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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2202件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.2202 7点 闇に潜みしは誰ぞ- 西村寿行 2025/04/29 16:16
(ネタバレなし)
 その年の8月2日。警視庁の刑事で30代半ばの独身男・仙波直之は、自主的な射撃訓練の帰り、埼玉県清瀬市の周辺で交通事故で重傷を負った男に遭遇。男を愛車で病院に担ぎ込む。男は死亡するが、彼は仙波に透明なビニールに書かれた地図のような図面を渡した。その直後、仙波は何者かに襲撃される。仙波は年上の友人で妻子持ちの46歳の酒好き刑事・峰武久に私的に協力を求めて応戦に出るが。

 ……評者が読んできた寿行作品で、今までいちばん、通常の字義でのエログロバイオレンス・クレイジーだと思っていたのは『峠に棲む鬼』であった。
(別の意味で最もイカれてるのは『わが魂、久遠の闇に』で、作者の熱量の度合いが最強にクレイジーだと思ったのは『蒼茫の大地、滅ぶ』だが。)
 で、本作はその『峠に~』と同じ年、半年後に刊行された、そんな時期の作品。今回が初読である。

 もともとハードカバーは買ってあったような気もするが、すぐに出てこないので1~2年前にブックオフの100円棚で見つけた角川文庫の上下巻セットで今回初めて読んだ。ハードカバーの表紙ジャケットに描かれていた黒豹の意味がウン十年目にして初めてわかる。ほとんど出オチのようなもんじゃん?
 その角川文庫下巻の巻末解説は西脇英夫が書いてるが、どこそこにいつ連載とかあるいは書き下ろしとかの書誌情報は記載していない。内容の形質からしてまず連載作品だと思うが、だとしたらやはり連載ものだったと記憶する『峠に~』と同時進行のハズで、なるほど、かなりショッキングなバイオレンス描写のネタなどこっちでも共通している(具体的にどんなのか書かないが、悪党への報復の描写)。
 
 で、リアルタイム当時、今以上に寿行作品がスキだった自分がなんでこの新作を(ちゃんとハードカバーも買ったハズなのに)読み漏らしていたかというと、くだんの『峠に~』でさすがにゲップが出たからだったと思うし、その時点ですでに寿行のバイオレンスアクション(いわゆるハードロマン)は何年にもわたって読んでいたのだから、そりゃまあね。あと元版のその黒豹の絵だけでお腹いっぱいになった上、さらに新刊の帯で、敵側と主人公が奪い合う謎の秘宝の正体が何か、当初から明かされていたこともある。実際の本編を読むとそのキーアイテムの地図に書かれてたお宝が何なのかは、中盤の初めくらいまで引っ張られるのであった。
(ちなみに評者はその帯で、初めて「(中略)」というモノの存在を知った。)
 
 で、本作の感想だが、さっきから引き合いに出しているその『峠に~』のマッドさをそのまま横滑りさせたような内容。その一方で、作者がもうこの手のものを書き飽きたのか、自分自身で自作をパロディというかカリカチュアしているような感触もある。
 いや、そんな傾向、つぶさに見ればすでに何作か前からきっとあったのだろうが、今回は特にそれが顕著だ。
 また妙な、さらに今回はミステリから外れた例を引き合いに出すが、ゲーム「スーパーロボット大戦」シリーズの初期分で、フォウ・ムラサメ(Zガンダムの)が登場すれば必ず敵に拉致され、洗脳された彼女を救う説得イベントがある、ガンダム2号機(0083)が登場すれば必ず敵に奪われる、といったお約束イベントのリフレインがあり、送り手も受け手もどっかそのパターニズムを諧謔として楽しんでいたような気配もあるが、本作内のある種のいくつかの種類の描写(読めばわかる)の反復はそれに通じるモノがある。
 あと、話を長く長くするためにどんどんと敵やら陣営やらが投入されて作品の延命が続き、それが一応は面白い作劇ぶり。後半のドラゴンボールかい。

 バディ主人公ものとしてもすでに書き慣れ切った作者が、そこに妙なすっとぼけた味を投入。なんというかああ、もう完全に寿行の私的観測において第三期というか、第二・五期(?)だな、という感じの作品であった。
 それでも上下巻あわせて文庫版600ページ以上、一晩で読んでしまうのだから面白いことはオモシロイ。クロージングはアレだが、その辺をつっつくような作品でもないだろうな、コレ。
 
 で、このレビューが投稿されると、めでたいことに本作は本サイトで初めての、レビュー数3票獲得の寿行作品になるのであった。チャンチャン。いや、あまりにしょーもない歓喜の事由ではあるのだが(笑)。

No.2201 5点 ベツレヘムの星- アガサ・クリスティー 2025/04/29 03:24
(ネタバレなし)
 数年前に各社の翻訳全書判ノベルズを古書でまとめ買いした中に、これがあったのに先日気が付いて、引っ張り出してきた。外出時用の手頃な短編集にとこれを選んで持っていく。

 原初の刊行は1965年だそうで、個人的な観測では50年代後半~60年代前半あたりがクリスティーのやや低迷期なので(その時期に秀作がまったく無い訳ではないが)、ちょうどその辺から晩年の円熟期に切り替わる頃合いの一冊? 
もしかしたらミステリ執筆に憂いて、変わったものを書きたくなった気分のなかでの著作かな、などと勝手に夢想する。
 
 子供も読む(のであろう)クリスマス本なのだろうからそんなに難しい内容ではないだろう、と予想していたが、その辺はアタリ。ただし確かにキリスト教関連の基本教養がないと、それなりにキツイ。まあ、おおむねシンプルな話で、受け手が感じたことで大外しはないとは思うが。
『水上バス』は現代設定で、これは普通に良かった。
 
 しかし表題作ってこんな話だっけ? 大昔にミステリマガジン(1974年2月号、当時の訳題「ベスヘレムの星」 )で読んだ時の記憶だと、もっとなんかかなり普通の、地に足がついた宗教民話っぽいストーリーだと思っていたよ。

No.2200 8点 皇帝のかぎ煙草入れ- ジョン・ディクスン・カー 2025/04/28 05:35
(ネタバレなし)
 少年時代の初読以来の再読。
 今回は最新版(すでにもう13年も前のものだが)の駒月訳で読了。

 さすがに犯人の設定は憶えていたが、細部はかなり失念。
 それでページをめくりながら「あれ、勘違い(記憶違い)だったかな? 記憶の犯人設定で、この殺人は可能なのかな?」と戸惑いながら、読み進めた。
 はたして真相は(中略)であったが、良い意味で作者に騙されて振り回された思いだし、創元文庫の巻末の戸川氏の丁寧な解説も、ああ、なるほどね、という納得感を深める。
 
