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斎藤警部さん
平均点: 6.69点 書評数: 1190件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1190 5点 推理小説の整理学〈外国編 ゾクゾクする世界の名作・傑作探し〉- 評論・エッセイ 2022/11/21 23:41
分かりやすくサブジャンル毎に整理して語ってはいるものの、「分類学」なんて大仰に構えないで、ぐっと個人的嗜好に寄り添った「整理学」の方角を向いているのが本書の美点か。

古い本ですが初読。個人的に、本格に関してはそれなりに読んだ後の復習用、それ以外のジャンルでそれなりに未読の多いトコについては予習用として、それなりに愉しく読みました。

少しばかりゴチャついた構成も魅力。 軽いエッセー乱打に、深みも覗えるジャンル考察(特にスパイ小説と短篇集)。 <サスペンス小説・犯罪小説>の筆頭に『嵐が丘』を置いているのは熱い。

No.1189 7点 秋の花- 北村薫 2022/11/13 20:48
たった五文字、最後の「台詞」の沁み渡り具合、これに尽きる。。。。

文芸の薫り芬々の言葉選び、比喩、洞察やら煩悶、テーマ性で濃厚に濃密に埋め尽くされた、或る女子高生(主人公の後輩)の死の謎に向かう物語は、挙句いっけん手触りの合わないスーパーな探偵役により、シンプルな真相を呆気なく暴露される。ただ、真相に意外性は意外とあった。そしてその後、ラストシーンへと一歩一歩踏みしめながら至る、万感の生成り色の想いは、光り輝く浄化の真髄を見せてくれる。

教科書落書きのトリック?は、決して取って付けなわけでなく、優しい賑やかしのようなものか。読後振り返れば、これもやはりかけがえの無い癒しのパッチとなっていた。

No.1188 5点 葬送行進曲- 鮎川哲也 2022/11/05 14:15
毎篇「読者への挑戦」が挟まれる事もあり、一見小味な推理クイズ風だが、小説としての中身もそこそこ詰まっており、そこそこ意外な結末もあり、無味乾燥に堕ちてはいない。 「失策倒叙」モノが目立つが、フーダニットやホワットダニットも混じる。 しかしいちばん面白いのは、「読者への挑戦」の(いい感じに肩の力抜けた)トボけたヴァリエーション加減かも知れません。

葬送行進曲/尾行/ポルノ作家殺人事件/詩人の死/赤は死の色/ドン・ホァンの死/死人を起す/新赤髪(あかげ)連盟  (集英社文庫)

No.1187 6点 御手洗潔のメロディ- 島田荘司 2022/10/31 13:38
IgE
バカロジック、バカ真相に唐突な科学社会派演説。ちょっとセコいトコもあるけど、まぁ悪かない。

SIVAD SELIM
石岡が思いっきりふさぎ込んだ後、最後、一気に飛翔する美しい音楽ファンタジー。タイトルの分かり易さは、わざとですね。

ボストン幽霊絵画事件
逆トリック?からの家族の悲劇×心理的物理トリック? 小味な展開からドラマチックな結末へ。哀しみに化けたユーモアと、最初っから哀しいユーモア発露の掛け合わせ。

さらば遠い輝き
レッツゴー近況報告。レオナが女性受けするようになった契機の作とか。そうであろうよ。ほんの微かでいいから、ミステリ要素の薫りが欲しかったかな。


ミステリ/非ミステリにこだわらない事にこだわった、というわけでなく、いい意味の寄せ集めでこうなった、という経緯の短篇集のようですね。 結果、ファンブックのような一冊に。

No.1186 4点 ある疑惑- 佐賀潜 2022/10/26 00:56
最終章「意外な犯人」ってのが・・色んな意味で笑わせてくれるのですが・・斬れ味勝負の短篇みたいな表題『ある疑惑』もなあ、思わせぶりなんだか何なんだか。
都内の小学校を舞台に、教組のストライキ賛成派反対派、PTAの無関心、文部省との闘争、そこへ、時に美しい、時に醜い男女関係が絡み、やがて傷害と殺人の連続事件発生!!
本格ミステリ興味は厚くないです。サスペンスはそこそこ熱い(かな?)。しかし結末前に大っぴらなヒントを晒すのは、いかがなものか。おかげで最終コースのスリルは大きく損なわれたな。でもまあ、主役準主役級の人間はよく描けていましたかね、特に男子がね。碁を打つシーン、何気に良し。 さて私は、本書のジャンルを「社会派」とさせていただきましたが。。

