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人並由真さん
平均点: 6.19点 書評数: 1330件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1330 7点 黒いハンカチ- 小沼丹 2021/10/24 16:13
(ネタバレなし)
 どこかの、海の近くの住宅地、そこの高台にある「A女学院」。その屋根裏部屋のような小さな空間で休み時間に昼寝を楽しむのが、若い女性教師ニシ・アズマの日課だった。だがそんな彼女には、アマチュア名探偵という、一般には知られざるもう一つの顔がある。そんなニシ・アズマの周囲では、またも思いがけない事件が起きて……。

 創元推理文庫版で読了。
 評者が本作の存在を初めて知ったのは、たしか「本の雑誌」誌上の、何らかの企画ものの連載エッセイのなか。おそらく1990年代のことで、まだ創元文庫での復刊が叶う前だったのは確かであった。
 女性版ブラウン神父を思わせる、というニシ・アズマの名探偵キャラクターに関してはたぶんその時点で刷り込まれていたはず。
 現実に作品の本編を通して読んでみると、なるほど毎回、何となく事件の場に介在して、かねてより周囲をつぶさに観察して得ていた情報にもとづいて推理するその名探偵ぶりは確かにブラウン神父やのちの亜愛一郎の系譜に近い。
 
 創元文庫の解説によると、もともと文化実業社の雑誌「新婦人」に「ある女教師の探偵記録」の副題で全12編が連載されたらしい。美人ではないが愛らしい顔立ちで、その魅力ある容貌を太い赤縁のロイド眼鏡で隠している(いわゆる隠れ眼鏡で、主に事件が起きた際にかけたりする)というキャラクター設定は21世紀のいま、改めて昭和の萌えヒロイン探偵としての求心力も発揮する。ちなみに20代半ばの彼女の恋愛模様に関しては、第5話「十二号」のなかでそっと語られた。

 創元文庫の巻末の解説でシンポ教授も語るとおり、全12編のなかでは殺人事件も往々に主題になるが、基調は「日常の謎」ものといえる連作集の趣もあり、評者のようなバラエティ感を楽しむタイプの読み手の側からすればその作品の振り幅の広さがまた面白かった。
 ニシ・アズマの周辺には何人かの同世代の男女(一部はレギュラー、セミレギュラー)も登場するが、その辺の描写もあわせて昭和の若者たちの遅めの青春譚を覗き込むような小説的な興趣もある。

 ミステリとして面白かったのは、謎の変死事件?の「眼鏡」、別荘地での参事を扱った「蛇」、山中のロッジでの殺人事件「十二号」、パーティでの珍事「スクェア・ダンス」、ニシ・アズマの観察が斜め上? の事態に連鎖してゆく「赤い自転車」……結構あるな。
 本作の強みは「シルク・ハット」のような、他愛ないともいえる日常の謎編までが連作シリーズのアクセントになることで。
 そういう意味では適当にサクサク、この世界に浸りながら読み進めた方が楽しめると思う。

 通読すると、さらにもう一冊くらいこのニシ・アズマ主役の連作を読みたかった気もするが、まあここでこれでまとまっている故の感興というものもあるかとも思う。

 しかしこの創元文庫版、ブックオフで購入したのだが、手にしたのが2014年2月の8版。この出版不況の中で、21世紀に発掘された旧作としては結構売れているよね? 
 自分なんかようやっと作品を楽しんだ遅めの読者で、ファンのほんの末席だけれど、全国のミステリファンのあちこちに、現在形での本作の愛読者が多くいるというのなら、なんか嬉しい。

No.1329 7点 魔物どもの聖餐- 積木鏡介 2021/10/24 05:09
(ネタバレなし)
 35歳の「野呂啓介」(仮名)は、小学校時代の友人・縄文寺久羅(じょうもんじ くら)からの手紙を受け取り、彼のマンションを訪ねる。そこには久羅当人の姿はなく、野呂宛のさらなる書置きがあった。文中には、久羅の「呪われた兄弟」縄文寺幽羅(ゆら)が、久羅の心に冷徹な復讐計画を促している旨の記述があった。精神が闇に支配された久羅は暗黒の道を突き進むのか? そしてログハウス「桔梗荘」の中では、そこに集まった男女が御伽噺を思わせる趣向のなかで、次々と命を奪われていく?

 評者は積木作品は、1年半前に『芙路魅』を読んだのみ。
 それで本作もその『芙路魅』も、数年前まであった何駅か先のブックオフの閉店セールで10円で買ってきた本ですが、今ではどっちもAmazonでは結構なプレミアがついています。なんか申し訳ない(汗)。

 閑話休題。
 まさに外連味だけを盛り付けて一冊書いちゃったようなシン・ホンカクで、どうにも頭のおかしい復讐計画? の開陳からスタート。そのまま物語の主舞台がログハウス「桔梗荘」に移動すると、そこでは作中作? とおぼしきメタ要素の濃厚そうな御伽噺仕立ての連作パズラーっぽい流れになる。青柳の「昔話ミステリ」の先駆みたいな感じだ。
 しかしその作中作ひとつひとつの解決についてはバカミスというのもはばかれるような仕上げて、ほとんどヨコジュンのハチャメチャギャグのような世界。まあ、それはそれでいいです。のちのちには、実はこれにも(中略)。

 全体の構造については、絶対に詳しくは書けない種類の作品だけど、終盤3分の1からの切り返しはある程度は読める部分もありながら、それでもなかなか。途中の作中作の面白そうな謎解きが(中略)という弱点? も生じてくるんだけど、それにもちゃんと一応のイクスキューズはつく。

 破天荒に力技で押し切った、しかしそれなりに手数は多い技巧派の新本格ミステリ。パワフルなその分、ちょっとしょーもないネタも混じってるが、遊戯文学としてのパズラーというかトリックテクニック小説として結構、愛は感じてしまった。
 まあ、なんじゃこりゃと怒る人はいるかもしれないし、そういう向きにはあえて異を唱えるつもりもないけれど。

 <いい意味で腐った新本格ミステリ>といえるかも? しれない。

No.1328 7点 呪われた村- ジョン・ウインダム 2021/10/23 15:35
(ネタバレなし)
 その年の9月26日。ロンドンから少し離れたごく平凡な小村ミドウィッチに、何か変事が起きる。近辺に愛妻ジャネットとともに1年ほど前から暮らす「私」ことリチャード・ゲイフォードは、封鎖された村の前で足止めを食うが、実は村には謎の未確認飛行物体が着陸していた。だがそのUFOはまもなく忽然と姿を消し、やがて村では人妻も未亡人も未婚女性もふくめてとにかく健康で出産能力のある女性すべて、17歳から45歳までの全員65人が妊娠しているという、異常な事態が確認された……。

 1957年の英国作品。作者ウィンダムの第四長編。

 評者は、本作の映画化『光る眼』は新旧バージョンともにまだ未見だが、眼を光らせる少年少女の映画スチールや本編カットが印象的なので、地方の村に迷い込んだ主人公がいきなり怪しいこどもたちに出会うのが物語の発端かと思っていた。

 ところが実際の原作は二部構成に分かれて「こどもたち」が誕生するまでの第一部の方が長い。
 そもそも本作の原題は「The Midwich Cuckoos(ミドウィッチ村のカッコウ)」で、<何者か>の意志による托卵が主題だとすぐわかる。

 怖いのは村の人々(特に女性たち)が、処女懐胎の同時発生をふくめてあまりにも異常な事態に遭遇しているのに対し、意外なほどしたたかに順応してゆく物語の流れ。女性を主体に村の人々の騒乱と個々の問題への対処の経緯が積み重ねられていくあたりは、ほとんどのちのキングかクーンツのSFモダンホラーの枠内での日常描写の先取りだ。
 村人(女性)たちに何が起きているかはある程度、推察できるが、この丁寧に綴られるリアリティをじっくり味わうのが第一部の醍醐味。
(オールドミスの親友コンビの片っ方だけが更年期のせいか受胎できず、懐妊した相棒を一度はうらやむものの、生まれてきた赤ん坊に対して、その出産できなかった女性もまた母性愛をそそぐあたりとか、すんごく面白い。)

 第二部は9年の時が流れて成長した「こどもたち」と村人、そして事態を遠巻きに見守っていた英国政府との関わり合いのストーリーが主軸となるが、基本的に表層の物語はミドウィッチで進行しながらも、さらに大きく広く、世界観のビジョンは拡大していく。
 そこでは「こどもたち」の主張の客観性や相対化もふくめて多様な思弁も語られていき、いずれこの世界の迎える緊張の未来図が予見されるが、もちろんここでは詳細は書かない。
 
 (中略)の侵略ものに分類されるのが定見のような作品だが、実際に読んでみると主題(やはり特に第二部で顕著)は一種のミュータントテーマの方にもあり、その意味ではウィルマー・H・シラスの『アトムの子ら』を連想したりもした。向こうの子供たちはもうちょっと(中略)だが。