 とはいえ、ヒロイン主人公イヴのメロドラマ? 部分だけがこの作者らしくって、良くも悪くもあんまり、いつものカー作品を楽しんだという気がまったくしない。

 探偵役キンロス博士が使い捨てなのも作劇の狙いから了解だが、それならもうちょっと<それっぽい>キャラクター造形にしてほしかったとも思った。
 バンコランから始まって二大巨漢探偵を延々と描き続けてきたカーは、いつしか<そういうタイプの探偵役>の叙述の仕方を忘れてしまったんじゃないか、とも思ったり。

 面白かったし、よく出来てる(改めて感心したのは、真犯人の動機の形成のくだり)だが、カーの作品として平均点ベストワン(本サイトの現状の評価)に来るような作品とはとうてい思えない。
 名義を問わずごっちゃにして、カーのオールタイム長編作品からマイベストを10本選んだとすれば決してベスト3などには入らず、7~8位あたりになるのではないか。
 まあ私は『わらう後家』とか『連続殺人事件』『囁く影』『墓場貸します』あたりを上位に選ぶような、たぶんさほど正統ではないカーファンなのだが(笑)。
(あ、たぶんA級作品のなかなら『曲った蝶番』は大好きだ。)
 再読しての評点は0.5点くらいオマケ。

【追記】
 レビュー投稿後に皆さんの御講評を拝見したら、本作がカーらしくない! 事は多くの方が言っていて、いかに自分の感想がよくも悪くもフツーか思い知る。
 そのなかで<カーらしくないというファンが多いのは知っている、それでも私はこの作品がカーの中で大好きだ!>と10点つけたTetchyさんは、本気で男らしいと思う。

No.2199 6点 蝶たちの迷宮- 篠田秀幸 2025/04/26 06:35
(ネタバレなし)
内容(「MARC」データベースより)
 密室状態の部屋から突然女の悲鳴が聞こえたが、女の姿はかき消え、香川京平の絞殺死体が発見された。その6週間前に、小説「蝶」を書いた池田賢一少年が不可解な死を遂げた。両者の関連は…。

 1~2年前に最寄りのブックオフの100円棚で綺麗な状態の元版(講談社版)を見つけ、なんか凄そうだ、と購入しておいた一冊。今夜は気が向いて、これを手に取った。

 先に作者(あるいは編集者)が、表紙周りや巻頭のイントロで「読者が事件の被害者にして犯人」と明言するところから始まる、その手のタイプのメタ系技巧系ミステリである(さらにもうひとつかなりインパクトのある関係性を序盤から謳っているが、とりあえずそれはここでは書かない→なお本サイトの前の方のレビューではその辺も話題にしているが、作者自身が最初から言っている事なので、そのレビューもネタバレとは言えない)。
 作者が大きな影響を受けたらしい『虚無への供物』『匣の中の失楽』へのリスペクト感全開の作品である。
 
 し・か・し、本サイトでは悪評だらけ(Amazonでも似たようなもんだが)。
 さらに一番気になったのが、2010年の江守森江さんのご投稿を最後に、15年もの間、本サイトでは誰もレビューを寄せられてないこと。

 しかしソレは逆に言えば、きっとなんかそれだけ<かなりのワケアリの作品>なんだろうなと思って(言い変えれば、結構な変わったものが読めると期待して・笑)ページをめくり始める。

 でまあ、2段組み450ページの厚みの割と長めの一冊だけど、一晩でイッキ読みしてしまった。
 良くも悪くも『虚無への供物』が100%果汁のフルーツジュースなら、こちらは果汁30%のイミテーション・ジュース(©三原順のグレアム)という感じであった。

 ただまあ、作者なりの視座でミステリという文芸ジャンルに踏み込み、その上で読者をあの手この手で饗応させようとしている奮闘ぶりは決して嫌いではない。
 肝心の「読者が」「アレコレ」のロジックは確かにかなり強引で、特に最後の最後まで引っ張ったポイントは言いたいことがわからない! と怒っている方もいるようだが、たぶんそれはこういう物語は読者の方で(中略)と作者が考えているのだろうと思う。いささか舌ったらずだが、その辺をあまりグダグダ、イクスキューズしたくなかった作者のプライドはなんとなくよくわかる。
 そういう意味では、ぎりぎり屁理屈として課題のクリアともいえるかも……しれない……かな(笑)。

 評者の場合、正直『虚無への供物』は十代に読んだため凄かったことはなんとなく覚えているけど、それから再読もしてないし、少なくとも現状の現在ではどこがどう良かったと具体的&明快な言語化はできないのだが、それでもこの一冊は遠き日に読んだ名作の、あの何とも言えない気分をちょっとだけ思い起こさせてくれた。
 というわけで本作はそんなに嫌いになれないし、まあそれなりに愛せる作品だ。
 一冊のオマージュ編ミステリとして、これはアリだとは思う。

No.2198 9点 美の秘密- ジョセフィン・テイ 2025/04/25 05:56
(ネタバレなし)
 英国の地方の村サルコット・セント・メアリイには、21冊目の新刊を出したばかりの人気女流作家ラヴィナ・フィッチ女史を初め、多数の芸術家や文化人が集い暮らしていた。そんななか、アメリカから若手写真家リスリィ・シャールが同地を来訪。気鋭の美青年写真家として米国で著名なシャールは、先に戦地を取材中に死亡した写真家クニィ・ヴィギンの友人であり、そのヴィギンとやはり友人だったBBCの解説者の青年ウォルター・ウィットモアを、初対面同士ながら共通の亡き友を持っていた者同士として訪ねてきたようだ。だがウォルターの婚約者でフィッチ女史の姪でもある娘リッツ・ガロヴィがアメリカから来た美しい若者と親しくなり始めた気配があり、村には次第に微妙な空気が流れ出した。そんななか、村の周辺でとある事件が発生。スコットランドヤードの名警部アラン・グラントは、捜査に乗り出すが。

 1950年の英国作品。グラント警部シリーズの第四弾。

 翻訳が古くて読みにくいのはとりあえず、どーでもいい。
 『時の娘』も(今んとこ)正直、どーでもいい。
 シリーズ前作『フランチャイズ事件』と続けて、優秀作~傑作。

 詳しい事は書かないが、中盤で事件が起きるまでの、クリスティーのよく出来た作品に匹敵するくらいの「まだまだかまだか、イベントはそろそろか」という感じで読者をじらしながら空気を盛り上げる小説の<タメ>の求心力。

 そして後半の<そこに何かがある、何かある>(実際、ある程度は<見えていた>)と思わせながら読み手を事件の迷宮の中に引きずり回し、ああああ、残りページがどんどん少なくって行く……というハイテンションの高揚の果て、最後の最後に見せる大技のサプライズ!

