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E-BANKERさん |
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平均点: 6.02点 | 書評数: 1779件 |
No.1779 | 9点 | エージェント6- トム・ロブ・スミス | 2024/03/10 14:32 |
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「チャイルド44」「グラーグ57」に続いて発表された、シリーズ最終作品。
少し前の時代のロシアが舞台となる本シリーズ。現在のウクライナ問題を見てても、やはりロシアという国は理解しがたい部分がある。そんなこともどこか頭の片隅に置きながら、本作も読み進めることになった。 2011年の発表。 ~運命の出会いから15年。レオの愛妻ライーサは教育界で名を成し、養女のゾーヤとエレナを含むソ連の友好使節団を率いて一路ニューヨークへと向かう。同行を許されなかったレオの懸念をよそに、国連本部で開催された米ソの少年少女によるコンサートは大成功。だが、一行が会場を出た刹那に惨劇は起きた・・・。両大国の思惑に翻弄されながら、真実を求めるレオの旅が始まる~ レオ・デミトフ。チャイルド~グラーグ~エージェント三部作を通じての主人公。まさに「不屈の男」である。 本作は文庫版の上巻・下巻でいわば「第一部」と「第二部」にはっきりと別れる。先の紹介分は「第一部」のお話。 前作で凄まじい体験を経たすえ、ようやく安息の場所に落ち着いたはずのレオ一家。養女のふたりは、実はレオが殺害してしまった部下の子供である。その養女もようやくレオに心を許す関係となっていた。 そんな矢先のNY行き。大成功のはずだったイベントの裏側では、米ソ両大国の暗躍がうごめいていたのだ。 そして、ついに悲劇は起こってしまう。 あーあ・・・何という男なのだ。レオは。またもや不幸のどん底に落とされてしまう・・・結局、この男に安息の地は約束されてなかったのだ。 そして「第二部」。物語は大きく変わり、レオは戦火のアフガニスタン・カブールで秘密警察の教官として、アヘンに溺れる無為な日々を過ごすことになる。 しかし! しかし!! しかし!!! ここからレオの人生は大きく動いていくこととなる。ピンチなんて一体いくつあったんだろうかと数えることもできないほど。まさに命を賭した旅がカブールの地から始まる。それもすべて愛する家族、愛する妻、愛する子供のため・・・ 愛するがゆえにどうにもならない窮地に陥ることにもなる。 そして、ついに悲願の地、運命の場所であるNYの地を踏みしめることとなる・・・ すべての謎を解決したレオ。それでも更にピンチが訪れる。 ラストシーンは涙なしには読むことはできなかった。 三部作のテーマは間違いなく「家族愛」である。家族愛のため、人間はここまで身を賭けることができるのだというストーリー。 もちろん政治的な背景は若干現在とは違ってるし、古臭い部分もある。 でも、そんなことが何だというのだ! レオの不屈の姿に接するだけでも本作を読む価値はあるというもの。 あまり政治的な話はしたくないけれど、人間て本当に罪な生き物だ。未だに何人かの半ば狂ったような人間が、市井の人々の幸福をいとも簡単に壊そうとする。これは決して終わることのない人間の「さが」なんだろうか? レオの物語を読み終えた身には、ひとときの「幸せ」がいかに大事なのか、改めて考えさせられることとなった。(青臭いですが・・・) 評点は三部作全体としての評価で。 |
No.1778 | 6点 | 福家警部補の考察 - 大倉崇裕 | 2024/03/10 14:30 |
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「挨拶」「再訪」「報告」「追及」に続き、はやもう第五弾となった人気シリーズ。
刑事コロンボ、古畑任三郎の系譜を受け継ぐ「正統派?」倒叙シリーズとして著名になった感がある。今回もいろいろな「お約束」を踏まえながらになるのだろうか? 単行本は2018年の発表。 ①「是枝哲の敗北」=最初のお相手は、いつも沈着冷静な皮膚科医の男。冷静沈着なはずが、福家警部補のトリッキーな言動を前に徐々におかしくなってしまう。「犯罪者はしゃべり過ぎる」を地でいく失敗! 当然の「敗北」でしょう。 ②「上品な魔女」=次のお相手はまさに「魔女」、っていうか「毒婦」。しかも「美しい」。こういうキャラはよく登場するので、あまり新鮮味はない。で、福家警部補の前にあっけなく陥落・・・(あーあ、あっけない) ③「安息の場所」=お相手は孤高の女性バーテンダー。緻密な計算のもと、師匠の敵(かたき)を取るために殺人を犯してしまう。福家警部補がこんなにお酒の蘊蓄があるなんて初めて知ったよ。 ④「東京発7:00のぞみ1号博多行き」=まったくトラベルミステリーではありません。なんと、たまたま殺人犯の隣席となった福家警部補。しかし、ここまで神業級の推理と直観力を見せられるとはなあー。もはやすごすぎて、福家警部補が神格化されすぎた感もある。これはあまり宜しくない。 以上4編。 いい意味では安定感たっぷりの倒叙シリーズでシリーズファンにとっては堪らないかもしれない。 ただし、シリーズの経過とともに、悪い意味での「慣れ」と多少の劣化を感じるようになった。どうしても形式が固まってしまうので、変化をいろいろと付けにくい部分はあるのだろう。 それに④のように、あまりに超人化させるのもネガティブである。(御手洗潔が典型例だと思うが・・・) ただ、トータルで評価すればまだ十分に「面白い」作品ではある。 そろそろ長編も書いてみてはどうだろうか? 福家警部補の人間味をいろいろ見せていく手もあると思うけど。 (個人的ベストは③かなー。他はほぼ同等) |
No.1777 | 5点 | 仕掛島- 東川篤哉 | 2024/03/10 14:29 |
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ひたすらシリーズもの短編に傾注してきた作者。そんな作者が久々にはなつシリーズ外の長編ミステリー。
