle)
p172 メガセリウム信託(Megatherium Trust)◆ 架空のもの
p174 晩年のウィムジイ(when he was an old man)… 以降二十年間(for the following twenty years)◆ ありゃりゃ… 未来を語ってる。
p175 『エクスプレス』紙に出ていたジェイムズ・ダグラスの記事(James Douglas’ article in the Express)◆ James Douglasは架空だろう。Daily Expressかな?
p176 図書館の会費(a library subscription)◆ 「訳註 当時は会費制で維持されていた」 幻戯(g151, 注105) そういう会員制図書館もあった、ということらしい
p176 最も清らかな文学(the purest literature)◆ なるほどね
p177 槙肌作りや… 郵便袋を縫ったり(picking oakum or sewing mail-bags)◆ 刑務所の労役
p178 顔はパンケーキみたいに平凡(she’s as plain as a pancake)
p180 お茶の時間なんぞ、発明されなければよかった(nobody had ever invented tea)
p180 新聞記者の言い草じゃないが、何か露見したか?(Has anything transpired, as the journalists say?)
p182 問題は僕がキリスト教徒(the trouble was that I was a Christian)◆ 英国ではセヤーズさんが反ユダヤとの評があるらしい。でもゴランツはユダヤ人。前の版元ベンもユダヤ人。ここの記述もむしろ親ユダヤ。
p183 花婿の友達にも何か役目(some sort of bridegroom’s friend comes into it)… 帽子は脱がん決まり(You keep your hat on)◆ ユダヤの結婚式の作法のようだがちょっと曖昧な知識
p184 晩餐とダンスと、何とも疲れるジェスチャー遊び(dinner and dancing and charades of the most exhausting kind)◆ クリスマス・パーティだねえ。
p186 昔風な寝巻がお好み… スプーナー博士みたいに(prefers the old-fashioned night-gown, like Dr. Spooner)◆ なぜここにスプーナー博士?(スプーナリズムで有名, My Queer Dean!) Webを漁ったら次の逸話を発見。Mrs. Grey, daughter of one of the masters of Rugby School, is reported to have taken a banana ... and have said to Dr. Spooner. 'Do you like bananas?' He suddenly roused from a reverie: 'Er, what? Well, I must confess I prefer the old-fashioned nightgown!" (Rossell Hope Brown "The Warden's Wordplay: Toward a Redefinition of the Spoonerism"(1966)より) バナナとパジャマを聞き間違えたのだろう。ここは幻戯(g159, 注114)でも拾えていない。[PWC]でも博士のナイトガウンの趣味は不詳、としているよ
p189 オービュソンの絨毯(an Aubusson carpet)◆ 高級なものなんだろう。幻戯(g162)に割注あり
p191 映画館(cinemas)… おやつのメンデルスゾーンと、『未完成』の切れっ端(snacks of Mendelssohn and torn-off gobbets of the ‘Unfinished.’)◆ サイレント映画の時代は、映画館にピアニストが雇われていて、場面に合わせてピアノを弾いていた。幻戯はどうせ注釈をばら撒くなら、そういうことも書いて欲しいなあ。
p191 現代音楽(Moderns)◆ この頃ならシェーンベルクとかストラビンスキー。
p191 イタリア協奏曲… ハープシコードで弾いたほうが合う(the Italian Concerto... It’s better on the harpsichord)◆ チェンバロ専用曲の代表、と言ったらバッハ「イタリア協奏曲」BWV971だろう。二段鍵盤の効果はピアノでは物足りない。1930年代はドルメッチが古楽器を作り始めてた古楽第一世代のころ。
p191 バッハは脳味噌にいい(I find Bach good for the brain)◆ フーガなんてとっても論理的な音楽だしね… それでいてバッハには情感がある。
p191 『平均律』の一曲(one of the “Forty-eight.”)◆ バッハで「48」なら「平均律クラヴィア」のこと。何番かは不明だが、フランス風の第5番ニ長調BWV850なんてどう?
p195 ラム(Rumm)
p195 目隠し(Blindfold)
p196 『栄光、栄光、栄光』 (Glory, glory, glory)◆ probably a reference to hymn 455 in the Salvation Army Hymnと [PWC]にあった。「救世軍聖歌455番か」と訳註及び幻戯(g1687, 注122)にあるのは[PWC]由来だろう。Salvation Army Hymnは未調査
p196『みどりもふかき』(Nazareth)◆は"Ye fair green hills of Galilee"が歌い出しで、作詞Eustace Rodgers Conder、メロディは古い英国民謡によるもの。幻戯(g168, 注124)は[PWC]によりヴィクトリア朝の英国で人気があったグノー作曲の"Nazareth"(英訳詞Henry F. Chorley)としている。
p198 ハレルヤ(Alleluia)
p197 ハルモニウム(harmonium)
p198 ハープ、サックバット、プサルテリウム、ダルシマー(harp, sackbut, psaltery, dulcimer)
p200 豚足(とんそく)trotters
p202 ブラマ(a Bramah)◆ 開錠困難を謳っていた。ラッフルズでもお馴染み。幻戯(g172, 注131)
p206 残余財産相続人(residuary legatee)
p209 有名なもの(that famous one)◆ 幻戯(g178, 注134)でも不明
p211 四時半で終業(knock off at half-past four)◆ 当時の労働時間?9時5時じゃなかったの?
