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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
鋼の虎
ジャック・ヒギンズ 出版月: 1985年12月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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徳間書店
1985年12月

No.1 8点 人並由真 2023/07/10 15:36
(ネタバレなし)
 1960年代の半ば。インドと友好関係を結ぶチベットの小国バルブール。そこはわずかな地元民族が生活する貧しく荒涼とした山岳地帯だが、人々は日々を必死に生きていた。元英国海軍航空隊の中佐で、今は個人営業の民間パイロットであるジャック・ドラモントは、個人営業の民間パイロット業を営む。危険な山岳地帯を器用にこまめに飛ぶ彼はそれなりに稼いで、地元の人々と親交も結んでいたが、あるとき、地元の太守(実質的な国王兼僧侶)の息子で8歳の少年カリームが眼を負傷。英国の専門医に施術させるため、クェーカー教徒のアメリカ人女性で看護婦の資格を持つジャネット・テイトが来訪する。ジャネットと親しくなるドラモントだが、一方、バルブールとそれまでは微妙な関係を結んでいた、近辺の中共軍がいきなり侵攻を開始した。理由は中国国内の政情が不安なため「近隣の不穏な小国を粛清した」という実績を強引にでっち上げ、人民の目をそらそうという中国政府の意向によるものだ。中共軍は同時に太守を暗殺し、息子カリームの後見を名目にバルブールを実質的に支配しようとするが、ドラモントとジャネット、そして多くの民間人を含むバルブールの仲間たちはカリーム少年を連れ、険しい山路を超えてインドへ脱出を図る。

 1966年の英国作品。
 62年からマーティン・ファロン名義で著作を出していたヒギンズだが、そのヒギンズ名義でのたぶん第三長編。(ネットや印刷媒体の書誌リストは情報がバラバラで、正直よくわかりにくい。)
 
 文庫版で本文240ページと紙幅的には薄めの一冊だが、あらら……内容は意外に濃い。たぶんこれまで読んだヒギンズ作品のなかでは、最も早くA級作品の風格と密度を感じさせるものである。特に山場となる後半のエクソダス編の書き込みが若々しく、そして描写に過不足がない。細部につっこめば甘い部分が皆無ではないが、同じ英国冒険小説の先輩イネスの諸作や、ほぼ同時代のマクリーンの一部の作品(『北極戦線』あたりとか)に通じる、過酷な自然と闘い、追撃してくる敵を振り切りながらの逃避行が実に読ませる。キャラクターの配置も、犠牲的精神の勇者、お荷物キャラ、裏切者と良くも悪くも駒を揃えた印象ではあるが、良い感じでそれぞれの役割を消化。短めの物語に良好なバランス感を授け、一冊読み終えた満腹感を読者に与える。
 脂が乗り始める時期のヒギンズの、いわゆる、スイッチが入った一作であろう。

 評価は0.25点くらいオマケして、この高めの評点。

 ただしまあこれは、まだ習作期の作品だろうとさほど期待しないで読んだ評者が良い方向に裏切られた感があるからこの評点なので、もしかしたらこのレビュー(感想)を読んで、結構、面白いらしい? と当初から期待を込めて読んだら、減点法評価が炸裂しちゃうかもしれん(汗)。
 まあこれから読む人は、良い意味でフラットな気分で手に取ってくださいな。
 読書におけるT・P・Oほどコワイものはない、とは、大昔にミステリマガジンで誰かが言っていた名文句である。

 末筆ながら、評者は本作を、しばらく前にどっかの古書店で買った帯のない古書で読んだが、Amazonの書影を見ると当時の新刊の帯に「あのヒギンズの処女作」という主旨の惹句があったようである。……いや本書そのものの巻末の訳者あとがきで、(少なくとも本書以前に)『獅子の怒り』と『闇の航路』(ともに64年作品。どっちも原書もヒギンズ名義だったはず)があると記述。なんだろね、このジャロロ案件。


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