皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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斎藤警部さん |
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平均点: 6.69点 | 書評数: 1323件 |
No.1323 | 7点 | 人魚の眠る家- 東野圭吾 | 2025/01/23 01:31 |
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「こういう日が永遠に来ないと私が思っていたとでも?」
これぞ “日常のサスペンス”。 プール事故で ‘おそらく脳死’ という際どい状態に置かれた幼い娘。 彼女との暮らしを手放したくない母親の強い意志に牽引される形で、彼女の体には最新技術の粋を束ねた或る装置が接続され、在宅での介護が始まる。 装置を開発したのは、父親が経営する特殊機器メーカーの若い男性技術者。 この事故をきっかけに、娘の両親は離婚を無期限延期した。 介護補助のため足繫く娘の家に通う技術者は、いつしか娘の母親に惹かれ始め、彼の恋人との間には暗雲が立ち込める。 やがて、娘の “体” には奇跡が起こり始めるが・・・ “あれがあなたの守りたい世界なの? その世界の先には何があるの?” “手遅れですよ、と答えたのだった。 つまり、その気はある、ということだ。” 事故に関する重大なホワットダニットと、明かされるタイミング、これが熱かった。。 奇跡のような或る “お別れ” のシーンには、眼の醒める感動があった。 作中作(?)の “中盤が省かれ” ての展開趣向はちょっと面白かった。 登場人物追加のタイミングとイントロデューシングがさりげなく上手。 その一方で、物語の中でもう少し躍動するかと思われた人物が意外とおとなしく引き下がってしまったり、トリッキーな◯人◯役進行で生成された “逆・幻の登場人物(?)” 興味がやわらかく萎んでしまったり、登場人物の扱いでちょっと肩透かしな部分もある。 しかしまあ、社会問題啓蒙の何気な深みに、いつもながら科学技術との臨場感溢れる真摯な対峙ぶり、このあたりは本作の見逃せない美点と言えましょう。 思わぬ所でボウモアの名が登場したのも萌えました。 恋愛要素も綺麗に併走。 終盤、残りページ数の怖さが身に沁み、冷静な医学描写をありがたく感じました。 やはり、プロローグとエピローグとを結ぶ “虹の架け橋” の眩しさは沁みます。 娘への愛情に裏打ちされた、決して後ろを振り向かない驀進ストーリーの激しさの裏に、こんな素敵なエピソードが存在していたというのです。 |
No.1322 | 7点 | ずっとお城で暮らしてる- シャーリイ・ジャクスン | 2025/01/20 22:56 |
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「だいたい●●たな」
「いい●●だった」 時間は存在しない。。と思わせる箇所があった。 心は暗くも色彩は明るいミュージカルのように感じる場面もあった。 片田舎の名家にて、数年前、一家ノ大半が毒殺される事件がアった。 村人は、家に引きこもる生き残りの名士様たちを忌み嫌ウ。 中には親しくしてくれる者モいる。 主人公(語り手)は生き残ッた姉妹ノ妹。 他に、事件以来車椅 子生 活の伯父がいる。 ある日、親類筋の若い男が訪ね て来 た。 彼に憎悪の炎ヲ燃やす主人公は明らかに頭がおかし い。 伯父もお かしイ。 姉 は果たして・・ それにしても毒殺犯は誰なノカナ・・ 最後の日とはいったい何のことダ? ねばねばした文章でリーダビリティは低いが、終わりまで辿り着けば、溢れ出る味わいは喩え様もなく尊く、落とし穴はあ まりに も深 ク馨しい。 この怖さ、気分悪さ、えげつなさを圧縮してサッと立ち去る短篇こそSh.ジャクスンの精髄だと思っていたケれド、圧縮したまま延々と引き摺る・・とは言え短い・・長篇のコレも、体には悪そ うだが、棄て難い。 ザ ・キ チガ イ ・・・ 「そのうちここは、<恋人の通り>って呼ばれるわね」 |
No.1321 | 7点 | トランプ殺人事件- 竹本健治 | 2025/01/18 20:32 |
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「巧妙な叙述トリックだわ」
なんだか凄い、破格の不可解興味が迫る、密室での消失~殺人案件。 事が起きたのは別箇の密室(だが・・)。 コントラクト・ブリッジ愛好サークルには、イラストレーターの男女ペア、金持ちのカード蒐集家、そしてハンサムな精神科医がいる。 その中に、俳句の枠で高度な言語遊戯を弄する者がいる。 独特の清洌な文体、意外な被害者、面白い章タイトルと章立ての企(たくら)み。 暗号が活躍。 コントラクトブリッジとカードゲーム全般に関する用語集のリッチなこと。 この表題、実は本来の意味の ”トランプ” を意味する、三部作通しての出落ち叙述トリック?だったりして・・という疑いも少しばかり持ってみた。 「だったら、何もそんな叙述トリックなんか持ち出さなくっても・・・」 精神科医は、友人の大脳生理学者と(彼を通し)その助手でミステリマニアの若い女性と(更に彼女を通し)その弟で天才囲碁棋士の幼い少年、この三人に事件の解明を委ねる。 この少年こそが探偵役センター『牧場智久』。 ブリッジ、俳句、心の病、神経の病、暗号、海遊び、見えない人間関係等々 .. が場の内外を飛び交う中、或る “大きな資料” の小さなきっかけを掴んで光を見いだそうとする三人(と、・・)。 あーーー、コレ、ブラウン神父のアレと、某叙述トリックのパターンをさりげなくアクロバティックに噛み合わせた構造、なの、かな。。 ははん、ぐんわりすんなりメタ持ち込みのドリブルカットイン絶妙。 いやいや、この「作中作」と「作」のメタ×××な関係性、スィヴィレます。 三人の探偵は賑やかにじわじわとエンドへ向かって迫り、幻想に浸りながら爽やかなエピローグにて開放型の落着。 人の話に拠れば、人生は、満ちたり、欠けたり、その繰り返しだそうです。 「・・・考えに考えて、この叙述トリックを思いついたんだと思うよ」 |