p212 椅子(回転式… 最近の型ではない)the chair (which was of the revolving kind, and not the modern type…)◆ どんなのだろう?
p220 『門をひと思いに通り、新しいエルサレムの門を…』(Sweeping through the gates, Sweeping through the gates)◆ 何故か創元・幻戯に注なし。[BP]には記載あり。[PWC]ではTullius Clinton O'Hare作の聖歌"Washed in the Blood of the Lamb"のコーラス部。
p220 ぼけが来た(Going dotty)◆ この感覚はちょっとわからない。本書の裏テーマは「私も歳をとったなあ」という述懐なのかも。
p221 <ルールズ>(Rules)◆ 幻戯(g188, 注140)
p222 十二月三十日
p232 マックス・ビアボームの話に出てきた男(the man in Max Beerbohm’s story)… 「感動を与えるのが大嫌い(hated to be touching)」◆ 幻戯(g197, 注144)の短篇「A・V・レイダー」(1914)に出てくる男
p233 望山荘(HILLSIDE VIEW)
p233 一九三◯年一月一日(JAN 1ST, 1930)
p233 家の中で火を焚くことを許さない(never permit a fire in the house)◆ ヴィクトリア朝の人ってすごいなあ。
p234 ちゃんとした女◆ ここの形容詞はrespectable
p234 乗合バス… 1ペニーで(omnibus... a penny ride)
p235 娘時代は誰でも、水彩画の手ほどきを受けさせられた(as girls we were all brought up to dabble a little in water-colours)
p237 喫茶店(tea-shop)… <ライオンズ>一軒(a Lyons)… ◆ 人口2〜3万人程度なのに喫茶店が8軒とライオンズがある。
p238 楽団もソーダ水売場もない、ありふれた地味な<ライオンズ>(an ordinary plain Lyons, without orchestra or soda-fountain)
p238 全粒粉ビスケット(digestive biscuits)
p241 靴の試し履き(Trying on shoes)
p242 尾行(shadowing)
p246 スコンとバター、紅茶をポットで(scones and butter... and a pot of tea)◆ cupじゃなくてpotで頼むんだね。二人で別々に二つのポットを頼んでる事例があったなあ。
p247 これ以降のネタはとっても興味深かった。かなり面白いのがふんだんに。ネタバレ回避で書けないのが残念。
p255 最愛のルーシィ(My dearest Lucy)
p269 コヴェントリーに住んでたんで、よく冗談の種にしてた(lived at Coventry and we used to have a joke about it)◆ Send to Coventryは意図的に仲間はずれにすること。英Wikiに項目あり。
p297 ポメリー(Pommery)
p302 四・五ポンド 三シリング四ペンス(4½lb. ¾d)◆ 牛肉の塊の値段。電子版の原文は4分の3ペンスと読めるが、流石に安すぎるので3シリング4ペンス(3/4dと表記する)だろう。100gで123円。ずいぶん安い。英国(2023年)だと生肉で265円。
p303 ボーンズ(Bourne’s)◆ 店が閉まる前、六時半には着きたい、と言ってる。ということは閉店は七時か?英Wiki "Bourne & Hollingsworth"
p308 マーシュ・テスト(Marsh’s test)
p315 ブラヴォー事件(Bravo case)◆ 幻戯(g263, 注163) 1876年の事件。
p316 ジーヴズ(Jeeves)◆ 幻戯(g263, 注164)直前のセリフI endeavour to give satisfaction my Lordが真似だったから。
p322 まさしく謎よ(Riddle-me-right, and riddle-me-ree)◆ 幻戯(g267, 注171)「なぞなぞなあに」幻戯も[BP]同様「マザー・グース」から。創元では『魔女の戯れ』のもじりか?とあるが何を指してるのかわからず。
p322 『英国有名裁判全集』(Notable British Trials)◆ 懐かしい!旺文社文庫で分厚い文庫版が出てたことは、もう忘れ去られてるよね。 『ミステリの祭典』に登録しておこうかなあ。(確かめたら、自分で一冊登録済みでした…)
p323 『英国写真』誌(British Journal of Photography)◆ 幻戯(g268, 注177) 実在の写真誌、1854年創刊。
p325 シーザーの妻(Caesar’s wife)◆ Caesar's wife must be above suspicion. Wikitionaryに項目あり。幻戯(g270, 注181) 「カエサルの妻」 ひどい夫だなあ。これ「李下之冠」と似てるようで全然違う。自分や身内への戒めじゃなくて妻(弱い立場の他人)への戒めだから… カエサルの弟またはカエサルの母、ならまだ感じが良いが… まあ夫の権威を傘に威張るバカ女に対して使うなら無問題かな?