 とにかく先に読んだ『海竜めざめる』同様に、日常が非日常へと瓦解してゆく際の群像劇としての小説の達者さで稼いでいる新古典SF。
 50年代クラシックSFのど真ん中の一冊だが、実に肌に合う。

 なお『海竜』同様にまたホームズネタが登場、「銀星号」のあの名セリフが引用されるのも楽しい。ウィンダムのSF観の根っこがそこに覗くようである。 

 評点は8点でも全然いいんだけど、ちょっと言葉にしにくい思いを感じて、とりあえずこの点数で。またそのうち点数をアップするかもしれない。

 最後に翻訳者が林克己だったので、かなりビックリした。今回は早川文庫の青背で読んだが、元版のハヤカワファンタジイ版の時からこの人の翻訳だったようである。いや『コーマ』の頃に翻訳デビューした、もっと後年の世代の新しめの方だとなんとなく思っていたので。
(翻訳そのものは、すごく丁寧で読みやすい。)

No.1327 7点 血の来訪者- 大藪春彦 2021/10/22 06:02
(ネタバレなし)
 昭和30年台。犯罪者・伊達邦彦は、資本金100億円の大企業「大東電機」の社長令嬢、神野知佐子を婚約者の沢田忠雄から寝取り、玉の輿の娘婿になる秘密の計画を進めていた。だがたまたま出会ったカミナリ族の二人組に知佐子が殺され、邦彦はその犯人たちを惨殺すると、そのまま恋人の死体を損壊して身元を隠蔽。彼女がまだ生きて誘拐されたように見せかけ、知佐子の父である神野洋一から3000万円の身代金を奪おうとする。警視庁は用意された3000万円の身代金に放射性物質のマーキングを施し、誘拐犯逮捕の罠を仕掛けるが、邦彦は明晰な頭脳と銃弾にものを言わせてまんまと身代金を強奪。さらにその3000万円が危険な「熱い金」であることも承知で、次の行動に移るが。

 「野獣死すべし」初期三部作(とりあえず「渡米篇」はノーカン)の掉尾を飾る大作で、第一部が長めの短編、「復讐篇」が長めの中編という一般的な認識に従えば、これが伊達邦彦ものの初の長編ということになる。

 先日、ブックオフで大藪作品の文庫版がまとめて売りに出されていたのでこれも買ってきたが、読んでいる途中のとある場面で、たぶん十代の頃に一度読んでいたのを思い出した(汗)。
 いや、お恥ずかしいが、おそらく当時は情報量の多さに半ばオーバーフローしてあまり記憶に残らなかったのだろう(笑・汗)。

 というわけで今回はしっかり読んだが、いややっぱり面白いです(笑)。
 この時期の伊達邦彦の強靭なダークヒーローぶりは、悪党パーカーやトマス・リプリーに負けじ劣らずの凄味がある。
 物語序盤で絶命したため、あっというまに利用価値の無くなった恋人の死体を身元不明にするため、冷徹に自動車で轢きまわしてボロボロにしながら、そのあまりに無残さを見て嘔吐する描写なんかなんとも言えない。さらに言うと、クールでドライなこの殺人者の心の奥底にはそれでも暗い情念がまだ宿っていることも、本作の後半でまた明らかになる。大藪作品は、こういうクレイジーな熱さこそに浸りたい。

 今回の読後にネットで情報を拾うと、本作はもともと「週刊新潮」に連載。しかし途中でワイセツ的な描写が当局から指摘されて、一度は連載中断の憂き目にあったそうだが、21世紀現在の多くのファンが語るとおり今読んでもどうってことはない。

 むしろ本作は物語の機軸を主人公の邦彦にちゃんと置きながら、実に絶妙なバランスで周辺のキャラクターたちを配する作者の手際に感じ入った。
 しかし中盤でもう一人の主人公となるか!? と思わされた悪徳私立探偵の津村の扱いがまた……。なんかね、21世紀の完成度の高い警察小説、それも群像劇の集団ものを思わせる運用で、唸らされた。
 本作の刊行当時の新世代の海外ミステリのセンスアップぶりをかなりよく吸収してあるんじゃないかって。

 しかしラストはこういうクロージングだったのだな。いやもちろんここでは詳しくは言えませんが、それでも当時リアルタイムで読んでいた読者がかなり羨ましく思えた。(いや、自分にせよ、一回は読んでいるのだから、いかに印象的なラストとはいえ、結局はそれでも、まったく忘れていたことになるが。)

 あと小林信彦がエッセイ「深夜の饗宴」の中で<松本清張がなんでもかんでもCIAの陰謀にしたがる傾向があるのを、大藪がからかっていた初期長編があって爆笑した>というのを書いていたのだが、それはコレのことだったのだな(笑)。
 本作の終盤で、邦彦の悪事のために加速度的に膨らんでいく犯罪。その状況を断片的に見聞きした作家(清張のパロディのネーミング)がアレコレ、実にもっともらしくコメントする場面があった(笑)。
 しかしこのパロディ作家のネーミング、小林信彦が語っていたものと若干、変わっているような? 
 なにせ新潮文庫は松本清張作品のメッカだからね~。あまりにアカラサマなパロディネームだとアレコレ禍根があるので、文庫に入れる時にネーミングを一見わかりにくいように変更したのかもしれない? 
 いつか機会があったら、本作の元版と比較してみよう。
(いつのことになるかはわからんが。)

No.1326 6点 死のとがめ- ニコラス・ブレイク 2021/10/21 16:02
(ネタバレなし)
 1960年代初めの英国。その年の2月。名探偵ナイジェル・ストレンジウェイズは恋人の女流彫刻家クレア・マシンガーとの同棲を始めていた。ふたりは、やや偏屈だが近所の市民から人徳のある医者として知られる老人ビアーズ・ラウドロンの一家と懇意になる。ビアーズには、それぞれ成人した二人の息子と長女、そして次男の嫁、さらにビアーズの親友の遺児だったという二十歳になったばかりの養子がいた。だがある夜、そのビアーズが失踪。やがて彼はテームズ河の周辺で、死体となって見つかる。当初は自殺の可能性も取りざたされたが、死者の左右の手首にはほぼ同じ深さの切り傷があった。これではそこから失血死したにしても、先に傷ついた方の手ではもう一方の手首を切ることはできない? ナイジェルは友人の捜査官ライト主任警部とともに、本件を殺人事件として捜査するが。

 1961年の英国作品。
 ポケミスのナイジェル・ストレンジウェイズシリーズの中では『呪われた穴』に次いで稀覯本のはずで、古書価も高めな一冊であった。それで一年ぐらい前にAmazonで少し安めなタイミングで古書を買ったら、今ではさらに少し下がっているようで、ちょっと悔しい。まあ美本が来たからいいけれど。
 ちなみにブレイクの邦訳でのクレアのハウスネームはマシンジャー表記が多いはずで、マシンガーというのが珍しい。Zかグレートかカイザーか。

 序盤で殺人事件が起きたあと、なかなか次の犯罪的な進展がないのでやや地味な感じだが、その辺は個々の登場人物(ラウドロン家の周辺)をみっちりと書き込んでいくブレイクの小説的な技法でじっくり読ませる。家族とその主要関係者の全員に程度の濃淡はともあれ殺人の動機が伏在するという王道の趣向もよろしい。

 ただしフーダニットとしては、とにかく容疑者の頭数が少ない上に、二つ目の事件ではナイジェルの視点を外れた客観描写を採用。そこで描写がフェアなことを前提にすると、さらに容疑者の枠組みが狭まってしまう。こうなると、それでもサプライズを達成する秀作になるか、それとも、なんだやっぱり犯人はこいつか、という凡作になるかのどっちかという感じだが、残念ながら本作は後者っぽい。うーん。
 ただし犯人像のキャラクターはちょっと鮮烈で、ああ、よく考えればこれはブレイク版の『(中略)』(アメリカの黄金時代の某名作)だね。
 
 読んでいる間はまあ、面白かった。ただしナイジェル・ストレンジウェイズシリーズのファンがほかの評判のよい作品をまだ読んでないのなら先にそっちから読むことをオススメします。本シリーズのファンなら読んでおいてもいいけど。
 佳作。

No.1325 7点 密航定期便- 中薗英助 2021/10/19 15:42
(ネタバレなし)
 その年の9月16日。韓国から出稼ぎに来ていたひとりの海女が、対馬沖の海底で女性の死体を見つける。だが引き揚げる前に死体は海流の関係か姿を消し、あとには死体が持っていたと思しい謎の紙片が残された。一方、国内の、そして韓国からの労働者の斡旋と身元照会を表向きの業務とする東京の組織「最上労働審理相談所」の一員・西条巻夫は、所長の最上亀行の指示で、日韓貿易を営む商社「大韓実業」のOL・安間カナ子が会社の金1500万円を携えて失踪した事件を追っていた。「相談所」の照会を経て同社に就職したカナ子は現在は大韓実業の社長の韓国人・崔徳天(チエ・トクチュン)の秘書で愛人だったが、崔にしても何らかの事情から、事態を警察沙汰にしたくないようだった。西条はまず、カナ子が大金を届けるはずだった相手、在日韓国人の広報誌「パン・コリアン・レビュー」の編集部に向かうが。