No.1185 6点 兇悪の浜- ロス・マクドナルド 2022/10/14 13:04
「それは彼女に限ったことじゃないよ」
「それ、わたしへの皮肉?」

いかにもHBな錯綜ストーリーの末に明かされたのは、もしかしたら、無意識に(?)変容された「家族の悲劇」なのかも。 何気に意外性ある真犯人/真相でした。 ハリウッドの風がまるで吹いてないけど、これ以上話をややこしく蛇行させないのが正解かも知れません。 でもって、犯罪動機構成のキッツ過ぎる灰褐色の深淵が、本作の主役でしょうか。

”マチスの絵の複製の前に来ると、急にはげしいノスタルジーを感じた。平静で秩序ある世界、生命を奪ったり奪われたりすることのない世界へのノスタルジーだ。だが、それは、永遠に沈まぬ太陽と同じく、瞼の中にしか存在しない。”

No.1184 5点 禁断の魔術- 東野圭吾 2022/09/30 06:24
【長篇の方です】 オープニングから多方面へ散らばるカットバックで興味津々。ところが呆気なくストーリーは収束し、犯人捜しミステリとチラリズム犯罪小説?の併走めいた体で結末まで真っしぐら。このさり気ない構造の持つ読者牽引力はなかなかだが、うむ、全体的に、謎も人間ドラマもプチ社会派要素も浅く見えて、ズブとはハマれなかったな。それでも最後の見せ場、湯川の取った大胆な行動は爪痕残した。最高に泣かせる野球ジョークも光った。エピローグ、その大胆な行動について意見が分かれるくだり、ここの内容がいちばん分厚いかな。或る人物のとあるホワイダニット(犯罪にあらず)、最高に熱いタイミングで明かされた。

No.1183 6点 船から消えた男- F・W・クロフツ 2022/09/25 00:58
夢の ”ガソリン不活性化” に関する(巨大なマネーを産み出すのは間違いない)画期的発見をした化学者二人組が、実用化(≒企業への売り込み)へ向けた研究継続に必要なキャッシュの出所を接点に、婚約中の男女、および女性の親戚に当たる資産家とタッグを組み、研究も実を結びいよいよ大金を当て込んだ売り込みに乗り出したその時・・・アイルランド海を挟んだ或る重大事件に巻き込まれて行く様をクールに、恋愛模様を綺麗に交え描いた好篇。

物語の転機となった或る “隠し事” の機微がミステリとしてどう機能して来るのか、その展望に興味津々。 捜査する側とされる側、その故意混じりのすれ違いを打ち出す趣向が面白い。 中盤から犯罪小説的展開を内蔵し出すのも実に熱い。 裁判シーン、それ自体のスリルもまずまずながら、物語のポイントを整理するのに良し。

結末は若干もやもや。これだけのページ数を掛けた割には小ぢんまりと真相暴露されたもんですが、 ”シャープペンシル” の一件で持たせたひとくさりはそれなりのスリル有り。 ミスディレクションで引っ張ったアリバイトリックは小味ながら堅調。 まさか “あの人” が真犯人では?? なんて方向にちょっと引っ張られもしましたよ。 フレンチの、事件に対する付かず離れず(?)のスタンスも面白い。 爽やか過ぎるエンドは本作のある意味小さくまとまった感とよく調和している。 見せ場を絞った北アイルランド旅情も程良し。 そうそう、肝心な事を敢えてオープンにして終わらせたのも、本作に一種の深みをくれていると思います。

No.1182 6点 ある朝 海に- 西村京太郎 2022/09/17 12:14
表題が、加山雄三の哀感ほとばしる名曲「ある日渚に」を思わせる、京太郎さん海洋期の意欲作(意欲は買いたい)。
英国から米国へ、大西洋を渡る豪華客船がシージャックされた。若く多国籍な犯人グループの要求は、南ア黒人の解放に向け、国連が実効ある手を(今度こそ本気で)打つこと。