No.1320 | 5点 | 白い陥穽- 鮎川哲也 | 2025/01/15 22:02 |
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思うに短篇の鮎川さんは、割り切ってA級作品とB級作品とをはっきり分別して書いていたのではないですかね。 本書に収められた八篇は思うに一つ残らずB級作品です。 鮎川さんの場合、B級作品がA級に較べると格段に旨みが落ちるというか、ほぼA級イコール一流品、B級イコール二流品の構図になってる気がします。 季節のお造り盛り合わせは文句無しに旨いのだが、焼きとんや牛モツ煮込みを頼むとイマイチ、みたいな。 氏の清廉潔白好みな生き様がそうさせていたのでしょうか。 とは言え、たとえ旨みは薄目でも無視して切り捨てることなど到底できない魅力は不思議と備わっておるし、どういうわけだか再読したくもなるのです。
白い盲点/暗い穽(あな)/鴉/夜を創る/墓穴/尾行/透明な同伴者/葬送行進曲 (光文社文庫) 偽のアリバイ作るならアッチだけでなくコッチもね、とか、素人犯罪だからそこは流石に見落としちゃうよね、とか、偶然くんのインターフェアは仕方ないよね、とかそういう、邪魔になった相手を謀殺したらどうしてすぐバレちゃったのか系の倒叙推理クイズ風なんばかりズラリと並んでいます。 音楽を含めた ’音’ が重要ファクターとなる話が多いですね。 中の一篇 「透明な同伴者」 なるタイトルはなかなか含蓄があって良いな。 ‘男娼’ ことホストさんやポピュラー音楽家へのムニャムニャには眉を顰めるなり苦笑する向きもあろうか。 「もう止めましょう、そんなお話。 ベッドのなかにいるときはそれにふさわしい話題があるのよ」 鉄道旅のお伴には、せっかくの風景見物を邪魔しない程度の緩やかさで丁度良い本かも知れません。 |
No.1319 | 6点 | 小説帝銀事件- 松本清張 | 2025/01/13 12:00 |
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“全国いたるところに、人違いの悲喜劇が繰り返された。”
不謹慎だがクローズアップマジックを思わせるキメの細かい毒殺トリック、水彩画の乾きの機微、写真を撮る/撮られる策略など、表題に違わず推理小説らしい作りの第一部は、確かに小説的面白さと高い可読性で満ちていた。 だが、ノンフィクションドキュメンタリー、というより調査結果を羅列した論文かと見紛う第二部、こいつがなかなかの曲者で、文章に熱量と使命感は感じるのだが如何せん小説興味と読むスピードとが一気に落ちる。 第三部で再び小説感を取り戻し、相当に内側へ抑圧したと思われる◯◯糾弾への炎が噴き上がって実に熱いが、やがて思いがけず呆気ない終結を迎える。 (◯◯◯ー◯ンはどうなったんや・・) “そして、皮肉なことに、平沢貞道だけが、この「◯◯◯」な条件を持っていないのだ。” 第一部から第三部まで、どれもだいたい同じ長さ。 体感的には圧倒的に第二部が長かった。 その第二部も、読み返してみれば決して事実や想像のつまらない列記だけというのでもないけれど、躍動する第一部が終わって急におとなしい(内容は決しておとなしくない)第二部に突っ込まれると、、 摩擦係数が一桁上がったような感覚に囚われてしまいます。 当時の出版事情や時代の圧力による過度の抑制もあった事でしょう。(それとは別に、清張らしからぬ過度の文言繰り返しも目に付きました) 実際に清張は本作での消化不良に因る不満が起爆剤となり、翌年かの 『日本の黒い霧』 執筆に取り掛かったと言われています。 “この一分間という時間は、犯人にとって、最も重要な、かけがえのない時間であったと思われるのだ。” 当事件に纏わる、今となってはあまり語られない細かな客観的事実群の確認など興味津々な一篇です。 個人的には、意外と自分に縁のある土地がナニだったりする面白さもありました。 やはり、内容は詰まっています。 |
No.1318 | 6点 | 何者- 江戸川乱歩 | 2025/01/06 22:30 |
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足跡往復のロジック、証拠隠滅のロジック、実に良い。 表題が良い。 最終章タイトルは “THOU ART THE MAN”。 夏休みに学生の「私」が友人宅で奇妙な事件に出くわす話。 真犯人も動機も早くに分かってしまいましたが、それでも魅力は落ちません。 変格のヘの字も無い、乱歩さんにとっては異色と言える本格中篇。 まあ状況証拠やら後出しやらアレで、完全に論理で締め上げるパズラーでもないんですが、犯人糾弾の畳み掛けが素晴らしく、充分本格だと思います。
「ところがね」 ( 中 略 ) 「ところがね」 ← このへんの空気感、好きだなあ |
No.1317 | 7点 | 酔いどれ天使- 渡辺淳一 | 2025/01/04 00:20 |
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医学と恋愛とを主軸に、時代の気分でミステリが絡んだような初期(S40年代前半~中盤)短篇集。
乳房切断 刺激的で怖い表題。 医療プロセスの際どい所に見えない穴があき、切断しなくてよい乳房が切断される。 事の異状が静かに顕れたのは手術の四年後。 被害を受けたのは医学部教授の妻。 記録と記憶の物陰から強力な容疑者達が躍り出る。 地道な個人捜査の末、抉り出された真相は、、意外とアレっちゃアレだが、シリアスな人間ドラマが猛烈な押し出しで、勝ち切った。 7点 酔いどれ天使 表題から受ける印象とはずいぶん異なる内容。 “酩酊児” への恐怖に駆られる男を中心に据えた、一気読みブラックユーモアサスペンス。 ちょっと長めのショートショート。 黒澤三船の映画とは関係なし(医者が出て来るという共通項はあり)。 6点 ある心中の失敗 緩慢なるサスペンス。 恋愛経緯が甘苦い空気を送り込み、医学の現場対応が場を締める。 表題そのままの結末とも言え、ミステリ性は極薄だが、一般小説ならではの良さというものか、実に後を引く深みあり。 7点 脳死人間 交通事故で脳死状態(植物性人間!)になった大学教授。 残されたのは妻と二人の子、そして同居する甥。 この甥が妻に色目を使う。 やがて息を引き取った夫を前に、妻は或る後悔の混じった哀しみに襲われる。 サスペンスは在るがミステリ性は薄い。 だがやはり余韻は深い。 脳死問題とは縁の深い、元医者である著者による、あたたかい物語。 7点 |
