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[ 本格 ]
誰の死体?
ピーター卿シリーズ 別題『バターシイ殺人事件』
ドロシー・L・セイヤーズ 出版月: 1956年01月 平均: 5.67点 書評数: 18件

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芸術社
1956年01月

東京創元社
1993年09月

東京創元社
1993年09月

No.18 7点 クリスティ再読 2023/10/01 11:47
セイヤーズのデビュー作。もちろんピーター卿も初のお目見え。
「毒」以降で結構変化がある、という話を聞いてはいたけど、最初からピーター卿のキャラはしっかり確立されていて、小説としての読み応えがあるのにびっくりするほど。第一作からスゴいな。
キャラ小説とかコージーとか言っちゃえばそうかもしれない。パズラーとしては小粒、といえばそうかもしれない。

いや、別に。僕にとっては趣味だからね。何もかもいやになっていた時に、ものすごくわくわくできるんで始めたんだ。一番困るのは―あるところまでは―楽しめることさ。(中略)ところが生身の人間を本気で追いつめて縛り首にさせる段になると(略)どんな言い訳があっても僕なんぞが割りこむんだって気にさせる。

英国ミステリのアマチュアリズムってあるんだけど、それを「設定」ではなくて本音を混ぜ込んだ「強がり」としてピーター卿に語らせて、さらにピーター卿が真相を洞察した時点で戦争神経症を発症して一時リタイア。これ「正義」の心理的なコスト、といったことを思い浮かばせて大変興味深い。正義って実は精神的にツラいものなんだ。この「それでも」の部分で、評者なんかは「パズラー(の精神)が生成してくるまさに現場」に立ち会っているかのようにさえ感じた。
前半のウッドハウス風のピーター卿の「軽薄さ」も実のところ、内心の脆弱さを隠すための韜晦にすぎないんだよね。だからこそ、クライマックスに当たる真犯人との対決シーンが、こんな動揺を切り抜けたピーター卿の「内心の冒険」として趣き深く感じるんだろうな。

あとトリック自体はリアルなものだが、絶対に日本のマニアにはウケないもの。セイヤーズってホントそういうタイプだね。松本清張と同じで、トリックメーカーなんだけどトリッキーじゃないから、マニア受けしないんだよ。

No.17 3点 レッドキング 2023/08/24 20:53
ある朝、民家の風呂場に突如出現した死体と、離れた屋敷から消えた金融家ユダヤ人。二人の相貌は似て非なる・・・
ん?「唇の捩れた男」オマージュ?てワクワクさせといて・・・ありゃりゃあ・・(+o+)。
※「貴族探偵」のおカアちゃん(先代公妃!)とイカにもな英国執事キャラがgood、1点オマケ。

No.16 7点 2023/05/05 23:22
1993年初版の創元推理文庫訳者あとがきは、「ミステリの世界において、名のみ高く、実物にお目にかかれないというのでは、ドロシー・L・セイヤーズ作品に勝るものはないでしょう」という文から始まります。そんな時代だったんですね。その70年前、つまり現在からだと100年前に発表された、ピーター・ウィムジイ卿第一作です。
クリスティーや、特にクイーンなどのような意味での「本格派」ではないと思います。小説構成的に連想したのが、アリンガムの『幽霊の死』で、本作を参考にしたのかもしれません。後100ページ近くも残っている時点で、ピーター卿は真相に気づき、以後作者は犯人の正体も、殺人計画の基本構想も読者に隠していません。ピーター卿と犯人との心理的対決シーンは、緊迫感満点でしたし、その後の犯行裏付け処置もいい雰囲気です。ただ、殺人計画で不要物の後始末が面倒すぎるのは間違いありません。