いっけん地味な犯罪小説 with本格もどき&社会派もどき要素、のようであるものの、最後には『困難千万な或る事』を実行するための、グイッとえぐって来る大トリックが明かされる。これに魅惑されるかどうかが評価の別れ目でしょうか。 ただ、その折角の大トリックさえ可惜あっさり提示されるもんだから、ちょっとなかなか。 
“南アの黒人達が一般的に無気力” という冒頭の描写が何気なミスディレクションになってもいましょう。でもそこすら地味にポッと弾けてミステリ的には終わりなような。もったいないな。 
なーんだか、京太郎さんの優しさが優しさだけで完結しちゃったのかな、ミステリの要素として働いてなさ過ぎのような感じを受けました。 最後、強烈にしみじみさせて終わってくれたらまた違ったろうが、踏み込みの浅い社会派アクセサリーを付けて終わり、なんて言ったら厳し過ぎ寂し過ぎでしょうか。

海洋京太郎でも「赤い帆船」や「消えたタンカー」のようにめくるめく謎とプロットとトリックとサスペンスの圧に翻弄される黄金長篇に比べたら随分と薄味なもん、けどやっぱ、面白いんですよね、四捨五入で6点に届くと思う。5.7くらい。 冒険小説的にとても魅力的な人物が軸として登場するのは、好感度高い。 頻出する “コムミュニスト” の表記には面喰らいました。

No.1181 7点 山魔の如き嗤うもの- 三津田信三 2022/09/09 12:40
「警部、どうやら刀城先生のことが気に入ったみたいですね」
「そ、そうかなぁ……」


やたらコージーな空気感で怖さのコの字も無いけど、複数レベルの真相が壮観な地層を成して迫る解決篇はなかなか凄い。 何しろ「連続見立て殺人」に「一家消失事件」が派手にぶつかったわけだ。 「はじめに」で補完説明される、(一覧表の)登場人物を絞る趣向の意趣返しめいたアレがまた、効いてるね。

んでこれはやはり、某有名古典の大応用編ですかな。ディヴァインをも思わせる真犯人隠匿には見事やられました。或る人物が中盤まで相当に怪しい存在として引っ張られるのも、後に来る反動も、実に巧みな大細工。或る属性の者が二人いるってのも何気に有効な目眩し。

屍体の顔を焼いた理由、服を脱がした理由、半周りの逆説には感心しました。悪意を悪意で乗っ取るとかね。。バラバラ屍体にした理由は、いくら何重もの意味合い云々とは言え、ちょいとカックンでしたが。怪異体験の真相、随分とギャフンだったな。。 あまりにペラくて涙も出やしねえ多重解決気取りはちょいとアンタ、鼻白んじまうじゃないのさ。でも前述の通り、真相はやっぱり、厚みがあって、凄かった。

にもかかわらず、この拭いきれない、憎みきれない安っぽさは本当に。。 ロジックも各所でしっかり構築されてるんだけど、何というか、建材の一つ一つが安いんだよな。 俺も好きな福◯◯が、まさかの致命的手掛かりに。。 


「地元の警察と揉めるようなことがあれば……まぁ、連絡しろ」
「えっ……」
「じゃあな、私は忙しいんだ」

No.1180 7点 白きたおやかな峰- 北杜夫 2022/09/04 20:55
うへあーーー なんだ、 このエンディングの、 どういう余韻だよ、 これは。

戦争でもなければ、組織や個人と闘わざるを得ないのでもないのに、わざわざ高山の凄まじい自然に襲われるのを良しとする、命を賭けた趣味人たちの物語。 目標はパキスタン・カラコルム山脈のディラン(1966年当時処女峰)。 天候の凄まじい不安定さは、人生に喩えるのもおこがましいほど。 群像劇だが、仮の主人公は医者として隊に参加した酒飲みの兼業小説家(著者本人の体験を投影)、とは言え主役感は薄い。

「猫よりましってわけか」
「まあ、そんなところです」

肉体の脆さを憂う者、精神の衰弱に気づけない者。 山頂に立つのを諦めない者、諦めざるを得ない者。 非常時の余裕と安定を保つため、週刊誌のバカ記事を愛読する隊長。 律儀な副隊長。 支払われた高額紙幣を見たことがない現地ポーター、クレヴァスを無防備に飛び越える現地ポーター、信頼出来る連絡将校、油臭い羊肉カレーを嬉々と提供するコック、等々が、時に静かに、時に激しく、総活躍。

ミステリと地続きの「冒険小説」とはちょっと違う「山岳小説」。 だが終盤近く、急に手に汗握るサスペンス展開を見せる所はミステリの片鱗が見えて嬉しい。 妻からの手紙、一本だけの蝋燭、16ミリ撮影機。。このあたり、サスペンスの勢いでミステリ流儀に化けてくれる事を期待した。。。。 特に、読むのを後回しにされたあの「手紙」は..

