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nukkamさん
平均点: 5.44点 書評数: 2875件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.2875 5点 浜中刑事の妄想と檄運- 小島正樹 2025/08/07 06:22
(ネタバレなしです) 海老原浩一シリーズの「龍の寺の晒し首」(2011年)で脇役だった浜中康平を主人公にした本格派推理小説の中編「浜中刑事の強運」と「浜中刑事の悲運」の2作を収めて2015年に発表された中編集です。海老原は登場せずシリーズ番外編かと思ってましたが新たなシリーズとして本書以降も作品が発表されています。浜中はとてもお人好しで出世志向など全くなく、のんびりした駐在所勤務に憧れていますが幸運(本人には不運)で次々に手柄をたててしまい、若くして県警本部の刑事に抜擢されています。「浜中刑事の強運」は最初から犯人を明かしている倒叙本格派、「浜中刑事の悲運」は家族を殺された男の復讐計画から始まる半倒叙本格派です。幸運での解決といっても何もしないで棚ぼたがあるわけではなく、ちゃんと捜査と推理もしています。読者側はある程度真相をわかっているのですが、そうでない浜中の推理は時に飛躍過ぎではと感じるところがありました。ほほえましい場面もありますけど「浜中刑事の悲運」の第3章の悲劇描写はとても沈痛でした。

No.2874 5点 失踪者- ヒラリー・ウォー 2025/07/29 20:44
(ネタバレなしです) 1964年発表のフェローズ警察署長シリーズ第8作の警察小説です。インディアナ湖の湖畔で女性の絞殺死体が発見されます。被害者の生前の行動と身許を調べていく展開になりますがこれが大変な難作業で、フェローズ得意の粘りの捜査も26章では「絶対に確実なはずの推理もあてがはずれたし、これこそと思った有望な手がかりも、いい結果は出なかった。内心で負けたと思いながら敗北は認めたくなかった」と読者はじりじりさせられます。まあこれがシリーズの個性ではあるのですけど。30章でフェローズが突然スカンクに畑を荒らされた百姓のたとえ話をしてから一気に捜査は進展し、最後は意外とあっけなく締め括られます。

No.2873 5点 多摩湖山荘殺人事件- 藤原宰太郎 2025/07/28 17:47
(ネタバレなしです) 1994年発表の久我京介シリーズ第5作の本格派推理小説です。久我は亡き妻の妹夫妻が事故死したことを知らされます。状況には謎めいた不自然さがありますが久我が病気入院中ということもあってすぐに謎解きという展開にはなりません。中盤になって新たな事件が起きてこちらがメインの謎解きになります。分厚いカーテン越しで見えないはずの被害者をどうやって正確に射殺(厳密には2発撃たれて1発が命中)したのかという銃殺トリックに挑戦しており、ジョン・ディクスン・カーの「震えない男(別題「幽霊屋敷」)」(1940年)のトリックがネタバレされていますのでまだ未読の方はご注意下さい。犯人当てとしては平凡な出来栄えですが、トリックについては細かいところまでフォローした推理説明になっています。光文社文庫版の巻末では「久我がライフワークの『トリック百科事典』の完成もほぼメドがついたので(中略)アマチュア探偵として活躍しますので、いっそうの声援をお願いします」とまだまだ創作意欲があるようにコメントしていますが、結果的に本書が藤原宰太郎(1932-2019)の小説最終作となりました。

No.2872 4点 地中海クルーズにうってつけの謎解き- ドーン・ブルックス 2025/07/28 17:24
(ネタバレなしです) 英国のドーン・ブルックスは40年近く看護師や助産婦として活動してから作家に転身していて、回想記や児童書も書いています。2018年発表の本書は英語原題が「A Cruise to Murder」で、主人公は婚約者から別れを告げられて傷心状態の警察官レイチェル・プリンスです。豪華客船(3500人の乗客と1800人の乗務員がいます)で看護師をしている友人のサラに誘われて地中海クルーズに参加して事件に巻き込まれます。創元推理文庫版では「親友同士の女性たちが謎に挑むコージーミステリ・シリーズ」と紹介されているので本格派推理小説系かと思いましたがこれはサスペンス小説系ですね。冒頭の登場人物リストに正体不明の殺し屋が載っており、この殺し屋が船客の1人を狙っていることが何度か描かれています。殺人も起こりますが犯人当て要素はなく、犯行阻止(護衛)を目的とするプロットでした。300ページに満たない短さに平明な文章で読みやすいところは確かにコージーミステリーですがメリハリがないのでサスペンスはあまり盛り上がらず、人物描写もそれほど個性を感じません。トラベル・ミステリーとしても物足りません。

