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怪奇小説精華
東雅夫編
アンソロジー(国内編集者) 出版月: 2012年11月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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筑摩書房
2012年11月

No.1 7点 おっさん 2012/12/13 21:18
全3冊よりなる、ちくま文庫のアンソロジー<世界幻想文学大全>の、本書は怪奇(ホラー)篇。「訳文の正確さや読みやすさよりも、その文学的味わい、文体の洗練を重んじる姿勢から(・・・)戦前戦中に世に出た旧訳の数々を、あえて積極的に採用」した(「解説」より)という、昨今の新訳ブームに水をぶっかけるような一冊ですw

収録作は―― ①「嘘好き、または懐疑者」ルーキアーノス ②「石清虚/竜肉/小猟犬(『聊斎志異』より)」蒲松齢 ③「ヴィール夫人の幽霊」ダニエル・デフォー ④「ロカルノの女乞食」ハインリヒ・フォン・クライスト ⑤「スペードの女王」A・S・プーシキン ⑥「イールのヴィーナス」プロスペル・メリメ ⑦「幽霊屋敷」エドワード・ブルワー=リットン ⑧「アッシャア家の崩没」エドガー・アラン・ポオ ⑨「ヴィイ 」ニコライ・V・ゴーゴリ ⑩「クラリモンド」テオフィール・ゴーチェ ⑪「背の高い女」ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン ⑫「オルラ」モーパッサン ⑬「猿の手」W・W・ジェイコブズ ⑭「獣の印」J・R・キプリング ⑮「蜘蛛」ハンス・ハインツ・エーヴェルス ⑯「羽根まくら」オラシオ・キローガ ⑰「闇の路地」ジャン・レイ ⑱「占拠された屋敷」フリオ・コルタサル

このラインナップを見た筆者の、率直な印象は――どんだけ「文学」(文豪)好きなのよ、東さん?
もとより怪奇小説の歴史は古く、数かずの文学者が、ジャンルの礎石となる傑作・秀作を残してきたわけですが・・・それでもやはり、二十世紀の初頭に、怪奇専門の作家たち――アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズ、H・P・ラヴクラフトetc.――が登場することで、“恐怖の黄金時代”が開かれたわけでしょう。そうした専門作家のマスターピースをまったく無視して、入門書的なアンソロジーを編むのはいかがなものか?

解説には「・・・収録作品の選定にあたっては、内外の主要なアンソロジー採録頻度、評論研究書での言及頻度を重要な指針、目安としている。もとよりそれらを厳密に数値であらわすことは不可能だし、その必要を認めるものでもないが・・・」とあります。なぜ「不可能」? なぜ「必要を認めない」?
少なくとも採録頻度なら、東氏が参照したアンソロジーを列挙し、統計表を作ればすむことで、そのデータは、愛好家には大いに裨益するはず。
筆者は少年時代、江戸川乱歩の丹念なガイド――たとえば「英米の短篇探偵小説吟味」をおさめた『続・幻影城』には、資料として「英米傑作集十五種の収録作家頻度表」と「――収録作品頻度表」が付けられています――で海外ミステリに入門した人間なので、こういうアバウトな「客観性」にはイライラしてしまうのです。

いっそ、俺の主観で選りすぐった、ワールドワイドな文豪怪談傑作選だ! と開き直ってくれたほうが、どれだけスッキリすることか(あ、でもそうすると、“文豪”じゃないW・W・ジェイコブズは落とされちゃうか? ⑬「猿の手」は、この本の中でもベスト作なのにw)。

実際、定番名作からはずれたセレクト(恥ずかしながら、筆者が初めて目にしたような作品群)にこそ、編者の個性が光っていると思います。
どうやら世界で最初に書かれた“怪談会”の物語らしい、①「嘘好き、または懐疑者」(150年頃)が、すでにして怪奇小説パロディの様相を呈しているのには、驚かされました。じつに面白い。
そして、鮮烈な読書体験という点では、⑯「羽根まくら」(1917)、⑰「闇の路地」(1942)、⑱「占拠された屋敷」(1951)と続く後半の流れが凄い。ウルグアイ、ベルギー、アルゼンチンの(筆者にとって)未知の作家たちの繰り出す不条理な作品世界に、目まいを覚えました。

ラスト1行でタイトルの意味が明らかになる「羽根まくら」などは、まだワン・アイデア・ストーリーとしてわかりやすい部類ですが、日常と極端な非日常が地続きになっている、あとのふたつ、とりわけ、ドイツとフランスで発生した、大量殺戮ならびに大量失踪が、二冊のノートを通してリンクする――のか?――「闇の路地」ときたら・・・結局、最後まで何が起こったのか理解できないのに、異様なパワーでねじ伏せられてしまいました。好みはさておき(ホントは、前記「猿の手」みたいにストレートな話か、真相は明かさないまでも、唯一のホラー的解釈を示唆して終わる、⑥「イールのヴィーナス」みたいな話が好きなんですけどね)、これは傑作でしょう。
東氏には、こうしたポスト黄金期の収穫をこそ、『新・怪奇小説傑作集』(全5巻)のようなカタチで編んでもらいたいと、強く思ったことでした。


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