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英国古典推理小説集
佐々木徹・編訳
アンソロジー(国内編集者) 出版月: 2023年04月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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岩波書店
2023年04月

No.1 8点 おっさん 2023/05/29 09:54
あの岩波文庫が贈る、要注目の書です。
カバー袖の宣伝文句によれば――「ディケンズ『バーナビー・ラッジ』とポーによるその書評、英国最初の長編推理小説と言える『ノッティング・ヒルの謎』を含む、古典的傑作八編を収録(半数が本邦初訳)。読み進むにつれて推理小説という形式の洗練されていく過程が浮かび上がる、画期的な選集」と言うことになります。
19世紀の英文学が専門の編訳者(本書のどこにも略歴は載ってませんが……岩波の読者なら、ディケンズ作『荒涼館』の訳者である佐々木徹先生は、知ってて当然の存在?)が、しかし文庫レーベルということもあって、あまり学術的になりすぎることは避け、読書人一般向けに編んだ、啓蒙の書という印象ですね。いや、充分マニアックではありますがw
ただ、いわゆるミステリ・マニアの感性とはズレがあり――端的な例が、書名にも使われている「古典推理小説」という表記。そこはやっぱり「古典探偵小説」じゃないと、しっくり来ないでしょ――作者紹介欄のコメントや解説文を読んでいても、ツッコミどころは目につきますが(知識ミスを補い、ブラッシュ・アップしてくれる、マニア気質の担当編集者がいてくれたら……という印象は拭えませんが)、それでも、アカデミズム方面からの貴重なアプローチであり、古参のミステリ読者にも、新鮮な発見と考える材料を与えてくれる、「注目の書」であることは間違いありません。
収録作は――

①『バーナビーラッジ』第一章(抄録)チャールズ・ディケンズ (付)エドガー・アラン・ポーによる当該作の書評2点(①連載中の展開予想編 ②完結後の総括編、それぞれを抄録) 実作と評論の無類に面白いセットで、これは企画の勝利ですが、対象となる『バーナビー・ラッジ』の書誌データ(ディケンズ自身の編集になる、週刊『Master Humphrey's Clock 』に1841 年 2 月~11 月まで連載)は、しっかり記載しておくべきではないかな? そのうえで佐々木先生には、アメリカの地における、同作の出版状況までフォローしていただきたかったと思います。『バーナビー』の、故・小池滋氏の完訳(集英社)について言及していないのは遺憾。ポーがディケンズをダシにして自論をブチあげる、第2書評の全訳が、東京創元社の『ポオ全集〈3〉詩・評論・書簡』に収録されていることにも、触れておいて欲しかった。先人へのリスペクトって、大事でしょ。あと、解説でポーの「推理小説、あるいはそれに非常に近い作品」をピックアップしながら、「黄金虫」を黙殺しているのはいかがなものか?

②「有罪か無罪か」ウォーターズ(1849) 警察官による実録を謳った、往時流行の創作のサンプル。悪漢を追跡し逮捕にいたる、探偵経路の面白さ、ですね。変装あり腹話術ありw。本邦初訳とされていますが、個人出版とはいえ、昨2022年にヒラヤマ文庫の、ウォーターズ作『ある刑事の回想録』で訳出されたばかりでした。個人的には、未訳のもののなかから、あちらではアンソロジーにも採られている、元祖・科学捜査もの “Murder Under the Microscope”を選んで欲しかったな。

③「七番の謎」ヘンリー・ウッド夫人(1877) 初訳。このあとのコリンズともども、1860年代から1870年代にかけて隆盛したセンセーション・ノヴェルを代表する作家の手になる、初期(偶然の導きで真実が判明する)フーダニットの一例。解決が弱いといってしまえばそれまでですが、やるせない真相は、黄金期のアガサ・クリスティーなどをスキップして、後年の、ルース・レンデルあたりを思わせる苦さがあります。巻末解説で「深読みに過ぎるだろうか」と記される、訳者の考察に頷かされます。

