皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ サスペンス ] カードの館 |
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スタンリイ・エリン | 出版月: 1969年01月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1969年01月 |
早川書房 1969年10月 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | 2016/10/21 05:27 |
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(ネタバレなし)
先にイタリアで2年間過ごし、パリでは6年目の生活を送る「わたし」ことアメリカ人のレノ・ディヴィス。彼は少し前までプロの拳闘家だったが、マネージャーかつ兄貴分の親友「本屋のルイ」の助言~体を壊す前に引退すべき~に従ってリングを去った。以前から創作に関心のあったレノは作家として身を立てようと志しながら当座の暮らしのためディスコで用心棒まがいの仕事に励むが、ある夜、面倒な目に遭いかける美貌の女性アン・ド・ヴィルモンの窮地を救う。そんなレノに、アンの義兄の実業家クロード・ド・ゴンドが接触。クロードは、アンが自分を凛々しく冷静な態度で救ったレノを気に入った、そこでアンの9歳の息子で自宅にひきこもるポールの家庭教師になってもらいたいと願う。クロードは高額の報酬を提示し、さらにレノがもの書き志望と知ると、パリの出版界の才腕編集者シャルル・レシュノーへの紹介まで匂わせた。こうして住み込みでポールの教育役となり、少年との心の絆を築いていくレノだが、彼はそこで初めてこの邸宅が、フランスの大戦時の英雄セバスチアン・ド・ヴィルモン将軍の実家と認める。だがパリでの高名を鳴らすこの一家には、ある大きな秘密があった…。 1967年に書かれたエリンの第6長編。筆者はエリンの短編の諸作はもちろん長編も総じて大好きだが、本書もたっぷり楽しませてもらった。 総ページ400以上という、当時のポケミスとしては上位の大冊。その紙幅の中を主人公レノ、アンとポールの母子、館に同居するアンの亡き夫の姉妹それぞれの夫婦、邸宅で働く使用人たち、そして別居するアンの義母マダム・セシーラ、さらにはレノ自身の周囲の友人や知人たち、雑多な登場人物が動き回るが、エリンの達者な筆遣い、さらに深町真理子の流麗な翻訳で、物語に淀みなどは生じようもない。きわめて高いリーダビリティで物語が進んでいく。 ミステリとしては一体何が起きているのか、あるいはこの場にどんな秘密が潜むのかの<ホワットダニットの謎>でまず読者をぐいぐい引っ張り、その実態が中盤~後半に露呈してからはサスペンスフルな冒険小説風の展開に移行する。 同時に舞台もパリを離れ、ヴェニス、ローマへと変遷。そんな後半の筋立ての中でさらにある大きな意外性を語るプロットも、サービス精神豊かでよい。 (ちなみに「カードの館」とは、作中で老婦人マダム・セシーラやほかの人物が愛好する占い用のタローカードになぞらえてレノが呼称した、物語の舞台となる、虚飾にまみれた大邸宅のこと。) なお深町真理子の訳者あとがき(単に「あとがき」と標記してあるから、最初これは原書にあったエリンの述懐の翻訳かと思った。その意味でこの記事の標記はあまりよろしくない)によると、当時のアンソニー・バウチャーは母国での書評で、この作品はプロットに比べて冗長だという主旨であまり良い評価を与えなかったようだ。深町も半ばその意見に同意している。 しかしその辺は筆者の感慨とまったく異なり、この作品、この長さに十分に見合う面白さと読み応え! だと思う。その理由は 1:主人公レノの視点が冷徹で、なかなか周囲の人物に全幅の信頼を置かない、そのため長めの物語であっても、常に一定の緊張感があること 2:小説の章が、話の流れによって短いものは短めに、長いときは長めにフレキシブルであり、その配慮または工夫が読み手に長さの負担を感じさせないこと 3:始終、筋立てに何らかの動きや驚きがあり、長い物語にあっても読み手をまったく退屈させないこと …などなどで、特に3は(この作品の初出がどのような形態で世に出たかはしらないが)人気の高い、よく出来た日本の新聞連載小説みたいな感じさえある。 いや最後がやや駆け足なのはいかにもエリンの長編っぽくて、そこはご愛嬌だし(笑)。 ちなみに、バウチャーの言うようにもし実際の半分の枚数でこの物語が書かれていたら、331~338ページあたりのイヤラしい描写も無かったろうな。それは絶対に許せない(笑)。その意味では、ドキドキ心の溌剌な中学生の頃に初読してきたかった気もする一冊だった。エリンは細部でエッチな描写が出てくるからスキだ(笑)。 未紹介の長編も、片っ端からどんどん邦訳してほしい。 あと、くだんの深町真理子さんの「あとがき」は物語のサプライズを削ぐ大きなネタバレまでしているので、本編より先に読まないように注意。この人、名翻訳家なのは間違いないが、こんなポカをするのかと今回はいささか意外でもあった(その手の不適切な箇所をチェックしていない、当時の早川の編集部も悪いのだが)。 |