p328 先週の『スージーの内緒話』のマダム・クリスタルの欄(in Madame Crystal’s column last week, in Susie’s Snippets)◆ 英国で発売されてたTit-Bitsみたいな週刊新聞か? [PWC]もTitbits風の架空雑誌だろうとしている。一致したので素直に嬉しい。
p329 ダイムラー(a Daimler car)◆ 高級車の象徴
p329 映画(the talkies)◆ ここはトーキーに意味がある。英国上陸1928年だから流行最先端の娯楽だった。幻戯(g273)は「トーキー」と訳しているが「最新流行」というような説明に欠ける。早川(h235)「物語」
p331 ターキッシュ・ディライト(Turkish Delight)◆ 幻戯(g275)も同じ。早川(h237)「トルコ風菓子」 日本ではロクム、ターキッシュデライトとして知られているようだ。
p343 国家(the Crown)◆ 幻戯(g285)「検察当局」 当時の英国には日本や米国のような検察機構は無かった。ここもp101同様「国王側」が一番正確だろう。
(完結!)

No.441 6点 チューダー女王の事件- クリストファー・ブッシュ 2024/03/04 07:34
1938年出版。トラヴァースもの第18作。国会図書館デジタルコレクション(NDLdc)で読了。元版は創元推理文庫(1959)。少しほっておくと接続が切れるが続けて読むぶんにはストレスは全くなかった。再接続も簡単、色味や拡大率も調節出来るので老眼族にはおすすめですよ。古くて綴じが緩い貴重本を壊さないかなあ、と大事に扱う必要もないし。さらに全文検索がついていてとても便利。
参照した原書Dean Street Press 2018はKindleで500円程度。Curtis Evansの序文付き。トラヴァースものはこの出版社が全作品を復刊しているようだ。
翻訳は1ページに一箇所くらいヘンテコなのがあって、まあ大筋は大体わかるのだが、文章の前後がつながらないところが多いので、真意をあれこれ考えて読書が中断してイライラする。原書がなかったらストレス溜まりすぎ物件。一番ひどい誤訳はラストのトラヴァースの感情部分。ここをこんな風に誤読してるんなら、私が気づいてない誤りがもっとある可能性がある。絶版もやむなし、と思うが、タダで英語のお勉強が出来たので、私としては結局面白かったけど…
もともと私はミステリ的な工夫とか、犯人当てに興味があんまりなく、当時の生活の細々した部分や当時の人々の(今となっては)意外な感覚などが描かれていれば満足しちゃうので、この作品自体もかなり面白かった。じゃあなんでわざわざミステリを読むの?と言われると、実は探偵小説って、そういう生活の細部を書いてないと推理の手がかりにならない。なので、普通小説よりも普通の生活を知るのに適してると思う。ヴァンダインも似たようなことを言っていて、それな!と思ったことがある。
それで私はミステリ的な細かい部分はほぼ薄目で読んで、本作にもタイムテーブル的なものもちょっと出てくるが全然検討すらせず、読み飛ばしに近い。そんな読み方で言うのもなんだけど、ミステリ工夫も割と良いのでは?と感じた(感じだけなので信用しないでね)。
いつもブッシュ作品に感じる、長編化されたヴィカース『迷宮課事件簿』という印象は本作品が一番強かった。やっぱりそうじゃん、と自画自賛。
本作で残念なのはインクエストの描写。英国読者はこれで理解できるの?と驚きだ。オモテではっきりものを言わない捻くれ者のブッシュさんだけど、あの表現で良いんですかね? (発表予定のインクエスト記事のネタになるので個人的には嬉しいが…)
以下トリビア。
作中現在はp200が決定的で1937年。p9から四月初旬の水曜日、4月7日でほぼ確実。英国社会の大イベント復活祭はその年は3月28日なので全く話題にものぼっていない。
価値換算は英国消費者物価指数基準1937/2024(85.37倍)で£1=16218円。
p(該当なし) 献辞 To / MOLLY PETRIDES / with love and good wishes◆ 翻訳されてないが原書には献辞があった。誰かは不明
p8 関係地名の簡易図面◆ 原書では第14章なかごろについていた。タイトルは「トラヴァースの旅」 もともとは第14章専用物件ということ。
p9 原書では PART ONE * Presentation となっている。第13章以降はPART TWO * Solution、一応、翻訳時の底本と思われるPenguin版(1953)もみたがちゃんとサブタイトルが付いていた。なんで訳者は省いたんだろう。
p9 ジャーシイ(Jersey)
p9 リンプヤード(Limpyard)◆ 架空
p9 ポーツマス街道(Portsmouth Road)
p9 四月の早春。水曜日(early April, the day a Wednesday)
p9 車には(in the Rolls)◆ 「ロールス」をなぜ省くかなあ
p9 街灯の柱ほどの背たけがあった(lamp-post length)◆ 誇張文の誤解?と思ったが、原文の直訳。試訳「街灯みたいにヒョロ長く」
p9 角笛型の眼鏡(horn-rims)
p10 警視庁はあまりうるさくいわなかったから(the General, as the Yard not unaffectionately knew him)◆ 何のつもり?試訳「警視庁では他人行儀でない感じで「大将」として知られていた」
