皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
斎藤警部さん |
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平均点: 6.70点 | 書評数: 1349件 |
No.1349 | 6点 | 地下鉄サム- ジョンストン・マッカレー | 2025/05/13 16:50 |
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“本格推理小説の合い間に、ユーモア味あふれる絶妙な連続推理コントをどうぞ!”
と古い創元推理文庫の見開き惹句には書いてあるが、たしかに二百ページ足らずの本短篇選集は、勢いで一気に読んでしまうより、何かの折に一篇ずつゆっくり読む事が推奨される。 実際、この本はしばらく放っておいていいかげん恋しくなって来た頃を見計らって次の一篇に目を通す、というやり方がとても良い。 また “本格推理小説の合い間に” と明記されてある以上、これは文字通り本格推理小説と本格推理小説の間に挟んで読むのが望ましいのであって、仮に本格以外のミステリに手を出した場合、たとえば本格度50%くらいのサスペンス小説、同じく30%くらいのハードボイルド小説と続けて読んだのなら、次は本格度20%くらいの冒険スリラーで残りの穴を埋めて、そこでやっと本書の次の一篇に目を通す資格が生じるというものだ。 また、前記の冒険スリラーを読むべきタイミングでうっかりコテコテの本格推理小説を読み始めてしまった場合は、一気に読破してしまうと合計で本格度180%になってしまうので、この問題を回避するに当たっては、例えばその本格推理小説を五分の一だけ読んだ時点(諸君、ここでちょうど本格度100%になる計算だ!)でヒョイと「地下鉄サム」に乗り換えて(地下鉄だけに乗り換えて)、一篇だけ読み終わり次第、したり顔で本格推理小説の方に立ち戻る、といった策が挙げられよう。 他にも色々なやり方が考えられるだろうから、各自自覚と責任を持ってフレキシブル且つセクシーにグローバルに対処していただきたい。 本作は、NYC下町の地下鉄専門スリ “地下鉄サム(Thub-way Tham)” と “クラドック探偵(警察の人です)” が毎回ゲスト(?)を迎えて繰り広げる明るいドタバタ犯罪劇。 ほんのささやかなミステリ風味を浮かべた掌編に近い短篇たちはいかにも昔のミステリ雑誌の彩りと呼ぶに相応しく、手を変え品を変えのアイデア勝負は稚気とさり気ない覇気に満ちています。 翻訳が異様なほどスムーズにこなれているのも特筆したい。 まるで実は最初から日本語で書かれたかの様だ。 運よく見つけたら読んでみて! サムの放送/サムと厄日/サムと指紋/サムと子供/サムとうるさがた/サムの紳士/サムと名声/サムと大スター/サムと贋札/サムと南京豆(ピーナツ) |
No.1348 | 6点 | シカゴ・ブルース- フレドリック・ブラウン | 2025/05/09 09:30 |
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この読後感! 明るくてさびしくて楽しくて。 かなりやばい事ウヤムヤにして。 シリーズ一作目にして処女長篇は '色々あって' 上々の滑り出し。
「あの男はバカじゃないが、正直者でもない。 そうかといって 'げす' 野郎でもない。 あれがちょうどいいんだ」 シカゴ酒場街の裏通りにて撲殺死体で見つかったのは、給料日の印刷工、ウォレス・ハンター。 その息子で18歳のエド・ハンターは、ウォレスの兄で(エドの伯父に当たる)見世物興行師の '訳知り' アンブローズ・ハンターを頼り、父の死の真相解明に向け困難の道へと足を踏み入れる。 エドには義母のマッジ・ハンター(父の後妻)がおり、その娘にはガーディ・ハンター15歳がいる。 ハンターだらけの狩猟大会が始まりそうで、日本の某人気マンガ/アニメをも思わせるが、伯父のアンブローズがアムおじさんと呼ばれる所などは、もっと有名な日本の絵本/アニメを髣髴とさせなくもない。 アム伯父がカネを攫ませた(!)刑事や、事件現場近くの酒場のおやじ(こいつ何か隠してる..)、容疑者と目される地元のギャングとその手下/情婦等がぞろぞろ登場し、伯父の口から父の予想外に色彩豊かな遠過去が語られ、やがて伯父も知らない◯◯絡みの近過去が明かされ、更には・・・!! この事件真相には ァレッ.. と思う方もおいででしょう。 わたし的には、優しすぎる男の優しすぎる愛情物語としてそっと胸のうちにしまっておきたい '或る真相' です。 それにしても、エドの '心変わり' を経てのラストシークエンスは本当に素晴らしい。 心に残ります。 "ぼくはいきなり泣き出して醜態をさらさないうちに、駅を出た。" いわゆる英語邦題の 'シカゴ・ブルース' は、マディ・ウォーターズらの音楽とは無関係です。(但し音楽、特に或る楽器は大事な役割を果たす) シカゴの街に沈滞する憂鬱という事のようですが、それにしては、ちょっとカラッと明るすぎる文章肌触りではありますね。 原題は 'THE FABULOUS CLIPJOINT(絶世ぼったくりキャバレー)'。 これもシカゴの街を意味しているようです。 1947年の作だから、シカゴがまだ全米人口第二位(L.A.の二倍くらい)の特大都市だった頃。 |
No.1347 | 7点 | 炎蛹 新宿鮫V- 大沢在昌 | 2025/05/06 00:22 |
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鮫は飲み物。 読破の瞬殺感ったらねえ。 本作特に。
"彼も彼女もおかまは大嫌いだ。 ホモも嫌いだ。" 深夜に三極ぶつかり合うオープニング最高。 キャラ立ち良い登場人物大量投入され、大分して◯つの犯罪(的)事象が並列で描かれるが、意外とスリルの相乗効果が見当たらない。 まして一つは国家規模の大惨事に直結する案件にも関わらず、なんとも緊迫感が無い。 そのくせ面白くて頁がスイスイ進む。 これはいったいどうしたことか! だいたい話が明る過ぎねえか? 善人側(?)の人と人との関わりが、わざわざこの手の小説で描くまでないほど平和で軽やかでないか? 甲屋さん(この人イイ)、やっと見つけた大事なアレを抱えておきながら、日本の近未来を賭けてまでそんな軽はずみ(?)な事するか!? 謎視点×2が間歇的に挿入される叙述ギミックは魅力あるが、最後に叙述トリックとして大爆発事故を起こしてくれたら更に良かった ・・・ だがしかしやはり、この見逃せない手放せない面白さは7点(6.5点以上7.5点未満)の一線を超えている。 一読読み捨ての価値は充分にある! take5さん。 タイミングは偶然ですが、見つからずスキップされたという第5弾を私の方で読んでしまいました。 麻雀で言う「嵌張ズッポシ」みたいな感じです。 |
