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[ 本格/新本格 ]
瀬戸内殺人海流
西村寿行 出版月: 1975年09月 平均: 8.00点 書評数: 3件

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KADOKAWA
1975年09月

徳間書店
1996年10月

徳間書店
1996年10月

No.3 8点 斎藤警部 2025/10/16 00:58
「ひとびとは潮の干(ひ)く時に死んでいます。 潮汐が生命を左右するのです。 満ち潮には、人は死なないのです」

年末に始まり、翌年の初夏に終わりを迎える物語。
東京に始まり、いつしか瀬戸内の海と島へ捜査の手が伸びる。

或る男の妻は、年末から行方を晦ました。
また或る男の死体が、連れ込み旅館の風呂場で見つかった。 不運な事故死と見られたが、不審な点もいくつかあった。 警察へ密告のあった汚職事件に関連付けられる人物であると判った。

「そのとおりだ。 おれは◯◯を遺す計画だったのだ …… 」

やたら機敏に人が消えたり動いたり。 主舞台は鷹揚に切り替わる。
医学ないし化学の介在が窺われる、直接および間接の証拠群(これが大化けするとかしないとか・・)。
やがて意外な所から浮かび上がる、意外なターゲット。

「◯◯◯を遺すためだった …… 」
「◯◯◯を遺すため? …… 」

物語は質実かつ俊敏なカットバックで興味津々。 読者を引っ張る違和感ヴァイブも堅調だ。
二課と一課の間に保たれる、清冽なライヴァル関係が良い。 警察/海上保安庁と被害者親族チームとの友情が見える連携が良い。

連れ込みならではの心理的アリバイトリックが効いた。 犯人像は激烈だ。
結末部分では素晴らしい演説、強烈な演説、残酷な演説がいくつも聞かれた。 この演説群が評価を押し上げた。
動物小説要素の容赦ない沁み込み介入も功を奏した。
ラストシークエンスの、やり過ぎない人間臭さが最高だ。
茶会派ミステリの幻は、人間派ミステリの裏打ちとして、その生を全うした。

「人の死には、それなりの背景があるはずです。 いくら海でも、背景までは呑み込めないでしょう」

ヴァイオレンスとパーヴァージョンの片鱗、ハードロマンの萌芽が充分に窺える、氏のミステリ処女長篇。 ここでは、本格魂と何ものかが音を立てながら拮抗しています。

No.2 8点 みりん 2025/10/04 12:11
「みんな教えて」に探偵ナイトスクープのような依頼が届いており、その奇抜なあらすじに興味を持った私が調査することに。調査といっても既に優秀な人並探偵が3作に絞っているので、私はそれらを発表順に読んでいくだけですがね。結論から申し上げるとお探しの品は本作品ではありませんでした(既に解決済みだったらスミマセンが…笑)

恥ずかしながら著者のことは初耳・初読。見慣れない語句や地名が多くてやや疲れ気味だが、予想以上に面白かった!序盤は旅館の密室状況で起こる転倒溺死。しかし現場には転倒時に残るはずの掌紋がなく、また、ドアには奇妙な形状の針が残されており、遠野刑事はただ1人事故死に異論を唱え、自ら捜査を開始する。次に、貞淑で清楚な人妻が失踪し、瀬戸内海で無惨な死体となって発見される。妻の無念を晴らすべく夫狩野は新聞社を退職し、義妹と共に瀬戸内海周辺を調査する。
話のほとんどは遠野刑事と狩野の捜査であるが、二人の連携によってとある画家が捜査線上に浮かび上がるまでの過程がこういう捜査小説の魅力だなあと思う。熊鷹を相棒にする画家は冷静沈着・冷酷無比で、警察や狩野敵として実に見応えのある造形である。
著者は以前に動物小説を書いているらしく、熊鷹と山犬の対決アクション描写などもあるが、やや間延び感もあってここはあまり乗り切れず。
最後に崩される鉄壁のアリバイとドアに残された針の謎、最序盤の腋臭の伏線などには本格心が宿っており、細やかな人物描写を隠れ蓑にしてここまで周到に作られていたのか!と驚いた。社会派・冒険・サスペンス系の色が強くても本格にジャンル投票されている理由がわかりました。


ネタバレ(?)


※あ、あれ?そういや現場の部屋って密室じゃなかったっけ?(→と思ったけど、そうか!その部屋の鍵を持っていったのは犯人か…いやでも時間差が…?)

