皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
nukkamさん |
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平均点: 5.45点 | 書評数: 2686件 |
No.2686 | 6点 | 桜島1000キロ殺人空路- 本岡類 | 2023/09/28 08:38 |
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(ネタバレなしです) 1987年発表の本格派推理小説です。東京で殺された妻、容疑者の夫は殺害時刻には鹿児島にいたというアリバイが成立します。アリバイ崩しではありますが関係者たちが人徳者と称える容疑者を殺人に走らせるほどの動機があるのかを調べることにプロットの大半が費やされています。犯行現場から遠方の地にいたというアリバイならあらゆる交通手段を丹念にチェックするのが常套だと思いますが、本書はそういう展開にはなりません。その分読みやすくて時刻表が苦手な私にはありがたかったですが、アリバイ崩しが好きな読者の受けは微妙かもしれません。トリックの基本的アイデアはシンプルで、あっさり目のプロットにふさわしいものだと思います。 |
No.2685 | 8点 | 厳冬之棺- 孫沁文 | 2023/09/26 13:50 |
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(ネタバレなしです) 中国の孫沁文(スン・チンウェン)(1987年生まれ)は2008年に推理小説家デビューして2021年までに57作の短編を発表していますが何とその内44作で密室の謎解きがあるそうで、これは米国のエドワード・D・ホックを連想しますね。長編第1作となるのが2018年発表の本格派推理小説の本書で、やはり密室の謎解きがあります。天才漫画家の安縝(あんしん)が第6章で「恐ろしい伝説がつきまとう薄暗い屋敷、男児しか生まれない不思議な一族、胎児の形をした怪しい湖、幽霊のような連続殺人犯。漫画にしたら絶対に面白くなりますよ」と興味深々で語ってますが、推理小説としても面白い内容でした。密室の謎も非常に凝っているしトリックも独創的(特に水没密室トリックは漫画化や映像化したらインパクトありそうです)、犯人当てとしても充実の推理を楽しめます。解決後の終章では名探偵役だった安縝をしびれさせる推理が突き付けられ、続編への期待を高めて締めくくられます。 |
No.2684 | 5点 | 村でいちばんの首吊りの木- 辻真先 | 2023/09/23 22:26 |
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(ネタバレなしです) 雪さんのご講評で詳しく紹介されていますが、最初のミステリー作品「仮題・中学殺人事件」(1972年)を筆頭に子供向けミステリーが続いた辻真先の最初の大人向けミステリーが1979年発表の中編「村でいちばんの首吊りの木」で、これだけでは単行本には短過ぎるということで1986年に「街でいちばんの幸福な家族」と「島でいちばんの鳴き砂の浜」を追加した短編集として出版されました。実業之日本社文庫版で200ページに満たないコンパクトな短編集で、大人向けであっても読みやすいです。タイトルが「いちばん」で統一されていますが登場人物は共通しません。作者が自薦ベスト5に挙げた「村でいちばんの首吊りの木」は書簡小説スタイルを採用し、右手首を切り落とされた女性の死体と失踪した恋人の事件の謎解きの本格派推理小説ですが、なかなかひねりの効いた真相です。推理でなく自白での解決が個人的にちょっと物足りませんが、地方と都会の違い、親と子の考え方の違いまで描いているのが個性です。独白合戦のプロットの「街でいちばんの幸福な家族」は本格派どころかミステリーかどうかさえ微妙な内容のプロットですが、クリスチアナ・ブランドの短編「メリーゴーランド」をちょっと連想させるどんでん返しが印象的です。「島でいちばんの鳴き砂の浜」は波、家、テントなど非生物を語り手にしているアイデアがオルハン・パムクの「わたしの名は赤」(1998年)を先取りしてユニークですが、やはり自白に頼った真相で終わっています。 |
No.2683 | 5点 | 夜叉神山狐伝説- 岩崎正吾 | 2023/09/21 08:45 |