No.1346 | 4点 | 猟奇の果- 江戸川乱歩 | 2025/05/03 11:13 |
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「ぼくはその口止めをするために、あの人に殺されることにしたのです」
拭いきれぬ疑いは或る人物の胸元へと注がれた。 だが、その人物とは誰だ? 主人公は猟奇に飢える有閑青年(だがナイスガイ)。 彼は或る日、友人の雑誌出版社社長(こちらも良い人)が、祭に賑わう神社にて玄人技のスリを働く現場に出くわす。 友人は覚えが無いと言う。 その後もドッペルゲンガー的事象が立て続けに起こり、有閑青年は愉し怖ろしの不可解猟奇世界にぐいぐいと吸い込まれて行く。 美しい妻をも巻き添えにして。 いつの間にか話は大きく膨らんで行き、その裂け目から光が漏れる様に、●●を揺るがす予想外の兇悪事件が連発する。 「快楽っていったいなんだとおききなさるのですか。 それはいまにわかります ・・・・・・ 」 うむゥ、前編|後編と分けた構造(後編からアケチコ登場)はなかなか唆るものがあったのだがなあ。 表題からだんだん離れて行くよなストーリーを、最終盤でギュッと表題側に引き寄せる展開にはちょっと感心もしたのだがなあ。 結局、ある意味そのまんま? 壮大な大風呂敷も風に煽られグダグダに?? なんかそんな風。 犯人(●)●●には何気に結構な意外性がありましたが、それを以てして、このバランス崩れた平板さを覆す事は出来ませんでした。 乱歩さん、しっかりやりましょう。 |
No.1345 | 5点 | ベスト・ミステリ論18- 評論・エッセイ | 2025/04/30 00:10 |
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13人の筆者による、過去のミステリ論/エッセイ×18篇のアンソロジー。
中では、ハメット某作のモデルとなった街の訪問記(+α)小鷹信光「ポイズンヴィルの夏」に何ともブルージーな空気が満ちており、実に素晴らしい。 法月RTRによるPクェンティン話(略史含む)にはマジカルな癒しの効能があった。 トリをつとめる若島正によるクリスティ”SDI (ATTN)” への考察は明確な目的の下に迷いのない論旨の展開が良い。 ○○トリックの世界では重箱の隅さえ広大な空間を有しているというミステリ幾何学の妙を再確認させられた。 中には、あなたミステリや小説が好きだから読むんじゃないですか? と疑問を呈したくなるような、筆者とミステリの間に仲裁に入りたくなるような筆致のものもいくつかある。 どうせ腐すなら坂口A吾のように懐深い余裕を持って、或いは都筑M夫のように余裕ある機転を効かせて愉しくやって欲しい。 まこういう本の神髄は上級者向けのお遊びって事なのかも知れませんが、私のような素人にもきっちり面白く読むことが出来ました。 滋味のある、いい話がいっぱいありました。 'ミステリよりおもしろい' はどうかと思いますが。 |
No.1344 | 7点 | マーチ博士の四人の息子- ブリジット・オベール | 2025/04/27 18:37 |
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金持ちの息子と、家の使用人との間で交わされる、非対称の往復書簡、ではなく往復書簡 "もどき"。 この「息子」が、タイトル通り四人いる内の誰なのか、「使用人」(こちらは唯一人)にも読者にも分からないのがミソ。 「息子」の日記の中では過去、現在、未来の悍ましい猟奇殺人が語られ、いずれ「使用人」の命をも狙う旨、日記の中で「使用人」に向け宣告される。 日記を盗み見た「使用人」は自分でも日記を付けており、その中で「息子」を特定し陥れるための策を練り、恐怖や嫌悪の感情を吐露する。 日記どうしによる往復書簡 "もどき" の途上には喧しい脱線もあるが、その割に話は淡々と進み、スラスラ行けてしまう。 それでも敢えて時間を掛けて読んだ方が、結末に感心出来そうだ。 どうしても読書から離れられない中毒の人は、小説以外の本と並行で読むのが良いかも知れん。
サスペンスはさほど強く醸造されていないと思う。 が「息子」のナスティな胸糞っぷりが実に堂に入っており "十日ほど拷問に掛けてじっくり苦しめて殺してやりたい男オヴザイヤー" の堂々有力候補で、そのあたり心を揺さぶる重要要素とは言える。 が、終盤へ近づくにつれ "もしかしてコレ、アレ系のありがちな真相だったりして・・" との予感も過った ・・・・ しかし、予感は見事に覆されました。 単純なアレのソレではない、かと言って仕掛けが複雑過ぎてちょっと褪めるような類でもなく、ミステリの事象としてちょうどヤバい絶妙な所をシンプルに突く、だが読後の感情として複雑なものが生成される、ちょっと(まさかの)文学な風味の混じる、素敵な結末でした。 "もうこの日記に書くのはいやになった。 何もかもいやになった。 ぼくは気分を害している。 すごく害している。 おまえたちなんか、大嫌いだ!" そいや前述の "アレ系のありがちな真相" については、「日記」の中でメタなジョークっぽく語られてもいたな。 |
No.1343 | 5点 | 櫻子さんの足下には死体が埋まっている - 太田紫織 | 2025/04/23 13:57 |
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舞台は旭川。 櫻子さんはお屋敷にばあやと二人暮らし。 少年は海のものが好き。
