海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

斎藤警部さん
平均点: 6.68点 書評数: 1270件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1270 6点 使命と魂のリミット- 東野圭吾 2024/07/26 19:48
【心臓血管手術】なるものを巡り、全く性質を異にするサスペンスフルな二つの事象が同時進行。 どちらも過去の「死亡事故」がその根底にある。 女は父親を亡くし、男は◯◯を亡くした。 女は事故そのものに疑念を抱き、男は事故の◯◯◯◯◯◯◯◯◯を怨んだ。。。 爆発的リーダビリティで呆気なく終わってしまうこの長篇、人間ドラマは厚いが、ミステリーは薄い。 これを逆に "ミステリーは薄いが。。" と結果的に褒める言い方には出来かねる無念さが、本作に露呈された何らかの弱さを象徴している。 何より、俺の東野らしい "仕掛けて攻める" スピリットが希薄だったのが悔しい。「話の前提」から既にミスディレクションの暴風が吹き荒れて・・・いたわけではなかったし(それ期待したんだけどなあ)、数々のあからさまなほのめかしはあからさまなだけだった。 きれいごとパラダイスみたいなくだりもあり、しかしこれこそ東野の野心的な仕掛けではないかと期待もしたが・・ 後半少しして東野らしいアレの雫が速やかに沁み渡り始めたかな・・と思ったものだが・・ ガッツは最高、頭の冴えは意外と標準以上程度の某刑事の存在も今一つピリッとしねえし・・ タイトルはこんなに思わせぶりなのに・・ だがそれもこれも厳しい厳しい東野基準内でのこと。6点より下げる事はとても出来ない夏の(?)快作です! ちくしょう、このアクティヴエンディングは泣かせるじゃねえか!!

No.1269 5点 昼と夜の巡礼- 黒岩重吾 2024/07/24 19:01
「今夜はわしがえらい役に立ったやろ」

不倫相手の男が、女に大金を託し失踪。女はその資金で「バー」経営に乗り出す。やがて男の妻も別の「バー」を経営し始める。 ← わざと肝腎な点を端折って書きました。本当はかつて女が社長秘書として働いた「世界金属工業」なる会社の面々やら、キーマンとなる株式ブローカーやらその妻やら、女の父母やら登場し、男の「失踪」を中心とする(カネも大いに絡む)謎の暗雲を晴らそうと、女は奔走します。

社会派ミステリを、一人の女性の成長物語が包み込む構造です。 決してミステリ側が包み込むのではありませんが、ミステリ興味の支柱を棄ててはいません。 成長物語の方のサスペンスもなかなかのものです。 騙し合い、疑り合いの火花が鮮やかです。 主人公の一人称かと錯覚する文体にはちょっとグラつきがありますが、許せましょう。 唐突に体操したり歌ったりおなかすいたり、なかなか可愛いところもある主人公です。

“そんな時は酒を飲み、浮気をしてやろう。”

最終盤で明かされる或る事のハウダンまたはホワイダン、物語のそのタイミングでミステリ的にどうという反転でもないけれど、重みはぐっと被さって来ました。 タイトルにはしっかり具体的な意味がこめられていました。 そして深読みできる最後の台詞、渋いねえ。

No.1268 6点 その男 凶暴につき- ハドリー・チェイス 2024/07/21 00:00
“フォーミュラ” なる激ヤバのブツを巡り、巨万の富の実業家とその配下たち、警察、FBI、CIA、夜の街の住民、精神を病んだ天才科学者等々が激突する暴力と頭脳戦の顛末を描く大花火大会。

前半の犯罪小説と後半の警察?小説(そんな簡単に割り切れません)とで主人公群の方向ガラリと切り替わるのが良い。 後半の中の前半と後半とでもやはり何かが切り替わる。 スリルは変わらない。 ふんだんに登場する人物のディテイル描写はリアルにして繊細。 造りの安っぽさはあるが、これほどイカした読み捨て小説を前に何の文句があろう。

「(前略) いまは若いならず者でしかない。十年後――いや、二十年後には―― (後略)」

心温まる、或る ”コーヒー” のシーンが記憶に残る。 結末を知ってみれば尚更だ。 或ることに関する最後の反転は不意を突かれ、ちょっと泣けた。

静かに動き出すラストシーンは程よく眩しい。 個人的にいちばん魅力的な登場人物を照らして終わるのも実に良かった。

No.1267 6点 裂けて海峡- 志水辰夫 2024/07/19 21:54
バカな奴・・ (-。-)y-゜゜゜ (;_;)/~~~

“街行く人がすべて友人に見えてくるのはきっとこんなときだ。”
 
風景描写にまで読ませるスリルと情緒があって良い。これは退屈しない。 鹿児島は大隅海峡にて消息を絶った(?)小型商船の船長は主人公の弟。 ささやかなる海運会社の社長である兄は、やくざ者との愚かなトラブルが元で、件の事故(?)が起きた頃には刑務所の中にいた。 出所後の主人公は遺族弔問の旅に出る。 昔馴染みだが訳ありの女がつきまとう。 もっと訳ありらしき厄介そうな男二人もつきまとう。 もっともっと厄介な事件が起きるのもすぐ先だ。

“死ぬことも許さない。わたしというおまえはもはやおまえでもない。”

しかしだな、渋いタイトルに男臭いストーリー展開の割には、主人公がなんともヒーローっぽくねえ・・・ 彼を中心にスットコでもっさり感ただようドタバタ(と言うかアタフタ)ユーモアが遍在し、微妙な間抜け味がクスクス笑いを誘う。 為すこと思うことが妙に大げさだったりセコかったり。。 アホっぽい楽天性、時に見上げた諦観、時に可笑しなこだわり。 年長者への暖かき共感、妙に余裕ある幸せ発見の技も見せる。 経験値が頼れるんだかどうなんだか。 終盤に至り、ユーモア材料の隠し球まで暴露してくれたのにはあきれたやら笑うやら。 にわかに安らいで、すぐまた絶体絶命って、いったい何度繰り返したら学ぶってんですか、こいつは。 不意にそのうち最後のチャンス/ピンチが来ても知らんぞ・・