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(ネタバレなしです) 1990年発表の「風よ、緑よ、故郷よ」シリーズ第3作の本書は、あとがきで作者が「ミステリとして形式の違うものを書きながら」と説明しているように過去のシリーズ作とは大きく作風を変えての冒険スリラー小説です。峰の湯へ向かった源じいがいつまでも戻らないので刈谷正雄は探しに跡を追います。源じいは峰の湯には1泊しかしておらず、正雄は山へと踏み込みます。シリーズ第1作の「風よ、緑よ、故郷よ」(1988年)は田園ミステリーと評価されていますが本書は山岳ミステリーで、山の自然描写に力が入っています。山に出没する連続殺人鬼(正体は最初から明かされます)との対決をサスペンス豊かに描いていますが、里の人間である正雄と山の衆との間に育まれる交流が物語に潤いを与えています。 |
No.2682 | 6点 | 昔むかしの物語- アリサ・クレイグ | 2023/09/18 19:25 |
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(ネタバレなしです) 作者名を伏せたらミステリー作品とは思えない日本語タイトル(英語原題は「The Wrong Rite」)の本書は1992年発表のジェネット&マドック シリーズ第5作で、シリーズ最終作となったコージー派本格派推理小説です。カラドックおじさん(マドックにとっては大伯父)の90歳の誕生日を祝うためにマドックとジェネット、そして2人の赤ん坊も一緒にウエールズへ旅します。舞台描写はほとんどがカラドックの屋敷及び敷地内ですが、ケルト民族の祭礼であるベルテインの準備描写で独特の雰囲気を出しています。殺人事件が起きるミステリーなので(殺人方法がユニークです)、終始祝祭的というわけにはいきませんけど。それにしてもシリーズ第1作の「殺人を一パイント」(1980年)と比べるとジェネットは随分変わりましたね。幸福感に溢れているだけでなく、積極的に会話するようになりマドックを助けて謎解きへの貢献度も上がっています。 |
No.2681 | 6点 | ナイフをひねれば- アンソニー・ホロヴィッツ | 2023/09/17 20:14 |
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(ネタバレなしです) 2022年発表のダニエル・ホーソーンシリーズ第4作の本格派推理小説です。ホーソーンとのコンビ解消を宣言するトニーですが、殺人事件に巻き込まれるだけでなく自身が最有力容疑者になってしまって結局ホーソーンを頼ることになります。トニーに目をつけたのが「その裁きは死」(2018年)で恥をかかされたグランショー警部とミルズ巡査で、トニーの窮地を明らかに楽しんでいる様子がいやらしく描かれています。とはいえトニーに不利な状況は明らかなので不当な容疑ではないし、ホーソーンと交わした約束は守ってはいますけど。真犯人は誰かという謎解きだけでなく、誰がなぜどのようにトニーを犯人に仕立てようとしたのかの謎解きもありますが後者についてのホーソーンの推理は鮮やかで印象に残ります。なぜ真犯人に気づいたかについてはやや説明不足の感もありますが、きっちりと伏線を回収して様々な疑問点を余すことなく解き明かしています。 |
No.2680 | 6点 | 化身- 愛川晶 | 2023/09/11 22:38 |
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(ネタバレなしです) 谷原秋桜子(たにはらしょうこ)名義でも作品を発表している男性作家の愛川昌(1957年生まれ)の1994年発表のデビュー作の本格派推理小説です。同じ年にはあの京極夏彦もデビューしていますね。ヒロインの女子大生に次々と謎の写真が送られ、調べていくと保育園の誘拐事件が浮かび上がります。自分は誘拐された児童なのか、誘拐犯は両親なのか、展開は非常に地味なのですがヒロインの混乱と疑惑が丁寧に描かれていて退屈しませんでした。ただ苦悩のあまり思考停止までしてしまうので、謎解きも時に停滞気味になるのは諸刃の剣ですね。戸籍に関する謎解きは非常に珍しく、複雑に考え抜かれていますがここは本格派というより社会派推理小説風に感じられました。終盤のどんでん返しが鮮やかで、アレが(ネタバレ防止のため詳細は書きませんけど)1つでなく2つだったのには驚かされました。 |
