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[ 本格 ]
学寮祭の夜
ピーター卿シリーズ
ドロシー・L・セイヤーズ 出版月: 2001年08月 平均: 7.56点 書評数: 9件

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東京創元社
2001年08月

No.9 9点 クリスティ再読 2024/09/02 17:57
さて、問題の作品である。
ハリエットが卒業したオクスフォードの女子カレッジに出没する悪意の手紙や悪質な悪戯をめぐって、ハリエットが内々に学寮長から調査を依頼される。しかし、その悪戯が度を越すようになり、ハリエットはピーター卿に救援を求める...

そんな話である。そして、この話の結末に、今までピーター卿の求愛を断り続けてきたハリエットは....というわけで、筋立て自体を取り上げたら「女子ミステリ」の典型的な作品、ということにもある。
しかし、セイヤーズだから、そんな甘い小説ではないわけだ。
前作「ナイン・テーラーズ」がセイヤーズの信仰の問題を隠し題に持っていたように、本作ではフェミニズムの文脈でも語られるような、セイヤーズの「女性としての生き方」が問われるかなりシンドイ作品でもある。確かにこれは「ミステリ」ではあるのだが「エンタメ」とは言い難いところにその本質があると思う。

完全に本サイトとは別の私事に関することなのだが、本作のテーマでもある「女学者たち」について、評者はいろいろと苦々しい思いをさせられてきた経緯もある。だから本作の「犯人」による告発の痛烈さに、思いを晴らす気持ちにもなっていた。学園に閑居する連中が、このところのポリコレ騒ぎに関して潮目が変わりつつあり、その無責任さを暴かれて右往左往するのを欣快と感じているところもあるのだ。
「女性とマイノリティのため」を名乗りながら、実はただの内輪のパワーゲームに興じて、結果として当事者を踏み付けにするさまは、評者の中で確かに本作の背景と重ね合わされている。

たしかにセイヤーズをフェミニズムの視点から読むのも有用である。しかし、それ以上に、本作は「フェミニズムへの告発」の「毒」をしっかりと備えている。

まあとはいえ、ハリエットの心理など「ハリネズミのジレンマ」を思わせて、興味深いのだが、事件の真相がこの二人の恋愛に影響(ショックに近いものだろうが)を与えたことだけは間違いない。愛だ恋だではない、結婚というものの宿命めいた重さが、やはり本作の結末に響いている。

No.8 9点 tider-tiger 2019/09/26 12:02
~ミステリ作家ハリエット・ヴェインは母校オックスフォードの学寮祭に参加した。変わらず活力に満ちた学友いれば、変わり果ててしまった学友もいる中、中庭で汚らわしいメモ書きを発見することで幻滅もする。
それから数か月後、学生監より救いを求める手紙が届いた。
校内で悪質なイタズラが横行して困り果てているという。~

1935年イギリス作品。『ナイン・テイラーズ』と並ぶ傑作だと思う。作品ごとに趣向や狙いを変えていく作家ではあるが、ここまで違っていて、しかも大作である二篇を連続して生み出してしまった当時のセイヤーズはいささか神がかっていたのではなんて思ってしまう。
最初に読んだときは事件そのものが小粒なこともあって、ミステリとしては大したものではないという印象を持ったが、再読してミステリとしてもかなり愉しめると認識を改めた。今回は再再読だったが、今まで以上に楽しめた気がする。知性と感情など本作内にはさまざまな対比があるが、対比するだけではなく、一見バラバラである部分部分が巧みに結びついていく構成は素晴らしい。
細かい論理の積み重ねで容疑者が絞られていく(意外な犯人としてうってつけと思われた人物が早々に容疑者リストから外されたのが意外といえば意外だった)。だが、犯人に辿り着くのには論理だけでなく洞察も必要になって来る。最終的に犯人を一人に絞る部分にどうも明快さが足りないような気がした。あとバンターの出番がほとんどないのも不満。
Tetchyさんが御指摘されているあのシーンは本当にすごい。正直なところ、あの人物に共感してしまうところもある。

本作には『吾輩は猫である』のような愉しさもあった。知的な会話が横溢するも、そんな彼女たちをコケする視点もある(惜しむらくは『猫』のごとき軽快さには欠ける点か)。教養人たちの奇妙な青春を描いた小説のようにも感じられた。ある意味で彼女らはいつまでも大人になれないのだ。
創作に関する話も面白かった。 
個人的には偶然で話が進行することよりも作中人物の納得のいかない行動の方が質が悪いと感じる。
「死ぬほど痛むわ、きっと」
傑作だという評価に異論はないが、本作は血作とでも呼びたい。本作が実質上はセイヤーズの最終作のような気がしている。まだまだすごいのが書けたろうけど、これでいいのだ。
再読するたびに愉しみが増えていくような本は悪い本だと言わざるを得ない。ほんのわずかとはいえ新たな出会いを減じてしまう。人生は短いのだ。

No.7 6点 ボナンザ 2018/12/16 18:54
ミステリは半分でもう半分は二人の関係に決着を着けるための長さ。

No.6 4点 レッドキング 2018/09/18 20:20
ミステリの名作古典の一つと聞いてたので ずっと以前に襟を正して読み始め あくび噛みころしながら読み通した あの手の「英国女流ブンガク」だったのねこれ 以降この作家読んでないし これからもないだろうな

