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弾十六さん
平均点: 6.14点 書評数: 476件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.476 7点 ビッグ・ヒート- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2025/03/23 00:50
1953年出版。初出週刊Saturday Evening Post誌1952-12-27〜1953-2-7(7回連載、挿絵William A. Smith)。私は創元推理文庫版を国会図書館デジタルコレクションで読みました。
最近、人並由真さまのマッギヴァーン作品評を読んで、そういえば昔フリッツ・ラング監督の『ビッグ・ヒート』(1953)を観たことがあり、マッギヴァーン原作だったのか!と気づいて、さらに初出がポスト誌だと知って、原作を読みたくなりました。
映画の筋はあらかた忘れていたのですが、読んでみると、ところどころぼんやり覚えていて、まあでもとても楽しめる娯楽作品です(嫌なシーンも多いけど)。米国人が空気を読めない、なんて嘘だよね。皆んなこの作品では圧を感じてるじゃないか、と思いました。
マッギヴァーンは短篇を読んだことがあるのですが、長篇は初めて。FictionMags Indexで短篇を年代順に見ると、1940年から1945年まではほぼSFばっかり、1946年以降はミステリや西部小説などが増えている。1952年末に突然スリック雑誌のポスト誌連載から映画化の流れ。その後、映画化作品が続き(過去の長篇も映画化されている)… という感じで、本作が出世作なのではないか、と思う。
SF出身なので、本作でも見せる理想主義的な青っぽさがある人なのかも、と感じました。
ポスト誌アーカイヴ(有料)で挿絵を見ましたが、実に良い絵ですよ!
そして映画も再見しました。結構場面を覚えてましたが、原作クレジットが「サタデー・イヴニング・ポスト誌連載による」となっていて、一種のタイアップか。ステーキの夕食がポテトを丸ごと焼いた?のをゴロンと付け合わせで食べててビックリ。バーでのビールの値段は35セント。脚色は工夫されてて、原作にかなり忠実ですが、いきなり中ネタを割ってるので、読んだ後で見た方がいいかなあ。
戦争を体験した市民のシーンも再現されてて、ああ、そういう感じが残ってるのね(映画公開当時は朝鮮戦争が休戦となったばかり)と感じました。
小説のほうでも映画でも、結構上手に構成されてて、ハラハラ、ドキドキ出来ます。まあ現在の管理が行き届いた世界では、組織と対決するなんて、個人では無理無理感が強すぎて、とてもシンジラレナイ、と感じちゃう人が多いと思いますけど…

No.475 7点 忘れられた殺人- E・S・ガードナー 2025/03/21 22:49
1935年出版。当初はTHE CLEW OF THE FORGOTTEN MURDER by Carleton Kendrakeとしてお馴染みモロウ社から出された。私は創元推理文庫で読了。
この探偵と相方のコンビが良い。いつものESG流の込み入ったプロットだが、展開が良くてあんまり混乱しないように鼻面を引き回される楽しさがある。
残念ながら原文は入手出来ませんでした。
トリビアは後ほど。

No.474 5点 キャッツ・アイ- R・オースティン・フリーマン 2025/03/16 05:03
1923年出版。初出Westminster Gazette紙連載1923-04-07〜1923-06-25(挿絵無し)。私はちくま文庫版で読みました。
著者「まえがき」に書かれている「著名な警察幹部に起きた大変な災難」が気になるだろうけど、「訳者あとがき」でちゃんとネタバラシしてくれてるから、ご安心ください(さすが渕上さん)。でも何で長篇に触れて無いのかな?あっちの方があの事件にバッチリ言及してますよ!
作中現在は『アンジェリーナ・フルード』(作中現在1919年)の前であることだけが確実(こちらも「訳者あとがき」で触れている)。自動車の時代になってるので、1910年代後半だろう。私は未読なので『ヘレン・ヴァードン』との関連はよくわからない。そちらの作中現在からもっと年代が絞られる可能性はある。実は本書の細かい分析はまだ行なっていないので、年代確定のヒントがもっとあるのかも?
本作には、英国歴史と聖書の話題が出てくるので、日本人にはちょっと取っ付きにくい作品だろう。あのズレは英国人には常識?私は古楽関係で知識はあったけど…
ミステリ的には、推理味が薄い。色々振り回されるのが楽しい人向けだろう。ソーンダイクは、いつもの通りダンマリだしね。アンスティを無邪気に危険に晒すなんて結構酷い人だ。
冒頭から事件が発生して、テンポいいなあ、傑作かも?という期待は裏切られたが、一晩で一気に読んじゃいました。アンスティ・ファンにはおすすめです!(そんな奴、いるのかなあ)
トリビアは後ほど。

No.473 6点 偽装を嫌った男- R・オースティン・フリーマン 2025/03/14 05:55
1925年出版。原題 “The Shadow of the Wolf” (『狼の影』という素敵なタイトルを、なぜヘンテコな訳題にしちゃうんだろう?) 中篇The Dead Hand(Pearson's Magazine 1911-10&-11)の長篇化。Kindle版は私家版であるが、翻訳は直訳調だが、読みやすい。夫の手紙(第12章)をもっと乱暴な文体にすべき、と思った以外、大きな不満は無い。
訳者あとがきで言及している、原文の変な点って、二十ポンドと五ポンドの齟齬だろう。第1章では「二十ポンド」と書かれているのに、第8章では同じものが「五ポンド」とあり、第7章&第8章で五ポンド紙幣のサイズとして記載された数値(eight inches and three-eighths long by five inches and five thirty-seconds wide, =213x134mm)は、二十ポンド紙幣のもの(8 1/4" x 5 1/4", =211x133mm)なのだ。実際の五ポンド紙幣は一回り小さい7 11/16" x 4 11/16", =195x120mmである(数値はいずれもBank of Englandより。ものによって若干違う場合もあるらしい)。中篇では二十ポンドだったものを、一旦はそのまま長篇化したけれど、後で状況を考えると五ポンドのほうがあり得るなあ(なにせ危険が高まっているのだ)と修正したが、第1章の「二十ポンド」と第7章&第8章のサイズを直し忘れた、という事だと思う。
本作にもフリーマンの社会改良の視点があり、今回は離婚問題である。だが、ちょっと間違っている。作中現在は1911年だが、この年だと妻からの離婚申立は、夫の不倫だけでは認められず、本件のケースなら、夫の不倫に加えて二年以上の遺棄がなければ申立理由とはならない。本書の状況は遺棄が数か月程度なので、今回、離婚申請が認められる可能性があるように書かれているのはおかしい。しかし1923年の離婚法改正で夫の不倫だけでも訴えは可能となったため、出版時なら離婚が認められる可能性はある。なので事件を1911年に設定していたはずなのに、作者がうっかり出版時の状況を読み込んでしまったのだろう。離婚が申立可能な状況設定は、長篇のテーマのキモの一つなので、長篇化を行ったのは1923年以降の可能性が高いと推測できる。
肝心の本書の内容は、中篇を引き延ばしたので、ちょっと軋みを感じるところがあるが、情感のある小説に仕上がっている。ミステリ的には小ネタな作品。妻が夫を冷静にディスるところが面白かった。
トリビアはのちほど。

No.472 6点 謎解きエドガー・アラン・ポー- 評論・エッセイ 2025/03/13 11:01
2025年新潮選書。
「犯人はお前だ」(1844)を丁寧に読み込む企画。確かに合理的な分析でとても面白いけど、全然ポー自身の姿が浮かんでこない。著者が人工的な世界で遊んでいるだけ。
ところが本書を全部読んでみると、ポーの諸作品には共通テーマが隠れてるのでは?という印象になる。じゃあ、この分析を応用して、この本では全く触れられていない「マリー・ロジェの謎」を読み解いてみたくなる。なぜ探偵小説がテーマの本書に、他のデュパンもの(「モルグ街」&「盗まれた手紙」)は分析されているのに、「マリー・ロジェ」だけが言及さえされていないのか?それは著者の論旨に全く合致してないからという理由だけなんだろうか?
ちらりと紹介されてるジョン・アーウィンの『解決の謎--ポー、ボルヘス、そして分析的探偵小説』(The Mystery to a Solution: Poe, Borges, and the Analytic Detective Story by John T. Irwin)が気になるなあ。
まあ私は当時の日常世界とか思想世界とかが気になるタチなので、歴史的記述が全く欠けているこういう分析にはあまり面白さを感じないのです…

No.471 6点 冷たい死- R・オースティン・フリーマン 2025/03/03 09:47
1937年出版。Kindle訳は私家版。
検査官(inspector)、チャンバー(chamber)とか、変な訳語が時々出てきて、原文が透けて見えるような直訳調。でも意外と読むのにストレスがあまりない日本語になっている(平明な文章のフリーマンだからだろう)。小説の文章としてはメリハリの付け方が不十分だが… 夫が英国人のようで、英国の風習や制度などにも誤解は無さそう。これが初めての翻訳らしいけど、訳者は翻訳ミステリの読者ではなかったのでは?(inspectorを知らないからねえ…) この翻訳者のソーンダイクものは、変に工夫したタイトルが多いけど直訳のタイトルにして欲しいなあ。今回の場合は米版Death at the Innという代案もある。まあどっちもパッとしないタイトルになっちゃいそうだが… (『自殺か?』『インにて死す』)
まだ細かく分析してないけど、私は結構楽しめました。なにせこの小説、インクエストの情報が豊富なんですよ。Felo de Seという用語もインクエスト用語と言って良いだろう。それに作中現在は1929年のロンドンですからね。私の興味の中心どストライクです。
ミステリ的には、そうくるか?という話。ゆっくりした話の流れは、いつものフリーマン調で、牡蠣のごとく口を閉ざすソーンダイクにイライラしなければ、楽しい読書です。
トリビアは後ほど。

No.470 7点 エドウィン・ドルードの謎- チャールズ・ディケンズ 2025/02/25 16:42
いや、素晴らしい。
ディケンズの長篇を読むのは初めてですが、文章の充実が半端ないですね。全てのモノ(生物・無生物を問わず)に生き生きと息を吹き込む魔術的表現力。隙があったらこのテクニックをねじ込むので、長くてくどい文章ですが、クセになったら病みつきになりますよ。それにキャラクターの個性の演出が凄い。悪ガキのデピュティが特に気に入りました。
『アンジェリーナ・フルード』を読まなければ、書庫の片隅に確実に眠っていたはずの作品なので、フリーマンさんに感謝です。
まあ作品としては「未完」なのですが、途中までの筋だけでも非常に面白い。「未完だから有名」ではなくて、完結してても名作として評価されたのでは?と思いました。
映像化もぜひ見たいです。なお、BBC2012[1時間x2]が某動画サイトで見られます。見どころ数カットが冒頭にあったので、それだけ見ました。当時を再現したドラマ化のようで、雰囲気は良さそう。でも、見どころでも犯人を明示しちゃってる。話も完結させてしまっているようですけど、そこはちょっとどうかなあ。(まあ原作に忠実に途中でぶち切ったら、視聴者が怒るからしょうがないのでしょうけど)
さて、トリビア的なものは『アンジェリーナ・フルード』に書きます。
ついでに『エドウィン・ドルードの失踪』も発注しちゃいました。後でHMMに載ってたアームチェア・ディテクティブ誌の解決篇も読んでみる予定ですが、当面の間は、本書の解説も読まず、自分のアタマの中でぼんやり続きを妄想したいです…
しばらくディケンズ漬けになるかも… という恐ろしい予感がいたします。