タイトルからして、ものすごい「仕掛け」があるんだろうなあと予測はできますが・・・(でも読者のハードルも相当上がりますけど) 単行本は2022年の発表。 ~岡山の名士が亡くなり、遺言に従って瀬戸内海の離島に集められた一族の面々。球形展望室を有する風変わりな別荘・「御影荘」で遺言状が読み上げられた翌朝、相続人のひとりが死体となって発見される。折しも台風の嵐によって島は外界から孤絶する事態に陥る。幽霊の目撃、鬼面の怪人物の跋扈、そして二十年前の人間消失事件・・・続発する怪事件の果てに、読者の眼前に驚天動地の真相が現れる!~ 妙に「岡山推し」が目立つのは、昨今のプチ岡山ブーム(?)に乗っかってるためなのか? 随所に岡山弁のギャグも出てきて、地元民ならばニヤリとしそうな場面も多い。 で、本題ですが、 初期作品の「館島」同様、孤島に建つ「御影荘」や孤島である「斜島」そのものがトリックの素となっているのは自明。 一つ目のやつ(通路のやつね)は最初から薄々気付けるレベル。まあ、横溝の岡山ものなんかでもよく登場するしね。 もう一つの、建物そのものの仕掛けはなかなか大胆。当然、伏線は張られていたとはいえ、想像の斜め上をいくものだった。部屋割り図は挿入されていたけど、建物の立面図かせめて全体を俯瞰できる図があれば、なお良かったとは思う。(後での「えーっ!感が強くなると思う)。 ただし、全体のプロットは決して褒められたものではない。構図は見えやすいし、同様作品の焼き直し感が半端ない。 名探偵キャラもどこかで見たようなやつ(水〇サ〇〇っぽい)。つまりは、長編とはいえ引き続きやっつけ感の垣間見える作品という感想は拭えなかったな。 そろそろ腰の座った「新機軸」が欲しいところだ。 (続編が用意されてるっぽいけど・・・) |
No.1776 | 6点 | グッドナイト- 折原一 | 2024/02/10 12:40 |
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出ました! 折原お馴染みのプロット。一棟の集合住宅を舞台に、どこか頭や精神のねじ曲がった住人たちが互いにくんずほぐれつを繰り広げる・・・
本作の舞台は都内の私鉄駅から徒歩15分程度(?)、木造の古びたアパート『メゾン・ソレイユ』。さあ、折原ワールドの開幕! 単行本は2022年の発表。 ①「永遠におやすみ」=連作の頭は、どこかねじ曲がった母子の登場。読み進むうちに当然出てくる違和感。「うん?」「この息子は・・・?」。で、物語は進み、突然の殺人劇へ。で、ラストはお決まりの新聞記事。 ②「ドクロの枕」=不眠症に効くという特別装丁の豪華本。稀代のミステリー作家・梅野優作の「髑髏枕」(ドクロマクラ、ドグラ・・・ではない)。落選してばかりの作家志望の男・坂口はどうみても「倒錯のロンド」を思い出させる・・・ ③「デス・トラップ」=ラストはまさか、の展開。「201号室」はどうしていつもこんな運命になるのか・・・。そして202号室からは相変わらず「チャポーン」という滴の音が聞こえてくる。 ④「泣きやまない夜」=話は変わり、夫のDVから逃げ出した母娘が『メゾン・ソレイユ』にやってきた。それを追ってくる暴力夫。なのだが、やはり最後はお決まりの如く反転?させられて・・・ ⑤「見ざるの部屋」=大作家「梅野優作」を監禁?することに成功した梅野の大ファンの美女。物語は「監禁された男」と「それを探ろうとするルポライター」の二者の視点が交錯し、徐々によく分からん構図に・・・ ⑥「自由研究には向かない小説」=ここで、新たな主要キャストが登場(ここで?)。なんと12歳の少年。なのだが、大人なみの頭脳と鋭い洞察力を併せ持つ。彼もまた、謎の作家「梅野優作」の存在の前におかしくなっていき・・・ ⑦「ラストメッセージ」=連作の最終話。ということは当然種明かしとなるべきなのに・・・なってません! いや、なってるのか? これが真相というのならばだが・・・ 以上6編+1で構成される連作短編集。 すみません。私は好きです。 いや、むしろ待ってました。こんな、折原成分全開の「折原ワールド」ミステリーを! 「天井裏の散歩者」シリーズ、「グランドマンション」と連なる、「ある集合住宅に住む、おかしな住人たちが繰り広げる滅茶苦茶な折原ワールド」シリーズ(そういう呼び方をしたくなる)の続編なのか? やはり、このシリーズ?にも一定の需要はあるっていうことだな。 もうこれは、私がどうのこうのいう作品ではありません。折原名人による「伝統芸能」とでもいうべき世界。 もちろん、「まったく楽しめない」「なんだ、こりゃ?」「つまらん」「いい加減にしろ!」などという感想を持つ方もいらっしゃるでしょう。(むしろそれが太宗かも) そういう方は、どうぞ壁に投げつけてください。(本作にも出てくるように、芳香剤を染み込ませて枕にする手も) しかし、もう令和ですよ、202x年ですよ!大丈夫ですか、編集者の方? 出版社の方? もしも正気ならば、また続編を出してください。絶対読みますから。 ただ、作者の加齢が心配。やっぱり、本作にもそこは滲み出ている。仕方ないことではあるが・・・ |
No.1775 | 6点 | 赤い館の秘密- A・A・ミルン | 2024/02/10 12:39 |
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ミステリーファンにはもはやお馴染みのクラシック作品。
「くまのプーさん」(←中国なら消されてるかもしれんな)の作者ミルンの書いた唯一のミステリー(ただし「四日間の不思議」は本サイトで書評済だが)。 1921年の発表作品。 ~田舎の名士の屋敷。「赤い館」で一発の銃声が轟いた。死んだのは十五年ぶりに館の主マークを訪ねてきた兄ロバート。発見したのはマークの従弟と館に滞在中の友人に会いに来た青年ギリンガムだった。発見時の状況からマークに殺人の疑いがかかるが、肝心のマークは行方不明。興味を惹かれたギリンガムは、友人をワトスン役に事件を調べ始める。英国の劇作家ミルンが書いた長編探偵小説~ “今さら”である。 確か小学生の頃にジュブナイル版で読んだ覚えはあるんだけど、まさかこのタイミングで手に取るとは思わなかった。ただ、これは予想外に引き込まれた。 別にたいしたトリックや緻密なプロットがあるわけではない。フーダニットも最初からほぼ自明。例の「秘密の通路」にしたって、それほどの目を見張るような仕掛けがあるわけではない。 そんな本作に惹かれてしまう自分・・・なぜか? ひとつは探偵役となるギリンガムの魅力かな。嫌味のまったくない、まっすぐな性格の英国紳士。これが逆に新鮮。最近は何かしら妙なキャラ付けがしてあることが殆どだからねぇ もうひとつ挙げるとしたら、作品世界の雰囲気かなあー。 他の皆さんは「あまりに牧歌的で冗長すぎる」とのご意見が多いけど、こういう典型的な田園ミステリー、何のてらいもないこの雰囲気を楽しめたのも確か。 そう、新鮮だったのだと思う。 「本作はこういう特殊な設定、環境下のお話です」・・・どんどん複雑化していくミステリー。それはそれでもちろんいいのだけれど、たまにはこういうシンプルで雑味のないミステリーも味わうべき。 そういうことにしておきたい。 (ただ、メインの大仕掛けはいくらこの時代とはいっても、警察も雑すぎだろ!) |
