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[ 本格 ] 箱の中の書類 執筆協力、ロバート・ユ-スタス |
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ドロシー・L・セイヤーズ | 出版月: 2002年03月 | 平均: 5.67点 | 書評数: 3件 |
早川書房 2002年03月 |
No.3 | 4点 | レッドキング | 2024/04/22 23:48 |
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手紙と供述書で叙述され、第一部の実に魅力的なサスペンスと、第二部の肩すかしHowミステリから成る、竜頭蛇尾の二部構成。被害者ジョージ・ハリスンで息子がポール・・Beatlesか(^^) あの貴族探偵、出て来ない方が面白いな、セイヤーズ。毒物がキノコか合成物質か解明するのに、生化学どころか、なんちゅう形而上学的、神学的会話・・ダンテ訳者の面目躍如か、セイヤーズ・・ああ、何とか言う著名人の協力付き作品なんだっけ。 |
No.2 | 7点 | 弾十六 | 2020/01/02 20:12 |
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1930年出版。By Dorothy L. Sayers & Robert Eustace. Ernest Benn初版の副題はScientific Murder(その後、他社の版にこの副題は登場せず。) 翻訳はとても読みやすかったです。
全篇手紙など手記で構成されてるし、ピーター卿が登場しないので(レギュラー・キャラではサー・ジェイムズ・ラボックが登場)ちょっと読むのに時間がかかるかな?と思ったらあっと言う間に読んじゃいました。1930年代の英国好きならとても楽しい読書になるはず。作者お馴染みの女性と男性、新潮流と伝統、などの対立が裏テーマ。副題にたがわず科学の話題も豊富(アインシュタイン、宇宙論、エントロピー、生命の謎、などなど)で、ここら辺は理系人間の存在を感じさせます。(手記52の会話とか研究室の描写など特に) 構成は上出来で、手記の書き手によって登場人物の印象が変わるところが上手に表現されています。そして、まさかの大ネタ!(子供の頃、夢中になってMGの『1964年の名著(ネタバレ自粛)』を読んだものです… もしかしたらあの本には本書への言及があったかも。本が見当たらず未調査。) Letters of Dorothy L. Sayers(ed. by Barbara Reynolds)を読むと、当時、セヤーズさんはウイルキー・コリンズ伝(結局未完)を書くため色々調べていて、1928-11-19付けの手紙に、今度の作品は「一人称語りの集成 a la Wilkie Collinsでやってみる」と書いています。 共作となった経緯は、1928年3月ごろロバート・ユースタス 本名Eustace Robert Barton(1854–1943)と何かのきっかけで知り合い、90年代のL・T・ミード夫人との共作みたいなのも良いですね、ピーター卿じゃなくて新しいキャラで、でも変てこな特徴を持つ探偵たちがすでに沢山いるので新基軸を思いつくのは大変!とか言ってるうちに、ユースタスが毒キノコと大ネタを提供し、セヤーズさんがそのアイディアを気に入り長篇となったようです。(上記書簡集より) その後もセヤーズさんはユースタスに医学的アドヴァイスを求めStrong Poisonの考証を依頼したりしてます。 以下トリビア。(訳注が行き届いているので、ほとんど訳注ネタを広げてるだけ…) 本作への注釈のWebページを見つけました。www.dandrake.com/wimsey/docu.html 当時の科学知識について詳しい様子。(その内容はよく読んでません) そこからのネタは[DAND]と表示。 作中時間は1928年9月から1930年11月まで。 現在価値は英国消費者物価基準1928/2020で63.24倍、1ポンド=8916円で換算。 p9 第1部 統合(Synthesis): ヘーゲルのthesis, antithesis, synthesisではなくて「第2部 分析」(p161)Analysisの対義語として使っているのでしょう。 p11 安静療法… 夢や潜在意識: この家政婦は精神分析医(p74)にかかっている。米国人の金持ちの道楽かと思ってたが、結構一般的だったのか。 p12 今この国に女性が200万人もよけいにいる(two million extra women in this country): 大戦による若者の戦死が原因。