p11 温和な意見(the suave theories)◆ suaveは「上品な」、theoryは「仮説」のニュアンスだろう。読み込みが浅い。
p11 生まれながらに氏も育ちもよかった(born with a gold spoon in his mouth)◆ ここはgoldが肝心。試訳「金の匙をくわえて生まれた; 最上級の家柄だった」
p11 いやしい身分(the ranks)
p11 個人的な召使(personal servant)
p11 走り使い(houseboy)
p11 従者(valeting)
p12 くちの中でふうふう言った(grunted)◆ 変な日本語感覚。試訳「唸った」
p12 私が方向探知機の役をつとめる(I’ll keep an eye out for a direction post)◆ 試訳「私が案内標識を見つけてやるよ」 誤訳だがぼんやり趣旨は当たっている。欧米でよくある、交差点などで、柱に「あっちは◯◯」と書いた矢印板が何枚も貼ってあるやつ。辞書になかったのでお手上げか?(リーダース第三版にちょっと違う形で載ってた)
p13 その顔つきは、いくぶん抜け目なさそうで、とっつきにくかった(with a face that had in it something calculating and hard)◆ もっと中立的で良いだろう。試訳「〜何か思案してる感じで、固かった」
p14 アーンフォード(Arneford)◆ 架空
p15 まったくお美しい(A very charming)ずっと後の方で「美人ではない(She wasn’t a beauty)」と言われてるので、ここでこう言っちゃあダメだよ。試訳「とても魅力的」
p15 オディロン座(Odilon)
p15 <かたくなな心>(Stony Heart)◆ 架空の劇の題名。エゼキエル36:26 (KJV) A new heart also will I give you, and a new spirit will I put within you: and I will take away the stony heart out of your flesh, and I will give you an heart of flesh.からか?(文語訳)我新しき心を汝等に賜ひ新しき靈魂を汝らの衷に賦け汝等の肉より石の心を除きて肉の心を汝らに與へ
p15 とてもお美しかったでしょう?(Lovely in it, wasn't she?)◆ ここもp15のcharmingと同じ。試訳「素敵だったでしょう?」 lovelyは女性語で現代語の「カワイイ」だと勝手に思ってます。
p15 気まぐれ娘(A rather jerky young person)◆ 試訳「ちょっとピチピチした若いこ」
p16 駅からどう見えるか、それを知りたかったんです(I didn’t know how she was coming)◆ 「駅から」は全く不要。試訳「どうやって来るのか知らなかったんです」 ここは車か、列車か、どの手段で別荘に来る予定なのか知らなかった、ということ。まあこんな感じで誤訳や誤解たっぷりの文章が続く。真面目に読めばつながりがオカシイと絶対気づくはずなので編集者の責任は大。キリがないので以下はよっぽどのヘンテコ物件だけ挙げる。かなりのヘンテコでもネタバレ回避で提示できなかったものが結構あるけどね。
p17 女中兼衣装係(maid and dresser)
p17 ウェストミード(Westmead)◆ 架空
p17 大西街道(Great West Roads)
p17 家僕(indoor servant)
p18 デイリー・レコード◆ トラヴァースものでお馴染みの新聞
p18 なぜご主人は、XXXX曜にやって来なかったんだ?(why shouldn’t she have come down on XXXXday?)◆ shouldも間違いやすいよね。ここも文の前後で明白にヘンテコ。should have not+過去分詞で「するべきではなかった…」という意味。試訳「なぜXXXX曜に来ちゃダメだったんだ?」
p21 錠はエールだ(lock is a Yale)
p21 窓のかけ金(the catch of the window)◆ catchは「錠受け」としたいなあ。誰かミステリ密室小説の錠前関係の用語集を作ってくれないかなあ。乱暴な翻訳だと全部「掛け金」になってるのがあるよ…
p24 ソーレント(Solent)◆ 定訳は「ソレント海峡」のようだ
p25 あの女は、どんなタイプの男が好きだったんだろう?(What’s she like herself?)◆ likeを動詞だと思ったんだね。試訳「彼女の方はどんな感じだ?」
p26 日曜新聞(the Sunday press)
p27 ガタガタ馬車(hell–wagon)◆ ここも当時のオモシロ、スピード狂のお笑いネタ。
p28 煉瓦づくりの柱に『アーデン』という門標(the name–plate Arden on the brick pillar)◆ 英国では屋敷を勝手に命名する習慣がある。アガサさんの「スタイルズ荘」など。あまり大仰な名前は中産階級的、と笑われるらしい。アーデンは、the Forest of Arden(イングランド中部の森林地帯)沙翁As You Like Itの舞台、が由来か。