No.469 6点 アンジェリーナ・フルードの謎- R・オースティン・フリーマン 2025/02/19 05:39
1924年出版。私は平凡社 『世界探偵小説全集16』(1930)を元にした国会図書館デジタルコレクションで読みました。本字旧かな遣いですけど、邦枝 完二さんの翻訳は非常に読みやすい。ざっと原文を見ましたが逐語訳のようです(訂正: 七割ほどの抄訳でした)。ただ平凡社版はタイトルがね… (あえてタイトルを明記しませんよ!)一応ミスディレクションは施されている?のですけど、ダメだコリャ物件でした。どうしてこう言うタイトルが良いと思ったんだろう?見たら脳から消してくださいね(無理です)。全くの白紙状態で読むには、新訳を読むのが吉です(解説で戦前訳のタイトルに触れていますので、解説は読後に読んでくださいね)。
肝心の本作の内容は、ウブな新人医師がベテラン医師の不在時の代診をやってる時に、謎の事件に巻き込まれる、という発端(このパターン、結構フリーマンは使いますよね)で始まる、ちょっとのんびりした探索もの。なかなか進展しないのでイライラする人もいるかも。私は当時の英国の生活描写を楽しみました。インクエストの場面も出て来ます(翻訳では「裁判」と勘違いしてるけど)。
読後、おやおや、と思う人が多いでしょうけど、私は十分満足しました。事前情報無しで読みたかったなあ、という不満はありますが。
面白いネタが少しあるので、トリビアを後で補充します。
(以下2025-02-23追記)
結局、新訳も気になって購入しちゃいました。戦前訳と単純に語数を比較すると戦前訳は新訳の75%、確かに細かく戦前訳を検討すると、所々(特にあまり筋と絡まない固有名詞関係)を抜き、繰り返しと感じられる主人公の内省が諸所でばっさり削られている。しかし戦前訳でも全体の雰囲気は十分残しており、肝心なところは逐語訳といって言いくらい、一語一語をちゃんと翻訳している。文章も引き締まってリズムも良い。
ところで新訳の解説(井伊順彦)で重大な指摘あり。この作品ディケンズ『エドウィン・ドルードの謎』(1870)へのオマージュらしいのだ。確かにタイトルもMystery of Edwin DroodとMystery of Angelina Froodで相応関係にある。筋も似てるらしい。本作がディケンズ案件であることには気づいていたのだが(六人の貧しい旅人の宿とかディケンズが晩年住んでたロチェスターのガッド・ヒルなど)、エドウィン・ドルードを読んでからまた出直しです!
(以下2025-03-02追記)
Wikiでは戦前訳のタイトルがデフォルトになっちゃっている。更に「大幅な抄訳」という注釈もついているが、これは新訳の解説を鵜呑みにしただけだろう。新訳タイトルをWikiの項目タイトルに変更して欲しいなあ。(自分でも試みましたが、上手くいきませんでした…)
さてトリビアです。原文はGutenberg Australiaのを参照しました。ページ数は、基本、論創社のもの。戦前訳は「平凡p999」と表記。新訳だと明示したい時は「論創p999」と表記した。
p93, p111, p220から「四月二十六日、土曜日」なので、該当は1919年だが、p173とp174では曜日がずれて該当は1914年。でも「四月二十六日土曜日」は何度も繰り返されている重要な日付と曜日であり、動かせない。なので1919年で確定。その二週間+数日前の1919年4月10日ごろが第二章(ロチェスター篇)の開幕時期だと思われる。なお冒頭は、そこから更に一年少し前(p20, p37)だが、季節すら明示されていない。
価値換算は英国消費者物価指数基準1919/2025(65.99倍)で£1=12496円、1s.=625円、1d.=52円。
まず戦前訳も新訳もどっちも当時の英国の制度、インクエストと法的別離の制度を誤解しているので、少々長くなるがここで解説。
まずインクエスト。戦前訳では裁判と同一視しており、裁判官、判決、裁判所などの用語が平気で出てくる。新訳でも「判決(verdict)」、「結審(concludes the case)」、「裁判官が席を立つや(As soon as the court rose)」など、裁判用語が顔を出している。本書で検死官が陪審員に注意している次の教示がわかりやすい。
「検死法廷は刑事裁判とは違うのです。故人の死因を特定するのが我々の役割です。もし、証拠から被害者が殺害された事実が浮かび上がれば、判決(verdict: 正訳は「評決」)の中でそう述べるべきです。さらに、もし証拠が、明らかに特定の人物を殺人犯であると示しているなら、同様に、判決の中で名指しすべきでしょう。しかし、そもそも我々は犯罪を捜査しているわけではありません。故人の死因確定がこの審問の主たる目的(we are investigating a death)であり、犯罪捜査は警察の仕事です(p254)」こんな説明が必要だという事は、英国1922年の一般人でもインクエストを正しく理解していなかったのだ。インクエスト記事、そろそろ書かなくちゃ…
次に法的別離(別居)。戦前訳も新訳も、英国のこの制度(judicial separation)を「離婚」だと勘違いしている。「論創p40: 離婚を申し立て(applied for a judicial separation); 平凡p53: 離婚の手続き」、「論創p63: 法的保護(a judicial separation); 平凡p86: 離婚の手続き)」、「論創p284: 離婚を申し出る(could have applied for a separation); 平凡p344: 別居を願い出れば[ここは正解]) 当時の離婚要件は非常に限定されており、夫側は妻の不倫で申立可能だったが、妻側からは夫の不倫は理由にはならず、男女平等の観点から、1923年法改正でやっと夫の不倫が申立事由として認められた。今回の事例で離婚事由となりそうな「虐待」が申立可能となったのは更に遅く1937年改正時である。そのため英国では古くから「法的別離」(夫婦の同居義務を免除する)という代替手段が用意され、利用されている。
さて『エドウィン・ドルードの謎』との関連性については、本作はフリーマンが考えた『ドルード』完結篇、という説に全面的に賛成。他にもディケンズ関連が豊富に散りばめられているが、私はほとんどディケンズを読んでないので、見逃しもありそう。気づいたものはトリビアに採り上げました。
登場する地名は全部が実在のものなので、訳者あとがきで推奨されてる様に、Web上でRochester観光が楽しめる。原綴りが無いと検索しにくいが、かなり長くなるので、ここではカット。原文を参照願います。StroodからRochesterを経由してChathamまで歩いて50分の距離、この位置関係をまずは把握しておこう。城壁観光にはWebのロチェスター旧城壁地図(p56に記載)が非常に便利。
p9 ばち指(clubbed fingers)◆ (平凡p7: 棍棒型)
p9 巨大な洋ナシ(great William pear)◆ Williams pearは英国の言い方、米語ではbartlett pear、瓢箪型の西洋梨の代表種のようだ。日本では「バートレット」が定訳か。(平凡p7: 大きな梨)
p10 外套(a cloak)◆ ここは「マント」が好み。
p14 破損した錠前と折れ曲がったレンチ(disordered lock and loosened striking-box)◆ striking-boxはボルトの受け金具。試訳「ずれたボルトと外れそうな受け金具」 (平凡p15: [訳なし])
p16 [訳し漏れ](sat down before the gas fire)◆ 季節は秋か冬だろうか。(平凡p18: ストーブの前に腰をおろし)
p18 結局なんの結論も出せずに終わった(they led to nothing but an open verdict)◆ open verdictはインクエスト用語。現時点での証拠を検討しても、死亡に至る状況は不明、という評決。 (平凡p20: 別に何物を得られなかった)
p19 よくないことが起きる前は、前兆の影が差すものだ(Coming events cast their shadows before them)◆ 19世紀に流行っていた言い方。元ネタ不詳。
p20 一年以上経過(Rather more than a year had passed)
p22 船乗りの間で"グリーン・リヴァー"の呼称で知られる鞘付きナイフ(sheath-knife of the kind known to seamen as "Green River")◆ マサチューセッツ生まれのJohn Russellはナイフ製造業を1834年にGreenfieldで創業。1836年に工場をGreen Riverに移し、会社名をJ. Russell & Co. Green River Worksとした。ナイフの刃に会社名がしっかり刻まれている。knife green river traditionalで検索。5インチ刃が標準か。(平凡p26: 海員用の大きな短刀)
p23 建築・不動産鑑定業(Architects and Surveyors)◆ 建築関係の言葉らしい。本作の描写なら「不動産屋」で良いか。(平凡p27: 工務所)
p25 たぶんハビーです(Hubby, I ween)◆ Husbandか (平凡p30: 亭主の奴)
p25 ベロアの帽子(a velour hat)◆ (平凡p31: 天鵞絨の帽子)
p26 旧街道(old street)
p30 お洒落な若者(young “nut”)◆ 当時の新語? (平凡p38: 気取屋)
p30 どう見ても「風変わりな」具合に前髪を後ろに… (From his close-cropped head, with the fore-lock "smarmed" back in the correct "nuttish" fashion)◆ ファッション資料として、髪型描写を原文のみ抜粋 (平凡p38)
p32 メッサーズ・ジャップ氏とバンディ(Messrs. Japp and Bundy)◆ ケアレスミス。試訳「ジャップ&バンディ社」
p33 書類をひとまとめにして赤い平ひもで束ねると(Folding the documents and securing them in little bundles with red tape)◆ 「有名な」赤テープ が比喩(官僚仕事)ではなく、実際に出てきた。(平凡p43: 書類を纏めて、それを赤いテープで縛って)
p35 よく通る甲高い声(in the clear, high-pitched voice)◆ (平凡p45: ハッキリした癇高い声)
p37 一年少し前の真夜中(a little more than a year ago, about twelve o'clock at night)◆ ここでも戦前訳のほうが逐語訳(平凡p47: 一年計り前… 夜の十二時頃)
p38 もうすっかり知られてしまった(the cat is out of the bag)◆ 戦前訳が可愛い。(平凡p48: 猫は袋から出て仕舞った)
p39 夫は別居に同意せず(He wouldn't agree to the separation)◆ 戦前訳では省略
p40 船医(ship's surgeon)としてアフリカ西岸(West Coast… West Africa)◆ フリーマン(Gold CoastのAccra)もコナン・ドイル(捕鯨船 Hope of Peterhead)も船医の経験あり。(平凡p52: 阿弗利加の西海岸; 「船医」は省略)
p43 慈善家のリチャード・ワッツ(worthy Richard Watts)◆ ディケンズ他の短篇連作 "The Seven Poor Travellers"(1854)の元ネタ。コリンズ短篇集『夢の女・恐怖ベッド』(岩波)の「盗まれた手紙」(四番目の貧しい旅人の話)に詳しく書いたので参照願います。
p43 ただし悪党と弁護士は除く(must be neither rogues nor proctors)◆ proctorはp141を先取りせず、誰もが「何故そうなの?」と思う「弁護士; 代書人」と訳すべきところ。(平凡p58: 但し、乞食や浮浪人は除外する)
p45 売春宿(Turkish baths)◆ ああ、昔の日本同様、そういう意味もあったのか… 周りが嘲っているので確実にその意味をこめているはず。なお日本の性風俗店として「トルコ風呂」の名称を使った店がオープンしたのは1971年が最初らしいので、戦前訳(平凡p60: 土耳古風呂)は英語のイメージか(ただの直訳か)。
p51 馬車(a cab)◆ この時代ならタクシーの可能性が高い。(平凡p69: 馬車)第16章でtaxi-cab 又はcab(戦前訳「馬車」; 新訳「タクシー」)と書かれているのはdriver(戦前訳「御者」; 新訳「ドライバー」)が運転しているので間違いなく自動車である。(論創p255)
p51 十シリング(a ten shilling note)◆ 当時の10シリング紙幣は10 Shilling 3rd Series Treasury Issue(1918-10-22〜1933-08-01)、サイズ138x78mm、緑と茶。 (平凡p69: 五志の紙幣[ケアレスミス])
p54 サム・ウェラーのことばを借りると---"覗き見"(to use Sam Weller's expression—"a-twigging of me.") ◆ 元ネタ(ディケンズ "Pickwick Papers" 第20章 'They're a-twiggin' of you, Sir,' whispered Mr. Weller)は主人公を事務員たちが好奇心もあらわに上から「盗み見してる」場面で、本書の場合も「盗み見」が適切だろう。
p55 葬儀屋の女房みたいな人(Looks like an undertaker's widow)....ウィロー(柳)と韻を踏んでる(Rhymes with willow)◆ 原文では名前Gillowを揶揄っている。widowも仲間に入れてあげて。(平凡p73: 葬具屋の後家さんみたいな人… 陰気な名前)
p55 おお、我が帽子の周りを取り囲む緑色の--(Oh, all round my hat I'll wear the green—)◆ willowと続く。愛した女を失った悲しみで緑色の柳を喪章としてつける、という歌。メロディに乗せて歌えるように「ぼ〜しには、つけるよ緑…」はいかが?英国19世紀の俗謡 “All Around My Hat”(Roud 567&22518, Laws P31)英Wikiに項目あり。(論創p55: 平凡p73: あはれ、わが/帽子のまはりに/われは付けむ/緑の…)
p55 おお、良き知らせをシオンに伝える者よ(O! Thou that tellest good tidings to Zion!)◆ ヘンデル『メサイア』第9曲の冒頭、元はIsaiah 40:9(KJV) O Zion, that bringest good tidingsから。メロディに乗せて歌えるように「良き知〜らせを伝えよ、シオンに」でどうでしょう?「に」がちょっと苦しい。(平凡p74: シオンの御山へ、よきおとづれを告げたまえる主よ)
p56 彼はいいやつ〜だ(For-hor he's a jolly good fell—)◆ メロディに乗せて歌えるように「彼はとてもいい奴…」にしたいなあ。(平凡p75: フォア、ヒーズ、ジョリー、グッド、フェロー)
p56 城壁(the remains of the city wall)◆ WebサイトCastellogyに"Rochester city walls"という記事があり、ロチェスター市の城壁の地図があった。(平凡p77: 此の町に残っている城壁)
p57 ステイプル・イン(Staple Inn)◆ (平凡p77: ステープル・インと云う田舎の宿屋に) 戦前訳は誤解している。ここはロンドンにある元法学院宿舎だが、のちに一般のアパートに転用された。『ドルード』第11章からグルージャス氏の住処として登場する。
p57 ジャップは... 鍵を引き抜き(he drew out the key)◆ ケアレスミス。ここは「バンディ」
p59 雇用の創出(create employment)◆ 第一次対戦後の不況で、失業対策事業が流行っていたのだろう。トミー&タペンスも戦後は貧乏に苦しんでいた。英国社会が社会主義的な福祉国家の政策を次々と実現したのもここら辺の時期からである。(平凡p80: 仕事の口を作るため)
p59 生石灰(quicklime)◆ この資材は『ドルード』第12章に出てくる。そこでもブーツに言及。
p62 亡きベイツ夫人と比べなければ(without competing with the late Mrs. Bates)◆ 背の高い女の話題なのでAnna Haining Bates (旧姓 Swan; 1846-1888)だろう。カナダ生まれ(スコットランド系)で身長2.41m、史上稀な大女。サーカス在籍中のハリファックス興行の時、Martin Van Buren Bates("Kentucky Giant", 1837-1919, こちらは2.36m)と知り合い、超ビッグカップルの結婚は1871年ロンドンで行われ、非常に話題となった。戦前訳も新訳も誰だかわかってない。(平凡p84: 故人になった女優のベーツ夫人に比べても遜色の無い方でせう; 「女優」は多分当てずっぽう) 試訳「大女の故ベイツ夫人と比べたらとても敵いませんけど」
p64 ロチェスター大聖堂(Rochester Cathedral)◆ 11〜13世紀に建てられた壮麗な大聖堂。 (平凡p87: ローチェスタア寺院) 『ドルード』のクロイスタラム大聖堂のモデル。
p67 ジャスペリン水門小屋のそばに悪くないティーハウスが(very comfortable teashop close to the Jasperian gate-house)◆ (平凡p89: 附近の喫茶店)この門付家屋は15世紀初頭の建築で、『ドルード』でジャスパーが住んでいた門番小屋のモデル。それにちなんで現実世界でも「ジャスパーの門番小屋」と呼ばれるようになった。Webに"Jasper's Gatehouse, Rochester, Kent"(1911) by Ernest William Haslehust (1866-1949)という絵画あり。『ドルード』を読んでたらJasperian gate-houseで気づくはずだが…
p67 表向きは医師として働いている(Nominally... I am engaged in medical practice)◆ (平凡p90: 医院の権利を買った)
p69 橋を渡り、ストラッド駅へ向かった。駅の中央改札で(over the bridge to Strood Station, at the main entrance)◆ 英国や欧州の駅には、出入口はあるが「改札口」はないはず。
p70 盗賊の洞窟にこっそり隠れて暮らすチャーリー王子(Prince Charlie, lying perdu in the robbers' cavern)◆ Charles Edward Stuart(1720-1788)のことだろう。Battle of Culloden(1746)に負け、スコットランド北部を逃げ回ったときにBorrodale beachの洞窟に隠れたという伝説あり。もしかして作者は意図的にこの人物に言及してるのか?
p72 サム・ウェラー言うところの"修道院の附属物"(Sam Weller would call a 'priory attachment')◆ ディケンズ "Pickwick Papers" 第39章 ウェラーは"prior attachment"(先に惚れる)を"priory 'tachment"と言い間違えている。「訳注: 内緒の恋人」はちょっとずれてるかも。試訳「イロの目遣い」「流しの目を送る」
p78 ギャズヒル(Gad's Hill)◆ (平凡p98: ガッド丘) この散歩は歩いて一時間ほど。Gad's Hillはディケンズが1856-1870に住んでいたGad's Hill Placeだろう。'Gad's Hill' The Residence of Mr Charles Dickens 1870で検索。
p79 通りの向かいにある穀物取引所の建物から吊り下がる、寝床用あんかのような形の巨大な時計(at the great clock that hangs out across the street from the Corn Exchange, like a sort of horological warming-pan) ◆ (平凡p99: 青物市場の大時計; 戦前訳は大幅に描写を省略) この時計はWiki "Corn Exchange, Rochester"に項目あり。ディケンズは「世界最高の時計」と評している。
p82 十シリングの懸賞金 (ten shillings reward)◆ 紛失物に提供 (平凡p102: 十志の賞金)
p83 探偵きどり(sleuth-hound)◆ (平凡p105: 探偵犬)
p85 金魚を出す手品(the gold fish trick)◆ WebサイトMagicpediaに項目あり。Professor Mingusが1893年に創作し、ロンドンで活躍していたChung Ling Sooも演じていたが、トリックをバラしたようだ。(平凡p107: 金魚の手品)
p86 賞金額が多すぎるんじゃないかな。支払い可能な額か、確認しなくちゃ (Japp writes a shocking fist. I must see if it is possible to make it out)◆ ここは戦前訳が正しい。(平凡p109: ヂャップの文字は読みにくいんですからね。どんな風に書いたかしら)
p90: パートリッジ医師のラベル(Dr. Partridge's labels)◆ 原文には何の説明もないが、引き継ぎ後、間がないので、前任者が残してあったラベルを貼ったのだろう。(平凡p114: パアトリッチ医師のレッテル)
p91 新聞(Sunday paper)… 四月末日(at the end of April)◆ p111で判明するが、この日は27日であり、末日ではない。(平凡p115: 今朝の新聞... 四月末)
p92 玄関が施錠されていない(I found the door unbolted and unchained)◆ ボルトとチェーンを省略 (平凡p117: 閂が懸かって居り; 戦前訳はケアレスミス)
p93: 時間が遅すぎます。いくら土曜の夜とはいえ(but it was rather late, though it was Saturday night) ◆ 日曜日は店が閉まるので、多少夜遅くても買い物に行く可能性はあるが… というニュアンスかな?(平凡p117: 時刻は遅うございましたけれど、土曜日でしたから)
p97 ジャップは態度をがらりと変えて言った(he replied, with a sudden change of manner)◆ ケアレスミス。ここは明白に「バンディ」
p99 病院(the hospital)◆ St Bartholomew's Hospital, Rochester、英Wikiに項目あり。
p99 軍事病院(military hospital)◆ Fort Pitt Hospital, Rochester、第一次大戦の負傷者用に拡大されたが1922年閉鎖。英Wiki "Fort Pitt, Kent"に解説あり。(平凡p126: 衛戍病院)
p101 第一便の配送物(by the early post)
p104 デルモニコ・レストラン(Delmonico's)◆ ニューヨークのレストラン(1827-1923)が英国でも知られていたようだ。(平凡p130: [訳なし])
p106 判決が下される(the verdict agreed upon)◆ 試訳「評議が一致した」 (平凡p132: 裁判の終わった)
p107 『荒涼館』に出てくるクルック氏の悲劇的末路(the tragic end of Mr. Krook in 'Bleak House,')◆ 詳細未調査
p110 警察署(the police-station)
p111 四月二十六日(Saturday, 26th April)◆ 新訳は「土曜日」抜け。(平凡p139: 四月二十六日、土曜日)
p111 [人相書] Age 28, height 5 ft. 7 in., complexion medium, hazel eyes, abundant dark brown hair, strongly marked black eyebrow◆ 年齢、身長、肌の色、瞳、髪、眉の順 (平凡p139)
p116 紅色の用紙(sermon paper)◆ is actually Foolscap Quarto, nominally 8 x 6 1/2 inches (but there were slight variations between batches). The paper was sold 'ruled feint', i.e. lined with the thinnest line a nib could produce.(ブログWarmwoodianaのAngelina Froodのページから) 薄いピンクの紙に薄いラインが引かれてるのが鮭肉っぽい?
p125 半クラウン(half-a-crown)◆ (平凡p157: 半クラウンの銀貨) ここら辺、戦前訳は丁寧。p51も「紙幣」と訳している。
p131 死体の発見には二ポンドの賞金が(there is a reward of two pounds for the body)◆ (平凡p164: 屍体には二磅の賞金が)
p140 市庁舎(ギルドホール)(Guildhall)◆ 1697建造。英Wiki "Rochester Guildhall" 参照。(平凡p175: ギルド・ホール)
p141 穀物取引所(the Corn Exchange)◆ 前出。(平凡p176: コーン・エキスチェンヂ座) 19世紀末にはコンサート・ホールとして使われ、1910年にロチェスター初の映画館(The Old Corn Exchange Picture Palace)に改装、1920年代まで使われた。休館後、名称がThe Corn Exchangeに戻り、結婚式場、パーティ会場、音楽やビジネスイベントの会場として使われている。当時の実態を考えると、戦前訳が正しい。
p141 映画館なんぞに(to be turned into a picture theatre)◆ 当時はまだサイレント映画の時代。 (平凡p176: 活動写真の小舎に)
p141 プロクター(弁護士) Proctor◆ cadger or swindlerの意味らしい
p149 クモ(mosquito)◆ 「蚊」だよねえ。他にも出てくるが翻訳では全部「クモ」になっている。
p152 がっちりと腕を組んで(hooking my arm through his)◆ ヴィクトリア時代の風習が残っている。p158も同様。
p156 ポプラー遺体安置所(Poplar Mortuary)◆ ロンドンのPoplar Public Mortuary(127 Poplar High Street London E14 0AE)のことだろう。地図を見ると、検死審問廷に併設されているようだ。
p158 私の脇から腕を差し入れ、私の腕にそっと手を添えた(slipped his arm through mine, and pressing it gently with his hand)
p173 五月二十五日月曜日(On Monday, the 25th of May)◆ 直近は1914年
p174 六月二十日土曜日(On Saturday, the 20th of June)◆ 直近は1914年
p175 有罪判決を勝ち取りたい。それなのに、今もって、検視審問に差し出す遺体すらないとは(I want to get a conviction, and so far I haven't got the material for a coroner's verdict)
p175 七月初めの土曜日の午後(one Saturday afternoon at the beginning of July)
p176 ベルティヨン式人体測定法(Bertillon measurements)◆ 原文はif we had them(もしその人の身体データがあれば)と続くが、相応する訳文なし。続く原文ではソーンダイクは別の科学的方法を言っているのだが、訳文ではベルティヨン式のこと、として繋げてしまっていてヘンテコになっている。
p178 テニス(playing tennis)◆ 流行
p185 イエール錠がかけてある不審さ(oddly enough, provided with a Yale lock)◆ 簡易錠前で充分だろうに、なぜ戸棚に高価なイエール錠が?という当然の疑問。
p185 ゴミ収集人は、勝手口から出入りしていると思う(the dustman must have used the side door)◆ 家人がゴミ箱(dust-bin)を抱えて階段を上がって、玄関脇に置くはずがない、とソーンダイクは言う。ゴミ収集人が個々の家屋内のゴミ箱を勝手に持っていく仕組みなのか。Webサイト “Consumption, Everyday Life & Sustainability” に Bins and the history of waste relationsというページがあり、ゴミ収集人が家屋内から歩道までdust binを運び、収集車に中身を出してからdust binを家庭内に戻す、という仕組みだったようだ。dust binとは大型の「ごみ収集容器」なのだろう。カナダのバンクーバーに住んでた知人は、裏通りには各家屋のゴミ収集容器が並んで置かれて、ゴミ収集車が収集日に裏通りを回り、各家屋のゴミを持って行く仕組みだ、と話していた。
p185 科って口のドアを開け--そこにもイエール錠が下りていた(opened the side-door--which had a Yale night-latch)◆ 冒頭のは 「勝手口」の誤植。ナイト・ラッチのイエール錠ヴァージョンは初めて見た。ナイト・ラッチの利点は、内側から鍵を使わず簡単に施錠出来ることである。
p186 質問というものは、往々にして情報を引き出すより、与えてしまうものです(A question often gives more information than it elicits◆ ソーンダイク名言集
p186 色彩調整(a colour control)◆ 試訳「色の比較」
p186 女性の多くは、抜け毛を入れる袋を持っている(Many ladies keep a combing-bag) ◆ 何だろう? ググっても出てこない。続く文はXXX's hair was luxuriant enough to render that economy unnecessary.
p188 気づく(aware)
p192 ルムティフー司教と同名(I am called Peter—like the Bishop of Rumtifoo)◆
from The Bab Ballads by W.S.Gilbert "The Bishop of Rum-ti-Foo" (Fun n.s. VI - 16th Nov. 1867)
p201 ロチェスター、ハイ・ストリート(High-street, Rochester)◆ ジャップ&バンディ商会の住所
p214 裁判官が専門家の参考人を毛嫌いする(why judges are so down on expert witnesses)
p214 バンズビー船長(Captain Bunsby)◆ ディケンズ Dombey and Son(1848) Chapter 23
p224 聖火ランナー(a sporting lamp-lighter)◆ 試訳 「元気な(街灯の)点灯夫」
p232 詳細な身元確認は検死官の仕事だ(Detailed identification is a matter for the coroner)◆ p249&p259参照
p237 召喚状(your summons)… 青色の紙(the little blue paper)◆ インクエストの。
p238 単なる"死体の発見"、つまり"溺死体の発見"でしかないのです(it would have been merely a case of 'found dead,' or 'found drowned.')◆ いずれもインクエストの評決に使われる決まり文句。試訳「[インクエストの評決は]"死んだ"又は"溺死した"ということにしかなりません」 証拠不十分なので殺人とは認められませんよ、というニュアンス。(平凡p287: それは単なる溺死と云ふことになります)
p238 故意による殺人だと断定されるでしょう---警察は検死官の判断に依存してはおりません(There is sure to be a verdict of wilful murder—not that the police are dependent on the coroner's verdict)◆ インクエストの評決が「故意の殺人になるはずです---[もしそういう評決が出なくても]もちろん警察はインクエストの評決とは無関係に動くんですけどね」というニュアンス。 (平凡p287: 検屍官の判決を待つまでもなく、謀殺犯に違いありませんね)
p239 二日(two whole nights)◆ 「夜」が抜けてる。昼は無理だった。(平凡p288: 二晩続けて)
p241 公式な検死審問(the formal inquiry)◆ 試訳「公式の査問会」
p242 市庁舎(the Guildhall)◆ (平凡p291: 裁判所)
p242 霊安室(the mortuary)◆ あらかじめ市庁舎に常設しているとは思えないので、会議室を転用しているのだろう。「遺体安置所」でどう? インクエストのview the bodyのために用意されている。
p245 ホィットスタブルの牡蠣なみに口が固い(about as communicative as a Whitstable native)◆ (平凡p294: 自分の考えを容易に云わない)
p246 陪審員が遺体検分から戻ってきました(the jury have come back from viewing the body)◆ 1926年の改正までview the bodyはインクエストの陪審員にとって必須の行為。(平凡p295: 陪審官達が検屍から帰って来た)
p247 [証人の証言が終わるごとに、検死官が陪審員に質問の機会を与えている]
p249 証言を吟味して故人の身元を推定するのは、陪審に任せられています(Inferences as to the identity of deceased, drawn from the evidence, are for the jury)◆ p259のようなことも多かったのだろう。
p255 閉廷する(complete the inquiry)◆ 主動詞hoped toなので「審問を終えたい」が正解。
p255 タクシー(taxi-cab)... ドライバー(driver)
p259 むろん、身元を確認するための、費用と手間のかかる手続きは省かれました(but of course, no expensive and troublesome measures were taken to trace his identity)
p259 オーク材の階段を二段上がって(up a couple of flights of oaken stairs)◆ flightは踊り場までの階段のひと繋がり。試訳「階段を二回上がって」
p270 検死審問では認められています。そこまで厳格な規則に縛られていないのです(It is admissible in a coroner's court... We are not bound as rigidly by the rules of evidence as a criminal court, for instance)◆ 新訳は 「刑事裁判と比較して」が抜けている。(平凡p325: 此処は検屍法廷ですから採り上げても差支はありません。刑事法廷の様に規則に拘泥する必要はないでせう)
p272 発見された遺体が消失した(The destruction of this particular body)◆ 誤解されそうな表現。試訳「この遺体については骨以外がすっかり分解している」 (平凡p327: あの死骸が腐食した)
p273 親展(Esq.)
p282 この質問に答える義務はありません(you are not bound to answer that question)◆ 当然の注意。自分の罪を認める証言は拒否できる。
p282 四ポンド十四シリング十三ペンス(four pounds, fourteen and threepence)◆ ケアレスミス。次の頁では正しく訳している。
p287 縁起良く、人数が偶数になった(the advantage of even numbers)◆ 昼食の出席者が偶数になって、この感想。"odd numbers were carefully avoided, particularly at wedding feasts and funerals" (The Penguin Guide to the Superstitions of Britain and Ireland 2003)でも、この場面とはちょっと違う。Webでも見つけられず、良く知られた迷信ではなさそう。
p289 居間を作らなかった(dispensed with a drawing-room)◆ drawing roomは居間じゃないと思うけど… 私の印象では「食事が終わって男たちがタバコを吸う時に、女性たちが引っ込み(drawing)おしゃべりする部屋」。試訳「女性向けの客間(ドローイング・ルーム)」
p293 上流階級の女性(A woman of good social position)◆ upper-classと誤解されるので、適切ではない。goodは「並み」だろう。試訳「普通の社会生活を送っていた女性」
p295 わなを仕込む(plant)
p297 カモ(chosen victim)
p302 男女間の平等(The equality of the sexes)◆ ちょうど英国ではThe Sex Disqualification (Removal) Act 1919が成立した時期である。
p303 産毛(the lanugo)
p309 まるで、どの容器に豆が入っているか当てさせるゲームを、透明な容器でやっていたような気分(I feel as if I had been doing the thimble and pea trick with glass thimbles)◆ 街頭で小銭を掠める賭博ネタ。英Wiki "Shell game" (英和辞書では「豆隠しゲーム」) shellはクルミの殻が普通。英国ではthimble(小さなカップ状の指貫)が多い印象あり。透明な容器ならタネがバレバレだ。このイカサマをカードでやるのがスリー・カード・モンテ(私も昔、練習しました。カードを折るのが嫌なんだけど…)。
p313 日時計(the dial)◆ 『ドルード』第19章に怖い場面があるよ。作者は連想しているはず。