「朝風呂に入ってビールというのも悪かないな」
「電話代をけちったんだよ。九時からは深夜料金で安くなるだろうが」

一旦仮想敵、警戒相手、ライヴァル、バカ友、メンター候補、いやいや惚れてまうやろ、そんな助演役の登場、最高ですね。
あれ? 話のど真ん中ちょい前でいきなりドドンと大ネタバラシ??  これはつまり、何かの狼煙が上がってまだまだこれからって事なのか。

“自分が殺せない敵は生かしておくことだ。本当に殺せる力がある者のために殺す機会を残しておいてやれ。”

スルメだのトマトだのハマチだの、いいねえ。 フランダースの犬みたいな台詞のシーンには笑ったな。 マー◯◯の有名箴言をヒネったようでヒネりそこなったヌルいおマヌケ台詞には公共の場で本気で鼻から噴き出した。 まあ無駄に(?)ユーモアまみれなのは少なからずサスペンスを殺ぎスリルを湿らせ、バランスを乱しているとは思う。しかしそんな内なる敵にも結局は斃されない、図太い面白さが本作にはある。 どれだけハッピーエンド寄りになるのか、ならないのか、予測が付かない展開も美点と言える。 思えば「切り捨て」が少数の人間で済んでいる事こそ、なんたる幸せか。

大いに心を引っ張ったのが、ラス前に大見得を切ったよな『追想独白』。 実際これこそが反転結末の重心だったと言えよう。

「それほどの覚悟ができるなら、もっと早くあきらめるべきだったのだ」

No.1266 8点 三幕の殺意- 中町信 2024/07/15 01:50
「わたしは探偵小説のファンなんですよ。ことに奇抜なトリックのある――つまり本格探偵小説が大好きなんです」

いやいやいや、この「ラスト三行」の突破力は本物よ!!! いかに帯で喧伝されようと、むしろその非道なるネタバレ波動を何周か回って味方に付けちゃってんじゃないの。 いやはや、この残酷味の残響はそうそう消えてくれない。 一見いかにも短篇上等オチのようだが、短編枠に押し込まれていたならこれほどの絶望咆哮は聞こえなかったろう。

観光シーズンを過ぎた初冬の尾瀬の山小屋に、数多の男女が集まった。 呼び寄せたのは山小屋の離れに住む初老の男。 なかなかの才人でありながら堂々恐喝業を営む彼が屍体で発見される。 どいつもこいつも殺意は認めるが、犯行は否定。 著者最初期1968年の中篇を、晩年になって長篇に仕立て直した2008年作品。 とにもかくにも創元の戸川さん、並々ならぬグッジョブでした。 40年越しの虹を掛けてくれてありがとう。

「その点、鮎川哲也氏の作品は気持がいいですな。最初から、脅迫者をばっさりとやってしまうんですから――」

企画性がくっきりはっきり、シンプルな多角形構造が良い意味で複雑に配置されているような、大人受けするパズル玩具のような、叙述トリックではなく叙述ギミックの金字塔とさえ思える作品。 探偵役らしきお方がハナッから容疑者、それも読者目線でかな~り容疑濃厚な中心人物のお一人というエキサイティングな設定。 一方で「謎の男」の動向に気を揉んでいると、いきなり飛び出すその意外な独白に戸惑ったり。 それにしても何なんでしょうかこの、目に入る全てがアリバイ顛末の結晶みたいなサブ章立てのグリグリ来る快速リーダビリティ! わたしゃあもっとゆっくり読みたいんじゃよお。。

「さっそく、これを小説に書いたらどうですか? 傑作ができると思いますよ。 なにしろ、事件の渦中にいたんですからね――」

オラはさっそぐ仮説を立でただ。 被害者は実は●●●でねがったっぺが、、と思わせといて実は他のキーマン(犯人に限らず)こそ●●●だったとか・・ あのストがズヅはアレって線はそこで早くも消されだってが、いんやー本当にそうなんだっぺぇが。。 んま「村長」のアレはダミーィのアレだっぺなー いやいや妄想が膨らむこと膨らむこと。 「石油ストーブ」とか「◯◯隠し」とか。 「想い出はアカシア」と言っても裕次郎のカヴァーじゃないんだよな。。

“このとき相手の正体にうすうす気づき、思わずはっとした。”

さて前述の「三行」がここまで有効って事は、「アレ」が実はぶっとい伏線だったってことでしょう(なのか?! だよな!?)?!  ◯◯間(そして◯◯◯どうし)の愛情と友情に熱く裏打ちされた「アレ」。 元の中篇にはあったのかな? ソレの逸話が。 どちらにしても、元の中篇がどんな原石だったのか興味津々、読んでみたいものですなあ。

“あなたは、今度の事件を小説に書くとしたら、肝心の犯人を誰にするおつもりですか。”

そしてたどり着きました。 いんゃあ、こんな濃いぃぃいぃいぃぃ、トリッキー過ぎる複雑構造のエピローグ。 そいや帯には、たしかに「本作は叙述トリック使ってます」とは書いてないんだな。 つまりこの帯自体がかなりの叙述トリック使い手なわけだな・・

登場人物表見るといっけん平板均一で誰も区別付かなそうなのが、実際読んでみるとどなたもこなたもみなさん生き生きとご自身の差別化をキープされておってからに、実にカラフルで読みやすい小説になっておるわけです。 容疑者もかなり後の方までそうおいそれと絞り込みに掛かれないような巧い仕組みになっておるわけです。 

「容疑のまったくの圏外にいた人物が、実は真犯人だったという手が、探偵小説の常套手段になっていますが、私はあまり感心しませんな」

真犯人のナニに関するとても大事なポイントの念押し繰り返しタイミングも絶妙です。 「新人賞殺人事件(模倣の殺意)」へのセルフオマージュかと思うポイントもありますね。 何気に目を引いたのは「筆跡トリック」の悩ましき新機軸!! 地の文で「ちょっとおもしろい」なんて自画自賛してんのもちょっとおもしろいです。 ほんとうに、ちょっとしたライフハックなんですけどね。 (そう簡単に.. って気もしますが.. でも.. )