プロローグ 別に・・ 第壱骨 美しい人 少年の母が経営するアパートの一室にて異変との通報。そこには「美しい人」が住んでいる。 .. 随分あっさりとアノ疑惑を晒すんだなと思ったら、そういう事だったか。 人が●んでるにも関わらず、日常の謎に産毛が生えたくらいの感覚、良くも悪くも。 探偵役「櫻子さん」がこれほどまで「骨」にこだわって蘊蓄披露も熱いのに、事件解決に「骨」がまるでカスりもしないのは変だ。 キャラが徹底してアレな「櫻子さん」の笑顔だけは飛び切り可愛いって、まるでリアリティがひん曲がって潰れている。 ニコリともしない国枝桃子の方が20倍の肉体感があるし、400倍以上魅力的だ。 まあいいでしょう。 文章、所々繋がりの見えづらい所があった。それでも読みやすい。 4点 第弐骨 頭(こうべ) 海辺にて、心中死体らしき男女が見つかる。 第壱骨と同じような感想。 4点 第参骨 薔薇の木の下 「ーーでも、xxさんの妻は私よ。あなたじゃない」 .. なんだこれは! すっかり油断していたが、本骨だけは薄~く希釈した連城スピリットのようなものが確かに検知された。 櫻子さんの友人であるマダムの家へ『降霊会』に誘われた少年。 やがて怪しげな霊媒師が登場し、霊が降り、ウィジャボードで会話を行う・・・・ う~~む、本作だけは面白いミステリだ。 事件いったん解決後の「行き過ぎた○○」による寓話のような後日談の拡がりには、通常とは顔向きの異なる社会派エレメントが見られた。 では、大泉洋(?)はどうなるのだろう、とおかしな心配もしちゃったよ。 6点強 エピローグ 別に・・ 著者の暮らした旭川の文化が自然と脳内に沁みて来るのは良かった。 それと、櫻子さんの行く末に気を持たせる一文がたしかあった筈だ。 気になった。 |
No.1342 | 7点 | 龍臥亭事件- 島田荘司 | 2025/04/20 16:41 |
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「石岡先生、白状して下さいよ、御手洗さんてのは、やっぱり先生ご自身なんでしょう?」
四月馬鹿を挟み、初春に繰り広げられる連続不可能/不可解殺人事件。 陸の孤島に建つ「館」の設計と在り様が素晴らしい。 出だしから包み込まれるのは、どちらの方向へどんな目的に縋りどんな覚悟を呑み込んで進むのかがさっぱり見えない、ストーリー進捗の魅惑。 星と月と雲、そして霧の動きのメカニズム。 渋い諸設定と、だがすぐに顔を現すバカアムールヤンチャにポレポレな進行と楽屋落ちのニヤリ。 だがそれで良い。 "探偵小説の読者は、意外なところにいるものだ。" しかしながら、こう言っちゃなんだが、途中、原稿の長さにかまけて流石に緩んだのか、なんとも締まらない幻想的退屈に襲われる(百?)数十ページもあった。 どうにも興味の淡い不可能なんちゃらに異常行為に地元警察のつまらんイチャモモ、リアリティの上滑りとミステリ興味の摩滅が何度もあくびを誘う。 「わしがここで死んだら、お宅の迷惑になるといけん。急ぐんじゃ」 某有名過去重大事件のおさらいと考察を経て明かされる、殺意の複雑な玉突き現象というか、玉突きを複雑化した殺意または動機発生の構造。 真犯人像は色々巡って何気に意外なもんだったが、時間掛けて体力奪っといて生成された大きな隙間にズドンとゴール、みたいな大味さが見て取れなくもない。 或る種の人間ドラマを基底部にドンと埋めておきながら、また或る人間●●●●トリック(或いは●●●トリック)を最後に爆発させておきながら、言うたら社会派スピリットも忍ばせておきながら、ゲームバランスなり文章バランスなり、とにかく小説のバランスは良く取れていないと思う。 だがどういうわけだか滋味と重みと広大さがある。 嫌いじゃない。 主役が涙に溺れるラストシーンは忘れ難し。 「ジケン、ナントカカイケツシタ。キミノオカゲダ」 |
No.1341 | 6点 | 神様ゲーム- 麻耶雄嵩 | 2025/03/29 23:15 |
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よしたまえ、麻耶君! 文字通りジュヴナイルと見たらコンプラのコスパが低過ぎるし、実は一般向けだと仮定したら小説ゲームバランスのおかしさが愈々目立つ。 問題作をいつもどうもありがとう。 怖るべき考え落ちの反転エンディングには唸ったよ。 “エッチ” の意味が切り替わる機微も見事だ。 全体の4/5くらい行くまでは、基本3点程度|最後うまく行きゃ4点|悪くすると2点もアリの退屈作と思っていたが、最後の1/5で跳ね上がった。 私が別作品の書評を書いてる間に、速読派の娘が横で本作とっとと読了しちゃったのは笑った。 ほんとにこれ読んでる児童の実例が目の前に現れるとは・・
私の読後のモヤモヤを見事な言語化で搔っ捌いてくれたレッドキングさんの書評に感謝します。 |
No.1340 | 8点 | 死せる魂- ニコライ・ゴーゴリ | 2025/03/23 00:26 |
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“街中で聞きかじってきたような俗語を、いきなり本の中へ叩きこんだからとて、それは作者の罪ではなく、むしろ読者が悪いのだ。第一に上流社会の読者がよくない。”
“どんな名前を考えついても、必ずわが帝国のどこかに、実際そういう名前の人がいて、ありがたいことに、その男は、かんかんに腹をたて、あいつ( 中 略 )作者はしかじかの人間で、これこれの外套を着ており、アグラフェーナ・イワーノヴナのところへ立ち寄ったとか、あいつは食いしんぼうだなどと( 後 略 )” Oh, those Russians .. オラは、ロシアのどんな細道もハイウェイも歩き回って、元の地点に立ち戻った気になっただよ。 そうさ、この本はいつまでもだらだらと読んでいたくなる、ユーモアとロシア風箴言なり警句なり諦観には事欠かない、田舎蕎麦の様な大長篇。 妙におぼこい所のある(ように見える)人たらしの主人公 “チチコフ” が、ロシア各地を渉り、次回の人口調査まで戸籍上は生存扱いの、だが実際はに死んでいる農奴(=余計な税金の発生源)を、慈善の心から(?)、財力的にはまちまちの地主共から貰い受けよう/安く買い取ろうと旅をする。 そんな法的に際どい行為を繰り返して、いつか当局に密告されたり、告発を受ける危険は無いのか、そもそも “チチコフ” の目的はいったい何なのだ・・ 「何はさて、仕事に愛着を持たなきゃだめです。それがなくては何一つ成就するものではありません。