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[ サスペンス ]
復讐者の帰還
英国ではハリー・パターソン名義
ジャック・ヒギンズ 出版月: 1991年08月 平均: 5.00点 書評数: 1件

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二見書房
1991年08月

No.1 5点 人並由真 2019/11/23 05:44
(ネタバレなし)
 1952年6月。朝鮮戦争の戦場で、中国軍の捕虜になった6人の英国軍人。英国側の作戦の情報はその捕虜の中の何者かの口から漏れ、結果、英国軍は200人前後の戦死者を出す大打撃を被った。それから7年。戦場で重傷を負い、6年間も記憶を失っていた復員兵の青年マーティン・シェインは、ようやく過去の戦歴を思い出す。彼は敵軍に銃殺された戦友の家族に会い、そして仲間を売った裏切者を暴くため、かつて自分といっしょに捕虜になっていた元兵士の4人が集うバーナムの街に赴くが。

 1962年の英国作品。原書では、ヒギンズ初期からの別名義ハリー・パタースンで書かれた一冊。そしてこれが現在まで日本に翻訳されたヒギンズの著作(別名義のものを含めて)では、最も初期に書かれた作品のはずである。
 ちなみに2019年11月の現在まで、翻訳されたヒギンズ作品は概算して全部で50冊強。そのうち評者が読んでるのはまだ10~15冊程度(汗)だから大きな事は言えないが、冒険小説作家の著作なら初期の方が熱気があるだろうという全くのムセキニンな思い込みで、ヒギンズのこの作品を手に取ってみた。
(ちなみに自分の今回以前のヒギンズ作品との付き合いは、一年くらい前に『神の最後の土地』を再読。やっぱりこれは結構スキな作品だ、と再確認したのが最後だった。)

 でまあ、本作『復讐者の帰還』の印象だが「……ああ、まだホントーに若い頃の作品だなあ……」という感じ(笑)。
 頭部を負傷した主人公シェインはまだ治療が万全ではなく、本格的な手術をさらにもう一度しっかり行わないと命が危険という状況。彼はそんな逆境を押してバーナムに赴き、裏切者の捜査に当たる。
 記憶が戻った以上、矢も楯もたまらない思いなのだろうから、その強引な行動自体には文句はないのだが、しかしこちら(主人公)の都合でいきなり6~7年目に乗り込んで行った目的地に、容疑者の4人がそのまま全員、ちゃんと雁首揃えて待っている、という状況がまず嘘くさい。この辺はもうちょっと、ドラマとしても納得できる、自然な段取りを踏むべきじゃないかと。
 行き当たりばったりに容疑者に疑いをぶつけていく主人公のやり方も、他にまあどうしようもないのだから仕方がないが、ノープランすぎるため、地元の気の良いヒロインを懐かせて協力させるという安易な作劇になってしまう。その辺の展開もなんとも安っぽい。
(ところで主人公が町中を逃亡して聖職者のもとに駆け込み、それまでのいきさつを語り出すプロローグから本編開始、というのは、ボガートの主演映画『大いなる別れ』のパクリだよね?)

 一方でヒギンズ作品にしては、前半はあまり活劇要素がなく、旧悪の調査とその先の復讐という目的に向かって主人公がとりあえず動き回るだけ。この辺は、なんかヒギンズ作品というよりもウールリッチの二級作品みたいなムードで意外に悪くない。
 そういえば1962年ならまだウールリッチは完全に健在で現役で、アメリカと英国で同じ時代の空気を吸ってたんだよなと奇妙な感慨に襲われた。
(だって日本の読者視点でいえば、70年前後を堺にこの二人の作家は世代交代している印象があるよね? 実際にはそんなこともなかったのだったが。)
 
 物語の後半もイベントが矢継ぎ早に起きて読み手を飽きさせないのはまあ良いが、一方で話を転がすため主人公の方から見え見えのピンチのフラグを立てていくなど、ストーリーテリングが素人っぽい。そのため、やっぱり習作時代の一本だなあという印象が改めて強まってしまった。
(それでも、良くも悪くも王道ハードボイルド小説っぽいメインプロットが次第に浮上してくるのは、ちょっと興味深いんだけどね。)
 あと、ラストはいい話っぽくまとめようとしたけれど、大事な文芸を忘れてるんじゃないの? という不満を感じた。ハッピーエンドで胸をなで下ろすには陰で泣いた某キャラが報われなさ過ぎて、読者としては不憫の極みである。

 んー、まだまだヒギンズ、この時点では原石だな~という感触(いや、それ未満かも)。
 単発ものなら『勇者たちの島』『地獄島の要塞』、シリーズものなら『謀殺海域』。そのほかもろもろの秀作・傑作への道は、ここからかなり遠いんだよねという印象であった。

【追記】
 書き忘れていた、もうひとつ印象的な文芸ポイントがあった。シェインは前述のとおり記憶を失っていたので、もしかしたら裏切者は自分自身だったのではないか、とも考える。実際に容疑者のひとりから、お前こそ情報を与えたのではないか? ともやり返されるのだが、シェインは万が一そういう最悪の事態が判明した場合は、自分で自分を裁く覚悟も決めている。この辺の「たとえ厳しい現実だとしても明らかになる真実こそがすべて」的な考えは、結構まっとうなハードボイルド精神で悪くなかったのだった。


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