No.2679 | 5点 | 少女探偵の肖像- スーザン・カンデル | 2023/09/09 21:02 |
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(ネタバレなしです) 2005年発表のシシー・カルーソーシリーズ第2作のコージー派です。伝記作家のシシーが今回取り組んでいるのはキャロリン・キーンです。作中でも説明されていますがキャロリン・キーンは単独作家ではなく複数のゴーストライターによる共同ペンネームで、1930年に第1作が出版された少女探偵ナンシー・ドルーシリーズが現在でも書き続けられています。このゴーストライターの仕組みが世間に知られるようになったのはデビューしてから50年経過した1980年で、ゴーストライター間の揉め事が裁判沙汰にまで発展したからというのを私は本書で知りました。「E・S・ガードナーへの手紙」(2004年)同様にマニアックな知識が随所で披露されていて、ナンシー・ドルーシリーズに興味のない読者だとちょっと辛いかも。シシーが警察や容疑者たちを質問攻めにする一方で「何でそんなことを聞くんだ」と問われるとはぐらかすやり取りはどこかちぐはぐで微妙に読みにくいです。動機については何となく見当がつく謎解き展開ですが、犯人については推理での指摘でないのが個人的にちょっと残念です。 |
No.2678 | 5点 | 逆光のブルース- 黒木曜之助 | 2023/09/09 19:46 |
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(ネタバレなしです) 新聞記者出身で1967年に社会派推理小説家としてデビューした黒木曜之助(1928年生まれ)が1970年に発表した本書は桃園書房新書版では本格派推理小説と紹介されていました。演奏中にエキサイトすると意識を失ってステージに卒倒してしまうことで有名な音楽バンドのリードヴォーカルが、武道館でのコンサートで前のめりに倒れてしまいます。警備中の刑事は演出だと思ってましたが実は毒殺されていました。誰がどのようにして殺したのか、有力な容疑者が次々と浮かび上がっては反証のために逮捕にまで至れない展開の連続で読ませる作品です。原爆の被爆者が抱える問題が語られるなど社会派推理小説的な要素もあります。最後のどんでん返しは伏線らしい伏線がなく、唐突で後出し感の強い謎解きになっているのは残念です。 |
No.2677 | 5点 | 処刑台広場の女- マーティン・エドワーズ | 2023/09/09 08:02 |
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(ネタバレなしです) 私が英国のマーティン・エドワーズ(1955年生まれ)を知ったのは評伝「探偵小説の黄金時代」(2005年)が国内で翻訳出版された時です。黄金時代の本格派推理小説は私が1番好きなミステリーですし、当サイトで人並由真さんのご講評を読むとますます読みたい気持ちはありますが未読のミステリー小説を多数抱えている身分のため後回ししている内に2018年発表のレイチェル・サヴァナクシリーズ第1作である本書が翻訳出版されました。作中時代を1930年に設定していることから黄金時代を彷彿させる本格派を期待していたのですが全く違いました。ハヤカワ文庫版の巻末解説では本格ミステリと紹介されてますが、少なくとも読者が犯人当てに挑戦できるタイプの作品ではありません。レイチェルは名探偵の設定ですが捜査や推理している場面はほとんどなく、見つけた犯人を破滅に追い込んでいるのではと疑われる人物として描かれています。事件を捜査している新聞記者や私立探偵も被害者になり、雇われた(らしい)ならず者による暴力場面もあったりしています。はじめはばらばらの単独事件と思わせて後半になると複雑でスケールの大きい悪意が浮かび上がるところはジョン・ディクスン・カーの1940年代の某作品を連想させます。但しカーは本格派向きと思えないネタを謎解き伏線を張って強引に本格派として仕上げましたが、本書は推理でなく主に自白で真相を説明しているスリラー作品として着地しています。 |
No.2676 | 6点 | 殺人オンライン- 長井彬 | 2023/09/05 18:07 |