No.1316 | 6点 | 今夜は眠れない- 宮部みゆき | 2025/01/01 22:24 |
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「そうなの、坊や。 変わった形の亀だけど、あれはスッポンなのね」
突然の巨額遺産相続通知から始まり、○○の過去と□□の秘密、更には●●案件 (←むしろ逆●●!) に大きなツイストかまして快走する少年ユーモア・冒険サスペンスの意欲作。 事象の核心を突く◇◇横取りトリックの熱さと、それに翻弄されたストーリーそのもの(!)。 頼りになる最高の友と、頼れない?両親。 疑惑と謎と希望とを振り撒く大人たち。 宮部みゆきのやさしさテンダネスがやり過ぎること無く、適度の深みと温かみを湛えた結末の場所に着地した。 若年者へのまなざしも伝わる。 主人公はサッカー小僧。 親友は将棋部エース。 章立てもサッカー試合の時系列に因んでいるが、そのくせ小説にサッカー感がまるで漂っていないのは御愛嬌。 ユーモアを醸すワーディングや文体も嫌味なく、控えめ過ぎず、絶妙なポイントを突く。 パラパラマンガも雰囲気づくりに一役買った。 悪くない。 |
No.1315 | 4点 | 夜行観覧車- 湊かなえ | 2024/12/30 00:18 |
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「だから、今わかっていることだけをふまえて、どうするのが俺たちにとって一番いいのか、これから考えよう」
バスケがしたいです ・・・ 出だし、イヤミスコメディか? と錯覚したけど、別にふざけてるわけじゃない、実にイヤミスらしい堂々たる直球勝負のイヤミステリを読んでるつもりでしたが。。 高級住宅街で殺人事件発生、向かいの家では問題山積み、信頼できない証人、信頼できない隣人など興味津々 ・・ ところが終結部、ホワイはともかくフーダニット興味のしゅるしゅる萎み具合で一気におじゃん! ぽっかりあいたキモミス日和の数時間。。 これが連城三紀彦だったらどのタイミングでどんな切り返しを見せつけに来るか、なんて妄想せずにいられません。 一方で冒頭から中盤~結末前までは相当にエキサイティングで期待を持たせてくれましたので、、その美点を勘案して、それでもこの得点。 だけど、割り切れ過ぎの薄い結末かと思いきや、モヤモヤが絶妙な分量で引き摺るエンディングにはそれなりの味わいもありんした。 ホワイダニットはそれなりに重みがありました。 そしてタイトルの意味合い、その象徴性の向かう先はいちおう分かったつもりですが、小説の中身詳細にしっかり嵌っていませんよね。 。 とにかく、どなた様も無理はするな。 人間臭いのもほどほどにな。 って事で。 |
No.1314 | 8点 | ヨルガオ殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ | 2024/12/29 00:33 |
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“『カササギ殺人事件』 なんて、最初から存在しなければよかったのに。 アラン・コンウェイなんか大嫌い。”
なにしろ “前の事” があるもので、登場人物表からドキドキの御注意拝読でございます。 今度の 「作中作」 は 『カササギ』 とはまた違う扱いであり、その登場人物表もまた(以下略)。 今回も 「作中作」 が熱い。 その名も 『愚行の代償』。 英国の田舎にホテルを所有する、旬を過ぎた有名ハリウッド女優。 屍体で見つかった彼女の周りには、ミステリ的な疑惑を誘う登場人物がふんだんに往来。 ホテル経営を任された支配人夫婦、使用人親子、友人の医者夫婦、投資儲け話を持ち込む男、映画出演話を持ち込む男、等々。 女優の若い夫もまさかの劇的な死に様を見せる。 こちらにもまた新たな容疑者が追加され、二つの事件で作中作ミステリの場は大いに沸く。 「物語上の効果をねらってのことなんでね!」 『カササギ殺人事件』 の作者アラン・コンウェイが 『愚行の代償』 を著したのは、 ホロヴィッツ 『ヨルガオ殺人事件』 の中で描かれる殺人事件が起きた、やはり英国片田舎のホテルに事件後取材のため彼が滞在した後だと言う。 『愚行の代償』 を読んだ、当ホテル所有者夫婦の次女は事件数年後となる或る日、殺人事件の真相を、当の本の中に発見した! と遠方滞在中の両親へ密かに電話で通告した直後、失踪したという ・・・ そこで、警察の捜査を強力にサポートして欲しいと夫婦から遠路はるばる対面で依頼されたのが、 アラン本人亡きあと最も 『愚行の代償』 にインティメットな関係者と目された、編集担当であった 「私」 こと、現在は出版業界から足を洗い、ギリシャのクレタ島で細々とホテルを経営するスーザン・ライランド。 パートナーのアンドレアスとは婚姻関係を結んでいない。 前述の失踪した次女は幸せな結婚生活を送っていたようだが、性格のおかしい長女とは折り合いが悪い。 次女の娘の乳母や、ホテルの従業員たちにも癖のある者は多く、謎多き “宿泊客“ の殺人容疑で逮捕、後に投獄されたのもルーマニア出身の元従業員。 “宿泊客” の屍体が部屋で見つかったのは次女の結婚式がホテルの敷地内で行われたその日(!)だった。 被害者は別の客と部屋を代わった直後だった事もあり、そちらの客(元学校長)と間違えられた可能性もある。 探偵役スーザンは昔の業界仲間と再会し、アラン・コンウェイの元妻とさえ対面し、この元妻さえも疑惑の対象となってしまう。 更には “元学校長” との因縁が取り沙汰されるホテル従業員まで浮上するに至り、事態は混迷の一途。 一刻も早く 『愚行の代償』 に埋め込まれた ‘何か’ を捜し当て、抉り出さなければならない状況の下、スーザンを思いも寄らぬ人物が訪問、その直後、スーザンは明確な悪意の攻撃に晒される・・ 「きみってやつは、アラン・コンウェイよりたちが悪いな!」 「作中作」 と 「作」 、 各々の登場人物が抱える問題、放つ違和感、匂わす隠し事の錯綜で読者目線の容疑者を容易に絞らせないやり方が激マブ。 これは(似て非なる)真犯人隠匿の技巧にも通じていよう。 アラン・コンウェイは何故 “そんなこと” をしたか、というホワイダニットの牽引も強力。 もう出だしからして、物語進行のグルグル振り回す感が半端無え。 心地よく遍在する(そして読者のナニを先読みする)パロディスピリット。 セミ・メタパロディの水平線もチラと掠った。 オーイェー。 『愚行の代償』 の名探偵アティカス・ピュントと、その創造者アラン・コンウェイとのあまりの人物評価の差に大笑い。 アランの元愛人、新しい名探偵秘書に警察の面々もヴィヴィッドに躍動。 最後は 「作中作」 に忍ばされた “トロイの木馬” が 「作」 の真犯人に向け強烈なストマックブローをかまして打ち倒す。 死せる孔明(コンウェイ)云々という洒落か。。。。 そんなばかな! |