“そういった一切の記憶と体験が忘却の中に霞み去ったと思える或る晩年の一日に、彼はひょっとしたら書けるかも知れない。おそらくは架空の幻想の山を。しかしその中には、たしかに真実の山が含まれている筈だ。”

ディランの女神視も適度な所で引き返したのは吉。 さて、コックのあの「一言」は、一体どっちを暗示させているのか。。?  必ずしも「実話」の通りとは限らないんだから。。

No.1179 5点 金色の花粉- 島田一男 2022/08/24 18:27
□□金色の花粉□□  犯人は意外だが、思わせぶりなアガサ風高等戦術を匂わせた割には驚きの少ない犯人設定。だがそこから人情譚に雪崩れ込むラストは良い。浅草ストリップ劇場を舞台に錯綜気味の連続事件の中、殺人未遂の動機の機微にはやられた! 
□□泥靴の死に神□□  高級クラブホステスが妙な格好で電車轢死。鑑識側を主人公に、公安の斎藤警部も呼び込み、今回は脇に回った庄司部長刑事が豪腕人間属性トリックを静かに見守った、意外性突き抜けるキツめの一篇。
□□青い死化粧□□  病院の外来者に対する無防備ぶりが招いた全裸屍体遺棄。意外性も話の動きも少ないし、犯人像も何だかなァてなもんだが、シマイチ話術にうっかり乗せられ、艶笑苦笑の物証発掘エンドに宥められておしまい。
□□宿敵□□  激烈な倒叙ショートショート(と思ったら意外と頁数あった)。小さな郵便局の不良局長が毒殺された。。とこれだけでピンと来そうなささやかなトリックが使われるが、この熱いスリルは流石なにげに人間と人間ドラマが描かれてあるからこそ。鮎川と清張が短いのを共作したら島一に化けちゃった感じ。庄司さんがいつになくミステリ的に格好良くて嬉しい!
□□密室の女王□□  動機もトリックも微妙だが、ダイイングメッセージの意図と効能には意外性あり。大学教授が密室で頭を打ち死亡、周辺には怪しい人物がうようよ。しかし、もう少し人間ドラマ深掘りしないと結末に驚けないよなあ。またしても庄司部長刑事は脇に回る。
□□自殺要員□□  凄いタイトルと、強い最後の台詞。この二つで話全体を支えておるな。大手芸能プロダクション社員が東京地検の厠所にて変死。社会派もどきと人情譚もどきの掛け合わせだが、それなりに読ませる。しかし、今度の庄司さんは脇どころかチョイ役やないか!

No.1178 6点 セッション 綾辻行人対談集- 評論・エッセイ 2022/08/21 12:37
1996年秋時点、過去に雑誌等で企画された綾辻さん対談/鼎談/座談の数々より、他の書籍に収録済のものを除き、ミステリー/ホラーの話題を中心にピックアップされた10のトーキング・セッション。ギタープレイヤー綾辻行人にぴったりの表題と言えます。

w/宮部みゆき w/楳図かずお w/養老孟司 w/大槻ケンヂ w/京極夏彦 w/北村薫&宮部みゆき w/山口雅也 w/瀬名秀明&篠田節子 w/法月綸太郎 w/竹本健治 

この本は、流水麺でも作って食べる風に軽い気分で読むのが最高でしょう。 中にはディープな領域突入を匂わせたり、厄介な迷宮探索に誘い込まれそうなポイントもあるけれど、気楽な読者目線で見たら、全体通してレイドバックした言葉とイメージのやり取りが敷きつめられた甘く愉しい本。各対談相手の個性もちょうどいい具合にあふれ出ている。 巻末の漫画(単行本袋とじ1篇、文庫袋なし3篇)がやけに記憶に残るのは御愛嬌。サイバラめ..