 同じ作者・中薗の先行作『密書』(1961年)や結城の『ゴメスの名はゴメス』と並んで戦後の日本スパイ小説分野の草分けのひとつとされる名作。
 評者はたしか、少年時代に中島河太郎の「推理小説の読み方」の簡単な記述で本書の存在を初めて知ったはずで、その後何十年も、心のなかにある膨大な「いつか読みたいミステリ」のうちの一冊になっていた。

 今回は半年ほど前に、近所のブックオフの100円棚でたまたま出会った集英社文庫版を購入。それで昨夜になって一読した。

 物語の主題・背景となるのは当時の韓国情勢だが、とはいえこれは、空さんが先行レビューでおっしゃっているとおり、特に1950~60年代の同件の知識がなくても一応は読める(たぶん知見がある人の方が、より楽しめるとは思うが)。
 まぎれもないスパイ小説、それも和製スパイスリラーではあるが、ストーリーの流れとしては主人公の西条が所属組織の後援を少しだけ受けながら、ほとんど一匹狼の私立探偵のように事件の真相に迫っていくので、とても読みやすい。物語はほとんど日本国内のみに終始するが、やがて韓国内でのある計画とさらに……があぶり出されていく。

 人間としてそれなりのモラルを感じさせながら、一方で随時、打算的な言動にも走る西条のキャラクターは、話の流れの上で、局面によっては彼がどう動くかなかなか読めないという側面もあり、その意味でも読み手の緊張感を刺激することになる。

 文庫版で本文270ページ弱と紙幅はそうある訳ではないが、見せ場の連続や多様な登場人物の出し入れ、裏切りと策謀の連鎖などをふくめて全編の緊張感は確かなもので、非常に腹ごたえのある作品ではある。
(ただし近年の分厚いベストセラー小説なら、西条の前身や、本作の実際の劇中ではかなりコンデンスに語られた主要キャラクターの過去などもみっちりと書き込まれ、2割くらいは全体の分量が増えそうな気もするが。)

 そして個人的には、終盤の話の広がり具合がやや胃にもたれたが、物語全体の結構を考えるならば、最後の最後に明かされる事実は、作品が築かれるためには必要なパーツだったことは、もちろん理解している。

 21世紀の現在でも、昭和の裏面史を主題にした国産スパイ小説の里程標的な名作として楽しむことは、十分に可能だろう。

No.1324 6点 黄金の蜘蛛- レックス・スタウト 2021/10/18 15:08
(ネタバレなし)
 その年の5月。「私」ことアーチー・グッドウィンは、ネロ・ウルフの事務所に変わった客を迎える。その客は近所の12歳の少年ピーター(ピート)・ドロサスで、彼は路上で信号待ち中の乗用車の窓を拭き、チップをもらうのが日課だったが、ある車中でひとりの女性が助けを求めている挙動を窓越しに見かけたという。その女の特徴は頬の傷と、純金らしい蜘蛛型のイヤリング。警察が嫌いなので有名な探偵ウルフの事務所に来たというピーターは、該当車のナンバーを伝えて帰る。だがそれから間もなくして当のピーターが車に轢かれて重傷の末に絶命。しかもその車はくだんのナンバーの車らしく、さらにその車がまた別の人物を轢き殺していたらしい情報が入ってくる。ウルフ一家は新聞に広告を出し、その謎の女との接見を図るが、やがて一人の女性が事務所に現れた。

 1953年のアメリカ作品。ネロ・ウルフシリーズの第16長編。

 メイスンシリーズを思わせる奇妙な謎の提示と、少し前に出会ったばかりの少年の轢殺という相応にショッキングな序盤から始まり、キーパーソン? の女性が登場。かなりハイテンポな展開でストーリーが進み、リーダビリティは申し分はない。同一の車による謎の轢殺という事態に対してウルフが、意志を持った殺人カーでもあるまい、という主旨のことを言いながら事件を探るのは、ちょっとキングの『クリスティーン』を思わせたりした。

 今回はファンにはおなじみのウルフの外注チームの面々が大活躍。一方でアーチーも関係者の間でけっこう際どい作戦を仕掛けて回り、かなりB級ハードボイルドミステリっぽい(あまりこういう言い方は好きじゃないが)。
 印象的だったのは妙齢のゲストヒロインは何人か登場するが、アーチーがその誰ともお近づきにならないことで。今回はシリーズのチェンジアップ的な雰囲気も狙っているのか。まあ通常編でもアーチーはモテるけど、別にプレイボーイ青年というわけでもないが。
(まったく事件に関係ない部分で『シーザーの埋葬』以来のガールフレンド、リリー・ローワンの名前が、また一瞬出てくる。)

 終盤の犯人を暴くシーンはウルフの説明にちょっと力技を感じたし、読者の推理の余地もあまりない方だと思うので、フーダニットパズラーとしての興味は薄い方だと思う(ただし事件が形成された経緯は、なかなか)。
 なんにせよ普通に面白くは読めたのは、シリーズが完全に軌道に乗ってこなれたということも大きいと思う。佳作。

No.1323 7点 Gストリング殺人事件- ジプシー・ローズ・リー 2021/10/17 15:50
(ネタバレなし)
 ニューヨークのブロードウェイでボードビル(舞台上の総合演芸)を披露する、オールド・オペラ劇場。そこでバーレスク(バラエティショー)を交えたストリップショーを披露するストリップ・ガールの「わたし」ことジプシー・ローズ・リー(旧名ローズ・ルイーズ)だが、ある夜、劇場が抜き打ちの捜査を受ける。容疑はいかがわしい演目を売り物にしているということだった。騒乱の末に劇場は再開するが、鈍った客足はなかなか戻らず、そんななかで、かねてより出演者と従業員が希望していた新設トイレユニットが、みんなの基金で用意された。だがそんな劇場で予期せぬ殺人事件が発生する。

 1941年のアメリカ作品。
 昭和25年の汎書房ソフトカバー版も大昔に購入したはずだが、評者は今回は、昭和38年2月に発売された「別冊宝石・アメリカ作家傑作集」の一挙再録の方で読了。翻訳はどちらも黒沼健なので、旧訳をそのまま(もしかしたら多少は改訂して?)再録してあると思う。厳密に完訳かどうかはわからないが、少なくとも読む限りに違和感の類はない。本サイトでの弾十六さんの別作品のレビューによると黒沼訳は言葉を端折ったり問題があるようだが、少なくとも本作を読む限り、古い翻訳としてはかなり平明。というか現代なら当たり前のカタカナ言葉にも過剰なまでに注釈を入れてくる(クリネックスとか)のがややうるさかったが、これは文句を言ってはいけない。むしろ当時の親切な翻訳と編集を評価すべき。

 なお本作は、数年前には原書房の山口雅也先生の音頭取りの叢書「奇想天外の本棚」で新訳発刊の話もあり、評者もあわよくばそっちで読もうと思っていたが、結局、同叢書そのものがあっという間にオシャカになってしまったみたいなので、先日、蔵書の中から見つかった「別冊宝石」版で読んだ。
 まだ自分の蔵書の山の中から見つかっていない汎書房版よりは、たぶん活字の書体などの面で読みやすいだろうし、前述のようにもしかしたら訳文に手が加わっている可能性もないではないので、現状では日本語で読むかぎりこれがベストの選択だと思う。

 この「別冊宝石」には、当時、別冊宝石や日本版ヒッチコック・マガジン、早川の仕事などで活躍した翻訳家・邦枝輝夫による、当時としてはたぶんかなり詳細なジプシー・ローズ・リー本人と、ミステリ「ジプシー・ローズ・リー二部作」についての解説もついている。この邦枝解説の情報は、論創からライス名義で刊行された『ママ、死体を発見す』(評者はまだ未読)の巻末解説あたりにすでに吸収されているものとも思うが、そっちは本をまだ持ってないのでありがたい。ちなみにその第二作(『ママ~』)は本作よりさらに洗練されて面白い、と邦枝はかなりホメている。

 それで本作『Gストリング殺人事件』の感想だが、冒頭で、この物語がやがて殺人事件劇に連鎖するとはジプシー・ローズ・リー(以下リー)の口から語られるのだが、とにかく殺人が起きるまでの前半の劇場周辺、関係者周辺の描写が長い。とはいえそれ自体は決して退屈ではなく、当時のボードビル(ストリップショー)興業の楽屋を覗く業界もの的な興味、適度に描き分けられてキャラづけされた登場人物たち、そしていきなり警察の手入れを受けて右往左往する主人公たちのドタバタぶりといい、読んでて飽きない。
 実際の作者がリーかライスかはもちろん遠方の島国の翻訳ミステリの一読者である評者などにはとてもおこがましくて判定できないが(リーそのものの文筆活動の実作も読んだ訳ではないし)、ただしライスの影は確かになんとなく感じる。完全に代作したといっても納得するし、ある程度の監修やアドバイスをした程度といってもうなずく、そんな感じだ。いずれにしろ、前半からは送り手が風俗ミステリの枠内で語りたい、自分たちの世界の話題を噴出させているようでそのパワフルさが心地よい。