 うん、自分が思い浮かべる警察捜査小説型パズラーの理想の形の一つが、ここにある。
 
 ポケミスの乱歩の解説によると、バウチャーは当時<テイが55歳の若さで早逝したのは『エドウィン・ドルード』の中絶に匹敵するくらいのミステリ史における不幸であった>という主旨の慨嘆を述べてたそうだけど、いいこというねえ。まったくその通り。テイの若死にでグラント警部シリーズが全部で6冊しかないのって、今さらながらに本気で哀しいよ。バウチャー、なんかまた大好きになったよ。それから我が国の1990年代後半以降の海外ミステリ未訳旧作発掘ムーブメントに改めて感謝するよ。
 つーても泣いても笑っても、未読のグラント警部ものは残りあと一冊なんだよな。
 とにかく、今さらながらに読んでおいて良かった本作。
 
 何しろこっちが考えていた真相の方向性は決してまったく的外れではなかったものの、実際のどんでん返しはさらにそのひとつふたつ上を行き、そしてソコには劇中キャラクターの、こちら読み手の胸を打つようなホワイダニットのときめきがある。うん、やっぱり傑作だわな。終盤のグラントと某キャラクターの対峙の図。ここで何かを感じなきゃウソでしょう。

No.2197 8点 幻の金鉱- ハモンド・イネス 2025/04/23 16:27
(ネタバレなし)
「私」こと学士の鉱山技師で鉱山会社の重役だったアレック・フォールズは、管理していた錫鉱山の鉱脈枯渇によって立場を失った。責任を押し付けて来る会社と決別し、美貌の妻ローザ(ロザリンド)にも逃げられたアレックは自宅に放火して焼死を狂言で装い、わずかな伝手を求めてオーストラリアへ逃げ込む。そこでは失踪した、一部で有名な鉱山師パット・マッキルロイが数十年前に見つけたとされながら、まだ発見されていない複数の鉱物の大鉱脈「マッキルロイズ・モンスター」の伝説があった。

 1973年の英国作品。作者イネスの第24番目の長編。
 イネスの後期作品のひとつだが、この前が秀作『レフカスの原人』、この次が優秀作『北海の星』と正に大家の脂の乗り切った絶頂期で最強に面白い。

 ミステリ味はポイントを抑えた形で小規模に担保されている一方、例によって大自然(今回はオーストラリアの砂漠や荒野)の厳しさと壮大さを語り尽くす筆致の熱さ、そしてストーリーテリングの妙味でグイグイ読ませる。二段組、会話も決して多くない300ページ弱のハヤカワ・ノヴェルスは相応の紙幅感を抱かせるが、それでも二日でほぼイッキ読み。

 まあ当時の70年代初期の英国冒険小説界はマクリーンがすでに円熟し、フランシスやバグリイ、ヒギンズ、ライアルなどの超A級、さらにはトルーやフォーブス、ジェンキンズなどの気鋭がドバドバ新作を出してるんだものねえ。巨匠も本気でやらねばすぐに置いていかれる、といった気迫を感じる。
 晩年のクリスティー(のいくつかの作品)みたいに著作家の円熟がさらなる才気に転じるような感覚だ。

 まあ終盤、ちょっとあれこれ主人公たちに(中略)といった印象もあったが、これはイネスの旧作でも以前からあった方向性というか筋立てのクセで、そんなにどうこう言うべきではないかとも、少し頭を冷やして思ったり。
 読んでいる間は多様な登場人物の描写のうまさ(と彼らを駒に物語を勧める筋立ての巧妙さ)に溜息、体力を奪われながらもページをめくる手を止められない話の加速感に感嘆。一瞬、評価9~10点でもいいかとも思いかけたが、まあ今回も巨匠イネスはまたやりました、的に8点。ただしその評点枠内の最高級で。
 今回は、立場的に崖っぷち(でも最低限、動き回り余裕はまだある)の主人公アレックの造形もいいしな。あと某登場人物の運用の仕方。へえ、イネスってこういう文芸もできるんだって、ちょっと感銘した。それこそ後塵作家たちの影響を何かしら受けてるのかもしれん。

 イネスは残りの未読作品がまだまだあるのが、本当に嬉しい。

No.2196 6点 魔女の怪談は手をつないで 星見星子が語るゴーストシステム- サイトウケンジ 2025/04/21 19:26
(ネタバレなし)
 大学生「僕」の学友で幼なじみの美少女・星見星子(ほしみ せいこ)ちゃん。彼女は人気の配信アイドルだ。僕はオカルトオタクの星子ちゃんを喜ばせようと、仕込んできた怪異のネタをファミレスで披露しようとしていた。だがそこに、見かけは中学生の愛らしい女子だが、白髪の自称・魔女「あーちゃん」が接近してきた。

 アニメ化もされた人気ラノベ『トリニティセブン』シリーズや同じくアニメ化されたPCゲーム『あかね色に染まる坂』の作者サイトウケンジによる、トリッキィなホラーミステリ……というべきか。
 帯の「待ち受けるどんでん返しの連続!!!!!!!!!」という惹句に吊られて購入し、一読した。

 で、読んで、ああ、こういう作品ね……と理解&了解。
 作者がどういう狙いなのかはたぶんよくわかるし、この趣向をここまできっちりやった作品は、確かにほかにパッと思いつかない。そういう意味では評価していい。
 
 ただ(あまり詳しく言えないが)劇中の登場人物によって語られる怪談そのものが、あまり怖くない。もっともその辺が、却って作品のパーツとなる部分のリアリティを担保してるのかもしれないのだが、それでもここはもうちょっと、ハッタリをきかせてもよかったんじゃないか。
 まあジャケットのビジュアルとタイトルそのものがもしかしたら意図的なミスリードなのかもしれんし、編集者を含めて送り手たちの仕掛けの練り具合は感じる。
 ただその世界の真実を覗き込んでしまうと(中略)。
 その辺はこの種の作品の、普遍的に構造的な問題かも。

 とりあえず、読んでおいて良かったとは思います。2020年代の前半にこういう作品があったと体感する、ほぼリアルタイムの体験も踏まえて。 

No.2195 8点 死んだ時間- 佐野洋 2025/04/20 06:11
(ネタバレなし)
「私」ことⅩ大・大学病院の医局員である26歳の独身青年・加賀。彼は、いずれ開業医となる夢を抱きながら、ふと知り合った30歳の未亡人・時任杏子と男女の関係だった。杏子には好意を抱きながらも、今後の医者としての人生を考えるならやはり医学界のそれなりの立場の娘を妻とすべきだと考えていた加賀だが、そんななか杏子のアパートの自室で、売り出し中の人気女優で広告モデルの峰岸みどりの死体が見つかった。嫌疑は杏子にかかり、衝動的な殺意でみどりを殺したと思われるが、独自に状況を調査した加賀は、事件の起きた日、杏子は確実に、とある愛人と熱海に赴いていながら、その事実を秘匿している状況が見えて来る。杏子は、愛人関係の相手の男性の社会的立場を考えて、あえて自分のアリバイを証明できる不倫旅行の事実を秘匿してるのか? だがやがて、その仮説だけでは説明のつかない状況が加賀には見えてきた!?