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(ネタバレなしです) 1982年発表の曽我明シリーズ第2作で、デビュー作の「原子炉の蟹」(1981年)では「曾我」表記だった苗字が改められました。発表時には新社会派推理小説と宣伝されていましたが、作中でコンピューター犯罪は1971年に始まりシステム普及につれて件数がうなぎ登りと紹介されていて、オンライン犯罪を扱った本書は当時としてはモダンな作品かと思います。発端は銀行の現金支払機が複数回人為的に攪乱させられる事件です。やがてもっと被害の大きい事件や殺人事件にまで発展します。第4章でコンピューターを使って犯人を割り出せばいいと言う同僚記者に曽我が「コンピューターというやつは人間が教えてやらないと何もできないバカなんだぞ。記憶と計算と制御、この三つの機能しかないんだ」と諫めているのが面白いですね。多少の(当時の)コンピューター用語はありますが理系でない読者にもわかりやすい謎解きです。社会派と本格派推理小説のジャンルミックス型として、コンピューター技術が進歩した現代でも楽しめる内容だと思います。横溝正史の某作品で使われたトリックの応用があったのにはびっくりです。 |
No.2675 | 5点 | ウェッジフィールド館の殺人- エリカ・ルース・ノイバウアー | 2023/09/05 17:17 |
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(ネタバレなしです) 2021年発表のジェーン・ヴンダリーシリーズ第2作の本格派推理小説で、1926年の英国が作品舞台です。第34章で図書室にドロシー・L・セイヤーズの本があることが記述されていますが、この年だとまだ2作目の「雲なす証言」(1926年)が出版されたばかりですね。アガサ・クリスティーの「アクロイド殺害事件」(1926年)は置いてないのかな?前作と同じくレドヴァースとコンビを組んでのアマチュア探偵活動が楽しめます。警察にも顔が利くレドヴァースとは対照的に、警察から捜査に顔を突っ込まないようとの扱いを受けて不満たらたらのジェーンの描写も面白いです。謎解きは推理で伏線を回収というよりは捜査で証言や証拠を集めての解決で、アガサ・クリスティー風の読みやすさで書かれたF・W・クロフツといった感じです。映像映えしそうな追跡劇が印象的です。 |
No.2674 | 5点 | 私立医大殺人事件- 幾瀬勝彬 | 2023/09/03 03:10 |
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(ネタバレなしです) 1973年に「死のマークはX」というタイトルで発表され、1977年に「私立医大殺人事件」に改題された推理実験室シリーズ第2作の本格派推理小説です。シリーズ第1作の「声優密室殺人事件」(旧題「北まくら殺人事件」)(1971年)の人並由真さんのご講評で、雑誌で酷評されて作者が心外だと反論したら酷評の理由を挙げられて恥の上塗りになってしまったと紹介された作品は本書のことらしいです。被害者が残した「X」のようなダイイングメッセージを始め、様々な角度から謎を解こうと推理実験室の6人のメンバーが手分けして推理する展開ですが各自の活躍が均等に描き分けられていてそれなりに面白く読めますし、「声優密室殺人事件」での無意味な官能描写が本書では排除されているのも好ましく感じます。ダイイングメッセージの謎解きは可能性を羅列しただけで中途半端に放り出されたような感もありますし、犯人当てとしては十分な証拠もなしに唐突に解決しているように思いますが。 |
No.2673 | 5点 | 公爵さま、いい質問です- リン・メッシーナ | 2023/09/03 02:19 |
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(ネタバレなしです) 2018年発表のベアトリス・ハイドクレアシリーズ第2作です。シリーズ前作の「公爵さまが、あやしいです」(2018年)でベアトリスがでっちあげた恋愛話が家族の注目を浴びてしまい、何とか収束させようとする細工が裏目に出て殺人事件に巻き込まれる展開が面白いです。ベアトリスの内気は随分と改善された感がありますが、代わりにずけずけと毒舌を吐く場面が増えたような(笑)。ケスグレイブ公爵と再会しての探偵コンビ活動も楽しいですが、本格派推理小説としても充実の前作と比べると手掛かりは十分でなくしかも後出し気味での謎解きで、平凡なコージー派ミステリーになってしまった感があるのが個人的には残念です。 |
