皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ 社会派 ] 汚染海域 |
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西村京太郎 | 出版月: 1977年03月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
![]() 廣済堂出版 1977年03月 |
![]() 徳間書店 1982年06月 |
![]() 廣済堂出版 1995年11月 |
![]() 徳間書店 1997年03月 |
![]() 徳間書店 2007年05月 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | 2025/10/02 08:24 |
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(ネタバレなし)
昭和40年代の半ば(多分)。都内の若手の民事弁護士・中原正弘は、「新太陽化学」の西伊豆工場で働く17歳の少女・梅津ユカから、手紙で依頼の相談を受ける。それは土地と職場の劣悪な環境に際して公害病の認定をはかってほしいというものだった。別件で動いていた中原は少女の依頼をいったん据え置くが、間もなくユカの自殺の報道が新聞の紙面に載る。少女の死に責任を感じた中原は、秘書の高島京子、そして大学時代の友人で「東都新聞」社会部記者の日下部を伴って現地に乗り込んだ。だが彼らがそこで見たのは、新太陽化学の親会社で地元にコンビナートを作る大企業から恩恵を受けるため、あえて現実の凄惨な公害問題に目をつぶる漁民と地元住民たちの姿だった。やがて学界の名士を集めた調査団と、地元の有志による調査団、二つの集団が現地の環境汚染の調査にかかる。そんななか、混迷する事態はとある殺人事件に繋がっていった。 西村京太郎の初期作、第11長編で公害テーマの社会派ミステリ。元版は1971年9月の毎日新聞社版で、この二カ月後に本サイトでも大人気の名作『殺しの双曲線』が刊行されている。 評者は数か月前に、出先のブックオフの110円棚で徳間文庫版(旧版)を発見。それまで未知の作品だったが、元版の刊行時期と作品の主題を認め、たぶんこれは結構面白いだろ、と期待を込める。結果、予感はさほど裏切られることなく、ほぼイッキ読み。 主人公の正義漢・中原弁護士を含めて、登場人物の大半は話の流れに沿って配置された駒的な面はある。 だけれどそんななかでも何人かのキャラクターは、小説の厚みを形成していく人間味の陰影が書き込まれている(なかでも特に印象に残るのは、公害反対の青年活動家である高校教師・吉川と、その恩師の大学教授・冬木の娘である美女・亜矢子のふたり)。中原が良くも悪くもスタンダードな主人公な分、重要なサブキャラポジションの面々が、なかなか味のある芝居を見せている。 ちなみにこの作品、こういう設定なので、巨悪が牛耳る悪の町に乗り込む「スモールタウンもの」的な趣もあるが、主人公に外圧をかけようとする暴力団や悪徳警察の類は一切出てこない。なんかその辺は、却って新鮮であった。 かたやミステリ的にはさほど奥行きのない話で、物的証拠? のあたりももうちょっと説明がほしいが、その辺はとにもかくにも最低限、商業作品としてミステリのフォーマットを守った感じ。この作品で作者が書きたかったのは、確実に社会派テーマの方なんだろうし。 で、ラスト数ページの切り返し。この鮮やかさにシビレる(ミステリ的な興趣としてではないのだが)。そして最後の数行で吉川が口にする、作者の(というかこの作品の中での)人間観に溜息がでる。 先駆の同テーマのミステリ、水上勉『海の牙』と比べても、あの6~7割増しぐらいに面白い。8点はつけられないけど、読んでる間に何回か、その評点でもいいか? と、一瞬だけ思ったりもした。 半世紀ちょっと前の昭和の旧作。その事実は色んな意味でくれぐれも噛み締めながら、楽しみましょう。 |