 いや、面白い。
 ガーヴが日本を舞台にして、男性主人公の一人称で書いたらこんなのになるんでないの? という感じの好テンポのサスペンスもの&アマチュア捜査(調査)小説である。

 だが思わず本気で感嘆の声が出たのは、山場で事件の秘められていた全貌めいたものが判明する瞬間。ラストのまとめ方まで含めて、1950年代の海外ミステリで、当時のモダン作品としてポケミスに紹介された技巧派の長編のような味わいであった。要は、旧クライムクラブ上位の秀作系か。

 主人公がアマチュア探偵で、調査の幅に限界があったり、時に疲れて調べるのを中座させてしまうというリアリティなどが、筋立ての上でしっかり機能しているのにも感心。

 いまんとこ、これまで読んできた佐野洋作品のベストが、全体の熱っぽさを踏まえて『完全試合』というのは不動だけど、 今回のコレを読んで、優秀作品の次席は本作だな、と思わされた。

 講談社文庫版で読んだけど、巻末の大井廣介(紙上殺人現場)のホンネ剥き出しの解説も楽しい。
 実に幸福な読書であった。
 
 最後に、加賀を応援する下宿の大家の室井元刑事。いいキャラだね。
 そーゆーのが佐野洋の本意じゃなかったのはつくづく知ってるが、たまの登用でもいいから、手持ちのレギュラー探偵にしてほしかった。 

No.2194 6点 ケンネル殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン 2025/04/18 15:39
(ネタバレなし)
 評者が21世紀になって初めて読む、ヴァン・ダイン作品である。いや、90年代も読んでなかったか? 『グリーン家』は、80年代の後半に再読したような記憶がある。
『ケンネル』は本サイトで評価が高い(ヴァンスものの平均点ベストワン)ので以前から気になっていたが、思いついて今回読んでみた。
 さらに考えてみると、もともと本作は、子供時代にあかね書房のジュブナイル版『スコッチ・テリアのなぞ』で読んだきりであった。そのときはそれなりに衝撃で、併録の『エジプト王ののろい』と合わせて、推理小説ってこういうこと(当時の視点では反則スレスレのトリック)をしてもいいんだ? と驚いたのを、今でも覚えている。

 つーわけで細部や犯人は丸忘れ、しかし密室のネタだけはほぼしっかりウン十年経っても記憶している状態で、初めて大人版を読み始めた。なお訳書はせっかくだからということで、最新版の白石訳をチョイス。原文→日本語の厳密な正確度は不明だが、21世紀のミステリファン目線で気をつかった翻訳っぽいのは好感が持てる。

 で、感想だが確かに

・ネタを詰め込んである
・大きな破綻もなく作品全体がこなれている

 という長所は理解できるものの、例の一番の大ネタについては何十年も当方の意識に沁み込んでいたので当然サプライズはないし、もう一方の厳然たる密室トリックも、ああ、本作ではそういう手も合わせて使ったのね、程度の認知。言い変えれば、広い意味で賞味期限がとうに過ぎているものばっか。
 加えて劇中でイベントをぞれなりに起こしているのに、それが面白い小説になってない。虫暮部さんのご感慨はよくわかるつもり。ゲストヒロインの三角関係なんか、色んな意味でもうちょっとエンターテインメントにしようがあったろうにな。あと、真犯人にサプライズの感興がない。これじゃその辺は長い年月の間に忘れるはずだ。
 
 なんか本サイトでの高い評価だからということで過剰期待して、ややガッカリしてしまったような一作。とはいえ確かに上の2つの得点ポイントはちゃんと認めてはいるつもりなんですけど。
 ヴァンスが傷ついた犬を獣医のところに連れていく描写は良かったな。とはいえそのあとであまりに冷徹に犬の血統の交配でどーのこーのとくっちゃべるので、やや引いた(一方で終盤のショッキングな行為は、ある意味でやむなし、だとは思うけれど)。雑種の犬なんかにヴァンスは犬好きらしい情愛とか向けてくれるのだろうか? まあそんなことは書かれてないのだから、予断でものを言ってはいけないことではあるのだが。 

No.2193 6点 憑きもどり- 明利英司 2025/04/14 07:24
(ネタバレなし)
 高校二年生の秀才女子・長江美里はさる事情から、家庭教師のバイトに勤しんでいた。そんなある日、美里の教え子で、彼女が妹のように可愛がっていた中学一年生・原田茜が殺される。茜はあるダイイング・メッセージを遺しており、それが関連するように謎の通り魔らしき犯人による殺人や傷害が続くが。

 怪異が厳然と存在する世界(作中世界で公認されてるわけではなく、小説の客観描写につきあうなら、そうだと読者目線でわかる世界)で、ミステリの興趣を持った作品。
 原型は作者が19歳の時に書いた作品で、プロデビューして著作を重ねてから手を入れて出したものだそうだが、良い意味でスタンダードなホラーミステリになってる。
 叙述の違和感がそのまま伏線になるという意味でも直球の作品であり、それゆえ犯人というか隠し事を秘めた人物はすぐわかる。
 が、じわじわと随所のさりげない描写がクライマックスで掘り下げられていく感じはなかなか悪くない。
 佳作の上~秀作の下の方。

No.2192 5点 夢を喰う女- シャーロット・アームストロング 2025/04/13 06:54
(ネタバレなし)
 たぶん1950年代の前半。「私」こと34歳の女性で、ニューヨーク市立女学校の演劇部教師オリヴィア(オリー)・ハドスンは、先の事件を想起する。オリヴィアの大叔父(祖母の義弟)で土地の名士である77歳のジョン・ポール・マーカスは、裏社会と非合法な繋がりがあった52歳のレイモンド・バンカーマンの実情を告発し、そのバンカーマンから逆恨みを受けていた。バンカーマンは報復の参謀として、業界で<やらかした>ため仕事のない劇作家ケント・ショーを雇い、何か画策していた。そんななか、オリヴィアの腐れ縁の友人で、マーカスの孫(つまりオリヴィアの従弟)チャーリー・アイヴズの元妻でもあった女優コーラ・ステファニーに異変が起きた? 意識を失った彼女はその間、フロリダで貴婦人ジョーゼフィン・クレーンに会っていたという!? そしてジョーゼフィン当人もまた、自分はその時刻にコーラに会っていたようだ? と言い出した。