No.15 6点 バード 2021/05/04 17:38
(ネタバレあり)
初のセイヤーズ作品。語り調子や雰囲気は好きだが、惜しい作品だった。

「死体の処理で足がつくかも」→「だったら死体をすり替えて堂々と処理してやれ」
発想は悪くない。むしろシンプルで好き。
ただし、

・すり替えた死体が病院から持ち出されたものだと気づかれたら終わりなわけで、数時間の床屋作業による偽造対策だけでその危ない橋を渡るのはどうかと思う。
・レヴィが移動中に目撃されたのは不運だったと犯人は言っているが、これは対策考えてないのがおかしいレベルのポカ。実際それが命取りになったし。
・鼻眼鏡の役割が結局雰囲気作りだけで、登場意義が弱く面白くない。

と、ケチを付けたい点が多々ある。
楽しめたがマイナス点も気になるので、総合評価は平均くらい。

No.14 5点 虫暮部 2020/09/10 12:09
 貴族探偵と言ってもこの人は自分で推理をするのである。

 ピーター卿「誰の死体?」
 サグ警部「さぁ~?」
 バンター「御前はロードでございますよ」

No.13 5点 人並由真 2020/07/19 21:09
(ネタバレなし)
 ようやっとセイヤーズのピーター卿ものの長編、初読です(汗・笑)。例によって買うだけは、それなりに買い込んでありますが(大汗)。
 
 序盤の、いきなり浴室に出現した死体の謎は魅力的。ただしその真相はちょっと腰砕け。
 それでその謎解きと表裏一体のあのメイントリックは、何十年かあとに新本格派の某作家氏が<自慢のトリック>と称してほぼ同じものを使っていたような……。
 そのお方は、こっち(セイヤーズの本作)を大昔に旧訳で読んでいてそのことをいつのまにか忘れ、さも自分の創意のつもりで無意識に書いてしまったりしたのか?

 ちなみに評者の本作でのそのメイントリックへの感慨は、先のレビューのあびびびさんに全く同感です。それぞれの作業は独立してみればわかるんだけれど、両方をやってしまうのは効果の相殺だよね? 

 そういう訳でミステリとしてはボチボチ。
 翻訳の良さもあってキャラクターミステリとしての楽しみどころはわかるつもりなんだけれど(バンターの調査のくだりのギャグとか、ピーター卿の戦傷の描写とか)、いまいちのれない、まさに薄味のコンソメスープ(ファンの人、すみません。個人的な感想です)。
 噂の恋人ハリエットが出てくる頃には、またシリーズの印象も変わるのかね。
 
 ところでウィンダムズ・クラブ内の描写だけど、ご馳走を前にケチをつけながら食するのって、(それが当時の英国貴族階級への諧謔とはいえ)人としてどーかと思う(軽く憤怒)。