No.1774 | 6点 | 俺ではない炎上- 浅倉秋成 | 2024/02/10 12:38 |
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「九度目の十八歳を迎えた君と」のみ既読の作者。他にも「六人の嘘つきな大学生」などの話題作があるのは知っていたが、なぜか本作を先に手に取ることに・・・
SNSをプロットの主軸に据えた、というのもこの時代らしい・・・のかな? 単行本は2022年の発表。 ~ある日突然、「女子大生殺人犯」にされた男・「山縣泰介」。すでに実名・写真付きでネットに素性が曝され、大炎上しているらしい。まったくの事実無根だが、誰一人として信じてはくれない。会社も、友人も、家族でさえも。ほんの数時間にして日本中の人間が敵になってしまった。必死の逃亡を続けながら男は事件の真相を探る・・・~ ずばり「面白かった」。作者の狙いにしてやられた、という感じだ。 主な視点人物は四人。 主人公にして、濡れ衣を着せられる男・山縣泰介は別として、あとの三人が曲者。 黙って読んでいれば騙されること必至。 本作、いわゆるSNS上のやり取りを主軸に据え、いかにも最新のミステリーです、という体裁をとっているけど、振り返ってみると叙述トリックによる昔ながらのミステリーという部分が見えてくる。 (時間軸ずらしてるしね←ネタバレっぽいけど) まあでも、うまい具合に作ったよなあー 最後の最後まで騙された感が強い。そういう意味では、叙述トリックの新しい「見せ方」かもしれない。 最初から、「真犯人」=山縣泰介、に疑問を抱きながら結局解明できなかった六浦刑事がちょっと不憫。もう少し華を持たせても良かったような・・・ 作者の達者さがよく分かった本作。 (ただ、「九度目・・・」でも最後までモヤモヤが消えなかったけれど、本作でもややモヤモヤは残ったなあ) 続けて未読の作品にも手を伸ばすことになるだろう。 |
No.1773 | 7点 | 方舟- 夕木春央 | 2024/01/28 14:04 |
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2022年度の各種ミステリーランキングを席巻した本作。いつ手に取ろうかと熟慮していたわけですが、新年早々手に取ることになるとは・・・(たまたまです)
果たして評判どおりの面白さなのか? どうしてもハードルが上がるのでツライところかもしれませんが・・・ 単行本は2022年の発表。 ~九人のうち、死んでもいいのは・・・? 死ぬべきなのは誰か・・・? 大学時代の友達と従兄弟と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人の家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。翌日の明け方、地震が発生し扉が岩で塞がれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入し始める。いずれ地下建築は水没する。そんな矢先に殺人が起こった。誰かひとりを犠牲にすれば脱出できる。生贄にはその犯人がなるべきだ。犯人以外の全員がそう思った。タイムリミットまでおよそ一週間。それまでに僕らは犯人を見つけなければいけない~ そういうことか・・・なるほど。 エピローグまで読んで、やっと皆さんのご意見や評価の理由がよく分かりました。 エピローグの前だったら、ロジックのよく効いた出来の良いミステリーくらいの評価だったでしょう。 本作のカギは、ロジックによるフーダニットではなくて、あくまで“ホワイ・ダニット”=動機だったわけだ。 作中の探偵役である翔太郎の口では、動機なんて分からないしどうでもいい、と敢えて言わせておいてのこの反転。 うーん。なかなか思い付けないミステリーの組み立て方かもしれない。 繰り返しになるけれど、エピローグ前ならば何となく収まりの悪さが気になっていた部分が、実は大いなる「欺瞞」につながっていたということだから・・・ こういう本格ミステリーへのアプローチのやり方もあるのかと感心させられた。 普通、動機メインだったら、登場人物の人となりをもうちょっと掘り下げる必要があるだろうけど、本作のプロットだったら、ある意味人物は記号的でいいんだからなあー いやいや、本当に感心させられた。 新年そうそう感心させられた。←クドイって・・・ |
No.1772 | 5点 | 不完全犯罪 鬼貫警部全事件(2)- 鮎川哲也 | 2024/01/28 14:02 |
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どうせなら続けて読んでやれ!って考えて手に取ったパートⅡ。