今更気づいたのですが、セヤーズさんが繰り返しテーマにしてる女性の社会進出ってそーゆーことですね。 p15 ストーム・ジェイムスン(Storm Jameson): Margaret Storm Jameson(1891-1986) ジャーナリスト、小説家。 p22 一足10シリング… 商店で同じ品質のものを買ったら、安くても15シリング: 10シリングは4958円。15シリングは6687円。靴下1足としてはかなり高価な気がする。自己評価が過大ということか。靴下の広告(Wilson Brothers製、土曜夕刊ポスト誌1928)を見ると高くても1足1ドル=1600円ほど。 p24 バンジー(Bungie): このニックネームの由来は何? リーダース英和では、チーズとかバンジー(ジャンプ)のコードとか… p25 トッテナム・コート・ロードで買ってきたような、芸術品まがいのもの(all arty stuff from Tottenham Court Road): 大英博物館が近い。 p25 家には“お手伝いさん”がいる— あの夫婦なら当然だよな(They keep a ‘lady-help’ — they would!): 当時の「家政婦」の上品な言い方かな?後ろのthey wouldはその言い方を馬鹿にしてるんだと思います。家の主人の手紙の中ではcompanion(アガサ姉さんの作品に出てくるやつだ) 確かにこの人、夫婦の会話に割り込んできたりして違和感があった。maidじゃないんですね… (だとすると、登場人物紹介で「家政婦」というのはちょっと… 「話し相手(コンパニオン)兼家政婦」くらいでどう?) p28 マイケル・アーレンの最新作(the latest Michael Arlen): Michael Arlen(1895-1956) 作者の別の作品にも登場する当時の流行作家。当時の最新作はYoung Men in Love(1927) p28 腺だよ、腺が問題なんだ、とバリーなら言うところ(Glands, my child, glands are the thing, as Barrie would say): J. M. Barry(1860-1937)作Dear Brutus(1917初演)Act IIのセリフFame is rot; daughters are the thingのもじりか。 p29 ニコルソンが『英国伝記文学の発達』(Nicholson’s book on The Development of English Biography)の中で主張… “純粋な”伝記(‘pure’ biography)の時代はもう終わり、これからは“科学的伝記”(‘scientific biography’)の時代になる: Sir Harold George Nicolson(1886-1968)の著作(1928) コリンズ伝は‘pure’ biographyとする予定だったのでしょう。 p29 フランスの金言のとおり、すべてを理解すればすべてを許せる: トルストイ「戦争と平和」が元と思われるTout comprendre, c'est tout pardonner.のことですね。 p30 署名、ジャッコ、ほとんど人間に近い猿(Signed Jacko, the almost-human Ape): Gus Mager作の名探偵パロディ漫画Sherlocko the Monk(1910-1913)「お猿のシャーロッコー」を思い出しました… (この漫画、ドイルの抗議で有名ですが、全篇Arthur Conan Doyle Encyclopediaで無料公開されてます。) p31 “結婚式の客”のように話を聞く…: Coleridge作Ancient Marrinerより。The Wedding-Guest stood still, /And listens like a three years' child: (…) The Wedding-Guest sat on a stone: /He cannot choose but hear; (…) p32 ぼくは平和を愛する(I'm a man of peace, I am): [DAND] John Masefieldの小説Captain Margaret(1908)の第1章THE "BROKEN HEART"から p33 チェスタトンがどこかで、偉大なるヴィクトリア朝の妥協について語っていた(Chesterton speaks somewhere of the great Victorian compromise): The Victorian Age in Literature(1913)第1章 The Victorian Compromise and Its Enemiesのことかな? p34 リバティーの花柄カーテン: Liberty百貨店か。 