まず農業というものに打ちこまなきゃだめですーー」 「それだったら私だって金持になれる訳ですね」 とチチコフは、思わず死んだ農奴のことを心に浮かべながら、言った。「まったくの文無しから始めるのですから」 農奴の “一覧” を眺めながら、微に入り細に入りの長い妄想が良い。 ふんだんに溢れて止まぬ架空人物品評の滑稽さったらねえだね。 曲者もしっかり登場し、善意の人ともどもストーリーを掻き回してくれる。 クレビャーカだの蝶鮫だの玉子入りピローグだの根菜を煮込んだスープだのハンガリイ酒に似た上等の飲物だの、贅沢めな食事シーンの食欲を唆す事と言ったら。 花澤さんに似た名前の人とか、コシヒカリ?アキタコマチ?みたいな名前の人も出て来た、はずだ、たしか。 バープカ遊びたァいったい何だ?? <<このチチコフって男も妙な人間だなあ!>> とテンテートニコフは思った。 <<このテンテートニコフって男も変な人間だなあ!>> とチチコフも思った。 岩波にしろ河出にしろ、ミステリという範疇意識じゃないから仕方無いけど、いや仮にミステリじゃないとしても小説なのに、”チチコフ” の目的や正体について、紹介文でかなりの所までネタバレされているのはちょっと残念。 旧い古典だから許されるという認識なのだろうけど。 ところでロシア語原題 “Мёртвые души” の “души(ドゥーシー)” は “魂” と “農奴” と両方を意味する単語。 “ソウルフード” なんて言葉を連想してしまいます。 本作の第二部は、精神を病んだ作者自身が死の十日前に原稿をまるごと火にくべてしまい、草稿やメモに拠った後世の再構築努力も叶わず、とうとう中絶の形となっています。 当初の構想に在った第三部は、執筆着手もされないままだったと言います。 「ええ、そうです、自然は忍耐を愛します。 これは辛抱づよい者を嘉(よみ)し給う神おん自からの定め給うた法則です」 “ああ、ロシアよ、お前もあの、威勢のいい、どうしても追いつくことのできないトロイカのように、ずんずん走って行くのではないか?” |
No.1339 | 7点 | 白砂- 鏑木蓮 | 2025/03/12 02:08 |
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「氷川きよしが歌ったからですよ」
「氷川きよし?」 エイプリルフールを挟んで繰り広げられた、倹しい生活を送る女子大生殺害事件と、実業家の遺骨盗難事件と、どうも何か他にまだあるらしい。 「同一指紋で、二種類?」 冒頭では何者かが “愛する者” の遺骨を水上にて散骨する。 骨太のメインストーリーに、妙によく似た構造の異物が差し込まれるサブストーリー、と一旦把握していたのだが。 「酷いです目黒さん。そんなに私を犯人にしたいのですか」 夫婦を中心とした家族の愛の細やかさがさりげなく描かれるのは美点。 とてつもなく切ない真相への予感は緩やかな加速を止めない。 被害者に届いた手紙から様々な推理推測をする一連の流れ、良かった。 一方で、きれいな文章の中で謎のもっさりユーモアがプチ暴走したり、物語の静謐な闇深さにそぐわぬスチャラカ感覚を撒き散らしたり、折を見て落語っぽい方向に行ったりもする。 居心地の微妙な、なんとなく作者が不慣れそうな?ある種ドタバタ悲劇(喜劇に非ず)へと雪崩れ込む流れもあった。 おっと、この章の語り手は一体,どなたですかな。。 本作の真相開示部はなかなか一筋縄で行かないな。 一回繋がったようで、まだまだ残される違和感の金箔ワールウィンド。 あの子の父親 ・・ 私たちの秘密 ・・ 小説内疑心暗鬼の薬味を忍ばせ、NHKファミリーヒストリーを思わす多方面からの過去深掘りにはまだまだ奥がある。 「何だ、それ。ダークダックスの低音か、気持ち悪い」 「いえちょっと違います。ボニージャックスの低音です」 まさか、ありきたりの結末では ・・ と危ぶんだ心の緩みを見逃さず、最後の最後に、ミステリの弾薬が急遽供給を再開され、一斉に放射された。 目黒警部の隠し球は、著者の切り札は、しっかり在ったんだな。。 タイトルの意味合いに、まさか、そんな! プロローグと、エピローグと、そして科捜研が暴き出した、あの骨にまつわるエピソード。 繋がった。 じんわりと沁みました。 |
No.1338 | 9点 | 消失!- 中西智明 | 2025/03/08 21:08 |
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「好きなんだ」 中西智明はもう一度くり返した。
これが有名な「消失!」ですか! エイプリルフールを挿み、年度末から新年度に掛け勃発した、連続不可能消失事件!!! 消失したものは屍体、痕跡、凶器、そして犯人。 舞台は『らいつビル』の建つ地方都市。 ビル所有者は女子高生の雷津らいち。 嘘です。 目次と登場人物表、その構成がどちらも実に魅力的。 前者は数学的にも美しい。 毎章冒頭の引用文さえ、意味ありげにチルチルと頭に沁みて来る。 「あれが長イスです」 「判っています」 「なんでしたら座りましょう」 結末を知ってみると ・・・ 文にやたら傍点が目立つのは、こっそり の目眩しになっているのだな。 ギンギラギンにさりげなくとはこのことか。 他にも手を変え品を変え。 レトリックの扉は決して一つじゃない。 言うだけ野暮ながら、何気な伏線も賢く点在(線が点?)。 それにしても、著書と同姓同名の人物がおる。 この中西智明って奴は曲者なのか、ダミーの曲者なのか、迷わせてくれるんだなあ。 「いいじゃないか、七時間に一回くらい ・・・・・・」 しかし、これが読み進めるうち、 と疑った件、やっぱり違うのか・・ いやいやいや・・・ あーーそこ、やっぱり来たかー もう三分の二過ぎたしな。。 と思えばまた。。 ま、まさか、逆・・・ だとしたら・・ このあたり、再読したらどんな気持ちになるんだろう。。 オーイエースクレーチマーァベーアッ・・ 違和感、というより疑惑直結の楔の打ち方など、最高の角度だな。 おい今の “別人” って誰だよ・・ 各事件に、ミステリ小説として怪しいっちゃ怪しいヤツが一人ずつおる。 なんとかはCCライダーってが。 そうそう、バンドのメンバー構成も実は のヒントになってるよな。 御三家プラスワン的な事象全体の構造。。 三田明。。 おお、そのナニさえも、実は絶好のギヴァウェイ、或いは・・ そこで二度目の「好きなんだ」か。。 