今回も鬼貫警部“てんこ盛り”の作品集(←当たり前だろっ!)でしょうね。 出版芸術者編集により、発表は1999年。 ①「五つの時計」=これは、かなり手の込んだアリバイトリック。ただ、こんなややこしいことをやると、当然どっかから瓦解するのが必然、というわけでご愁傷さまです。 ②「早春に死す」=ある意味逆説的な真相。ただ、最初の監視員を騙すやり方が上手くいくとは思えないのだが・・・ ③「愛に朽ちなん」=一瞬、あの名作「黒いトランク」のプロットが甦る作品。なのだが結末は尻つぼみ。 ④「見えない機関車」=「へえー」っていう具合に作者の鉄道オタクぶりが窺える作品。②もそうだけど、時刻表トリックだけじゃないのね・・・ ⑤「不完全犯罪」=まさに”不完全”すぎる犯罪というしかない。こんな事件で多忙な鬼貫警部の手を煩わせないでもらいたいものだ。 ➅「急行出雲」=今度は列車の編成か・・・。手を変え品を変え、列車絡みのトリックをよく思い付くよなあー。「出雲」と「大和」のトリックは別作品(確か「砂の城」だったか?)でも使ってるから、2回は使えなかったんだね ⑦「下り“はつかり”」=鬼貫警部もので頻繁に出てくる「写真を利用したトリック」。この程度の写真トリックで鬼貫警部を騙そうと考えるなんて太え野郎だ!! ⑧「古銭」=これも実にあっけない幕切れとなる。チンケなトリックだこと ⑨「わるい風」=これも⑧と同様なのだが、もっと酷い。 ⑩「暗い穽(あな)」=これもちょっとした偶然であっけなくバレてしまう。しかも鬼貫警部ではなく丹那刑事に! ⑪「死のある風景」=長編化したものは既読。普通は短編よりも長編の方が面白そうだけど、これは案外短編の方がまとまっていて良かったように思う。アリバイトリックも気が利いてる。 ⑫「偽りの墳墓」=これも長編は既読。なので新鮮味はない。でも、これも短編の方がシンプルで良いかもしれん。 以上12編。 Ⅰよりも鬼貫警部がこなれてきた感じ。 まーあ、でもいい時代だったんだねぇ・・・。鉄道もいろんな列車が走ってて、いろんな路線も残ってて。日本という国がまだまだこれから成長していくんだというエネルギーを感じる。 あと、こうして改めて触れてみると、トラベルミステリー=(イコール)西村京太郎、ではなく、鮎川哲也なんじゃないか? (個人的ベストは・・・どれかな? 敢えて挙げれば④かな) |
No.1771 | 5点 | クラヴァートンの謎 - ジョン・ロード | 2024/01/28 14:01 |
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つい先だって、やっとの初読みを終えたJ.ロードなのだが、息つく暇もなく二つ目の作品を手に取ってしまった。
特に意味はないんだけど、もう少し面白い作品があるのでは?という淡い期待があったのも事実。 1933年の発表。 ~久しぶりに老財産家の旧友を訪ねたプリーストリー博士だったが、孤高の隠遁生活をおくっていると思っていた彼の家には、あやしげな血縁者が同居しており、しかも主治医から、死は回避したものの彼に砒素が盛られた可能性があると告げられる・・・~ 「退屈派」・・・ ロードに名付けられた全くありがたくない形容詞。前作+本作の二作を読んで、「そこまで退屈ではない」という感想ではある。 ただし、「なにか足りない」。しかも重要な「何か」が足りない・・・ような感覚。 本作のテーマは「毒殺」と「不穏な遺言」だろうか。それと交霊会や怪しげなスピリチュアリズムなどという副菜も盛られている。 まず「不穏な遺言」なのだが、この種のテーマは古今東西であふれている。 「犬神家の一族」なんかがまずは頭に浮かぶのだが、その種の名作に比べて、活用方法?の中途半端さが気になってしまう。 遺言により血縁でない謎の人物が登場するのだが、その人物は直接というかまったく犯罪には関わってこない。 プリーストリー博士が2回ほど会って話すにとどまっている。中途半端。 「毒殺」についてもなあー。たまたま最近読了したバークリー作品も砒素による毒殺テーマ(偶然!)だったけれど、盛り上げ方でかなり劣後している。本作では一旦、優秀な検察医により毒殺が否定され、読者としては??が増してきていただけに、この解法はいただけない。これでは読者は蚊帳の外ではないか。 ついでにいうと、スピリチュアリズムも雰囲気作りには一役買っているものの、カーなどとは比べるべきもないというレベル。 ということで散々けなしてきてますが、書いてるほど悪いわけではない(どっちやねん?)。 最後まで読者の興味は引いてるし、この時期の本格としては及第点ではないかと思う。 ただ、続けて読みますか?と問われれば、「うーん。しばらくいいかな・・・」と答えるだろう。 察してください・・・ |
No.1770 | 6点 | 服用禁止- アントニイ・バークリー | 2024/01/06 15:46 |
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“迷”探偵シェリンガムもチタウィック氏も登場しない、ノンシリーズ作品。
英国伝統の田園ミステリーの体裁をとっているけど、この作者だからねぇ・・・一筋縄ではいかないはず 1938年の発表。原題は“A puzzle in poizon” ~わたしの仲間たちの中心的存在ともいえた友人が死んだ。病死なのか、それとも事故か殺人か。やがて、検死とともに審問が行なわれ、被害者の意外な素顔が明らかになり、同時に関係者たちも複雑な仮面をかぶっていたことを知るにおよび、わたしはとびきり苦い真相に至るのだが・・・。読者への挑戦状を付したひねりの利いた本格ミステリ~ いつものバークリーとはかなり肌触りの異なる作品で、他の方が書いているように、アイルズ名義の作品に近い感じを受けた。 真犯人候補たる主要登場人物は限られているので、読者にとっても犯人当てに挑戦することも可能ではある。 事実、終章前にはなんと「読者への挑戦状」までもが挿入される念の入れようだし・・・ ただなあー、純粋な意味でフーダニットが楽しめるかというとなかなか微妙。 確かにこの真犯人は「いかにも」真犯人っぽくはあるんだけど、伏線だっていかようにも取れる伏線だし、作者の匙加減ひとつの感が強い。 本作の「カギ」はタイトルどおり、「毒薬」=「砒素」。とにかく、どのように、どこで、だれが、砒素を飲ませたのか、あらゆる考察が行われる。このやり取りがなかなか冗長なのがしんどいところ。 もう一つは、登場人物たちの意外な素顔。仲の良い夫婦に思えても、一皮むけばすれ違いが浮かび上がる・・・というのがほぼすべての主要登場人物たちにあてがわれていく。この辺は作者の嫌らしい部分。 総合的にはどうかなあ?個人的にはシェリンガム登場作品の雰囲気の方が好きだが、決して本作が駄作というわけでもない。 一定の評価は十分可能だろう。 |
No.1769 | 5点 | 碑文谷事件 鬼貫警部全事件(1)- 鮎川哲也 | 2024/01/06 15:45 |
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久々の鮎川哲也である。「鮎川哲也賞」受賞作はそこそこ読んでいたけど、肝心の鮎川作品はここのところ全く手に取ってなかったなあー、ということで既読作品も多いはずだけど、未読もまだまだ多いはず!