p29 じゃあ、人声はしなかったんだな(You can’t make anyone hear then?)◆ 試訳「誰にも聞かれないようには出来なかったようだな」 ちょっとヒネくれの台詞。ストレートに言えば「しくじったな。物音が聞こえたぜ」
p33 昔の馬丁(an ancient ostler)
p34 賭けてもいい(for a fiver)◆ 意味はあってるけど「5ポンド札」で確実ぶりがわかるので残して欲しいなあ。なお当時の五ポンド札は証券みたいなWhite Note
p36 おのずから育ちが違っていた(he had never grown indifferent)◆ 呆れた誤訳。試訳「無感覚にはなりきれなかった」職業人とは違い慣れることは出来なかった、という事。
p42 珠那(ほうろう)張りの鏡(enamel-backed mirror)
p53 二十ギニー(Twenty guineas)◆ やはり美術品はギニーで売り買いされる習慣なのだろう。
p53 出馬(でんま)表(race-cards)◆ 当時の現物写真を見つけられず
p58 古いパイプが入っているのは虫よけだ(Uses his old pipes to keep moths away)◆ 生活の知恵。私はこういうのが楽しい。
p59 九ペンスか一シリングで買える類の小型の日記(a little diary book of the sort that sells for ninepence or a shilling)
p61 最後にトラヴァースが試みたかったのは、XXXXがどうしてそんな表情をしているのか、しらべてみることだった(the last thing Travers wanted to do was to make another ghoulish examination of the XXXX’s face)◆ 愚劣な直訳。試訳「トラヴァースは、XXXXの顔をさらに詳しく調べるなんて真っ平御免だった」
p68 ミルクといっても離入りしかない(there was only tinned milk)◆ 当時は家庭用冷蔵庫が普及しておらず、新鮮な牛乳は個配でしか手に入れられなかったのだろう。
p70 日曜にお給料を(paid on Saturday)◆ ケアレスミス。使用人の給料日。週払いだったのか。
p70 フットボールの賭けや、くだらない安直な競技会(football pools and the tricky catch-penny competitions)
p71 手当ては週1ポンドと食事つき(His wages were a pound a week and his keep)◆ indoor servantの給金
p72 カドマース(Cadmarsh)◆ 架空
p72 ケームブリッジ(Cambridge)◆ センスのないカタカナ表記。発音は合ってるのかな?
p73 かたくるしくて、お上品(prim and proper)◆ 成句。とても伝統的で道徳的な保守的信念をもち、いつも間違いのない行動をし、礼儀のマナーを絶対に破らない人。
p73 りっぱな家がらの出(came of a good family)◆ 毛並みの良さより「お金がある家」のニュアンスらしい。後段で「父親はvicarだった」と言っている。vicarは地域の名士のようだが… 調査不十分
p74 そのことは聞いている(That’s news to me)◆ なぜこうなる?試訳「初耳だ」
p75 離婚に対しての仮判決(obtained a decree nisi)◆ 当時の離婚は六か月の待機期間があった。その間に何か発覚したら離婚は無効となる仕組み。離婚は英国の場合、両者が合意していても必ずめんどくさい裁判が必要だった。アガサさん(1927)やバークリー(1930)は経験者。ブッシュも一回経験しているはず(1929年ごろか)。
p80 安手のおねえちゃん(A cheap little hussy)
p80 新聞にのせる死亡記事の片をつけてしまう(go through those press obituaries)◆ ここは「いろんな新聞に載っていた死亡記事を読む」という意味だろう。警察が死亡記事を書いてのせるわけ無いよね。
p82 ポケットから銅貨を一枚(a coin from his pocket)… 「表か裏か?(Head or tail?)」 / 「女だ(Woman)」 / 「表だよ、君の負けさ(It’s head and you’ve lost)」◆ 当時はジョージ五世(1910〜1936)〜ジョージ六世国王(1936-1947)なので、Headは男の肖像。ここでWomanと言ったらTailなんだろう。(2024-07-16追記: 表が国王の肖像で「男」、裏が「女」のデザインのコインがあった。1ペニー又は1/2ペニーでブリタニアの坐像。ここは大きい1ペニーだろう)
p83 だれかさんはきっと喜ぶ(I know someone who won’t be sorry)
p84 E・A・M(English Associated Motions)◆ 架空のようだ。英国映画協会、というような感じか
p85 百十二ポンド(Eight stone)◆ 原文では体重の単位は全てstone
