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[ サスペンス ] 闇に踊れ! 私立探偵ジョン・ミラノ |
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| スタンリイ・エリン | 出版月: 1993年04月 | 平均: 7.50点 | 書評数: 2件 |
![]() 東京創元社 1993年04月 |
| No.2 | 8点 | クリスティ再読 | 2025/12/07 12:20 |
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| ノンストップ級に面白いネオ・ハードボイルド。エリンと言えば「第八の地獄」でネオ・ハードボイルド(非ハメット)の始祖でもあるわけだけども、本作では盗まれた美術品を取り戻すちょっとハイブラウな私立探偵が主人公。テイストは「空白との契約」の延長線だけど、同様に恋人との恋愛模様を絡めつつ、本作ではニューヨーク(ブルックリン)の歴史とポリコレ(人種問題)に踏み込んでいるあたりが、ネオ・ハードボイルドらしい味わいになっている。だって1983年作品。自ら生み出したネオ・ハードボイルド潮流から自身がいろいろと社会派的側面を取り入れ直した作品だろう。
このところのwokeの歴史的退潮で、ポリコレという言葉が非難と軽蔑の対象へと変化してしまったわけだが、実のところ最近の社会問題というわけでもないんだ。1980年代くらいに「政治的に正しい○○」といったかたちで、アメリカではこんなヘンテコなことが起きているよ、という話が伝わってきていた。またその頃には「座頭市」についての言葉狩りも始まっていたし、「ちびくろサンボ」やカルピス広告への自主規制も1980年代の話だったりするからね。なかなかセンシティヴな問題ではあるのだが、アメリカではもうアファーマティヴ・アクションが本格化し「逆差別」の声も上がっている。これが本作の背景にあるわけだ。 本作ではイタリア系の主人公ミラノは、インテリの美術専門私立探偵として隠密に活動しているわけで、盗まれたブーダンの絵(渋い!)を取り返すべく雇われる。目星はすでにとある画廊についていて、そこにどうブーダンが隠されているかが焦点になる。そのためにミラノは画廊の受付嬢であるクリスティーンに接触。クリスティーンはミラノに協力する代わりに妹ロリーナの不審な収入についての調査をバーターで要求する....このクリスティーン、黒檀のようなスタイル抜群の黒人美人!さらに演劇活動をしていているんだけど、これがフェミニズムと人種問題を重ねたようなwoke全開の芝居(苦笑)。しかし...この黒人一家が住んでいる古いアパートと、その隣にある家主のクラシックな豪邸。元大学教授の家主は古いアパートの経営に苦しむだけではなく、ブルックリンの変遷について深い怒りの感情を抱いていた。 でミラノの調査とこの元大学教授の家主カーワンの告白とがカットバックされる「異例のハードボイルド」。技巧派エリンの面目躍如。この大学教授はニューヨークの先住民と言えるオランダ系の旧家であり、ブルックリンがアイルランド系→イタリア人→ユダヤ人→黒人、と住民を変えつつスラム化していくことを深く憤っている。さらには自身が勤める公立大学でもリベラルの偽善から「自由入学」と呼ばれる無試験入学が認められて、大学の権威が崩壊するのにも手をこまねいていたという負い目も感じていた。そのために黒人を「ブランガ」という蔑称で呼んでいる...このカーワンがガンで余命いくばくもないことから、自殺的な報復感情によってトンデモない無差別殺人を企んでいた... だから本作の本当の狙いというのは、そういうリベラル白人の傲慢と偽善にあるわけだ。まさにリベラルが世界的な崩壊を起こした2025年に読むべき本だったよ。 これで邦訳のあるエリン長編と短篇集はコンプ。いや後半の長編はおしなべて長いけど、小説的な充実感・面白さは素晴らしいな。さすがエリンというべきだ。 (ちなみにカーワンはイタリア系のミラノをマフィアと誤解する!なるほど) |
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| No.1 | 7点 | 空 | 2019/05/04 13:12 |
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| 引退した歴史学者カーワンがテープに録音していくビル爆破という「大事業」計画の独白の章と、私立探偵ジョン・ミラノの視点から三人称で書かれた章とをカットバックしていく手法で構成された作品です。
カーワンの黒人に対する偏見ぶりはとんでもないもので、異常なまでの差別的発言が、「医師。残酷で貪欲で抑えがたき独善の愉悦の、神の遣わした証人(あかしびと)。」といった気取った学者っぽい表現を散りばめながら繰り返されていきます。 その「大事業」計画とは無関係な事柄を調べるためにカーワンと接触したミラノについて、ミラノはイタリア系だから当然生まれついての黒人嫌いだとカーワンは思い込むのですが、実際のミラノは別事件の捜査で出会った黒人の美人クリスティーンに一目ぼれし、カーワンを調べるようになるのも彼女のためなのです。この皮肉な設定が、不気味とさえ言えそうな作品でした。 |
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