No.2871 5点 放課後の名探偵- 市川哲也 2025/07/22 15:13
(ネタバレなしです) 蜜柑花子シリーズを4作集めた2018年発表の第2短編集で、作中時代的には「屋上の名探偵」(2017年)の後、「名探偵の証明」(2013年)の前に当たります。「ルサンチマンの行方」は倒叙本格派推理小説で、追いつめられる主人公(犯人)の焦りが上手く描写されてまずまずの出来栄え。「オレのダイイング・メッセージ」は推理ゲームでメッセージを書ける状況を作り出すために怪我をしたいと(でも痛いのは嫌だ)奮闘する主人公の描写が謎解きよりも楽しめました。「誰がGを入れたのか」はシリーズ番外編で、蜜柑はほとんど登場しません。いたずらの仕掛けを自分自身に仕掛けられてしまった主人公が犯人を探すための推理が暴走します。「屋上の奇跡」は自殺しようとする主人公とそれを止めようとする蜜柑が描かれており、蜜柑が自殺願望に気づいたのは推理力ではないところが本格派としては拍子抜けですが青春小説としては読ませます。「屋上の名探偵」と比べて気軽に読めない雰囲気の作品が増えたのは好き嫌いが分かれるかもしれません。

No.2870 6点 『高慢と偏見』殺人事件- クローディア・グレイ 2025/07/21 23:12
(ネタバレなしです) 英国のP・D・ジェイムズにジェイン・オースティンの「高慢と偏見」(1813年)の後日談にミステリー要素を絡めた「高慢と偏見、そして殺人」(2011年)という作品がありますが米国のクローディア・グレイ(1970年生まれ)は殺される被害者に不満があったそうで、それが2022年発表の本書の執筆動機だそうです。「高慢と偏見」だけでなく「分別と多感」(1811年)、「マンスフィールド・パーク」(1814年)、「エマ」(1815年)、「ノーサンガー・アビー」(1817年)、「説得」(1818年)の全主要作品の結婚カップルを登場させています。但し「ノーサンガー・アビー」のカップルは序盤の顔出しだけで、舞台となる屋敷には来ないのがオールスター出演としては画竜点睛を欠いた感もありますけど。嵐の山荘状態の屋敷で夜中に殺人が置き、容疑者たちのアリバイがあやふやという設定はジェイムズ・アンダースンの「血染めのエッグ・コージイ事件」(1975年)を連想します。本格派推理小説の謎解きの密度ではアンダースンに劣り、ジェイムズに勝ると思います。事件の影響による疑心暗鬼や不安を丁寧に描いて人間ドラマを重視しているところはもしかしたらオースティンの作風を意識しているかもしれませんが、私はオースティン作品を読んでいないのでパスティーシュとしてよくできているかは評価できません。オースティンのファン読者にこそお勧めしたいところですが、大好きなキャラクターが殺人容疑者になっている設定に抵抗を感じる読者もいるかもしれません。

No.2869 6点 夜と霧の誘拐- 笠井潔 2025/07/09 05:45
(ネタバレなしです) 矢吹駆シリーズ第8作となる本格派推理小説で、前作の「煉獄の時」(2022年)と同じように雑誌連載版(2010年)から改訂作業に時間をたっぷりかけ、単行本出版は2025年になりました。「哲学者の密室」(1992年)のダッソー家が再登場し、誘拐事件と殺人事件の2つが絡み合います。前半のカケルは謎解きよりも哲学議論の方で目立っていますが、それでも中盤でのアドバイスで謎解きが大きく前進します。7つの疑問点を列挙しているところは「バイバイ、エンジェル」(1979年)を連想させます。哲学議論は私には難解過ぎですがシリーズ作品中では控え目な方で、読みやすいということはさんのご講評に賛同します。といっても大作なので読書時間はそれなりに求められますが。某米国作家の1930年代の本格派推理小説をもっと複雑で緻密にしたような真相が印象的です。最後の数行の哀愁漂う演出も巧みで、こちらについてはクリフォード・ウィッティングの「知られたくなかった男」(1939年)が頭に浮かびました。