二回繰り返されるのではなく、一回で二度美味しい、あるいは苦しい、魅惑の「ダブル」読者への挑戦も素晴らしい。 正直、終盤ある地点で当てやすくなった犯人を当てましたが、その「当たり方」のあまりの意外さと、グッジョブ真犯人への賛美と、さらにはその、あまりに皮肉が燻り薫を留めすぎる結末(巨オチ)とのために、当てたからどうというのではない、中町信さんの晩年宇宙に吸い込まれて今度はこちらの晩年にやっとそこから吐き出される予感のような感覚に覆われて、最早ミステリライフ的にとてもそれどころではなくなってしまっていたのでした。

三幕×三行=九点を文句なく付けられてたら良かったけど、そこまでは惜しくも届かず・・・だが堂々の8点(8.3相当)を献上させていただきます。

野球好きの中町さん。いかにも “新機軸は俺が打つ!” と青空へ宣誓せんばかりの、快音響き渡る最後の傑作だったと思います。

「待ってくれ。話したいことがあるんだ。殺さないでくれ。殺さないで・・・・・・」

No.1265 7点 八日目の蝉- 角田光代 2024/07/12 13:07
“その子は朝ごはんをまだ食べていないの。”

赤ん坊のリアルなプレゼンスがすごい。 逆に、赤ん坊がいるはずなのにそう感じられない所は、主人公がそれほどまで他の事象へ気を取られるサスペンスの描写に自然となっている。 不安感と謎と、同時に膨らませながらの展開は実にスリリング。 こっそり言っちゃうと、途中ちょっとだけ「メグストン計画」を思わすシーンというか要素もあった(別にネタバレではない)。 女が或る人物の娘(赤ん坊)をさらい、育てながら逃亡生活を続けるストーリー、が根幹にあるが決してそれだけではない。 まあ読んでみてください。

タイトルの意味する所は何なのか? それは到底耐えられないような爆発を果たすのか? やさしさチンチロリンなのか? .. ほう「蝉」はそこで初登場するのか。 ◯◯の象徴の一つと言うことか? ・・ちょっと違うのか・・・ とタイトルワードが投射しようとするイメージに少しずつ補正を加えながら読書を進行する(特に後半?)。 話のスタートは1985年。 主人公にとっては阪神タイガースの優勝どころではない。

「あんたがここにおってくれて喜んどった。会いたいって言よったで」

ふと登場する「両親」なる言葉は、刺さったなあ 。。。  。。。。これはちょっと、流石に辛いよなあ。。
より巨大な謎と、爆発するカタストロフィ、あるいはそれさえ封じ込める更に恐るべき存在への予感。 第1章終わりの、空恐ろしさの圧力。 第1章(ストーリー前半)と第2章(ストーリー後半)の間に在る、強固過ぎる断絶の痛み、これがまた、結末へ向けての予感の加速に油を注ぐのだ。 『裁判』の核心がずっと後から明かされる構成も、ぐっと来る。

「じゃあ、あんたが知っている『あの事件』ってのは、何」

ストーリー後半、時系列やら何やらのカットバックというより最早ぐるぐる回転パッチワークのような展開を見せる。 回想の中の、熱くもあたたかいフラッシュバックなどもある。 何気に時代の社会問題らしきネタをドーンと打ち出して来たのは、ストーリー上の何かから目を逸らさせるためなのか、と思わせる所もあった。

“それくらい私は恐れていた。道が続いていて、それが過去とつながっていると確認することを。”

あの「タクシー運転手さん」の言葉、小説でもさることながら、映画だったら影のハイライトシーンになるよなあ。 何故なら、演じる俳優の・・・・ 実際の映画は観てないので知らんけど。

後半、ミステリの一種としてのサスペンスとは違う着地になりそうな雰囲気も発し始めますが、読ませる興味とエキサイトメントは一向に失いません。

「手放すことは難しいねえ」

『帰り道』のシーン、泣けるのとも微笑みを誘うのとも少し違う、すぅーっと透明な気持ちになるような ・・・ このエンディング、いいと思います。

No.1264 8点 女相続人- 草野唯雄 2024/07/08 19:41
本サイトで以前に評した某著によると「本陣」「刺青」「点と線」に並び日本4大本格ミステリに数えられるという(?!)草野唯雄「女相続人」は、よしんば本格は本格でも「フレンチ本格」なんて呼びたくなるよな独特な薫りが漂う逸品。 腹を震わせるサスペンスは言うまでも無く、また警察小説としても素晴らしい熱量を提供。

「それを聞いて安心した。まあ、しっかり頼むよ」

オーディオ機器メーカーの老社長が、自らあと半年の命である事を知り、若い時分に辛い状況下で棄ててしまった「実の娘」を捜し出そうと、顧問弁護士ら取り巻き達を奔走させる。 やがて「私があなたの娘です」と名乗る女性が現れる。 もしも本物と認められれば、巨額の遺産の行先も変わって来る・・ そこへ来てもう一人の「娘候補」が登場! さあ、このあと殺人事件の被害者になるのはいったい誰だ?!

まず目次に晒してある各章、特に中盤以降の熱いタイトル群が異様に頼もしい。 軽い風俗小説めいた実質プロローグからスリル満タンの疾走オープニング、こりゃあつかみがシュアーで熱い。 音楽と地質学の魂こもった現場披瀝。 山陰沿岸、島根半島の旅情風景もきめ細かく匂うリアリティで迫る心地よさ。

イカす意味で予想の斜め上を疾走するストーリーの面白さ、その意外性は特筆すべき(おおお、あの大事件!!)。 何故かあらかじめ読者の目前に晒された様々なトリックをあっけなく次々と警察が看破する、このギミック(?)のせいで忍び寄る異様な真相奥深さへの予感は振動を止めない。

或る章の最後に、目には見えない ~読者への挑戦~ が亡霊のようにぬんわりと漂っては読者の首を締めにかかる。一方では真犯人の意外性をかなぐり捨てたかの様相を見せつけながら。。 この絶妙の物語バランスはほんとうにニクい。

“捜査官たちの胸中に、そうした感懐とともに一脈の安堵感が動いたのも、無理からぬことといえた。”

動機の重さ。 その思いもよらぬ逆転性。 予想外の重いエンドである。(アレのことを考えオチ的に仄めかしてはイナイわけだよね? いや、イルのか? いやいや、見事に押し切ってるんだよな。はっきりそう書いてある。そこ、さらにもっとはっきりとソコにも!)