p36 ホルマン・ハント(Holman Hunt): William Holman Hunt(1827-1910) ラファエル前派の画家。 p39 クーエ療法: この小説によると毎日、朝20回「わたしは冷静、強い、自信がある」、夜20回「わたしは満足し、安らかだ」と唱える精神療法らしい。薬剤師Émile Coué(1857-1926)が1910年に創始した自己暗示法。ナポレオン・ヒルなど米国人に影響を与えた。 p39 熊氏(the Bear): 家の主人George Harrisonが何故コンパニオンから手紙の中で「熊」と呼ばれているのか?It was always the dream of my childhood to sit upon an iceberg with a bear.と語っていた熊好きの宗教・神話学者Jane Ellen Harrison(1850-1928)と関係あり? p42 J・D・べレスフォード『声に出して書く』(Writing Aloud): John D. Beresford(1873-1947)作の小説(1928) p43『貞淑な乙女』(The Constant Nymph): Margaret Kennedy(1896-1967)作の小説(1924) p43『甘唐辛子』(Sweet Pepper): 訳注なし。調べつかず。原文はShe thought Sweet Pepper was powerful, but nevertheless there was something about it that redeemed it. 作品名ではなく、実は食べ物の「ししとう」のことを言ってる? p44『冬が来れば』(If Winter Comes): A. S. M. Hutchinson(1879-1971)作の小説(1921) p54 少額ながら、小切手を同封します。時や国を問わず、つねにふさわしい贈り物だと思う(I enclose a little cheque, as an offering which is always suitable in every season and country): 禿同。 p55 下水設備: アウトドア生活でトイレは大きな問題ですよね。特に女性にとっては。 p59 ギルバート・フランコーの新しい本: チェスタトンにすら訳注がついてるのに、ここには無し。Gilbert Frankau(1884-1952) 英国作家。作品はSo much good: A novel in a new manner(1928)のことか。(内容は調べつかず。コンパニオンが読んだ本という設定だが…) p71 前渡金100ポンド、五百部まで10パーセント、千部まで15パーセント、以後20パーセント、それに次の二作は前作の最高レートから始める(£100 advance, 10%, to 500, 15% to 1,000 and 20% thereafter, with a firm offer for the next two beginning at top previous rate): 前渡金89万円。多分かなり割のよい契約。著者印税って常に一割だと思っていました。 p72 新しいタイトル: セヤーズさん(かユースタス)が当初考えてた本作のタイトルはThe Death Cap。Capはキノコの傘、Black Cap(死刑宣告時に裁判長がかぶる帽子)のイメージも喚起。 p81 印刷所は理由があってわたしを迫害する(Printers have persecuted me with a cause): KJVの一部の版(1612)のミスプリをもじった。詩篇119:161 「もろもろの侯はゆゑなくして我をせむ」(Princes have persecuted me without a cause)の冒頭をPrintersとしていた。("Printers Bible", Wiki: Bible errataより) p84 ハルパガスの饗宴… 茹でた赤ん坊(Harpagus-feast of boiled baby):「メディアのハルパゴス」(wiki)参照。ずいぶん酷い話だけど、比べると我が国の「菅原伝授手習鑑 寺子屋の段」は異常。これに感情移入してしまうメンタリティは昔から社畜傾向が強いということか。 p85 イースターまでは動けない。家賃を四半期分払っている(but I must stay on till Easter, because the rent is paid up to the quarter): 1月から3月まで支払い済みということか。