No.5 7点 2018/05/29 00:03
「もし、プロットの必要からある人物があるときは注意深い几帳面な男に見え、別のときには行き当たりばったりの、その日暮らしの享楽派に見える必要があるようならば、いくらその矛盾を調和させようとしても失敗する」
巻末解説で引用されたセイヤーズの言葉です。さらに作中でハリエットが不自然さをなくすため自作の登場人物造形に苦労しているところも描かれています。当然納得はできるものの、ミステリならそうとは限らない場合もあるだろうと思っていたら、本作ではある意味まさにその点を突いたことをやってくれていました。ただ犯人の考え方として、悪意の手紙をそんなふうに送るかなと疑問に思えるところもあります。その疑問な部分によって途中のサスペンスが生み出されているところだけは、不満でした。
それにしても長い。これはハリエットとウィムジイ卿の関係を最終的におさまりがつくようにするための長さでしょう。

No.4 6点 蟷螂の斧 2016/08/02 13:32
(英ベスト4位・米ベスト18位)裏表紙より~『探偵作家ハリエットは醜聞の年月を経て、母校オクスフォードの学寮祭に出席した。するとその夜、けがらわしい落書きを中庭で拾い、翌日には嫌がらせの紙片を学衣の袖に見つける。幻滅の一幕。だが数ヶ月後恩師から、匿名の手紙と悪戯が学内に横行していると訴える便りが…。学問の街を騒がせる悪意の主は誰か。ピーター卿の推理は?』~

ミステリーよりも文学的要素の強い作品でした。自立する女性論的なもの、結婚観に関するもの(「毒を食らわば」以来のピーター卿とハリエットの関係)、私小説的な内容のもの(探偵小説論や学術研究など)が、事件と絡まって描かれています。よってミステリー(事件らしい事件)を期待すると、正直どうでしょうか?といったところです。
たまたま、「ゴルフ場殺人事件」(アガサ・クリスティー氏)でのヘイスティングスの恋を読んだ後なので、両著者の恋愛観の相違がよくわかりました。クリスティー氏は激情型(一目ぼれ型)、セイヤーズ氏は慎重型か?。
解説によれば、「(要約)ハリエットという自尊心を備えた一人の女性と結婚させるためには、ピーター卿もそれなりの性格を持たねばならず、その性格造形に時間を要したということのようだ。たかが探偵小説の登場人物を描くのに、何を大袈裟な、と考える人には本作は無縁な作品であろう。」そうかもね(苦笑)。

No.3 9点 ミステリーオタク 2012/11/20 00:09
ナイン・テイラーズよりすらすら読めたし面白かった
好みに合っていた

No.2 8点 kanamori 2010/08/29 17:10
これはセイヤーズ畢生の傑作でしょう。
女流探偵作家ハリエットとピーター卿のロマンス模様が縦糸にあり、ハリエットの母校を騒がす悪意の手紙事件を描いただけの物語ですが、それでこれだけリーダビリティの高い小説に仕上げる手腕は脱帽ものです。
シリーズ物はだいたい順番に読むようにしていますが、セイヤーズはアト・ランダムで、肝心の「毒を食らわば」も未読ながら本書は充分楽しめた。浅羽莢子さんの翻訳も素晴らしい。

No.1 10点 Tetchy 2009/03/02 23:37
正直、この作品は好き過ぎるといっていいほど大好きな作品だ。私の読書人生の中でベスト5に入る作品と間違いなく云える。

この作品を以って、なぜ今この現代においてでさえセイヤーズが巨匠扱いされるのか、またクリスティーと並び賞されるのかがはっきりと解った。
描かれる事件が学内に陰湿な落書きや悪戯が頻発し、やがてそれが傷害事件にまで発展するというものでコージー以外何物でもない。そのため今回派手なトリック、意外な結末というのは成りを潜めている。
が、しかし今回強烈だったのは最後告発された犯人が集まった一同を罵倒するという点。セイヤーズが探偵小説を書いたこの頃というのは知的階級の手による上流階級のためのもので、登場人物それ自体が貴族だったり高位の退役軍人だったり会社の役員と特化された時代だった。
そんな時代にこのような作品を書いたこと自体がまず驚きだ。
これこそ正に現代でもセイヤーズが古びない顕著な特徴ではないだろうか。

また、特に本作が人気が高いのもよく解る。以下はもう公然の秘密となっているから書いてもネタバレにならないだろう。

『毒を食らわば』で邂逅して以来、常にヴェインに求婚していたピーター卿の努力がとうとう報われるからだ。これは特に女性読者にとっては待ちに待っていた瞬間であり、この上ない倖せな結末だろう。ハリエット・ヴェインがあれほど拒んでいたピーター卿の求婚をなぜ受け入れたか、それを描くのにやはりこの700ページは必要だったのだ。

シリーズを読み通した者が得られる極上のカタルシスがこの作品にはある。そしてこのピーター卿シリーズは次作『忙しい蜜月旅行』を以って、惜しまれつつ閉幕となるのである。


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