本作は出版芸術社が編んだ「鬼貫警部登場作」に拘った作品集の第一集。 ①「楡の木荘の殺人」=①と②は鬼貫のハルビン赴任中の事件(かなり昔ということだ!)。で、主題は当然のごとく「アリバイ」ということになるのだが、まあトリック自体はたいしたことはない。基本的な〇所の誤認を使ったもの。 ②「悪魔が笑う」=これもアリバイトリックなのだが、もはやトリックというほどのものでもない。ちょっと捜査すれば分かるでしょ!というレベルなのだから。鬼貫もまだ若い頃なんだろうけど、この程度ならすぐに推理できてしまう。 ③「碑文谷事件」=まさに“ザ・鮎川哲也”と呼びたくなる鉄道アリバイトリックもの。真犯人が弄したふたつのアリバイトリック。1つめの写真を使ったトリックはいくら何でもダメだろう。簡単な聞き込みで容易に瓦解するのだから。問題は2つめ。「しまだ」と「いわた」と聞いてもしかしてとは思ったけど、まさかその通りとは・・・ ④「一時10分」=これも鉄道を使ったアリバイトリックがテーマ。ただし、手近な「湘南電車」だし、これも実際に乗ったらすぐに判明する程度のトリックというのが辛い。電話のトリックもなあー、子供だまし。 ⑤「白昼の悪魔」=これは完全にタイトル負け。悪魔というほどでもない。鬼貫警部にかかれば、こんなトリックなんてあっという間に解決だ! ここでやっと丹那刑事が登場してくるのがうれしい。 ⑥「青いエチュード」=これもアリバイトリック自体はたいしたことはないが、味わいの良い作品。今回の鬼貫警部はなんだかカッコいい。 ⑦「誰の屍体か」=身に覚えのない郵便物が三人の画家のもとに届いた。中身はそれぞれ硫酸壜とヒモ、そして拳銃・・・。何となく引っ張り込まれるような冒頭から始まるある事件。死体の首がなかったために被害者が特定できないなか、若き美しい女探偵が登場する。ということで、起伏に富んで面白い作品。犯人がそこまでしないといけなかったのかは甚だ疑問だが。 ⑧「人それを情死と呼ぶ」=後に長編化されておりそちらか既読。そのときも高い評価はしていなかったのだが、原作の方も同様。しかもこちらは鬼貫警部が未登場なのでなおさら評価は下がる。アリバイトリックも「つまらない」のひとこと。 以上8編。 もちろん鮎川は大好きだが、本作を高評価するのはさすがに厳しい。 長編だと、いい意味で作者の遊び心が味わえるのだが、短編ではそれも難しいからねぇ・・・ まあでも、今さら鮎川作品を私ごときがどうのこうの批評すること自体が随分と失礼な話である。 ということにしておこう。 (個人的にはやっぱり③が抜けているとは思った) |
No.1768 | 7点 | 黒石 新宿鮫Ⅻ- 大沢在昌 | 2024/01/06 15:43 |
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少し遅くなりましたが、2024年、新年明けましておめでとうございます。今年は元旦からまさかの事態がつぎつぎと・・・
画面から見ているだけで大変恐縮なのですが、被害に遭われた方の心中を察するといたたまれれない気持ちになってしまいます。 ですが、こういう時こそ、われわれは「己の本分」を全うすることがまずは大事と信じております。 ということで、新年一発目の作品は、ついにⅫ(12)まで進んだ「新宿鮫シリーズ」最新刊で、ということです。 単行本は2022年の発表。 ~リーダーを決めずに活動する地下ネットワーク「金石」の幹部、高川が警視庁公安に保護を求めてきた。正体不明の幹部「徐福」が謎の殺人者「黒石」を使い、「金石」の支配を進めていると怯えていた。「金石」と闘ってきた新宿署生活安全課の刑事・鮫島は、公安の矢崎の依頼で高川と会う。その数日後に千葉県で「徐福」に反発した幹部と思しき男の頭を潰された遺体が発見された。過去10年間の「黒石」と類似した手口の未解決事件を検討した鮫島らは、知られざる大量殺人の可能性に戦慄した・・・。どこまでも不気味な異形の殺人者「黒石」と反抗する者への殺人指令を出し続ける「徐福」の秘匿されてきた犯罪と闘う鮫島。シリーズ最高の緊迫感!~ シリーズ12作目でこの面白さなら十分合格点、そういいたい気持ちはある。 本作は、前作(「暗約領域」)と深いつながりがあり、特に前作でもキーパーソンだった「新本ほのか」(またの名を「荒井真梨華」)は本作でもまた、事件のカギを握る存在として鮫島の前に現れることになる。 そして、何より本作最大の謎は、「異形の殺人者」=「黒石(ヘイシ)」とそれを操る「徐福」の正体、ということになる。殺人者に関しては、これまでもⅡの「毒猿」やⅥ「氷舞」での美しき殺人者など、謎に満ち魅力的なキャラクターが登場していた。 始まってすぐに「黒石」視点でのパートが少しずつ挟まっており、それを読み進むごと、読者もその不気味さを徐々に理解していく・・・そんな効果を狙ってのことなんだろう。(ただ、ちょっと書きすぎの感はあって、終盤はかえって「不気味さ」の興を削いでいたが) 事件は鮫島と新パートナーである矢崎、そして桃井の後任である阿坂課長、薮たちの捜査により、徐々に詳らかにされていき、「金石」の幹部である「八石」の正体が判明するとともに、ついには「徐福」と「黒石」の正体も姿を現していく・・・ ただ、徐々にページ数が少なくなっていくなかで、まだ対決シーンが始まっていないじゃないか!と思っていた矢先、突然に訪れたかの「ふたり」との遭遇、そして急展開ともいえる終幕・・・ いやいや、早仕舞いすぎでしょー もう少し味わいたかったよー。鮫島と「徐福」そして「黒石」との対決。この辺りが、他の方の書評でも不満として見られるのかなとは思った。 まあでも、シリーズ第一作の発表が1991年だから、足掛け30年が経過。作品の世界では恐らく鮫島は10歳程度しか加齢していないように見えるけど、それでも40代半ばではあるだろう。 先に触れたⅡ「毒猿」ラストの名シーン。新宿御苑内での「毒猿」との戦慄の対決シーン。そのときは鮫島も30代前半。体力も気力も充実していた頃だろう。それを本作でも再現すること自体が無理筋なのかもしれない。 フィクションの世界だって加齢するのだ。それこそが30年も続いてきた本シリーズの強みであり、弱みなのかもしれない。 でも、本作では阿坂の口から鮫島のチーム力についての言及がある。いつもひとりで闘ってきた鮫島だったはずだが、本作では矢崎も薮も阿坂もそれぞれの「本分」で力を発揮する。 そうだ、40代も後半を迎えた(合ってる?)鮫島にとっては、「チーム」で闘うすべを痛感した本作だったのではないか? いかんいかん。何だかフィクションかノンフィクションか分からないような書評になってしまった。 でもいいのだ。私も鮫島に習って、決して現実に目を背けないようにしたい。そう強く思った新年一発目となった。(何だかよく分からん書評ですが・・・) |