 1955年のアメリカ作品。
 弾十六さんによれば国会図書館の電子書籍で旧クライムクラブはみんな読めるそうだが、同叢書には昔から思い入れがあるので、古書価のやや安い状況を狙って購読した(もちろんそれでも定価の十倍以上のプレミア……)。とはいえ、少し痛んではいるが帯付き、函付き、さらにアンケート葉書に栞、スリップ付きの完本だから不満はない。その辺のゼータク感は図書館のレンタル電子書籍では味わえない(苦笑)。つーわけで、旧クライムクラブに関しては、自分はたぶん最後まで紙の本で読みます(笑)。

 とはいえ、作品の中身が素直に楽しめたかというと、う~ん。

 マーカスに逆恨みの報復を仕掛けて来る悪党の謀略を大枠に、その前提のなかでそこにどう絡むのか? ドッペルゲンガーめいた同時二重存在の謎と、さらにはおよぞ通常の常識ではありえない遠隔透視の謎が語られる。

 それで(あんまり書けないのだが)その謎の解法というか、怪異のメカニズムが、一方は早々に明かされ、さらにそこから物語が進むのだが、もう一方は……(中略)。
 小説として最終的に決着させるには、あの作品やらかの作品みたいな方向に持っていってもそれはそれでアリだとは思うが(まあ、それで格段、面白くなるとも思えないものの)、一人称主人公をふくむ登場人物たちがツッコミもしなければ深掘りもしないのはちょっとね。

 実はあらすじではまだ名前も出してないキーパーソンがもう一人いるのだが、その辺の作劇上の運用を踏まえて、作者がトリッキィなことをしたかったのはなんとなくわかるんだけど、こちらの気になった箇所に登場人物がシンクロして必要最低限はドタバタしてくれないので、なんかイマイチ、隔靴搔痒な感じのストーリーである。劇中人物の思惟に沿って話が進んでいくのは理解できるのだが、おいおいいつになったら、アッチの方向に気を向けてくれるんだ? と思いながら終わってしまった。最後まで読んで結局(以下略)。

 植草の解説(昔「雨降りだから~」で一二回読んでるハズだが、改めて今回、本文の読後に読み直す)によると、当時のアメリカにはまた霊媒ブームなども起きており、その影響もあったというから、原書刊行時の母国の読者はくだんの部分がとにもかくにもナチュラルにスムーズに受け入れられたのかもしれんが、その辺の文化事情とまったく関係ない今のこっちにはちょっとね。

 つーわけで、割と昔っから期待していたトラの子の一冊だったんだけど、お楽しみミステリとしてはちょっとファールっぽい。
 で、翻訳の印象は、丁寧なんだとは思うし、言葉がことさらそんなに古くなってる感じもしないんだけど、なんかそれなりに疲れた感じもあった。やっぱどっか、読みにくかったのかもしれない。
 アームストロング作品のなかでは、これは特に、ちょっとほかの人の感想を聞いてみたい方の一冊ではあるかもね。

No.2191 6点 銃弾の日- ミッキー・スピレイン 2025/04/04 09:07
(ネタバレなし)
 1960年代の半ば。「おれ」ことアメリカ政府の秘密情報部員タイガー・マンは、英国代表の国連部員のひとりで秘書兼通訳を担当する美女エディス・ケーンの正体が、第二次大戦当時の彼の恋人ロンディーン・ルントではと気づく。オーストリア人のロンディーンは欧州でタイガーと愛し合っていたはずだったが、ナチスのスパイという正体を現し、タイガーに重傷を負わせ、そして彼の仲間を殺して去った。今では39歳になっているはずのロンディーンは、高度な技術の美容整形で28歳のエディスと素性を変えているようだ。タイガーはエディスに接近し、復讐を図ろうとするが、英国情報部に忖度する米国情報部はタイガーの復讐の承認に消極的だ。一方でエディスが斡旋したらしい殺し屋たちもタイガーを狙い始め、そのなかにはかつてタイガーが重傷を負わせたヴィダー・チャーリスもいるらしかった。

 1964年のアメリカ作品。「タイガー・マン」シリーズの第一弾。
 タイガー・マンの頭の中には、元カノで裏切り者のエディス=ロンディーンに復讐することしかなく、松本零士の『男おいどん』あたりでの作中の手書き文字「ブチ殺す」という感じであった。
 まあ過去の経緯と状況からすれば、当人としてはアタリマエな行為という理屈はよくわかるが、フィクションの場合、こーゆー設定から始まった物語は、当初は復讐を決意した主人公が次第に情にほだされ、怒りや恨みを鈍化させていくものも多い。本書の場合はどーなるかは、読んでのお楽しみに!?
 
 諜報戦も何もネエ、本当に復讐のための駆け引きみたいな作品という感じで中盤以降も話が進み、ある意味でけっこう変わった物語という印象。
 それでもサービス精神旺盛なスピレインなので、終わりの方にはちゃんとサプライズの連打は用意してある(しかしそんな一方、やはりスピレインなので、意外な黒幕の正体は早期からミエミエだが。)
 でもね、最後の一行でキメるフィニッシング・ストローク。こんな落とし方のネタは初めてみた。なんかすごい、かつヒジョーにスピレインらしい(笑)。

 定食的な面白さ、という感じはあるが、プロットが直線的だという前提をまず一義として考えるなら、その上でいろいろとサービス要素は盛り込んではある。そういう意味で作品の全体的に、新シリーズに乗り出す作者の熱意は感じる。そこそこ~それなりに面白い。

No.2190 6点 闇に消えた男 フリーライター・新城誠の事件簿- 深木章子 2025/03/31 07:39
(ネタバレなし)
 37歳のフリーライター・新城誠は、行方不明の自分の弟が絡むらしい怪異な「消人屋敷」事件を、アマチュア探偵として解決。同時に年上の編集者・中島好美と交際を始めた。そんな新城のもとに、彼のアマチュア探偵としての噂を聞いた知人から、相談がある。それは新城の大学の先輩でもあるノンフィクション作家・稲見駿一の失踪にからむ案件だった。

『消人屋敷の殺人』の主役コンビの再登場。
 同作は、評者が久々に年間百冊以上のミステリをふたたび読み始めた2010年代半ばの時期に、当時のリアルタイムの新刊として出会った作品だったので、ちょっとある種の馴染み深さを感じたりもする。
 そーいう意味で、すこし懐かしい探偵コンビに再会するつもりで、手に取った。

