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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2081件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.2081 6点 天狗屋敷の殺人- 大神晃 2024/07/21 08:28
(ネタバレなし)
 悪くはない……とは思う。
 イヤミとかの意はまったくないつもりで言うけれど、これが昭和30年代の旧作パズラーだったなら、おお、なかなか拾い物だねえ! 的にトキメいたという感じがする。

 ただまぁ、2020年代のあんな作品もある、こんな作品も出てる、新本格ミステリ円熟時代にあっては、あまりにフツーすぎる印象。
(大トリックも、実際の決行時をイメージするとなかなかのインパクトなのだが、似たのをしばらく前にどっかで読んだような……。)

 ヒロインのヤンデレ設定と、主人公の自覚的な美形イケメン設定も、もうひとつ踏み込んで栄えなかったのも残念。お話はよくまとめてあるとは思うが、全体的に小説的な演出にワサビが効いてない(©仁木悦子)という感慨を抱く。後半はうっすら眠かった(汗)。

 とはいえ作品はシリーズ化されそうなので、次が出ればまたたぶん読むでしょう。

No.2080 7点 黄土館の殺人- 阿津川辰海 2024/07/20 17:14
(ネタバレなし)
 レビューを書くため「黄土」のキーワードで、本サイト内の本項を検索したら、出てきたのは本作と生島治郎の『黄土の奔流』のみ。なんかエエなあ(笑)。

 ちなみに「館四重奏」シリーズは、「カラーの館」シリーズでもあると思うが、今回は劇中の正式名称「荒土館」が一向に「黄土館」の別称に転じないのに軽く戸惑った(特にネタバレの類とかには関係ない)。前二作もこんなんだっけ?

 第一部から第二部へのあまりにも鮮やかな転調のくだりまでで、ほぼお腹いっぱいになってしまい(笑)、そのあとの大部のページは良くも悪くも「普通の館もの」の気分で読み進めた。

 先行のレビューを拝見すると、真犯人の予想はついた方も少なくないようだが、私には隙を突かれた思いでかなり意外であった(汗・笑・涙)。
 なるほどあとから考えれば(中略)からも確かにそうなるだろうし、伏線もしつこく張ってあったので、これは気づかないこっちの方が悪い(大泣)。大部の一冊の情報量の多さに、幻惑された面もある。そういう意味でも、作者の作りが見事だったのであろう。

 とはいえスナオに楽しめたかというと、満腹感が強過ぎていささか消化不良を起こした面もある。その点では、作者が<この作品でどんな新規のミステリをやりたいかのテーゼ>が当初から明確だったシリーズ前二冊の方が、受け止めやすい部分もある。

 いや大トリックの強烈さをふくめて、よくできた作品なのは間違いないのだが、前作ではほぼ同じページ数ながらまったく苦にならなかった本の厚さが、今回はちょっとだけタルかったんだよなあ。ゼータクな物言いなのは百も承知しているが(汗)。

No.2079 7点 ぼくらは回収しない- 真門浩平 2024/07/18 04:41
(ネタバレなし)
 前著『サンタクロース』の評で
「この作者、これ一冊で消えそうな気もしないでもない。」
 などと失敬なことを書いたら、その翌月に本書が出た(汗)。
 真門先生、すみません。

 全5編の中短編のうち4つまでが書き下ろしというのにも軽く驚いたが、それらを含めて全部がノンシリーズだというのにも、さらにいささかビックリ。
 新人作家がこういう形質の著作を紡ぐ場合、なんとなく、5編のうち少なくとも2本くらいは、同じ主人公の連作にしそうな気配があるんだけどね。評者の勝手な予断かもしれんが。

 ほとんどの作品が、二世代若い連城の初期短編みたいな「心のいびつさ」がモチーフにからむ話で興味深かった。
 「追想の家」のみがもっともスタンダードなミステリだと思ったが、これはこれで胸を打つ。
 皆さんに評判のよい(自分も面白く読めたが)『カエル殺し』にしても、最後の『ルナティック・レトリーバー』にしても、雑な生き方をしている自分からすれば(中略)じゃんとも思ったが、読み手の心の中でそういうイクスキューズを手繰り寄せる分、やはり犯人の行動の原動には、ある種の説得力が逆説的にあるのだろう。
 
 ノンシリーズ編ながら一本一本に歯応えがあるので、最初の1~2本を読んだ時点では、これは胃にもたれて、一冊読み終えるまでに時間がかかるだろうな、と思った。
 しかし実際には、リーダビリティの異常に高い文章のサクサク感、そして次の話はどんなだろ? という興味に引っ張られてあっという間に通読してしまった。
 
 こんなレベルの作品、そうそう量産できるわけないとは思うので、作者には良いペースで、今後も執筆活動を続けていっていただきたい。

No.2078 8点 永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした- 南海遊 2024/07/17 05:07
(ネタバレなし)
 その作品独自の特殊設定のもとにロジックが築かれるその手のパズラーは、どうも苦手な方である。
 しかし本作はどうにか最後まで何とか理解が及び、二つの密室殺人の解決もかなり面白く読めた。
(まあ万が一、ロジックや推理の組み立てに瑕疵があったとしても、そこに突っ込めるほどの読解ができている自信はないが。)

 真犯人の意外性、サブストーリーの手繰り寄せ方(伏線の回収)、ああ……と思わされる「なぜそうだったか」のイクスキューズの数々……それらの質の高さと物量感との相乗で、非常に楽しい。終盤の展開が、ちゃんとまとまりの良い<物語>になっているのも評価。
(とはいえ作者がこの作品に込めた最大の課題は、いかにあの某メジャーゲームコンテンツを超えるか、だろうね。もし書き手から、意識してない、とか聞かされたら「嘘だっ!」と中原麻衣の声で言いたくなる。)

