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怪奇文学大山脈Ⅲ
荒俣宏編
アンソロジー(国内編集者) 出版月: 2014年12月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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東京創元社
2014年12月

No.1 7点 おっさん 2015/05/01 09:38
「西洋近代名作選【諸雑誌氾濫篇】」と副題のついた本書(東京創元社)は、編者・荒俣宏氏の、“幻想と怪奇”の分野における仕事の総決算ともいうべき、入魂のアンソロジー・シリーズ(ボリュームたっぷりの「まえがき」と「作品解説」に注ぎ込まれた、情熱と情報の総和は圧倒的)の最終巻です。
第Ⅱ巻に引き続き、本書も二〇世紀前半の怪奇小説の流れを、荒俣氏のパースペクティブに基づき選び抜かれた実作を通し、展望する試みですが、今回の大きな特色は、マニア的な固定観念に縛られず、当時の俗受けした雑誌メディアや娯楽として人気を誇った演劇の分野に、その時代の怪奇の嗜好を探っていることです。「したがって、現代の目から見れば道義上適切といえないものや、煽情性が高すぎる作品も含まれることになった」(「第三巻 作品解説」より)。
いっとき話題になったあと忘れ去られ、後世の研究者からは通俗ものとして片づけられ、一顧だにされないような作品にも、あえて光を当て、再評価の可能性をさぐっています(このへん、戦前の探偵小説に惹かれ、甲賀三郎や大下宇陀児の微妙なところにも手を伸ばし、玉石混淆のなかから、少しでも玉を拾おうとしている筆者には、とても他人事とは思えませんw)。
収録作は、まずイギリスの小説雑誌の掲載作から――

1.スティーヴン・クレーン「枷をはめられて」
2.イーディス・ネズビット「闇の力」
3.ジョン・バカン「アシュトルトの樹林」

が採られていますが、このへんはまだ、ことさら煽情的というほどでもない。バカンの3(エキゾティックな小説が花盛りだった、『ザ・ブラックウッズ・エディンバラ・マガジン』の掲載作)などは、異国の神を“物理”で駆逐する、なんとも乱暴な話でありながら、その筆致には格調すら感じられます。やはり、作家としての地力が違うのは明白ですね。けっして『三十九階段』だけの人ではありません。もっと怪談を訳して欲しいぞ。
次いで紹介されるのはドイツ勢です。

4.グスタフ・マイリンク「蝋人形小屋」
5.カール・ハンス・シュトローブル「舞踏会の夜」
6.アルフ・フォン・チブルカ「カミーユ・フラマリオンの著名なる『ある彗星の話』の驚くべき後日譚」
7.カール・ツー・オイレンブルク「ラトゥク――あるグロテスク」

このブロックは、おもに(風刺週刊誌に発表された4を除いて)世界初の怪奇文芸専門雑誌とされる『デア・オルキデーンガルテン』の見本市という性格をもっています。なかで特筆すべきは、恋の終わりの仮面舞踏会の夜に、現実と幻想がないまぜになり――冷え冷えした災厄の到来で幕を閉じる(「解説」でも触れられているように、ポオの「赤き死の仮面」を想起させる)、シュトローブルの5でしょう。うん、なんかねえ、怪奇「文学」してる。筆者の苦手な不条理系の話ですが、そういう人間でも推さざるを得ないというのは、つまり、傑作ということ。ぶっちゃけ、この巻には勿体ないくらいですw
この巻らしさ(猥雑さ)が明確に打ち出されるのは、

8.モーリス・ルヴェル「赤い光の中で」
9.野尻抱影「物音・足音」(ルヴェルの、日本における翻訳紹介の経緯を綴ったエッセイ)
10.ガストン・ルルー「悪魔を見た男」(戯曲)
11.アンドレ・ド・ロルド「わたしは告発……されている」(恐怖劇の代表的作者による、マニフェスト)
12.アンドレ・ド・ロルド&アンリ・ボーシュ「幻覚実験室」(戯曲)
13.アンドレ・ド・ロルド&ウジェーヌ・モレル「最後の拷問」(戯曲)

という、フランス編からです。若き日のディクスン・カーをも刺激した、残虐劇グラン・ギニョルの概要は、ミステリ・ファンなら――好き嫌いはともかく――基礎教養として押さえておくべきでしょう(より踏み込みたい人には、水声社から出ている、真野倫平編『グラン=ギニョル傑作選 ベル・エポックの恐怖演劇』という本があるようです)。いきなり戯曲を載せるのではなく、導入として、「グラン・ギニョルのコンパクトな恐怖劇を文学で表現した作品」を書いたと評される、ルヴェルの短編を置いているのもいい。これがアンソロジストの芸というものです。で、ルルーを経てド・ロルドの台本などを実際に読んでみると……まあ、歴史的価値だよなあ、という感想に落ち着くわけですがw
このグラン・ギニョルの煽情性が、アメリカのパルプ・マガジン文化に影響を及ぼしている、という荒俣史観はまことに興味深いもので、最後のアメリカ編は、それを裏付けるようなセレクションになっています。

14.W・C・モロー「不屈の敵」
15.マックス・ブランド「ジョン・オヴィントンの帰還」
16.H・S・ホワイトヘッド「唇」
17.E・ホフマン・プライス「悪魔の娘」
18.ワイアット・ブラッシンゲーム「責め苦の申し子」
19.ロバート・レスリー・ベレム「死を売る男」
20.L・ロン・ハバード「猫嫌い」
21.M・E・カウンセルマン「七子」

名門(?)『ウィアード・テールズ』から選出された、ホワイトヘッドやカウンセルマンの作などは、普通に怪奇小説(ないしファンタジー)として、今日的な評価に耐えうる出来ですが、上述のような煽情性という意味では、群小の有害(?)パルプ誌から掘り起こされた、17~19あたりが、当時の読者のニーズにストレートに応えたであろう、エロなりグロなりを感じさせ、納得の内容といえますw そしてここでは、突き抜けた衝撃性(グロの極み)が、場当たり的な面白さを越えて――もしかして、これは傑作? という域にまで達した、モローの14をイチオシしておきましょう。舞台はインド。藩主(ラージャ)に反抗した召使いが、罰として、まず右腕を切断され、なお反旗をひるがえしたばかりに、残る腕、そして両足と、四肢を失う羽目になるが……その果てに待つものは? 編集者時代のアンブローズ・ビアスが惚れ込んだというW・C・モローは、今後の紹介が期待されます。

ふう。お腹一杯になりました。
この巨大アンソロジーの編纂にあたられた荒俣氏には、心から、お疲れさまでしたの言葉を送りたいと思います。「おそらく本書は、私が西洋の怪奇小説について真摯に語る最後の機会になると思われる」という言には、一抹の寂しさを覚えますが、この全3巻の偉業にふれた若い読者のなかから、必ずや荒俣氏のあとに続く怪奇者が育っていくことでしょう。筆者はそれを信じています。


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