“(こうやって見てくると皆一つ一つが死闘の記録だ。いわば満身の創痍というわけだ)”

思えば、物語のごく早い段階で、真犯人の大胆な挑戦的告白が、それとは分からない形で忍ばせてあったのだよな。。

難を言えば、タイトルに ・・・ いや、何でもないぜ・・ 本当に、うねってうねってうねりまくるパワー長篇である。

No.1263 7点 湖中の女- レイモンド・チャンドラー 2024/07/03 19:17
「行方不明の妻を捜してくれ」と依頼されたマーロウがぶち当たったのは、湖畔に沈む、全く別の女性の屍体(らしきもの)。

適度に込み入ったプロット。 複雑過ぎないストーリー。 締まった文章。 詰まった内容。 泣かせる比喩。 「おっと!」とつんのめりそうになる意外な真犯人暴露と、「んんーむ。」とあごを撫でてしまう魅力ある立体的真相暴露とへと突き進む推理のダイナミズム。 良い意味で破綻のない、模範的なハードボイルド探偵小説。 多くは語るまい。 人間関係のハブである筈の人物が事件の渦中で希薄な存在となってしまう皮肉は、こんなこと言ったら語弊があるが横浜の菊名駅を思い出させる。川崎の武蔵小杉も昔はそんなんだった。

マーロウがシェリフやポリスと一定の友情を交わすのは良いが、マーロウが彼らに情報を与える際、大事なことを故意に抜かしたり嘘を言ったりする傾向が気になった。 このやり口が最後いい感じにモノを言ったのは良かった。 マーロウとパットンとの友情がいい。そのさりげない描写がいい。

“マーロウ、五百ドルだよ。”

マーロウが私と同じ女性に好意を抱いたらしいのはちょっと嬉しかった。 彼女や、いかにもの「美女たち」とは別に(成年の)「可愛い女の子」がちょっとしたカワイコリリーフみたいに登場するのも良かった。 そんな所だ。

No.1262 6点 54字の物語- 氏田雄介 2024/06/28 21:33
9字×6行=54文字の小さな原稿用紙の中で爆誕し展開し完結する、掌編より儚い指編小説の数々。 強烈に厳しい字数制限を課し、考えオチの光る、ミステリ心に訴えるピースを何十篇も並べた力量は大したもの。 主たる構成要素は叙述ミステリやら論理ミステリやらナニSFやら感動小説やらを仄かな「なんちゃって」フィーリングで包んだり構築したりで仕立てた奇妙な味のプチケーキ。 中には駄洒落押しで消えるギャフン作も点在、気にするな。 各作の「捲って次ページ」に『解説』が書かれているのも何気に親切。 実際、考えオチの「考え」が深すぎて「求む解説」なピースも少しばかりあっただよ。 基本キッズ向けに出版された様だけど、当然大人も巻き込む前提企画っぽぃアレが良い意味でプンプンです。

続篇何冊も出てますが、まんず代表で第一作を。 尚、第一作の「絵」は佐藤おどりさん。

No.1261 7点 緋色の囁き- 綾辻行人 2024/06/26 13:21
「母に、お別れを・・・・・・本当のお別れを言いたいんです」

都会を離れた全寮制名門女学校へ、女性校長の姪にあたる主人公が転校して来るや、生徒の殺害事件が続発。 疑いの目が主人公に向けられるが、ある年齢以前の記憶を “ほとんど” 失っており精神が安定しない「夢遊病者」の彼女自身、自分が本当に犯人でないのか自信が無い。 自らの近過去に纏わりつく大きな謎と、いま起きている連続殺人事件の謎と、更には学園内で遠い過去に起こった忌まわしい事件の謎と。 これらの謎は一つに繋がっているのか、いつかは一気に解決されるのか。そのとき主人公の心はどうなるのか。。。 ホラー感覚欠如の私でも、謎が牽引するサスペンスで終始ハラハラどきどき。 澱みを許さぬ爆走リーダビリティで持っていかれる膂力発揮の一冊です。

意外と長い解決篇?の中に、急に道筋Y字に分かれたり更に分かれたり合流したりを繰り返す複雑系ミステリ進行がエキサイティング。 同じシーンを別視点からチョイ時間差で叙述する技法はもしかして後進への影響大? ミステリ史に疎い私にはよく分かりませんが。。 そぃやメタ・ミスディレクションぽい四字台詞「あ◯◯◯」が光ってたな。 男女の切実ラブストーリーが流れるのも佳い。(しかしあの最後の数行は。。。。)

◯◯の有無に纏わる◯学的/論理的説明はちょっと曖昧かな。 これを始めに真相吐露シーンと、その後どうやって諸々始末を付けたのか、やや見切り発車というか説明責任を果たしていないようにも見えた。刑事さんも再登場しないし。それで納得出来るわがまま小説の面白さなら構わないけど、本作の場合はもう少し現実に寄り添って欲しかった。 とは言え・・・・第4クォーターあたりからどうしようもなくゲスな結末の予感も漂ったけど・・・・ 思いのほか深層から暴露された過去事象の圧倒的プレゼンスが全てを綺麗に吹き飛ばしてくれたのは良かった! やはり綾辻サスペンスはこの味だ。

No.1260 6点 夜の警視庁- 島田一男 2024/06/24 13:30
日本の夏、昭和の夏に映えるは島田一男。 人気刑事ドラマ「警視庁の夜」で主役の捜査一課主任警部(部長刑事)を演じる俳優の栗林が、ドラマ撮影周辺の現実世界で起きる犯罪(ほとんど殺人)の真相を暴くシリーズ短篇集。 その表題でドラマタイトル通り「警視庁の夜」ってのが別にちゃんとあるのに、前後ひっくり返しただけみたいな「夜の警視庁」ってのが別にあるのはなんだか笑っちゃう。