1929年の復活祭は3月31日。家賃は四半期払いが通例だったのかな?英国小説で敷金・礼金は読んだことはないが… p87 七シリング六ペンス: 3343円。当時の新刊ハードカヴァーの定額。 p87 無意識… 一夫一婦制… 女は真実を語れるか?、妻は本を出すべきか、子供を産むべきか?(Should Wives Produce Books or Babies?)… 今日の伯母のどこがおかしい?(What is wrong with the Modern Aunt?): 当時の週刊誌ネタ。最後のは意味がよくわかりません… p100 ウィンチェスター校のネクタイ: そーゆーもので出身校を表明するって、あざとい風習ですけどわかりやすいですね。英国の私立大学においてはスクールタイと呼ばれ、大学を示すためのネクタイは19世紀頃から広く普及、とのこと。Regimental Stripeデザイン(幅広の斜めストライプ)のネクタイは、意味がある場合があるので避けた方が無難なようです。 p100 パン焼き用フォーク(toasting-forks): パンを火に炙ってトーストにする時に使う柄の長いやつらしい。 p102 クリッペン… バイウォーターズ… 死んだ妻を浴槽に隠し… 蓋の上で食事していた男: セヤーズさんが大好きな犯罪実話より。Hawley Harvey Crippen(1862-1910)、Frederick Edward Francis Bywaters(1902-1923)、最後のはGeorge Joseph Smith(1872-1915)でしょうね。 p106 ヒチェンズやド・ヴィア・スタックプール: Robert Hichens(1864-1950)、Henry De Vere Stacpoole(1863-1951) 恋愛小説家の代表として挙げられている。 p118 ローラ・ナイト: Laura Knight(1877-1970) 女流画家の先駆け的存在。Self Portrait with Nude(1913)などで物議を醸し出してたようです。 p120 ペトラ(Petra)… ロロ(Lolo): Francesco Petrarca(1303-1374)とLauraのこと。p126参照。 p137『聖なる炎』(The Sacred Flame): サマセット・モーム作の戯曲(1928) p144 特急は… 定刻どおり9時15分にニュートン・アボットに到着した(The express... reached Newton Abbot dead on time at 9.15): やはり昔の英国鉄道は時間に正確だったのか。(そーでないとクロフツの作品が成立しない。) p145『ジャマイカの烈風』(High Wind in Jamaica): Richard Hughes(1900-1976)作の小説(1929)、海賊のくだりが良くないようです。 p145 ローカル線… ようやく20分遅れで… 着いた(the local... we were turned out, twenty minutes late, on the platform): 昔の英国鉄道は「概ね」時間に正確ということか。 p148 スコットランドでは“バット・アンド・ベン”と呼ばれるもの: But and ben (or butt and ben) Wikiによるとouter room(リビングやキッチン)がbutで、inner room(寝室)がbenらしい。 p152 コンデンス・ミルク: 新鮮なミルクが得られないので日持ちする牛乳の缶詰ということ。冷蔵庫がない時代の工夫。 p154 アナトール・フランスの言うとおり、人はつねに、いや少なくともたいていは、具体的な言葉を用いてものを考える: Anatole Franceのこの引用は調べつかず。 p159 つい最近、着ている服にガソリンをかけて火をつけ、自殺した男がいた: 実際の事件が何かあったのか。なおBlack Thursday(1929-10-24)に多数が自殺、というのは当時の統計を分析するとデマ(か自虐ジョークの誤伝)らしい。 p164 特別な神慮のように(like a special providence): 訳注はthere's a special providence in the fall of a sparrow. (Hamlet Act5 Scene2)の引用としている。 p164 自分がはまり込む穴を掘っていた… 聖書に出てくる邪悪な男みたいに(he was digging a pit for himself to fall into, like the wicked man in the Bible): 伝道の書より。