No.2868 3点 ワタリガラスはやかまし屋- クリスティン・ゴフ 2025/07/08 15:47
(ネタバレなしです) ノンフィクション・ライターであった米国のクリスティン・ゴフのミステリーデビュー作が2000年発表の本書で、バードウォッチャー・ミステリー第1作です。シリーズ作品ではありますが主人公が作品によって異なる場合があるようです。本書の主人公はニューヨークの広告会社に勤めるレイチェル・スタンホープで、農場主で野鳥保護運動家の叔母ミリアムからの依頼で野鳥の会の例会で代理のホスト役を引き受けます。ところがバードウォッチの際中にミリアムにつきまとっていた雑誌記者の死体を発見します。警察から容疑者扱いされたミリアムの失踪事件まで発生し、レイチェルは事件解決しようと奮闘します。コージー派ミステリーと紹介されていますが後半になるとスリラー色が濃くなってサスペンスは盛り上がりますけど、本格派推理小説の謎解きを期待するとがっかりすると思います。環境活動に関する説明も難解でした。

No.2867 6点 京都「時代祭り」殺人事件- 高柳芳夫 2025/07/08 15:29
(ネタバレなしです) 高柳芳夫(1931-2023)は1990年に朝見大介シリーズ第3作の本格派推理小説である本書とスパイ・スリラーの「マルタの鷹を撃て」を発表したのを最後に作家活動をやめてしまいます。出版社との関係が悪化したのが原因と言われているようです。京都の時代祭りで巴御前役の女子大生が突然落馬して、手当の甲斐なく死んでしまします。その後青酸カリによる毒死であることがわかりますがどのように毒殺されたかの謎が朝見を悩ませます。被害者の友人も殺されますが、今度は死体が歩いたかのような謎が突き付けられます。毒殺トリックは某海外ミステリーの古典的トリックと見せかけて捻りを入れています。その捻りも古典的ではあるのですが。第2の殺人の真相は偶然の要素を織り込んでいるのが評価の分かれ目になりそうです。終章のどんでん返しが実に大胆なのも印象的ですが、それまで築き上げた重苦しい雰囲気を唐突にすっきりさわやかにして幕引きさせたのにはそれ以上に驚きました。

No.2866 5点 木曜殺人クラブ 二度死んだ男- リチャード・オスマン 2025/07/02 00:34
(ネタバレなしです) 2021年発表の木曜殺人クラブシリーズ第2作です。ハヤカワポケットミステリーブック版では「傑作謎解きミステリ」と紹介されている一方で「スパイとマフィアが絡む大事件に、老人探偵たちが挑む!」とも記載されています。シリーズ第1作の「木曜殺人クラブ」(2020年)はアマチュア探偵たちが謎解きする伝統的な本格派推理小説でありましたが、本書では元諜報員(MI5出身)であったエリザベスへの元同僚からの連絡をきっかけにMI5、警察、犯罪者(組織も個人もあり)が入り乱れるスリラー小説的な展開となります。巻末解説で「二作目で物語の幅が一気に広がった」と誉めていますが、現役時代は凄腕と評価されてたとはいえ76歳のエリザベスが捜査の中心になるストーリーはかなりの違和感を感じました。ダイヤモンドの隠し場所を巡る推理などはよくできていると思いますが、本格派推理小説を期待している私にはこの作風の変化はちょっと馴染めなかったです。前作より派手になったのは間違いないので、楽しめた読者も多いとは思いますが。