凶音の輪舞/歪んだ円舞曲/蒼い葬送曲/悪霊の狂想曲/虚像の鎮魂曲/赤き血の独奏曲  (春陽文庫)

中でも特筆すべきは二篇。

悪霊の狂想曲 
これは深いねえ、悲しいねえ、いいねえ。 一方では深くて長いスパンの人間ドラマと、他方でクソ浅くクソ短小な(当事者の片方はそう思ってない)人間ドラマ、この二つが皮肉な、ミステリ視点ではある種ロジカルな衝突を起こした故に噴出した悲劇。 

赤き血の独奏曲
俳優の不慮の死に応じてストーリー設定や脚本や撮影スケジュールを、工夫を凝らしパズルの様に組み替えて行く様は面白かった。ネタは「アレ」と見せかけて実は更に悪どい裏側が・・と期待したものだが。。 この真相もドラマが深くて悪かない。 最後の、ソナタ【独奏曲】(←この逆ルビはおかしい)に寄せたホワイダニット大演説はちょいと笑わせなくもないが、そのへんの急に大上段になる感じもまたよろし。

同シリーズ別作品の評でも書いたけど、芸能界で有名スター絡みの殺人スキャンダルが頻発し過ぎで笑います。こりゃあつまり、克美しげる事件や◯あ◯子事件(?)みたいな爆弾が年に五、六回のペースで落とされる異常事態って事ですよね。

No.1259 4点 誠実な詐欺師- トーベ・ヤンソン 2024/06/22 16:11
戻って来たら、同じ所じゃなかった。。。 数の煙幕の向こうに鮮やかな景色を見る事の出来る “数字に強い” 若い女性カトリは或る事情から経済的窮地に立たされ、打開策として近所に住む小金持ちの老いた絵本画家アンナの秘書となり、弟で少し頭の弱い、海での冒険に憧れるマッツと共に住み込みの身となる。 財政的にアンナの役に立ち、その余禄でマッツへ “ボート” をプレゼントしようとするカトリは、嫌がるアンナを押し切って連れてきた愛犬と共に、或る企みを成就べく、“その” 仕事に取り掛かる。

私は飛行機でフィンランド上空の独特な景色に差し掛かると「あのへんにムーミン谷があるんじゃなかろうか?」と妄想で萌え萌えしてしまうタチなんですが、この北極圏のお話は大事な何かがすれ違ったみたいで、強くアピールはしてくれませんでした。 書評を見ると好きな人はずいぶん好きみたいで、それこそミステリーやサイコサスペンス、或いは哲学書のような文脈で推す方も多い様です。 個人的には、もしスナフキンが “そこ” に居合わせたら、鼻先でスンと哀しんで立ち去るんじゃなかろうか、って所でしたね。 ラストシーンはちょいとジワるし、”過払い金” の奪還を思わせるアレは確かに面白かったんですけどねえ。

「手紙ねえ・・・・・・」
「一通だけ。ただし書類戸棚にはしまいこまないで。わたしの誤りを証明する手紙だから。自分でいったじゃない、わたしは数字を弾いて証明できるって。わたしの誤りを隅から隅まで納得させてみせる」

最後のムーミンから十年余り経った1982年のトーベ・ヤンソン長篇です。

No.1258 7点 初等ヤクザの犯罪学教室- 評論・エッセイ 2024/06/20 21:39
“こうした趣味の悪いイタズラはともかくといたしまして、一つの解決策としてどうしても相手を拉致しなければならないケースはままあるものです。”

そうめんのようにすいすい読める愉しいミステリ副読本。 どこまで本人が直接経験したことなのか分かりませんが、様々な犯罪の方法論や精神論を語るに当たりやたらと現場感、現実感が高い文章の中に所々「これ、いくらなんでもホラ話じゃね?」と思わせる挿話が闖入して来たり、或いは本作ほとんどフィクションなんじゃ。。と疑わせたり、いやいや冗談めかして実は本当にやってんじゃないの色々、と思わせたり、気が付けば人生とミステリ読書に対して実に有意義な知識や教養を摺り込まれている、そんな素敵な一冊です。

“倒産劇の醍醐味は、これら多彩なキャラクターが入り乱れて「部屋別総当たり」の状態となり、時々刻々思いがけない筋書きが展開されていくという緊張感にあります。そこはあらゆる犯罪の見本市であり、スリルとサスペンスに満ち満ちているのです。”

たっぷりのユーモアとアドヴェンチャーに逆説と箴言、そして少しばかりのペーソス。 『兇悪犯罪のノウハウを講義する』と嘯く浅田さんの講義録は、絶妙な距離感の肉体感覚と心憎いすっ呆け感覚とがごく自然に手を結んでおり、読者を気持ちよくマッサージしてくれる効果、よしまたミステリを読もうと強く思わせてくれる効果を最短距離でもたらします。

“腰紐を引かれて鉄扉から出ていくとき、T氏は私の房に振り向いてもう一度にっこりと笑い、前手錠を掛けられた両拳を力いっぱい胸の前に突き出してみせました。”

No.1257 8点 追憶の夜想曲- 中山七里 2024/06/14 23:16
「わたしとお前のママとの契約は終わった。もう二度とお前に会うことはないだろう」

… こんな胸熱なシットは女房を質に入れても初ガツオにちげえねえ。 女房が亭主を殺した(?)。夫婦の間に娘が二人(?)。発見者は亭主の実父(?)。 カネにもパブリシティにもなりそうにねえ事件を、やる気のない前任弁護人から強引に奪い取り、逆転無罪判決をブチかまそうと奔走する御子柴ベイベー。 判事も検事も、そして被告側にもライヴァルいっぱい、こいつぁやる気出るぜ、なあ御子柴。