No.1767 | 6点 | ハーレー街の死- ジョン・ロード | 2023/12/09 13:55 |
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J.ロード。生涯で147作ものミステリーを残したものすげぇー多作の作家。
ただし、巻末解説の新保博久氏によれば、ロードは「ワンアイデアだけで長編を紡げる剛腕作家」ということ(らしい)。ということで、代表作のひとつとされる本作を読んでみることに。 1946年の発表作品。 ~ロンドンのハーレー街にある診療所で医師の変死体が見つかった。死因はストリキニーネによる毒死。検視審問では、目撃者の証言と動機の不在から他殺でも自殺でもなく事故死の評決がくだった。だが何か気になる。プリーストリー博士の書斎に集まるメンバーは捜査と推理を始めた。そして博士は事故でも自殺でも他殺でもない「第四の可能性」を示唆するのだった。意外な真相が待ち受ける本格派の巨匠ロードによる最高傑作!~ 他の方々も書かれてますが、本作のメインテーマである「第四の可能性」。これは確かに微妙。 そんなに大上段に構えるほどの新機軸には思えないし、探偵役のプリーストリー博士も「えらくもったいぶったなあー」という感想になってしまう。 そもそも、最終的な真相のための条件が「後出し」なのが問題なのかな? 構成上やむを得ないところもあるんだろうけど、物語そして推理の「カギ」となるだけに、そこはせめて伏線だけでも用意すべきでは?というふうに見える。 でも、そこは本作の「肝」ではないんだろうな。 途中の長々した捜査過程が退屈という意見もあるようで、それも確かにと思わせるところはある。 なにせ、終わってみれば「捨て筋」をひたすら読まされていたわけなのだから・・・ 作者に言わせるなら、「第四の可能性」を浮かび上がらせるために、第一から第三の可能性をなくさせる必要があったわけで、この捜査過程も必要!ということになるのだろう。 こんなやり方が、きっと冒頭の「ワンアイデアを膨らませる作家」という評価にもつながっているに違いない。 ただ、決して「つまらない」ということではない。登場人物たちの試行錯誤や刑事の実直な捜査行についても、十分個人的な「好み」の範疇だった。 たったひとつの事件をあらゆる角度から検証していく試みは、バークリーの諸作などを持ち出さなくても特に目新しさはない(のかもしれない)。 ただ、その過程を「面白くする」のか「退屈」にするのかは、それこそ作家の力量にかかっている、ということなのだろう。 そういう意味では、どちらかというと「好き」なベクトルの作品。 それでいいのだ。 |
No.1766 | 7点 | invert 城塚翡翠倒叙集- 相沢沙呼 | 2023/12/09 13:54 |
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大きな評判となった「medium霊媒探偵城塚翡翠」。前作終盤でも、続編のにおいがプンプンしてましたが、矢継ぎ早に発表された続編第一弾をようやく読了。
今回は「倒除もの」の短編ということで、誰もが振り向く美女ながら、世界一性格の悪い城塚翡翠の探偵譚。 単行本は2021年の発表。 ①「雲上の晴れ間」=これは、また、なんて純正な「倒叙」ミステリーなんだ。完全犯罪をやってのけたシステムエンジニアVS翡翠。普通はガチンコのバトルになるのだろうが、如何せん翡翠は美しすぎた。翡翠の籠絡にかかってしまう男の哀れなこと・・・。最後には完膚なきまでに陥落させられることに・・・アーメン。 ②「泡沫の審判」=②と③は書き下ろし作品。今回の相手は職業意識に燃える女性教師。女性と子供の敵である男を使命感を持って殺害。で、今回も翡翠の霊感と推理が冴え渡るわけだが、序盤の現場界隈の描写には要注意! そこかしこに伏線が潜んでいる。最後になって「アッ!」と声が出ること請け合い。まさかアレも伏線だったとは・・・ ③「信用ならない目撃者」=最終話にしてある意味問題も孕んでいる一編。まあ、三編とも普通の倒叙というわけにはいかんよなあー。相手は元刑事にして翡翠の最強?の敵となる男。なのだが、終盤に大きな仕掛けが待ち構えている。なるほど・・・これがやりたかったのね。気付けなかったなあー。 でもこれだったら何でもあり、という気がしないでもない。 以上3編。 実に「しっかりとした」倒叙作品だと思った。特に①と②は典型的。 ただし、違うとすれば翡翠のキャラと特性。これが効いている。 翡翠の場合、第一印象でほぼ真犯人が分かってしまうので、後は如何にして証拠を掴み集めるかになる。そのために駆使するのが己の美貌とキャラクター。 ③は? 私は「良い」と思いますよ。十分許容できます。 (個人的ベストは・・・やっぱ③だね) |
No.1765 | 6点 | 伽藍堂の殺人~Banach-Tarski Paradox~- 周木律 | 2023/12/09 13:52 |
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「眼球堂」「双孔堂」「五覚堂」に続いて出された「堂シリーズ」の第四弾。
シリーズも方向性が見えて、そろそろ佳境に入るのではないかという雰囲気も漂ってきている。 さて、どうだろうか? 2014年発表。 ~警視庁キャリアの宮司司は大学院の妹・百合子とともに宗教施設として使われた二つの館が佇む島・・・伽藍島を訪れる。島には数学史上最大の難問である「リーマン予想」の解法を求め、「超越者・善知鳥神、放浪の数学者・十和田只人も招待されていた。不吉な予感を覚える司をあざ笑うかのように講演会直後、招かれた数学者たちが姿を消し、死体となって発見される。だが、その死体は瞬間移動したとしか思われず・・・張り巡らされた謎が一点に収束を始めるシリーズの極点~ いやいや、これはなかなかたまげた! そう言っていいレベルの大型物理トリック。 前作(「五覚堂」)の物理トリックも結構大掛かりなものだったことを考えると、こんなトリックを連発できるあたり、作者の只者ではない感が相当増してきている。 もちろんリアリテイは全くない。新興宗教の怪しげな教祖を登場させて話の雰囲気作りもしてはいるけど、日本海の真っただ中にこんな施設をつくったら、さすがに気づくだろ!っていうツッコミは封印しておく。 でもまあ、このメイントリックに尽きるよなあー 結構伏線はあった。特に「色」の問題。間違いなくヒントだろうという「扱い」だった。 それに「はやにえ」を模した二つの死体。圧倒的な力が加えられたとしか思えない・・・ってことはー いやいや、読後もちょっと興奮している。 それでも評価がそれほど高くないのはなぜか? それはもう、トリック以外の魅力が少なすぎることに相違ない。 ラストでの百合子の驚くべき「推理」(いや、「指摘」だろうか?)。これは本シリーズを揺るがしかねないような「爆弾」か? それでも、淡々と流れる物語は私の心の奥には響いてこなかった。(そもそも作者はそんなことを気にしてないのだろうが・・・) 蛇足ですが、本作のサブタイトルにもなっている「バナッハ・タルスキのパラドックス」。 数学の世界ではメジャーな定理?のようだが、コテコテの文系人間である私は初めて聞いた「ことば」だった。(ついでに「リーマン予想」も) でも、不思議だ!! |