p88 すぐに自分なりの方法で始め、最後にXXXXが寝台を…引きついだ(were soon in each other’s way and it ended by XXXX taking over the bedroom)◆ ここも後の文章と繋がらない翻訳。どっちがどこを調べるか、ひと揉めあって、結局XXXXが寝室担当となった、ということ。
p90 私立探偵事務所の発行した32ポンドの領収書(A receipt from a firm of private inquiry agents for thirty-two pounds)◆ 当時の相場の参考資料。調査期間は不明だが…
p103 美しい女(A charming woman)◆ やはりbeautifulではなかった。p15参照
p110 特徴(particulars)
p115 獅子の笑い(the smile of a lion)◆ 原文では闘技場で美味そうなクリスチャンを見つけた時の… となっている。
p115 小型の自動車(a small car)
p116 英国放送局(B.B.C.)◆ Portland Placeは本社ビルの住所。
p116 寄席協会(the office of Variety)◆ 原文Varietyはイタリック。 「ヴァラエティ誌の編集部」で良い? 英国にVariety誌のオフィスがあったのかは調べつかず
p116 「ラジオ時報」と「ラジオ画報」◆Radio Times誌は1923年創刊。Wireless Picturesは架空雑誌か。
p117 郵便局へ行き... 電話ボックスにはいっていた(gone to the post-office and had been in a telephone booth)◆ 田舎だと当時、公衆電話は公共施設内に設置されていた。英国名物の赤い電話ボックスK2は1926年からロンドン市内に設置されていたが、ロンドン市外への設置はコスト安デザインのK6で1936年以降のこと。なのでここは「電話室」のほうが誤解がないだろう。
p119 締切後の追加記事や早朝版(the stop-press or the early papers)
p119 影響は少しかなかったはずです(it wouldn’t make any difference)◆ 翻訳文のような刑事のセリフではなく、話題の人物が話していた言葉。試訳「全然違いはねえ、どっちでも良い(と彼は言っていた)」 この段落は最後まで話題の人物のセリフ。ひどい翻訳だなあ。
p120 自制できなかったために、奇跡を行なえなかった賭け好きの話を知ってる(know a punter who hadn’t faith enough to move not mountains but whole damn continents)◆ 山々どころか大陸全体を動かすまでの信念を持てなかったギャンブラー? 調べつかず
p120 午後の〆切が終わったら(when the pub closes this afternoon)◆ パブが昼飯後に一回閉まることを指しているようだ。p161参照
p122 中背で、色黒く(of medium height, dark almost to swarthiness)◆ swarthyは肌が浅黒いという意味だろうから、ここのdarkは肌の色?darkって単純じゃ無いのね。「黒髪で肌も浅黒に近い」という解釈で良いかなあ。
p122 からだつきもよく、色は浅黒で、細面(well built, dark, thin-faced)◆ こっちは別人の形容。このdarkは「黒髪」で間違い無いだろう。
p122 上背があり浅黒で、筋張っていた(tall, dark, and wiry)◆ さらに別人の形容。ここも「黒髪」
p122 お悔みになるとあっさりそれを片づけて(chastely subdued as became the sorrowful occasion)◆ ヘンテコ日本語。試訳「悲嘆の場面にふさわしい厳粛な態度で」
p126 とても顔だちは美しかった(Quite good-looking)◆ quiteは米国ではveryの意味だが英国ではsomewhatのことが多いはず。試訳「顔だちは綺麗なほうだった」
p127 ありふれた表現ですが、彼女はなんでも承知している女でした(I may put it tritely, she was a lady in every conceivable way)◆ 試訳「古くさい表現ですが、彼女はあらゆる意味でレディでした」 私にはlady概念がやっぱりわからない…
p128 クラウンに(a half-crown)◆ 「を」
p130 審問(inquest)◆ ここは「検死審問」がわかりやすい
p130 郵送すればよかったんでしょうか?(could I post it?)◆ ここは間接話法、前の文に続くセリフの一部。試訳「それを郵送できますか、と(私に言った); (意訳すると)それを郵送願います、と(頼まれた)」 ヘンテコな繋がりでも平気な訳者。
p131 本当にXXXXにいるわけじゃありません('d never actually been to XXXX)◆ これもヒドイ。試訳「実のところXXXXに行ったことは一度もありません」