No.12 7点 弾十六 2019/09/16 19:57
1923年(T. Fisher Unwin)出版。創元文庫で読みました。翻訳は会話が上品で非常に良いですね。副題はThe Singular Adventure of the Man with the Golden Pince-Nez、これHarper版にあったんですが、他の版には無し。文庫の冒頭にあるピーター卿の略歴は原書数冊あたってみたんですが無し。(訳者がつけたのかな?) Harper版にはウィムジイ家の紋章だけ載ってました。(ネズミは三匹、モットーは英語でAS・MY・WHIMSY・TAKES・ME) 全くの余談ですが、このモットーのようにスペースの代わりとして中黒(interpunct)を使うのは古ラテン語碑文でA.D. 200年以前に遡る由緒ある表記方法。今まで西洋人名に中黒を使わなかった私ですが、今後は態度を豹変させることといたしました。(きっかけはT. Fisher Unwin初版ダストカバー。表紙の作者名の表記がDorothy・L・Sayersで何コレ?と思ったのです。この初版のカバー絵もある意味「凄い」ですね。読了後、見てみてください… サイトFacsimile Dust JacketsでSayers Whose Body)
ピーター卿第1作。ピーター卿の長篇は第9作『殺人は広告する』(1933)しか読んでないので、ああ女流作家のスーパーヒーローものか、鬱陶しくなきゃ良いけど… と思ったら、結構いい奴じゃないですか。音楽の趣味もとても良いし。また素人探偵として、本作のピーター卿の態度は満点です。バンターとの関係もウッドハウス風味が強くて楽しい。途中でギアが変わるのも良いですね。物語を語る工夫が素晴らしい。締めはちょっと冗長ですが… ネタバレ防止の為、これ以上は言いません。本作の時点で作者はシリーズにする予定は無かったんじゃないか、と思いますが、次の作品以降の展開が楽しみです。(でも多分、小説として、これを超えるのは難しいのでは?)
献辞は
To M. J.
Dear Jim:
This book is your fault.(…以下略) あんたのせいで出来ちゃった、と冗談ぽく責めてる感じ?
Yours ever,
D. L. S.
ちゃんと翻訳されてるんですが、このM.J.(=ジム)が誰なのか解説なし。ググってみたらMuriel Jaeger(1892-1969)という女流作家でセイヤーズのオックスフォード時代のサマーヴィル・カレッジ仲間。ニックネームがJames, Jim, Jimmy。(どー考えても男だと思いますよね。) セイヤーズは大学時代の友人たちで女流グループを作って色々やってたらしい。(Mutual Admiration Society: How Dorothy L. Sayers and Her Oxford Circle Remade the World For Women(2019)という本に詳細が。フェミニズム味が強いと嫌なんですが、WWI当時の英国生活が活写されてそうな興味深い本だと思います。2019-11-7発売予定。)
以下トリビア。現在価値は英国消費者物価指数基準(1920/2019)で44.32倍、当時の1ポンド=5753円です。
p10 先代公妃: セリフの中ではHer Grace、地の文ではthe Dowager Duchess of Denver(これが公式。場合に応じてthe Dowager Duchess, the Duchess)、翻訳で全て「先代公妃」にまとめてるのはわかりやすい工夫だと思いました。
p11 もしもし(Hullo): 英国っぽい感じ。アクセントは後ろに置いてね。
p14 御前(my lord): バンターがピーター卿に「you」と呼びかける場合はyour lordshipと言う。(あなた様。この翻訳では同じく「御前」)
p15 シャーロック・ホームズ: 黄金時代の特徴。探偵小説のメタ小説としての探偵小説。本書のところどころに探偵小説ネタが顔を出しフィクションと実生活との違いが語られます。
p23 マニキュア(manicure): 「ここでは甘皮などの手入れ」との訳注。黄金時代の作品中に結構マニキュア男がいたけど、こーゆーことだったのね。
p27 年に二百ポンド: 115万円。バンターの給料。安い!(食住はピーター卿持ちとは言え…) じゃあ女中の給金とかはどのくらいなんだろう?
p32 アドルフ・ベック(Adolf Beck): 英国で1895年と1904年の2度も人違いで逮捕され2回とも有罪とされたノルウェー人。2回目の有罪宣告の10日後、二つの事件の真犯人Wilhelm Meyerが逮捕され事件は解決した。(英wikiより)
