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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] 虎の潜む嶺 ポール・シャヴァス/英国ではマーティン・ファロン名義 |
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ジャック・ヒギンズ | 出版月: 2000年12月 | 平均: 5.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 2000年12月 |
No.1 | 5点 | tider-tiger | 2020/08/15 00:53 |
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~英国情報部の局員ポール・シャヴァスは中共の植民地と化したチベットからダライ・ラマを救出した腕利きだった。それから三年が経ち、再びチベットへの潜入を命じられる。中共に軟禁されながらもチベット人のために医療に従事しているホフナー博士を救出すること。実は博士は米ソの宇宙開発競争に決定的な変革をもたらすであろう天才数学者であった。~
いろいろとややこしい作品。まず初出は1963年イギリス。ジャック・ヒギンズではなくマーティン・ファロン(『死にゆく者への祈り』の主人公と同じ名前)の名義で出版されている。ただし、1996年に改稿のうえ第一章と十九章が加えられて新たに刊行されており、改稿版の名義はもしかするとヒギンズになっているかもしれない。日本ではその改稿版が1998年に翻訳出版された。 全部で六作ある英国情報部局員ポール・シャヴァスものの第二作目だが、一作目は翻訳されていない。さらに邦訳されている三冊は出版社もバラバラのようで、どうにも薄幸なシリーズである。 ついでに言わせてもらうと、クリスティやマクベインなど作品の内容によって変名を使用する作家はけっこう多いが、ヒギンズに関してはなぜ名義を変えているのかよくわからない。 さらっと読めて退屈はしない。ただ、そこそこ面白いで止まってしまう。おおむね予想の範囲内で話が進み、すごみがない。敢えて挙げれば拷問シーンはよかったかな。 原題は『Year of the Tiger』ダライ・ラマがインドへ亡命したのが1959年、本作はその三年後に起きた事件であるから1962年、すなわち壬寅年。だからなんだという話である。邦題の『虎の潜む嶺』であるが、こちらは意味ありげだが、実は原題から虎(寅)だけ引っ張ってきて適当につけたとしか思えない。内容とは乖離している。 タイトルの座りの悪さがそのまま本作の通底音になってしまっているかのよう。 加筆されて入れ子構造になっているも、それって必要だったのか? せっかくキャラを立てたのにそのキャラを使いこなせず。 チベットはただの舞台で深掘りはせず、チベット人があまり出てこない。チベットの精神文化、宗教を持つものと持たないものの違いなど考察して欲しかったところ。宗教を持たない人間の恐ろしさを説く作品はあまり多くないので。 ホフナー博士の数学的発見が物語とうまく絡んでいないし、中共が博士の価値をまるで理解していないので、そこから生まれる緊迫感がない。 各部品はそこそこよくできているが、それら部品がカチリと嵌まらないもどかしさのある作品。平均よりほんの少し上くらいか。 文庫版の故生賴範義氏の表紙絵がかっこいい。氏はヒギンズ作品の表紙絵をいくつも手掛けていたが、同じく虎のつく作品として『虎よ、虎よ』の表紙も担当していた。 |