p131 ずうっといなかに潜在しているようにみうけました(looking forward to her stay in the country)◆ これもヒドイ。試訳「田舎暮らしを楽しみにしていました」
p132 フレッチャーの照明器具(the new Fletcher lighting)◆ 調べつかず
p133 三時のお茶がすむまで(till after tea)◆ 原文にない時間の付加はいただけない
p134 ルイズ侯爵夫人(the Princesse Louise)◆ 原文イタリック。そしてthe がついてるよ。客船の名前だろう。「プリンセス・ルイーズ号」
p135 彼女はうまくやってくれるかな?(she has done rather well, hasn’t she?)◆ 「彼女はちょっと上手いことやった(良い相手に巡り合った)よね?」というギャグだろう。Web記事で玉の輿に乗った女性を、この文句で評してたのがあった。
p136 自分で十シリングかけろ、私は四シリングかける(he was to put ten bob on for himself and ten for me)◆ 原文の通り10シリング+10シリングじゃないと1ポンドにならない。
p140 形式的な審間(the formal inquests)◆ 「公式のインクエスト」
p142 修証罪(Perjury)◆ インクエストにおける証言は民事や刑事の法廷で証拠とは見做されないはずだが(なぜなら反対尋問が行われていないので証拠として確立していないから)、偽証をすると別途訴えられるようだ。2000年に警官がインクエストでの偽証で訴えられている。昔からそうなのかは未調査。
p147 楽士たちや映画俳優が流行させた… その口ひげ(That streak of moustache, so popular in the dance band and film worlds)
p157 上等のヨーク・ハム(a very nice York ham)
p159 今の時代なら、気遣いでも、無帽の婦人でも、ちっとも奇妙に思わない(in these modern days, there was nothing odd about a woman either distraught or without a hat)
p159 ミルス手榴弾をなげる(throwing live Mills bombs)◆ ここはliveが重要。「本物の」で伝わる? 実際にピンが抜かれて爆発直前、という意味なんだが… 「爆発直前」で良いか。
p160 彼の推理は、解決への道をたどっていた(his resolutions gone)◆ 試訳「彼の推理はどこかに吹っ飛んだ」 やれやれだ…
p161 二時が二十分ばかり回った(about twenty minutes past two)… 「看板」にするところ(just on turning-out time)◆ パブが昼飯どきと夕食どきの間に休む時間をturning-out timeと言うのだろう。辞書でもググっても出て来なかったが…
p165 きたないことをやって(doing the dirty)
p167 暗い感じのする下町ふうの少女(a little dark girl, cockney)◆ darkはその前のblondeと対比して使ってる。「黒髪」
p176 四ペニーの席で(have a fourpenny seat)◆ 映画館の席代。270円とはずいぶん安い。
p182 フラジニの店から昼食を取り寄せ(Lunch brought in .... from Frangini’s)◆ 調べつかず。架空だろう
p182 アリバイ調査でほとんどがお茶に言及してるのが可笑しい。午後のお茶の時間は五時とか四時四十五分のようだ。p133の時間も多分違うはず。
p184 伝統のある学校を卒業していた(was a product of the old school)◆ この訳者、面白いなあ… 試訳「古い流儀で訓練された男だった」
p186 とんがった帽子(peaked cap)◆ 試訳「庇付きの帽子」 別の翻訳書でも「とんがり帽子」となっていた。
p186 船賃は六ペンス(charged sixpence)◆ 川の渡し賃
p188 女は{あれ}(傍点付き)らしい歌をうたいだした… ラジオでよく聞くような歌(she started singing some song about she’d got It(...) a song you may have heard on the wireless)◆ この歌はHelen KaneのI've Got "It" (But It Don't Do Me No Good) (1930) だと思われる。類似の歌もたくさんあったと思うが、これが一番有名だろう。イット・ガールって、もう誰も覚えてないか…
p188 例の三十年型のおんぼろ車(old Dawburn thirty)◆ ここも固有名詞を訳さず。架空のメーカー。音が似てるのはAuburnだが…
p191 ガソリンを一杯わけてくれる(beg a part can of juice)◆ 昔はガソリンが足りなくなると、路上で他の車(本書ではlorryとしている)から分けてもらったりしていたのだろう。
p192 調度品ともで四百ポンド払いました(gave four hundred for it furnished)◆ 小さな別荘の値段。原文は「家具代のみ」とも読み取れる?