No.1313 | 7点 | 青年は荒野をめざす- 五木寛之 | 2024/12/21 01:28 |
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「どうしたんだい、その金は?」
「あの車をバラして片づけたのさ」 「大丈夫かね。そんな事をやって」 「大丈夫じゃないから逃げるんだ」 主人公ジュンはトランペッター。 自分のジャズにズゥンと深みを与え、艶々に磨き上げるため、新宿は馴染みの店にしばし別れを告げ、ユーラシア大陸横断の旅に出る。 旅と冒険に揉まれて成長する若者の姿を健やかに描いた快作。 ジュンの周りの人間たちとの絶妙な距離感と温度感。 ミステリの快感にも通じる熱い再会、甘苦い再会、やたらな再会(笑)の連なりも素晴らしい。 “ペットとの久しぶりのキスは、甘く、爽やかで、感動的でさえあった。” 或る作曲家との出遭い、これは沁みた。 彼の或る決心と、餞の言葉。 そして、ジュンとは異なる楽器プレイヤー師匠の滋味深い、深過ぎてナニが急過ぎてちょっぴり絵空事の青空に軌道掠る感じの、だが断固心を掴みに来る言葉の花束と想いの数々。 性愛、友情、と来て肝腎の(?)恋愛がなかなか登場しないな、と思っておったら 。。 うむ、恋愛どころではないのだな。 それも良しだ。 遠心力が強過ぎる大ツイストにぶん回される展開もある。 普通だったら “強がり” と自動的に解釈される或る返答が、実はそうじゃない、という面白い一瞬のシーンもあった。 或る章の終わり際、「雪国」 への荒っぽいオマージュのようなイカしたフレーズもあった。 ああ、いい台詞いっぱい。 意味合いが濃縮された文章群だが、リーダビリティは強×3だ。 "<二人ともうまくやってるんだな> とジュンは考え、とても嬉しい気がした。 コーヒーは体のすみずみにしみわたるほどうまかった。" 旅はやがてイベリア半島某所で区切りを迎え、文字通り眼前に広がる大きなエンディング以降の幻へと引き継がれる。 続篇は(いまのところ)無い。 文春文庫表紙のジュン、佐々木朗希が野球をやめて目つきの悪い不良になったようである。 だが小説の内容は、意外と健全。 それもまた良し。 |
No.1312 | 5点 | まぼろしのペンフレンド- 眉村卓 | 2024/12/16 12:58 |
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まぼろしのペンフレンド
おまんじゅうのように甘くてまるいファンタジーSF。 異世界からの不器用な接近に始まり、幼い恋愛要素が花を添え、最後はなんだかゴタゴタのうちに終了。 アンドロイドのシラッとひどい物言いが解き放つ異化効果はなかなか良い。 5点 テスト 妙に表題作と似た感じで、もっとちんまりした作品。 才能云々のテーマもある。 4点 時間戦士 外敵から逃げるため三千年後の世界へ移動しようとする人類。 タイムトラベルの途上、小隊リーダーの青年は何者かに捕えられる。 彼は、まったく歯の立たない相手から、ある決断を迫られる。 それなりに深みもミステリ性もあって良い話。 6点 ジュヴナイル作品集。 最初の二作は若向け狙いが露骨過ぎるな。 文体はともかく、内容までそう迎合するこたあ無いやねえ。 遅れ馳せの追悼書評がこんなんでごめんなさい。 眉村さん。 |
No.1311 | 8点 | 夢野久作全集 8- 夢野久作 | 2024/12/14 02:26 |
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瓶詰地獄
完璧作。 厳粛な公文書に始まり、いたいけな「第三の瓶」で締める構成の妙。 近過去のクライマックス「第一の瓶」、中過去クライマックスの激烈な敷衍たる「第二の瓶」を経てたどり着いた「第三の瓶」に宿る得も言われぬ可愛らしさは幼い者を愛でる気持ちを自然と起こさせ、ひいてはこの「三本の瓶」が描き出す情景の言外には強靭な親子の情愛(特に親から子らへ)が沁み渡っており、決して兄妹間の審美的な悲劇というだけでは済まされない重みを叩きつけている。 とは言うものの、やはり中心に来るのは兄妹が南方の孤島で味わった天国と地獄の風景。 親の側もその可能性を危惧していたものか。 夫婦間で話題にしたものだろうか。 一足お先に 右脚を切断したばかりで入院中のインテリ元ハードル選手には可愛い妹がいる。 同室でやはり片脚切断の豪快男の妻は今にも逃げ出しそうだとか。 同じ入院患者でも「特等室」におわします年増で美貌の男爵夫人は宝石蒐集狂。 ちょっと謎めいてハンサムな副病院長。 これら登場人物の中で深夜の殺人事件が起こる。 壮絶な反転に次ぐ反転の末、このいっけん明るいエンディングは・・・・ 狂人は笑う (以下二篇連作) ・青ネクタイ 病院にて軽いき〇がい独白だが、自分がきち〇いな様な気が本当にして来る。 怖い文章だ。 作品より文章が怖い。 ・崑崙茶 病院にて(?)深みのあるきちが〇独白は天空を駈けるが如しで自然と身体が宙に浮く。 終結だけ、萎んで基盤たる怖さを失ったか、と思いきや。。。。 もう数段も深みが増しやがった。 キチガイ地獄 どぎつい題名の割に地獄ってほどの事も。。。 あったじゃねえか。 こりゃ怖いわ。 きっついわ。 ラストの追い上げこそ凄まじき! 復讐 若い医長と婚約中のヒロインは、彼女が幼い頃に謎の死を遂げた父親の仇を取るまでは結婚しないと言う。 安楽椅子探偵は医長と気の合う長期入院患者。 怖いヒロインと恐ろしい結末。 冗談に殺す 前半と後半とクキリと分かれ、カチリと構成された物悲しいお話。 