Ecclesiastes 10:8 He that diggeth a pit shall fall into it (KJV) p164 ラテン語で、神は破壊しようとする人間をまず狂わせる(something in Latin about when God wishes to destroy anybody He first makes him mad): “Whom the gods would destroy”(wiki)によると17世紀にthe neo-Latin form "Quem Iuppiter vult perdere, dementat prius" (Whom Jupiter would ruin, he first makes mad)という例あり。 p167 検死審理: Inquestの定訳はまだないのだろうか? p167 ジョージ・ハリソン(五十六)(George Harrison, aged 56): [DAND]息子は1928年10月で36歳。父は20歳で結婚(p52)とある。父が死亡時(1929年10月)に56歳なら息子は結婚前に仕込まれたのでは? p190 私立学校(パブリック・スクール)で教育を受けた人がやらないこと: 同窓生を裏切ることを意味しているようだ。 p191 舌は疲れを知らない器官(An unruly member)… 聖書にはそうある:「ヤコブの手紙」より。James 3:5 Even so the tongue is a little member(...) 3:8 But the tongue can no man tame; it is an unruly evil (KJV) 3:5 斯くのごとく舌もまた小きものなれど(...) 3:8 されど誰も舌を制すること能はず、舌は動きて止まぬ惡にして(文語訳) p195 五ポンド札一枚賭ける: 44580円。当時の流通紙幣5ポンド以上はBank of England発行のWhite Note(白地に黒文字、絵なし。裏は白紙)。5ポンド紙幣は195x120mm。 p197 ニューズ・オヴ・ザ・ワールド: セヤーズ作品お馴染みの煽情週刊誌。実はモータージャーナリストの夫が寄稿してた週刊誌なので、楽屋落ちなんですね。妙に車やバイクの描写が詳しい(ダイムラー・ツイン・シックスとか)と思ったら付き合ってる男の影響だったのか。 p208 ベヴァリー・ニコルズやロバート・グレイヴズといった青年たち: Beverley Nichols(1898-1983)、Robert Graves(1895-1985) 家庭内の出来事を書き散らす代表として挙げられている。 p238『ロッサムの万能ロボット』(Rossum's Universal Robots) : チェコ人チャペックの戯曲(1921)、英語訳Paul Selver、英国初演1923年。 p241 卑しい虫けらになったように感じる: セヤーズ作品では終盤いつもこうなります。私が日本作品をあまり読まないのは、邦人が登場するとフィクションの犯罪でもなんだかとても生っぽい感じがして楽しめないからなのです。 p243 陰気なアランデル画が何枚も(a series of melancholy Arundel prints): 訳注 美術の普及を推進するアランデル協会発行の複製画。Arundel Society(1849-1897) 美術保存の啓蒙のため、過去のイタリア絵画、特にフレスコ画を印刷した。1904年創設のArundel Clubが意を継ぎ、重要な絵画の複製を普及させている。(現在は活動してないのかな?) p243 牛肉、おしゃべり、教会、無作法、ビール(Beef, noise, the Church, vulgarity, and beer): オックスフォードの誰かが1920年代にこう言ってたらしい。Five things these Chestertonian youths revere: Beef, noise, the Church, vulgarity and beer! (One Sword at Least: G. K. Chesterton(1874-1936) by Anthony Cooney(1998)の冒頭から) p245 シロアムの塔の下敷きになった18人(eight on whom the tower of Siloam fell): ルカ伝 13:4 Or those eighteen, upon whom the tower in Siloam fell, and slew them(KJV) 原文の誤り(eight)を翻訳ではこっそり直してます。でも登場人物が誤って覚えてた設定なのかも。 