「あ、そうだ。御子柴センセイも同じこと言ってたよ。ママが何か隠してるって」

心証ロジックの取っ掛かりらしきものが所々、健気にピックアップされるのを待っている。 そのロジック爆解決への予感と、今にもブラストしそうな揮発性の隠し事サスペンスが併走するからこその、ジッとしちゃいられねえスリルの泡立ち。 違和感あちこち、気づけば堆積。 いつの間にか摺り込まれたほのめかし。 ミスディレクションへの熱き警戒信号連打されつつ、 露骨なヒントに気付きもしないファッキンアスホールは俺だ。。

「この事件のどこが花の山だ」
「それを言った瞬間に裏道は人の山だ」

御子柴のツンデレ子供好き具合も、頬に優しいサマーブリーズのよう。 地雷を探り出しに赴く勇者御子柴。 感情?の面では超人のようで、知能の面では決して超人ではない(それでも超秀才クラス)、そして冷静の極致を旨とする御子柴。 彼が開拓せんとする個人史深堀り大河ドラマの拡がる予感に押し切られたい。 … 第三章タイトル、第四章タイトルの意味するところ、そして明かされる両者の立ち位置 。。 一つだけじゃないフーダニット、ナニダニットが交差するナウでブリリアントな法廷ミステリ野心作だ。

「どちらにしても父子間の心温まる話で涙が出そうになる」

隠岐のフェリー裁判の挿話、面白かった。「頭の抽斗」を使いこなす御子柴、キュートだった。 事件の核心発掘を幇助/妨害したものとして “二重の” ◯◯◯◯かぁ・・・ちょっと盲点というか、先入観で、ミステリの要素として考えなかったよな。。

うねりにうねって、あっという間のクライマックス、『ただ一度』の、灼熱の、或るホワイダニット ・・・ 偽善スレスレってが ・・・ これには泣けました。 そして「殺し」の方のホワイ、 こちらは泣ける類とは微妙に違うけれど、その◯◯間の “ワンクッション” が、重過ぎる、辛過ぎる 。。。

「いつか、あんたには本当に護らないかんものができる。それまでその気持ちは大事にしとき」

結末がもたらすダブル真相暴露の位置エネルギー。 どちらが主従と言えないくらい高い地点で拮抗している。 本当に素晴らしい。

「だってあのセンセイ、りんこのこと絶対に子供扱いしないもの。嘘言ってないもの。」

こんなゲスの極みの話なのに。。。。。 (あのピアノの件、、)

No.1256 8点 黒の試走車- 梶山季之 2024/06/12 16:54
「みなさーん、この一台のスポーツ・カーが誕生するまでに、どのような卑劣な敵の妨害や、悪辣なスパイ活動があったかご存じですか・・・・・・」

天上の、光り輝く友情と、地上の、さまざまなレベルとベクトルで複雑怪奇な断面図をいくつも見せる、裏切り合いと情報漏洩の宴。 景気の良いS30年代中盤の企業スパイ小説第一号だから、おそらくマスオさんも読んでいたと思われる。 無駄無くスポーティに展開する凡そ一年に渉る中期戦のストーリー。 登場する魑魅魍魎や良い人候補(?)は数え切れず。 お色気にはリミッターというよりコンプレッサーを掛け、内なるスケベに抑制を効かせミステリ興味を逸らさない意気込みが良い。 ストーリー混み合う中を疾走するリーダビリティには目を見張る覇気が息づく。

『さようなら。みんな、私のことを笑ってくれ。さようなら・・・・・・』

スパイ合戦仕掛け合いも最後の方になるともうグチャグチャのメチャクチャで、ご苦労さんだよ自動車業界ってな気分にズブズブと。。 主人公の造形も格好良いヒーローだったのがいつの間にかズブズブと間の抜けた俗物性に沈んで来たような。。と疑っちゃったりはしたものの、やっぱり分厚い中盤からの迫力と、じりじりと迫り上がる結末に架けてのスリルや佳し! 「真犯人」隠匿のノラリクラリと絶妙な技も、実に酒が進む大した珍味。 「殺し」のトリックそのものは、だいたい想像つく類の生活一口メモ殺人篇だけど、そこはそれがいいんだ。 「黒幕」の悪どさも終盤一気に炎を上げて、こりゃひでえや(笑)。 尺をたっぷり取った、映像と音声と匂いの浮かぶ、切ない意外性を秘めたラストシーン ・・・・ たまらんわぁ ・・・・ ところがその直後、またもや尺を取った、だが無駄のない強烈なエピローグのストマックブロー襲来!! この結末はやはり、社会派を出汁に使ったスペエスリラーならではの味わい。 いや、ひょッとしたらスペエ物の皮を被った社会派小説かもな。。 だとしたら作者も相当のスペエだな。。 全体通して、世の中如何にノラリクラリ戦法が有効かを説いている一篇のような、実はそれすら何かの隠れ蓑のような、訳知りの作者らしいタフネスと繊細さ溢れる名品でした。

「そう本当のことを言うなよ。いろいろと芸の細かいところさ」

各章タイトルに、自動車に因んだ漢字語にカタカナで当て字振り仮名(一つ例外あり)という趣向。これがまた良い。 例:運転手(ドライバー)
それと、たしか昔の映画じゃこんなややこしい(そして深い)ストーリーじゃなかったような。。 相当かいつまんだな。

No.1255 6点 46番目の密室- 有栖川有栖 2024/06/08 12:57
“あるいは小説作品のトリックとしては面白味に欠けていながら、高度な実用性を具えたトリックが。もし、それを××が盗用したとしたら、最も危険な廃物利用になるのではないか?”