 とはいえ中盤のある展開などは、作者が読者を楽しませようとして、やや余剰な場面を盛り込みすぎた感がしないでもない。
 が、終盤の展開には結構、驚かされた。もちろんここでは詳しくは書けないが、最終的な真相に至るまで、ある種の工夫と趣向を盛り込もうという意欲は存分に感じる。
 当時、ライスの名前を念頭に浮かべないで、素で異色作家の風俗ミステリとして読んだ人はフーダニットパズラーとしての予想外の歯ごたえにびっくりしたろうなあ。まあ最終的な仕上がりとしては(中略)という弱点もないではないのだが。

 例によって人物メモをとりながら読了したが、それでも二日に分けて読むと前半からの細かいところを結構忘れちゃいそうなところもあったので、なんとか頑張って徹夜して一晩で読み終えた。それに耐えられるくらいには最後まで面白い、というか、最後の方でさらにまたオモシロクなる。おかげで現在、一眠りして起きたところでもまだ軽く眠い。

 前述の邦枝解説によると第二作(『ママ』)はカーター・ブラウン的な面白さ、とも語られており、それを聞くとまたさらに楽しみ。せっかくちゃんと順番通り読めるのだから、そのうちそっちも手にしてみよう。

【2021年10月17日19時追記】
 本サイトの『消えた目撃者』(ガードナー)の弾十六さんのレビューをたまたま見ていたら、その追記で邦枝輝夫の正体はあの田中潤司だと御教示いただいた。なんか色々と腑に落ちる。ありがとうございます。

No.1322 8点 クレムリンの密書- ノエル・ベーン 2021/10/16 16:21
(ネタバレなし)
 1964年の後半。アメリカ海軍情報部の中佐だったチャールズ・ローンは、いきなり職務を解任され、謎のベテラン諜報員「ハイウェイマン」のもとに預けられる。ハイウェイマンのもとには、さまざまな組織から特殊技能を持つ十数名の要員が呼集されており、とある資質を見込まれたローンは、コードネーム「バージン」としてソ連に潜入する精鋭6人の中核要員に育成されてゆく。その目的とは? そしてそれに先んじてソ連の某・刑務所では58歳の囚人イリョーシカ・ボラコフが服毒自殺。これを契機に、ソ連の「第三部」こと「対合衆国諜報課」のリーダー、ウラジミール・イリッチ・ゴズノフ大佐、そしてその周辺の者たちがそれぞれの暗躍を始めていた。

 1966年のアメリカ作品。
 作者ノエル・ベーンは2020年代の現在ではほとんど忘れられた作家で、実際に本サイトにもまだひとつもレビューがないが、少なくとも処女作の本作と第二作『シャドウボクサー』の二冊で、20世紀のスパイ小説史上にはその名を刻んでいた、と認識していた。
(ちなみに本作は小林信彦などが「地獄の読書録」の中で、スパイ小説というよりはある種の伝奇小説の秀作、という主旨で、エラく褒めている。)

 といいながらも評者もようやく今になって初めてこの作家の作品として、本書を手に取った。

 ところで評者は今回、1966年に翻訳刊行の元版・ハヤカワノヴェルズ(HN)版で読んだが、これが日米同時刊行の上、原書の版元サイモン&シャスター社(ミステリファンには87分署などの版元でおなじみだったような?)の趣向にならって返金保証の封綴じ本の仕様で発売されていた(評者が購入した古書は、もちろんその封はすでに切られていたが)。
 当然、これ以前にもポケミスの『消された時間』(バリンジャー)など返金保証本はいくつかあったので、それはいいのだが、特筆すべきはこの時期のHNには珍しくジャケットカバーの裏表紙折り返し部分に<かなり詳細なあらすじ>が掲載されていること。
 周知のとおりごく初期のHNは基本的に表紙周りにあらすじを書かない方針だったと思うので(作者紹介は載せたりしていた)、本作は封を切る前にちゃんと大筋の整理を読者に確認させようという編集部の配慮がうかがえる。要はソレだけ込み入った迷宮を歩きまわるような内容だということ。特に前半が。

 とはいえ噂通りに達者な書き手で、読者の予想をはぐらかす小規模なサプライズや見せ場をつるべ打ちにしながら、次第にその流れに慣れてくるころにはなんとなく物語のベクトルが見えてくるようになっている。確かによく出来た作品。

 冷戦時の東西両陣営のスパイ戦、さらにはその世界に蠢くベテラン&フリーランス諜報工作員の非道・外道ぶりも容赦なく語られ、時には主人公のローン自身もその主体となり、読者は劇中のさまざまな行為の清濁を併せ吞むことになる。ここにあるのは倫理も非道も常に相対化される世界だが、その分、かなりショッキングな描写も登場する。

 読者の一般的な心情としては、いくばくの感情移入をした誰か特定の登場人物にまた別の劇中人物が残酷非道なことをすれば、あーこの後者のキャラは悪人として処罰されればいいのにな、と思うのが自然だ。が、本作のようなエッジの効きまくったエスピオナージの世界ではそうはいかない。読み手はそれぞれの局面のなかで、常に相対的な条理を見定めようとあがくだけだ。

 ラストの(中略)なクロジングもあまりに鮮烈。傑作・名作の名前に恥じない一冊だが、正にスパイ小説界のイヤミス的な作品でもある。でもそれって本質的に形容矛盾だよな? 
 評点は9点を取るパワーは十分にあると思うのだけれど、心の中に残る種々の摩擦感を見逃せずこの8点。もしかしたらエスピオナージ好きのミステリファンにとって一種の試金石的な作品かもしれない。

No.1321 9点 海軍士官候補生- セシル・スコット・フォレスター 2021/10/15 15:28
(ネタバレなし)
 1794年。フランス革命の勃発を経て、欧州には戦乱の渦が広がりつつあった時代。17歳の士官候補生として英国海軍に入ったホレイショ・ホーンブロワーは、当初、旧型艦「ジャスティニアン号」に配属されるが、そこで同船の古参水兵と悶着を起こした。だがその事件を機に彼は、かねてより乗船を渇望していたフリゲート艦「インデファティガブル号」に転属する。同じ船に配属された3人の年齢もバラバラな同格の士官候補生とともに、あまたの任務や予想外の窮地を潜り抜けるホーンブロワーの新たな海軍生活が開始された。

 1950年の英国作品。
 日本にも多くのファンがいる「海の男」ホレイショ・ホーンブロワーの一代記を語る連作の、作中の時系列ではもっとも初期にあたる青春譚。ただし執筆そのものはシリーズが1938年から開始されているので、過去編として書かれたいわゆる「イヤー・ワンもの」である。平井和正の『若き狼の肖像』や笠井潔の『熾天使の夏』みたいなものだ。

 このシリーズの定本となっている早川NV文庫版では、読者の目線を考えて、その作中の時系列順に本シリーズの各作品を刊行するという配慮をしている。従って当然、これが第一巻ということになる。

 少年時代に購入しながらなんとなく敷居が高いと思って(というのも、当時の海軍や航海技術の専門用語が煩雑ではと恐れたためだが)何十年も放っておいた一冊だが、いざ読みだしてみるとあまりの面白さに一晩で一気読みであった(笑)。海軍、航海用語はそれなりに頻繁だが、ストーリーと小説的な興趣を味わう上で、ほとんど気にならない。

 驚いたのは、本書が長編ストーリーかとなんとなく予期していたが、実際には全10編の戦記やホーンブロワーの周辺のエピソード、種々の事件などをまとめた連作短編集だったこと。しかもその内容のバラエティの豊かさに、いい意味で愕然とした。
 物語は17歳で最初の船ジャスティニアン号に乗船するところから始まるが、若年ながら階級は上位の軍人として古参の水兵との距離感を配慮するあたりとか、非常にわかりやすい。
 そして以降のエピソードの内容は前述のとおり、大きな任務を任されての二転三転の苦労譚もあれば、奇襲作戦のなかでの非情な決断を強いられる戦局、亡命フランス貴族の反フランス革命派軍を支援して戦うもののギロチンの残酷さにげぇっとなる話、さらには少尉への昇級試験のなかでの事件など、本当に幅広い。
 評者は本シリーズを初めて読んで単品としてそのストーリーテリングぶりに唸らされたが、リアルタイムで本書に接したファンからすれば、これは大変に幸福な一冊だったであろうことは想像に難くない。
 特に最後の一編「公爵夫人と悪魔」は十分に一冊の長編になりそうな内容が凝縮された短めの中編で、その話の広がり具合、そしてホーンブロワーのあまりのカッコ良さにぶっとんだ。
 まあ訳者の高橋泰邦も、本書はシリーズのなかでも出来がいい方という主旨のことを書いているので、実際にその通りなのであろう。