p34 『インゴルズビー伝説集』(Ingoldsby Legends): Richard Harris Barham作、初出1837年。19世紀には結構人気あり。実伝説も含むが、パロディめいたユーモラスな創作話がほとんどらしい。(英wikiより)
p49 スカルラッティのソナタ… ハープシコードでないと: 古楽器のパイオニアArnold Dolmetschの活躍が1915ごろ。英国でもバーナード・ショーなど支援者が結構いたようです。
p53 ベイカー街までの乗車賃2ペニー(a twopenny ride to Baker Street): 48円。 ところでtwopenceとの違いは何?(2019-9-17追記)阿呆です。名詞と形容詞の違いですね。
p55 きみはわが麗しき薔薇の花園/わが薔薇、わが薔薇、それぞきみ!(You are my garden of beautiful roses/My own rose, my one rose, that’s you!): 訳注では「20世紀初頭の詩のもじり」となってましたが、The Garden of Roses (1909, J.E. Dempsey作詞, Johann C. Schmid作曲)のサビに全く同じ歌詞あり。某Tubeでも聴けます。ところでサグが「御前」と言ってるように訳してるけど、原文は「you」
p58 善と恵み… (I thank the goodness and the grace/That on my birth have smiled): Jane Taylorの詩“A Child's Hymn of Praise,” from Hymns for Infant Minds (1810)。これGKCのManaliveにも引用されてたやつですね。ここには引用されてませんがAnd made me in these Christian days,/A happy English child.と続きます。
p63 宗教がおいや: 原則的にヘブライ人は好かない(p72)など、この小説のいたるところにユダヤ人嫌いが出てきますが、登場してるのは「例外的に良いユダヤ人」
p68 土下座する。ワトソンと呼んでくれ。(I grovel, my name is Watson): 随分とワトソンを見くびってます。
p71 グレイヴズ: 舞台の執事は常にグレイヴズというのはバークリーの法則『レイトンコート』(1925)
p75 スコットランド人… 用心深くてしみったれていて慎重で冷血: イングランド人のスコットランドいじりはジョンソン博士由来の伝統芸。
p79 紳士たる者、雨の中を帽子も被らずに…: 外出に帽子が欠かせない時代です。傘代わりの帽子、という事か。
p81 ホワイトヘイヴンから来た老人… 鴉をつけあがらすとは(There was an old man of Whitehaven... It’s absurd, To encourage this bird!): 訳注なし。みんな知ってるよね?という事か。A Book of Nonsense(1846) by Edward Lear。カラスで駄洒落になってる上手な翻訳。柳瀬尚紀先生は「鳥のごきげん取りやがる!」(岩波文庫) 柳瀬師匠に一枚。
p95 フラットを週一ポンドで借りていた: 同じ階の数部屋1組の借家だとフラットというのかな?月換算で家賃24922円。
p95 通いの家政婦: 慎ましい公務員の独身者でもこのくらいは雇ってる。
p96 バッハのロ短調ミサ『またかしこより栄光をもて』を唄っている(singing the “et iterum venturus est” from Bach’s Mass in B minor): ロ短調ミサ第18曲Et resurrexit中のバス独唱部分。
p101 本日付タイムズ紙個人広告欄(…)192x年11月17日: 広告は死体発見の翌日に出ているはず。とすると「先の月曜日」はその前日(11月15日)。1920年が該当。
p115 故チャールズ・ガーヴィス(late Charles Garvice): 1850生まれ1920年3月没。Caroline Hart名義も使って150作以上の通俗ロマンス小説を書いた。He was ‘the most successful novelist in England’, according to Arnold Bennett in 1910.(wiki)
p128 十四人の陪審員: 途中欠員に備えて14名なのか?