No.2865 5点 桃源亭へようこそ- 陳舜臣 2025/06/20 21:24
(ネタバレなしです) 陶展文シリーズの短編は全部で6作書かれましたが1冊の単行本に全部まとめられたのは作者の生誕100周年の2024年に出版された徳間文庫版の本書が初めてです。なお本書には陶展文の料理人としての活動が描かれていないという理由で「幻の百花双瞳」(1969年)という幻の点心メニューを巡っての人間ドラマを描いた短編がおまけで付いていますが、非ミステリー作品なので個人的には蛇足の感があります(レシピの謎解きミステリーと解釈される読者の方もいるかもしれませんが)。もっとも陶展文シリーズの短編も本格派推理小説としては他愛もない謎解きが多いですけど。その中ではちょっとした不自然さを鋭くとがめた「くたびれた縄」(1962年)とほのぼのとした締めくくりの「王直の財宝」(1984年)が個人的には好みです。

No.2864 6点 イーストレップス連続殺人- フランシス・ビーディング 2025/06/19 17:58
(ネタバレなしです) 英国のフランシス・ビーディングはジョン・レスリー・パーマー(1885-1944)とヒラリー・エイダン・セント・ジョージ・ソーンダーズ(1898-1951)のコンビ作家で、1920年代から1940年代にかけて30作を超す作品を書いていて大半はスパイ・スリラーです。英語原題が「Death Walks in Eastrepps」の1931年発表の本書はマーティン・エドワーズが2014年に「黄金時代の長編トップ10」に選んだ本格派推理小説で、この作者としては異色作のようです。もっとも扶桑社文庫版の巻末解説で「定型には従いませんでした」と紹介されているように名探偵が脚光を浴びるような本格派ではなく、かなりサスペンス小説に寄り添ったようなプロットで殺人場面、逮捕場面、法廷場面など読ませどころが一杯あります。巻末解説で無差別連続殺人の本格派が色々と紹介されていますが個人的にはD・M・ディヴァインの「五番目のコード」(1967年)を連想しました。ディヴァインほどには論理的な推理が披露されるわけではありませんがユニークな動機が印象に残ります。冒頭にイーストレップスの地図が置かれていますがなかなかショッキングな記述があったのも印象的です。

No.2863 5点 五色の殺人者- 千田理緒 2025/06/16 15:05
(ネタバレなしです) 千田理緒(1986年生まれ)が「誤認五色」というタイトルで某ミステリー賞を受賞した作品を改題して2020年に出版したデビュー作の本格派推理小説です。舞台が高齢者介護施設ということで社会派推理小説要素があるのかなと思いましたがそんなことはほとんどなく、雰囲気もどちらかといえば軽快です。とはいえ作者自身が介護施設勤務を経験しているので描写にはリアリティーがあります。矛盾する証言を扱った本格派としてミステリ初心者さんがヘレン・マクロイの「月明かりの男」(1940年)を連想されていますが(レオ・ブルースの「骨と髪」(1961年)もありますね)、本書は犯人と思われる男の服装の色に関する目撃証言が「赤」「緑」「白」「黒」「青」と全く食い違うという謎が提出されます。その真相は小ネタの組み合わせで成立したという印象で、中には一般常識でない知識を求める謎解きもありました。むしろ論理的な推理によって一度は解明したと思わせてそこからのどんでん返しの工夫の方が印象に残りました。

No.2862 6点 雪山書店と愛書家殺し- アン・クレア 2025/06/13 20:21
(ネタバレなしです) 2023年発表のクリスティ書店の事件簿シリーズ第2作のコージー派の本格派推理小説です。前作の「雪山書店と嘘つきな死体」(2022年)と同じく創元推理文庫版で500ページを超す分量なので一気呵成に読めはしませんでしたが、それでも明快な文章でとても読みやすい作品です。前作同様犯人探しよりも大切な人の無実を証明しようとする方に力点が置かれているようなところもありますが、今回の重要容疑者が姉のメグのため探偵役のエリーの焦りがよく伝わってきてそれなりにサスペンスも盛り上がります。後半になるとメグの家庭問題が発生してくるので謎解きが置いてきぼりになるかと危惧しましたがちゃんと謎解きと関連づけされるような展開になっており、無駄にページが多いという印象はありません。アガサ・クリスティを悪く言う文学者にエリーが憤慨する場面は笑えました。もっと派手に論戦させても面白かったかも。

