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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
勇者の代償
ジャック・ヒギンズ 出版月: 1992年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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東京創元社
1992年01月

No.1 7点 人並由真 2025/10/20 04:04
(ネタバレなし)
 「わたし」ことエリス・ジャクソンは英国人だが、軍人でなさぬ仲の祖父との軋轢を経て、まだ少年といえる頃から米軍の空挺部隊に入隊。ベトナム戦争に従軍するが、現地で中国軍の捕虜となった。エリスは、第二次大戦最後の英雄と言われた黒人の兵士「ブラック・マックス」こと米軍の准将ジェイムズ・マックスウェル・セント・クレアとともに処刑寸前の収容所を脱走した。なんとか故郷の英国に帰国したエリスだが、ベトナム戦争後半の時期の帰還兵に対する世間の目は冷ややかだ。心が疲れ切ったエリスは戦場の記憶の悪夢にうなされながら、知り合った離婚女性でグラフィック・デザイナーのシーラ・ウォードを相手にほぼ孤独な日々を送っていた。そんな彼はある日、ロンドンから50マイル離れた地方ファウルネスの地で、そこにいるはずがないベトコンの兵士に襲われる!?

 1971年の英国作品。原書ではハリー・パタースン名義で刊行された一冊。

 <ベトナム戦争の帰還兵の英国人が、ロンドンでベトコンに襲われる!?>という、いかにもぶっとんだ趣向をひとえに文庫の帯や表紙裏でプッシュしてくるので、こりゃよほど初期の習作時代の一冊か、あるいは枯れてきた創作晩期の作品か? と勝手に予断した。そうしたら1971年と割と脂が乗り始めた時期の作品で、この事実に軽く驚かされる。
 
 で、その辺の興味も踏まえて読んでみたが、いやいやいや……前半の回想シーンでコンデンスに書かれた捕虜収容所時代の逸話を経て、物語の流れがリアルタイムに戻り、あとは巻き込まれ型サスペンススリラー~主人公のほぼ孤軍の反撃の物語……と、意外に手応えがある。
 いや、お話そのものはシンプルで、読みごたえはそこそこなんだけどね(このレビューでは意識的に「手応え」と「読みごたえ」という、双方の感触の言葉を使い分けている……つもり)。

 何がいいって、状況の変遷するなか、次第にテンションが上がっていく、主人公エリスの怒りの本気度がとても良い。……似た感じで言うなら、よく出来たという意味でリミッターが外れた際の大藪春彦か西村寿行だ。
(ただし創元の編集部が刊行当時、この作品のキャッチ―な売りにしたかったのであろう<ロンドン周辺に出没するベトコンという怪異>自体は、実は本編では大して重視された描写でもないし、特に重要な作劇上のギミックでもない。)

 作品全体としてはB級の枠内かもしれないが、作者の筆に勢いがついて描写が局所的にパワフルになり、いつのまにか作品がワンランク上がってしまった。 
 こういうことって、自分が出会う冒険小説、アクションスリラーなどの作品群のなかでタマにあることなんだけど(例えば同じヒギンズなら、ポール。シャバスシリーズものの一編『謀略海域』などがソレ)、今回は正にそこにドンピシャ。
 追い込まれ、踏み躙られたなか、ついに最後の攻勢に転じる主人公エリスの描写が実にステキ。さらにその怒りの熱度を浮き彫りにするため、最後の最後で某サブキャラを(中略)する作者の思い切った手際にもシビれる。

 うん、これは個人的には期待値ほとんどゼロのなかで出会えた、意外に拾い物の秀作だった。
 まあ、このレビューを目にして、そんなにスゴイの? じゃあ読んでみるか、から始まって、なんだ思っていたより……のパターンになる人もいないとも限らんけど、そこはまあT・P・Oと言うことで(笑)。

 ちなみに本作の邦訳刊行って1992年と、原書が1971年とすれば、相応に遅め。
 90年代の初頭の日本での海外冒険小説ファンの世相といえば、ヒギンズ神話なんかとうに崩壊し、このヒトはダメな時はそれなり(以下)にダメ、という悪い意味での定評も確立。
 さらに当時の新世代の作家たちの台頭もあり、ヒギンズへの一般の期待値もかなり下がってた時代だと思う。
 でもまあ、そんななかで発掘された、当時の時点でやや古めの作品のなかには、意外にイケるものもあった!? とゆーことなのです。


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