何らかの誤解を含みかねない、或るシュ最高のタイミングだ。 心理のロジック探査もなかなかの説得力。 知っている/知らないの分岐点は見えているか。。?(誰に?) “とにかく、近ごろ思いついたマジックの中では、かなりの自信作です。これから本編を読まれるあなた、どうぞこの現象にたっぷりと困惑してください。そして仕掛けを推理してください。それからできれば・・・(以下略)” ← 著者あとがきより 何なんだ、その、逆一事不再理は! 中途、まさかの重力マックスで抉(えぐ)りまくりの蛇行展開もあった。 ひばりちゃん “東京キッド” の一節を思わせる一節には笑った。 さて、とうとう或る隠蔽事実が開示された後になお残る、たっぷりのページ群。 微量の違和感を道連れに、これはいったい・・ にしてもバラす場所はそこなのか。 ”あのワード” のネタバレ度強の伏線でもう少し引っ張っても、、と思わなくはなかった(読者のみならず、登場人物に対しても)・・ 「事件全体がウソだとかいうんならともかく(←「全体」に傍点)」 「事件がウソってことはないですよ」 【次のパラグラフ内はネタバレと言うべきでしょう】 いっやあ、アレの二段底目のほう、心底油断させられたなあ、参ったよ。 地味な密室トリックも悪くないよ。 んで、いやいやーー、最後の最強のアレは心底x2参りましたよ。 なんとかトリックも使いようたあこのことですな。 真相の風圧が強いのみならず、そこに趣きがある。 明確にアンチなんとかっぽい要素も見えたな。 あるタブーを真っ向から突き破っておきながら、喪失感やら失望感やらまるで無い(個人の感想です)。 “その晩、xxは確かに狂っていた。 “―― もう二か月、か・・・・・・” 冷徹なロジックとプラグマティズムに立脚した犯罪設計は偶然のゆらめきさえ呑み込み消化した。 なんつっても “噛み合わせ” が絶妙なのよな。 もしかしてだけど、逆トリック的な発想・企画もあったのかな。 目標に向かって驀進するエンディングも完全完璧。 色んな意味で、こりゃ ’消える’ よなあ。。 だが、何も、消えることはなかったものも、あるんじゃないかなあ。 切に思います。 文体に不似合いなほど人間臭く陰に凄烈なビハインドストーリーが明かされても何故小説のバランスを崩さなかったのか、それを語ると妖怪ネタバラシが現れるからやめておく。 ちょっとうるさい萌え要素はマイナスの対象とせん。プラスもせん。 いつまでも、兄妹仲良くね・・ “そこに、推理小説がどう変容しようとも、またどういう作品を推理小説と呼ぼうとも、推理小説が推理小説として存在する大きな理由があるように思う。” ← 山前譲氏「解説」より 嗚呼、作者あとがきの、最後のワンフレーズが、切なすぎるよ ・・・ 【↓ 最後に、これはネタバレでしょう】 この結末を知ると、その“論文” の内容というか在り方が、気になり出しますよね。 |
No.1337 | 5点 | ストリッパーの死- ミシェル・ルブラン | 2025/03/03 20:35 |
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「あなた、とってもあたし好みなのよ」
「で、写真のほうは?」 出会い頭の兇悪な一幕から飛び跳ねて、良いねえ、この空気。 若き劇作家のナイスガイが、出張先カンヌ近郊のいかがわしい娯楽場で破落戸(ごろつき)にぶん殴られたり、うっかり夜を共にしたストリッパー兼娼婦の屍体に出くわしたり、色々あって巨額の札束を抱き込んだスーツケースに巡り逢ったり、警察を敵に回してまで犯罪捜査に乗り出したり、妻とケンカしたり仲直りしたり、その妻が危機に立たされたり。。 色々あってなんとか爽やかな落とし前を付ける冒険物語。 カンでの犯人当てはアリかも知れないが、ロジックによる謎解きの余地は無い。 ミステリのゲームバランスがちょっと変だったり、拭いきれない安っぽさもあるが、言うても総じて悪くない、本格もどきスリラーの短い長篇。 |
No.1336 | 8点 | メビウス・レター- 北森鴻 | 2025/03/01 19:00 |
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“―― そういえば、何年もの間、自分には◯◯さえ許されなかったんだ。”
何なんだろうか、この燃え盛る炎は。 世間へも読者へも隠し事の多い若手小説家が追い詰められる。 彼が不快・邪魔に思う人物が立て続けに殺害され、併行して連続放火事件が起きる。 全ての事件現場に取り囲まれる場所に彼の家がある。 彼とは別の人物に宛てられたと思われる内容の「手紙」が次々と送られる。 私立探偵と警察を中心に、隙を見てドタバタに転がり込む勢いも、絶妙な境目で不快なエグ味とは縁を切っている。 「手紙」には或る高校で起きた連続不審死と、友情や恋愛に纏わる事項が述べられているようだ。 早い段階で様々な秘密や叙述に隠れたナニが暴露されてしまうが、物語の謎は一向に薄まろうとしない。 色とりどりの叙述欺瞞が次々と暴かれ果ててなお残留する、大きな謎の睥睨は最高に読者を引き摺ってくれる。 “一つ一つあたってゆけば、霧の彼方には必ず目指す人物がいる。” 主役(だよね?)が決して物語的に無敵の人物ではないという設定または仄めかしがもたらす、得も言われぬ分厚く焦れるスリル。 だからこそ、最終コーナーを回ってからこそが、とてつもなく熱く薫るのだ。 音楽教師、体育教師、それぞれの配置と××。 他生徒の親と仲良くなった生徒がいる。 ◯◯・・・? それともう一つ、妙に引っ掛かるワードがあったはずだ。 なんだったか・・・ そういやプロローグの新聞記事で語られたのは地震に関する事柄だった。 ミステリとは切れない縁の××も、そんな意外な形で絡んでいたとはな。 おっと、そこでその人物は掛け値なしに意外だよ!! 主人公と、そのライヴァル、それぞれの正体の隠し方が実に巧みで、激熱だ。 アレがソレだという類のナニは透けて見えやすいものだが、やはり組み合わせの妙、バランスの妙にしてやられたんだな、私は。 「友人の死について調べることよりも大切なことがあるとしたら、それはその人間が一生の中に本当の大切なものを持たない証拠でしょう」 見掛け倒しに終らない凝った構成と、ミステリとしてパンパンに詰まった内容。 その核心がメビウスの輪の形態を取っているのかはともかく、魅力で溢れる一篇。 8点の壁、乗り越えちゃいますね。 |