No.468 7点 夜の恐怖- ゴーグ 2025/02/18 22:53
1922年出版。The Terror by Night by George W(oolley) Gough 原文は入手出来ませんでした。邦訳は『世界探偵小説全集15 夜の恐怖・泰西大盗物語』大佛次郎 訳(平凡社 1930)に収録。「泰西大盗物語」は大佛クレジットですが、実際は野尻抱影訳でしょうね。私は国会図書館デジタルコレクションで読んでいます。文章は非常に読みやすいです。本字旧かな遣いが気にならない人はぜひ。

自称「夜の恐怖」という強盗が出てくる連作短篇集。ウォルポールが首相を辞めるかも、と文中にあるので、1740年ごろの英国が舞台なんでしょうね(一箇所、1909年に出版された本、というのが出てくるけど、なんかの間違いだと思う)。原本には14作?が収録されているようですが、翻訳は以下の5作を収めています。(訂正: 誤解してこう書きましたが、多分全訳だと思います)
(1) 金扇
(2) 黄ろい胴着
(3) 緋色の女車
(4) 琥珀の象
(5) 実のある花

ちょっと意外な展開が工夫されていて非常に面白い。原文入手したいなあ。
二作目は尾行をしてる相手が消える一種の不可能状況。Adeyのリストには載っていませんでした。結末は不可能状況とは全く程遠いものでした。
三作目は、三角関係とダイアモンドの話。展開が面白い。
四作目は、失われた遺産の話。でも琥珀の象の価値は1ギニーの安物だという。

「ちょつと、十分ばかりお邪魔をする」
私は傍に寄って、彼のがっしりした手を握って云った。
「十分?十五分にしたまひ!」
『夜の恐体』は、険しい空に目を投げてから答へた。
「よし、特別に五分だけお負けをしよう。その間に短銃の用意をして頂きたい」
来たな!と、私は思った。行く先も用件も云はず突然に呼び出しに来るのが彼の筆法である。短銃の用意をしろと云ふからには、また何か血湧き肉踊るやうな活劇の渦に飛込んで行く為に誘ひに来たのに違ひない。

かふ云ふ調子です。(←出鱈目な旧仮名遣いです…)
クリスティ再読さまがお好きだと思う、世界大ロマン全集にピッタリの話。「夜の恐怖」を中心に因果はめぐる糸車。筋の起伏が良くて、文章の調子も良い。古い日本語が好きな人はぜひどうぞ。おすすめです!

(追記)
抜粋訳、と書きましたが、私はGoogle Playに目次だけあるのを見て、誤解していたようです。どうやら短篇を連作長篇に仕立てた感じの構成で、目次の一章=短篇一作という関係ではなさそう。目次と話の内容との関連や、全体のページ数から考えても、全訳のように思います(原本は229ページとのこと)。
(追追記)
作者の素性がちょっとわかった。George Woolley Gough (1869-1943), historian and economist
歴史家の余技の歴史小説、という感じだろう。
(追追追記)
具体的な金額がところどころに出てくるので、1740年当時の価値換算をしておきます。
いつもの英国消費者物価指数が1750年以前には遡れないので、英国cpi基準1750/2025で283.35倍、金基準1740/1750は1.055倍、従って混合基準1740/2025(298.93倍)で当時の£1=56349円

No.467 7点 殺意- フランシス・アイルズ 2025/02/09 22:15
1931年出版。初出Daily Express紙1931-08-10〜09-15、挿絵Lance Cattermole。私はグーテンベルク21、宮西 豊逸 訳で読了。元本は東都書房 世界推理小説大系18(1962)と思われる。英国生活を熟知されている感じの非常に良い翻訳。
以下、バークリーの私生活はWEBサイトSheDunnItの"The Psychology of Anthony Berkeley"とWEBサイトA Crime Is Afootの"Berkeley, Anthony (1893 – 1971) [updated 26/02/2022]"を参考にしました。
当サイトでは意外に評価が低い。私もしばらく途中でぶん投げていたんですが、Daily Expressの挿絵(我がブログの「アイルズは苦手」参照)をオカズに再チャレンジしたら結構面白く読めました。
最大の問題は、主人公に感情移入できないことだろう。同情される者を主人公にした方が良いのはわかりきってるのに何故?と思ったが、女たらしの主人公に自分を反映し過ぎて読者の反発が分からなかったのかも、と途中で思った。バークリー名義の作品では悪い女たらしは大抵被害者役だ。
後はラストがね。残念ながらあんまり面白くない。
本作は意外とバークリーの本音が出ちゃっているように感じる。バークリーはSherborne SchoolからUniversity College, Oxfordをでているが、弟はケンブリッジ大学を出て、妹も優秀。一家の中でバークリーは劣等生だったのだ。母がオックスフォード大学の女性卒業生の第一世代という才女で教育熱心だったが、バークリーは母の希望にそえず、コンプレックスとなったらしい。本作の妻ジュリアは、なんとなくこの母親のイメージを投影してるのでは?と思った。また、執筆当時のバークリーは不倫と離婚(1931)で揺れていたはず。バークリーの人妻好き、という性癖もコンプレックスのなせる技か。本作中にも人妻に興奮する場面が出てきて思わずニヤリとした。
以下、トリビア。電子本なのでページ数はパーセント表示。
作中現在はp(1%)冒頭で1927年6月25日。
価値換算は英国消費者物価指数基準1927/2025(80.28倍)で£1=15064円、1s.=753円、1d.=63円
p(なし) 献辞 To Margaret◆ バークリー最初の妻Margaret Farar、結婚1917年12月(ロンドンでの戦時休暇中)、離婚1931年。マーガレットさんもすぐ再婚したようだが、離婚してもバークリー側に悪感情はなかったようで、バークリーはマーガレットに£1000を遺贈している。アイルズ名義第二作はバークリー二度目の妻Helen Peters(旧姓MacGregor)に捧げられている。
p(1%) 六月の末… ある土曜日(Saturday afternoon towards the end of June)◆ この冒頭場面はp(88%)から1927年6月、月末に向かう土曜日なので25日と思われる。
p(1%) テニス・パーティ(tennis party)◆ 流行
p(1%) びんからビールをグラスにつぎ(poured himself out a glass of beer from the bottle)◆ 冷蔵庫は普及してないので常温保管
p(1%) 自分で呼鈴を鳴らしたりするのは、中流階級の作法(middle-class manners to ring a bell herself)◆ ロウワー・ミドルの呪縛
p(2%) ツイードの上着、フランネルのズボン… 田舎医者(Country practitioners .... in old tweed coats and shapeless flannel trousers)◆ いかにも田舎の保険医というイメージなのだろう
p(2%) トリルビ帽(trilby hat)
p(4%) 「屋敷(The Hall)」◆ かなり大がかりな邸宅のイメージ。この小説中では常に大文字でThe Hallと呼ばれている。
p(4%) イートン校のブレザーコート(Etonian blazer)
p(7%) 土地の狐狩協会会長(the local MFH)◆ Masters of Foxhounds
p(7%) 上品に眉を上げる秘術(the art of eyebrow-lifting)
p(10%) 小柄(his small body)... 五フィート六インチ(five feet seven inches)◆ バークリーは小柄だったのかな? ここら辺の文章から、なんとなく背は高かったのでは、と想像した。
p(10%) 近ごろでは、コンプレックスとか、抑圧とか、病的執着とかという言葉を… (In these days of glib reference to complexes, repressions, and fixations on every layman’s lips)
p(10%) スコットランドの医学校(a Scottish hospital)◆ 「医学校」というよりインターンで実務を経験して医者になる、という流れか
p(11%) すくなくとも三代にわたる紳士階級の先祖(at least three generations of gentle ancestors)◆ 三代という感覚は江戸っ子と共通だね
p(11%) 古い医師の人名簿(a medical directory of ancient date)◆ 郵便局発行のdirectoryは色々役にたつ
p(12%) 名流婦人(a Personage)
p(12%) 訳者さんはクリケットをちゃんと理解している。以下、ちょっと解説(半可通のひけらかし!)
◉最後の優勝決定戦で活躍する(selected to play for England in the last Test Match to decide the series)◆ 試訳「テスト・マッチ(国際対抗戦)の勝負を決する最終戦に選ばれた」テスト・マッチは五回戦。イングランド対オーストラリア戦はAshesと呼ばれ最高のライバル・シリーズだった。野球ならリアルに世界一を決める日米選抜決戦みたいなもの。イングランド代表チームはプロ、アマ問わず最優秀の選手が選ばれた。なお現実のイングランド主催Ashesの直近は1926年イングランドが1勝0敗4分で勝利。
◉イギリス・チームはやっと四六点(England all out for 46)◆ イングランドの1回裏は10アウト(all out)でたったの… という悲惨な得点。多分11人目の打者ビクリー博士の打順が来る前に10アウトになってしまったという設定。
◉続行第二回戦(The follow-on)◆ 敵が1回表に大量点をとり、味方が1回裏で追いつかない場合、2回表(テスト・マッチは2イニング制)は負けている側が引き続きプレイする。時間短縮の工夫。なおイニングが変わると再び一番打者からスタートする。
◉最後の打者として位置につく(last man in)◆ 既に九アウト、点差は559点。強打者でも100点取れれば素晴らしい出来なので、絶望的な場面。なおテスト・マッチでの一打席200点越えはDon Bradman(豪)が1930年に記録(254点)したのが初。
◉六点打が、ローヅ・クリケット競技場の観覧席をこえて飛ぶ(hit for six right over the pavilion at Lord’s)◆ Lord'sはクリケットの聖地、イングランド主催の場合必ず一試合はLord'sで行われる。六点打は野球のホームラン
◉その日じゅう打ちつづけ、あくる日も半日打ちつづける(the batting all that day and half the next)◆ イニング(10アウト)が終わるまで試合は延々と続く。日没になると次の日に持ち越す
◉ついにもう一人の打者がアウトとなる。「エドマンド・ビクリーは六四五点かせいでアウトにならない」(The other man out at last. ‘Edmund Bickleigh, 645 not out')◆ クリケットの打者は同時に二人がグラウンド上にいて、投手を中心とする直線上に設置された二箇所の打席に相対して一人づつが立つ。オーバー(6球の正規投球)ごとに投手は交代し、今までとは反対側の打席に投げる。また、奇数点打(たいてい1点、稀に3点)の場合、打者は走って反対側の打席に到達しているので打席は相方と交換している。なので打ち続けていても同じ打者がずっと打順を迎えるわけではない。ビクリーは無茶苦茶打ったが、相方の打者もずっとアウトにならず打ち続けたのだ。打っても点数にならない場合もあるので、相方が何点稼いだのかは不明。
◉つぎから次へアウト(clean bowled one after the other)◆ clean bowledは野球の空振り三振
p(13%) ウインブルドン全英庭球選手権大会におけるビクリーのハ短調交響曲(Wimbledon, Bickleigh’s Symphony in C minor)◆ テニスではなく、1910年オープンのNew Wimbledon Theatreのことだろう。特に戦間期に人気があった劇場のようだ。
p(14%) 鳴りわたるティアペーソン(a booming diapason)◆ パイプオルガンの主音栓の1つ。ディアパゾンが普通か。
p(14%) 郵便局は、食料品店でもあり、小間物屋でもあるとともに、また金物屋でもあった
The post office... was the grocer’s too, and the haberdasher’s as well as that, and the ironmonger’s besides.
p(14%) すがすがしい(refreshing)
p(14%) パイプ・オルガンの人声音栓(vox humana)◆ 人の声を思わせる音栓
p(15%) ジョウエット(Jowett)◆ 1920年からのJowett Seven(Short 7、二人乗り)かな?四人乗りサルーン(Long Four)は1923年からで£245だった。安くて軽いのが特徴。
p(15%) 鼻唄をうたった(hummed a little song)
p(16%) 自転車(bicycle)
p(19%) 半どん(early-closing day)◆ The Shops Act 1911 was a United Kingdom piece of legislation which allowed a weekly half holiday for shop staff. This became known in Britain as "early closing day". It formed part of the Liberal welfare reforms of 1906–1914.
p(19%) ロック・ケーキ(rock cakes)
p(19%) 名刺(a card)
p(20%) なにでもいいイかげんに考えてはいけまッせんッ(Itt doesn’tt do to take things casu-ally)
p(21%) はねかえり(precious)
p(21%) 冷(ひえ)症(frigid)
p(22%) マドンナみたいに、まん中で分け(parted in the middle, like a madonna)◆ ここは「聖母マリア」を示す。確かに古いイタリア絵画を見るとみんな真ん中分けだ。
p(25%) 刺繍やクローセ編み(a piece of embroidery or crochet-work)
p(25%) ラジオ(the wireless)… 受信機がなかった(they had no set)
p(29%) 喫茶店でお茶を(had tea at a café)
p(30%) 平底舟(punt)
p(33%) 離婚してくれるといい(might divorce me)
p(33%) あなたがわたしを離婚するのは許せそうもない(I’m afraid my decency doesn’t carry me to the point of letting you divorce me)◆ 落ち度のない相手に対して、離婚できないはずだが… 当時の英国では離婚訴訟の訴因は不倫や重度の虐待に限られる。ただしイカサマ離婚は可能だった。架空の不倫相手をしたてあげ、裁判所が誤認すると離婚出来る。このネタ、我がブログで取り上げたいなあ…(アガサさんの離婚関係の情報を最近知ったので)
p(38%) 膝掛け(the rug round her)◆ 11月、自動車の助手席に乗った女性に対する配慮。古い車なので隙間風も多いのだろう。
p(40%) わななきながら(in a flutter of welcome)◆ ちょっとニュアンスずれ? 試訳「うれしげに出迎えた」
p(41%) ジェイコブ・エプスタイン氏の制作した記念碑(The public monuments of Mr Jacob Epstein)◆ 1925年建立のW. H. Hudson Memorialのことだろう。当初、評判が悪かった。
p(41%) 医者として、もう役にたたなくなった愛玩用の動物たちを(In his duties he had put away plenty of pet animals who had passed their usefulness)◆ 地域の医師は、ペットの始末もしてたんだね
p(41%) 田舎の医者には、国民保険患者はすくなく、私費の患者が多い(In a scattered country practice such as his the panel is not large, and there are plenty of private patients)◆ 地域の医者だと担当区域の国保加入人口が多くないので、私費で契約している患者が頼りなのだろう
p(43%) マダム・タッソー蝋人形館(Madame Tussaud’s)
p(48%) 同意による離婚(a divorce by consent)
p(50%) 結婚許可証を手に入れる(to buy a special licence)◆ 急いで結婚したい場合の手続き。英国国教会の高僧が交付。通常なら結婚予定の公表後、三回の日曜日を経過する必要がある。「特別許可」は19世紀末の平均で£30という情報あり。
p(51%) ダービー磁器の茶道具一式(The Crown Derby tea service)◆ Royal Crown Derbyは1750年創業の老舗。「世界で最も高品質な磁器メーカー」と自社HPに書いてあった
p(51%) エセルは十四歳… 十二歳から(午前中は九時から十一時まで、午後は特に用事のある時だけ)◆ メイドの年齢&稼働時間。当時は普通?これでは学校に行けないだろう
p(51%) ふくらし粉(baking-powder)… 一罐(a tin)… 七ペンス(Sevenpence)◆ バークリーでは珍しく物の値段が書いてある
p(51%) ケーキいろいろ、原文のみ表示(a chocolate cake, iced with chocolate, an orange cake, iced with orange, and a great quantity of rock buns and Eccles cakes, not iced at all)
p(52%) 水道がなかった(there was no piped water)◆ 小さな集落なので引いていない
p(52%) 水洗式便所(a water closet)
p(52%) 膝までもない(to her knees)◆ スカートの長さか
p(52%) 既婚の男と土地の映画館に入っている(seen at a local cinema with a Married Man)◆ ゴシップ
p(53%) 人差し指(The forefinger)… 曲がって(being crooked)◆ 魔女のイメージ?
p(53%) 検死法廷(the inquest)
p(54%) 「過失死」(“accidental death”)◆ 「過失致死」を連想させるので「事故死」のほうが良い、と思う
p(54%) バクー帽(baku hat)◆ 麦わら帽で良いのかな?
p(56%) 流行の食養生(this fashionable dieting)
p(58%) 六月はじめ… 十三か月◆ 事件から約一年後
p(58%) 五シリング六ペンスの赤葡萄酒(five-and-sixpenny port)◆ ここは「ポートワイン」で甘味を感じたい。
p(59%) 毎日、一人の女が村から通っていた(a woman came in from the village now daily)
p(59%) ろくに運転を知らない(hardly knew how to)
p(59%) 深い味が(with the spice of interest)◆ 人妻好きの本音がチラリ
p(61%) 検死法廷(coroner's court)
p(62%) 本物の絹靴下。こりゃ、すっかり本物の絹なんだろうね(And real silk stockings. Real silk all through)◆ all throughで「でへへ、ずっと絹なの?」と手を奥に滑らせる場面だと思いました…
p(62%) 犯罪捜査部の大警部(a chief inspector)
p(63%) 反対尋問(cross-question)
p(64%) 八千ポンドの年収(eight thousand a year)
p(65%) デ・クインシーの「芸術としての殺人」(de Quincey on Murder as a Fine Art)◆ 正しいタイトルは“On Murder, Considered as one of the Fine Arts”(1827, 1839, 1854) 1818年12月にラドクリフ街道で二家族が惨殺された事件を扱っている。デクインシーは事実を随分と間違えているらしい。現行の邦訳は『トマス・ド・クインシー著作集 1』(国書刊行会)だけ?
p(67%) 本物のネズミ取り器(a veritable rat trap)
p(67%) 「フィガロの結婚」の一曲を鼻で歌いながら(humming an air from The Marriage of Figaro)◆ アリアの題名は書いてないが「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」なんてどう?
p(67%) ピアノを弾いた(strummed on the piano)
p(68%) バターをつけないトースト(dry toast)
p(68%) 医者としての儀礼を無視する極悪の行き方(a heinous breach of professional etiquette)
p(70%) 善きことのほか死者について語るなかれ(De mortuis nil nisi bonum)
p(70%) 証拠(evidence)◆ インクエストや裁判では「証言」の方が適切かなあ。
p(70%) サイフォン(syphon)
p(72%) ファウラー氏液(Fowler’s solution)
p(74%) ミルス手榴弾(Mills bomb)
p(77%) すいとり板(blotting pad)
p(78%) [三十]九度三分(a hundred and two point eight)◆ もちろん原文は華氏
p(79%) ダブルベッド… 旧式な男(the big double bed... old-fashioned)◆ 結婚したら使うべき、という考え方のこと?
p(82%) 漁業権(fishing rights)
p(83%) ラベージ会社(Rabbage & Co.)◆ 架空
p(84%) 浮浪者(loiterers)
p(84%) 一九二九年九月十四日(14th September, 1929)
p(86%) 内務大臣(the Home Secretary)◆ そういう決まりなんですね
p(86%) 大陪審(The grand jury)◆ 裁判に値するかを決める
p(88%) 一九二八年四月九日(9th day of April, 1928)
p(88%) 十二人の善良で誠実な人たち(Twelve good men and true)◆ 陪審員の異名。少なくとも17世紀から使用されているようだ。
p(89%) 検事長(Attorney General)◆ 定訳は「法務長官」か。内閣の一員。国王と政府への法的助言を行うのが主務だが、特に重要な事件の場合には自ら法廷で検察側として立つこともあるらしい。当時の現実世界ではThomas Inskip(1876-1947)が勤めていた(保守党、ボールドウィン内閣1928-03-28〜1929-06-04)。この程度の事件に出馬するものかなあ…
p(96%) 場おくれ(Stagefright)
p(97%) 千ポンド以上の経費(the expenditure of a few more thousand pounds)◆ 高いなあ