No.2672 | 6点 | 八角関係- 覆面冠者 | 2023/09/01 22:59 |
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(ネタバレなしです) 正体不明の作家によって1951年に雑誌連載されて2023年に初めて単行本化された幻の本格派推理小説です。連載中には愛慾推理小説とか愛慾変態推理小説とか宣伝されていたそうですが、主役である4組の夫婦の間に繰り広げられる乱れに乱れた人間関係がこれでもかとしつこく描かれ、時に謎解きの興味を削いでしまっています。しかし終盤のどんでん返しの謎解きはなかなか気合の入ったもので、特にYの章で説明される足跡トリックはインパクトがあります(無理矢理なトリックですが成立させる伏線をきちんと用意しています)。論創ノベルス版の巻末解説で「噴飯物」と酷評している最後の落としどころも確かに好き嫌いは分かれるでしょうけど強く印象に残ります(しかしこの解説、2回も登場人物の名前を間違えているのはなぜ?)。無難な出来栄えの王道的本格派にはもう飽きた、怪作系でも読んでみるかと考えている読者ならお気に召すかもしれません。 |
No.2671 | 6点 | あの血まみれの男は誰だ?- サイモン・ブレット | 2023/08/31 22:45 |
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(ネタバレなしです) シェークスピア劇の「マクベス」が絡む本格派推理小説といえばアレックス・アトキンスンの「チャーリー退場」(1955年)やナイオ・マーシュの「闇が迫る」(1982年)が知られますが、1987年発表のチャールズ・パリスシリーズ第12作の本書もその系列に連なる作品で、タイトルからしてマクベス劇の台詞を引用したものです。すぐに事件が起きるわけではありませんが、無能な演出家や個性の異なる俳優たちが様々な人間ドラマを繰り広げながら上演に向けて稽古を積み重ねていく展開が面白いです。酔いつぶれた挙句に死体発見者となったチャールズが大反省して、何と禁酒して捜査する羽目になるのも読ませどころです。もちろん劇の稽古も続けられ、演劇ミステリーとして最後まで楽しめました。謎解きも伏線のカモフラージュとチャールズが真相に気づくきっかけがよく考えられていると思います。 |
No.2670 | 2点 | 宮沢賢治修羅渚殺人事件- 関口甫四郎 | 2023/08/30 07:51 |
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(ネタバレなしです) 関口甫四郎(1928-1993)の遺作となった1992年発表の天童一馬シリーズ第4作の本格派推理小説です。作家デビューが1987年と遅かったためか残された作品は非常に少ないです。宮沢賢治ブームに乗った雑誌社の企画で賢治ゆかりの地を天童と4人の賢治ファン読者が手分けして取材することになりますがその中の1人が殺され、そしてまた1人という展開になります。5人が顔合わせしたのが初日のみで、事件が起きてからも天童がほとんどの容疑者(取材チームメンバー以外にもいますが)とは対峙しない展開が珍しいですがミステリープロット的には盛り上がりを欠いたように思います。もちろん人物描写も物足りません。暗号解読に力を入れているのがこの作者らしいですが、暗号が苦手な読者に訴えるセールスポイントがありません。特に犯人当てを楽しみにした読者に対してエピローグ前半の仕打ちはひどいと思います。カベ本(壁に投げつけたくなるほど読者を立腹させる本)になりかねない真相です。 |
No.2669 | 5点 | 忘れられた殺人- E・S・ガードナー | 2023/08/28 23:13 |