 クセがある作品なのは事実だから、ヒトにムセキニンにはお勧めはしませんが、個人的には結構高い評価をしておきたい一冊であった。

No.2077 6点 ミステリーしか読みません- イアン・ファーガソン&ウィル・ファーガソン 2024/07/14 17:15
(ネタバレなし)
 空手チョップが得意な流れ者の若き美人聖職者、そんなアマチュア女性探偵を主人公にした連続テレビ番組『フラン牧師の事件簿』。一時期は同シリーズを6シーズンも続けて大ヒットさせた当時の若手スター女優ミランダ・アボットだが、番組が15年前に終了してからは人気も仕事の量も徐々に減退。40代の今では鳴かず飛ばずの半ば貧乏生活だが、あいかわらずプライドだけは高かった。そんなミランダのもとに、十数年前に別居したままの夫で元脚本家、今はオレゴン州でミステリ専門店「ミステリーしか読みません」を開いているエドガー・アボットから手紙が来て、会いたいという。ミランダは夫の協力も得て、もう一度ひと花咲かそうと考えるが、事態は彼女の予想とは別の方向に向かった。一部の熱狂的な『フラン牧師』ファンと対面しつつ、なんやかんやあって地元のアマチュア主体の劇団の公演に関わることになったミランダ。彼女はそこで、思いもかけぬ殺人事件に巻き込まれてしまう。

 2023年のカナダ作品(作品の舞台はアメリカ)。作者コンビは兄弟だそうで、これまでの文筆業の実績はテレビなどの脚本関連。長編ミステリの執筆はこれが初めてらしい?

 60~80年代辺りの海外ミステリTVドラマなどをそこそこ観ていた評者には実に楽しい設定で、演技者としてはほとんど一発屋だった(ことも多かったような)各作品の主演俳優たちが、番組終了後にどうやって生活してるんだろ? という、こちらの実に下世話な興味などもかなり満たしてくれる。その辺の業界裏話的な叙述は、さすが当該ジャンル出身の兄弟作家だけある。

 コージー作品を謳っているとおり、地方の町を舞台にした人間模様は前半いささか長めだが、キャラクターの配置が明快な上に、主人公のあれやこれやの現状の推移に起伏があるので、ほとんど退屈しない。
 それでも殺人マダー チンチンチンチン……的な気分が生じてくると、そんな読み手のバイオリズムを勘案したようなメタ的な趣向で大笑いさせてくれる。いや、なかなか達者。

 最後に明かされる意外な真相と真犯人は、手掛かりをもうちょっと出しておいてほしかった部分もないではないが、ちゃんとイロイロ考えた作りで十分以上に及第点。名探偵、一同集めてさてといい、のパターンでの謎解きでは、次のページを片手で隠しながら先に犯人の名前が目に飛び来ないように注意しつつ読み進めた。自分が自然にこれをやっているときは、その作品がなかなかフーダニットパズラーとして面白い場合だ。

 約500ページの紙幅が良くも悪くも長丁場すぎる(前述のようにそんなに退屈はしないが)こともあって、優秀作というにはちょっとアレだが、十分に佳作~秀作。評点はこの点のいちばん上の方で。

 なおシリーズの続編が本国でその後刊行されているかどうか、あるいは続くはずかどうかについては特に訳者あとがきなどで記述がないが、楽しい作品&メインキャラだったのでシリーズ化は希望。虚実の海外ドラマジャンルの話題を毎回盛り込んだ、楽しい路線に育てていってほしい。

No.2076 7点 計画結婚- 白河三兎 2024/07/09 14:57
(ネタバレなし)
 横浜に係留された総トン数2400トン以上の豪華客船。その船上で、久曽神(きゅうそじん)静香の華燭の宴が開催されようとしていた。かなり人目を引く美女ながら、あまりに個性的な性格もあって32歳の現在まで結婚が遅れた静香。そんな彼女には同時に同性の友人も少なく、深い絆といえるのは「私」こと少女時代からの幼なじみだった佐古怜美(れいみ)しかいないはずだった。怜美は挙式の場で、以前からの顔なじみ、そして初対面の相手と新婦や新郎のことを話題にするが。

 徳間文庫版で読了。文庫の解説は、毎日新聞社の編集委員の肩書の内藤麻里子というヒトが書いてるが、ナチュラルに中盤のサプライズを記述しちゃってるので、本編を読み終わるまで目を通しちゃダメ(天然の××っぽい)。こーゆーのって徳間の編集も、もうちょっと書き方を工夫してください、と突っ返せばいいのである。プロなんだから。
(自分はあとから解説を読んだので、被害は免れたが。)

 久々に読む白河作品、今回はどんなかな、と思って手に取った……などということは実はまったくなく、今回は、私的に忙しい(?)なかでミステリ欠乏症気味だったので、読みやすそうな一冊を傍らの数百冊の未読の本の中から選んだ。
 そしたら改めて、ああ、この作品もやっぱ、白河作品だなあ! と当たり前の感慨に、読んでいくうちにすぐに捕われる。読み手もかなりアレである。白河先生、すみません(汗)。

 そーゆー無防備かつ、ある意味でかなり白紙の気分で読み始めた作品だが、中味は前述のようにとても作者の著作らしいものだった。
 ミステリのギミックから話のモチーフから、そして読者を饗応させるためにやってるのか、あるいはあくまで自分が書きたいので綴ってるのか、あるいはその両方なのか、と感じさせる、人間の弱さを感じさせながらも同時にその人間を好きになれるメッセージ性まで。あれこれ書く愚は避けたいが、うん、これは間違いなくいつもの期待の白川作品(繰り返すが、今回、当初はさほど、作者の名前や作風を意識しないで読み始めたのだ・笑&汗)。
 
 最後の方はエンターテインメント性をちょっと盛りすぎた感もないでもないが、ミステリが大人向けのおとぎ話の衣装をかぶるのなら、これはこれでまったくアリではあろう。
 ほぼ十年前に初めて出会って心打たれた際の白河作品の諸作の感触は、ちゃんとこの作品でも生きていた。
 とはいえ元版は2017年だから、もう結構前の旧刊なんだよな。単純に読み残していた旧作を楽しんだだけか。
 また改めて、最近の作者の作品も、そのうちもっと読んでみよう。