No.1764 | 5点 | 幻の屋敷- マージェリー・アリンガム | 2023/11/18 14:08 |
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日本版オリジナル短編集の第二弾。とはいえ、前作の「窓辺の老人」を読了してはや八年強。
もはやすっかり忘れております。どんな雰囲気だったっけ? ということで、原作は1938年ごろの発表(と思われます)。 ①「綴られた名前」=とあるパーティーの会場で起こった宝石盗難事件が本編の謎。キャンピオン氏も当然巻き込まれるのだが、彼が偶然拾った指輪をもとに、持ち主やらそれに基づいた事件の解明やらをあっという間に行ってしまう。スゲえ推理力。神業級。 ②「魔法の帽子」=この帽子をレストランの机に置いておけば、お代が無料になるという不思議な帽子。なんていい帽子なんだ! 欲しい!!って当然裏事情という奴がありまして、それはたいがい犯罪に関わっているわけです。残念。 ③「幻の屋敷」=とある田舎町に存在するというある屋敷。それが「灰色小孔雀荘」。その場所を知っているという老人を案内させると、その屋敷はとっくに壊されたという。でもここに、先週その屋敷を訪れたという若き女性が登場! あれ、なんか変な感じになってきたぞ・・・と思いきや。あっけなくキャンピオン氏が解き明かしてしまう。そりゃそうだ。 ④「見えないドア」=タイトルからして「名作」っぽい雰囲気だったのだが・・・。真相はまさかの「〇が〇〇ない」! そりゃないでしょう。周りも気付くんじゃないの? ⑤「極秘書類」=ひとりのチンケな犯罪者とその正体を知らず、彼に恋をしたひとりの無垢な女性。かの英国でもこんな陳腐な物語が紡がれるのか。犯罪者の言い訳がなかなか笑える。 ⑥「キャンピオン氏の幸運な一日」=まぁよくある手な作品だけど、短い分だけきれいに決まった感じ。 ⑦「面子の問題」=これがよく分からなかったんだよねー。結局、事件のほうはどうなった? ⑧「ママはなんでも知っている」=これってヤッフェの同名の作品集とはまったく関係ない? 根本的な部分では共通してますが・・・ ⑨「ある朝、絞首台に」=意外な犯人。というほどでもない。むしろ、よく見てきたやつだ。 ⑩「奇人横丁の怪事件」=この時代から「空飛ぶ円盤」「UFO」なんてものが話題にのぼっていたんだね。さすがイギリス! ⑪「聖夜の言葉」=キャンピオン氏の愛犬が主人公のお話、だそうです。 以上11編+ボーナストラック1編。 分量はたいしたことはないけれど、結構お腹一杯になりました。 作品によって出来不出来はあるけれど、どれもワンアイデアがキラリと光る、と好意的に評価したい。 まぁ時代も時代なんでねぇ・・・日本だったら戦中戦後の暗い時代。そんな時代にかの大英帝国はこんな洒落た探偵小説が書かれていたのだから、そりゃ勝てるはずありません。 作品の印象としては短い作品ほど切れ味があって高い評価。 個人的ベストは・・・うーん。難しいな。 |
No.1763 | 7点 | レオナルドの沈黙- 飛鳥部勝則 | 2023/11/18 14:07 |
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作者の作品はデビュー長編の「殉教カテリナ車輪」以来となる。
本作は名探偵・妹尾悠二シリーズの第一弾でもある(とのこと)で楽しみ! 単行本の発表は2004年。 ~「私は遠隔のこの地にいたまま、目的の人物を思念によって殺して見せる」。交霊会の夜、霊媒師によって宣言された殺人予告とその恐るべき達成。すべての家具が外に運び出された状態の家の中で首を吊って死んでいた男。密室状態の現場。踏み台にされたレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿本と鏡文字の考察。第二の不可能犯罪の勃発。そして読者への挑戦・・・。本当に犯人は霊媒師なのか? 違うとすれば果たして誰なのか? 逆さまずくしの大胆不敵な事件に挑むのは美形の芸術家探偵~ かなりガチガチの本格ミステリー。しかも、かなり「出来の良い」。 何より出てくる「謎」が魅力的だ。 “今どき”交霊会が舞台。不気味な霊媒師が殺人を予告し、そのとおりに起こってしまう殺人事件。なぜか家具がすべて外に出された現場。そして再び起こる殺人事件。しかも、またもや遠隔殺人の様相を呈している・・・ と、枚挙にいとまがないほど奇怪な謎が押し寄せてくる。 そして登場する「読者への挑戦」。うーん、なんて魅力的なんだ! 実にクラシカルでフォーマットに則った本格ミステリーである。 当然ながら問題はその解法にかかってくる。 第一の事件の解法はなかなか見事。探偵役の妹尾の言うとおり、不確実な事柄を排除していくと残ったものが厳然たる事実ということになる。 これについては作者もかなり念入りに伏線を張っているので、途中で気付く人もいるだろう。ただ、一見すると不可思議な遠隔殺人を如何にして現実的な事象に下ろしていくか、この辺りは何となくだが、連城の「暗色コメディ」を彷彿させるところがある。 で、問題が第二の事件。 これは・・・バカミスと呼ばれても仕方ないのでは? なにせ被害者が〇〇〇マで〇〇るなんて・・・(もはや爆笑!) ただし、このフーダニット。これには意表を突かれた。ズルいといえばそうかもしれないけど、個人的には「そうきたか!」と思わせるに十分だった。 ということで、トータルで評価するなら、大変良くできたミステリーだと思うし、作者のトリックメーカーぶりが伺える作品になっている。 ただ、突っ込みところは多いよ。この手のミステリーに共通する「偶然の連続」とか。 でも好きだな。好みに合った作品なのは間違いない。 |
No.1762 | 5点 | 星詠師の記憶- 阿津川辰海 | 2023/11/18 14:06 |
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「名探偵は嘘をつかない」につづく作者の第二長編作品がコレ。