 このシリーズ、もっと早く読めば良かったかな。いや、丸谷才一の言葉じゃないが、まだこれから未読の秀作・傑作との出会いが期待できる人生というのは、いつになってもいいものだから。

No.1320 7点 やとわれた男- ドナルド・E・ウェストレイク 2021/10/14 16:27
(ネタバレなし)
 1950年代後半のニューヨーク。裏の世界の大物エド・ガノレーゼの片腕とも言われる「私」こと30歳のジョージ・クレイトン(「クレイ」)は、恋人エラ・シンダーズとの同衾中、深夜に訪問客を迎える。相手はエドの末端の部下で、麻薬の売人兼中毒者のビリイ=ビリイ・キャンテルだった。ビリイ=ビリイはいつものように麻薬でトリップしていたが、気が付くとそばに女の死体があったという。ビリイ=ビリイが逮捕されるとエドの組織に種々の不都合があると考えたクレイは彼を警察から庇うが、やがて殺害された娘がエドが懇意にする政界の黒幕の老人アーネスト・テッセルマンの若い情人メイヴィス・セントポールだと判明した。普段は組織の監視役そして荒事師として行動しているクレイはエドから、事件全体の穏便なコントロールをはかるため、警察より先に真犯人を探すように指示を受けた。

 1960年のアメリカ作品。ウェストレイクの処女長編で、同年度のMWA処女長編賞候補作。

 HM文庫版で読了したが、ハイテンポの筋立ての上にべらぼうに会話が多い文体(アフレコ台本なみとはいかないまでも、それに近い)で、リーダビリティは最強。300ページ強の文庫を4時間足らずでいっき読みできた。

 主人公クレイはかつて23歳のときに朝鮮戦争から復員してから大学に入った当時としては珍しい経緯の秀才、しかしあくまで平凡な若者だった。だがある事件が縁で、暗黒街の大物だった当時50代初めのエドの気まぐれから、大きな恩を受ける。それを契機に彼はエドに信奉し、組織のために働く「やとわれた男」になった。だが現在の恋人のダンサーのエラはあくまで堅気の娘であり、彼氏クレイの素性はうすうす気づいてはいるが、できれば足を洗ってもらいたいと願っている。
 真人間の恋人への愛と大物ギャングへの恩義の間で葛藤する青年主人公の図はまんま東西のヤクザ・ギャング・任侠映画の世界だが、そこにフーダニットの興味を上乗せ。
 機動力と人脈を活かしながら、獲得した情報をもとにさらに芋づる式に事件を追っていくクレイ。そしてそんな彼の脇で、さらに事件そのものも新たな展開を見せてゆく。

 ニューヨークの乾いた質感はそれほど描きこまれてはいないが、ストーリーの動きに沿った臨場感は豊富。場面が展開するごとのロケーションもおおむねは丁寧に語られる。当然ながら、登場人物の貧富の差異の叙述やそれに見合った日常感なども十全。
 前述のとおり小説の文体としては会話が多すぎてやや軽い感覚はあるが、それでも処女作ながらのちに大成してゆく作家の貫録めいたものは随所に実感させる仕上がりだ。
(あと、物語の後半で某登場人物の見せる芝居が、すごくいい味を出していることも印象に残った。)
 
 最終的なフーダニットの謎解きとしては、けっこう細かい伏線に頼るところがやや強引で、なんかあまり出来がよくないときの仁木悦子作品みたいな気配を感じたりもした。とはいえ一応は読者の意識にも残りうるような手掛かりは出されているので、やはりこれはそういう端正さをホメるべきかも。
 それで本作は、物語の終着的なベクトルはあまり書かない方がいいタイプの内容だが、最後にもろもろのストーリー上の要素を呑み込んで、何ともいえない余韻があるラストに着地する。終盤の独特の重みこそ、本作の真価といえる。

 なおHM文庫版の訳者(『キリイ』などのウェストレイク作品も担当の丸本聡明)あとがきは、ポケミス版の再録ではなく、文庫用に新規に書き下ろしで、自分の翻訳家生活とウェストレイク作品の関わりを語るなかなか読み応えのあるものだが、本作のラストをネタバレしてしまっているので注意。あと「悪党パーカー」シリーズを「クライム・コメディ」よばわりはないよね。明らかにドートマンダーものと混同しているだろ(苦笑)。

 評点はかなり8点に近い、この点数ということで。
(まあ8点でもいいんだけど、けっこう迷った作品ではある。)

No.1319 6点 三人の中の一人- S=A・ステーマン 2021/10/13 05:46
(ネタバレなし)
 ベルギーのリエージュ地方にあるロベエルヴァルの城館。嵐が迫る夜、そこにサン・ファールと名乗る黒衣の男が訪れる。彼は城主ユーゴ・スリムが招いた賓客だった。城館には使用人を別にして、40歳前後のユーゴの若き美貌の新妻エレーヌ、ユーゴの可憐な19歳の姪フェルナンド、そしてユーゴの友人である外科医ネッペルが居住していたが、その嵐のなかで予期せぬ密室? 殺人が起きた。地元の野心家の予審判事ジルベェル・シャストは、なぜか捜査に積極的に首を突っ込むサン・ファールとともに事件を調べるが、やがて現場の状況は、あまりにも特異な殺人者の肖像を浮かび上がらせてくる……。

 1932年のフランス(ベルギー)作品。

 長年(何十年)寝かしていた蔵書を、弾みをつけて引っ張り出して読む。
 バカミスっぽい、いやバカミスそのもの、とは噂に聞いていたが、前半の殺人が起きるあたりは、割とまとも。
 しかし途中から、一応はマトモっぽいが、ちょっとよく考えると「おい、ちょっと待て」と言いたくなるような道筋での推理のロジックが進行し、ほーら始まった……という気分になってくる(笑)。

 そして中盤(全30章のうちの第×章)あたりにくると、さらにあまりにもトンデモなものを読まされるハメになり、アングリと口を開けた。詳しくはここではとても書けない(汗)。

 しかし最後には、意外に切れ味よくマトめた。やはり細部には強引な部分というか犯行の現実性で無理筋も感じないでもないが、遊戯文学としてのパズラーなら許される範囲。いくつかの着想は、なるほど評価に値する。

 ただしこれ、内容的に21世紀の今、復刻は難しいかもな。でもまあ国産ミステリのアレやアレとかも復刊されてるんだから、できないこともないか?
 稀覯本の古書を5ケタ出して買う必要は絶対にないけれど、懐に余裕があったらそこそこのお値段(あなたの納得できる価格)で購読されてもいいかも?

No.1318 6点 東へ走れ男と女- 笹沢左保 2021/10/12 04:32
(ネタバレなし)
 昭和40年代の初め。旅行会社「東西ガイド」の観光案内係で30歳の大和田順は、妻の洋子に不倫相手と心中され、さらに部下の横領の引責を命じられてクサっていた。そんな時、一人の中年女が大和田を60歳過ぎの富豪・結城仙太郎のもとに招待する。結城老人は10年前に4人の犯罪者仲間と、ユダヤ系の貿易商から総額30億円のダイヤモンドを強奪し、その後現在までほとぼりが冷めるのを待っていた。だが結城老人は現在、心臓を病んでおり、本来なら息子を代理人として近日中の予定の分配の場に行かせるつもりだったが、その息子が数年前に死んだため、よく似た顔の大和田に息子のふりをして分け前を受け取りに行ってほしいという。大和田は、その直後に出会った若い娘・曾我部毬江ともに、結城の犯罪者仲間またはその関係者と合流。一同はダイヤを秘匿してある場所に向かい、分配を図るが、道中で次から次へと命が失われていく。

 改題された角川文庫版『残り香の女』の方で読了。

 時代設定が古いのに違和感を覚えつつも、読んでいる間は80年代の比較的近作だと思っていた。だってなんか、赤川次郎のハチャメチャ設定の諸作が隆盛の時代に、その辺を仮想敵にして一本仕立てた、<とにかく読者を食いつかせればいい>タイプの作品かと思ったんだもの。
 で、読了後に巻末の郷原宏の解説を読んで、さらにAmazonで元版の刊行年を確認して、やはり古い初期作品(1966年)だったかと、それはそれで腑に落ちた。

 ちなみに主要登場人物のひとり、結城仙太郎じいさんの設定が「丸仙商会」というキャラクターものの玩具やプラモで儲けた玩具問屋の大物実業家。会社のモデルは怪獣ソフビやプラモで世代人には有名な「マルサン(マルザン)商店」だな。評者のような怪獣ファンにはユカイであった。