No.2075 4点 善人は二度、牙を剝く- ベルトン・コッブ 2024/07/07 15:33
(ネタバレなし)
 宝石泥棒事件の被害者レディー・クリフォード。その盗まれたダイヤの行方を追うスコットランドヤード捜査部のブライアン・アーミテージ巡査部長は、窃盗の容疑者である犯罪者マッケンジーと接点がありそうな下宿屋のルダル家に目をつけるが。

 1965年の英国作品。
 評者がベルトン・コッブを読むのはこれで4冊目。なんとなく現状までスルーしているいちばん初期の作品『悲しい毒』を除いて邦訳されたものは全部読んでいるが、今回が最もツマラなかった(汗)。

 薄いし登場人物も多くない(各キャラもそれなりに存在感は認める)、何より翻訳(の姿勢)が丁寧(メイキング事情を語る訳者あとがきを読むとあれこれ感心する)……で、リーダビリティは高いハズなのだが、お話に牽引力がなくってさっぱり盛り上がらない。

 同時代のアメリカの某・警察小説の名作と似たようなネタを設けておいて、そこから(中略)というのはまあいいが、で、その結果、だからどう面白くなったんだよ、である。

 なお論創社の編集(営業?)も売りのない作品のアピールに苦労したのはわかるが、中盤の大きなサプライズを堂々と表紙に書いてあるのも、なんなんだよ、という思い。
 あとnukkamさんのおっしゃるとおり、登場人物が少ないことは、真犯人の可能性が察しがつきやすいことに直結して、微塵もサプライズがない。
(これはあれか? 某・英国の黄金時代作品(たぶんかなりマイナー)で使われた大技か? と予想~というか、そうだったらちっとは面白くなるな、と期待したが、まるでハズれた。)

 改めて、チェビオット・バーマン警部たちメインキャラ3人の造形や芝居は悪くない、というかイイんだよ。ただこれ(この本作)って、もっともっとシリーズの翻訳がさらに冊数進んで、十数冊くらい主役トリオに親和感が定着し、そんな上で、たまにはこんな枯れた作品もいいか……という気分で手に取っていたら、もっとずっと楽しめたんじゃないか、とも思う。
 たとえば87分署シリーズを飽食したファンが、まだ読んでない二流半とウワサのシリーズの一冊を手に取ったら、なんだこれもそこそこイケるんじゃないの、という感想に行きつくような。

 オレが10年ほど前、ワクワクしながら『消えた犠牲』を手に取って、それなり以上の充足感を感じた際の、あのベルトン・コッブはどこに行ってしまったんだろう(汗・涙)。

No.2074 6点 火星年代記- レイ・ブラッドベリ 2024/07/05 02:46
(ネタバレなし)
 早川SF文庫版の旧版で読了。本短編集を携帯して外で少しずつ読んだり、寝床に持ち込んで就寝前にちょっと読み進めたりで、三週間ほどで読み終えた。

 本来の連作短編としてなら十三本。さらにその十三の挿話がエピソードによってはもっと分割される仕様なので、総計30編ほどの小中の物語が多様な主人公を軸に紡がれていき、その集積が大きなひとつの物語を語るクロニクル形式。こんな作りだから、ちびちび読むにはとても都合がいい。逆に言えば、どんどん次の話を読み進めたいというベクトル感はあまり生じず、一編一編を噛み締めていったが。
 
 すでに文明と生物の種の衰退が目前である火星人が、地球から良くも悪くもイノセントな心根でやってくる地球人に応対。招かれざる来訪者である地球人に対し、火力的な武器などをほとんど持たない火星人はテレパシーと幻覚能力で応じて相手の心を操作、その結果、いろいろな挿話が地球人側にも火星人側にも築かれていく……というのが基軸の作劇。そういった形質を外れた、もう少し自由度の高い物語もいくつかある。

 火星と地球の種と文明、そのふたつの遭遇と絡みあいには種々の寓意が含まれるし、ルーティーンな作劇とはちょっと変化球的な手法でズバリ人種差別問題が語られたり、かなりダイレクトにミステリやホラー、幻想文学、SFを弾圧する未来図を通してブラッドベリの主張が響いたり、積み重なっていく話のバラエティ感は大きい。
(後半の話のひとつは、手塚治虫の中期の青年漫画の名作『地球を呑む』のある番外編的なエピソードを思い出したりもした~まあ、こう書いても、絶対にネタバレにはならないだろ。ストーリーそのものは別だから。)

 実のところ作中の時間経過としては、わずか30年弱の物語ではあるが(これは目次を見れば一目瞭然なので)、古代からの文明を背負った火星人たちの末裔の影が全編に覗くため、物語の奥行きはかなり深い。その辺の二層的な世界観の多重構造は、おそらく作者の自覚していたことだろう。

 終盤の火星と地球の迎える去就~そして未来には万感の念を抱く(どういう方向に決着するかはもちろんここでは言わないが)が、二つの天体の文明と種の対比は、読み手にある種のメッセージを響かせて終わる。
 
 とはいえ1946年の新古典作品。中盤の話のなかには正直、かったるいのもないでもなかった(汗)。いい話はすごくいいんだけど。この数字の上の方で、という意味合いでこの評点で。

No.2073 8点 偽りの学舎- 青木知己 2024/07/04 09:06
(ネタバレなし)
「私」こと、浅間山の周辺で妻の祐子とともにペンションのオーナー業を営む30代後半の、元警視庁刑事・来生(きすぎ)は、ある日、元部下で友人だった現職の警視庁刑事・新田裕貴の訪問を受ける。新田は後輩にあたるという二十代の女性、水口沙織を紹介。その沙織は、全国に一万人規模の塾生を抱える大手学習塾「栄秀学園」の社長・片貝栄作の秘書だったが、その片貝に生命の安全をおびやかす脅迫状が来ているという。そしてその脅迫状には差出人の署名があるが、それは2年前に死亡した元・栄秀学園の関係者だった。外聞をはばかる世界ゆえに極秘の調査を頼まれた来生は、新任講師として栄秀学園に潜入。そこに潜む真実を探ろうとするが、彼の前には不可解な人間消失事件をふくめて、奇妙な謎と事件が続発する。

