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冷たい方程式(2011年 早川SF文庫版) シェクリイ「徘徊許可証」、ジョン・クリストファー「ランデブー」、ウォルター・S・ディヴィス「ふるさと遠く」、アシモフ「信念」、トム・ゴドウィン「冷たい方程式」、ジャン・ストラジャー「みにくい妹」、ベスタ―「オッディとイド」、C.L.コットレル「危険!幼児逃亡中」、シマック「ハウ=2」 |
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アンソロジー(国内編集者) | 出版月: 2011年11月 | 平均: 8.00点 | 書評数: 1件 |
![]() 早川書房 2011年11月 |
No.1 | 8点 | クリスティ再読 | 2025/07/14 10:38 |
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アメリカの50年代というと、ミステリは飽和状態で不振のイメージが強いが、対照的にSFは黄金期の定評がある。そんな50年代SFを伊藤典夫の選と翻訳で編んだ有名アンソロである。表題作が有名過ぎ(苦笑)評者も表題作を取りあげたくて読んだのだが、他作品も極めてレベルが高い。
なぜ表題作「冷たい方程式」を読もうと思ったのか?というと、本作の設定を基にした「方程式もの」と呼ばれる一群の作品があり、SFでの立ち位置がミステリでの「密室もの」と同じようなものではないか?ということだったりする。「密室」はジャンルではなくて、「本格」というジャンルの一部だとするべきだし、たとえば「連続殺人」という大雑把なプロットの類型とも違って、もっと明確な定義づけをもった領域だろう。「冷たい方程式」は、緊急用で運用に強い制限がある宇宙船で、密航者を見つけた時の倫理的ジレンマを扱った作品である。ルールは密航者を即時船外に放り出すことを求め、かつそうしなければ緊急事態の解決のために派遣されたこの宇宙船の任務が果たせずに、全体的に大きな損害が不可避になる。しかし密航者は若い少女であり、兄に逢いたいという心情から、それが大事になるとは知らずに密航を企てたという情状酌量の余地がないわけではない...まさに道徳的なジレンマに宇宙飛行士が遭遇する。 この小説の結末はすべてを受けいれた少女が自ら宇宙船を出る(死ぬ)ことを選択するという、悲劇的なものである。だからこそその非情な「方程式」に心を痛める読者が「そうではない解決法」を求めて、「方程式もの」というジャンルが立ち上がったことになるわけだ。ありえない「密室殺人」の解決に頭をひねる読者がさまざまな「密室の解き方」を提案してできた「密室殺人」とは方向性がズレながらも、ジャンルを支えるファン層の自発的な要求に応じて、こういう特殊な立ち位置の作品群が形成されてきた、とは言えるだろう。 「密室」も「方程式」を両方うまく指し示す言葉があればいいなあ、と思っていろいろと調べてみたら「トロープ」という言い方があるようだ。明白に定義された制約を前提に、その制約の中で解決に工夫を凝らすというジャンルでも技法でもない、メタな「パターン」を示す言葉として有用かもしれない。 次に気に入ったのはアシモフの「信念」。急に空中浮揚の能力を得た物理学者が、科学法則に反するこの現象を一向に信じてくれない同僚たちを、どう説得するのか?という話。アシモフらしいロジカルな話で、ミステリとして見ても面白いかも。一種の「背理法」が使われていて興味深い。 C.L.コットレル「危険!幼児逃亡中」はキングの「ファイアスターター(炎の少女チャーリー)」の元ネタともいわれる。危険な超能力を制御不能なままに、幼女が暴れまわる話。「AKIRA」っぽいテイストも感じるなあ...総じて50年代SFというものが、冷戦状況という緊張感の中で、SFガジェットを発想の軸に発想を膨らませているのが見て取れる。未来のイメージとは、核戦争の危機感によって支えられてるという逆説が、興味深い。 だから逆に言えばそういう危機感に対する慣れと感覚の鈍麻が、60年代のスパイ小説の流行に繋がったのかもしれないな。SFとミステリと、たまにはガチに比較してみるのもなかなか興味深いものだ。 (評者はSFはファンとまでは言えないから、「方程式もの」は「機動戦艦ナデシコ」の「温めの「冷たい方程式」」で覚えたんだった..まああれ「ラブコメのフリをしたハードSF」と呼ばれたアニメだからね) |