BBC1979年のTVドラマが某チューブで1時間ものx4本が全部見られる。実に丁寧な作りで1920年代が再現されている。ジョウエット(フォードア)もちゃんと登場する。食事の場面や銅鑼を鳴らすところとか、あの「キャップ」(むしろ頭巾?)って助手がかぶせるんだ!というような映像資料が満載でした。配役のイメージもピッタリで、おすすめです。

No.466 7点 Locked Room Murders Supplement - 事典・ガイド 2025/01/14 05:50
2019年出版。出版社はLocked Room International(すごい社名である)。
Robert Adeyの名著Locked Room Murders, 2nd edition(1991年、2019作登録)の追補。1150作を追加。1991年以前の作品だが漏れていたものも含まれる。
本書は「密室殺人」と言うタイトルだが、ここでリストアップされている作品は「不可能犯罪」全般。なので「密室」を含まないものも登録されている。ただし全員にアリバイがあって「不可能」なものや、解決後に不可能を構成していたとわかるもの(具体例が想像できないなあ)は除いた、と序文に書いてあった。
私はまだAdey 1991を手にしていないが(2月ごろ我が家に到着予定)、本書の形式は以下のようになっている。序文から判断する限りAdeyのフォーマットも同様だろう。
(1)リストは作家名順、作家別に個々の作品を記載(p17-197)。
(a)登録番号, (b)作品名, (c)探偵, (d)不可能状況。なお作品の評価は記されていない。
(例)
Masterman, Walter S.
2745 BACK FROM THE GRAVE novel U.K.: Jarrolds, 1940
Detective: Sir Arthur Sinclair
Problem: Death by poisoning in a locked room with the disappearance and reappearance of a human skeleton.
(2)ネタバレ解決は別にまとめられ(p199-306)、登録番号で参照することができる。
なのでネタバレを気にせず、不可能犯罪を扱った長篇、短篇、ラジオショー、TVドラマやマンガ(名探偵コナン君も数作紹介されていた)などのリストとして使うことができる。
別にアンソロジー、TVドラマ、参考図書の短いリストが付録として付いている。
英訳のある日本人作家も登録されている。詳しくないのでどれくらい網羅されているのかよくわからないが…
英語も平明で不可能犯罪作品の読書案内として最適だと思います!
Adey本が届くのが楽しみ!

No.465 8点 ビッグ・ボウの殺人- イズレイル・ザングウィル 2025/01/05 04:07
1891年出版。初出は大衆向け夕刊新聞スター紙連載(1891-8-22〜9-4)、挿絵があったのかなあ。評判が良く、すぐ書籍化されたようだ。私はハヤカワ文庫で読みました。しばらく倉庫を捜索してたんですが、文庫本が見当たらず、国会図書館デジタルライブラリに旧訳(妹尾アキ夫版及び長谷川修二版)があったので、試してみたら二つとも最初から意味を捕まえきれてないボンヤリ文が続き、だめだこりゃとなって結局ネットでポチりました。

ザングウィルさんは、チャンスがあったらすかさずボケなくては!というボケ芸人タイプで、細かいくすぐりが随所にある。こういう皮肉っぽい文章が大好きなので、ザングウィルさんの別の文章も読んでみたい、と思いました。
ハヤカワ文庫の吉田訳は非常に快調で、英国的ユーモア感を見事に再現してるのですが、鍵関係だけは取りこぼしあり。その他の解釈違いなども含めトリビアで細かく書きます。私は本書でようやくlatchkey、lockとboltの概念がはっきりしました。(このネタは長くなるので我がブログで... <予定は未定!>) 後述するが最大の謎 big lock の事については詳しい人の解釈を聞きたいなあ!
また、この作品の特徴として、警察の無能に対する非難が激しい。ザングウィルは切り裂きジャックの事件(1888)を解決できなかった首都警察が避難を浴びたことを経験している(掲載誌のスター紙も切り裂きジャック事件で部数を伸ばした)。シャーロック登場時(1887)でも、それほど警察の無能をあげつらってはいない。もちろんコリンズ『月長石』の元ネタであるコンスタンス・ケント事件(1860)で警察は不手際を非難されていたのだが、警察=無能が確立したのは切り裂きジャック事件なのではないか。
以下、トリビア。
作中現在はp38から1888年で良いだろう。
価値換算は英国消費者物価指数基準1888/2025(166.10倍)で£1=32437円。1s.=1622円、1d.=270円
序の日付は1895年9月なので、リプリント版に付けられたものだろう。
p4 海竜(the sea-serpent)◆ ネス湖の恐竜のことか?英Wiki "Loch Ness Monster"に以下の記述があった。Sightings in 1856 of a "sea-serpent" (or kelpie) in a freshwater lake near Leurbost in the Outer Hebrides were explained as those of an oversized eel, also believed common in "Highland lakes". ネス湖の恐竜が有名になったのは1933年だがスコットランドの湖水地域には昔から海竜(実は巨大ウナギか)の噂があったようだ。
p9 二度とは語れない(cannot tell a story more than once)◆ 同じ話を別のやり方では語れない、という感じ?
p14 週一シリングの一定料金でガスを(to pay a fixed sum of a shilling a week for gas)◆ なんで定額制にしたんだろう。計算が面倒?
p16 六時四十五分を告げる聖ダンスタン教会の荘厳な鐘(St Dunstan's bells chiming the three-quarters)◆ 教会の鐘は15分ごとに鳴るのが多いのだろう。ビッグベンのアプリがあるよ(Westminster Chimes)。
p16 電車(tram)◆ 当時は馬引きか?
p17 議会に打って出ようという野心… 亭主持ちの女主人(おかみ)… 一票もうかる◆ 女性には投票権は無かった
p17 労働者は、あんなに水をふんだんには使わない(working men were not so lavish in their patronage of water)
p17 型どおりに、わざと目をつぶったりせずに大きく見ひらいていて、それがいささか得意らしい(not first deliberately shutting his eyes according to the formula, the rather pluming himself on keeping them very wide open)◆ 食事の描写のようだが、どういう情景なのか、よくわからない…
p18 紅茶と緑茶との粗悪な混合物(the coarse mixture of black and green)
p19 玄関のドアは差し錠も鎖もはずされていて、鍵であけしめする掛け金が掛かっているだけ(The door was unbolted and unchained, and the only security was the latchkey lock)◆ 最近、探偵小説の翻訳では重要だと思ってるラッチキーがここに出てくる。内部からはボルト(ラッチ)をスライドさせて錠を掛け、外からは鍵で開けられる仕組み。この訳文だと内外とも鍵が必要だと受け取れてしまう。造語だがlatchkey lock=night latch=「夜閂錠(やかんじょう)」を提案したい。latchkeyは「夜閂鍵」とか「閂鍵」が良いかなあ。
p19 大きい錠の舌を押える輪をすべりこませて(slip the loop that held back the bolt of the big lock)◆ この部分が本作最大の謎(私にとって)。どうやってドアの外からドアの内側にある(と思われる)big lockを閉めるのか、全くわからない。前述のように、おかみがちょっと見た時は、big lockのことは見逃して、ラッチキー以外は外れてる、と誤解している。p32に同じ場面の記述があるが、どうやらbig lockは玄関ドア全体をしっかり施錠できるような錠前で、普段はボルトを縛りつけて(tie back)いるのだが、出がけにその結び目?を解いて(slip the loop)ドアを閉めると、重力かバネか何かの作用でしっかり鍵をかけるような仕組みなのではないか、と妄想した。何か似たような写真や絵がないか、ググったが見当たらない。こんなに簡潔に書いてある、という事から、当時の人にはすぐイメージ出来るようなポピュラーな方式なのだろう、と推測するのだが…
p20 いつも奇妙な取り合わせだが(always a strange assortment)
p23 午前十時から午後十時まで家政婦を(a female factotum between ten a.m. and ten p.m.)◆ ここら辺、くどい表現だが、妾じゃないよ、というニュアンスか。
p25 鍵がかかっているだけでなく、掛け金もかかっているらしい(the door seemed bolted as well as locked)◆ ここは部屋のドア。boltはスライド式の簡易錠で、lockはドアをくり抜いて設置した鍵で開ける本格錠という区別なのだろう。boltとlockの概念の違いに注目。
p25 鍵の舌が納まっている木の部分… 掛け金が肘壺からはずれ(the woodwork enclosing the bolt of the lock splintered... the large upper bolt tore off its iron staple)
p32 大きい錠の舌を滑らせて… いつもは押さえてある… だれも入れなかったはず… たとえ鍵を使っても(slipped the bolt of the big lock, which was usually tied back. It was impossible for anyone to get in even with a latchkey)◆ ここも単なる「鍵」ではなく「ラッチキー」と明示されないとわかりにくい。下宿人が外から解錠する仕組みである「ラッチキーを使っても(big lockがかかってるのでドアは開かない)」という事である。この翻訳文だと、鍵さえ持っていればbig lockも開くのでは?と思ってしまうだろう。翻訳の別解はp19で示した。p19で私はbig lockを家の内側からドアを閉める機構だと考えていたが、実は外で閉める仕組みで(だからおかみが内部から一瞥してもわからなかった)ドアの内からでも外からでも鍵で開けられるものかも。big lockの鍵はラッチキーと違って下宿人には提供されていないのだろう。lockはkeyで開け閉めする、という基本概念とも合致するから、これが正解か。
p33 当の陪審員は気づかぬふりをしようとする(the juryman tries to look unconscious)◆ こういうくすぐり、好き!
p35 部屋の窓は二つともしっかり差し金が掛かっている(both the windows were firmly bolted)
p35 自分の寝室のドアに鍵をかけるのが習慣(in the habit of locking his door when he went to bed)◆ 屋敷の中でも用心のため部屋に鍵をかける。人口が急に増えた大都市ならではの習慣が密室を作り出すのだ。
p36 差し錠は上に滑る式のやつで、ドアの上端についていた(The bolt slid upward, and was at the top of the door)… 外から鍵がかけられないと文句を言った(could not fasten his door behind him)… 金をかけて錠を取り付け(put to the expense of having a lock made)◆ ドアの上のボルトが垂直方向に動く仕組み。内部からしか鍵を掛けられない。ここでも原文ではbolt(keyで開け閉めしない)とlock(keyで開け閉めする)という錠前概念を区別して翻訳しないと、訳がわからなくなる。
p36 神経質(nervous)… とてもよいかた(a very nice gentleman)
p36 三シリング二ペンスはいった財布(a purse with 3s. 2d.)
p38 十二月四日火曜日(Tuesday, 4th December)◆ 該当は1888年。その年、グラッドストンは自由党党首だったが首相ではない。
p38 窓は二つあって、その一つには掛け金が掛かっていた(There were two windows, one bolted)◆ ここは二つとも鍵がかかっていたはず(p35,p51など)。p199に説明がある。結構細かいところまで考えられているなあ。
p40 問題の家と故人の寝室を実地検証した(view the house and the bedroom of the deceased)◆ インクエストでは犯行現場の実地検証(view)が行われる場合がある。
p44 ぺちゃんこな胸をした女工(a flat-chested factory girl)◆ ヴィクトリア時代はコルセットで胸を強調した時代。その後、1920年代に至るまで英国ではだんだん胸平になっていった。 WebサイトTuppence Ha'penny "Abreast of Developments: The Changing Shape of Décolletage in Fashion"参照
p46 十ギニーの小切手◆ 寄附なのでギニーなのだろう。ヴァージニア・ウルフ『三ギニー』など。そして支払い方法は古いギニー金貨ではなく小切手だ。
p51 窓が二つあり、両方ともしっかり掛け金が掛かっていた(with two windows... both securely bolted)
p51 表側のドアは錠がおりているだけではなく、差し錠までかけてある(The front door... is guarded by the latchkey lock and the big lock)◆ 翻訳だと錠前の区別が全く不明瞭になっている。"big lock"も無視。試訳「表口のドアはラッチキー錠で締まっているだけでなく、大錠前もかけてある」
p53 ”天の配剤による死”なる評決(a verdict of ‘Death from visitation by the act of God’.)◆ 突然死(前日まで異常が全くなかったのに朝死んでいた、など)の場合に、多分何かの発作によるものだろうが、当時の医学では原因が突き止められなかった場合、「神の訪れ(Visitation、たいてい大文字で始める)が現実にあったら生身の人間は耐えきれず死ぬ」という趣旨で、時々こういう言い回しの評決が実際に採用されることがあった(20世紀になると廃れた。赤ちゃんの突然死での適用例などあり。inquest verdict visitation of godで検索)。この登場人物は、今回、奇跡じみたことが起きたので、宗教がかったこの言い回しを採用しようと主張しているのだろう。
p54 犯罪ありと決定しようとするXXXの熱意(XXX's burning solicitude to fix the crime)◆ Visitationの評決が採用されても「犯罪あり」とはならず、むしろ逆(奇跡的な自然死)である。ここのfixは「犯罪を(神の)せいにする」という意味だろう。試訳「犯罪を神の思し召しに帰そうというXXXの熱意」
p54 存疑評決(open verdict)◆ 翻訳語としては非常に良い。正確な意味は「今回のインクエストでは、証言や証拠を検討しても死の要因が(殺人とも自殺とも)決めかねる」という事である。インクエストの最終目標は、死の要因が事故か自殺か殺人か自然死かを評決することである。
p55 演歌師(vocalists)
p55 モルグ街の殺人(The Murder in the Rue Morgue)
p56 《ランセット》紙(Lancet)◆ 著名な医学雑誌ランセットは医師で検死官でもあったThomas Wakelyが創刊。医学の進展や死因の複雑化(特に毒物)により、検死官の資格をめぐって従来の法曹系ではなく医学系を重視せよ、という主張がなされるようになった。Wakelyは「検死」には当然に豊富な医学知識が必須、という立場から多くのインクエスト批評記事をランセットに掲載している。
p56 医師でないものが検死官をつとめている(having coroners who are not medical men)◆ 検死官の資格要件に医学的知識は含まれていなかった。
p57 "かかる傷なれば、刃物はそのなかに没す"というシェリーの詩句の引用(the quotation of Shelley’s line, ‘Makes such a wound, the knife is lost in it')◆ 元ネタはHis fine wit Makes such a wound, the knife is lost in it.('Letter to Maria Gisborne' (1820) l. 240 on Thomas Love Peacock)のようだ。シェリーの文の意味は「彼の優れたウィットにはナイフが隠れており、たいそう人を傷つける」という感じ。引用元の詳細未調査。試訳「ひどい傷が出来る、ナイフはそこに隠れているのだ」
p58 マスケラインとクックのコンビ(訳註 英国の奇術師)(Messrs Maskelyne and Cook)◆ 正しくはMaskelyne and Cooke、Cook表記はフィル・マク『迷路』でも。
p64 ケンジントンやベイズウォーターの金持ち連中(so fashionable as those in Kensington and Bayswater)◆ ベイズウォーターも高級住宅街なんだ…
p65 警視庁の元刑事(a former servant of the Department)◆ ここは「公僕」という語を入れた方が良い。
p66 巻きタバコ(a cigarette)
p67 凡人、だから知りたい(I am only a plain man and I want to know)
p67 ヴィクトリア公園(Victoria Park)
p67 エレミア第二章、コリント第一章(The second chapter of Jeremiah... the first chapter of Corinthians)◆ 矛盾があるらしい。未調査。
p70 滑稽詩(comic verse)
p70 二ペンスの散髪代(for lack of twopence)
p73 パンは四ポンドで四ペンス三ファージング(bread at fourpence threefarden a quartern)◆ 1283円。ほんの一例だが2023年英国のスーパーで800gの最安スライスは36pという情報があった。これを4ポンド換算すると648円。当時は結構高価だったか激安スライスが安すぎるのか
p73 授業料… 週に七ぺンス(sevenpence a week for schoolin’)◆ 子供七人分らしいので一人当たり1ペニー。
p74 かあちゃん、妻◆ 下層階級は奥さんをmy motherと呼ぶが、上流だとthe wifeと呼ぶらしい。なかなか貴重な情報。
p82 一ポンド金貨(a sovereign)
p85 プロット売ります(PLOTS FOR SALE)◆ この「売り物」実際にあった商売なのか?
p86 チンフォード教会(Chingford Church)◆ St Peter and St Paul, Chingford (Church of England parish Church) 1844年建設。
p87 アン女王("... is dead"... “So is Queen Anne”)◆ アン女王はis deadと強く結びついている。(以前どこかに書きました)
p89 ダーウィンとファラデー(a Darwin or a Faraday)◆ 当時の有名な学者の例
p92 婦人服の仕立てをしていた(She was a dressmaker)
p92 週給36シリング(earning 36s. a week)◆ 植字工の給金、月給にして25万円ほど。
p94 フローラ・マクドナルド(Flora Macdonald、訳註 1722-90 スコットランドの女傑)
p97 本当のレディー(real ladies)... XXXだけがいわば素人(XXX was only an amateur)
p98 おきゃん(the minx)
p99 サラゴーサの乙女(the Maid of Saragossa)◆ Agustina of Aragón(Agustina Raimunda María Saragossa i Domènech) (1786-1857) the Spanish Joan of Arcとして知られている。
p102 九柱戯(skittles)◆ 英Wiki "Skittles (sports)"
p104 クリスマスのプラム・プディング(Christmas plum-pudding)
p104 迷信(prejudice)◆ 翻訳では間違って訳しているのだが、この前段はグロドマンに対して「クリスマスは一人ぼっちより大勢の方が良いよ」とウィンプが誘っている(Wimp said that he thought it would be nicer for him to keep Christmas in company than in solitary state)
p109 クリスマスの鐘の音(Christmas Bells)◆ 教会の鐘。特別な鳴らし方なのだろう。
p110 休日(Bank Holiday)◆ p123の「休日」も同じ。この人は特別な休日にしか出かけないのだろう。
p114 グレイス・ダーリング(Grace Darling 訳註 難破した船の水夫九人の命を、灯台守のちちと一緒に救った女性)◆ 英国中の話題となった。生没年1815-1842、海難事故1838年
p119 上流の人々(the fine folks)
p123 ゴクツブシ… 低級な詐欺師(a sponger and a low swindler)
p125 うちのいちばん上等なグラス… 三ペンス(one of my best glasses... threepence)◆ 一番上等でもやっと三ペンス
p127 女優の写真(portraits of actresses)
p129 晴着(サンデー・クロウズSunday clothes)
p130 二人乗りの馬車(a hansom)
p131 ニューヨーク・ヘラルド(New York Herald)
p132 この電気時代(these electric times)
p132 ドルリー・レーン劇場(Drury Lane)◆ 有名な劇場といえば、ここ
p133 オランダ麻(brown holland)
p133 まるで政治集会のように、だれかが《彼はすてきにいい男》を歌いはじめた(someone starting ‘For He’s a Jolly Good Fellow’ as if it were a political meeting)◆ こういう場面で歌うのね
p141 ドニブルック市(いち)に(at Donnybrook Fair 訳註 飲み騒ぎやけんかなどで有名)
p141 ドヴォルザークの不気味な悪魔的な楽章(one of Dvorák’s weird diabolical movements)◆ どの曲のことだろうか
p142 元栓… ガス(the gas at the meter)◆ 当時の照明はガス灯
p143 アルニカ・チンキ(arnica)
p145 治安判事(a magistrate)◆ 専門職ではない。英国では地方の名士がそのポジションに就く。現在でも「ボランティア」と表記されている(ということはほぼ無給なのか)。「判事」は誤解を招く訳語だと思う。
p147 自分の鍵を用いて、掛け金だけかけておいた表口のドアから中に入り(got in with his latchkey through the street-door, which he had left on the latch)◆ この翻訳の「鍵」、掛け金」は「ラッチキー」、「ラッチ錠」と明示しないとわからないだろう。on the latchはWikitionaryに(of a door) Closed but not locked, so that it can be opened by operating the latchとあった。試訳「自分のラッチキーで、ラッチ錠だけかけておいた表口のドアを開け中に入った」
p147 ドアに鍵をかけ、掛け金がかかって(locked the door…being bolted)◆ lockはkeyで開閉、boltは部屋の内側で操作、という含意を明示したいのだが、日本語では難しいかも。試訳「鍵でドアをロックし… ボルトがかかって」
p147 錠前の掛け金をはずし、外に出てドアを閉め(unslipped the bolt of the big lock, closed the door behind him)◆ 翻訳ではbig lockを省いているので非常にわかりにくい。この原文の順番ならp32の私の想像は誤りで、やはりドアの内側でbig lockを操作して、ドアを閉めるとスプリングか何かで自動的にロックされる方式のように感じる。だがどんな錠前なんだろう。Webでいろいろ探したが「コレだ!というのは見つからなかった… 試訳「大錠前のボルトをロック位置に動かし、外に出てドアを閉め」(前半はゴマカし訳文です…)
p148 お茶をいただく… 濃く淹れて、砂糖なしで(I like my cup o’ tea. I take it strong, without sugar)◆ 夜の飲茶
p151 りっぱな紳士… [彼は]たかが植字工(a thorough gentleman… only a comp)◆ 植字工はgentlemanではありえないのだろう。
p154 死亡時刻推定(the approximate hour of death)
p156 『全英鉄道案内』(“Bradshaw”)◆ 固有名詞好きなのでブラッドショーは残して欲しい。
p158 差し金の入る壺釘(the staple containing the bolt)◆ p25では同じ語が「肘壺」と訳されている。
p158 掛け金は上下に動く式(The bolt... worked perpendicularly) ◆ p36では「差し錠」と訳されている。錠前の翻訳語の統一又は区別がちゃんとしていない。
p160 演芸場に(at the music-halls)
p161 金貨で(in gold)
p162 宣誓を拒み(refused to take the oath)◆ ああ、当時から法廷であっても聖書に誓わなくて良いんだ…
p163 東洋古代の伝説(the old Oriental legend)
p167 辻馬車(二一三八号)(the cabman(2138))◆ 馬車にはナンバーが明示されている。
p172 黒帽(black cap)
p177 大々陪審(訳註 "民衆の声" "世論"のこと)(The Greater Jury)
p177 密教(Esoteric Buddhism)
p186 ベイコンやミル(Bacon and Mill)◆ 帰納論理学の理論家として挙げられている
p194 暗号文の中から"e"の文字を見つけ出す(detect the letter ‘e’ in a simple cryptogram)◆ ポー『黄金虫』(1843)でポピュラーだったのだろう。ドイル『踊る人形』(1903)はモリスン(マーチン・ヒューイット)の暗号短篇(1896)よりも後。
p199 一方の窓しか掛け金がかかっていなかった(only one window fastened)◆ なるほどね。ここでわざわざこの説明がある、というのは「食い違い」について新聞連載中に投書か何かがあったのか。なお、fastenedという語はもっぱら窓に使っている印象あり(本作品で調べると一箇所だけドアで使用(p36)、後の九箇所は全て窓だった。日本語なら「ドアを閉める」と「窓を締める」の違いか)。