 
 本サイトでも評者をふくめて割と読まれている、マスターピース短編ミステリ集『Y駅発深夜バス』(2017年)。
 その作者・青木知己がそこからさらに10年前の2007年に上梓したまま、いまだ文庫化もされていない(電子書籍化はされてるらしいが)デビュー長編。

 ここのサイトでもまだレビューがない、どんなかな? と興味が湧いて図書館を利用して読んでみたが……いやいやいや、謎解きパズラー要素の強い国産ハードボイルドだったのね! これは驚きました。

 しかしながら、主人公をふくむ登場人物たちの造形、話の転がし方、不可能犯罪のトリックを設けた複数の謎の提示、伏線の張り具合&回収具合、そして種々の描写に感じる<国産ハードボイルドのこころ>と、これは非常に良いです。3時間であっというまに読んでしまったけれど、話のこってり具合は十分に満足のいくものでした。
 特に某キャラの扱い、これは(中略)と予期して、結局(中略)なんだけど、そこがいいのよ。

 ちなみに主人公の来生に奥さんいらないんじゃないか、という声もあるけれど、ちっちっち、たぶんソレは違う(笑)。作者がやりたかったのは、妻帯者でもちゃんとハードボイルド主人公になる、っつーことだろう(その文芸から始めて、ちょっとばかし面白い感じにストーリーの脇道の枝葉も生やしたりしているし)。

 で、あえて本作の減点要素を言うならば、物語の世界の箱庭が狭すぎて、かなりの高い確率であちこちの登場人物のあいだに関係性が築かれてしまっている、そのことだけだな。
 でもまあソレって、言い換えれば、パーツとして配置した登場人物をムダなく使いまくっているということでもあるしな。ホメる面とウラオモテの部分なのかもしれん。

 で、17年も放っておかれているんだから、もう主人公の来生の復活はまずないんだろうけど、できれば今からでも考えを変えて、作者にはシリーズ化してもらいたい。一読者として今夜から、この主人公の復活の日を待っております(笑)。

No.2072 7点 身代りの女- シャロン・ボルトン 2024/07/02 07:57
(ネタバレなし)
 英国のパブリック・スクール「オール・ソウルズ」。そこで上級監督生チームを務める6人の優等生の男女グループがある夜、全員で酒を飲んで車に同乗。その車が道路を逆走して事故を起こし、赤ん坊や幼女を含む母子を死なせてしまう。卒業を間近に控えたなか、自分たちの未来が灰色になったと絶望する若者たちだが、そのなかの一人の女学生がすべての罪をひっかぶった。だが種々の事情からその刑期は20年もの長きにおよび、それぞれが社会人として成功していた5人は、出所した彼女を迎える。

 2021年の英国作品。同年度CWAスティール・ダガー賞候補作品。

 作者シャロン・ボルトンは、2010年代のはじめに3冊のみ邦訳がある作家S・J・ボルトンの新たなペンネームだそうだが、評者は馴染みがないのでその意味や価値がよくわからない。ただしネットでの反響を見るとその事実に沸いている人もいるようで、たぶん当該のファンには嬉しい今回の翻訳なんだろう。

 20年分の若い日の人生を喪ったキーパーソンのヒロインと、その彼女に対してふつうではとうてい返せない、あまりにも大きな「借り」を作った5人の元友人たちとの再会。この文芸設定を核とする物語がどのように転がっていくか、なるほどこれはこちらの下世話な覗き見趣味を刺激する。なんかアルレーのよくできた作品みたい。

 出所してきたヒロインもくわせものならば、出迎える連中も素直にそのまま謝意と友情で報いようとする者などもほとんどなく、物語の前半からいろいろと際どいものが見えて来る。まああんまり書かない方がいい。

 600ページ以上の長丁場の割に、ネームドキャラが少なく、モブキャラはほとんど記号的に名前すら与えられていない。その大胆な割り切りも、とても読みやすい。

 で、丁々発止のやりとりにグイグイ引き込まれながら加速度的にページをめくったが、終盤の方は悪い意味でミステリっぽくしたため、なんか却ってツマらなくなった。
 いや普通の作りのミステリなら、本作に盛り込まれたあれやこれやもアリなんだろうが、転調があまりに恣意的で、書き手のサービス? 過剰が読み手の求めるものを裏切った感じ。

 それでも6分の5くらいまでは、十二分に面白い。あまりミステリっぽくない、人間ドラマを軸とした普通のエンタテインメントという感じもあるが、その上でいくつかの大小の謎や秘密は設定されてはいる。広義の……なら十分に途中までも、ミステリといっていいだろう。

 こちらの思うまま中盤までのノリで最後まで突っ切ってくれたなら、9点もありだったかも。最終的には8点でいいか……とも思いもしたが、最後まで読み終えると終盤の様変わりの失望感が今ではじわじわ効いてくるので、もう一点下げてこの点数。
 それでもまあ、読んで面白かった作品なのは間違いない。

No.2071 6点 サイコハウス- ロバート・ブロック 2024/06/30 18:53
(ネタバレなし)
 アメリカの中西部にある、地方の町フェアヴィル。そこではおよそ30年前にとある異常な殺人事件が起きた。そして現在、土地の実業家オットー(ファッツオ)・レムズバーグがその惨劇の場を観光用の名所として再現しようとしていた。だがそこでまたも生じた、陰惨な殺人。シカゴ出身の27歳の女流フリーライター、エミイ(アメリア)・ヘインズは過去の事件のドキュメント執筆の取材のため、フェアヴィルに足を向けていたが。

