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[ ハードボイルド ]
薔薇の眠り
三浦浩 出版月: 1980年12月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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角川書店
1980年12月

No.1 7点 人並由真 2025/10/27 16:53
(ネタバレなし)
 1964年7月。「U新聞」週刊紙版の30代の編集者で遊軍記者・大庭透は「移動特派員」としてフランスの客船にてサイゴンへの洋行に就いた。大庭は船上で、K商事の貿易部に所属する20代半ばの若者・萩原太郎と親しくなるが、彼の飲酒ぶりは異常だ。しかも萩原は深酔いで人事不省になりかけるなか、拐帯していた血塗れのナイフを見せ、自分は日本で人を殺していたかもしれない、と口にした。大庭は萩原当人から事情を訊き、同時に新聞記者の立場を利用して母国で該当のものらしい事件が起きていたかなど調査を進めるが。

 最初に作者・三浦浩とその処女長編(1969年)である本作のことを知ったのは、たしか1977年頃のSRマンスリーの誌上。
 当時8年ぶりの復活作品である『さらば静かなる時』『優しい滞在』の二冊が一部で話題になり(直木賞候補にもなったらしい)、マンスリーにたしか後者の書評が掲載、その中でレビュアーの人が日本のハードボイルド史に残る隠れた名作、的に本作『薔薇の眠り』を賛辞していたように思う。当時はまったく未知の作家で作品だったので、へえ、と思いながらとりあえず『優しい滞在』は購読した記憶はあるが、現物は読んだような読まなかったような、曖昧である。
 
 実際、2020年代現在、本サイトでも私=評者が登録するまで影も形もなかったマイナーな作家でもちろんレビューなどひとつもないが、もともとは小松左京と同じ京都大学の作家集団の同門であり、本業の記者として産経新聞に入ってからは記者時代の司馬遼太郎を上司としている。そして本作『薔薇の眠り』の裏表紙にはその司馬の、帯と巻末の解説には小松の、それぞれ推薦の文言や小松の自説ハードボイルド論を踏まえた上での本作の価値と作者への期待が語られている。そう書いていくとかなり凄そうな作家であり、作品である。

 それで今年になって何となく本作『薔薇の眠り』のことを思い出し、ネットで検索していたらその辺の司馬やら小松やらの情報に引っかかり、改めてこれは一度読んでおかなければならない、と思ったのがほぼ半年前。帯付きで美本の元版が、ネットの古書販売でそれほど高くないプレミア価格で出ていたので、購入してみる。
 なお現状、元版の1969年の三一書房版は、amazonの登録にはない。
 で、昨夜、読み切った。

 会話文が多く読みやすい一方、抑制が効いた文体(三人称で、ほぼ大庭の一視点)は一時期の結城昌治や三好徹あたりを思わせるが、たしかに独特の格調は感じる(ただし三一書房版には妙な編集ミスがあり、後半の地の文で一か所、主人公の大庭の名前がいきなり森田になるのには驚いて閉口した。何なんだ)。

 物語の前半は大庭と萩原の、どこかマーロウとテリー・レノックスを連想させる関係性を軸に進むが、実際に関西の経済界の大物とその娘の美人姉妹がメインヒロインとして出て来るあたりで、ああ、本作は作者の三浦版『長いお別れ』だなと分かる。
(もちろん、ネタバレ嫌いの評者がここでこう書くのだから、あくまで文芸設定に本家の存在が覗くだけで、中盤からの展開も最終的なミステリの結構もまったく別な仕上がりだが。)
 
 実際に酒飲みの萩原は無自覚に殺人をしていたのか? が前半の興味だが、話が淀みそうになる寸前で次の展開が生じる作劇が続き、このスタッカートなリズム感はよい。昭和の文化状況そのほかを活用したトリックは騒ぐような創意ではないが、本作の質感にはよく合致しており、そのなかでの説得力もある。
 終盤の展開は、評者が悪い意味でそうなってほしくない、と思っていた決着には至らず、別の着地点を探る。作者がどのくらいの確度で選択した事件の真相かは知らないが、ミステリとしても一応以上の意外性はあって相応に面白い。

 作品が具えるある種の品格は地味ともとれるため、群雄割拠の秀作・優秀作が群れ為す21世紀の現在に改めて掘り起こす価値があるかと問われると、やや微妙だが、日本の広義のハードボイルドミステリ(サスペンス作品的な趣もそれなりに)の成熟の歩みに興味がある昭和ミステリファンなら、一回くらいは読んでおいても損はないと思うよ。
 評点は0.3点くらいオマケ。


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三浦浩
1987年08月
復活なきパレード
平均:6.00 / 書評数:1
1980年12月
薔薇の眠り
平均:7.00 / 書評数:1