No.2861 7点 帆船軍艦の殺人- 岡本好貴 2025/06/04 14:14
(ネタバレなしです) 岡本好貴(おかもとよしき)(1987年生まれ)の2023年発表のデビュー作です。某ミステリー賞に「北海は死に満ちて」というタイトルで応募し見事に受賞した作品を改訂出版しています。軍艦を舞台にした海洋冒険小説と本格派推理小説のジャンルミックスは大変珍しく、私は蒼社廉三の「戦艦金剛」(1967年)ぐらいしか読んだ記憶がありませんがあれに匹敵する内容だと思います。帆やマストについての図解が冒頭にあるのは親切ですが、水兵たちに囲まれた犯行現場から消えた犯人の謎解きが中心なので甲板や船室の平面図も欲しかったですね。冒険小説と謎解き小説のバランス配分については意見も色々とあると思いますし、もっと丁寧な説明や描写があればと思う箇所もありますが個人的には充実のストーリー展開を楽しめました。

No.2860 4点 アリス連続殺人- ギジェルモ・マルティネス 2025/05/30 18:06
(ネタバレなしです) 「オックスフォード連続殺人」(2003年)から16年も経過してから続編にあたる本書が2019年に発表されたのは驚きでした(前作ネタバレはありません)。作中時代は「オックスフォード連続殺人」の1年後の1994年で、セルダム教授と名無しの語り手(アルゼンチンからの留学生)が再び探偵役となる本格派推理小説です。「不思議の国のアリス」(1865年)で有名なルイス・キャロル(1832-1898)の失われた日記帳の空白を埋めるかもしれない資料の発見とその真贋の鑑定依頼がきっかけで2人が事件に巻き込まれていくプロットです。セルダム教授は数学者ですがテーマがルイス・キャロルのためか数式や数字が飛び交うことはほとんどありませんが、それでも会話は私には回りくどく感じられます。展開にメリハリがない欠点は前作と同様で、最初の被害者に謎の写真が送られた出来事なんかあまりにもさりげなく記述されていて危うく見落としするところでした。それでも後半はミステリーらしさが加速しますけど、三十章で語られる最後の事件の真相はあまりにも魅力を欠いており個人的には大幅減点評価です。ただエピローグでのどんでん返しと事件の悲劇性を再認識させる演出は巧妙だと思います。

No.2859 5点 津軽神話殺人事件- 風見潤 2025/05/24 16:23
(ネタバレなしです) 1987年発表の羽塚たかし&朝倉麻里子シリーズ第2作の本格派推理小説です。第一章のタイトルが「十三の死体」なのでこれは大量殺人事件での幕開けかと驚きましたが、この「十三」は大阪の十三(じゅうそう)でした(笑)。この地で羽塚たかしが殺人事件に巻き込まれます。被害者は「ジュウ、ジュウサンノカク」とダイイングメッセージを残し、この謎は第五章で解かれます。一方青森では朝倉麻里子のようなトラベルライターを目指している女性が取材旅行中に行方不明になり、やがて二つの事件が関連することがわかります。社会派推理小説にありそうな動機、歴史書の分析など予想以上に複雑に考えられたプロットで、中でもアリバイ崩しの謎解きは羽塚たかしが音を上げそうになるほどです。これだけ緻密なトリックは文章だけで理解するのは難解で、時刻表や路線図を添付してほしかったですね。私の場合、あっても理解できないかもしれませんけど(笑)。

No.2858 5点 アイル・ビー・ゴーン- エイドリアン・マッキンティ 2025/05/23 23:44
(ネタバレなしです) 英国のエイドリアン・マッキンティ(1968年生まれ)が2014年に発表したショーン・ダフィシリーズ第3作です。警察小説のシリーズですがハヤカワミステリ文庫版でこの作者のことを「イギリス<ガーディアン>紙は、デニス・レヘインやジェイムズ・エルロイと肩を並べる現代ノワールの旗手と評している」と紹介しています。本格派推理小説以外のミステリーに関心の低い私には相性がよくないはずなのですが裏表紙の粗筋紹介では本格ミステリと記載されており、巻末解説を島田荘司が書いています。この解説では島田の「占星術殺人事件」(1981年)が英訳されて海外出版された経緯が書かれており、好評だった喜びを隠せていませんが(笑)、マッキンティが影響を受けて「ノワール小説の設定内で密室ミステリーを書くことは可能だろうか」と本書を書いたそうです。密室トリックをめぐる議論や容疑者たちのアリバイ確認など本格派の謎解き要素は確かにあります。密室トリックは某米国作家の1930年代後半の作品のトリックを連想させますね。しかし謎解きが終わってもまだ物語は続き、そこは完全にノワールの世界です。1980年代の北アイルランドを舞台にしていますが北アイルランド紛争の緊張感がひしひしと伝わってきます。