 1990年のアメリカ作品。作者ブロックによる「サイコ」三部作の最終編。
 絶対に、順番通りに読んでください。

 数年前に読んだ『サイコ2』(これも先に前作・第1作目を必読のこと)がなかなか面白かったので、これも結構イケるんじゃないか、そろそろ読んでみるかと手に取った。

 とはいえ今回は、バランスの良いさじ加減で変化球ぎみだった前作『サイコ2』に比べ、最後までフーダニットの謎をメインに引っ張る、良くも悪くもフツーのミステリっぽい。
 
 かの殺人者のレジェント譚や現役の悪魔研究家など、ブロックらしい泥臭い外連味が盛り込まれているのはいいのだが、一方でこちらとしては、こんなメジャーブランドのショッカーホラー系ミステリシリーズならソレくらいは当然出て来るだろう、と想定内だったせいか、いまひとつ高揚しない。こっちが仕事疲れだったことも影響してるのかもしれないが、夜中に読んでてうっすら眠くなった(汗)。

 で、真犯人の正体もこれはこれで真っ当というか、作者は工夫して考えていたのかもしれないが、情報の大きな一部が後出しすぎてどうもしっくりこない。<その文芸設定>をそのまま別キャラにスライドすれば、他の登場人物が犯人でもいいよね? これ?
 
 もしかすると実は三本のなかでいちばんまとまりはよいのかもしれないけれど、一方で、個人的にはいちばん楽しめなかった(汗・涙)。
 読後にTwitter(現Ⅹ)などで先に読んだ方の感想を伺うと、『2』同様にこれ(『サイコハウス』)も面白い、という声もチラホラ。微妙な相性の問題もあるかもしれない?
 気になる人はご自分で読んで確かめてください。
 ただしシリーズ全三冊、絶対に最初から読むように(念)。

No.2070 8点 切断島の殺戮理論- 森晶麿 2024/06/26 15:40
(ネタバレなし)
「僕」こと「帝旺大学」人文学部人類学科の四年生、22歳の岩井戸泰巳は憧れの美人教授・植原カノンとの縁で、学内有数の頭脳集団「桐村研」のフィールドワーク調査に参加する。一行が向かったのは、地図にも載ってない、わずか二十数人の島民が暮らす孤島で、怪異で陰惨な人体の切断儀式がいまも続く「鳥喰島」だった。だがそこでは、予想もつかない凄惨な殺人事件が。

 それなりの冊数を書いている作者ですが、たぶん評者は初読み。
 今回は本サイトのメルカトルさんの激賞に背中を押されて一読しましたが、いや、最後まで(というか特に最後が)非常に面白かったです。

 印刷媒体ミステリの構造上、クライマックスに突入してから謎解きが行なわれても、まだまだ紙幅が残っているので、このあとなんかまだあるな、とか予想がついてしまうのは、ナンですが。

 広義のクローズド・サークル系ではあろうけど、限定状況ながらネットでの通信ができるという設定も特異でした。
 切断儀式の描写の方は不快感を覚えそうな人も多く、実際に自分も読む前はそうでしたが、現物の作中ではほとんど凄惨さや陰惨さは感じませんでした(まあ、それでもその辺は人を選ぶかもしれませんが)。まあ、どこまでいっても(中略)な作品ではありますが。

 伏線のバラまき方、わかりやすい謎解きロジックの開陳、そして……と非常に充実した作品だと思えます。良い意味で昭和のB級パズラーの優秀作といった質感も認めます。

 とはいえ最後のアレは就眠前に読んでぶっとんだ。
 寝て起きてみたらいささか頭が冷えてしまって、考えを見直したところもないではないですが(汗・笑)、アレがアルかナイかといえば、もちろん、アリでしょう。
 ただ一方、読者が十人いたら、そのうちのひとりかふたりには、私の代わりにたっぷりと激怒してもらいたい、そんなところもあります(笑~大笑)。

 本サイトをふくめて、中身の割に世の中の反響はいまひとつ地味なような気もしますが、メルカトルさんのおっしゃるように、今年の国産パズラー系のなかでは上位に評価されてほしいですな。

 ところで、最後に出てきた名前って……?
(こう書いても、特にネタバレにはならない、と思う。)

No.2069 7点 ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎- アントニイ・バークリー 2024/06/25 06:27
(ネタバレ……してるかもしれない)

 あらら。『ウィッチフォード』を読んでから、気が付いたら丸二年以上経っていたよ(汗・笑)。

 自分のイメージの中にある<シェリンガム・シリーズ>はこの作品で、だいぶ形が定まって来た感じ。

 真犯人の可能性については、かなり早期に念頭に浮かんだものが~(以下略)。

 ちなみに単品で読むより、シリーズ順に読んでおいた方がたぶん絶対にいいね。バークリーは、読者が『ウィッチフォード』を先に読んでくれていることも勘案つーか、織り込んで仕掛けてきているだろ。
 双方読んだ人にのみ、これが通じることを願う。

 ほぼ一世紀を経た今でも通用する送り手の意地の悪さだが、当時はもっとショッキングであったろう。こういうのやっていいのか、と怒った(中略)なヒトもいたかもしれん。

 あと、みなさんが話題にしている<くだんの創意>ですが、さすがにこれが嚆矢ということはないんじゃないかなあ。と言いつつ、先駆の実例がぱっと頭には浮かばないな。
 まあもちろん思い当っても、具体的な作品名は絶対に書けないし、作者の名前すら書いちゃいけませんが。

No.2068 7点 あなたに聞いて貰いたい七つの殺人- 信国遥 2024/06/23 09:42
(ネタバレなし)
 その年の夏、インターネットラジオの世界では、ある騒ぎが生じていた。それは若い女性を次々と殺害する謎の人物「ラジオ・マーダー・ヴェノム」が繰り返す、全7回と告知された殺人行為の瞬間の連続配信だ。そんななか、元銀行員で今は流行らない私立探偵稼業を営む「僕」こと鶴間尚は、Ⅹ大法学部の後輩の美人ジャーナリスト、桜通来良(さくらどおりらいら=ライラ)の訪問を受ける。ライラの希望は、巷を騒がす「ラジオ・マーダー」に対抗して、鶴間に匿名の「ラジオ・ディティクティブ」になってもらい、この連続殺人事件に挑んでほしいというものだった。かくして「ライラくん」をワトソン役に迎えた鶴間はふたりで「ヴェノム」事件に関わっていくが、そんな彼はやがて殺人犯の行動に、ある観念を見出した。