 ミステリとしてはあまりにも強引な展開を、力技でとにかく読ませるが、途中で出没する「残り香の女」の正体ほかいくつかのネタが見え見えで、まあ出来そのものはあんまりヨロシクはない。
 細部にしても、そんなにうまくいかないだろ、とか、アレコレと、こういう事態は生じないのか? などの疑問がいくつも湧く。
 それでも一応は最後まで読ませてしまうあたりは……うん、やっぱり後年の(80年代の)赤川次郎の諸作のうちの、出来の良い方みたいな感じ(笑・汗)。

 ただまあ、もともとは「東へ走れ男と女」のタイトルで(※註)恒文社発行の週刊誌「F6セブン」(はじめて聞く名前だが、当時「平凡パンチ」のライバル誌的な男性週刊誌だったらしい)に連載されたらしいので、イベントが矢継ぎ早に起きる展開はそれなりに人気を博したものとは思われる。
 B級とC級の中間の昭和エンターテインメントミステリで、ちょっとフランスミステリっぽい味付けというところ。
 ラストは劇画チックではあるが、ちょっとだけ余韻のあるクロージングで悪くはなかった。まあ笹沢ファンなら、作者の芸域の広がりも確認する意味も込めて、そこそこ楽しめる、かも。

【註】
 角川文庫の巻末の解説では郷原宏は、連載当時のタイトルは「走れ東へ男と女」だったと書いてあるが、2021年10月12日時点でたまたまヤフオクにくだんの週刊誌「F6セブン」の本作連載開始号が出品されており、そこで表紙と目次を見ると元版の書籍と同じタイトル「東へ走れ男と女」で掲載されて(連載開始して)いる。郷原の単純な勘違いか? まさか途中で題名が変わったか?

No.1317 6点 まろうどエマノン- 梶尾真治 2021/10/11 04:12
(ネタバレなし)
 21世紀の初め。「私」こと廣瀬直樹は、「ぼく」がまだ10歳だった1969年の夏休みのことを振り返る。父と二人暮らしだった直樹は、その父が仕事で渡航するため、ひと月だけ、九州で一人暮らししている曾祖母に預けられることになった。そこで直樹は、不老伝説の比丘尼のごとき女性エマノンに出会い、そして忘れられない体験をすることになる。

 「エマノン」シリーズの第4作目で、前作『かりそめエマノン』に続く2本目の長編。
(短めの長編というか、長めの中編というか、で、現在は「かりそめ」「まろうど」を合わせた合本が「まろうどエマノン」の書名で定本として刊行されている。)
 本サイトでは当初の元版の仕様にもとづいて、両長編を別個に登録させていただく。

 本シリーズは第一冊目『おもいでエマノン』を、元版の刊行から少し経ったタイミングで読み、当時かなりの感銘を受けた記憶がある。
 現在でも、個人的に<20世紀の日本SFの中から何か連作短編集をひとつ選べ>と言われたらこの『おもいで』と田中光二の『異星の人』のどちらかで迷い、たぶん何日かけても結論は出ないだろう。

 とかなんとかいいながら、いつのまにかシリーズの方は、スーダラなこちらなんかとは無関係に、ウン十年の間にそれなりに巻数を重ねており、コミカライズの人気までも定着していた。
 要するに、例によって、受け手の評者だけがいい加減なだけだ。

 そんなわけで気が付いたらウン十年ぶりに読む「エマノン」だが、前述のとおりに短めの長編(ほぼ中編)作品で、手にした徳間デュアル文庫版でおよそ180ページ。一時間半前後で、あっという間に読めてしまった。
 しかし内容の方は期待どおりに、いい感じに切なくそして厳しく、けれども人恋しさと郷愁を誘われる中身で、たぶん自分はこういうもの「も」エマノンシリーズに求めていたのだと思う。
 主人公の少年・直樹が1969年に九州で体験した事件の内容はもちろんここでは書かないが、個人的にはスティーヴン・キングの某長編のあのキャラクターの設定を想起させるものであった。よし、ネタバレにはなってないな。

 もちろん連作短編集『おもいで』では収録エピソードが多彩な分、そこで語られた文芸の振り幅も実に裾野が広く、そんな広がりもまた魅力であったことを思えば、今回は長めの話とはいえ結局は一編のストーリーなので、いささかモノトーン的な興趣が物足りないという贅沢感を覚えないでもない。
 それでもまあ、和製フイニィみたいな物語世界をビルディングスロマンの方向のジュブナイルに包み込んだ安定感は、十二分に読み手の心を潤してくれる。
 
 読めば絶対にいい、面白いんだよな、このシリーズ。
 だからこそ、いい、楽しめると保証されすぎているからこそ、それほど積極的に追っかける気にもならない、わがままな気分も生じてしまうのがちょっと困ったところであって。

No.1316 4点 疑問の三- 橋本五郎 2021/10/10 06:29
(ネタバレなし)
 昭和の初め。その年の10月30日と11月1日。さらには11月3日。大阪の湊町公園の周辺で、ほぼ連日、殺害された男女の死体が一人ずつ発見される。死体はみな身元不明で、しかも全員が手に明治44年製の一銭銅貨を握りしめていた。三人目の被害者の死体を発見したのは、新聞配達の青年コンビ、上月三郎とその友人の田南。そして後者の田南は、かねてより新聞販売店で優れた推理力のアマチュア名探偵として知られていた。警察の捜査によって被害者の身元が判明し、事件は東京にも及んでいく。そんななかで田南は独自の活動を進めるが。

 昭和7~8年に新潮社からリリースされた、戦前では有数の書き下ろし新作叢書「新作探偵小説全集」の第五巻として刊行された長編。ほとんど幻の作品ということは知っており、当然そうそう読む手段もないが、「幻影城」の1977年11~12月号には前後編で完全再録されている。ということで、少し前からそれで読もうと思っていながら蔵書が見つからなかったが、ようやく昨日、どっかにいっていた11月号の方を発見。前後編が揃ったので、とびついてイソイソと読んだ。

 ただまあ、出来は……まあ……うん。

 およそ連日、ほぼ全く同じ場所で連続殺人が起きる(あるいはそこに死体が出現する)という設定、手中の硬貨の意味、などの謎の提示は確かに魅力的だが、一方で前者は警察の現場保存や事件後の巡回などを考えれば無理がありすぎるし、後者もどうせ悪い意味で(中略)なネタだよね? と大方の察しがつく。
 なにより作者のノープランさが明白な作りで、せっかくの一応は面白そうな趣向を掘り下げる気が皆無で、話を良くない意味で捜査小説の方向に広げていき、規定の原稿枚数を消化している感じ。
 当然のごとく出来たものはおそろしくとっちらかった内容で、作者的には、この作品のどこをセールスポイントにしようと思ったの? と真顔で訊いてみたい仕上がりであった。

 実際、再録した「幻影城」も、ほかの長編再録の際にはおおかた「この作品が日本ミステリ史でどういうポジションにあるのか」「現代の読者にとって、改めてどういう価値を持つのか」の解説を設けているのに、この作品に関しては誰もホメる言葉も再紹介の文句も用意できなかったのか、ものの見事にノーコメントなんだよね。お里が知れるってモンです。

 でまあ、犯人の設定に関しては、途中で一応はフェアに伏線を張ってあるので、それでそのまま推察がつく。あと最後のもうひとつのサプライズも「うんうん、デスヨネー」と見え見えであった。
 
 Twitterなんかを覗くと21世紀の現在でも何らかの形で復刊を望む声もちらほらあるんだけれど、正直、出しても120%売れないだろ、コレ。
 というか50字くらいの字数で、新刊の文庫の帯にこの作品のセールスポイントを書けと言われたら、実際のところ、アタマを抱えるよ。
 まあ「日本ミステリ史に残る叢書『新作探偵小説全集』の幻の一冊が甦る!」とか、そーゆー<ウソでない惹句>なら書いてもいいか。

 評者が「幻影城」本誌の誌上復刻長編企画の枠内で読んだのは『鉛の小函』『小笛事件』『臨海荘事件』に続いてこれが4本目だと思うけれど、残念ながらツーランク下回って段違いにツマらなかった。
 名前だけは響いていた作品だから、それなりには楽しめるだろうと期待値が一定以上だったのも悪かったのかもしれない。

 いや、それは読み方が悪いのだ、俺がしっかり読んで楽しんでやる、という勇気あるお方、ぜひとも挑戦してみてください。止めはしませんので(汗)。

No.1315 7点 北京暗殺団をつぶせ- アダム・ホール 2021/10/09 07:35
(ネタバレなし)
 本国の英国情報部に向けてソウルで諜報活動を続けていたベテラン諜報員シンクレアが、母国に帰還した際に何者かに暗殺された。シンクレアと任務の上で懇意だった歴戦の諜報員「クィラー」は、北京とソウルで暗躍するアジア系暗殺集団の実態を探るべく、先日亡くなった中国首相の弔問のため北京に向かう英国外務大臣の随伴メンバーにまぎれて、現地に潜入した。だがその葬儀の場でまたも惨劇が勃発。急変する事態のなか、休む間もなくクィラーに謎の黄色人の刺客が襲い来る。融通のきかない英国情報部の本部にいら立ちながら、事件の真相に接近するクィラーだが。

 1981年の英国作品。
 「アタマ・スパイ」クィラーシリーズの第10弾。

 評者はこのシリーズはつまみぐいで読んでおり、はっきり完読した記憶があるのは『タンゴ』『不死鳥』に次いで、これで3冊目。
(あと、数年前に第8作目『ミグ戦闘機突入せよ』を読みかけていたが、途中で本がどこかに行ってしまった。あともう少し、何冊か読んでいたような……?)