 最後に明かされる大ネタは、まあそうでしょう、そうでしょう、作者が読者を驚かそうってスナオにするのなら、その手しかないよな、という感じ。
 正直、もうちょっと面白くなりそうなのに、悪い意味で地味に手堅くまとまってしまった感が強い。
 そもそも、くだんの箇所のみならず、大方の部分は大抵のヒトが分かってしまうんでないの? 欧米の某大家のアレとかアレとかも思い出す。

 一方でこの作品の真犯人は、探偵コンビの動きに、よく付き合ってくれたよな、とも思った。
 いかにも21世紀らしい、(中略)に関する技術ネタは、ちょっと面白かったが。

No.2189 6点 死は熱いのがお好き- エドガー・ボックス 2025/03/30 06:38
(ネタバレなし)
 その年の8月。「僕」こと、ニューヨーク在住の31歳の広告エージェントで以前は「グローブ」紙の記者でもあったピーター・カトラ・サージェントは、知人である金持ちの未亡人ロウズ・クレイトン・ヴィアリング夫人に招かれて、彼女の別荘「北砂丘荘」を訪れていた。別荘の周辺にはサージェントのガールフレンドである25歳の雑誌記者で離婚女性リズ・ベシマも滞在しており、彼女とのアバンチュールもお楽しみだ。だが北砂丘荘の海岸で、滞在者の一人が海の底流に呑まれて溺死。事故に思えたその死は、やがて死者が生前に不自然な量の薬物を服用していたことから、他殺? の疑惑が持ち上がって来た。

 1954年のアメリカ作品。広告エージェント、サージェントを探偵役にしたシリーズの3冊目だが、邦訳はこれしかない。

 作者の別名ゴア・ヴィダルに関しては、往年の文化人だった位しか知らないが、耳触りのいい響きも含めてそれなりに印象に残る名前である。
 洒落た邦題に興味も湧いて、ポケミスの初版は古書で大昔の少年時代に購入。その昔日に買った現物か、あるいはまたいつかなんかの弾みでもう一冊買っちゃったのか忘れたが、とにかく周囲に現物があったので、気が向いて読んでみた。
 本格とハードボイルドのハイブリッドとかなんとか、そんな主旨の謳い文句もちょっと楽しそうである。

 1950年代なりの当時っぽいセックス・お色気? 描写も楽しみどころだという意のことが巻末の解説(署名「S」というから常盤新平か?)にあるからその辺も相応に期待したが、なるほどサージェントがヒロインのリズを誘って屋外(砂浜)セックスする間接的な描写など、それなりにいやらしい。裸身に砂がついたどーのこーのだの、パンティを直すだの(これは屋内での情事だが)、たぶん当時としてはそれなりにエロかったのだとは思う。まあカーター・ブラウンとどっこいどっこいか、もう一足分踏み込んだかそーでもないか、という感じでもあるけれど。

 フーダニットミステリの結構はしっかり持っているし、事件の構造は実は、後年の某(中略)賞を受賞したアノ人気作品の先駆ともいえるものだが、思えばこのネタはもっとずっと早い1930年代にさらに先駆けがあった。忘れたころに欧米の歴代パズラー作家が思いつくネタかもしれんね。
 さらにその上で、ちょっとクリスティーの諸作(具体的にどれではない)を想起させるような<人間関係の伏在>みたいな文芸とか、いろいろと面白くなりそうなことは用意してる作品。

 一方で、登場人物も適度にキャスティングし、話の流れも悪くないんだけど、それに見合ったストーリーの起伏感が乏しいせいか(うむ、個人の感想だ・笑)、いまひとつハジけなかった面もないではない。決してツマラナイ訳はなく、悪くはないんだけど、もう一声二声欲しいなあ、という手応えである。
 そーゆー意味ではシリーズや作品世界にまだまだ伸びしろを感じるので、シリーズの未訳編が万が一にも訳されるのなら読んでみたい、とも思う。今から発掘翻訳される可能性、ないかしらね。
 この一作に限れば、まあそれなりに肯定的な意味合いでこの評点。

No.2188 6点 毛皮コートの死体-ストリッパー探偵物語- 梶龍雄 2025/03/29 22:01
(ネタバレなし)
 梶作品はこれまで長編ばかり読んできたので、短編集(連作短編集)を読むのはこれが初めてかもしれない?
 
 全6編。長編のよく出来た時のようなこってり感はほとんどなく、男女の関係性の機微を軸にした等身大の人間ドラマに、そこそこ60~65点の謎解きミステリ要素を組み合わせた感じ。
 どこかで見たような読んだようなトリックやネタもそれなりに。

 ただ主人公ヒロインのチエカの日々の推移を追ったペーソスストーリーの連作としては、なかなか読み手の感情移入を誘う面もあり、その辺も作者の狙いなら、ソコは成功。

 シリーズはあと最低でも2冊はあるみたいだけど、古書価は高いな……。
 安く出会えるのを待つか、図書館で借りて読むか。

No.2187 7点 脅迫者は過去に潜む- コリン・ウィルコックス 2025/03/28 17:40
(ネタバレなし)
「私」こと、サンフランシスコ市警の警部フランク・ヘイスティングスは、先日の事件で負傷。現在は恋人で小学校教師である40歳の離婚女性アン・ヘイウッドの家で、彼女の2人の息子とともに同居しながら静養していた。そんななか、大統領の右腕といわれるカリフォルニア州の大物政治家で66歳のドナルド・A・ライアン上院議員のもとに匿名の脅迫状が届く。ライアンは表沙汰にしていないが最近、心臓を弱らせており、その件も含めて事態は深刻そうだ。彼の側近やFBI、それにホワイトハウスのシークレットサービスたちが対処にあたり、市警からはヘイスティングスが捜査担当に任じられた。だがヘイスティングスと仲間の刑事たちは次第に、ライアンの周辺を取り巻く人間関係の綾と秘められた真実に分け入っていく。

 1982年のアメリカ作品。
 作者ウィルコックスの12番目の著作で、フランク・ヘイスティングス警部シリーズの第11弾目の長編(そのうち一本は、プロンジーニとの合作で、名無しの探偵との共演編)。
 
 1980年代には日本でも相応の安定の人気で、当時のSRの会なんかでも自分を含めて何人か常連ファンがいた好評シリーズだったが、往時からほぼ40年も経つ(おー!)と、誰も読まなくなっていた連作シリーズであった。しかし本サイトでもこれまでただの一人もまったくレビューを投稿してない、というのは極端だよな~(涙)。

 しばらく前に、そんな現在では完全に忘れられた作家&シリーズになっているのを意識して、じゃあ自分はどこまで読んでんだっけ? と再確認したが、この今回読んだ『脅迫者は~』が、例の合作編を含めて邦訳の11冊目で最後の一冊(順不同に出たけど、とりあえずそこまでは全部出た)。
 原書ではシリーズはもうしばらく続き、未訳のものが何冊かあるようだが、自分はどうやらシリーズ9冊目までは大昔にリアルタイムで読んでいたっぽい。あー、なら第10冊目から読めばよかったかな?