p136 ガス灯: 法廷の照明。まだ現役。水銀灯や蛍光灯は1930年代以降の普及のようです。
p151 変装の名人レオン・ケストレル(Leon Kestrel, the Master-Mummer): Sexton Blakeシリーズに出てくる犯罪シンジケートのボス。元米国俳優。The Case of the Cataleptic(Union jack誌 1915-8-28)初登場。
p151 駅売りの探偵小説(railway stall detective stories): 単行本ではなく雑誌な感じ。
p158 そのおズボンではなりません: ここら辺はジーヴス風味。
p159 トランプでやる遊び(play with cards, all about wheat and oats, and there was a bull and a bear, too):「訳注: <場>という遊び」ですが、ピット(The Pit, 1904年発売)の事か?トランプではなく専用カードを使う「商品(農産物や鉱物)の入札のための立ち会い取引をモデルにした、3~8人で遊ぶ非常にテンポの速いカードゲーム」なので文脈に合致してます。Wikiに詳細あり。
p160 ウィムジイ卿とお呼びしてしまって: ここら辺の敬称の呼び方ミニ講座が訳者あとがきにありました。丁寧な仕事です。
p163 土下座したいくらいです(I’m simply grovellin’ before you): ピーター卿は土下座好き。
p169 ガラテヤ人への手紙: 田川建三先生の『新約聖書 註と訳』に基づき大雑把にまとめると、パウロがガラテヤ人たちに、ユダヤ教徒じゃないんだから割礼などせずキリスト者の道を歩め、といささか見下した調子で送った手紙。成立は53〜54年。
p191「タトラー」(Tatler): 週刊誌。当時1シリング。白黒90ページ。舞踏会、チャリティー、競馬、狩猟、ファッション、ゴシップを掲載。写真が豊富なヴィジュアル誌。
p195 従僕兼執事を務め(to valet and buttle): バンターの自称。誰かがジーヴスは従僕であって執事ではない、と言ってたような…
p204 簡単なことだよ、ワトソン君(Perfectly simple, Watson): ここでelementaryと言わないところが、捻くれ者らしくて良い。
p211 半クラウン対6ペンスの賭け: 半クラウン=2シリング6ペンス=30シリング、5対1の賭け。
p218 ヘンティ(訳注: 少年小説家)とフェニモア・クーパーぐらいしか読まなかった: G.A.Hentyの方はアガサさんが子供の頃に(全集を全部)読んだと『クリスティ自伝』に書いてました。
p219『三文オペラ』でも弾いてくれ(play us the ‘Beggar’s Opera,’ or something.): ブレヒト版は1928年作。なので正しくはオリジナルの『乞食オペラ』(1728年ジョン・ゲイ作) 1920年にはロンドン、Lyric Hammersmithで1463回という驚異的な上演記録を残した。(wiki) 初日1920-6-6で1923-12-23が1463回目の最終公演。音楽はFrederic Austin(1872-1952)による編曲で彼の代表作にもなった。ここは多分その曲のイメージ。
p225 見変えられた女に勝る怒りは地獄にもない(hell knew no fury like a woman scorned.): この日本語表現(見変える)って初めてなんですけど、違和感あり。「振られた女の怒りは地獄越え」(娘道成寺ですな。)
p225 スコットランド人に見変えられた!(jilted for a Scotchman!): 「(俺を振って)スコットランド野郎を選ぶとは!」
p232 本物の豆スープだね(A regular pea-souper): 訳注でロンドン名物の霧のこと。pea soupとも。a regularはここでは強調の意味。
p235 飢えているロシア(starving Russia): 革命の余波。このエピソードをここにぶっこむところが非常に良い。
p255 ピーター卿はバッハを弾き: 憂鬱な曲だと思います。ロ短調つながりでフランス組曲第3番あたりでどう?(なお原文は単にLord Peter was playing Bach)
p269 ドアを勢いよく閉める(the banging of the door): 訳注で「叩きつけると自然に施錠される」こーゆーちょっとした知識はなかなかわかりませんね… ドロップ式の錠なのかな?