頭のおかしい人が頭のおかしい犯罪を犯し、意外なものから追い詰められる!! 頭のおかしさ加減は表題が中身を少し上回るかも。 木魂(すだま) 幼い頃から体が弱く、頭の中の数学世界に淫して来た男は、長じて尋常小学校教員となり、妻を病で亡くし、息子を事故で失った。 ■■の才能の意味にさえ気付かないまま逝った息子への痛々しい愛情吐露が響き渡る幻覚ストーリー。 背景には "鉄路" がある。 少女地獄 (以下三篇連作) ・何んでも無い これほど読了直後に冒頭から読み返させる中篇もなかなかない。 特にこの “ 遺書” ・・ 奇矯な行いで医学界(のごく一部?!)を搔き乱した若い娘に関する最終報告は、たった一通の書簡の中で成された。 残響音の巨大な幻へと向かう喪失感は、しまそうの「眩暈」を彷彿とさせた。 こんな変わったクライムノヴェルもあったものだ。 タイトルの意味は読了間際に分かった。 ・殺人リレー 田舎住まいでバス車掌に憧れる若い娘へ、都会の先輩から忠告の手紙が何通も届く。 「◯◯の◯◯」 と 「◯◯ある◯◯」 とが折り重なって物語を締め付けに掛かったような一遍。 書簡の中で書簡が踊った。 タイトルの意味に込められた重さと洒脱さが、何とも言えねえ。 ・火星の女 惨酷だ。。。。 禅とは何だ! 高等女学校にて、人間焦土のような焼死体が発見された。 その謎を追うように異様な事件が群発する。 さてみなさん、こんな鮮烈無比な復讐の旋風跋扈を、誰が責任深く語れますか!? 恒久平和へ向けたような演説には、それは欺瞞だと弾劾一方では行きかねる熱さと吸引力があった。 あな、意外な違和感投擲(と思えば瞬殺捕球)やら、純物理トリックもあった。 色んな意味でザ・ビートルズの “アイ・アム・ザ・ウォルラス” を拡張展開したような怖るべきシーンがあった。 最後の伏字群は、◯◯◯による犯罪防止のためなのか。 口を使うのが得意なんだなぁ。。 って別にエロい話じゃないけどさ。 胸像にかこつけた◯◯トリックにはちょっと笑っちまったな。 しかし、最後のカタカナ四文字なァ、どういう気持ちなんだよ。 とにかく、凄まじさが薫るほど凄まじい話。 最後の三連作は本当に強力です。 通しテーマは清水を掬うように明瞭ですが、ここでは触れません。(明瞭なのでしょうか) 三作とも、作品全体が手紙や新聞記事だけで構成されています。 むかし 「地獄少女」 というアニメがありましたが、「少女地獄」 との繋がりは無いようです。(無いのでしょうか) 本当に夢Qさんは頭がおかしいです。 |
No.1310 | 7点 | クリスマス・プレゼント- ジェフリー・ディーヴァー | 2024/12/13 01:15 |
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ジョナサンがいない Without Jonathan
こりゃーあらすじ書きにくいですなー。 登場人物五名。 男二女三。 三角関係がある。 一名は死ぬ。 一名はもうじき死ぬはずだ。 ぎょっとするトゥイッチが襲うストーリー展開の後、アレ的な反転の中でも大きいやつが早い段階でバラされたお陰で、人間ドラマに深みが生まれました。 7点強 ウィークエンダー The Weekender 強盗二人組。 一人は低脳、一人は馬鹿。 押し入ったドラッグストアにて、上手く使えばモノになりそうな人質を確保した。 ところがこいつが結構な曲者。 決死のディベートから、やたらな行ったり来たりを経て、何かのペイフォワードかと思いきや、っそっちか・・ 気持ちは分かるが気持ちが悪い。 6点 サービス料として For Services Rendered NYCパークアヴェニューの精神分析医に、念願の重症患者がやって来た。 彼女は相当の金持ちだ。 さてどうするか。 展開の程よい熱さは美点だが、ツイストが淡いよなあ。 5点 ビューティフル Beautiful ストーカーを巡る迷惑サスペンスから、その最強撃退法を編み出してのドタバタハッピーエンド(と言って良かろうぞ)。 “怖い夢を見るのが楽しみだ。” 魅力溢れる脇役が出て来たと思ったら、チョイ役として去った。 6点 身代わり The Fall Guy 強盗強姦未遂から逃れて、助けてくれた男と、そこから仕切り直しの悪だくみ。 緊迫の現場検証シーンから、謎めきながら空気感を蹂躙する反転へ。 こいつ、なんて奴だ!! またしても魅力的過ぎる男が場を彩る。 8点弱 見解 Eye To Eye 現金輸送車が襲われ、大金が奪われた。 すぐに容疑者が捕まり、目撃者も見つかった。 だが街の問題児(変質者)と目されるこの若者の目撃証言はなかなか核心を突かない。 業を煮やした二人のチョイ悪保安官補は思い切った行動に出る。 すると予想外の訪問者たちが。 ある種の◯◯譚。 6点強 三角関係 Triangle これもあらすじ書きにくい。 タイトルが示す通りの物語と言って嘘は無い。 看過出来ない美点である、ジリジリ焦げるサスペンス持続の末に ・・・ やられました。 すぐに頭から読み返しました。 そしたらさ、伏線が笑うほどたっぷりあったんだぜ。 違和感込みのと、そうでないのと両方。 どうして義父をそんなに嫌うかのと訝しく思ったら、そういう事だったのか。 “女性にちやほやされる” のくだりにはクスクス。 単なるアレの話というだけでなく、決して微笑ましいのではないダークな結末(そして、今後どうなって行くのか)がズンと来る、意外と重い一篇。 9点 この世はすべてひとつの舞台 All The World’s A Stage 夫婦で観劇の帰り道。 待ち伏せていた浮浪者から、過去の或る罪を告白される。 その中で夫は、復讐を果たすべき或る有名人の存在を知る。 やがて短い冒険劇から、奇抜な法廷弁論の奔流へ。 終盤ではサム・クックの “シェイク” が流れてくるような、機智と高揚の爽快な物語。 「しかし、まだ出版はしないほうがいいだろう」 8点 釣り日和 Gone Fishing 精神安定のため、妻子を置いて釣りに出掛ける広告マンの夫は、川辺にて無愛想な怪しい男に遭遇する。 ふむ。 反転云々はともかく、物語は悪くない。 渓流の匂いもした。 6点弱 ノクターン Nocturne 音楽好きの巡査は、ストラディヴァリウス強盗の現場に遭遇。 そこから色々あって ・・・ “何と言っても、文化の街ニューヨークの危機なのだ。” 挙句、まさかの、ほろほろと零れ落ちるようなホワイト~ブラック~ホワイトエンド。 