山口雅也の言う「ニール・ヤング方式」には、大いに共感する所。 あと、綾パン以降のシーンにとって京極夏彦と森博嗣の登場が如何に衝撃だったか、あらためてよく伝わって来ました。

No.1177 6点 贋作- ミシェル・ルブラン 2022/08/19 12:58
ストーリーの起伏ほど良く、一気呵成に真夏のリュージュで飛ばすドタバタ犯罪劇。器用な人気作家の、無難ながらもバッチリ決まった一篇。ゴーギャンの絵、ただ一枚の真作と複数の巧緻な贋作を巡って興味津々の素敵な騙し合いナニし合い。主人公(画商)の家族問題も絡む。最後に笑う者が誰か、何気に際どいミスディレクション決めてくれたな、ワシも軽く騙されたわい。切ないオチも、一見おまけ風ながら最後をしっかり締めている。ジャン・ピエール君は幸せに育って欲しいものだ。

No.1176 7点 ごくらくちんみ- 杉浦日向子 2022/08/17 23:56
六十八種もの「珍味」紹介を、それぞれに合う酒を交え、掌編、というより指先くらいのサイズ(だいたい二頁)の小説群にまとめた珍しい本。イラスト解説付き。

なぜそんな本をミステリのサイトで紹介するのかと言うと。。ここで紹介すること自体がネタバレにはなりますが・・・各小説にちょっとした、もう霞のようにささやかな「アレ」を忍び込ませる酒肴、いや趣向が散りばめられているのですね。そいつが堪らなく、ミステリ心を刺激しに来やがるってなわけでありまして。 最初読んだ時は、なにしろこの「飲食本」にそんな要素を全く求めても予期してもいなかったものですから、それなりに大きな驚きに襲われてしまったものであります。

まあ「アレ」の趣向は主に最初の方の小説に寄っているようで、だんだん「アレ」とは無縁の「普通にしみじみする話」が増えて行くのですが「アレ無し」でもじゅうぶんの読み応えです。もちろん、珍味や酒の紹介としても、人生の話としても。 いかにも珍味らしい「旨さ」の言葉による表現はまこと達人の域で、そこにその、若くして病に斃れた著者晩年(逝かれる六年ほど前から)の雑誌連載らしい、死と生を愛おしげに見つめる感覚が絶妙に絡み合い、小さな生活絶景スナップショットをいっぱいまき散らして著者はこの世を去って行ったんだな、なんて風に思わせてくれます。

さて、あなたのお好きな「珍味」や「酒」や「人生のシーン」はこの本に如何ほど登場いたしますでしょうか。

青ムロくさや/たたみいわし/とうふよう/さなぎ/またたび/がん漬け/ふきみそ/ふぐこぬかづけ/うばい/からすみ/かぶらずし/このこ/ふなずし/とうふみそづけ/ほやしょうゆづけ/きんちゃくなす/しおなっとう/鮭の酒びたし/しおうに/ふくしらこ/あんきも/にがうるか/キャビア/そばみそ/モッツァレラ/じゅんさい/うみたけ/オリーブの実/みみがー/つくだに/ばくらい/ほねとかわ/くろまめ/さくらくんせい/うずらのぴーたん/かつおへそ/わさび/いぬごろし/瓶詰チェリー/虫の味/くじらベーコン/ぎんなん/パルミジャーノ・レッジャーノ/ちょろぎ/ゆべし/べにしょうが/きんつば/さしみこんにゃく/リエット/きもやき/ドライトマト/ラルド/みんでんなす/黒いブーダン/いぶりがっこ/にこごり/板わさ/はたはたずし/きんざんじみそ/ひょうたん/もうかの星/かつおのこ/貧乏人のキャビア/ジコイカ/エスカルゴ/ひずなます/はまなっとう/たてがみさしみ  付録「ごくらくちんみ」お取り寄せガイド

No.1175 6点 血の季節- 小泉喜美子 2022/08/14 23:28
戦争、狂気、変態、裁判、●●●・・・大きなテーマいくつもの並走を巧みに捌いた技能作。 犯人回想と警察捜査、二つのカットバックを軸とした思わせぶりな構造。こいつが読書中はかなり愉しいが、警察捜査側が最終的にミステリとしてガツンと攻めきらなかったのは、残念!