「ジャーロ」誌上の新人発掘企画「カッパ・ツー」の第三期受賞作品(真門浩平の『バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵』と同時受賞)。

 あんまり意識しなかったが、改めて概観すると歯応えのある作品ばかりが登場している賞である。
 で、この本作も外連味の塊みたいな新本格で、非常に面白かった。

 ただし"犯人"は伏線が丁寧すぎて察しがつくし、一部の展開にはかなりの強引さも感じる(あと、真相の開陳を犯人自身の述懐に任せすぎるのも、ちょっと気になった)。
 それでも中盤からのドライブ感と、クライマックスに判明する事件の真相はなかなか鮮烈。
 演出の仕方でもっと際立った効果を上げられたんじゃないか? という伸びしろも感じるが、得点的には十分であろう(とはいえ、どっかの、評者がまだ出会っていない既存の新本格作品で、すでに前例めいたものがありそうな気もしないでもないが)。

 まああんまり詳しく書いちゃいけないタイプの作品なので、ここでは、これくらいで。
 
 そしてクロージングまで読み終えて<思うこと>はいささかあるけれど、その辺は、この作者の今後の作品を待たせてもらうことにしよう。

 評点は8点に近い、この点数で。

No.2067 6点 凩の犬- 西村寿行 2024/06/21 15:10
(ネタバレなし)
 国際的な謀略事件を担当していた元・警視庁捜査一課の刑事、舞坂正路(まさみち)は、その事件の渦中で敵の犯罪組織に愛妻を惨殺された。刑事の職を離れて犯罪組織に復讐を果たした舞坂は奥多摩の山中で、銀色と金色の左右の眼を持つ愛猫コガネ(黄金)とともに隠遁していたが、そこで一人の重傷の男と遭遇。彼から不可思議なダイイングメッセージを聞いた。そしてそれこそは、噛み技に長けた殺人犬「殺し犬」や、狂犬病の狂犬、さらには生物爆弾として訓練した鴉などで凶行を行なう国際的テロリスト「大狂人」の上陸を告げるものであった。かつて関わっていた外地の犯罪組織に、日本の公安によってダメージを与えられた大狂人の大々的な復讐が始まる。公安の特殊隊、別称「裏警察」は舞坂に接触し、その強靭な意志と闘志を求めた。だが大狂人は、敵の戦列に加わった舞坂の妹で、31歳の人妻・昌代を誘拐した。舞坂の知人である元北大教授・押野平作は、昌代の奪還と大狂人の打倒を願う彼のために、幼少の頃から訓練された戦闘犬「凩(こがらし)」を用意するが。

 新書判で読了。中期~後期の寿行作品らしく、ストーリー(というかドラマ)はあるようなないような中身で、どうも送り手が編集側の期待するものをいつもの手癖で書いたような感触もなくもない。
 一方で主題というかお話のモチーフは十八番の動物ものなので、さすがにその辺の描写は腐っても鯛、のような歯応えはある。
(後半から登場するタイトルロールの凩もさながら、もう一匹の動物主人公コガネの、マイペースな猫らしい、しかしどこか擬人化された描写がとてもよい。)
 
 後半で大敵、37歳の日系アメリカ人(らしい)大狂人の秘めたる過去が開陳され、読者の情感を刺激するのは、これってフツーの作家がくれる感銘だよなあ、こういうのに頷くのは寿行作品じゃないよなあ……という気もしないでもないが、それでも過去にあった大狂人の事情とその愛犬への忸怩たる念は、ちょっと魂を揺さぶられた。しかし寿行っぽくない。リフレインではあるが。

 後半の山狩りの際に舞坂に協力する、元熟練のハンターだが50代で猟銃を捨てた65歳の松川栄造は、たぶん作者自身の分身的なキャラクターであろう。この人も妙にいい味出している。

 クライマックスにコンデンス感を抱く一方で、ある種のあっけなさも同時に感じるのはいつもの寿行作品。

 まだまだ寿行作品の全域を俯瞰できる自信はない(畏れ多い)が、たぶ中期~後期ではそれなりの良い方ではあろう。

 ところで、ラスト……。これは、もしかして……?

No.2066 5点 観測者の殺人- 松城明 2024/06/19 14:44
(ネタバレなし)
 人気Vチューバーの女子大生が惨殺された。謎の犯人らしき人物は、SNSで100人以上のフォロワーを持つネット利用者を今後も殺害するとの主旨の、メッセージを放つ。友人を殺された女子大生でCGデザイナーの今津唯は、事件の陰で暗躍する謎の人物「キカイ(鬼界)」の存在を探知したが。

 人間をひとつの個体システムに見立て、情報をインプットすることで目的をアウトプット(殺人などの犯罪を無自覚に誘導)させる、そんな形で他人を操る工学系の怪人的犯罪者「鬼界」シリーズの第二弾。この大ネタは版元や関係者(公認の紹介役の書評家とか)などの方も、公然と公布してある。

 とはいえ評者は実はその辺はあまり意識せず、シリーズ前作『可制御の殺人』も読んでなかったので、作者の劇中人物の描写との距離感で多少面食らった。メインキャラの何人かは、前作を読んでる読者にはすでになじみのある人物だったのね。読み終わったあとにその辺の情報を知ったが、そう考えるといろいろ得心がいく。

 なお作品自体は単品でも一応は読めた、理解できたつもりだったが、かたやそういう特異な「操り」テーマのミステリシリーズなので、やはり前作から先に読んでおいた方が確実によかったんじゃないかと今にして思う。その辺は失敗した。