いくら甘くたってこりゃあ否めない。 エキサイティングなくだりもあった事だし。 7点 被包含犯罪 Lesser-Included Offense 金持ちの不敵な被告人には、痛烈な ‘弱点’ があった。 彼を陥れる為の、法廷での怖るべき潜水術。 なんだか ‘三笘の1ミリ’ を思い出したような、、 フゥ〜 残酷ゥ〜〜 7点 宛名のないカード The Blank Card クリスマスを前に、妻の不貞への疑いが沸点に達そうとする夫。 エキサイティングな展開がミステリの薄さを抱き込んだ。 冷気たちこめる、文学味のあるエンディングが印象的。 6点強 クリスマス・プレゼント The Christmas Present 行方知れずの母親捜索を願い出た娘。 娘も、母親も、離婚した父親も別々に暮らしている。 娘は特別なクリスマス・プレゼントを用意していたが、それがアダとなり。。 大勢の生命を賭けた咄嗟の機転シーンが白眉。 太平洋、ロッキー、アパラチアを越えての連城スピリットめいたもの、確かに感知しました。 “吐息が亡霊のように白い渦を巻きながら澄みきった空気に消えていくのを見るのも楽しかった。” いやいやいや、このただならぬ◯◯◯◯エンディング、なかなか無いですよ。 クロージングも最高に◯◯。 本作だけシリーズメンバー登場の書き下ろし。 参りました。 9点弱 超越した愛 Together 物語の状況がよく見えないまま、チャキチャキ調子がいいヒューヒューの滑り出し。 信用できない語り手による、ちょっとサイ◯な浪曲一席、みたいな? そこへ被せて信用出来ない聞き手の存在? 大反転はだいたい想定の範囲だったが、中反転の方は考えてもみなかった(そっちの方が凄い)。 まして、聞き手がその事で思い悩むなどとは。。 ミステリ要素を可惜(あたら)呑み込んでしまいそうな、水平線のようなラストシーンは良いね。 7点 パインクリークの未亡人 The Widow of Pine Creek 舞台は移って南部の田舎町。 亡夫から継いだ会社の新米社長は、北部から来たビジネスマンに、帳簿に残された異状を指摘される。 常に亡き母親の言葉を縁(よすが)とする社長は、北部のビジネスマンに惹かれ始める。 金儲けには慎重さも必要だ。。 反転に続く反転返しはちょっと急ぎ過ぎの気もしたが、更に続いた反転返し深掘りがその穴を埋めた。 しかしこれだけナニが続くともうそのこと自体が大ヒントになっちゃって、結末は予想のスコープ内だったけど、だからと言って反転の価値、物語の価値は下がらなかった。 8点 ひざまずく兵士 The Kneeling Soldier 娘は16歳。 ストーカーの蛆虫は20歳。 蛆虫は半年間きちが◯病院に閉じ込められるはずが、一週間で脱走。 娘の父親と蛆虫との激しい衝突(+α)のあと、予想外の事件(または事故?)が起きたという。 意外性より残酷性。(いや、やはり意外性か?) 7点 どの作も、掴みと締めが印象的。 反転の数々は心を掴む。 中にはハートウォーミングなお話も混ざるが、全体的には現代米国東海岸殺伐絵巻の様相。 それでも、いい本だ。 |
No.1309 | 7点 | コンピュータの熱い罠- 岡嶋二人 | 2024/12/10 13:36 |
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アキラカニ アヤシイヤツガ ヒトリイル
時は‘80年代中盤。 結婚相談所のコンピュータシステムが 「おかしな事」 になっている、と気づいたのはオペレータの若い女性。 彼女とプレイボーイの ’彼氏’ は微妙な関係。 「おかしな事」 の隠密調査を買って出たのは同僚の ‘男友達’。 事件は起きる。 事件がまた起きる。 言語道断、問答無用のハイパー・リーダビリティ。 前半読んでる時はこりゃ5点、上手く化けりゃ6点行くか、ぐらいに思ってましたが、後半からのスリリングな追い上げが凄い、終盤を相当回ってもなかなか手の内を明かさない、やがて襲い掛かる真相暴露で7点強!まで上がりました。 見せ場を作るクロージング良し。 一見、唐突な定石破りのようでいて、実は淡い心理の伏線もあった、◯◯この上ないエンディングも心に響きます。 ミステリ上の或る種 “◯◯不◯◯” を破ったかと思わせて、それで終わるわけじゃなかった、もう一段深い所に衝撃の真相があった。 クリスティ的な人間関係トリックとは微妙に?異なる真犯人隠匿術が見事に決まった。 この幅広ミスディレクションにはやられました。 慾を言えば、その “◯◯不◯◯” 破りもどきの時間をもう少しじっくり取っても良かったのではないか、とは思います。 「計画性のまったくない行動をとる人だな、君は」 コンピュータやネットワーク周りの設定やら何やら、令和の世に読むと先見性に目を瞠るより先に古さを感知するかも知れないが、今となってはむしろその先入観的なものが有効な目眩しとして機能するかも。 章立て数字が7セグメント(8の字デジタル)ってのも、何とも言えねえ。 時代を感じる所では、コンプライアンス的に国際問題にならないかと若干心配な要素もありました。 ちょっとダシに使われた感のある “より大きい方の” 社会派要素も、事件の核心である事象を包み込む恐怖の対象として、物語の背景にしっかり仁王立ちしているのではと思います。 アキラカニ アヤシイヤツガ ・・・・・ |
No.1308 | 8点 | 友よ、静かに瞑れ- 北方謙三 | 2024/12/07 00:17 |
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「父親のために闘える、最後の機会でしょう?」