No.1 8点 人並由真 2023/08/19 16:54
(ネタバレなし)
 1973年頃の東京。「山陸新聞」東京支社の営業課長で35歳の狩野草介は、愛妻・千弘の突然の失踪を認めた。妻の妹で、実家で花嫁修業中の沙絵からも手掛かりを得られない狩野は、独自に調査を続ける。一方、新宿の連れ込みホテルでは、一人の身元不明の男が死亡。当初は事故死に思えた事案だが、本庁捜査一課の定年間際のベテラン刑事・遠野英二はいくつかの不審な点を指摘。他殺の可能性を視野に、事件を追った。そしてやがて二つの事象は、思いも寄らぬ形で結びついてゆく。

 元版は、1973年2月にサンケイ・ノベルズの書き下ろしの一冊として刊行された長編(現状で当該の書誌データは、Amazonには登録なし)。

 これ以前にもすでに、動物ものなどを題材にした短編小説を雑誌に発表していた作者の処女長編であり、大作家・西村寿行のそのあとに続く長大な軌跡は、ここから本格的にスタートすることとなった。

 妻の行方を追う狩野(のちに義妹の沙絵も合流)、変死事件を捜査する遠野の二人の主人公の行動を軸に、さらに建設業界の汚職事件を探る警視庁二課の柳刑事などの視点も交えて物語は進行。
 基盤となるミステリ面での作品の骨格は、清張風の社会派ミステリっぽいが、やがて両主人公の流れが束ねられ、そして少しずつかなり強烈な個性のキーパーソンが物語のなかに浮かび上がってくる。

 実は73年当時のミステリマガジンの新刊月評で、かの瀬戸川猛資が本作に注目かつ激賞(同レビューは2021年に限定刊行された「二人がかりで死体をどうぞ 瀬戸川・松坂ミステリ時評集」に収録。評者は本作『瀬戸内殺人海流』の読了後に、同書籍で当該のレビューを読み返した)。
 瀬戸川はそこで『男の首』や『赤毛のレドメイン家』に匹敵する強烈な犯人像や、さらに主人公たちとその巨敵との対立の構図を暗喩した熊鷹と成犬との戦いなどの主題について語っているが、実際にその辺が作品の個性なのは間違いない。

 評者自身は大昔の少年時代に読んだくだんの瀬戸川レビューを具体的には半ば失念していたため、のちに死ぬほど強烈な諸作を輩出する寿行とはいえ、処女作はまだ作風が固まってないだろうと何となく勝手に予見していたが、とんでもない! 
 社会派ミステリらしい器こそ、のちに忘れ去られる初期寿行の方向性だが、作品の中味(特に中盤以降)は、正に栴檀は双葉より芳し、というか、寿行はこの長編第一弾からすでに150%寿行であった!!
(ちなみに作者らしいヘンタイ趣味も、すでに本作から横溢(汗)。直載な描写はあまりないものの、作中の男女の心を侵食する闇として、かなり濃厚な文芸設定が導入されている。)

 なお瀬戸川はまた、実は本作の真価は、推理小説の皮をかぶったハモンド・イネス流の自然派冒険小説(の国産作品)という指摘もしており、大枠では実に慧眼だと思う。実際、死体の漂着の経緯などを探るなかで語られる海流の壮大な描写など圧巻で、この辺は『屍海峡』『安楽死』などの本作の直後の初期長編でさらに煮詰められていく作者の持ち味である。
(とはいえイネスファンの評者などからすると、ずばりイネス風……と言われると若干の違和感を覚えないでもない。欧州のロケーションを日本の周辺に置換し、アダプトしたから、その分、おのずと味わいが変わってしまった、という意味合いでは、確かに通じる気もするのだが。)
 
 ラストの狩野と沙絵、そして遠野の描写など、寿行のくすぐったい部分が出ていて心地よい。なんというか、やっぱこの人は(中略)だったんだよなあ、と思い知る。

 いま現在、読んでも十分に歯応えのある作品(ミステリ的には、終盤で明らかになる真犯人の設定と、殺しに至る動機の経緯が鮮烈に印象に残る)だが、当時の瀬戸川レビューにつられてこの本書・実作をリアルタイムで読み、なんかすごい作家が同時代に出てきた! とわめいておいても良かったかもしれん。
 まあレンデルのウェクスフォード警部の名文句じゃないが、人生はすべてを手に入れられる訳じゃないってことで(そっと苦笑)。

※余談ながら、角川文庫版の260頁に、ラヴクラフトのダゴンの話題が出て来る。いいなあ、西村寿行とクトゥルフ神話、最高のマッチングだ(笑)。


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