ドン・シーゲル監督のデビュー作The Verdict(1946)[邦題『ビッグ・ボウの殺人』] シドニー・グリーンストリート、ピーター・ローレ出演を日本語版が入手できなかったので怪しいロシア・サイトで観ましたよ。英語で字幕無しなのでセリフの大半は聞き取れなかったのですが、概ね原作に忠実な感じだったので理解に支障なしでした。ヴィクトリア朝ロンドンの再現性は非常に満足。残念ながらインクエストのシーン無し、注目のbig lockやnight latchも全く登場せず。陪審員に部屋のドアの模型が提示されていたのが面白かった。囚人服のbroad arrowにも注目!(変なデザイン…)

No.464 7点 真田啓介ミステリ論集 古典探偵小説の愉しみⅡ〔増補版〕悪人たちの肖像- 評論・エッセイ 2025/01/03 04:52
元版2020年6月荒蝦夷(初版500部)を増補して再刊。最初の同人誌?を買いそびれた私はヤフオクなどを探す毎日でした。
こういう書籍はネタバレが怖くて読めないのですが、著者は★★★や☆☆☆マークで文中で事前に注意するという工夫をこうじていて安心ですね!
ネタにされてるのが結構ここにも感想文を書いたのとかぶっていて、読むのが楽しみです!

以下、目次。版元も全貌を公開してないので一覧を作りました。
冒頭の★はこの増補版で追加されたもの。タイトル後の[ ]内は初出です。
<1>イングランド・スコットランド・アイルランドの作家たちの章
●ゴシック・ロマンを読みすぎた少女[ROM2015-01]
●魔神アスモデの裔[本棚の中の骸骨2011-08]
●『月長石』の褪せぬ輝き[ROM2011-12]
●シャーロック・ホームズという人生[ROM1995-01]
●クロフツ『樽』を論ず[ROM1996-10]
★『樽』のミスを論ず[ReClaM2020-04]
★クロフツ『ポンスン事件』を論ず[ROM2002-07]
●クリスティ『スタイルズの怪事件』を論ず[ROM1998-06]
●セイヤーズ短篇集『顔のない男』解説[創元推理文庫2001-04]
●ヘンリー・ウェイド入門の記 『The Missing Partners』読後感[ROM2000-12]
★紳士が警察官を志すとき(ウェイド『ヨーク公階段の謎』解説)[論創社2022-09]【「ウェイド既訳長篇ガイド」と差替え】
●フィルポッツ問答(ヘクスト『テンプラー家の惨劇』解説)[国書刊行会2003-05]
●フィルポッツ『灰色の部屋』を論ず[ROM2000-03]
●なぜに「駒鳥」名付けたか?[ROM1984-12]
●わたし とキューピットがいいました(ヘクスト『だれがダイアナ殺したの?』解説)[論創社2015-07]
●あるエゴイストの犯罪(フィルポッツ『極悪人の肖像』解説)[論創社2016-02]
●また一人、<悪人>の創造(フィルポッツ『守銭奴の遺産』解説)[論創社2016-06]
★エドガー・ラストガーデンの『ここにも不幸なものがいる』 レディに薦める殺人物語⭐︎その第三冊[謎謎通信1986-05]
●<鬼>を呼び起こす密室物の傑作(デレック・スミス『悪魔を呼び起こせ』解説)[国書刊行会1999-11]
●時計が巻き戻されるとき(ディヴァイン『ロイストン事件』解説)[現代教養文庫1995-05]
●いま一人の女王、再登場(メアリー・スチュアート『霧の島のかがり火』解説)[論創社2017-08]
●ファンタジーの巨匠が残した唯一のミステリ作品集(ダンセイニ『二壜の調味料』解説)[ハヤカワ文庫2016-11]
●探偵小説とウッドハウス(『エムズワース卿の受難録』解説)[文藝春秋2005-12]
●ウッドハウスの二大人気シリーズ[ROM2003-09]
<2>大西洋と太平洋の彼方の作家たちの章
●異彩を放つ超本格派(ストリブリング『カリブ諸島の手がかり』解説)[国書刊行会1997-05]
●文豪、座談家、ときたま探偵(デ・ラ・トーレ『探偵サミュエル・ジョンソン博士』解説)[論創社2013-11]
●動かす力としての愛(マーガレット・ミラー『雪の墓標』解説)[論創社2015-10]
●バンコランの変貌(カー『四つの凶器』解説)[創元推理文庫2019-12]
★レーン四部作を論ず[ROM2015-10]
●探偵小説が若かった頃[SRマンスリー1990-05]
●江戸川乱歩の「探偵小説の定義」をめぐって 紀田順一郎『乱歩彷徨』の読後に[ROM2012-06]
●犯罪と探偵 --- 「陰獣」論[書斎の死体1985-02]
●夢の終焉 --- 「パノラマ島奇談」論[書斎の死体1985-02]
●明智小五郎の部屋[書斎の死体1985-02]
●乱歩に対峙する気魄の目録[世界探偵小説全集 月報18(第22巻)国書刊行会1997-08]
●三読して『本陣』の美質を知る[創元推理倶楽部秋田文科会1998-12]
●金田一耕助はなぜ留置場へ入れられたか[創元推理倶楽部秋田文科会2003-12]
★よくわかる『ドグラ・マグラ』 創元推理文庫版・日本探偵小説全集4『夢野久作集』読書会報告[謎謎通信1986-02]
★パズルを超えて[地下室1984-12]
●第四の奇書『生ける屍の死』[SRマンスリー1990-01]
●欲望と論理のアラベスク(「狩久全集」第五巻解説)[皆進社2013-02]
●六十年前のアンソロジイから[ROM1989-07]
●Revisit Old Memories 「ROM」百号に寄せて[ROM1997-08]
●加藤さんの最後のご厚意 「ROM」主催者・加藤義雄氏追悼[ROM2013-12]
★集める・読む・生かす[日本近代文学館2020-11]
★古典探偵小説の魅力[河北新報2021-05-12]

(以下2025-01-03 13:52追記)
p125 『灰色の部屋』で
"ヘンリー・ジェイムズが「二流の作家」と言われている…"
とありますが、ここは前に私の感想文に書いたとおり、誤訳です。
【以下再録】
創元文庫 p254 アンドレア・デル・サルト… ヘンリー・ジェームズは二流の画家だといってるけど、ジェームズ自身が二流の作家だからでは(Andrea del Sarto… but Henry James says he's second-rate, because his mind was second-rate, so I suppose he is)◆ここの代名詞(he, his)は常にデル・サルトを指す… 試訳「ヘンリー・ジェームズは二流の画家だと言う、了見が二流だからと。そうかもしれない」【再録ここまで】
話者はヘンリー・ジェイムズに同調してるのです。
今回、Henry Jamesの元々の発言を探してみました。
Andrea del Sarto, that most touching of painters who is not one of the first... ["Italian Hours"(1909) Italy Revisited, part VI]
これが見つかりましたが、 mindについてどっかで言ってるのかなあ… この文章を見るとヘンリーさん、かなりサルトが好きそう。今日はこんなところで。

No.463 7点 真田啓介ミステリ論集 古典探偵小説の愉しみⅠ〔増補版〕 フェアプレイの文学- 評論・エッセイ 2025/01/02 19:58
元版2020年6月荒蝦夷(初版500部)を増補して再刊。最初の同人誌?を買いそびれた私としては垂涎の一冊でした。
こういう書籍はネタバレが怖くて読めないのですが、著者は★★★や☆☆☆マークで文中で事前に注意するという工夫をこうじていて安心ですね!バークリーについてはほぼ読了済なので私は大丈夫ですし。

以下、目次。版元も全貌を公開してないので一覧を作りました。
冒頭の★はこの増補版で追加されたもの。タイトル後の[ ]内は初出です。
<1>アントニイ・バークリーの章
★バークリー以前 --- ユーモア作家A・B・コックス(『黒猫になった教授』解説)[論創社2023-09]
●A・B・コックス『Jugged Journalism』ご紹介[ROM1992-01]
●A・B・コックス『Mr. Priestley's Problem』ご紹介[ROM1992-01]
●アントニイ・バークリー『Roger Sheringham and the Vane Mystery』ご紹介[ROM1992-01]
●探偵と推理のナチュラリズム(『ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎』解説)[晶文社2003-04]
●『毒入りチョコレート事件』論 あるいはミステリの読み方について[本棚の中の骸骨2002-09]
●『毒入りチョコレート事件』第八の解決[ROM2018-07]
●「The Avenging Chance」の謎[ROM2012-11]【2024-04-15版、弾十六も小さな活字で登場】
●『ピカデリーの殺人』覚書[ROM1992-01]
●プロットと心理の間に(バークリー『第二の銃弾』解説)[国書刊行会1994-11]
●ロジャー・シェリンガム、想像力の華麗な勝利(バークリー『地下室の殺人』解説)[国書刊行会1998-07]
●空をゆく想像力(バークリー『最上階の殺人』解説)[新樹社2001-08]
●バークリーvs.ヴァン・ダイン 『最上階の殺人』の成立をめぐって[ROM2018-11、改稿:創元推理文庫2024-02]
●ロジャー・シェリンガムとbulbの謎[Re-ClaM2019-05]
★レディに薦める殺人物語[謎謎通信1986-02]
●トライアングル・トリロジー(アイルズ『被告の女性に関しては』解説)[晶文社2002-06]
●書評家百態 --- バークリー周辺篇[アントニイ・バークリー書評集第6巻2017-05]
★バークリー豆知識[ROM1992-01、一部新稿]
<2>英国余裕派の作家たちの章
(★)ベントリー『トレント最後の事件』を論ず[ROM1993-04]【各論部分を追加】
●A・A・ミルン『Four Days' Wonder』ご紹介[ROM2003-09]
●神経の鎮めとしてのパズル(ノックス『サイロの死体』解説)[国書刊行会2000-07]
●フェアプレイの文学(ノックス『閘門の足跡』解説)[新樹社2004-09]
●ノックス流本格探偵小説の第一作(ノックス『三つの栓』解説)[論創社2017-11]
●ミルワード・ケネディのプロフィール[世界探偵小説全集 月報7(第10巻)国書刊行会1995-06]
●探偵の研究(ケネディ『救いの死』解説)[国書刊行会2000-10]
●霧に包まれたパズル(ケネディ『霧に包まれた骸』解説)[論創社2014-10]
●レオ・ブルースとの出会い[Aunt Aurora1987-12]
●意外な犯人テーマの新機軸(レオ・ブルース『ロープとリングの事件』解説)[国書刊行会1995-03]
●名探偵パロディと多重解決のはなれわざ(レオ・ブルース『三人の名探偵のための事件』解説)[新樹社1998-12]
★『死体のない事件』を読んで[ROM1989-03]
●謎と笑いの被害者捜し(レオ・ブルース『死体のない事件』解説)[新樹社2000-03]
★レオ・ブルース『Case with No Conclusion』ご紹介[ROM1988-04]
●メイキング・オブ・探偵小説(レオ・ブルース『結末のない事件』解説)[新樹社2000-09]
●『ミンコット・ハウスの死』読後感[Aunt Aurora1990-12]
●キャロラス・ディーン、試練の時(レオ・ブルース『ハイキャッスル屋敷の死』解説)[扶桑社ミステリー2016-09]
★『死者の靴』読後感[Aunt Aurora1990-07]
★『怒れる老婦人』読後感[Aunt Aurora1997-08]
●天地創造のうちに開示される秘密(イネス『盗まれたフェルメール』解説)[論創社2018-02]
★エドマンド・クリスピンの『お楽しみの埋葬』 レディに薦める殺人物語⭐︎第二章[謎謎通信1986-04]
●クリスピン問答(クリスピン『大聖堂は大騒ぎ』解説)[国書刊行会2004-05]
●クリスピン『Frequent Hearses』ご紹介[ROM2003-09]
●クリスピン『The Glimpses of the Moon』ご紹介[ROM2003-09]
★[付録]探偵小説に魅せられた50(マイナス5)年 --- 真田啓介インタビュー[Re-ClaM2022-11]