No.1335 | 6点 | 遅れた時計- 吉村昭 | 2025/02/26 02:00 |
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以前に同著者の別短篇集を評した時も似たようなこと書きましたが、そのまま行けば充分ミステリになりそうな素材を、ミステリになる一歩半手前で静かに踏みとどまったような、或る種のもどかしさが良い短篇集。 日常の優しいサスペンスとでも言いますか。
◇水の音:職業柄音に敏感な青年は、その特性がきっかけで、訳ありの子持ち女とねんごろになる。子にも懐かれ、一緒になってもいいかと青年は夢想する・・ ◇駈落ち:訳あって故郷を棄てた男女が、再び訳あって故郷に戻るが・・ ◇笑窪:明朗で異様なほど屈託の無い子持ちの美女と、男は再婚を考えた・・ ◇蜘蛛の巣:予備校生の甥が、中年の女と同棲していると知った男は、二人を離れさせようとして・・ ◇オルゴールの音:同族経営の中企業に迎えられた末っ子の弟は文学志望。 社内でちょっとした事件が起こり・・ ◇遺体引取人:嫂(あによめ)が、男と情死した・・・・ ◇遅れた時計:水商売から足を洗い、妻に先立たれた初老の男と結婚した四十路の女。 だが、或ることが原因で・・ ◇十字架:小樽にて二十年前の米兵の遺体が発見され、母国よりその母親が訪れた。 ところが土地の人々の様子がおかしい・・ ◇予備校生:スリの病癖に悩む予備校生は、法に裁かれる事を望んだ・・ ◇歳末セール:デパートの万引き防止保安員を務める女が、或る日出遭ったのは・・ どの作も、クロージングの文を殊更にさり気なくしようとしてる風で、ちょっと鼻に付かなくもない(笑)。 個人的にそこだけ小さなキズですかね。 でも総じて悪くない短篇集です。 |
No.1334 | 7点 | ベルの死- ジョルジュ・シムノン | 2025/02/24 09:00 |
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「君には彼女と一緒に飲むようなことはなかったのかい?」
冒頭の何気ない描写から、濃密なストーリーのグレイヴィソースへと飛び込む予感で満ちている。 舞台は雪のニューヨーク近郊(コネチカット州)。 主役夫婦と同居するハイティーンの娘は、家族ではない。 その彼女が陵辱の上(?)殺された。 容疑は主役に集中した。 物的証拠も上がった。 「わたしはあんたの旦那さんがわたしのことを見つめる目つきが嫌いさ。もともとわたしは男が嫌いなんだ」 微妙で温かい夫婦関係。 奇妙に低温の隣人関係。 急に冷え込んだ友人関係。 少年の日のトラウマはフラッシュバックする。 やがて殺された娘の母親がやって来る。 小さな嵐が巻き起こる。 主役への疑惑は増す。 「君が人殺しと握手するという機会を僕らに与えてくれるのがその十の可能性なのさ」 ほのかに薫り始めた変態性のミスティ・フレイグランス。 隣人との関係に微妙な、やがて顕著な変化が。 いやいや、後半に至り主役は眼を瞠る加速度でおかしくなり、不幸と罪の坂を転げ落ちて行く。 ストーリーに喝を入れる妻の親類も加勢する。 やばいぜ。 “彼が身を屈めてその葉書を拾い上げ、見もせずに大きな屑籠へ放り込む時に、誰かが、十人か十五人のうちのたった一人が笑い声を立てた。” 第二部第一章終わりの10行ちょっと、この心理の乱れ、凄いねえ。 悲劇性が雪だるま式に膨れ上がった挙句、最後の ・・・・・・ 凄いねえ。。 “そして教区の台帳の中にも彼の名前の載っているページは一ページたりともなかった。” 【ネタバレ】 容疑者No.1の主人公こそ実は真犯人だった、なんて陳腐な(?)可能性を地の文でしっかり潰してあるからこその、狂った悲劇的結末の高鳴りですよね。 |
No.1333 | 9点 | 黙過- 下村敦史 | 2025/02/22 01:36 |
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「”早まったな” と」
「一言だけですか」 「はい」 結末だけではなく、思いがけず話の途中から、大きな反転が攻め入って来る。 それもジャブではない、思い切ったKO狙いの激しいやつ。(と見せて脅かしの寸止めだったりもする。) こいつ死にゃあいい、と思わせるような人物が実は ・・・ とか。 時に極端な行動を見せるキーマンの、ちょっとした無理矢理感とか。 上述のあたり、各作に共通の要素かも知れない。 医学のディープな問題提起が底に流れる短篇集。 こいつぁちょっと凄い。 優先順位 急患で運び込まれたのは車に轢かれた青年。 肝臓に致命的損傷を負った彼は、臓器提供の意思表示をしていた。 彼への肝臓移植に僅かな望みを託すか、或いは彼の肝臓以外の臓器を他者へ提供の方向で進めるか、二人の准教授が対立する。 主人公は片側の派閥に属する若い医師。 そこへ轢かれた青年の幼なじみだと言う若い女性が登場。 片方の准教授に或る事をお願いしたらしい。 やがて予想外の事象が立て続けに “ミステリの場” を襲い ・・・ 思わず唸る、凄い反転 + 反転返しで連城三紀彦を容易に連想させるド迫力の一篇。 ただ、最後が、割り切れてない振りしてほんとは割り切れ過ぎなのかな。。 そこがどうも微妙だ。 詐病 なにしろタイトルの睥睨力が凄い。 パーキンソン病のため厚生労働省事務次官(!)を退いたとされる男には、しっかり者の長男と風来坊の次男がいる。 次男は十数年ぶりに実家へ帰り、介護に忙殺され荒んだ生活を送る長男と、重い病を得てなお傲岸さの衰えない父親とに再会する。 父親の謎めいた行動には底が見えず(野暮用って。。)、あまつさえ彼は次男にある重大な告白をする。 遺産相続の問題が絡む。 すると予想外の事象が立て続けに “ミステリの場” を襲い ・・・ 熱い熱い反転劇の挙句、こんな○ー○○○ー○○○な結末ってあるか。。。 命の天秤 二つの養豚場と、家畜解放(だけじゃない!)を訴える過激集団。 悩ましくも予想外の事象、不可解に過ぎる事件が立て続けに “ミステリの場” を襲い ・・・ こんなに重く複雑な問題提起をしておきながら、どことなく大味なクロージング。 事件解決と問題提起との噛み合わなさもその一因か。 これだけ激動に躍動を重ねる大逆転のストーリーでありながら、急に割り切って話を終わらせたような。。 