(2019-9-17追記)
tider-tigerさんの書評に全面的に賛成。(人の書評は自分のを書いた後で読むのです。) 私のやつはダラダラ長いだけですね… でもそれだけこの本を気に入ったということで… 翻訳はThe Lord Peter Companionを参考にしてるようなので入手したくなりましたが、アマゾン価格8万円… 無理です。

No.11 7点 tider-tiger 2018/08/07 21:42
実直な建築家が住むフラットの浴室に、ある朝見知らぬ男の死体が出現した。場所柄、男は素っ裸で、身につけているものは金縁の鼻眼鏡のみ。一体これは誰の死体なのか?~Amazonより 

1923年の作品です。100年近くも前の作品とはとても思えませんね。
読み易さ然り、キャラ造型然り、シリーズ一作目にしてミステリに対する問題意識まで仄見えます。また、同じ衒学系でもヴァン・ダインなんかと比べて小説全体が非常に柔らかな印象があります(訳文のせいか?)。それでいて要所要所に深みがある。
ミステリとして平凡なのはみなさまに同意いたします。トリックは大山鳴動して鼠が一匹といった気もしますし、犯人もわかりやすい。さらに伏線が赤い線で引いてあるかのようで張り方があまりにも下手。
ですが、私は本作がとても好きです。シリーズ内でも上位に入ります。
(未読作品ありますが)
開幕早々に主要人物三名を説明ではなく描写で手際よく紹介してしまうところなんかはうまいなあと思いました。
好きな場面はたくさんありますが、ピーター卿とパーカー警部が学生から話を訊きだすシーンなんかは特に印象的です。機知、そして黒いユーモアを感じます。
犯人の最後の手記は、ちょっと書き過ぎかなという気がしました。
動機は一聴他愛もないものですが、その考察には興味深いものがありました。犯人の頭の中で起こっていたことは緻密に組み立てられているように思いました。
かつての邦題『自我狂』の方が本質を衝いているような気がします。ですがタイトルを『自我狂』に戻すべきとはまったく思いません。

本作は風桜青紫さんの仰るように、キャラ小説として読むのがもっとも楽しい読み方かもしれません。
この人もチャンドラー同様にミステリに文学を持ち込もうとした人でありますが、リアリティにこだわったチャンドラーとは違う方向に進んでおります。このシリーズは最終的に極めて美しいミステリを輩出したと思います。
自分が高校生くらいの頃だと海外の作家は読みたくても本が手に入らないことがよくありました。自分の場合はシオドア・スタージョンがその筆頭でした。そして、ドロシー・セイヤーズもそうした一人でした。

No.10 6点 風桜青紫 2016/08/05 11:02
気に入っている作品だが、興味深い導入部にくらべて、トリックは大したものではなく、このサイトでは高評価は得られないだろう。セイヤーズは、クリスティーのライバルではあっても、クリスティーの亜流ではない。傲慢ちきな貴族だが、どことなく共感できるような弱さももっているピーター・ウィムジイ。それを支える使用人と親族。そのようなキャラクターのありさまを魅力的に描いたキャラ小説として読むのがよいのである。

No.9 5点 nukkam 2016/08/05 07:40
(ネタバレなしです) アガサ・クリスティーの最大のライヴァルとされ、クリスティーの後継者と期待されるのを嫌がった後世の女性ミステリー作家がよくベンチマークとして引き合いに出すのが英国のドロシー・L・セイヤーズ(1893-1957)です。オクスフォード大学で女性として初めて学位を授与したほどの才人だった、シングルマザーだった、ミステリー作家として人気絶頂にありながら早々と引退して後半生はダンテの「神曲」の翻訳をライフワークにしたなど波乱万丈の生涯をおくったことでも有名です。本書は1923年に発表したデビュー作ですが探偵役のピーター・ウィムジー卿が実によく喋る、喋る(笑)。謎解きから脇にそれてしまうこともしばしばなので人によってはこの饒舌さはうざっとく感じるかも。でもピーター卿が戦争中に抱えた精神障害に苦しむ場面や容疑者〇〇と1対1で対決する場面など随所ではきりっと引き締めています。装身具一つだけの全裸死体というエラリー・クイーンの「スペイン岬の秘密」(1935年)を先取りしたような魅力的な謎に対して真相が他愛もないのが残念ではありますが。

No.8 3点 斎藤警部 2015/06/09 19:02
ところが「ナイン・テイラーズ」に数年先立って読んだこちら(処女長編)はまた何とも。
謎も解決もユーモアもそれなりに読めるのだけど、心の琴線を上滑りして行きました。
不思議なものです。
気品のある文章には好感が持てました。

No.7 5点 ボナンザ 2014/10/22 23:33
破壊力ではクリスティに及ばないが、当時のよき時代の英国を舞台にしっかりした本格推理が楽しめるのは嬉しい。

No.6 3点 あびびび 2014/03/02 21:02
英米では、アガサ・クリスティーと並ぶ評価と言う。クリスティーの切れ味には遙か及ばない気がするが、その国の事情とか、ユーモアの違いとか、受ける要素があるのだろう。

(ネタばれ)、死体をあるアパートの窓から投げ入れた必要性が分からない。いくらでも死体処理ができる立場だから他の死体にまぎれさせるのもお手の物じゃなかったのか?と思った。