●●●話の常時ほのめかしの果ては、合理的解決の意気は買うが、説得力強かったり弱かったりデコボコタペストリーの講釈を経て、無難な軟着陸に過ぎる感がある。 また別種の或る事のほのめかしは不発というより、置き去りもいいとこ。

などと思いはしましたが、探偵役による解決大演説は言ってもなかなか熱いし、エピローグというかエンディングにはちょいとやられました。最後の最後にまさかの再登場を果たしたあの人の行為と気持ちを考えると、やはり●●●の線を残すオープンエンディングなのかな。「原●」や「鏡」の件もあるし。(あるいは、あの人こそ、思い込んでいた?) 

それにしても、裏の主役は東京●●●そのものか?

No.1174 8点 女王陛下のユリシーズ号- アリステア・マクリーン 2022/08/11 12:45
終盤~ラストシーンの物寂しさが堪らない。。。。 あれほどスペクタクルな戦闘場面、灼熱の男気が刻まれる里程標を経、人も艦も次々と姿を消し、このわびしい終わりは他の名シーン以上に記憶に残る。疲れを伴うこの感覚は、作者の「机上の感動パチパチでは済ませない、戦争の悲惨をリアリティごってりと読者に背負わせてやる」という意思が働いた結果かも知れません。

第二次世界大戦、英国海軍の巡洋艦ユリシーズは、宿敵ドイツの敵、イコール味方、であるソ連への援助物資を運ぶ「輸送船団FR77」の護衛部隊”旗艦”。スコットランド北端からアイスランドを経てロシアのコラ半島は不凍港ムルマンスクへと向かう途上、過酷な自然が常襲する北極圏を主戦場に、獰猛で狡猾なドイツ軍と闘わざるを得ない護衛部隊。更には本土の海軍本部との軋む確執。あまつさえ、旗艦ユリシーズの船長は、出航前から重い肺病に侵されている。

「達者でな、大航海家(ヴァスコ)」

数多の登場人物群の中に、お気に入りだったり、自分と似た要素を見出したり、自分にとっての理想の人間像だったり、そんな対象を見つけた人も多いのではないでしょうか。私の場合は特に愛着あるのが一名、彼を含めて特に気に入ったのが三名いて、内二名は生き残りました。もう一人は残念だったけど、亡くなったからこその、あの寂しいラストシーン、ラストカンバセーションなんですよね。

全体的にミステリ性は希薄ですが、ちょっと意外な人間関係(トリックではない)が劇的に明かされたり、ドイツ軍との激烈な駆け引きやら、艦や艦隊を守るためのトリッキーな頭脳プレー等、ミステリ的興味に寄り添うような部分も少なからず見られます。 出オチネタバレ的なアレも、若干ミステリの方向を見ているとは言えましょう。

筆致の素晴らしさ、それがもたらす自然や戦闘の襲い掛かる凄まじいリアリティは、言うまでも無いでしょう。 何より、「土曜日」の言説花吹雪は、沁みわたりました。

No.1173 8点 砂の女- 安部公房 2022/08/04 06:42
じんわり来るエンディング(特に、七年後?の方)は、いつまでも記憶に刻まれる事でしょう。

新種の昆虫を求めて、真夏の砂丘の村を訪れた学校教師が、村人の策略に遭い、蟻地獄のような窪地の家に囚われた。その住人の女は、夫と子供の命を流砂に奪われている。生きるために、村を生かすために、絶えず流れ落ち続ける砂を、延々と運び上げ続ける女。協力しつつも、いつか脱出しようと足掻く教師。 

いかにも寓話らしい引っ掛かりが、一本の筋は見えるものの、一面的でなく乱反射する様に遍在しています。そこに息づく隠喩の腰が強過ぎて、時にサスペンスを削ぐきらいもあるけれど(ゴリゴリの純文学だから仕方ない!)一方で、まるでマーロウが露悪的学士になったが如き(?)巧みな直喩の乱れ撃ちが実に愉しい。物語の主題も然ることながら、そのへんの言葉の遊戯に文学的歓びを見出すのも悪くないでしょう。

““砂””の異様な物理的様相、体中から絞り出される汗と、村から与えられる貴重な水、食事と性(的)行為、痛む肉体、暑さと渇き、感覚に訴えるリアリティは盤石で、理屈っぽい寓話ファンタジーに傾いてもおかしくない物語を、現実側にぐいと引き寄せる力があり、際どい所でエンタテインメントとしての可能性を本作に付与している気がします。 罠だの溜水装置だの、メカニカルな興味に訴える道具使いも上手いね。