それでも胸を打つ。 不正疑惑 妙に大雑把なタイトルにはきっと何か罠が・・?! 娘を心臓の病で亡くした直後、あるメッセージを残して自害した医師。 彼は或る主婦から “娘を殺された” と訴えられていた。 或る汚職的不正行為への疑いも持たれた。 そこに巨木の如き大きな疑惑を感じたのが、彼の古い友人であった研究医。 やがて一人の医療ジャーナリストが合流し、何重ものカーテンに深く覆われた行為と心の真相へ辿り着こうと藻掻く。 最後は、内向きには激しいが、外向きにはやさしい反転で締まる。 うむ、ここまで短篇4作。 どれも相当な高水準には違いないが、どうにもモヤモヤが残った。 まあそういうミステリもまた良しである。 ■□■□■ ここから先は、本作の○○に関するネタバレを含みます 真相自体のネタバレには及んでいません それでも、未読の方にはここで STOP する事を強くお勧めします ■□■□■ “――人間として赦されないことでした。” やはりこの著者は短篇より長篇の人なのかなあ、なんて思ってたら 。。。。 長篇じゃねえか!! 究極の選択 ってのは、実は長篇小説『黙過』の最終章のタイトルだったのか・・ それは良いとして ・・ ま・さ・か ・・ “横たわっているのはーー” 恩人に迷惑を掛けたくないってか。。 無茶も必要か。。 そんで、まさかの、色んな意味で尊い友情の発露か・・・ 本気なのか・・ 思わせぶりで、結局読者に対しては寝返った(?)伏せ字会話のギリギリの。。 「ま、軽く●●●●の歴史を講義しよう」 いやあいやあ、まいりました。 この、めくるめく極彩色てんやわんや反転×反転の大盤振る舞いがまったく大味にならない、凄まじい底力を見せる長く内容に溢れた真相暴露の大海原。 そうか、あのクソ忌々しいチャラファッキンデブのスムゥーズ過ぎる言動が、最高のスリル焚き付けに寄与していやがったのか。。 「告発するしかないねえ」 さあ皆の者、病院へ集合だ!! 皆それぞれの期待を胸深くに収め、人倫審査の栄光あるブライトステージへと押し寄せよ!!!! 本作、長篇としてのオーラスへと向かうサスペンスと見せ場と発熱との伸び具合がまるで幻の様に、行きつく先が見えない。 最終コーナーに至ってもアルティメットブルズアイをヒットするまでは行ったり来たり間をたっぷり取ったスイッチバックで実に愉しい旅路だ。 「父がまた行方不明になりました」 うおおおーーーーー 更に、おーーーい、そっちかよーーーーーーー いんやいや違う違う違う違う違う、そうじゃな~い~ うおおおおーー!! あまりに熱い、秘密を伴う、”時系列”の自然な目眩しかよーーーー なんだよその、反転まで行くまでもない、シアーでグラビングな現代ならではの逆説はよーーーぉう いったい何重の嘘の逆説のウェディングケーキ走馬灯がそこに回っているんだよ。 終わりそうでいつまでも終わらない詰将棋のような、焦らすようで実は高速で動いている解決ストリップティーズの最高の臨床体験よ。 謎が解けた後、更に立ちはだかるのが、この小説の大結末の絶壁だ。 倫理問題もあるが、やはりミステリとして怖いくらいの谷底の深さをそこに感知せざるを得ない。 「証拠を押さえたらスクープだよ」 私のような頭のおかしいトンチキ野郎にはその “アレ” が充分に味わい尽くせませんが、まともな倫理感覚を持ち合わせていらっしゃる多くの皆様にとっては、充分におぞましい。。いやいやいや、違いますよそんなんじゃねえ、真相の奥の方まで覗かせていただいたら、おいらにとっても充分に気狂い沙汰でした、流石に ”アレ” は。 「当事者がいきなり現れたら、もう言い逃れできないでしょ」 エピローグが、記事の “下書き” で終わるというのがね、また色々妄想させるわけでしてね。 有栖川有栖氏の、ちょっと圧倒されてる感じの巻末解説には共感しかありません。 ところで本作、最初の4作が本当にただの短篇だったら、採点は 「優先順位」 8点 「詐病」 8点 「命の天秤」 7点 「不正疑惑」 8点 となり、そこ迄の総合で8点になっていた事と思います。 4作それぞれに見られた “微妙な弱さ、もどかしさ” の隙間こそが、実は最後の「究極の選択」でギュギュッと締め上げられて、全体として完璧な形態に成り上がるという構造、素晴らしく熱いです。 連作短篇集の各話が(表あるいは裏で)繋がっていたり、最後の話で収束するといった形式は普通によく見られますが、この本はそういった次元を跳び越えて、遥かな遠くへと飛び去ってしまっています。 ブラボー・・・・ |
No.1332 | 7点 | 雪の炎- 新田次郎 | 2025/02/18 11:40 |
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「私はあなたの兄さんの普通でない死に方に興味を持ちました」
谷川岳を目指した、男3人女2人のパーティ。 天候と女のわがままに翻弄される中、リーダーの男が凍死する事故(事件?)が起きる。 被害者の妹はこの死に疑惑を抱き、事件(事故?)をきっかけに知り合った男女数名の協力を得、”兄の殺人者”(仮にいたとして)を糾弾すべく、真相究明の旅に乗り出す。 だがその数名の中にこそ ”犯人” が紛れ込んでいるのではないか。 「名菜枝さんは、これがきっかけになって、山から離れられなくなるでしょうね」 凍死トリック?への匂わせには、趣向は異なるが “ホッグ連続殺人” を連想させるものがある。 ○○図を紛失ですと! そして思わぬ物陰から頭をもたげる、空白の××。。。 中盤から不意に登場した、新たな登場人物、こいつがいい具合に場を搔き乱しつつ、手掛かりへの道標にもなってくれそうな予感。 ○○派大反転への腹を衝く予感と、その裏打ちめいた、お山さんにもそぐわぬ、具体的事象。 「◯い」 という被害者最後の言葉の謎。 いくつかの(いくつもの、決して煩くない)恋愛案件。 解決に向けての推理乃至追究のポイントをまとめてくれた箇所があったのはありがたかった。 ところどころ、こそばゆいような、或るものを折半した並び?が見えたのも良かった。 どうしてそこに外国人・・それもドイツと日本のハーフ・・が配置されるのかと思ったら。。そういう物語構成の事情でしたか。 うん、そこから過去に遡り、地に足の着いた感動に繋がる所は美しかったですね。 「見えない頂に立った瞬間、足を滑らせて墜落して死んだ者もいます。