p194 百十二ポンドきっかり(Just nine stone)◆ 若い女性が自分の体重をためらいもせず答えている…
p199 検視陪審員の評決に、何か不合理な意見のようなものがあるんじゃないか(there’s something in the verdicts the coroners‘ juries always bring in, about being of unsound mind)◆ ここはインクエストの評決が自殺の場合、陪審員があまり根拠なく加えてしまう「病んだ精神による」という言葉を指している。自殺の原因が精神異常でなければ教会墓地への埋葬がやりにくかったので、ちょっとでもそういう感じがあれば、この文句を付加する習慣になっているはず。
p200 戴冠式(the Coronation)◆ 1937年5月12日のジョージ六世戴冠式のこと。
p205 クリスマスと誕生日の時だけ… 手紙のやりとりを(had written to one another only at Christmas and on their birthdays)
p226 審理(inquest)◆ ここは「検死審問」と訳さないと理解できないだろう。この訳者は今まで「審問」と訳してたのに!
p228 おすましで美しく(prim and proper)◆ p73と同じ成句。なぜ「美しく」が出てくるの?
p229 パイレニース(Pyrenees)◆ ピレネー山脈!トラヴァースの行きつけ(an old haunt 別荘か?)があるようだ
p230 水曜日、九月八日はパルマーの誕生日(Palmer’s birthday was on Wednesday, which was 8 September)◆ 1937年であってる。
p230 五ポンド紙幣を出して、これが贈物のかわりだと...(A fiver was handed over, out of which a present was to be bought...)◆ そしてショウを見るべきだ、と続く。中途半端な翻訳だなあ。
p231 高級酒場(Saloon Bar)◆ この語のニュアンスがよくわからず、爆笑の意味がつかめない。
p231 趣味はいたって単純で、昔からの寄席があまり好きでなかった(tastes were simple ones, with the music-hall of the good old days as a something to be regretted.)◆ 「〜遺憾ながら、古き良きミュージック・ホールなどが好みだった」という感じでは?
p233 オディロン座(テームズ・0101) ODILON. (Tern. 0101.)◆ 電話番号? テムズではなさそうだが… 1966年の一覧だがTERminusというKings Crossの電話交換局があった。Ternで始まるのは無し。架空かも。
p240 金が入った(came into)◆ 「相続した」
p243 里程計(The trip figures)
p244 サザンプトン街道(the Southampton Road)
p247 ビール樽のハンドル(the beer handles)◆ 機械式が村にも入り始めている
p252 <ケンジントンの流血>や<おえらがた殺人事件>(Kensington Gore or Murder for High–Brows)◆ 架空の探偵小説のタイトル。
p253 二シリング(Two shillings)◆ 小物の値段
p254 半クラウン(half-a-crown)◆ 2.5シリング
p255 私立探偵事務所(private inquiry agents)
p265 すぐそこまでだって言いつづけりゃあいいんですよ。切れたらそう言い、切れたらそう言ってるうちに、向うへ着いてしまいます(You keep saying you’ll stop at the next one on the near side, and then there isn’t another one, and there you are)◆ 忘れないようにする知恵なんだが、翻訳はヘンテコ。
p265 サセックスの妹のところで週末をすごすのは、彼[トラヴァース]のいつもの習慣だった(It was his usual custom to spend his weekends at his sister’s place in Sussex)◆ 他のシリーズ作品に言及があるのかなあ。未調査
p270 彼の名まえを言うと一騒動持ち上がった(as soon as Travers announced his name he found he had stirred up quite a lot of trouble)◆ 中途半端。試訳「彼の名前を告げると、一騒動持ち上がっていたことを知った」
p272 もう少しここにいて陳列品を見てみよう(Let’s get along to my flat and look at a few more exhibits)◆ なぜ前半をこう訳す?試訳「僕のアパートに行って〜」
p276 その地位をさらに強化したいなどということはばかばかしい話だった(and it was madness not to consolidate that position)◆ ここは誤訳ではなく誤植だろう。×「したい」→◯「しない」
p284 六ペンス(six pounds)◆ 不注意
p295 ぶちまけてやろう!(To hell with...)◆ なぜこんな風に訳してるのだろう。トラヴァースの気持ちを全然わかっていない。試訳「クソくらえだ!」
p292 まるで挑戦するような元気で(with almost a defiant jauntiness)◆ 出来る限り快活さを装って、というニュアンスだろう。ここもトラヴァースの気持ちを全然わかっていない。

<オマケ>
そういえば山口叢書「出るか分からないけど一応のせとこうリスト」に本作は計上されてたような気がする… ぜひ出して欲しいなあ!
この感想を書いていて気づいたが、iPadで新しい機種の場合、「写真」アプリからでも文字がコピペ出来る。pdfではない普通の写真なのに!すごい便利!(間違って文字を拾うことがちょいちょいあるが…)

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
9 読まずに死ぬ...
好きな作家
ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
平均点: 6.13点   採点数: 460件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(95)
A・A・フェア(29)
ジョン・ディクスン・カー(27)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(19)
アガサ・クリスティー(18)
カーター・ディクスン(18)
アントニイ・バークリー(13)
G・K・チェスタトン(12)
ダシール・ハメット(11)
F・W・クロフツ(11)