 つーわけで何十年ぶりかで読みだした(再会した)かつてのおなじみシリーズの読み残しの一冊だが、おなじみ宮脇孝雄の翻訳は快調(とにかく各キャラの芝居やセリフ回しの訳し分けがうまい)で、最高潮にサクサク読める。

 ストーリーが進むにつれて事件の奥行きが広がっていき、メインの筋立てと並行してヘイスティングスと恋人アンの関係上のトラブル(アン本人とも息子たちとも円満だが、アンの元旦那の精神分析医がイヤな奴で騒ぎの種をもってくる)も語られ、お話全体に適度な立体感があり、退屈しない。
 後半、話の具をやや盛り込み過ぎた感はあるが、シリーズも十冊以上も続けて事件の情報や文芸を増やして先行作品と差別化しなければならなかったのであろう事情を一顧するなら、まあ納得。トータルとしてはちょっとメグレものめいた路線にも踏み込み、なかなか面白かった。

 で、前述のとおり、日本では当時それなりの人気シリーズだった訳だがそれでも本書で邦訳は打ち切りになった訳だ。残念ではあるが、ヘイスティングスの周辺の状況に関して当人もその周囲の人物も、そしてファンの読者もほっと一息できるクロージングで本作のラストをまとめており、そーゆー意味ではこのタイミングでおしまい、というのも悪くなかったとは思う。

 87分署やマルティン・ベックものの流れだけど、もっと外連味を押さえて毎回手堅く楽しませてくれる、良質の警察小説シリーズだったとは改めて思う。最後に残った未読のシリーズ第10作目もそのうちいつか楽しむことにしよう。
 評点は0.25点ほどオマケ。

No.2186 7点 ささやかな復讐- 笹沢左保 2025/03/25 20:21
(ネタバレなし)
 光文社文庫オリジナルの一冊。

①闇からの声……………カラー小説    1969年8月
②反復……………………別冊週刊朝日   1961年7月
③死神考…………………小説エース    1968年11月
④ささやかな復讐………講談倶楽部    1962年5月
⑤偽名とダイナマイト…推理ストーリー  1961年12月
⑥娘をそこで見た………週刊現代     1964年8月20日
⑦炎の女…………………別冊サンデー毎日 1968年8月
⑧青い地上………………小説推理     1976年8月

……の8本を収録。

 解説の山前さんによると
<書籍化はされているが、この時点でまだ文庫化されていなかった、比較的レアな作品を集成した短編集(主旨)>だそうである。たぶん(&当然)、山前さんご本人のセレクトだろう。

 60年代作品が大半だが、諸編に妙な純朴さを感じる一方、各作品がバラエティ感に富み、とても楽しい一冊だった。作者の作風の広さを改めて感じる。

 以下、備忘録メモを兼ねた寸評&感想。

①……妊娠した不倫相手の部下を殺してしまった中間管理職。だが死体を無事に始末までしたはずの、殺害した相手から、連絡が!?
 まんまヒッチコック劇場路線の短編。

②反復……妻と死別し、娘の成長だけを楽しみに生きてきた平凡な小役人。だが娘の華燭の宴で……。
 個人的にはこれが一番、強烈だった。人によっては大したことないと思うかもしれないが、へー、笹沢ってこういうの書くん……いや、たしかに作者らしいかもな……と思わされた一本。

③「死神」と綽名の友人と久々に再会した主人公。その友人は奇妙な話を語る。
 事件の異様さと犯人像の不気味さ(地味な怖さ?)で、印象に残る。ラストは奇妙なほどにぞ~とした。

④旅先で知り合った美貌の人妻とその場限りの不倫を楽しもうとするジャーナリスト。彼にはある苦い記憶があった。
 割と凡庸な話。粒ぞろいの本書のなかではこの表題作が一番オチるか?

⑤偽名を使って山奥の観光地に潜伏したらしい、爆弾を持った殺人犯。容疑者の爆弾を警戒しながら慎重に包囲網を狭める捜査陣は「偽名」から当人を割り出そうとするが。
 昭和ミステリの諸作にたまに見られる地名トリヴィアネタの一編。これはこれで楽しい。

⑥公園でひそかな覗き趣味に走る中年は、そこで娘と美青年の若い同僚の情交を目撃した。
 刺激的な倒錯エロネタだが、ショート・ミステリに器用に転換するあたりはいかにも作者らしい。

⑦人妻となった昔の彼女に再会した主人公。かつて「炎の女」と呼ばれたほど情熱的だった現在の人妻は、3年前に失踪した夫の死体が見つかったというが。
 男女の劣情の機微を軸に、うまく(中略)派のミステリにまとめた話。事件の構造は先読みできるだろうが、ある種のサプライズを用意。クロージングの妙味が心に残る。

⑧プレイボーイの主人公が関わった女たち。だがそのなかの一人が変死して。
 ダイイングメッセージもの。他愛ない話で殺人の実現性もあれだが、あれこれその辺の隙をリカバリーしてある。作者の語り口の芸で楽しめた。

 以上8本、おおむね作風の振り幅もあって面白かった。この辺の笹沢の旧作だと、いい意味で期待値が低い面もあって、その辺りも踏まえて楽しめる。
 しかしレビューを書く前はトータルで7点あげたいと思っていたのだが、実際に感想をまとめてみると6点クラスかな。
 でも「反復」のなんとも言えない読後感に免じて、やっぱり所期通りの評点をあげよう(笑)。 

No.2185 8点 グレイヴディッガー- 高野和明 2025/03/25 07:17
(ネタバレなし)
 心やさしき前科5犯の小悪党で32歳の八神俊彦は脊髄ドナー登録を行ない、かなり低い確率で高い適合率を出した重病患者のもとに向かう。自分が救うことになる「大郷総合病院」の入院患者が若いのか年配なのか、あるいは男女のどちらかなのかも医療上の規約で教えられていなかった八神は、どうせなら子供の命を助けたいと願っていた。だが病院に向かう途中の八神の周囲に、怪異な殺人が発生。同時に謎の仮面の殺人鬼「グレイヴディッガー」が出没するが、事件を追う捜査陣の前で事態は意外な真実の顔を見せ始めていた。

 講談社文庫版で読了。高野作品はまったくの初読み。これはブックオフの100円棚できれいな美本の古書を、裏表紙のあらすじを読んで面白そうなので手に取った。
 主人公がやさぐれた悪党で、でも訳あり。そして根は徹底的に善人。そんな気恥ずかしくなる文芸設定にまったく物おじしていないらしいキャラクター造形に、なんか好感をもったからなのだった。