そうなりたくはないが、そうなったとしても後悔しないつもりです」 ミステリ興味で引き摺るだけ引き摺って、いよいよ “山の裁判” シーンに入り、思わせぶりな最終章で、アレッと思わす。。 しかし普通文学としての充分な爪痕を残した。 そこに少なからぬミステリの毒素が忍ばせてあったというだけで、ミステリ小説として、私は満足です。 タイトル「雪の炎」、読前はちょっとシャバいんじゃないかと危惧もしたが、決してそんなことはなかった。 自然現象に因んだ、良いタイトルだ。 「名菜枝」が稀に「名探偵」と空目されてしまった事を、最後に添えておこう。 臣さんの評、特に > 後半になってその人たちの人物像に変化が見られてきて、俄然楽しくなる > 最終的には、動機や真相を主たる謎とした広義の社会派ミステリーといった感じ > そんなマイナス点が気にかからない何かがあり のあたりには大いに共感いたします。 “「雪だわ」 と××が叫んだときがその年の初雪の訪れだった。” 。。。 |
No.1331 | 8点 | チムニーズ館の秘密- アガサ・クリスティー | 2025/02/16 12:10 |
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「この前、同じくらい危険な目にあったのは、野生の象の群れに襲われた時です」
軽快にうねる漫才に始まり、すかさず、異なるスタイルで別の漫才へと雪崩れ込む序盤。 ここで得られる予感の通り、一貫してパリッと痛快愉快な物語。 南アの青年アンソニーが、悪友(?)ジミーからの依頼に乗り、その悪友になりすまして或る冒険的ミッションを帯び英国へ渡る。 主舞台となるチムニーズ館には館主の英国貴族、英国高官、大資本家、パリ警視庁刑事、東欧王族・貴族に米国人ビブリオマニア等々が集まり、その中心には ”ヘルツォスロヴァキア(!)” なる国の未来が懸かった或る陰謀めいた事象が置かれているとかいないとか。 クリスティ再読さん仰る通り、アガサの心を通した “ルリタニア” が浮かび上がって来るお話ですね。 (国名、もうちょっとどうにかならなかったのかという気もしますが・・) 「わたし、取りはずしのきく襟の特許を取ろうかと考えているの」 ページの狭間から溢れ出るのは、やんやの大喝采が途絶えないカラフルなストーリー展開にミステリの牽引力。 様々なレイヤーでのなりすまし入れ替わりが錯綜し、更なる疑惑を唆しつづける。 熱いじゃないか。 一人、アッカラサーマにアレな奴がいる・・ こいつはルアーの様な逆ルアーと見せかけて実はチョメチョメ、なのかどうなのか、分からないぞ。 まるで、落ち着いたルパン対ホームズのような、主役(?)アンソニーと探偵役(?)バトルの、一連の時間に関する対話シーン、いいね。 いやいや、果たしてどちらも 「本物」 なのか? 更には(?)本物の怪盗フロムパリが別箇に存在するというのだが。 いやいや、この疑心暗鬼ワクワク感はもはや雲をも突き抜けそうでございます。 とにかくこの、分厚い冒険の中盤に是非ザ~ンブリと浸かって、いずれ来る目くるめく終盤に心と体を備えておいていただきたい。 “バトル警視は賢明にも姿を消しており、彼がどうなったのかはだれも知らなかった。” “彼女はバトル警視がそばに立っているのに気づいて、ちょっとびっくりした。この男は、なんの予告もなしにどこからともなく姿を現すことに、非凡な技術を持っているらしい。” 「バトルさん、あなたはいつか回想録を書くんじゃないですか」 落ち着き払って神出鬼没 “非の打ち所のない” バトル警視には初めて人間的魅力を感じたかも。 「あなたはまったく有能な刑事です、バトルさん。スコットランド・ヤードのことを、ぼくは終生、尊敬の念をこめて思い出すでしょう」 「ねえ、バトルさん、あなたは恋に落ちたことがありますか?」 絶妙な中途のタイミングより、思わぬセカンド探偵役(?)が登場した。 意外なタイミングを見計らって予想の斜め前を駆け抜ける活躍だ。 挙げ句の果ては皆を呼び集め真相暴露の大団円。 あーーーー (‘◇’)ゞ またしてもアガサクの人間関係トリック応用編に討ち取られた!! 嗚呼、このなりすましには流石の俺サマーも驚き桃の木バンザイ三唱ノーキーエドワーズよ。 「なんて性質(たち)の悪いトリックだ」 その、動機があると見做されるかも知れない可能性の機微なあ。 終盤、アンソニーとバトルで主役争い(?)の信頼ある仲良し綱引きが眩しかった。 アジトのシーンも面白かった。 ラス前章タイトルの機微も目を引いた。 ちょっとしたコンプライアンス案件をも呑み込んでしまう、明るさ無比のイカしたざわざわエンディング。 麗しき恋愛劇の仮締めを経、終盤に迸り出た短い大演説の鮮やかなこと!! ダメ押しは、最高の友との再会。 それも単純な惰性のモンじゃねえ。 そこにはユーモア連射のレインボーファウンテンがある。 訳者あとがきの熱さ、華やかさ、簡潔さ、書き出しの抉りっぷりも特筆したい。(点数には関与せず) 8.4点は超えました。 「山賊たちに山賊でなくなることを教えるとか、暗殺者に暗殺しないことを教えるとか、国民の道徳性を一般に高めるとかね」 「どうやら今週は偉大な一週間だったようですな」 |
No.1330 | 6点 | 推理クイズ 名探偵登場- 加納一朗 | 2025/02/14 01:18 |
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「学研ジュニアチャンピオンコース」から『あなたは名探偵』の姉妹編という位置づけで、かの作より難易度が上がっている。 劇画含む絵柄の猟奇性・怖さ・熱さは特筆事項。 ”天ぷらそば殺人事件” なんてトボケた問題の挿絵の顔の不気味なこと・・・ なお有名/無名ミステリのネタバレは結構ある。 乱歩さんの『世界推理短編傑作集』にも収められたアレだとか、なんとか番目の密室(このアレの絵が凄い!!)とか、中には海野十三の渋い短篇から持って来たネタもある。 ある有名古典のトリックをネタにした ”4ひく4は1だった” って、何の事だか分かりますか? 巻頭のモンキー・パンチ作画による ”ホームズ対ルパン ダイヤのビーナス” ではホームズの方がむしろルパン三世っぽいチャラい顔してて、ルパンの方が次元大介的な風格を備えている、ってのは一部では有名な話のようです。 ピーター・フォークも出演のオールスター映画『名探偵登場』とは関係ありません。 |