p246 みんな、たがいの体の一部: エペソ人への手紙 4:4-16のあたり p246 “猿と虎”先祖説(ape-and-tiger ancestry): 調べつかず。 p254 クリッペンと無線(Crippen and the wireless): その逮捕にはwireless telegramが役に立った。 p256 ハイドンの『天地創造』… ティンパニーが静かに、容赦なく、同じ音程で鳴る、あの部分…「そして神の魂は、水の面を動き… 光あれ、そして光が」: 第一楽章の序曲から合唱が静かに入り「光」のところで衝撃的に盛り上がるところ。 p259『月長石』でいつ爆発が起きるのかと尋ねる、あの善良な婦人: Fourth Narrativeの中程の場面、Mrs. Merridewの可愛いセリフ。 (2020-2-2修正) Bank of Englandに紙幣のサイズを明記したページWithdrawn banknotesがあったので修正しました。 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2019/07/05 20:24 |
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(ネタバレなし)
1928年9月のロンドン。中年の電気技師ジョージ・ハリソンとその年の離れた後妻マーガレットが暮らす共同住宅「ウィッテントン・テラス」は、若い2人の入居者を迎える。彼らは二十代半ばのハンサムな画家ハーウッド・レイザムと、その友人で三十代の初めの文筆家ジョン・マンティング。同じ部屋に暮らす二人組は、ハリソン夫妻や夫妻の雇う中年のメイド、アガサ・ミルサムとも日々顔を合わせるが、ある日思わぬセクハラ事件が生じて、その関係は破綻した。やがてそれぞれの生活を始めた面々だが、ウィッテントン・テラスの周辺である変死事件が勃発する。 1930年の英国作品。ウィムジー卿が登場しない唯一のセイヤーズの長編作品で、さらに原書などでは別の英国作家ロバート・ユ-スタス(ロバート・ユースティス表記もあり。(広義の)密室ものの古典名作短編『茶の葉』などで有名)との合作として表記される一編。ただし主筆はあくまでセイヤーズで、ユースタスは化学考証などの協力実務らしいと巻末の解説にはある。 小説全体の9割以上が主要登場人物(特にメインとなるのはマーガレットと、アガサ、それにジョージと前妻との間の息子で成人して別居しているポールなど数人)が特定の相手に書き送る書簡の形式で綴られ、そのスタイルはやはり(全編が)日記手記形式のコリンズの『月長石』などを思わせる。言うまでもないが、日本でも井上ひさしだの湊かなえだの、この手の手法の作品は少なくない。 なんとなく普通の小説と違う形質がシンドそうだなと読む前は思っていたが、実際に読むとまとまった情報を手紙の文面の中で消化しなければならないという前提がかえって物語のこなれを促進し、かなりリーダビリティの高い作品であった。 名探偵ウィムジー卿も不在で終盤の謎解きがいささか破格なため、ポケミスの裏表紙に書かれたジャンル分けではサスペンスに分類されているが、本質的にはフーダニットとハウダニットの興味が最後まで守り抜かれるパズラーの枠内の作品だろう。ただし前者の興味については、登場人物の少なさとその配置ポジションの関係もあってほとんど意外性はないが。 もう一方のハウダニットの求心力も21世紀の今ならなんとなくわかるものの、実際には20世紀序盤の専門的な? 化学知識で作者が読者を言いくるめた感じで、サプライズやロジックを含むミステリ的なセンスで上策かというと、あまりその意味でも良い点はやれない。 むしろ本作で感じ入ったのは、最後まで読んで物語の上の点と点を結んで見えてくる犯人のかなり独特なものの考え方で、これがなかなか印象深い(ちょっとフィルポッツの諸作に似通うものがある~ネタバレにはまったくなってないと思うけど)。 さらに言うならその犯人役と対峙する終盤の探偵? 役のポジションも中期以降の(探偵の方の)エラリイ・クイーンの葛藤みたいで、妙に心に染みた。本作の後半は、登場人物のひとり、ジム・ペリー司祭の言動を介して神学の主題にも接近するが、作品そのものと劇中の犯罪の構図にも神と人間の距離感の投影みたいな文芸が覗くような感触もあり、たぶんその辺もセイヤーズがこの作品で語りたかったことのひとつだろう。 シンプルにミステリとして読むといろいろアレなところもないではないが、小説としては普通にお腹がいっぱいになった。 なお208ページで「ベヴァリー・ニコルズ」の表記で、作中人物が話題にする作家として『消えた街頭』『ムーンフラワー』のビヴァリイ・ニコルズ(Beverley Nichols)のことが話題にのぼる。よく世代人ミステリファンの間で、未訳作品の発掘が望まれる作家ですな。 |