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[ 社会派 ]
針の館
仁科東子 出版月: 不明 平均: 8.00点 書評数: 1件

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No.1 8点 クリスティ再読 2025/11/12 16:24
高木彬光「成吉思汗の秘密」の最終章で突如登場して名前の謎解きをやってのけた女性、仁科東子が書いた本である。いやこれ凄いよ。日本の精神病院で横行していた人権侵害と、措置入院の闇を暴く小説である。しかも著者は「成吉思汗の謎」を巡る考察を書いたことで、精神病であると家族から思われて精神病院に強制的に入院させられてしまう。その実体験がこの小説の背後にあるわけだ。

小説では豪邸を相続した身寄りのない青年雪下透のもとに、家計を見るという名目でその母の妹に当たる女性が邸に乗り込む。その義理の娘が主人公今日子。今日子はやや変人のきらいのある透と恋仲になるが、実は継母は透を排除して財産を奪おうという計画をもっていた。継母の企みにより透は精神病院に強制入院させられてしまう。事情を知った今日子は透救出のために、精神病を装って同じ病院に入ろうと....

社会から隔絶させられた精神病院の中は、人権無視が横行する闇の世界だった。この地獄の中で今日子は自身の状況を改善すると同時に、男子病棟に監禁されている透と連絡を取り付けようといろいろと努力していく。今日子自身も電気ショックの脅威に怯えつつ、閉鎖病棟の連帯感、開放病棟の監視下での「病気を受け入れたようにみせる演技」など、この精神病院でのサバイバルを詳細に描く。

評者が学生の頃に宇都宮病院事件という大事件があって、精神病院での「治療」が医療の名に値しない儲け主義の実態が暴かれたことがあった。そして前から噂されたように、邪魔な家族を精神病院と結託して「入院」させて排除する、悪夢のような陰謀や、治っても行き場がなくなった人をズルズル入院させる社会的入院など、人権蹂躙を指摘されたらその通りの実態があったのは事実である。ために1987年に精神保健法が改正されて、人権侵害に対する監視措置が法で定められることにもなったわけだ。

本書の時代はその前の、精神医療が「闇」としか言いようのない人権蹂躙の時代である。その告発となった本書はもちろん「社会派」であり、サスペンスの導き方などなかなか巧妙、かつ恋愛小説としても印象的である。まあだから本サイトで扱う価値もあるというものだ。

精神病院に不当に入院させられた時には、「自分が病気だ」を受け入れたフリをしてとにかく状況を改善することが第一だ、という逆説が、本当の悲惨でもある。運よく脱出しても、当時は「精神病院帰り」のレッテルを貼られるというとんでもないスティグマになっていたのが、作中で描かれる。結ばれた透と今日子は、同じ地獄からの生還者同志として、レッテルに負けずに愛をさらに確かめあう....

単純にエンタメとして読んでも上等な作品。序盤の豪邸の妖気みたいなものがよく描けてもいて、本当に「不穏さ」が立ちのぼる。そこから一気に地獄めぐりに突入する。実体験に裏付けられて迫力満点のホラーでもある。しかし今では出版自体が「差別的」とか言われることにもなりそうで、かなり貴重な本。
(島尾敏雄の病妻ものが電気ショックを描いていたなあ...)


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仁科東子
不明
針の館
平均:8.00 / 書評数:1