この北方謙三は怒っている。 最初から怒っている。 そう見えたのは、主人公が知的な職業に就く知的な人物であること、端的に言えば主人公が◯◯であることが暫く隠されているのが原因かもしれない。 また主人公の親友が◯◯である事も、こちらは折返し地点まで隠されている。 後者は、主人公の行動を支える強力なモチベーションとなっている。 「夏に、父と二人だけでキャンプに行きました。 その時、買ったんですよ」 殺人未遂の容疑で “親友が留置場に収容された” との報せを受けた主人公は、親友の無実と逮捕の不当性を信じ、彼の釈放に向けて工作すべく、山陰の小さな観光地を訪れる。 親友の経営するホテルには、彼の現在の妻と、今は亡き元妻との間に生まれた少年期の息子がいた。 この亡き元妻こそ主人公と結婚する筈の相手だった。 親友の現在の妻には芸者の妹がいる。 詳細は省くが、このあたりの上手な人物配置は、主人公の気持ち周りに生々しい空気が生まれるのを絶妙に中和、抑制していると思われる。 主人公は “親友” が “その時” に本当は何の目的で何をして、その身に何が起こったのか、そして町中に何が起こっているのかを、私立探偵の様に探りに掛かる。 町中の様々な所で煙たがられる。 親友の経営するホテルを吸収合併しようと目論む暴力組織がある。 彼らは警察のキーマンをも抱き込んでいる様だ。 組織には敵対する相手方がおり、その構図には対立、内紛、第三極の動きが垣間見える。 ストーリーは智慧と勇気と暴力とを起爆剤に素早く巧みに展開するが、肝腎の ”親友” の姿は、息子を初めとする登場人物の言葉を通してでしか、一向に見えては来ない。 主人公と同等、或いはむしろ凌いでしまうくらい魅力ある奴もいた。 嫌な奴も含め、それでも小説的に魅力ある登場人物が町の要所要所に蠢き、日々を送っている。 意外な奴がキチ◯イ級の残酷さを見せたり、土壇場の救世主ぶりを発揮したり、友情の正面突破に蛮勇を奮ったりする。 そしてやはり、主人公の盤石な人たらしっぷりは光を放つ。 「やけに眩しいな。 (中略) サングラスでも買うとするか」 ← このセリフ、沁みたねえ 沈黙佳し。 会話佳し。 暗闇カーチェイスもまた佳し。 熱い抑制が効いた結末の、重さと、秘めた光明で、突き上げるように一篇の上等な作品が仕上がったのだと思います。 |
No.1307 | 9点 | 夕萩心中- 連城三紀彦 | 2024/12/02 22:46 |
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明治~大正~昭和初期に渉って因縁と悪事の風景を描いた、犯罪ファンタジーにして本格ミステリの三篇。
花緋文字 再会した妹は芸者になっていた。 彼女はプレイボーイで天才肌の、主人公の親友に惹かれている。 仲の良い兄妹と、親友とその婚約者を巡る四角関係めいた空気の緊張の中で、運命のように事件が起こる。 そこにはある「●」の使用が介在している。 偶然の作用さえ、意外な欺瞞の道具に使われた。 存外わかり易い結末かな、と早合点させておいて ・・・・ こりゃァ重過ぎる、悍(おぞ)まし過ぎる、長い反転経緯の自白披歴、からの、最高に深い反転ダメ押し。 参った。 鬼畜と●●だ………… 9点 夕萩心中 「貴方が闇の中で耐えているものを、私もここで耐えておりました」 幾夜もかけて口説き落としたのは ・・・・ 三十年、十二年、八年前、そしてあと二年、さらに、二時間だと。。 幼い日の主人公が ‘心中の名所’ で出遭った男女に纏わる事件の恐るべき拡がりを描き切った、極太の短篇。 “その目は 「もう一刻の猶予もありません」 と告げている” 玄関で草履をナニするシーン、行数に亘って、染み渡ったねえ。。 慎太郎のアレへのアンサーソングのようなシークエンスもあった。 唐突に襲う密室トリック/消失トリックさえ、微粒子レベルの違和感さえ無くスムゥーズに任務遂行からの速やかな退場。 或るデジャビュを誘う、まさかの数学的大トリックへの大予感も奔出した。 半ばを軽く越えたあたりから旋風の如くミステリ側の岐路へと大股で歩み出すストーリー展開の妙。 連城三紀彦の場合、そのアレさえ、否そのアレこそ(以下略)。 短い時を経て‘再び’実行される心理的物理トリック。 これぞ盲点。 しかしまさか、それほどまでに大掛かりな背景が登場するとは ・・・ 堂々真っ赤な伏線ロープが張られていたというのに ・・・ “完璧な現場不在証明” か.. いやいや、アリバイ偽装のトリックが光るのはそこだけじゃなかった ・・・ でありながら ・・・ ・・・ でありながら ・・・ 「あちら」 ばかりか 「そちら」 の方も奥が深い。 参ったな。 ダメ押し伏線さえも綺麗に決めるんだな。 “この二人の●の●●の狭間に立たされて、●●●はどんな気持で死んでいったのか。 これが最後に残る問題である。” 10点 菊の塵 “然し、その●を偽ることはできたのではあるまいか” 三年間。。。 通りがかりに軍人の自害現場を目撃?した主人公。 だが彼は大いなる違和感と疑惑に取り憑かれる。 まさかの巨大スケール伏線が包み込むようにして明かすのは、憶測をぶち破る破壊的真相。 二重の●●・・ 「血を浴びた軍服でございます。 それ以上は何もお話しできません」 9点強 三篇に共通するのは ・美しく謎めいた物語を紡ぐ前半、謎の有り様をもう一段深くして、そこから更にもう一段深い解決に突き落とす後半、という構造 ・月日が流れてやっと真相暴露という結末 ・誰かの、幼い頃からの心のしこり ・「貞操」 を巡る興味深い 「工夫」 ・恋愛要素の構図が非対称だったりナニだったりした挙句、実はその大半が●●●という驚き。 だがそれでもなお残る●●の恋愛要素がもたらす、割り切れない味わい。 ・●●の欺瞞 (← ●はこれなんだよな..) ・象徴性が高そうで気になる小道具の配置 ・偶然を味方に付けてしまう、平生よりの気持ちの太さ ・憎むべき対象のイメージの重なり ・「象徴」 が揮う魔力 ・都合良さや無理矢理を土中深く埋め尽くしてしまう、物語の魔力 ・言うまでもなく、それぞれ或る ‘花’ が大事な鍵を握っていること これだけの強い共通性がありながら、それぞれ全く別方向を向いたストーリーと謎と真相と真相暴露。 まるで舌が焼けそうな熱さです。 「ララのインタヴューです。 午後の二時」 「ララってララとリリのララ?」 「違います。 ララとリリじゃなくララとルルのララです」 「なに発声練習やってんだ」 さて~~ 花葬シリーズ三篇の次に置くと、編集の継ぎ接ぎ感が海よりも深い 『陽だまり課事件簿』。 (こいつの存在はこの本を 「天下の奇書」 にしているのかも) 本当だったら別箇の書評にしたいところですが、敢えて一緒にするのも一興と思い、このまま同じ書評に入れます。 大手新聞社を舞台に、こじらせ恋愛ドラマを通しテーマに使った、明るいおふざけショートミステリ三篇。 第一話 白い密告/第二話 「四つ葉のクローバー」/第三話 鳥は足音もなく 読んでみるとそう悪いモンでもなく、全体で7点弱くらい(連城基準なら5点強)かなと思います。 