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(ネタバレなしです) ガードナーが(理由はわかりませんけど)カールトン・ケンドレイク名義で1935年に発表した本格派推理小説です。ブレード新聞といえば検事ダグラス・セルビイシリーズでセルビイを失脚させんとセルビイの落ち度を探しまくる、敵対的立場のメディアでしたが本書のブレ-ド新聞と同じなんでしょうか?犯罪学者シドニー・C・グリッフが登場するまではブレード新聞の新聞記者が探偵役だし、探偵役がグリッフに交代してからもグリッフをサポートして本書での印象は悪くありません。ちなみにダグラス・セルビイシリーズ第1作の「検事他殺を主張する」は1937年発表です。その間にブレード新聞を敵役に変更する理由が何かあったんでしょうか、気になります。ハヤカワポケットブック版にはちゃんと登場人物リストが載っていますが、第17章である人物がぼやいているように別の名前を名乗る人物が多くて本名は何なのか、誰が誰なのかややこしくなる複雑なプロットです。第20章での犯人判明場面の劇的演出はガードナーとしては珍しいですね(ジョン・ディクスン・カー風です)。事件が解決されてめでたしめでたしのはずなのに説明できないことがあるのが不満なところは犯罪学者らしいですが、主人公としては地味過ぎと考えたのか作者はグリッフ登場作を2度と書きませんでした。 |
No.2668 | 5点 | QED 〜flumen〜 ホームズの真実- 高田崇史 | 2023/08/26 20:47 |
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(ネタバレなしです) 「QED 伊勢の曙光」(2011年)でついにQEDシリーズ終了と思っていたら2013年にシリーズ第17作の本書が発表されたのに驚いた読者もいるかもしれません。私が読んだのは講談社ノベルス版ですが、作者による「前口上」、シリーズ長編16作と短編集1作を紹介する「QEDパーフェクトガイドブック」、作者と出版社担当による座談会が巻末に収められています。「前口上」の中で作者は「QED」は完結していて続編を書くつもりは全くなく、本書は外伝だとコメントしていてああこれで本当にシリーズ終焉なのかと、それほど思入れがあるわけでもない私でもちょっとしんみりしたのですが何と本書以降もシリーズ新作が次々に発表されていて、完結詐欺かよ!、と突っ込みたい気持ちもちょっとあります(笑)。講談社文庫版では「前口上」と座談会が削除されているそうですけどまさか証拠隠滅(笑)?それはともかく本書は「QED ベーカー街の問題」(2000年)の登場人物が再登場する本格派推理小説で、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ関連の情報も飛びかいますが桑原崇が崇らしさを発揮するのは(やはりというか)国内古典文学の蘊蓄を語って聞き手を辟易させる場面ですね。第8章で崇の推理説明を聞いた棚橋奈々が某古典的ミステリー作品を連想していますけど、それってアイデアのぱくりなのかパロディーなのか悩みますね。まあその古典的ミステリーも完全な創作ではなく、実際にあった事件を下敷きにしている作品らしいのでどうでもいいのですけど。 |
No.2667 | 5点 | 卒業生には向かない真実- ホリー・ジャクソン | 2023/08/25 22:45 |
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(ネタバレなしです) 2021年発表のピップ三部作の最終作です(但し創元推理文庫版の巻末解説によればもう1作、ピップ初めての事件を描いた中編があるそうです)。文生さんのご書評で説明されているように、「自由研究には向かない殺人」(2019年)、「優等生は探偵に向かない」(2020年)のネタバレが一杯で、多くの登場人物が再登場していますので過去の2作品を先に読むことを勧めます。本書のピップは過去の事件で負った心の傷が癒えておらず薬に頼っている有様で、序盤は非常に暗くて重苦しい雰囲気が漂います。その上に謎のストーカーにつきまとわれますが、このストーカーを捕まえようと考えてから少しずつ前向きになります。推理によって真相が明らかにならないのは個人的に残念ですが、第一部は本格派推理小説とサスペンス小説のジャンルミックス型のプロットです。ところが第二部になってがらりと作風が変わったのにはとても驚かされます。過去2作も500ページ以上の大作ですが本書は650ページを超えます。しかしテンションは全く落ちずに最後まで読ませます。本格派好きの私には合わない作品でしたが、多くのミステリー好きは高く評価すると思います。 |