作者お得意の「特殊設定」下の事件を扱う本格ミステリー。でも、こんな設定、よく考えつくよなぁ・・・ 単行本は2018年の発表。 ~被疑者射殺の責任を問われ、限りなく謹慎に近い長期休暇をとっている警視庁刑事の獅堂。気分転換に訪れた山間の寒村・入山村で、香島と名乗る少年に出会う。香島は紫水晶を使った未来予知の研究をしている「星詠会」の一員で、会の内部で起こった殺人事件の真相を探って欲しいという。不信感を隠さず、それでも調査を始める獅堂だったが、その推理は予め記録されていたという「未来の映像」に阻まれる。いったい何が記録されていたのか?~ 最初に書いたとおり、本作もかなりの「特殊設定」「特殊な条件下」での推理を探偵も読者も強いられる。 くだんの「星詠会」の「星詠師たち」は紫水晶のなかに未来を映し出すことができる・・・というのが今回のメイン特殊設定となる。 殺人事件は容疑者が明白な形でその映像に残っていたのだが、その欺瞞を解き明かすのが探偵役の獅堂。 ストーリーは現在進行形の事件と、会の創始者でもある男が自身の特殊能力を知った過去の事件がクロスオーバーしながら進んでいく形をとる。当然、ふたつの事件は大きな関わりがあるはずと読者は意識することになる。 ただなぁー。他の方も書かれているけど、この条件がかなり“ややこしい”。 普通の頭ではどうにもこうにも「矛盾」が生じてしまうような設定なのだが、そこはそう日本の最高学府出身の作者だけあって、凡人たちが矛盾だらけに苦しむなかでスイスイと真相に行き着いてしまう。 なので、どうにも凡人の私にとってもスッキリしない感覚に陥ってしまう。 正直、事件関係者の人数は少ないので、役割を与えていけば真相に到達するということがないわけではない。なんだけど、そのためにずいぶんややこしいことしたなあという印象を持ってしまう。 動機もねぇ。ここまで精緻なミステリーを組んできた作品としては、えらく陳腐な動機だなぁという感想。 話の性質上、ジミになるのはやむを得ないのかもしれないけど、「特殊設定」というと比較的派手な展開というイメージがある中で、玄人好みの作品といえそう。 純粋なパズラー好きの方なら、もう少し高評価になってもよいだろう。 凡人の私はこの程度の評価で・・・ |
No.1761 | 5点 | カナダ金貨の謎- 有栖川有栖 | 2023/11/03 19:20 |
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安定感超抜群の「火村・アリスコンビ」の国名シリーズもついに第10弾に突入。
今回はカナダか・・・いいところなんだろうね(行ったことないけど) 新書は2019年の発表。 ①「船長が死んだ夜」=何の「てらい」もない、純正な短編ミステリーだ。逆に珍しい・・・で、本筋としてもロジックによるフーダニットの興趣が味わえる一品。 ②「エア・キャット」=名探偵火村准教授の小ネタが味わい深い一編。でも真相が分かってみると、「なーんだ」っていうようなもの。だからこその小ネタ。 ③「カナダ金貨の謎」=名短編として名高い、同じ国名シリーズの「スイス時計の謎」。「スイス…」はキレキレのロジックが有名だが、同作に対する言及が出てくる本作はとてもその域には達してないと思えるのだが・・・。まあ工夫した倒叙ものではある。 ④「あるトリックの蹉跌」=“あるトリック”とは、学生時代のアリスが火村と初めて出会ったとき、たまたま書いていたミステリーに出てくるトリックのこと。若き火村は見事、簡単にそのトリックを看破してしまうわけである。まぁ「シリーズゼロ」のような作品といえばカッコいいが・・・。 ⑤「トロッコの行方」=“トロッコ問題”(何のことか分からない方は本作をご一読ください)を根底に敷いた一編。でもこの終わり方はあまりに唐突で投げやりな気がする。動機なんてこんなものかもしれんが・・・ 以上5編。中編3編+短編2編というのは、かのクイーンの短編集になぞらえたとのこと。 まあ相変わらずの安定ぶりである。 いま日本で最も安心して楽しめるミステリー作家であり、シリーズなのは確かでしょう。 前にも書いたような気がするけど、特殊設定全盛の現代ミステリー界で、それに抗うがごとく普遍的ミステリーを発表し続ける作者には敬意を表するほかありません。 本作もサプライズ感こそ小粒ですが、決して侮ることのできない佳作ぞろい。 ・・・ちょっと言い過ぎかもしれんが。 (個人的ベストはうーん、⑤かな。) |
No.1760 | 6点 | リンカーン弁護士- マイクル・コナリー | 2023/11/03 19:18 |
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M.コナリーが創造した新たなスター。それが弁護士ミッキー・ハラー。
これまで読み継いできた「ハリー・ボッシュ」の物語から少し外れ、同じLAで活躍する彼の物語をのぞいてみることにしようか・・・ 2005年の発表。 ~高級車リンカーンの後部座席を事務所代わりにLAを駆け巡り、細かく報酬を稼ぐ刑事弁護士ミッキー・ハラー。収入は苦しく誇れる地位もない。そんな彼に暴行容疑で逮捕された資産家の息子から弁護の依頼が舞い込んだ。久々の儲け話に意気込むハラーなのだが・・・。その事件はかつて弁護を引き受けたある裁判へとたどり着く。もしかしたら自分は無実の人間を重罰に追いやったのではないか。思い悩む彼の周囲にさらに恐るべき魔手が迫る・・・~ まさに「正調リーガル・サスペンス」と称したくなる一品。 そんな作品だった。 冒頭、冴えない弁護士稼業に精を出しているミッキー・ハラーに思わぬ儲け話が舞い込んでくる。 容疑者に話を聞き、周辺調査を行うハラーだが、十分に勝算の立つ弁護だと思われた。 しかし、まず立ちはだかったのが、若き検察官ミントン。ハラーの使った調査員が集めた証拠に実は瑕疵のあることが判明する。そして、次に立ちはだかったのが「・・・」。こいつが本命。しかもまさかの・・・ というわけで、そこはコナリーらしく、起伏に富んだストーリー展開。読者の勘所を押さえに押さえたプロット。 文庫版の下巻に突入すると、いよいよ山場の法廷シーン、対決が始まる。 これが本作最大の盛り上がる場面。 若き検察官を蹴散らし、ついに「本命」の相手にも引導を渡せるのか・・・? リーガルサスペンスらしい、検察VS弁護士に加えて、弁護士VS真の相手という二重の対決が本作の売りなのだろう。 いつものボッシュシリーズだと、彼のアクティブな捜査行やピンチの連続が味わえるけど、そこは本作でもヒケを取らない。特にラストはハラーの娘までも巻き込みつつ、まさかの黒幕(?)までも判明することに・・・ ・・・こんなふうに書いてると、実に面白い読書だったことが分かる。 しかしながら、ここでちょっと立ち止まる。うーん。そこまで面白かったっけ? なんか麻酔をかけられたように、コナリーの術中にはまってしまったけど、ボッシュシリーズほど楽しめたかというと、「そこまでではなかったかな」というのが冷静な判断かもしれない。 ただ、続編が楽しみなのは確か。しかもボッシュとハラーの共演らしいし。 読むしかないでしょ。 (なんだかんだ言いながら、本作の裏テーマも「親子」の愛情だったと思う) |