 ところで作者アダム・ホールの情報をwebでGoogle検索すると、別名義「エルストン・トレヴァー」のWikipediaにたぶん誘導される。そこでこのホール名義のクィラーシリーズについても簡単に説明してあるが、そこには
「クィラーはジェームズ・ボンドとジョン・ル・カレの冴えないが狡猾なスパイたちの中間にいる。(中略)シリーズはとても様式化されていて、スパイの駆け引きとプロの交渉の緊張感ある描写、章と章の間のびっくりするようなジャンプ・カット、時に自己憐憫的な深い内面のモノローグが特徴である。」と記述。
 ……いや、かなり的確な解説で、特に「章と章の間の『びっくりするような』ジャンプ・カット」という物言いが秀逸。
 要は前の章で割とスムーズにその場面がまとまったら、次の章の出だしでいきなり大きく場面が転換し、映画でいうならスムーズにカットが繋がらない! という演出効果がアタリマエなのが、このシリーズである。
 おかげで登場人物メモをまとめる作業もけっこう煩わしいが、その分、物語のパーツの配置が見えてきてアタマの中で整理がつくと、独特のカタルシスを獲得。このシリーズの楽しみ方は、おおむねこういった感じだ。

 なんというか、たとえるなら、細密な表面で面積の大きいモザイク美術に向かって、絶えず接写距離からカメラを近づけ続け、しかしてこちらのペースとは別の呼吸で、そのカメラの位置をあちこちに移動されるような感覚……クィラーシリーズの妙味ってのは、そんな感興に近い。

 とはいえ今回なんか、まだわかりやすくエンターテインメントしている方で、アジア各地での右往左往、英国情報部からの指示系列のなかでの煩雑さ、かなり多彩なゲストキャラクターたちの出たり入ったり……と、ネタも豊富。どぶ川に落ちたクィラーが敵の追撃を必死のかわすあたりの克明な描写も、粘着このうえないしつこさだが、それはそれでまた小説としての読み応えではある。

 それで後半、敵陣に乗り込むあたりからは、いきなり物語の加速感が増す感じだが、ここであるゲスト人物とのやり取りを介して、あれ、クィラーってこんなキャラクターだったの? といささか驚かされた。もうちょっと、冷酷じゃないけれど、初期からの悪党パーカーにも負けないドライな性格だと思っていたが。あらためて、これもシリーズ進展の妙味というヤツか。
 そういう意味ではシリーズの順を追って読めば良かった……って、実は途中歯抜けで、何冊か翻訳されてないんだよ。マイケル・シェーンシリーズとかと同じだね。
 それでもまあ、クライマックス~ラストの展開は、あ、そっちの方向に行くの?! という驚きも含めて、最後まで楽しめた。余韻を思いきり(中略)したクロージングも、これはこれである種のスタイリズムという感じでよい。
 今回はたまたま本が手に入ったから久々にそのまま読んじゃったという感じだが、期待通りにフツーに楽しめた。またそのうち、このある種の歯ごたえというかシンドさが恋しくなったら、また何か読むでしょう。

No.1314 6点 電話の声- ジョン・ロード 2021/10/07 15:32
(ネタバレなし)
 その年の1月の英国。ある夜、地方のミンチングトン市で、代理販売業者ウィリアム・リッジウェルの妻ジュリアが、夫の留守中に自宅で何者かに惨殺される。事件の前の晩、リッジウェルの行きつけの地元の会合所「駅馬車ホテル」に「R・M・デイムハフ」なる未知の人物から、その場にいないリッジウェル宛に電話がかかっていた。電話の内容は、少し離れた町で翌晩仕事の相談をしたいので、リッジウェルに来てほしいというものだった。電話に出たホテルの主人トム・グロソップを介して、デイムハフからのメッセージを受け取ったリッジウェルは出かけていくが、実際には指示された場所も人物も実在せず、その夫の不在中にジュリアは殺されたようだった。謎の人物「デイムハフ」とは何者か? 彼が犯人か? いや、あるいは夫のリッジウェルが巧妙な偽装工作をしながら妻を殺したのか? スコットランドヤードのジェームズ(ジミイ)・ワグホーン警視は、名探偵プリーストリ博士の後見を受けながら捜査を続けるが。

 1948年の英国作品。
 nukkamさんのレビューを先に拝見して、ワグホーン警視の方がメイン探偵ということは聞き及んでいたが、まんまその通りであった。ワグホーンの仕事ぶりは、クロフツのフレンチ警部の定番の捜査、あれに一番近い。
 それでまあ確かに間違いなく、地味な謎解き捜査ミステリなんだけど、個人的には結構楽しめた。途中で30分ほど仮眠を取ったが、一晩で読破することができた程度には面白い。
 何より、ワグホーンやワトスン役の地元警察の捜査主任ケンワース、さらにはロンドン在住のプリーストリ博士とその仲間たち全員がもっぱら捜査のことにしか目を向けず、とにかく話がブレるスキがない。
 評者が読んだロードの作品って別名義のものを含めてこれで6冊目だけど、この作者は一時期からそういう硬派? なところがあって、そこがまた独特の味わいで楽しめる。
 
 ただし謎解きミステリとしては割と最後の方で初めてある情報が明かされ、そこで、ああ、この人物が犯人だなと察しがついて正解であった。作者的にもたぶん、ややチョンボは自覚した作りではあろう。しかしこの犯人のキャラクター、いろいろ思うところはあった。

 個人的にはロードらしい面白さは満喫できた佳作。まあ若い頃だったら、絶対に面白くは思わなかったであろう種類の作品だが(あくまで個人の見解ですが)。

No.1313 5点 新学期だ、麻薬(ヤク)を捨てろ- 夏文彦 2021/10/06 07:09
(ネタバレなし)
 1970年代後半のある年の春。都立N高校に在籍し、新学期から3年生になる「メイ」こと水島明は、アパートを経営する未亡人の母・明子、15歳年上で雑誌ライターの兄・一郎とともに平凡な日々を送っていた。そんな年の3月26日、明は一郎から頼まれてテレビ局に赴き、26歳の美人女優・北村真穂へのメッセンジャー役を務めた。詳しいことは知らない。だがその日から明の周囲では、自宅が荒らされたり、恋人の「ケイ」こと坂口恵子が何者かに誘拐されたり、さらには爆弾による殺傷事件が起きるなど、予想もしない事件が続発する。いったい何が起きているのか?

 作者の夏文彦は1944年生まれ。多くの職業を体験したのち、広範なジャンルの文筆業に変転。黒木和雄監督の映画『竜馬暗殺』の製作にも参加している人物。

 本作のことは少年時代から珍妙なタイトルとして意識していたが、特に読む機会もないまま経年。しかし最近になってネットなどで<大昔に気になった小説タイトル>という趣旨の話題の場で俎上に挙げられている。そこで、そういえばそんな作品あったなあ、改めてどんなんだったんだろ? と興味が湧いて古書をネット注文して読んでみた。

 大筋の主題から言えば、事件の概要が見えないホワットダニット(といいながら、もこのインパクトのある題名から、麻薬がらみの事件で犯罪だろうとの見当はつく)。その大枠のなかに次々と生じる不穏な事態の連続がサスペンスを高めていく……はずの作りではあるのだが、描写が散発的なためか、あるいはキャラクター描写が弱いためかあんまり盛り上がらない。

 というか男子高校生主人公の視点で、しかも複数のヒロインにそれなりにドラマ上のウェイトがある話のはずなのに、せめて主要ヒロインの2人は中盤くらいまでにもっと魅力的にキャラを立てておいてほしかった。その流れで本当は甘々のハズのラブラブ模様も最後までイマイチである。

 後半になってちょっとしたサプライズが浮かび上がってきて、この部分はなかなか面白くなりかけた。
 が、最終的にはそこも、いい狙いをしながら、打球が高めで長打のファールに終わった感じ。なんかもったいない。
 残念ながら、全体的にこなれも悪く、たのしみどころも定まらない出来。作中のリアルでいうなら結構な事件が次々と起きているのに、司法警察の活動がほとんど書かれないのも変だった(一部の主要人物が逮捕される展開などはあったが)。
 