No.462 6点 首つり判事- ブルース・ハミルトン 2024/12/31 22:44
1948年出版。国会図書館デジタルコレクションで読了。翻訳は井上一夫さん。いつものように素晴らしい翻訳。
これはねえ… プリウスミサイル暴走事故!加害者は死ね!というような作品なんですよ。誰も救われないのね。悪いことしてるところが十分に描かれてないので、なんだかなあ、と思いました。そのせいで最終パートがああなってるんでしょうけど全く逆効果。人並由真さんが書いてるような追記があるなら、読んでみたい。(私が入手したペイパーバッグHillman, New Yorkにはついてませんでした…)
途中までは、この先どうなるの?とすごく面白い。作者の説明を省略して謎を含んだ文章がとても良かった。
全体的にはややノスタルジック、1940年代後半に第二次大戦前を振り返るという感じなんです。
トリビアは来年まわしです。
(以上2024-12-31記載)
そういえば、本作は舞台化(1952)され、テレビ番組(1956 Climax!シリーズ)にもなった。いずれも主演はRaymond Massey、見たいなあ。このClimax!というTVシリーズ、ラインナップが面白そう。どうにかして観られませんかねえ。
以下トリビア。
作中年代はp7から1933〜1935あたりか?
p7 第二次大戦のはじまる数年前(some years before the outbreak of the Second World War)
p7 ブリッジ(bridge)… ゲームは、近ごろ流行りのコントラクト・ブリッジではなく、オークション・ブリッジを一人不足の三人でやっている(a three-handed variety of auction, not contract)◆ ニューヨークやロンドンのクラブでは1930年にコントラクト・ブリッジに切り替わった、という。
p7 ホイスト(whist)
p8 リットル・スラムの追加点で五十点(Fifty for little slam)
p8 下層中流階級のロンドン子なまり(a Cockney of the lower middle class)
p8 百点で五ポンド(at a fiver a hundred)◆ 賭け率
p8 賭博禁止条例(Gaming Act)◆ 1845年の英国法。賭けは法的契約としての強制力はない、とした。
p8 切り札ハートで七勝と宣言(one heart)◆13回の勝負なので7勝が最低でも必要。
p13 バス・オリヴァのビスケット(Bath Oliver biscuit)◆ バースで開業していたWilliam Oliver医師のレシピ。患者の消化を助けローカロリーで太らない食品として考案した。ここでは朝食前に食べている。
p13 ヴィテリウスやエラガバルス(a Vitelius or an Elagabalus)◆ こういう記述があると顔をイメージしやすい
p14 十六段の階段(sixteen steps)
p14 腎臓とベーコンの朝食(kidneys and bacon)
p16 アメリカも近ごろは不景気(Times are hard in the States now)
p16 ルンペン(bum)… 浮浪者(hobo)◆ 違いを詳しく説明
p17 一時間前に到着予定指定器が示していたように四十分遅れて(forty minutes late, as foreshadowed on the indicator an hour ago)◆ 鉄道駅の「発車標」のこと。正式名称を知りませんでした… 今では「電光掲示板」という語が普通。
p17 茶のステットソン帽の断ち方がここらでは珍しい型(the unusual cut of the brown Stetson hat)◆なので外国から来たのだろうと推測
p18 朝食付四シリング六ペンス(4/6 BED AND BREAKFAST)◆ ホテル代。全部大文字なのは看板の表示なのだろう。4/6はfour and six。
p19 半クラウン銀貨とフロリン銀貨(half-crown and florin)
p19 夕食(some supper)… ベーコン・エッグスとパンとチーズにお茶(eggs and bacon and bread and cheese, and a cup of tea)… 一シリング六ペンス(One and six)◆ ホテルのオプション。夕食をつけると1/6上乗せ
p19 紙幣の巻いたの(a roll of treasury notes)… 十七ポンド十シリング(seventeen pounds, ten shillings)◆ 英国小説では巻いて持ち運ぶ人が多い感じ。1ポンド札17枚と10シリング札1枚か。10シリング札がもっと多いかも。当時は£1 Series A (1st issue)サイズ151 x 84mmと10 Shilling Series A (1st issue)サイズ138 x 78mm。Bank of England 券は高額でサイズも大きく使うのが不便。
p20 三ペンスのチップ(with threepence)◆ ホテルの使用人へ
p22 ささやかながらも遅めの昼食をライオンズで(After a light and protracted lunch in a Lyons)
p22 映画館で大衆席の切符を(a cheap seat for the picture theatre)… 二回のてっぺんの席(high gallery)
p22 公衆電話のボックス(a telephone booth)◆駅構内の電話ブース
p22 AからKまでの電話帳(the Directory A to K)
p23 一月の第二週まで(the second week in January)◆ 裁判カレンダーのヒラリー期が始まるまで、ということ。
p23 表示板(the indicator)… 最後の集配は八時三十分◆ 郵便ポスト(pillar box)の表示
p24 半クラウンはおまけだ(here's a half a crown to go on with)◆ 「手付だ」という感じだろう。
p24 「…無理もないけどあの親父、無器用なガキだ(a clumsy little devil)とどなっていた。手紙は一つだけで、大きいやつだった」「そうか、それで宛名は?」◆ この謎めいた省略いっぱいの会話が後でちゃんと繋がる
(以上2025-01-01記載)
p24 ノーフォーク州の最北部… かなり平たい村で、高潮標識(high-water mark)より十二フィート以上高いものは一軒もない… 見捨てられた風車(a disused windmill)
p25 クリスマスを数日後に控えた(a few days before Christmas)
p25 ケスティヴン卿(Lord Kesteven)◆ 最近気になってる「卿」問題。LordとSirでは身分にかなりの差があるのに同じ「卿」を使うのはどうなん?という指摘。(日本の貴族体系にあてはめるとSirは士大夫クラスという) とりあえず「サー」はカタカナが良いのだろう。沢山翻訳小説を読んでたのに最近まで全然知らんかったのよ。(そういう上流層に興味が全くなかったのです…)
p26 ジョージ卿(Sir George)
p26 この州の警察長官(チーフ・コンスタブル) Chief Constable of the county◆ この名称だと「巡査長」だと思っちゃうよ。灰原が警察役職を間違えてガッツリ怒られてた事例(fromナニワ金融道)を思い出しました。
p28 ダイムラーから降りた運転手… 大型自動車(a chauffeur was waiting outside a Daimler limousine)◆ 色々種類あり。ピーター卿(こっちはLord)の愛車Double Sixの可能性もあるかな。
p31 一ポンド紙幣(a pound note)◆駅の荷物の預かり賃として。お釣りがあると思うが書かれていない。
p31 一週間三十シリング(thirty a week)… ちゃんとした朝食に、昼には温かい昼食を、四時には軽い夕食としてお茶、それに冷たい夕食(Full breakfast, hot dinner at midday, sup of tea at four, and cold supper)◆ cold supperとは火を使わない料理
p32 ジンジャー・エール(ginger ale)
p33 八時には家に帰して(she leaves at eight o'clock)◆『ビッグ・ボウ』でも(独身男なら)通いの家政婦は午後十時に家に帰すべし、とあった。不品行を疑われる、ということなのだろう。午後十時は結構遅いと思うけど…
p34 六ペンス(sixpence)◆ 簡単な頼みごとへのお礼
p35 時代もののフォードとしゃれたモリスの二人乗り(an aged Ford, a natty Morris two-seater)
p36 幽的(the ghost)◆ 会話に出てくるのでちょっと崩している、落語っぽい翻訳語。実にいいねえ
p37 オスボーン・ビスケット(Osborne biscuit)
p37 幽霊さん("the ghost")
p39 紳士に対するいささかの敬意として、エプロンをとって帽子をかぶった(paid tribute to Mr. XXX's gentry by removing her apron and putting on hat)◆ メイドの嗜み
p40 営業許可は、日曜日には午後二時に店を閉めるという条件(licensing regulation... should close at two on Sunday afternoon)
p40 サバス・ビール(Sabbath pint)
p43 パジャマが枕の下にきちんとたたんである(the pajamas were folded neatly under the pillow)◆ 宿のベッドメイク
p43 ぼたん刷毛(a shaving stick)◆ 髭剃り時に顔に石鹸を塗る刷毛と思ったのかなあ。試訳「剃刀の柄」
p43 アメリカ風の上下のつづいた下着(an American "union suit")◆ 英Wikiに項目あり。英国語ではcombinations。古臭くて田舎っぽくてコミカルな印象があるようだ。バークリー『毒チョコ』でも、僕はそんなの着たことがないよ!という発言があった。
p43 ゼネストのときに臨時警官をやったことがある(during the general strike he had enrolled himself as a special constable)
(以上2025-01-02追記)
p45 上流人士(gentry)
p45 クリスマス・イヴの月曜日(Monday morning, Christmas Eve)◆ 1934年が該当
p48 三ペンス半の切手代(a three-halfpenny stamp)◆ 井上先生でも間違えてる。halfpenny x 3で合計1ぺニー半。この額の切手が郵便用に売っていた。郵便料金1ペニー半は1924-1940の期間だと封書の最低額(重さ2オンスまで)
p50 名刺(card)
p52 食後の葡萄酒などというものには馴れていないので(Unaccustomed to after-dinner port)◆ 上流階級ではないので
p62 月に二ポンド六シリング(a sum of two and six a month)◆ ゴミ掃除の仕事の手当
p64 スティヴンソンの小説に出てくるような髪型とひげをたくわえて(with Stevensonian hair and mustache)
p65 印鑑つきの、血玉髄の石の入ったあっさりした金指輪(a signet ring, a plain affair of rolled gold with a bloodstone)◆ Wiki「ブラッドストーン」参照
p69 一シリングで庭の落葉掃きの仕事を(a shilling for the job of sweeping the garden free of leaves)◆ アルバイト的なもの
p69 バスの割引き切符に一シリング三ペンス(one and threepence on a cheap ticket)◆ cheap ticketの仕組みは不明だが面白いロンドン公共機関のチケットのサイトがあった(https://www.ltmuseum.co.uk/collections/stories/transport/fares-please-ticketing-londons-public-transport-1860)
(以上2025-01-03追記)
p79 ロンドンで一番派手な、広い読者層を持つ新聞の夕刊の遅版(the later edition of the most sensational and widely read of the London evening papers)◆ 「夕刊新聞の」 が正解。夕刊紙は朝刊紙と比べると下世話な印象。ソーンダイク博士も出鱈目ばかりと嫌っていた。
p84 一等車で来たくせに、チップはたったの三ペンス(Traveled first class and tipped thruppence)◆赤帽の文句
p87 存疑判決(訳註 犯罪が行われたと決定してしまわぬ評決) open virdict ◆ 「存疑評決」としたいところ。この訳註は不正確だが、意味は通じる。自殺、事故、他殺のいずれかとも決めかねる評決。
p92 審問廷にあてられた小さな教会の公会堂には、席が五十足らずしかない(room was found in the little church House for rather less than fifty)◆ 「審問廷」という訳語が良い。
p93 陪審員の一人が(a juryman)… 執拗な態度で、この証人に二、三質問させてもらいたいと検視官に申し出(in a nervous but insistent manner requested from the Coroner, permission to ask the witness a few questions)…検屍官はちょっと渋って(The Coroner, not without obvious reluctance)… うなずいた(gesture of assent)◆ 陪審員の質問権を認めるか否かは主催する検屍官の権限。この場面でも、後段で不適切な質問を諌めている。
p93 危っかしい鼻眼鏡をかけ(with insecure pince-nez)
p96 十二月二十一日の土曜日(Saturday, December 21st)◆ 該当は1935年、p45と異なるが、こちらは発言の一部で、p45は地の文なので、話者の記憶違いや言い間違いとも考えられる。
p100 全員一致ではなく、多数決でよいのですか?(can we return a majority verdict?)◆ 1926年の法令改正で審問廷の評決は全員一致でなくても良くなった。少数意見がnot more than twoという条件付き。Coroners (Amendment) Act 1926, section 16
(以上2025-01-09追記。続きます)