名声が世界に広まったのも納得の一冊。 本籍地は明らかにハード純文学ですが、面白サスペンス小説のつもりで呑み込むように読むと、いいかも知れません。

No.1172 8点 レベッカ- ダフネ・デュ・モーリア 2022/08/01 08:00
ハンカチーフのくだり、一瞬でイメージ拡がってゾッとしました。 不安定な妄想と自己欺瞞、過去への恐怖と美しい風景描写が敷き詰められ、陰も陽も吞み込んだ大長篇。 河出書房世界文学全集(大久保康雄訳)の太帯によれば『読者を一晩中眠らせないサスペンス・ロマン』。 夫の亡き先妻「レベッカ」との心理闘争と◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯を巡る物語。 直接心理描写は主人公「わたし」に一任されましたが、それもかなりの所まで削り取られ、場面によってはハードボイルドに近い文体感触も見せ、それがサスペンスの醸造に大きく寄与しています。

まるで短篇のような衝撃を放り投げつつ、何故かジワジワ気を持たせるエンディングに引っ張られ、オープニングがもう一度気になって仕方が無い小説構成。気になった勢いで読み返せば、初めの二章の意味合いが、長きに渉って変わってしまっている。書かれない部分の峻烈な悲劇を美しく昇華させ、懐深く忍ばせていた事にも気付く。心の平安に溺れることを甘受せんとする「わたし」の生きる智慧にようやく思い当たります。

“わたしは、それらのものを、じっと見まもり、永久に心に焼きつけたが、なぜ、こんなものが、わたしの去るのをいやがる子供のように、わたしを感動させ、悲しませる力をもっているのだろうと、ふしぎに思った。”

最後の三分の一くらいで急流に差し掛かった様にミステリ流儀のスリルを増し、だがそこから一直線とは行かず意外性ある波乱の行路を行ったり来たり繰り返す、ジリジリと焦げるサスペンス。挙げ句があの終結。いつの間にか存在感極薄になっていた「わたし」が最後に大きく巻き返し、結局はあのオープニングへ再生されて戻る、空気を匂わす空恐ろしさ。 終盤に登場する人物の「属性」による諸々も、登場人物表での匂わせ含め、なかなかに唸らせてくれました。真相暴露部分は非常にミステリ度が高いです。何気にシンプルな構成の妙が最後に大見得を切りました。

“雷鳴がして、暗い曇った空の向こうには雨があるのだが、降ろうともしなかった。雨が雲のうしろにとじこめられていることは感じやにおいでわかった。”

文学的味わいは言わずもがな。 所々散らばる仄めかし隠喩の馥郁たる様は息苦しいほど。

No.1171 6点 三つ首塔- 横溝正史 2022/07/27 06:36
金田一先生も吹っ飛ばし(先生、いらっしゃったんですか!)癖の強い奴ら大勢引き連れ傍若無人なストーリーが暴れ回る荒唐無稽ファンタジー。阿呆のように巨額、且つ過去の因縁に縛られた特殊な遺産相続を巡る連続殺人。破茶滅茶無理矢理の力業でメインの人間関係が大いに捻れ吹っ切れ位相を変えるスクリュードライバー展開には、うっかり犯人捜しの謎解きも忘れそうになるが、急に犯人が見え透いた存在となった最後に明かされるもう一つ(バラして二つか一つ半?)の人間関係トリック(?)こそ意外性たっぷりで、そこに込められた人情が一気に溢れ噴き出るエンディングも素晴らしく熱い!!

冬季に展開するストーリーだけど、このちょっと頭カラッ◯的な(?)高速サスペンスはむしろ夏場のミステリ箸休めに良い気がいたします。

斎藤警部さん
ひとこと
昔の創元推理文庫「本格」のマークだった「?おじさん」の横顔ですけど、あれどっちかつうと「本格」より「ハードボイルド」の探偵のイメージでないですか?
好きな作家
鮎川 清張 島荘 東野 クリスチアナ 京太郎 風太郎 連城
採点傾向
平均点: 6.69点   採点数: 1190件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(53)
松本清張(51)
鮎川哲也(49)
佐野洋(38)
島田荘司(34)
西村京太郎(33)
アガサ・クリスティー(31)
エラリイ・クイーン(25)
F・W・クロフツ(22)
島田一男(22)