みなさん高評価の「学寮祭の夜」も記憶に残らなかった。やっぱり作家さんとの相性があるのかな。

No.5 6点 蟷螂の斧 2013/08/15 21:05
初のドロシー・L・セイヤーズです。東西ベスト100の45位に「ナイン・テイラーズ」が入っているので、いつかは著者の作品は読もうとは思っていました。今回のきっかけは、英米の各ベスト100にアガサ・クリスティと並び5作品(英4、米5)が入っていたことです。お恥ずかしい話ですが、こんな人気作家とは知りませんでした。絶版後、1990年代に翻訳されたようなので止むを得ないか(言い訳・笑)。本作は、1923年の作品で著者の初長編ということです。犯人はすぐわかり、その点は物足りないかもしれませんが、ウィットに富む会話や、犯人との対決など読みどころはかなりありますね。

No.4 6点 kanamori 2011/11/26 17:27
セイヤーズの処女長編。
翻訳者の功績によるところもあるかも知れませんが、1923年出版のクラシック・ミステリとは思えない現代性を感じました。とくに、大戦で負ったトラウマにより突如発作を起すピーター卿の一面とか、最後の告白文で鮮明に浮かび上がる犯人の造形など、同時代の探偵小説とは一味違った新しさがあります。
ミステリのトリックに関しては、先代公妃(ピーター卿の母上)の存在がポイントとなる伏線が効いているのですが、わざわざ苦労して他人ちの浴室まで運び込む必然性がいまいち分からなかった。

No.3 5点 E-BANKER 2011/09/02 22:42
貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿が活躍する長編第1作目。
作者は英国ではクリスティと並び称される女流ミステリー作家。
~実直な建築家の住むフラットの浴室に、ある朝見知らぬ男の死体が出現した。場所柄男は素っ裸で、身に着けているものといえば金縁の鼻眼鏡と金鎖のみ。いったいこれは誰の死体なのか? 折しも姿形の酷似した金融界の名士が前夜謎の失踪を遂げたことが判明したが、どうも同一人物ではないようなのだが
・・・~

今ひとつ面白さが分からなかった。
登場人物が多くて、特に中盤は書かれている場面がどうも頭にスッと入ってこなかったなぁー
後半~真相解明までは、まずまず納得のいくものなのは間違いない。
ラスト、真犯人の手記もなかなかの味わい。
ただなぁ・・・どうにもインパクトは感じなかった。
ウィムジイ卿のキャラ自体はよいと思うし、シリーズキャラクターとなる周辺の登場人物もよい造形。
今回は読み方が悪かった気もするので、別作品を味わってみるか!

No.2 8点 ロビン 2009/08/29 13:40
本当に、設定自体はシンプルで突出した点もない平凡な本格ミステリ。クイーンのようなパズルでもなく、カーのような不可能性もない。
下の方の言うように、冒頭から中盤にかけては確かに退屈だった。
しかし、ある人物に焦点が当てられ、事件の構造がおぼろげながらもつかめてきた途端、その大胆な○○トリックの凄さにハッとさせられた。

ラストの犯人による手記を読んで初めて分かる、犯人の頭脳と緻密な計画性。見事です。

No.1 8点 Tetchy 2009/02/20 22:34
初めの方は読んでも読んでも全然頭に入らず、どうにもこうにもつまらないという感じだったが、後半辺りから何かしら事件の実態が見え始めたせいか、グイグイと惹き寄せられた。
事件は至ってシンプルで、一見何の変哲もない設定のように思えたが、真相が徐々に明かされるにつれ、これが実に練り上げられた設定であることに気付かされる。
死体の処理方法にこんな方法があるのかとそのロジックに感嘆した。

しかし本書の白眉はピーター卿が犯人と直接対峙するシーン。
こんな緊張感のある犯人との対決シーンもなかなかない。
しかもここで犯人を直接告発せずに去る所が騎士道精神溢れて、カッコいいのだ。


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