 黒幕の存在や、やがて「観測者」の呼称を与えられる殺人実行者の名前は当初からわかっているので、もちろん素直なフーダニットパズラーではない。ただし被害者のミッシングリンクの謎、動機の謎、そして……とか種々の、やや広義のパズラーっぽい要素、ミステリとしての謎の提示や真相のサプライズなどは、ふんだんに取り揃えられている。

 とはいえ今回のこっちは前述のように大枠として、本作がシリーズものだという事実も知らなかったので、作品の構造とどっかで歯車がかみ合わず、いまひとつ楽しめなかったというのがホンネ。正直、夜中に読んでいたせいもあって、後半はずっとうっすら眠かった。メモを取りながら、何とか情報を追い続ける。したがって評点もこの程度。ある意味じゃ、受け手側のワガママなのは自覚しているが。

 『可制御~』はそのうち、気が向いたら読むであろう(汗)。

No.2065 7点 夜の人々- エドワード・アンダースン 2024/06/18 16:53
(ネタバレなし)
 その年の九月十五日、オクラホマ州の州立刑務所を三人の長期受刑者が脱獄した。彼ら、44歳のTダブ・メイスフェルド、27歳のボウイ・バウアーズ、35歳の「三本足指」チカモウ(エルモ・モブリー)は知己の縁者などを頼りながら捜索の目を逃れ、得意とする銀行強盗の計画を練るが……。

 1937年のアメリカ作品。
 
 チャンドラーが私信のなか(たぶん「レイモンド・チャンドラー語る」の中に収録されているものだと思う。確認してないが)で賞賛したというクライム・ノワールで、主要人物の犯罪者トリオのなかで一番若い青年ボウイを主人公にした青春犯罪小説の趣も強い。

 原題は「おれたちとおなじ泥棒(市民から搾取する、体制や上流階級の人間を揶揄する意味)」だが48年に邦題『夜の人々』の題名で映画化(今回のこの発掘邦訳の書名もその映画のタイトルから採られた)。さらに74年にはかのロバート・アルトマン監督によって『ボウイ&キーチ』の題名で再映画化されている。
 なおまったくの余談(というかぢつにどうでもいい話)ながら、評者の少年時代の友人に「キイチ」というあだ名の級友がおり、塙保己一やこの映画(74年版)をネタにからかった記憶を、読んでいて思い出した。

 こなれた訳文の良さもあり、ハイテンポで物語は進むが、ところどころの主人公トリオサイドの悪行を直接描写しない省略法の叙述的演出が効果をあげている。
 読み進めるうちにおのずと感情移入してしまう主人公たちが、読者のよく見えないところで、やってはいけないことをしてしまう(基本的には殺傷はしたくないが、逮捕などを逃れるためにはやむをえない)。あらためてさらに深みにはまっていく図を逆説的に強く印象づける描写の累積が、切ない。
 中途に挟まれる、事態の大きな展開を「客観的」に語る新聞記事の挿入という手法も活きている。

 良くも悪くもクラシック・ノワールの枠内に留まる作品ではあるが、最後まで読んで得られるある種の感慨も鮮烈。なるほどメインヒロインのキーチって<そういうポジション>の女子キャラだったのね。
 あとから考えると、脱獄犯が生じたなら、警察はもっと積極的に家族や親族に捜査の目を向けるだろうとも思ったりもしたが。
 
 読む前は大設定から普通に? J・M・ケイン辺りの作風を予見していたが、文体そのものはサバサバしている一方で、カメラアイが追いかける事象の湿度はずっとそのケインなんかより高い。通読してのいちばん近い食感は、ハドリイ・チェイスの、かの作品であった(こう書いてもなんのネタバレにもならないと思うが)。
 
 読んで、というか嗜んでおいて良かった、と思える一冊。
 新潮文庫の発掘本作路線、またひとつ有難い収穫であった。

No.2064 8点 殺人プロット- フレドリック・ブラウン 2024/06/15 06:51
(ネタバレなし)
 その年の8月のニューヨーク。シーズン違いのサンタクロース姿の人物が、ラジオ放送会社「KRBY」の社屋を訪問。そのサンタは、重役(プログラム・ディレクター)のアーサー・D・ダイニーンの命を奪った。その事実を知って、KRBYの大人気メロドラマ『メリーの百万ドル』のメイン脚本家である青年ビル(ウィリアム)・トレイシーは驚愕する。なぜなら謎の殺人者が季節外れのサンタの衣装で正体を隠して殺傷を行なうというアイデアは、彼が準備中のミステリドラマ『殺人の楽しみ』の検討稿に書いておいた内容だからだ。誰かがトレイシーの未発表の脚本を盗み見て殺人を行なった? トレイシーは捜査を進める警察の脇で、独自にマイペースに事件に首を突っ込むが、やがて事態は次の展開を迎えた。

 1948年のアメリカ作品。
 初めて翻訳が出た当時、少年時代にミステリマガジンでレビューを読み、面白そうだと思いながら、ついに今まで読まなかった。
 御贔屓ブラウンの未読のミステリも残り少なくなっているなか、虎の子の一冊ではあるが、仕事が忙しいなか、なんか妙に読みたくなって通読。二日かけて楽しんだ。

 翻訳がブラウン作品ではたぶん珍しいはずの、あの(競馬スリラーだの、スペンサーものだの、の)菊池光。訳文に関しては世のミステリファンの毀誉褒貶あるのは知ってるが、評者は抵抗ない、というか、相性がいいつもりなので、その辺は安心して読む。
 はたして期待通りにサクサクした歯応えの読み応えで、会話の多い都会派の軽パズラーとしてなかなか面白い。

 約290ページの紙幅は長くも短くもないほど良いボリュームだが、最後の20ページまでフーダニットとして謎解きを引っ張るギリギリ感もサービス精神満点。その上で、犯人は(少なくとも評者には)かなり意外な人物であった。この目くらましの仕方は、かの欧米作家の某作品をちょっと思わせたりする。