④「誰がゼビディーを殺したか」ウィルキー・コリンズ(1880) 雑誌初出時のタイトルに拠った訳題を採用していますが、作品紹介欄のコメントでも書かれているように、コリンズは単行本収録時に改題しています。北村みちよ編訳『ウィルキー・コリンズ短編選集』(彩流社)に、そちらのタイトルに基づく「巡査と料理番」として既訳があります。臨終の告白から、事件発生の一報が告げられる、語り手の若き巡査時代の一場面へ切り替わる、“つかみ”のうまさ。さすがコリンズ、物語る力が違います。余韻嫋々。極端な偶然の利用は、ストーリーテラーの特権かww。解説でコリンズの推理小説的作品を列挙しながら、定評ある短編の「人を呪わば」(岩波文庫の『夢の女・恐怖のベッド』にも、「探偵志願」として収録されているのに……)を無視しているのは、しかし、どんなものか。

⑤「引き抜かれた短剣」(1893)キャサリン・ウイーザ・パーキス 初訳。知られざる“シャーロック・ホームズのライヴァルたち”の一人、女性探偵ラヴディ・ブルックもの。この作者・作品は知らなかったな。地の文で嘘を書いてはいけない、と、ポー大先生に乗っかって、訳者が駄目だしをしていますが、作者の視点を徹底的に配して、完全にラヴディの三人称一視点(意識の、同時進行)で書き貫けば、その点はクリアできます。まあ、そうなるとハードボイルドですがねwww。しかし実際、本シリーズは、パズラー的観点より、女性私立探偵ものの先駆け的な観点から、再評価すべきだと思います。男性と対等に仕事をし、偏見なくきちんと評価される世界は、作者の理想だったのかもしれませんが、いま読むとその先見性に驚かされます。

⑥「イズリアル・ガウの名誉」(1911)G・K・チェスタトン えーっと。「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」枠だそうです。すでに諸方面からツッコミが入っていますから、ここでは、万一、未読の向きがあれば、これと⑦だけは読んでおきましょう、というにとどめておきます。まあ、「推理」の恣意性に踏み込んでいる、という評価軸だとすれば、あえて、このアンソロジーの後半に据えてもいいのか……な? でも、人名表記は従来通り「イズレイル」のままにしておいて欲しかった。

⑦「オターモゥル氏の手」(1929)トマス・バーク えーっと。「黄金時代に入ってからの作品だが、かねてから評価の高い名品であるので、出版年代にこだわらずに採択した」そうです。すでに諸方面からツッコミが入っていますから(以下略)。エラリー・クイーンがアンソロジー収録時に冒頭1ページをカットした流布版ではなく、完全版の翻訳ではありますが、創元推理文庫の『世界推理短編傑作集4』(2019)で、既にそちらも読めるようになったからなあ。作中の探偵役(?)を待ち受ける衝撃の結末、という評価軸であれば、あえてこのアンソロジーの後半に据えてもいいのか……な? でも、人名表記は従来通り「オッターモール」のままにして(以下略)。

⑧「ノッティング・ヒルの謎」(1862~1863)チャールズ・フィーリクス さて、本邦初訳、本書の眼玉の登場ですが――

「おっさんより投稿者の皆様へ
 ここまででもかなりの言葉数を費やしてしまいました。異例のことですが、筆者には、長編「ノッティング・ヒルの謎」を別に登録して、レヴューしてみたい希望があります。
 サイトのルール的にそれはどうよ? という声もあるでしょう。そうした意見が多くあるようであれば、あらためて本稿を修整して、「ノッティング・ヒルの謎」の感想をこちらに記すことにします。
「掲示板」でみなさまのご意見を伺わせていただければ幸いです」

(追記)上述の件について、掲示板で特に反対意見が見られなかったことから、「ノッテイング」に関しては、筆者は別枠で単体のレヴューをさせていただくことにします。我儘ともいえる要望に対し、賛同のコメントをお寄せいただいた nukkam、人並由真のご両名に、あらためて謝意を表します。 (2022.6.7)


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