No.461 6点 ゴア大佐第二の事件- リン・ブロック 2024/12/31 05:22
1925年出版。白石さん翻訳のゴア大佐第二弾。翻訳は良い出来だとおもいます。セリフの演じ分けが良いですね。後日、細かい点で気になったところを書くかもですが、浅黒警察としてはdarkを「色黒」とするのはやめて欲しいなあ。「黒髪」で全て解決するわけではないですが(正確には髪の毛と目の色が黒っぽい人、fair(金髪)の対義語)darkが肌色を指してるのはかなり稀、tall, dark manとくれば背の高い黒髪の男、という慣用句ですよ…
小説としては、英国の当時の習俗が細かく描かれていて、固有名詞もたっぷり、私の好きなインクエストも出てきます。警察がかなり間抜けで不満ですが…
探偵小説としてみれば、本格ものではありません!クロフツ流(私はほぼ読んでいませんがガーブ流?)の英国冒険小説の流れに乗った謎を追いかける男もの、という感じでしょうか。
まあでも途中まではとっても楽しい読書でした。単純な私の脳だと、2/3過ぎるあたりでついていけなくなりました。まあそこが残念。
作者も探偵小説サークルに入るつもりは一ミリも無さそうな書きっぷりです。若い時に戯曲でプチ成功してるんだから、探偵作家なんて、と思っていたでしょう。デテクションクラブに入会してたっけ?
来年はもっと翻訳に精を出したいなあ、と考えています。いつもの言うだけ番長ですんません。
(以上2024-12-31 05:22)
以下、トリビア。
作中現在は1924だと思い込んでましたが、1925年もありそう。ただしゴア大佐最初の事件は明白に1922年11月なので、あんまり間を空けるのもなあ...と感じました。まだ全部詳細に検討していないので一旦保留。(2025-01-08追記: p63, 209, 296から冒頭は1925年8月。第一作から間空きすぎ、と思ったら作者は第一作の作中現在を1924年に変更しているようだ…p63参照)
価値換算は当面1924年として英国消費者物価指数基準1924/2024(75.72倍)で£1=14888円, 1s.=744円, 1d.=62円(2025-01-08追記: 英国消費者物価指数基準1924/1925で£1=£1.00だった)
p7 八月
p7 マーシュフォント荘(Marshfont Manor)
p7 豪勢なプロショップ(professional’s lavishly equipped shop)
p7 三十六人もいて騒々しかった若者集団の最後の六人が(half-a-dozen forlorn boys, sole survivors of a whilom noisy band of thirty-six)◆キャディは全員男の子だったようだ
p8 華氏八三度(83°)
p9 ジン・ジンジャー(gin-and-ginger)
p10 休戦の翌週に、トランペットのファンファーレも高らかにオープンしたよ -- 一九一九年の春のことだ(They started in on it with a great flourish of trumpets the week after the Armistice—opened it in the Spring of 1919)◆Armitsticeは1918-11-11なので、その翌週に計画をぶち上げ、オープンは1919年春、ということ
p10 一九二◯年のおわり… ピーク… (At the end of 1920 ... high-water mark)
p10 昨今は猫も杓子もテニス… (everyone’s playing tennis now)… ゴルフ… すたれた(Golf’s struck a slump)◆ こういう実感は当時の小説ならでは。テニスもゴルフも黄金時代の英国探偵小説に良く出てくるが、そういうことだったのか。
p11 そういうのがお望みならね(if you like that sort of trouble)◆ ゴルフ上級者ならトラブル多めのコースがお好きでしょ?という感じ。
p12 邪悪な事件のヒロイン(the heroine of the sinister episode)◆ 人の気も知らないで!という感じがよく出ている。
p12 二百五十(two-fifty)◆ 年収だろう。372万円。
p13 紫色のリムジン(purple limousine)◆ 後段でロールスロイスの新車だとわかる。ということはSilver Ghostなのだろう。US1921の記述だがシャーシのみで$11750(=£2656,1921年基準)、英国消費者物価指数基準1921/2024(60.97倍)なので現在の日本円に換算すると3184万円。
p13 タイヤは一本いくらだ… ラヴロ(Ravelots)… 七ポンドくらい(About seven quid)◆ 架空ブランドと思われる。当時のタイヤメーカーは広告から判断するとDunlop Michelin Royal Pirelli Mohawk Firestone Goodyearなどがひっかかった
p15 レスウェイ銀行にすべてを捧げた男… 住む世界が違うよ(His father married Lessways’ Bank, or the best part of it)◆そんなに仕事する奴か?と思ってたら、p168(表記は正しく「レスウェイズ」銀行)に書かれている詳細から判断して、ここは「レスウェイズ銀行、というか一番良い部分と結婚した」だろう
p16 背が高くて… オリーヴ色の肌、艶やかな黒髪(a tall, finely-built man of thirty-five or so, olive-skinned, sleekly black-haired)
p16 こちらも背の高い色黒な若者(another tall and darkly-sleek young man)◆ sleekはつややかな毛髪のようす。ならば確実に髪の毛だろう。
p18 昔が最高に良かった(sat chatting desultorily of old times which seemed extraordinarily better)◆ 四十男たちの感想
p21 シルバーキング〔訳注 ゴルフボールの銘柄〕 Silver King◆ ググると可愛いマスコットが見られるよ
p22 尾根自体には石がない(No stone in it)◆ ここの意味がよくわからない。
p26 ブラックアロー〔訳注 ゴルフボールの銘柄〕 Black Arrow◆ こっちはググっても出てこない。
p28 塩の粒(Ruschen salts)◆ Kruschen Saltsが正しい表記。商品名は出して欲しいなあ。消化器系の売薬のようだ。
p28 赤い自転車(red bicycle)◆ メッセンジャーボーイの自転車は赤かった?
p29 電報配達の少年(telegraph boy)◆メッセンジャーボーイと同じ。英Wikiに項目あり。英国ではGPO傘下の公的サービス。米国では私企業が運営。
(2024-12-31 21:40追記)
p41 五時のお茶(tea ordered for five o'clock)
p43 事前事後従犯(accessory before and after the fact)
p44 背の高い色黒の男(a tall black figure)◆ ここはblackだったんだ... 牧師服で「黒服姿」というイメージだろう。
p45 交代で新しい牧師が来ると… とりわけ告解室が悪かったらしい(when a new Vicar replaces an old one... Especially the confessional boxes)◆ 田舎ではよくあるんだろうね。ところで告解はカトリックの専門ではないの?未調査
p47 一流どころを(look out for Number One)
p49 食事のあいだは話さん主義… 空気が腹に入る(Don't believe in talking while I'm eating... Makes me swallow too much air with my food)◆ こういう人はあんまりいないんだろうね。
p50 アスピリン(aspirins)
p50 ディナーで正装することは滅多にない(seldom dressed for the evening, and very frequently dined in a dressing-gown)◆ これもまともな上流階級には珍しい
p53 ウソとホラばかりの無能者(All gaiters and gas and gush)
p56 色黒で --- かなりの大男(Dark--rather burly)◆ ここも「黒髪」だろう
p58 書斎に移り、ウィスキーソーダと葉巻(to the library... a whisky and soda and a cigar)◆ 葉巻ってもてなしなんだろうね。
p58 ずっと赤字つづきでした(Chiefly, exceeding my income)
p63 一九二三年の六月(June of 1923)◆ p76でここから二年間が経過していることがわかるので作中現在は1925年ということなのだろう
p63 [ゴアは]一九二三年にはアフリカにいた(he had benn in Africa in 1923)◆ 第一作の設定を変更しているようだ。
p64 コルトの自動拳銃(a Colt automatic pistol)◆ 後段で大戦時の記念品だとわかる。ということはM1911なのだろう。
p66 紙幣数枚をふくむひとつかみの金(a handful of money with some loose notes amongst it)
p70 私立探偵社(a firm of private inquiry agents)◆やはり英国ではinquiryという語が優勢なのだろう。「興信所」と訳したい。
p70 四月二二日(April 22nd)
p70 カフェ・ロイヤルで夕食を(dined... at the Café Royal)◆ロンドン、リージェント街のカフェ・ロイヤル(創業1865年のレストラン、現在はホテルになっている)のことだろう。
p72 ブリッジ大会(bridge-tournament)◆ 当時ならオークション・ブリッジだろうか
p72 一年分の家賃六十七ポンド(one year's rent, £67)◆ 月額83000円ほど。結構良い値段だと思う。
p74 マクミラン・プライベートホテル(MacMillan's Private Hotel)◆Collins English Dictionaryに英国英語として(1) a residential hotel or boarding house in which the proprietor has the right to refuse to accept a person as a guest, esp a person arriving by chance (2)Australian and New Zealand: a hotel not having a licence to sell alcoholic liquorとあった。予約なしの客などをオーナーが断れるホテル、という意味らしい。酒のライセンスが無い、というのはオージー英語だったようだ。
p76 二年間(two years)
(以上2025-01-01 05:50追記)
p82 ロムジー修道院(Romsey Abbey)
p83 背の高い黒衣の男(a tall black figure)◆ p44と同じ
p84 青いスポーツカー(a blue two-seater)◆ この翻訳では一貫して「スポーツカー」と訳している。(2025-01-08追記)
p84 家にある真空掃除機(my vacuum cleaner)◆ Hoover Upright Vacuum Cleanerは1908年販売開始。まだまだ高価だったはず。安くなったのは1930年代以降。
p87 『チョークシャー・クラリオン』紙の朝刊(the morning Chalkshire Clarion)◆ 日本と違って朝刊と夕刊を同時発行している新聞社は無いはず。新聞紙名にMorning Post, Evening Standardなどのような朝・夕を示す文字が入っておらず、知らない人には朝刊紙か夕刊紙かわからないので、「朝刊紙」の『チョークシャー・クラリオン』、という説明語だろう。この新聞名はここが初出。原文morningがイタリック。
p88 一等喫煙個室(a first class smoker)
p88 検死審問はXXX氏の参加できることを考慮して、その日の午後に開催される(An inquest was to be held that afternoon, when it was hoped Mr. XXX would be able to attend)
p90 従者のスティーヴンス(his man Stephens)◆ 訳者あとがきでは第一作に登場するStevensと同一人物だというが、そんな記述は本作中に全くなかった。
p90 水風呂(a cold bath)
p90 度を過ぎた快楽主義だと思われるのを心配したのか(Lest this combination of pleasures should appear to his visitor excessive for one man)◆ 意味はなんとなくわかるけど。試訳「一度に多くの楽しみに耽りすぎてると思われたくないらしく」
p91 検死官はもちろんXXXの息がかかった男だ(The Coroner, of courses is in XXX’s pocket)◆ 地方の名士には逆らえない
p91 きっとけさの朝刊で(this morning)
p92 年千五百ポンド(£1,500 a year)
p92 背の高い色黒の男(a tall, dark man)
p92 小柄な色白男(a little pale man)◆ paleは「青白い(病的な感じ)」というイメージ。pale horseなら「蒼ざめた馬」ですよね?
p95 色白の(white-faced)
p95 白い顔(white face)
p95 色白の小顔(little white face)◆ 同じページでなぜまぜこぜ?p92から全て同一人物の形容。
p102 春先にかかったインフルエンザ(an attack of influenza in the spring)
p105 心配になって(uneasy)◆ uneasyってどういうことだ?と鋭く相手に突っ込まれているのだから、違和感を感じるような、ちょっと大袈裟な語が良い。Longman辞書ではworried or slightly afraid because you think that something bad might happenとのこと。試訳「胸騒ぎを覚えて」
p114 ワシ鼻で色黒な顔(his dark, aquiline face)◆ このdarkは影になって暗い感じか。もちろん陰鬱な内面も表現している。試訳「暗い、ワシ鼻の顔」
p116 このパルタガスを一本(one of these Partagas)◆ キューバ葉巻のブランド。1845年から販売。
p120 この手の謎解きには目がない(I have always had a weakness for puzzles of all sorts)◆ パズル全般
p124 『ミスター・ウー』のマシスン・ラング(Matheson Lang’s in Mr. Wu)◆ 1913年の英国演劇(Harold Owen & Harry M. Vernon作、主演Matheson Lang)、米国でもヒット。映画化は1918年ドイツが先。1919年英国映画制作(主演Matheson Lang)、1927年には米国でリメイク(ロン・チェイニー主演)。内容は主人公の中国人が殺人や脅迫など色々悪いことをするもの。舞台はかなりのセンセーション巻き起こしたらしい。フーマンチュー(初出1912)と同時期。詳細未読だがWendy Gan 2012, Mr. Wu and the Rearticulation of "The Yellow Peril"という論文が公開されている。
(以上2025-01-02追記)
p125 自転車… 中古で三ポンド十シリング(second-hand for three pound ten)… ダンロップタイヤを履いたプレストウィック(A Prestwick it is, with Dunlop tyres)◆ Prestwickはググっても見つからず。
p130 無言劇で(in the pantomime)◆ 英国流パントマイムはクリスマスに上演される馬鹿げたドタバタ劇(主役は男装の女優、女装の男優も登場する。間抜け警官もつきもの)のこと。無言で演じられるわけではない。Wiki「パントマイム (イギリス)」参照。
p132 安タバコ(gaspers)◆ 英Wikiに英国スラングでhigh-tar cigaretteのこと、WoodbineとかGauloiseのようなやつ、とあった。高タールでフィルター無しなので、初心者だと吸い込んだらgasp(ゲホゲホ)する、ということらしい。ウッドバインは安くて人気のブランドで、フェラーズ『細工は流々』にも登場してました。
p135 ジンをダブルで、それとストーンジンジャーを(a double gin and stone ginger)◆ stone-gingerとはginger beerのことらしい。結局ジン&ジンジャー(p136)を作ってもらって飲んでるので、ここは「ジンのダブル、ストーンジンジャー割り」という注文だろう。
p137 フォード(Ford)◆ 宿の主人の車のようだ。モデルAは1927年12月販売なので、ここはモデルT。
p137 ゴア大佐の従者(Colonel Gore’s man)
p149 電話室… もとはポーター控室であったものを改装(the telephone-room,—a porter’s lodge converted to its present use)◆ 邸宅の電話室。なお当時の電話は表紙絵の通りダイアル無し。必ず交換手を通す仕組み。
p151 {* * * 以降}◆ ここの工夫は良いアイディア。
p153 七時半ごろ… ちょうど銅鑼を鳴らしていた最中(About half-past seven... just as I was sounding the gong for dinner)◆ 食事の合図は銅羅… 屋敷内外の客にも聞こえるように。なので邸宅には銅羅がつきもの。
p156 ゲートル(leggings)… 大戦時代の残りもの(a survival of the great war)
(以上2025-01-03追記)
p159 ポンコツ自動車(a most refractory motor car)
p159 湿度計をコツコツと叩く(tapping the weather-glass)◆ 晴雨計と同じ。『ロムニー・プリングル』でも晴雨計を叩く場面があった。指示針が引っかかってないか、確かめる動作なのかも。
p161 最新科学装備… 時速五十マイルで走行しながら自由自在に無線通話できる自動車(the scientific wonders... of which motor-cars receiving and emitting wireless messages while travelling at fifty miles an hour)◆ CIDの最新装備
p163 古典骨牌(カルタ) playing-cards
p163 ロバート・ウォートン(Robert Walton)... レベッカ・グン(Rebecca Gunn)◆ 調べてないが多分実在。古いトランプの発行者と絵師。
p172 郵便列車(mail train)◆ この語はここで初めて出てくる。郵便も運ぶ列車なのだろう。
p181 ごあいさつだな(So far as I can discover)◆ 試訳「ぼくが見つけたものから判断すると」疑問に対する律儀な返事。
p181 ブリティッシュウォーム(an old British Warm)◆ Wiki「ブリティッシュウォーマー」士官のコートらしいので、これも大戦の遺物か。
p182 「気持ち悪かったんですね?(Been sick, ain’t you)」… [彼は]大いに気を良くして(he felt a good deal better)◆ ここら辺、一読して通じなかったので、前後の原文をじっくり読んでsickの誤解だろうと判断した。なお原文に直接的な嘔吐の場面はない。試訳:「吐いたんですね?」… [吐いたので]気分が良くなり
p185 上りの郵便列車(up mail)
p189 The picture-papers◆ 対応する訳語なし。新聞に写真が載っていた、という文の主語。写真印刷技術が向上してイラストから写真に変わりつつある時代。
p189 高等批評学(the Higher Criticism)◆ 18世紀ごろから起こった聖書の科学的研究、とのこと。定訳は「高等批評」のようだ。
p190 検死審問は散会となった(The inquest was adjourned)◆ 「散会」だと終わったように感じられるので、「次回に続くこととなった」が適切。警察としても犯人が名指しされる評決はこの時点では望まないはず。
p193 かなりの数の人々(by some score of people)◆ ここら辺、実にありそう。
p197 十シリング(the sum of ten shillings)◆ 情報料
p200 トルコタバコ(Turkish cigarettes)
p209 八月二十日の木曜の午後(the afternoon of Thursday, August 20th)◆ 該当は1925年
p210 クラリオンの夕刊(an afternoon edition of the Clarion)◆ p87での私の記述とは矛盾するようだが、重大事件の場合、追加情報を追記した複数の版が続々発行されることがある。試訳「クラリオンの午後版」
p211ここら辺のインクエストの情景が興味深い
p213 体温三七・五度(Temperature 99.5)◆ 原文はもちろん華氏。p8の気温は華氏のままだった。どちらかに統一した方が良いだろう。
p219 額面を訂正したときはその箇所にイニシャルを(and requesting that in future any alterations made on the face of cheques should be initialled)◆ 小切手。額面変更はイニシャルで良いんだ…
p220 飛行機('plane)◆ airが略されている。ありえないこととして考慮すらされていない。ロンドン=パリの旅客定期便は1919年から。
p222 すぐに、べつのことをやることになる(I’d sooner do something else)◆ 試訳「別のことをやりたくなったのです」would sooner のsoonerは「すぐに(soon)」の意味ではない
p224 ボーリュー(Beaulieu)◆ ググるといろいろ出てきた。未調査
p226 戦前のもの(Look like pre-war stuff to me)◆ ジョーク?
p227 節回しは、どうやらハリー・ローダーの人気曲らしい(The tune was probably a well-known ballad of Harry Lauder’s)◆ ミュージックホールの人気芸人(1870-1950)、スコットランド系。曲名は何?この状況で当時の英国人ならピンと来るのか?
p229 通俗ドラマ(melodrama)
(以上2025-01-04追記)
p240 しゃれた使用人の男(smart man-servant)◆ a male servant with responsibility for the personal needs of his employer, such as preparing his food and clothes (Cambridge dictionary)
p247 いかしたスポーツカー(a real, lovely little two-seater)… 中古で(second-hand)… 二百九十ポンド(£290)… いかがです?(all on?)
p249 探偵(a detective)
p250 五ポンド紙幣(five-pound notes)
p253 ものは言いよう(façon de parler)
p254 窓際で紙幣を空にかざして丹念に調べて(examined them carefully against the light of her window)◆ 英国銀行券は裏は印刷なしだが透かしが入っている
p256 ポーレットさま(Mr. Powlett)◆ ここで急に気づいたのだが、ここの「ミスター」は一族の最年長者を意味する称号で、これで数人いるポーレット家の男性から一人を特定できるはず(ここの場合はユーステス卿(Sir Eustace)は除外され、昔を思い出しているので当時生きていた最年長者であるライオネルをさしている)。ここまでも、そういう表現があったはず。冒頭からは遠縁(別系統)のロバート・ポーレットが出てくるので、この人がMr. Powlettと呼ばれているが、ユーステス卿の兄弟の話題であれば、作中現在では冒頭時点でもライオネルは故人、すぐ上のロリマーは聖職の称号持ちなので、単にMr. Powlettと言われればハーバートのことを指すのだろう。全文検索するとMr. Powlett呼びを、上記のような考え方で注意深く使っていることがわかった。
p256 カエルさん(Froggy)◆ フランス人の乳母的な存在に対する子供が付けた愛称
p256 分数サイズのチェロ(a young violoncello)◆ 「小さい」で良いと思った。
p264 <荒くれ者>“wild”
p268 私立探偵社(the private Enquiry Agents)◆ やはりenquiry=inquiry、興信所が良いなあ。
p277 <ピカイチの人気娘>“hottest little lots of the bunch”
p277 背の高い黒髪の紳士(A tall, dark gentleman)◆ ここでは普通に「黒髪」と訳している
p287 半クラウンを費やして… 長距離電話をかける(expending half-a-crown on a trunk call)◆ロンドンからサリーまで。結構高い。
p293 評判の私立探偵(a well-known private detective agency)◆ 「社」が抜けている。ここだけdetectiveにしているのは意図があるのか。
p294 日よけ(a sunshade)… スポーツカー(the two-seater)
p296 八月十九日水曜日(Wednesday, August 19th)◆ 該当は1925年。
p298 医療名鑑(Medical Directory)◆ こっちは職業別住所録(電話帳)のイメージだろう。Kelly's Directoryの一部。試訳「医療者電話帳」 p308参照 (2025-01-08追記)
p298 ズボン釦に十ポンド賭けてもいい(I’ll lay you a tenner to a trousers’ button)◆ ズボン釦vs十ポンドの賭け
p299 傘(umbrella)◆ 小道具
p300 フィフィ・マークIII (Fifi III.)◆ FifiはFIAT 500(初代1936-1950)のよくある愛称だという。時代は違うが、ここではFiat Tipo 3(1910-1921)を指しているのかも。もちろん別の車種の可能性も大いにある。
(以上2025-01-06追記)
p303 週十五ギニー(Fifteen guineas a week)◆ 療護ホーム(Nursing-home)の料金
p308 医療年鑑(Medical Register)◆ 言葉のイメージだけで判断すると、こちらはp298と違って公式な登録名簿か。試訳「医療登録名簿」
p309 半ポンド(half a quid)◆ 駄賃
p310 アリー(’Arry)
p311 映画だったら(for the pictures)◆ まだサイレントの時代
p311 組合につかまってもお咎めなしだろうな。チャーリー・チャップリンみたいだ(You’ll be for it, my lad, if the Union cops you, I don’t think. Doin’ a Charlie Chaplin stunt?)◆ 意味がずれてるように思ったので原文を見た。試訳「組合にめっかったら、おめえ、怒られるぜ、全く。チャップリンの軽技か?」 be for it, I don't thinkは成句
p326 お茶◆ ここでも飲む。英国人だなあ
p328 荼毘に付し(cremated)◆ 火葬についてはフリーマンの2長篇で触れた。『ダーブレイ秘密』『ものいわぬ証人』
p328 遺灰(ashes)◆ 現実にこんなふうにできたのかなあ?未調査。
p329 スティーヴン・マッケナ(Stephen McKenna)◆ 1888-1967
p335 ドビュッシーのアラベスク(Debussy’s Arabesque)◆ 1888年作曲。第一番は作曲者の傑作と言われている。
p336 ラッチ錠(latch-key)
p345 ココア(cocoa)
p345 ラッチ錠に鍵を(the latchkey)◆ 室内のドアだがラッチ錠がついている
p348 《著名犯罪事件》シリーズ(“Celebrated Criminal Case” series)◆ 架空のシリーズのようだ。 実在の"Notable British Trials"をもじったものか。
p349 探偵社(a firm of private inquiry agents)
p351 短寸弾(a snub-nosed bullet)◆ この用語は銃関係では見たことがない。先端を平らにカットしたような形状のHollow-point bulletsのことか?(体内で広がるので殺傷力が強い) それともSnub-nosed handgunで撃った弾、ということか。前者の方がありそう。
p356 登記事務所(a Registry Office)◆ 英Wiki "Register office (United Kingdom)"に詳しい説明がある
p360 各六シリング(five shillings a day)◆ マーシュフォント荘ゴルフ場のプレイ代金のようだ。ケアレスミス。
p362 フラットに飾ってあった女性の写真(the one feminine photograph which adorned my flat)◆ 執着が強いなあ…
翻訳者さんが見てくださってるようなので、ついつい長くなりました。繰り返しますが、翻訳は上等です。長い文章を翻訳してると、そこかしこにエラーが発生するのは当然。欠陥翻訳とは1ページに1箇所以上の誤訳があるもの(別宮先生の定義)に私も100%同感です。些細なアラがあるからと言って鬼の首を取るようなことはやめてくださいね。
(以上2025-01-01追記。完了です!)

No.460 7点 一攫千金のウォリングフォード- ジョージ・ランドルフ・チェスター 2024/12/08 01:21
1908年出版。Saturday Evening Postに断続的に掲載した短篇を連作長篇化したもの。なお本書表紙になってるJ.C.Leyendeckerの美麗イラストは土曜夕方ポスト誌1907-10-5の表紙絵。ポスト誌の表紙がカヴァー・ストーリーなのは結構珍しいのでは。この時代のポスト誌は無料公開(白黒だが)されているので、イラストも見ることが出来る。
本書の訳者解説には書誌情報が一切無いので補足。
第一話Getting Rich Quick(初出1907-10-5〜10-12、挿画F.R.Gruger)はp75下段中ごろ「一度もないんだぞ」まで。
第二話Profitable Benevolence(初出1907-12-7、挿絵Gustavus C.Widney)はp76上段最後「ちぇっ」から(間の1ページほどは連作をスムーズに繋ぐための付加。以下同様に幕間の詰め物をして短篇を長篇化している)。
第三話Selling a Patent(初出1908-1-18〜1-25、挿画F.R.Gruger)はp117下段最後、ドイツ人の小男登場から。
第四話A Traction Transaction(初出1908-2-8、挿絵Henry Raleigh)はp175下段中ごろ「バトルスバーグにとって、個人専用列車に」から。
第五話A Corner in Farmers(初出1908-2-29、挿絵Henry Raleigh)はp219上段後半「『ファウスト』の中の「兵士の合唱」を鳴らしながら」から。
第六話A Fortune in Smoke(初出1908-3-14、挿絵Henry Raleigh)はp256上段はじめ「政府は腐っている」から。
詐欺師の話は大好き。O・ヘンリーのジェフ・ピーターズものもここら辺の話ですね。第一話がちょっと面白い結末で、これはイケてる、と思いました。中で語られてる経済活動は、よくわからないのですが、主人公が言うように「合法的」かもしれないけどモラルは踏み外してますよね。まあ人々の欲につけ込んでるので、被害者たちもまっさらの白ではないんでしょうけど… 私は全然詳しくないんですけど、多分現代ではここで語られてる手法には規制がかかっていて、ウォリングフォードのやり口は非合法になってるのでは?そこら辺の解説があるともっと面白いでしょうね。
翻訳はいつもの平山先生。ところどころにポカあり物件だけど読んでるとすぐに気づくので英語がちょっと読める程度の人なら手元にGutenbergの原文を置いて参照すればストレスないかなあ。いつも言ってるように平山訳は概ね正確なので「欠陥翻訳」ではないですよ。良い編集者がいればなあ。翻訳なんて実の少ない時代にもかかわらず、こういう作品が日本語で読めるのは非常に貴重です。
以下トリビア。とは言え翻訳上の問題点への言及が多め。
作中現在は不詳。発表時の1907年〜1908年としておこう。
現在価値は米国消費者物価指数基準1908/2024(34.31倍)で$1=5165円。
p6 泥◆20世紀初頭なので舗装は不十分。そういうイメージ。
p6 ロッジの話に夢中になって(Absorbed in "lodge" talk)◆ここのロッジは後にも数回出てくるがフリーメイソン?
p6 タクシー(Cab)◆時代的には馬車か。
p6 大柄な紳士、上品な紳士、(中略)見栄えがする紳士だが...(a large gentleman, a suave gentleman, a gentleman whose clothes not merely fit him but ...)◆ 翻訳は「紳士」の連打で落ち着かないが、原文もそうなっている
p7 彼の目はいくつかはな高価な一流品ばかりだった(His eyes, however, had noted a few things: traveling suit, scarf pin, watch guard, ring, hatbox, suit case, bag, all expensive and of the finest grade)◆ 訳文に脱落あり
p7 彼のポケットの中には百ドル以上は入っているだろうと予想した(entire capitalized worth was represented by the less than one hundred dollars he carried in his pocket)◆試訳「貨幣価値にしてせいぜい百ドルしか持っていなかったのだ」次の文もちょっとヘンテコ。「その上、ウォリングフォードには金を得られるアテも全く無かった」という感じ。
p8 やあ、J・プファス!(Hello, J. Rufus!)◆Pufusと見えたのか?その後も何故か「プファス」となっている。
p8 「ボストンから根こそぎ搾り取ったのか」(Boston squeezed dry?) 「化けの皮がはがれちまった」(Just threw the rind away)◆「ボストンでカラカラに絞られたのか?」「皮を剥かれただけだよ」という意味だろう
p9 サクラみたいに見えるかい?(look like a come-on?)◆「いいカモ」だろう
p9 マジックのサクラをやらせてやるよ(I'd try to make you bet on the location of the little pea)◆翻訳は前のサクラに引っ張られている。「初歩のペテンにもひっかかりそうだなあ」という意味では? the location of the little pea は三つのカップの下の豆の位置を当てるThree Shell Gameというポピュラーな街角イカサマ賭博
p12 色黒の相手(the dark one)◆「黒髪の」
p12 特にたちが悪いのがロックフォートというやつだ(The particular piece of Roquefort)◆ロックフォール・チーズへの言及だろう。cheese(嫌なやつ)のなかでも特上なやつ、という感じだろうか
p13 ただの簿記係(a piker bookkeeper)◆「けちな経理係」としたい
p13 ジョニー・ワイズ(Johnny Wise)◆単純に「小賢しい野郎」という意味かも
p14 この紳士は自己紹介をするだろうか?(Would the gentleman give his name?)◆ニュアンスが掴めないが「お名前をいただけますか?」という感じか。ウォリングフォードというのは偽名らしい(訳者解説参照)。勘違い、ニュアンス違いは特に冒頭に多いのだが、キリがないので、ここら辺で打ち止め。
p28 アメリカの殉教者の名前… 『リ◯カ◯ン』マルの中に入る文字は何?(the name of this great American martyr, who was also a President and freed the slaves? L-NC-LN)◆訳文に脱落あり
p119 オランダ人(a Dutchman)◆初登場時に地の文でドイツ人(German)と紹介されているので、ここは「ドイツ人」で良いだろう。Dutch=Deutsch、辞書では《古》となっている
p120 カール・クルッグ(Carl Klug)◆Klugはドイツ語で「賢い」、発音は「クルーク」、英語発音なら「クラッグ」だろうか。ところでドイツ人という設定ならKarlのような気がするが…
p121 「連中に一杯食わされましたかな?」"Did they sting you?" (...) [クルッグ氏は]相手が今の俗語に通じているということをうかがい知った(the other made quick note of the fact that the man was familiar with current slang)◆試訳「相手(ウォリングフォード)はこの男が流行語に通じていると気づいた」 stingはこの頃のスラングだったのですね
p122 「暇つぶし」("being made fun of")◆「バカにしている」
p123 クルッグ氏は正しく評価をして答えた(agreed the other in a tone which conveyed a thoroughly proper appreciation of Mr. Klug's standing)◆試訳「相手はクルッグ氏の立場を十分に理解した口調で答えた」
p127 ブツを持って帰ってくるんだ(bring the goods back with you)◆試訳「結果を出せ」
p135 あいつは詐欺師だ(He is a swell)◆p132で同じジェンスが二回言っている「詐欺師(skinner)」とは違う語。p135すぐ前にジェンスが言っている「フェルドマイヤー博士… いい奴(swell)」と同じ語。なんでここでは「詐欺師」と訳してるのか
p141 彼ら全員は生まれてこの方、利子といったら三、四パーセントで、五パーセントを超えることは滅多になかった(The savings of all these men throughout their lives had been increased at three, four and scarcely to exceed five per cent. rates)◆古き良き時代の利子… 今となっては羨ましいねえ…
(以上2024-12-08記載)
p174 自家用客車(a private car)
p176 さいころ賭博(shot dice)
p177 黒人青年(young negro)
p180 大佐(Colonel)◆太ってると、この称号なのか?
p181 客室係に電話をして(Ring for a carriage)◆試訳「馬車を呼んで」
p181 ゴムタイヤ(rubber-tired)◆ 田舎では珍しかったのだろう。
p181 「アルバート公」("Prince Albert")
p181 半ドルを(a half dollar)
p182 一ドル硬貨(a dollar)
p186 百ドル札(a hundred-dollar bill)
p190 パリ、ロンドン、ダブリン、ベルリン、ローマ(Paris, London, Dublin, Berlin and Rome)◆あの映画(1984)を思い出しちゃいました
p191 町の鍵(keys of the city)◆この人、市長なので歓迎セレモニーのようだ。
p193 エステル・ライトフット殺人事件(Estelle Lightfoot murder romance)
p195 訳がわからない(inquiringly)◆「ちょっと不安気に」小切手に変な添え書きがあったので「これ大丈夫?」と聞きに行った、という場面
p197 パナマ国債(the Panama bond)◆パナマ運河(1904-1914建設)がらみの債券だろう
p198 T・B・E牽引鉄道のトロリー・カー(the trolley cars of the L., B. & E. traction line)◆試訳「L・B・E鉄道の貨物列車」トロリーなので「牽引」としちゃったんでしょうね。ここだけ「T・B・E」と誤植
p198 メッカ(a Mecca)◆マッカは定着しなかった…
p201 [彼が]通行権を、電話や無料郵便配達【訳註: 当時は田舎で郵便物は郵便局に取りにいくのが普通で、自宅配達サービスが作られる途中だった】とは縁のない信心深い農民たちは、彼の路面鉄道開発者としての華々しい活躍に、忌々しく思うかもしれなかった([he] started out to secure a right of way from the regenerated farmers, who in these days kept themselves posted by telephone and rural free delivery, his triumphant progress would have sickened with envy the promoters of legitimate traction lines)◆ 翻訳文はなんだか文章構成が中途半端。Rural Free DeliveryはWikiに項目あり。当時ようやく全米整備がなされたようだ。試訳「近頃では電話や無料郵便配達で連絡を取り合うようになった農民たちから良い道を確保する[彼の]やり方は、他のまともな鉄道開発業者が羨ましさのあまり寝込むような華々しい成功をおさめた」もっと昔はお互いに通信できる手段が無くて、農民たちは都会モンに騙され放題だった、という趣旨だろう
p202 この土地の風習に従っていた(a distinct acquisition to the polite life of the place)◆試訳「当地の社交生活の新しい目玉商品」興味深い人物なのでぜひ招待したい新参者というような意味だろう。polite societyで「上流社会」なのでpolite lifeも裕福な人々の社交という感じ
p204 一万五千ドル(fifteen hundred dollars)◆$2000-$500なので$1500が正解。ここは魔が刺したポカ。自分でもうっかりやっちゃったことがあるから言うのではないが、こういうのを責めてはイケマセン。
p205 XXX氏から受け取った金は、すでにこれや他の土地の手付けとして支払われていた(With the money he had received from Mr. XXX he had already taken up his option on this and other property)◆試訳「XXX氏からお金を受け取った時に、その土地や他の資産に関する彼の見積りをすでに明らかにしていた」
(以上2025-01-02追記)
p207 あれやこれやの方法やら不動産から転がり込んできた(be offered him for this or that or the other piece of property that he held)◆ 試訳「彼が所有するあれやこれやの不動産などの取引による」
p208 ビッグ・ジョシュ(Big Josh)◆ ニューヨークの鉄道模型王Joshua Lionel Cowen (1877-1965)のことか? 会社(Lionel)は1910年代に急成長したが、1909年から、すでにStandard of the World! というキャッチフレーズを使っていたので、作品発表当時も有名だったかなあ。
p210 金って、まっとうなものなのか(Is a dollar honest)◆ 原文 is がイタリック。なんか深い意味のあるセリフのように思う
p210 ジョージア行進曲(Marching Through Georgia)◆ 南北戦争末期の行進曲。Henry Clay Work作曲(1865)
p210 別れた彼女(The Girl I Left Behind Me)◆ 英国フォークソング。エリザベス朝まで遡るようだ。邦題は「別れたあの娘」(ルロイ・アンダースン「アイルランド組曲」より)が一般的か。
p215 一台の自動車… 軍用に作られた車なのは間違いない(a road-spattered automobile, one of the class built distinctively for service)
p218 宿屋の主人(an innkeeper)◆ ヨーロッパで旨味あり?
p218 十二マイル先から天然ガスを引き(piped natural gas from twelve miles away)
p219 十八ドルもするアザラシ皮のブーツ(an eighteen-dollar pair of seal leather boots)... 二十ドルのツバ広フェルト帽(a twenty-dollar broad-brimmed felt hat)
p219 『ファウスト』の「兵士の合唱」("Soldiers' Chorus" from Faust)◆ Charles Gounod "Faust" Acte IV 'Déposons Les Armes. Gloire Immortelle De Nos Aïeux' ここは蓄音機の演奏。当時のレコードを探すとArthur Pryor & Sousa's BandのVictor盤(1901)があった。
p220 唖然としていたのが(A certain amount of reserve)◆ 試訳「かなり遠慮しているのが」 プライヴェートな話題だけど聞きたかったのね
p220 ピーコック・アレー(Peacock Alley)
p222 青いチップ(blue chips)◆ The simplest sets of poker chips include white, red, and blue chips, with American tradition dictating that the blues are highest in value.
p223 外線電話の子機(an extension ‘phone from the country line)… もう一台電話があり、これは… 内線電話(a private line)◆ 当時は電話の黎明期。an extension ‘phone は普通に「(外線の)電話機」という意味だろう。この頃は必ずまだ交換手を通す時代でダイアルはついていないはず。ただしダイアル式電気自動電話(Strowger 11 digit Potbelly Dial Candlestick)は1905年に発売開始されている。米国の自動交換機は1900年代初頭で70箇所だったという。ロンドンだと1927年ごろが切り替わりの境目だったはず。
p223 農業大学時代はラグビー(the agricultural college… playing center rush)◆ ここはアメフトだろう。ポジションがセンターだったのかも。だとするとかなり大型で太め。
p224 週給十五ドルにまかないを(Fifteen a week and board)… 四季を通じて(The seasons through)… 週給五十ドルにまかない食べ放題… 実際食べ放題は当然だった(fifty a week and board would have been no bar, as, indeed, it would not have been)◆ 原文を読んでも後段の意味がよくわからない。
p226 アナニア(Ananias)◆ 「使徒行伝」第5章1-5
p227 昔ながらのガス灯(gas was kept burning)◆ シカゴの会社ではもう古かったのだ
p228 十セントの手数料(a ten-cent margin)◆ 「儲け」だろう
p229 判事(Judge)◆ 急に出てくる語。説明は無いが、このエピソードではこの称号を使う設定なのだろう。
p229 五千ドル(fifteen thouthand dollars)◆ ケアレスミス
p229 フィロマセアン文学協会(Philomathean Literary Society)◆ philomathは「学問好き」という意味
p230 四色のアメリカ地図(the four-colored map of the United States)◆ 単純に四色で塗り分けられた、という意味か、四色刷りということか。CMYKフルカラー印刷は、1867年発明、1890年代に確立、インクは1906年販売、ということは最新流行だったのかも。
p238 第二級郵便物(second-class postal)… 一ポンドあたり一セント(one cent a pound)の郵便代◆ 米国の第二級郵便物は「新聞、雑誌、定期出版物」に適用される郵送料金(日本の「第三種郵便物」)。普通郵便だと一通あたり1セントだったようだ。
p243 ワーッ(Boo)
p244 ラサール街(La Salle Street)【訳註 シカゴの金融街】◆ ニューヨークのウォール街と並び称されている。知らなかった…
p251 四十四口径(forty-four caliber)
p254 下宿屋(boarding houses)
(以上2025-01-10追記。続きます)