この本の採点(9点)には加味しておりません。 しかしやはり、軽いユーモアミステリさえ似合わない連城に、ここまでやるドタバタ喜劇はホント水と油と男と女だなぁ~。 AIで蘇った三船敏郎が朝ドラでギャル男の役をやるようなもんじゃないですか。 純烈とTHE ALFEEとなにわ男子とあのちゃんが紅白ウタで一緒に暴れてるみたいというか。 連城ミキティというより平野レミティがエコノミ焼きとかチャッチャカ作りながら書いたとしか思えない。 季節感もバラバラバラリンコ(連載の関係で仕方ないんだけど)。 それでも、俺達の連城らしい逆説捌きの冴えや、目を引く日常の特殊設定、賢しい伏線の置き所、そして妙に文学意識の高い言葉選び等、光る所はキラキラと光っている。 いつものじっとり淫靡な、あるいはげっそり深刻な(?)作風では全体バランス欠くであろう「ネタ」をこういう異色のズンドコミステリに回して来たのかなとも思う。 また、ユーモアも所々行き過ぎてるとこがあって、流石は連城の秘めたる狂気が噴出しちゃったのかと嬉しく感じたりもする。 時折どことなく生島治郎短篇めいた風も吹き抜ける。 読んでるうちに、ようよう親しみも湧き、別れ際にはすっかりお名残り惜しくなってしまいました。 「…… なに言ってるの。 ここはベッドの上じゃなく、ベッドの下よ」 講談社文庫表紙の美男美女が、実は異様に美化された縞野課長と愛子さんだったりしないかと妄想したりしてね。 てか電車の中でこの表紙の本読みながら何度もブッと噴き出してるのを見られたら、 この人何? って思われるかも? |
No.1306 | 8点 | 悪魔のような女- ボアロー&ナルスジャック | 2024/11/30 01:43 |
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軽く胃もたれ誘う、ごってり暗色コメディ。 頼りない ‘夫’ がしっかり者の ‘愛人’ と共に ‘妻’ の謀殺を計るシーンで幕を開ける、神経症クライムサスペンス。 二人の目的は、莫大な額の保険金。 やがて ‘夫’ に訪れる混乱と幻覚。 溢れ出す孤独と霧と倦怠感。 苛み始める疑惑と忘却。 ‘義兄夫婦’ との語らいが不安を加速し、‘元警部’ とのファンタジーじみたドタバタ一幕が核心部分を浮き彫りにした。 主人公の墜落先は果たして何処だ。 さすがに引用が躊躇(ためら)われるあのシーン…
“きょう、この夜を迎えるまでに、こんなにたくさんのむだなものが!” 本作の中心点は、最後の方にある。 こんな牽引力ある最高のエピローグ、なかなか無いぜ。 そして最後の台詞の、まるで絶壁から見下ろすような深み! ただの反転じゃあ、済まされないんだぜ。。 |
No.1305 | 6点 | 殺意の設計- 西村京太郎 | 2024/11/26 22:04 |
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「酒も女も忘れて、追いかけられるような事件に、ぶつかってみたい。 そのチャンスを、貴方が、持って来てくれたんです」
京太郎風あっさり味のボワロー&ナルスジャック。 登場人物表には7名で足る。 (すみません、いい加減なこと言いました。 それと、出来れば8名か9名にしたい) タイトルにそぐわず、建築設計士や工業デザイナーではなく、画家二人が中央に登場するフレンチスタイルのサスペンス。 浮気性でもない夫の画家がモデルの女と軽い戯れ。 これに憤った妻は旧い知人の独身男(やはり画家)に相談を持ち掛け、やがて緩い構造の四角関係が出来上がる。 このあたりはきれいなロマンス小説のように描かれる。 そこへ来て、四人のうち三人が集まった所で、うち二人が服毒死。 うち一人は結構 「意外な被害者」 で、その後のストーリーのうねりに大いに期待を持たせる。 二人の死は●●●●か謀殺か、がポイントとなる。 仮に或る人物による謀殺とした場合、その動機が大いなる謎の壁として立ちはだかる。 「推測は、あくまで、カード遊戯だ。 殺人事件は、ゲームじゃないのだから、カードで解決はできない」 冒頭から或るトリックへの伏線が仕込まれていたのには、ずっと後になって驚いた。 小味な隠し場所トリック、薬屋での誤●トリックも良い。 小説の大枠構成には読ませる工夫あり。 画家(達)ならではの心理の機微トリックも効いた。 何より、最後の最後までストーリーを絞りに絞り出した挙句、短い最終章でようやっと暴露された 『動機』 を包み隠す、強大にして強靭な '消極的' ミスディレクション。 しかも絞り出されたのは “それ” だけじゃない。 スリル溢れる見せ場もあった。 最後の数文が、沁みまくる。。。。 「でも、見あきたら、返して下さいね」 人並由真さんの仰る > ここはひとつ連城の「花葬シリーズ」レベルのスゴイのが来ればいいな、と期待した これですよ。 めっちゃ期待させるんですよねえ。。 |
No.1304 | 5点 | 痾- 麻耶雄嵩 | 2024/11/23 18:45 |
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「そうそう、 ぶぶ漬でもどうですか」
この趣向をミステリでやる事に、一体どんだけの意味が? ... と最初は思ったが、 逆に、これをやるのにミステリの枠を借りて逆に何の問題が逆にありましょう。 まして知名度があって息の長い人気作家さんが何作にも跨(またが)ってこういう事してくれるからこそ、普通の読者が手軽にそのアレを味わえるのだし。 そんなアレより問題は中盤後半の、少しばかり興を削ぐ締まりの緩さかな ・・・ 心を病んだ記憶喪失の主人公による連続放火、そこに誰かがかぶせて来る連続殺人、併行して起こった別箇の殺人事件、とせっかく本格ミステリ心を唆る舞台装置を整えておきながら ・・ この強い企画性はともかくとして ・・ あまりにもったいないような。。。 だが著者の意気は買いたい(一割引きで)。 もう優に一世代も前(!)の作品だが、作中に出て来る、当時ほぼリアルタイムかちょい前に流行ったであろう事象や固有名詞がまるで大昔のモノの意図的な記号のように見えたりするのは、作品が今でも瑞々しいナウネスを保っているからでしょうか。 ナウネスなんて言葉あるんでしょうか。 「遠慮することはない。 君はわたしに選ばれたのだよ」 メルカトル鮎がすごくイイ奴で良かったよ。 |