 二部構成の物語がちょうどいい具合に真ん中で章変わりするので、そこで途中でいったんストップ。二日に分けて、それぞれのパートは双方ともイッキ読みした。
 ミッシングリンク連続殺人の謎はなるほどちょっとよく考えれば解法に向かうかもしれんが、話の勢いにかまけて読み進むうちに気が付いたら意外かつナルホド! という真相を教えられていた(笑)。
 一方で謎の殺人鬼グレイヴディッガーの正体の方は特に伏線も何もないので(だよな?)、推理は不能だが、明かされた正体はなかなかのインパクト。
 連続殺人はよろしくないが<そーゆー人間>には実はどっかしらちょっと、心の傾斜も覚えてしまう評者ではあった。

 見せ場を演出しすぎて、面白いんだけど雑になってる、という印象のところはいくつかあった。でもその辺を踏まえた上で、勢いと魅力のある作品だとは思う。最高の名シーンは、中盤の外務省役人との絡みのくだり。この作者、岡本喜八の弟子筋ですって? なんかああ、なるほど、という感じである。評点は0.25点くらいオマケ。

No.2184 6点 古都の殺人- 高柳芳夫 2025/03/23 16:41
(ネタバレなし)
 とある人物が入手した、「わたし」こと八王子の小規模な病院院長で40歳の医師・戸川隆也の日記。そこにはその年の3月10日、戸川が彼の友人の大学教授・糺の宮文人と飲んだその夜、怪しい占い師から「あなたには死相が見える」と告げられたことが書かれていた。その災厄を回避するには、本業の医療活動以外で、生命に関わる人助けをしなければならない? やがて戸川は相模湖の周辺で、自殺しかけたらしい絶世の美女を救うが、彼女は記憶を失っていた。その出会いを契機に、やがて戸川の意識はある人物への殺意に向かう。

 祥伝社文庫版『古都の殺人』で読了(元版からは、特記するような改修はないようである)。

 主要人物の日記(当然、一人称視点)の掲示から物語がスタートし、途中で通常の描写に切り替わる。ブレイクの『野獣死すべし』みたい? と思ったら、すでに本サイトでnukkamさんがご指摘であった。さすがである。

 事件が一旦決着しかけるが
①残りページがそれなりにまだある
②登場人物は多め(雑魚キャラまで入れるとネームドキャラのみで50人以上?)だが、本筋にからむメインキャラはぐっと少ない
……なので、あー、こりゃまだ何かあるな、でもって何かあるならこれまでの描写の積み重ねからあのキャラが臭いな、とどうしたって気づかされてしまう。ただし作者もその辺は心得てると見えて、クライマックスは向こうなりにふいをついてきた感じ。もちろんあんまり言えないけど。
 ただし、その最後のサプライズがさほど効果的とも思えず、特に真相の開陳の部分はどうにも言い訳がましいように聞こえるのはどんなもんか。
(最後の真実の開陳が、あーいう形になるのは、いかにも作者が面倒な作劇や手続きを避けた印象だ。)

 とはいえ、小中規模のイベントが間断なく生じ、好テンポで話が転がっていく一方、あちこちに散りばめられてるっぽい伏線を拾っていきたくなる感じはなかなか楽しかった。
 そーゆー意味で、いささか強引な部分は感じたものの、それなりに謎解きミステリを読むゆかしさはあった一冊だった。
 純粋な評価だけだと佳作の下~中くらいなんだけど、評価以上に楽しめた作品ではある。

No.2183 8点 最悪のとき- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2025/03/22 06:48
(ネタバレなし)
 アメリカのどこかの港町。シンシン刑務所に5年間服役した男が、かつての古巣に戻って来た。男は33歳の元刑事スチーヴ・レトニック。彼は5年前に争いになったヤクザを故殺した罪で収監されていたが、それは濡れ衣だった。レトニック当人は、冤罪は波止場の労務者たちを仕切る裏社会の顔役ニック・アマート、その一派の仕業だと確信していた。アマート一派が現在もまた犠牲者を出していると認めたレトニックは、一市民の立場で調査を開始するが。

 1955年のアメリカ作品。別名義を含めて、マッギヴァーンの第10長編。
 この作者の完全に脂が乗り切った時期の一作で、そりゃ面白いに決まっているだろ、と予見しながら読みだしたが、実際に最大級に楽しめた。
 ちなみに今回は「現代推理小説全集」(月報付きの古書)版で読了。
 
 内容は1億パーセント(©石神千空)往年の日活アクションの、赤木圭一郎か裕次郎の主演路線の世界。
 やさぐれて失うものの少ない、半ば「無敵の男」状態の主人公が顔役側の組織をかき回していく。その流れで生じるイベントのほとんどには既視感があり(特に中盤まではそう)、正に王道ここに極まれり、という感じだが、しかしてそのほとんどの筋立てが実に面白い! 
 ある意味ではどこかで見たようなものの積み重ねだが、筆力のある作者なのでひとつひとつのシーンをグイグイ読ませるし、細部のシーンごとの印象付けもすごくいい。
 たとえば主人公レトニックが間借りしている中古アパートに帰って、大家のおかみさんから深酒をすぎした入居者の元郵便局員の世話を頼まれ、その老人の孤独な心情にそっと触れる描写なんか、正にソレだ。
 プロットにはまったく関係ない叙述だが、そこでほんのわずか語られるレトニックの挙動がどれだけ小説の厚みになっていることか。この作品には随所でそういう種類の豊かな味わいがある。

 とはいえストーリーが王道であっても、悪い意味でパターンというわけではなく、後半になって話が進むなか、ある意味で主人公さえも容赦なく<堕ちていく>加速感など非常に素晴らしい。
 それでいて最後には、きっちりとエンターテインメントとしてまとめる、見事な職人作家の筆の冴え。あー、リアルタイムでこれを読んでいた50年代のアメリカ人はまちがいなく幸福だったろうなあ、と実感する。
 いや、いま読んでも十二分に楽しめるが。

 いまのところマッギヴァーンの私的・上位ベスト3は『ビッグ・ヒート』『緊急深夜版』そしてこれ。でも実は同じくらい別腹で『金髪女は若死にする』もスキ(実は大昔に読んだ『悪徳警官』も、記憶のなかでの印象はすこぶるいいのだが、これはいずれいつかまた今の目で読み返してみたいとも思うので、評価は保留)。
 まあまだまだマッギヴァーンは評判のいい作品が未読でいくつも残っているので、いろいろ観測は変るだろう。それはたぶん間違いない。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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