やたらな牽引力でリーダビリティ猛烈。 ユーモアとペーソス両サイドからフットワークの良い文章。 いかにもロジック伏兵の忍び込んであれよあれよと活躍しそうな空間やら盲点候補がソコカシコに本当にキラキラしてて愉しい。 零れ落ちる、どうしたって避け得ないメタの空気感には目を瞑ろうではないか。 ×××と見せかけて(もいないか?)実は×××トリックにこそ軸足という構造は驚天動地ではないが、その反転エネルギーはさほど強大ではないが、知的興味に訴える所あって決して悪くない。 足跡トリックの構造と機微にはなかなかフムフムしました。 「針と糸」系密室トリック再現実験に興じる刑事たちのシーン、メタ微笑ましくて笑いました。

「うれしいか?」
「いや、別に」
「俺もだ」

北軽井沢にて恒例のクリスマス・パーティーに参集したのは “日本のディクスン・カー” と称される大物小説家を中心に、その同居人、ミステリ作家や編集者に有栖川有栖(この人もミステリ作家)と探偵役・火村英生、更には近所で目撃された不審人物を含め計十二名。 顔を焼かれた屍体としてほぼ同時に発見されたのはその内の二名。

“一人の男が容疑者の輪に入ってきて、名前さえ聞かないうちにすぐまた退場していった。”

この本ねえ、中盤のスリルは相当なもので本当に熱くなったんだけど、ラストクウォーターで減速しちゃったかなと。。 キラキラ光った魅惑の「九十メートル」! ネタが明かされてみればまあそこそこだったが、いいでしょう。 いっそあの 『泣かせるダミー動機』 の物語にしっかり尺とって講釈してもらってくれてたら良かったかもにゃあ。 ところが、ソコあっさり否定されて真犯人もあっさり暴露! ってコトはまだ何んかあんじゃないかと期待もしてしまいましたよ。 あの動機反転の(控えめな)ドヤ顔もちょっとなあ。。時代背景の違いもあるにせよなあ。 あと、探偵役・火村が(時に有栖川も一緒に)事件の謎をリストアップする場面で、それまで盲点となっていたような意外な謎が掘り起こされず単なるおさらいで済んじゃったのは、ちょっと湿っちゃいました。

それこそ、もうちょぃとばかし(本格ミステリ演出効果のために)人間が描けていたらなぁ。。 とは惜しまれる。 文章自体は悪くないですよ。

“――やれやれ、それでは転がしたサイコロの出す目は偶数、もしくは奇数である、と言っているのに等しいではないか。”

「スウェーデンのディクスン・カー」 にも言及されていましたが、 「韓国のアントニイ・バークリー」 とか 「ベトナムのボワロー&ナルスジャック」 とか 「アメリカの麻耶雄嵩」 とか、 「北アイルランドの連城三紀彦」 とか 「シリアの鮎川哲也」 とか、いないんでしょうか。

No.1254 7点 ダブル・ダブル- エラリイ・クイーン 2024/06/06 22:22
エラリイの心です。。。。  小説家エラリイ・クイーン宛てに匿名で二度にわたり郵送されたのは、殊更に疑惑を唆すような、ライツヴィル地方紙「レコード」の死亡記事切り抜き。 死者は一人に留まらない。 かの地へ向かうべきか否か、ニューヨークの自宅で迷う彼に決断を下させたのは、はるばるライツヴィルからクイーン宅へやって来た妖精のような一人の少女。。 なんなんだこの萌えアニメみたいなキャラと、それに引っ張られての展開は。。 釣られてかユーモア押しもなかなかの強度。

「いつでも都合のいいときでいいって。だから、あすの朝にしたの」

【次のパラグラフ内はストーリーネタバレ】
.. 或る人物への疑惑が「ゼロの聖域」からじわじわと高まっていく。それは外見の意外性にも後押しされる。ところが読者視点の本命容疑者が何度かゴトリと大きな音を立てて替わり、そのたび新たな暗い夜道が目の前に広がる。その様相に対峙するが如くいとまなく生成される、あまりにも多い被害者、中には意外な(!)被害者、ついさっきまで疑惑の真犯人候補ナンバーワンだったような者までが・・・

「この箇所は特別に印をつけて書き留めてくれないか。この話の特に興味深い部分だからね」

エラリイの名台詞連発炸裂の中盤2ページは最高に熱かった! と思ったら最終コース、真相暴露篇にて更にそれを上回らんとする、あまりに熱いエラリイの痺れる言説噴射数ページが・・・ 動機の先物取引? 動機の先物市場操作? 更にはその⚫️⚫️?!  真夜中の・・・・なーるほどね。 表情の変化(と状況の変化)からそこまでの洞察をキメたクイーン、流石だ。

占いに纏わる◯◯◯のバカトリックにはある意味メタ的に笑っちまった。「危なっかしいやり方だ」という台詞と「習慣云々」なる物言いでなんとか後追いでのバカ回避を試みてまず成功したようだが、でもその為に準備した工程を考えたらやはり早過ぎた島田荘司マナーのバカっぷりとしか言えぬのではないか?

「よし。チャンドラーにしよう。それともケインか、ガードナーか」

冒頭の謎であり物語の端緒でもあった「エラリイへの新聞記事郵送」の真実を明かすタイミングとその滋味深さにはやられた。 それやこれや色々あって、エラリイが××トリックでアガサを出し抜いた? と思うようなキラキラの幻惑展開も。 まあ、ライツヴィル住民たちのさり気ない描写がどれもヴィヴィッドで、町が生きているのは本当に良かったですね。

「大いなる絶対の存在はそれを見逃さなかったようです」 ← 流石にそれは、、、島田荘司ではないかと。

終盤も終盤、意外な?二人の人間関係に凄まじいカタストロフとそれを盛り立て花を添える舞台の爆発的前進。こりゃ良かったな。 
そしてこのラストシーン、笑っちまいつつ熱くなるでねえが、我が心が。

オバハンの従者がオバノンだったり、地方検事チャランスキーはチャラ男なのか気になったり、ふた昔半(四半世紀)前の韓国歌謡ファンにはピンクルちゃんの登場が泣かせたり、色々あった。 タイトルに深い意味を持たせようとしたようだが、それは上手く行っていないかもな。 「見立て」はチョトーうるさいかな・・大事な所だから仕方ないんだけど。 リーマちゃんには萌えなかったが(応援はしたよ)、『ライツヴィル全図』には大いに萌えたねえ〜 広場周辺だけじゃないんだぜ! んで巻末解説(飯城勇三さん)最高ですね。 父子の情愛深読み考察もある。「見立て殺人の極北」。。 なるほどねえ。