No.2857 5点 合邦の密室- 稲羽白菟 2025/05/05 15:03
(ネタバレなしです) 因幡の白兎にちなんだペンネームの稲羽白菟(いなばはくと)(1975年生まれ)が2018年に発表したデビュー作で、海神惣右介(わだつみそうすけ)シリーズ第1作の本格派推理小説です。冒頭に不気味な文章のノートが紹介されますがホラー要素はそれほど濃くありません。文楽の世界が描かれ、登場人物も文楽大夫、文楽人形方、文楽三味線となじみのない読者には敷居が高そうですが説明は平易で、読んでいる間は何となくわかったような気になりました。ノートの書き手と思われる若者の失踪事件が起き、舞台は淡路島の南方にある葦舟島へと移り、顔も肌も完全に隠した謎のお遍路が上陸するという流れはどことなく横溝正史の「悪魔の手鞠唄」(1959年)を彷彿させます。もっとも謎の死亡事件が起きるもののそちらの捜査はメインの謎解きにならず、1968年の文楽大夫死亡事件の方が脚光を浴びてきますがこちらも情報不足のためかいまひとつ盛り上がりません。最後は複雑な人間関係が招いた悲劇が明かされるのですがこの真相、読者によっては肩透かしと感じるかもしれません。

No.2856 6点 テンプルヒルの作家探偵- ミッティ・シュローフ=シャー 2025/04/24 10:39
(ネタバレなしです) インドの女性作家ミッティ・シュローフ=シャーが2021年に発表したミステリー第1作です。英国推理作家協会(CWA)の賞候補になったそうですが英語での出版だったのでしょうか?ハヤカワ文庫版の裏表紙の粗筋紹介で「インドのアガサ・クリスティー」と表記されており、過去に同じキャッチフレーズでカルパナ・スワミナタンの「第三面の殺人」(2006年)を期待して読んで失望した経験があるので今度はちょっと身構えて読みましたが(笑)、本書はなかなか良かったです。主人公で作家のラディカ・ザヴェリはニューヨークに住んでいましたが恋人とは破局し、作品を書けなくなって帰郷します。友人に再会しようと訪問すると友人の父親の急死事件に巻き込まれます。容疑者たちとの会話を通じて嘘や矛盾を探り出していったり、第17章の葬儀場面で登場人物たちの内心が次々に描写されるのはクリスティーを連想させます。とはいえ1920年デビューのクリスティーとは相違点が多いのも当然で、インド風と一言では語れない多様な社会風俗描写(複数民族、複数宗教、多彩な料理や衣装など)が印象的です。舞台となるムンバイのテンプルヒルは豪華なアパートメントが立ち並ぶ富裕層の住宅街のようですが、玄関に鍵をかけずに出入り自由だったり約束なしでの家庭訪問が普通だったりと昔の習慣も残っているようです(第23章では変わりつつあるようですが)。決定的な証拠が足りない感もあり一部は犯人の自供に頼っていますが、しっかり謎解き推理している本格派推理小説として楽しめました。

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nukkamさん
ひとこと
ミステリーを読むようになったのは1970年代後半から。読むのはほとんど本格派一筋で、アガサ・クリスティーとジョン・ディクスン・カーは今でも別格の存在です。
好きな作家
アガサ・クリスティー、ジョン・ディクスン・カー、E・S・ガードナー、D・M・ディヴ...
採点傾向
平均点: 5.44点   採点数: 2875件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(82)
アガサ・クリスティー(57)
ジョン・ディクスン・カー(44)
エラリイ・クイーン(43)
F・W・クロフツ(32)
A・A・フェア(28)
レックス・スタウト(27)
ローラ・チャイルズ(26)
カーター・ディクスン(24)
横溝正史(23)