 伏線や手掛かりをちゃんと張っておいたぞと作者がドヤ顔するように、探偵役の主人公トレイシーがここで気が付いた、あそこで……と、クライマックスの謎解きの際にポイントを並べていくのも非常に楽しい。
 しかしその一方で、どこか一本ネジがゆるんでいるような気もしないでもないが(だって……)、といいつつソの辺も実に良い意味で、一流のB級パズラーという感じで微笑ましい。

 とても心地よい気分で「ああ、50年代の(本作は実質40年代後半だが)海外ミステリは楽しいな」とページを閉じられる好編の一冊。
 評点は0.4点ほどオマケ。

 やっぱいいよね。フレドリック・ブラウンのミステリのアタリ作品(笑)。

No.2063 8点 絹いろの悪夢- カーター・ブラウン 2024/06/13 06:25
(ネタバレなし)
 その年の秋。「おれ」こと私立探偵ダニー・ボイドの秘書兼セックスフレンド(今でいう)の赤毛美人フラン・ジョーダンが、無断で五日も仕事を休んだ。すると謎の女(のちに美女と判明)「ミッドナイト」から連絡があり、フランを人質にしてるので彼女を無事に取り戻したかったら、ある要求を聞いてほしいという。ミッドナイトのもとに赴き、人死にも生じるすったもんだの末にフランを奪回したボイド。だがミッドナイトの頼みの内容に関心を抱いた彼は、フランの身の安全を確保したのち、改めてミッドナイトのもとにのりこみ、今度は正当なビジネスとしてその依頼を受けることにする。かくしてミッドナイトの指示のままに別名を使い、目的の地アイオワに向かったボイドだが、そこでは意外な事態が彼を待ち受けていた。

 1963年のクレジット作品。ミステリ書誌サイト「aga-search」によればダニー・ボイドものの14番目の長編。

 レギュラーヒロインである秘書フランの誘拐騒ぎから開幕する序盤は、事件屋稼業ものの私立探偵小説としてはありがちな感じ。(と言いつつ、類例の作品などは、すぐにパッと書名を上げられないが。)

 しかし序盤からキャラの濃い連中が続々と登場し、とりあえずフランを救うまでが最初のウン十ページ。
 以降、攻勢に転じたボイドが動き出してからは、フツーの私立探偵小説の枠を超えたジャンル越境的な方向に話が流れ込み、そこからまたさらにストーリーが弾んで、いっぽうでいくつもの謎を残したまま読み手の興味を刺激し、どんどん面白くなる。
 間違いなくボイドもの、いや、これまで何十冊も読んできたカーター・ブラウンの諸作全般のなかでも、かなりデキがいい。

 とにかく「立った」キャラがひしめき合っているのに、残り少なくなったページ数でどう話をまとめるんだ? と思っていたら、いつものブラウンなりの「名探偵、一同の前で、さて、と言い」パターンで、事件の意外な奥行きが明かされる。今回はその最後の真相のストンと落ちる&決まる感じがとてもよろしい。
 話の中途で某キャラに抱くボイドの妙にしんみりしたメンタリティも、どっかチャンドラーのかの作品を思わせる。

 とても面白かったけど、この事件は後日譚をもう一回以上作れて、ボイドシリーズの中でのシリーズ・イン・シリーズに持っていけそうな感じ。
 もしかしたら実際にそういう趣向の作品があるのかもしれないが、あったとしてももちろん未訳である(なにしろ本作は、邦訳があるボイドもののなかで、後ろから二番目という、あとの方の作品なので)。
 誰か原書まで追っかけている奇特な人、その辺の事情を存じないだろうか。
 
 翻訳はあんまり知らない「泉真也」という人だが、フツーにスムーズに楽しめた。奥付の訳者紹介を見るとほかに訳書の記載もないので、これが最初の翻訳だったのか? 肩書の「探偵小説翻訳家」というのが、ゆかしい(笑)。 

No.2062 7点 蠟燭は燃えているか- 桃野雑派 2024/06/11 21:58
(ネタバレなし)
 20XX年(2020~30年代らしい)の後半。地球軌道上の宇宙ホテル「星くず」での殺人事件に遭遇し、生き残った関係者とともに地球に帰還した女子高校生・真田周(あまね)。周は大気圏突入時に、ある意図と思いのもと、ネット経由でピアノ演奏を行なうが、その行為を当人の思惑と違う形で受け取った人々の反響は「炎上」状態となった。そんななか、周に向けられる書き込みの中に、京都市内で放火を行なう旨の犯行予告があるが。

 物語のステージを大きく変えながら、前作のキャラクター設定は継承。そして先行作と通底する、ある種のメッセージ性を続投。
 ある部分を大きく切り捨て、一方でまた別のコアの部分は継承する、そんなシリーズもののありようが、実に楽しい。
 個人的には、これはこれで、シリーズものミステリの、ひとつの理想的なメリハリのつけ具合である。

 ネットの舌禍を主題にした人間の愚行の描写は不愉快な印象はあるが、作者なりの21世紀の現実の文明への取り組みだということは理解できる。
 当初はトラブルに巻き込まれた主人公を応援しようとしていた学校側が、主人公の暴走(青春ドラマ主人公としての)に振り回されて、対応がルーズになっていくあたりの妙に説得力のあるリアリティ描写にも感心する。
 
 物語の転がし方がいささか生硬で、昭和の一級半社会派ミステリを2020年代作品の鋳型のなかに押し込んだような印象もあったが、最後に明かされる犯人の真の動機はそれこそ「いろいろと考えさせられる」。

 どうあがていても人間の心の中に善と悪が並存するという現実は永遠に変わらないなか、じゃあどうするかというところで、ひとこと、たぶんそれだけは確実に間違いないことを言った主人公の叫びは、評者の笑みを誘った。
 うん、お話として、エンターテインメントとして、メッセージドラマとして正しい作りだと思う。
 いろいろ綻びはあるような気もしますが、私はそれなり以上にこの作品がスキです。

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人並由真さん
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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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