タイトルに因む形でデイヴィッド・ボウィーのあの曲を思い出したのは、読了後すぐでしたね。

No.1253 7点 読書中毒 ブックレシピ61- 評論・エッセイ 2024/06/04 06:28
著者'90年代の二誌連載。 氏の読書全般が書評範囲だが、その対象はほぼ小説。 中でもミステリの比率高し。と言うか書評全体的にミステリに「寄せている」度合いが強く、更に映画の話題が分厚いのはノブヒコさんらしい所か。 いっけん小難しかったり簡易だったり、おしなべて愉しい文章群を真夏の生ビールのように素早く味わわせてくれる一冊。 やはりこの人の書評を読むと読書がしたくなる。 最近やっと「渋カジ」は理解できるようになったが音楽の「渋谷系」はさっぱり分からん、という主旨の物言いにはちょっと笑いましたがさもありなんと思います。

No.1252 7点 頭の中の歪み- 石川達三 2024/06/02 09:07
「もし俺が真犯人とわかったら、お前はどうするね。 俺の身代わりに刑務所へ行ってくれるか」

知らず誰かの子を孕んでいた、そして何者かに殺されていた、頭の弱い愛娘への、父の複雑な想い。 しかしその父こそが実は。。(←ネタバレに非ず) 序盤から中盤に差し掛かるころ、東野圭吾を思わす衝撃のツイスト急襲。 それを受け、折り返し地点より一気に闇の中のフーダニットへと物語は舵を切る。 イヤミスともイヤサスとも違う、イヤクライム(蛙亭のイヤクラ..)かと踏んだら、それさえ違ったというわけだ。

「悪魔も恋をする!」   「砂漠の狼ども!」   「死体の叫び!」   「毒を盛ったのは俺だ!」

観念、善意、人間性。 原理主義の爆走が時に面白い小説効果を上げる。 豊かな心理追跡に論理の下支え。 いや、主人公は必ずしも何につけピューリタン一方というわけでもない事が後から分かってくる。 それがまた良い味わい。

「俺は久米子の、そういう人のよさ、徹底的な、まるで植物のような善良さを思うと、涙がながれてたまらなかった。 そのくせ、猫の子を生きたままで穴に埋めてしまうような残酷さをも持っていた」

なかなかに興味深いのが “本当の” 任意出頭シーン。 そこから始まる探偵行為の不思議な面白さったらない。 娘の子の父親候補を絞り込む(≒ or ≠ フーダニット)工程に沁み渡った犯罪糾明のスリルと、芽生える友情と、何気ない風俗素描。 これはいい。 そして、◯◯◯への愛の切なさの蔭に隠れていた◯◯◯への愛の強さが一気に表出する名シーン! 本作のクロージングサードのえもいわれぬ錯綜と思索とミステリ興味の仄甘いキス&ハグ具合には得難い未知の色彩・配色のような魅力が沁み渡っている。 妻や義父や医師たちとの関係も、イヤ要素が強いとは言えサスペンスフルで良い筆致。

ところが、 ええええっっ この、 裁判所にていきなりのバカ結末?! または泣ける結末!? なんにせよ簡単には終われそうにない、熱の籠ったオープンエンディング。 様々な方角へと走る人生上のテーマを提示しながら、 最終的にはエンタテインメントの凄みが要を締めた。 そんな素敵な小説だ。




【ネタバレ】

子の父親、実は実の兄だった、という線は文章の見せる表情からして無さそうだが、、 結末近くまでちょっとその線も疑ってました。 もしそうだったら、ちょっと救いが無さすぎてダメだ。

No.1251 7点 ビブリア古書堂の事件手帖3- 三上延 2024/05/31 02:45
やはりこの温度感、乾き過ぎず湿り過ぎずの暖かみは尊い。 あたたかいサスペンス。
あざといギャップ萌えや何やらはちょっと煩かったが、許す。

「◯が、薦めたんですか。◯ではなくて」

第一話 ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』(集英社文庫)
古書業者の競売会場にて、謎事象と、謎の敵方キャラ?との遭遇。 長短両スパンで絡み付くように迫る謎が良い。 ある種の物理トリック(◯◯の◯◯本)が心理の襞に入り込む構図が良い。 重なり合う謎の深みや佳し。 『たんぽぽ娘』の絶妙な作中作効果がスリルを醸し、泣かせる。 全く異質のトリックとストーリーだが、何故か鮎川哲也「自負のアリバイ」を髣髴と。  7点

「・・・・・・全員、この家から出て行きなさい。今すぐに」

第二話 『タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの』
タイトル通り?幼少期の想い出の本を巡っての話。 仲をこじらせた家族が二組。 或る登場人物の◯◯設定が有効な目眩しとなっていたか。 中盤のサスペンス佳し。 ただ真相に深みが意外と足りずミステリとして感動は出来ないが、、物語としてはまずまず感動。  6点

「智恵子さんとは別の意味で、あなたは他人に容赦がないのね」

第三話 宮澤賢治『春と修羅』(關根書店)
蔵書の相続を巡り、折り合いの悪い兄妹と兄嫁が対立する中、一冊の超稀覯本が紛失。 その本を題材に、蘊蓄系の渋い手掛かりも然ること乍ら、何たる謎解きの奥深さ。 主人公(探偵役)にとってより大きな謎への繋がりと、それを優しく包み込むおとなしいエンディングも良い。  8点

主人公の妹によるプロローグとエピローグ『王さまのみみはロバのみみ』(ポプラ社)が何ともサスペンスフルな期待を持たせる。 我が父もこれに引っ掛かってとうとうシリーズ最後まで読破したのかも知れない。

簡潔で乾いた作者あとがきも佳き。

キーワードから探す
斎藤警部さん
ひとこと
昔の創元推理文庫「本格」のマークだった「?おじさん」の横顔ですけど、あれどっちかつうと「本格」より「ハードボイルド」の探偵のイメージでないですか?
好きな作家
鮎川 清張 島荘 東野 クリスチアナ 京太郎 風太郎 連城
採点傾向
平均点: 6.68点   採点数: 1270件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(56)
松本清張(53)
鮎川哲也(50)
佐野洋(38)
島田荘司(36)
西村京太郎(34)
アガサ・クリスティー(33)
エラリイ・クイーン(26)
島田一男(25)
F・W・クロフツ(23)