 良かったのは作者が妙にミステリマニアらしく、主人公・明の学友になかなか当時の時代風にそれっぽいミステリ狂らしい友人が登場したり、さらにはまた別の登場人物もそっちの趣味があり、植草の「雨降りだからミステリでも勉強しよう」をボロボロになるまで読み返してる、というキャラ設定がされていたりしたこと。
 肝心のストーリーとミステリギミックはいろいろアレなのだが、それでもこういうお遊びをのほほんとジュブナイル作品のなかでやっているマイペースぶりがなんか微笑ましい。評点はその辺も加味して。

No.1312 8点 すげ替えられた首- ウィリアム・ベイヤー 2021/10/05 15:52
(ネタバレなし)
 その年の8月。マンハッタンの東と西で、女性教師アマンダ(マンディ)・アイアランドとコールガールのブレンダ・サッチャー・ビアードが相次いで殺害され、そしてその両人の首が切断されたのちに整然と挿げ替えられているという猟奇的な事件が起きる。NY市警のデール・ハート刑事部長は、50代初めのベテラン刑事フランク・ジャネック警部補に捜査を委任。ジャネックは、初動捜査のミスで相応の混乱が生じていた事件の渦中に飛び込んでいく。だがその一方で、ジャネックは、先日、自殺した彼の恩師格の老刑事アル・ディモーナの葬儀の場で知り合った美人カメラマン、キャロライン・ウォーレスと関係を深めていった。そしてそのキャロラインとの関係は、ジャネックをもうひとつの大きな事件のなかに導いてゆく。

 1984年のアメリカ作品。
 フランク・ジャネック警部補シリーズの第二弾。

 日本でも刊行当時に相応の話題を呼んでいたのはうっすら覚えているが、あらためて調べてみると1986年の「週刊文春」年末ミステリベスト10で海外部門の6位であった。ちょっとした評価と反響だとは思うが、本サイトにこれまでまったくレビューもなかったのは、なんだろう。

 文庫本で本文およそ490ページ。かなりの大冊で、その分みっちりと子細に猟奇的な連続殺人事件を追うジャネックとその部下や仲間たちの捜査が語られる。

 なお本作の読後にAmazonのレビューで、たまたまこの作者ベイヤーの別の著作につけられたコメントを目にすると、シナリオライター出身の作家らしく筆が軽いといった主旨の評があったが、少なくとも前作『キラーバード』とこれに関してはそんなことはない。
 殺された若い被害者ふたりのそれぞれの人となりを探って事件の糸口を見つけようとするジャネックが、娼婦のキャロラインに素直な親近感を抱き、一方で聖職者アマンダの心情に当初の嫌悪感を経てようやく接点を見だすくだりなどとても印象深い。ここらへんなどは、細かい情報を描写の緩急をつけながら語れる小説の叙述ならではこその感慨だろう。
 
 メインストリームの殺人事件のかたわらで、もうひとつのサイドストーリーがどのようなパーツを築いてゆくかは、ここではもちろん書かないが、そちらもまた大変な読み応え。瞬間的にはメインとサブの主従が逆転しかけるようなきわどいバランス感まで読者に抱かせながら、独特の形質で双方の物語が接点を求め合ってゆく。本作のキモは間違いなくここ。

 なお前作『キラーバード、急襲』ではあくまで副主人公的な立場だったジャネックだが、今回は完全にど真ん中の主役ポジションを獲得。現場での職務第一主義のベテラン刑事にして、同時に法の正義をぎりぎりまで現実世界の枠のなかで信じたい矜持を備えた人物として改めて語られている。そんな彼が恋人となったキャロラインとの関係、さらにそこから派生するドラマ、そして彼自身がかねてより抱えていた心の痛みに苦悩し、そして克己してゆく図も非常に読ませる。

 ミステリとしては謎解き要素やサプライズがさほどなく、堅実な捜査の果てに光明が見えてくるあたりはもうちょっと何か欲しかったところがないでもないが、小説としての読みごたえは、終盤に明かされる犯人像の相応の鮮烈さもふくめてかなりのもの。
 さすがに一晩では読了できず(途中で目が疲れて痛くなった)二日かかったが、結構な満腹感ではあった。秀作の評価をするには問題ない。
 webで確認するとジャネックシリーズは全部で4作と意外に少なく、しかし一方で全作がちゃんと翻訳されているようなので、おいおいまた読んでみよう。

【余談】
 ふた昔前の1997年に、扶桑社から出たミステリガイドブック「現代ミステリ・スタンダード」。当時の現在形の翻訳ミステリ界の作家たちをかなり幅広い裾野で網羅した良書だと思う。が、あらためて同書のベイヤーの項目を読むと、池上冬樹が執筆を担当。そこでジャネックはこの『すげ替えられた首』から登場と、とんでもないポカを書いてある。ちゃんと処女作でMWA長編本賞受賞の『キラーバード』からメインで活躍しているっていうの。
 旧聞ながら、池上レベルの研究家や評論家でもこういう杜撰なことをするのかと軽く暗澹たる気分になった。商業原稿の執筆の上で、膨大な刊行数の翻訳ミステリを完全に精読することは不可能だろうが、せめて担当する作家の主要作ぐらいは、商業記事を書く際には図書館から借りてきてリファレンスするだけでもしてほしかった(それだけでもレギュラー探偵の初登場がどの作品かは確認できる)。
 御当人からすれば、ナニヲイマサラ……かもしれないが、あえてここで苦言。

No.1311 7点 密告者- 高木彬光 2021/10/03 15:50
(ネタバレなし)
 昭和39年。元・やり手の証券マンでその後、起業するが失敗した20代末の瀬川繁夫は、昔の彼女の山口和美に再会。良い勤め口として、30代半ばの男・酒井幹雄が社長の商事会社「新和商会」を紹介された。それと前後して、瀬川にはかつての恋人・室崎栄子の妹・俊子が接近してくる。いまの栄子は、瀬川の親友で中堅企業「七洋化学」の若手常務となった荻野省一の妻であった。だがその荻野が実はサディストで栄子をSMプレイで苦しめているので、姉に会ってほしいと俊子は言う。栄子のことを気にしながらも荻野に借金のある瀬川は、二の足を踏んだ。しかしそこで酒井が、実は産業スパイという秘めた顔を現した。酒井は瀬川にこの機会を利用して荻野家にあらためて接触し、七洋化学の企業秘密を探るように指示する。

 1965年5月10日にカッパ・ノベルスから書き下ろし刊行された、青年検事・霧島三郎シリーズの第二弾。前作でいろいろあった霧島三郎は、現在も東京地検の所属ながら、部署が変わっている。

 1961~62年頃から作者・高木彬光は、戦後の昭和30年の著名な殺人事件「丸正事件」から派生した<弁護士・正木ひろしの名誉棄損事件>の特選弁護人を担当。足掛け4年におよぶ同件の審理のかたわらで、さすがに多作の作者もやや執筆活動が少なくなった(それでも相応の作品を世に出しているが)。そんな事情も踏まえて、本作は高木が4年越しの正木弁護士の案件を終えて久々に本腰を入れて放つ作品、といった主旨のメッセージがカッパ・ノベルス版の巻末に書かれている。(評者は今回、そのカッパ・ノベルス版で読了。)

 作品の前半はあらすじの通り、当時のムーブメントだった「産業スパイもの」「人妻よろめきもの」の興味を前面に展開。達者な語り口とある種の業界もの、昭和風俗などの興味で、かなり読ませる。
 だが中盤でいきなり某・メインキャラクターが殺害されて、サスペンス要素も込めたフーダニットの謎解きパズラーに転調する。
 こういうある種の二部構成は、昭和のミステリ作家たちや1940~50年台代の欧米の当時の新世代パズラー作家を思わせるが、けっこう鮮烈な効果を上げている。

 ただしミステリとしては割と早めに仕掛けが見えてしまう面もあり、さらに途中で気になったいくつかの箇所もスルーされたまま終わった。
 これでは凡作とまではいかないにせよ、普通なら相応に評価は下がるところだが、一方で最後の方で、欧米の某大家がよく使いそうなネタが導入され、それなりに失点を回復。
 前半の当時の読み物ミステリっぽい面白さも踏まえて、佳作~秀作くらいには見てもいいだろう。いずれにしても一晩じっくり楽しめた。
 たぶんこれが独身時代の最後であろう霧島三郎の描写も、等身大の青年名探偵キャラクターの素描として、なかなか味がある。
 評価は0.25点くらいおまけ。

 次のシリーズ第三作はそれなりに評判がいいようなので、たのしみ。 

人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.19点   採点数: 1330件
採点の多い作家(TOP10)
笹沢左保(13)
生島治郎(12)
フレドリック・ブラウン(12)
カーター・ブラウン(11)
F・W・クロフツ(10)
アガサ・クリスティー(9)
ジョルジュ・シムノン(8)
草野唯雄(8)
アンドリュウ・ガーヴ(8)
佐野洋(7)