No.459 6点 百万長者の死- G・D・H&M・I・コール 2024/09/13 22:13
1925年出版。国会図書館デジタルコレクションで読みました。元本は東都書房版。翻訳はヘンテコなところが無くて読みやすかったです。
作中現在は労働党が初めて政権をとったものの、すぐ瓦解した1924年を思わせるものがあるので1924年11月18日が冒頭のシーンだろうか。
つまり当時の英国は社会主義政権と、反対する保守勢力の間で大きく揺れていたのだ。そして株式市場も、英国実業家Clarence Hatry(1888-1965)が1921年に巨額の富を築き、1924年に大損失($3.75 million)を出したにもかかわらずさらに大儲けし、1929年9月にインチキがバレて、ハトリー帝国のバブルが弾け、世界大恐慌の引き金にもなった、という具合にかなりの出鱈目が許されていた仕組みだったようだ。
そういう当時の社会情勢が、本作にはかなり反映されている、と感じた。
ミステリ的には割と限定的な謎だが、コツコツタイプのウィルソン警部のやり方はかなり好み。派手さはないけどクロフツ(本書でも刑事が気軽にフランスに出張する)やブッシュの感じが好きならおすすめです。
以下トリビア
価値換算は英国消費者物価指数基準1924/2024(76.19倍)で£1=14080円。ドルは金基準の交換レート1924で$1=£0.226=3182円
p5 寒い十一月の朝方(on this sharp November morning)
p16 指紋を取るには絶好のしろもの(fine stuff for finger prints)◆ やはり当時の指紋採取には限界があったのか
p17 ドイツ製の携帯用タイプライター(a portable typewriter of German manufacture)◆ ざっとググるとAdler, Erika, Sentaというブランドが見つかった
p18 ヴォルガの舟唄(the song of the Volga Boatmen)
p21 連発拳銃(a revolver)
p26 十七日、つまり昨日(on the seventeenth; that is, yesterday)◆ 冒頭は11月18日ということになる
p27 宝石類をなくしてしまっている寡婦(the dowager, not the one who lost her jewels)◆ 誰か有名な宝石をなくした貴族未亡人がいて、そっちじゃないよ、と言っているのか
p27 大きなラッパ形の補聴器
p35 裏口は錠をおろし、さし金をさして、かんぬきがしてあって(The back way was locked, bolted, and barred)
p37 昔の辻馬車の馭者(an old horse-cab driver)
p38 びかびかのバスの上で生れて育った新しがりや仲間の一人でさ。技術者などと手前を呼んで、ひどくハイカラだとうぬぼれてやがる(it was one of these new-fangled chaps what was born and bred, so to speak, on these blinkin' buses. Mechanic, 'ed call 'isself, and think 'isself blasted smart)◆ 元馭者のコックニー、自動車育ちの新世代タクシー・ドライバーに敵意むき出し。馬車が最大の登録数となったのは英国では1910年で、急激に減少したのは1925年である。
p46 大学労働クラブのメンバーで、実業や実業家に対する巨大な軽蔑を公言していた(a member... of the University Labour Club, and had professed vast scorn for busmess and the busmess man)◆ 当時の大学生の雰囲気なのだろう。セイヤーズのソヴィエト・クラブを思い出した。
p48 あの書類には、じつに明確な指紋が一ダースばかりもついていて(those papers contain a good dozen finger prints, mostly excellent impressions)◆ 当時でも紙から明瞭な指紋は検出出来るのだ。
p53 当時は最低賃金というようなものはなかった。労働組合は、その後に生長したのであろう(There was no minimum wage then. The Unions weren’t so strong as I suppose they have grown since)◆ 約40年前のこと
p66 背が高く、浅黒い男で、暗灰色の髪、灰色の口ひげ(a tall, dark man, with graying dark hair and a gray moustache)◆ 浅黒警察としては微妙だなあ… 髪の毛はダークグレーと明記されてるし… でもここはやはり肌の色ではなく、元々は黒髪で目が黒色だが、歳をとって白髪になりつつある、というようなイメージでは?
p74 イギリスを訪れたアメリカ人たちは、過徼分子の組織をせんさくしてまわる癖がある(American visitors to England had a way of poking about among the extremist organisations)
p76 千万ドル
p80 流行中のインフルエンザ
p89 紙幣で三ポンドを同封して、一年間の保管料とし、差引き残額は一年後の料金に当てるように保留しておいてもらいたいと(enclosed £3 in Treasury notes to cover warehousing expenses for a year, and asked that any balance should be retained to cover future charges)
p114 百フラン◆ 情報料
p120 「救命浮標石版(ライフ・ブイ・ソープ)」の広告みたいに(as an advertisement of Lifebuoy soap)◆ lifebuoy soap fishermanで検索すると当時のイメージが見られる
p144 フランスの愛らしい歌(Il était un roi d'Yvetot, /Peu connu dans l'histoire, /Se levant tard, se couchant tôt, /Dormant fort bien sans gloire. /Et couronné par Jeanneton /D'un simple bonnet de coton, /Dit-on. /Oh, oh, oh, oh, ah, ah, ah, ah! /Quel bon petit roi c'etait là /La, la)◆ Le roi d'Yvetot(1813) 作詞作曲Pierre-Jean de Béranger、19世紀の有名なシャンソン。

No.458 8点 殺人読本〜絵で見るミステリ史- 事典・ガイド 2024/09/12 15:01
残念ながら日本語訳は雑誌連載されただけです。完訳して出版して欲しいなあ。
私の持ってる版はThe Murder Book: An Illustrated History of the Detective Story by Tage la Tour & Harald Mogensen (George Allen & Unwin 1971) 元々デンマークで出版されたMordbogen (Lademann, Copenhagen 1969)の翻訳です。
邦訳は「殺人読本〜絵で見るミステリ史」ターゲ・ラ・コーア&ハラルド・モーゲンセン(隅田たけ子訳)のタイトルでハヤカワ・ミステリ・マガジン1972年11月号<199>〜1973年12月号<212>に13回連載されました。珍しい写真やイラストたっぷりで、英訳本も全項イラスト入り。フルカラー、総ページ数192、サイズは26.4x20cmです。
ミステリの歴史を上手にまとめていて、英語も平明な楽しい本ですよ。デンマークという探偵小説の歴史上メインストリームではない国の著者なので、バランスの取れた記述になっているのだと思います。日本のこともちょっぴり触れられています。Edogawa Rampo、Ryunsuke AkutagawaとRuiko Kuriowaの名前があげられ、古い日本の犯罪小説で最も有名なのはSaikaku Ihara's Notes on Case Heard under the Cherry Tree(1685)と書いてありました。全然知りませんでした!(追記: 「本朝桜陰比事」(1689)のことらしいです…)

No.457 5点 死の濃霧 延原謙翻訳セレクション- アンソロジー(国内編集者) 2024/09/09 08:53
中西 裕 編集によるアンソロジー。編者は『ホームズ翻訳への道 ー 延原謙評伝』の著者。
延原謙がホームズ翻訳だけで知られてるのは惜しい、というコンセプトだが、だったら(1)(14)の二篇のホームズ譚は要らなかったのでは?と思ってしまった。延原謙初『新青年』登場の(1)は外せないにしても。
以下、収録作品。初出はFictionMags Indexによる。【】内は延原謙訳の掲載誌。英語タイトル直前の*はEugene Thwing(ed.) The World's Best One Hundred Detective Stories(1929)収録作品(4つある)。中西さんはこのアンソロジーの存在を知らなかったようだ。
(1) The Adventure of the Bruce-Partington Plans by Arthur Conan Doyle (初出The Strand Magazine 1908-12) 「死の濃霧」コナン・ドイル 【新青年1921-10、訳者名無し】
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(2) Three-Fingered Joe by Elinor Maxwell (初出Detective Story Magazine 1921-01-02) 「妙計」イ・マックスウェル 【新青年1923-6】
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(3) Thubway Tham's Inthane Moment by Johnston McCulley (初出Detective Story Magazine 1918+11-19) 「サムの改心」ジョンストン・マッカレエ 【新青年1924-01】
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(4) The Crime of the Rue Rodier by Marcel Berger (The Novel Magazine 1921-08 仏語からEthel Beal訳) 「ロジェ街の殺人」マルセル・ベルジェ 【新青年1930-02】
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(5) The Cavern Spider by L.J. Beeston (初出The Strand Magazine 1923-01) 「めくら蜘蛛」L・J・ビーストン 【新青年1927-01】
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(6) The Secret of the Gemmi by Augustin Filon (The Grand Magazine 1907-09 仏語からの翻訳か?) 「深山(みやま)に咲く花」オウギュスト・フィロン 【女性1928-02】
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(7) *The Greuze Girl by Freeman Wills Crofts (初出Pearson's Magazine 1921-12, as "The Greuze") 「グリヨズの少女」F・W・クロフツ 【文藝春秋1932-07】
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(8) The Three Keys by Henry Wade (短篇集Policeman’s Lot, 1933) 「三つの鍵」ヘンリ・ウェイド 【新青年1937-06】
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(9) *The Sting of the Wasp by Richard Edward Connell (初出The American Magazine 1928-08) 「地蜂が螫(さ)す」リチャード・コネル 【新青年1937-12】 評価6点
マシュー・ケルトン短篇初登場と思われる。長篇Murder at Sea(初出Elks Magazine 1928-06〜10)への販促もあった?本作は『世界探偵小説ベスト100』にも選ばれたのだが…
犯行方法のアイディアを思いついたので書きました、という感じの作品。手がかりから読者が推理するのは無理。発想力、空想力を試される類いの作品だろう。鑑識科学が進展したので、もうこのトリックのままでは成立しない。
p228 あなたはワイシャツの飾りボタンを一つしかつけていませんね?(why do you wear only one stud in your evening shirt?)◆ ここではイヴニングシャツの胸には二つだけのstudだが、昔の写真を見るとシャツボタン全部スタッド(5個?)とか3 studsがあった。飛び飛びに二つつけてる感じのもあり。
p229 この弾丸は少し変わっていますねえ。尖が鋼で、非常に長い。そして二二口径にしては大きすぎるし、三二にしては細すぎる(this bullet is something unusual. Steel nose. Very long. Like a small nail, almost. Two(sic) big for a .22 caliber. Too small for a .32.)... スコマク拳銃(ピストル)(a Skomak pistol)... 独逸(ドイツ)で発明されて、チェコスロヴァキヤで製造されたもの(the invention of a German and are, or rather were, made in Czechoslovakia)... 二五口径の単発で(tiny, single-shot pistols of .25 caliber) チョッキのポケットにも忍ばせ得るほど小型(so small they can easily be carried in a vest pocket)◆ いろいろ調べたがSkomak拳銃は作者の創作のようだ。チェコ製というのがいかにもな感じ。コネルさんはガンマニアっぽい。
p230 普通の五連発で(an ordinary, five-shot automatic of a well-known American make)◆ もう一つの拳銃は「普通の五連発オートマチック、お馴染みの米国製」となっているがオートマチック五連発は存在しない、と言って良いだろう。コネルさんの知識から考えて、ここは話者がよくわかっていないことを暗示したマニアならではの記述、と見た。六連発オート拳銃ならColt M1908 Vest Pocketなど小型拳銃がほとんど、中型以上は七連発が多い。
p231 安全装置をはずして弾倉を調べてみた(snapped the safety catch off the automatic, and looked into the magazine)◆ ここの描写もマニアっぽい。安全装置を外さないとスライドが動かないのだ。拳銃の安全確保のため、まず最初にスライドを引いてchamber(薬室)に弾丸が入っていないか、を目視することが身についている。
(2024-09-09記載)
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(10) Number Fifty-Six by Stephen Leacock (初出不明) 「五十六番恋物語」スティヴン・リイコック 【新青年1937-08】
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(11) *The Thief by Anna Katharine Green (初出The Story-teller 1911-01) 「古代金貨」A・K・グリーン 【新青年1933-08】
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(12) The Affair at the Semiramis Hotel by A. E. W. Mason (初出Cassell’s Magazine of Fiction 1916-12 挿絵Albert Morrow) 「仮面」A・E・W・メースン 【新青年1935-10】
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(13) *The Eleventh Juror by Vincent Starrett (初出Real Detective Tales and Mystery Stories 1927-08) 「十一対一」ヴィンセント・スターレット 【新青年1938-02】
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(14) The Adventures of Sherlock Holmes: Adventure II. The Red-Headed League by Arthur Conan Doyle (初出The Strand Magazine 1891-08) 「赤髪組合」コナン・ドイル 【探偵クラブ1952-11】

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
9 読まずに死ぬ...
好きな作家
ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
平均点: 6.14点   採点数: 476件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(96)
A・A・フェア(29)
ジョン・ディクスン・カー(27)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(19)
アガサ・クリスティー(18)
カーター・ディクスン(18)
アントニイ・バークリー(13)
R・オースティン・フリーマン(12)
G・K・チェスタトン(12)
事典・ガイド(11)