皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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吸血鬼幻想 種村季弘 |
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| 評論・エッセイ | 出版月: 1979年01月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
![]() 青土社 1979年01月 |
![]() 河出書房新社 1983年03月 |
| No.1 | 7点 | クリスティ再読 | 2026/05/10 17:15 |
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| 1960年代末から1970年代初めに吸血鬼ブームというものがあった。きっかけはハマーフィルムのドラキュラ映画だったわけだけど、日本でも岸田森吸血鬼映画が作られたりと吸血鬼映画が花盛りだったことは言うまでもない。
しかし、日本では雑誌「血と薔薇」が澁澤龍彥の編集で創刊されて、三島由紀夫、稲垣足穂、埴谷雄高、土方巽、唐十郎など錚々たる人々が集っていた。その中で主力として活躍し名をあげたのが種村季弘である。だからねえ、早熟な評者とかここらへんがやたらと懐かしいんだ。「血と薔薇」に発表された「吸血鬼幻想」、すでに紹介済の「真紅の法悦」の解説「吸血鬼小説考」など、吸血鬼関連の種村のエッセイを書きおろしを加えて出したのが本書である。 本書では吸血鬼というものが、カトリック信仰とギリシャ正教、啓蒙思想と土俗的な迷信、封建貴族と近世ブルジョアジーの支配権などとの間での複雑なゲームの「駒」として活用されていることを暴き出している。吸血鬼は生きている死体だが、早すぎた埋葬や自然発生的な死蝋、魂なき肉体、夢魔、生体磁気(オド)といったテーマをさまざまに総合したトポス(言説の場)として機能してきたことを解説している。怪奇小説の出発時点で重要な役割を果たしたことは言うまでもないのだが、それは「始まり」ではなくてそれまでの吸血鬼というトポスの結果なのだ。 大革命直後の吸血鬼=義賊の形象は一種のステレオタイプとして造型され、貴族的な風貌と僧侶風の黒い翼のようなマントがかならず彼らの標徴となっていたが、この特徴的な容姿服装は、いうまでもなく、プロテスタント的プルジョアジーの旧支配階級に対する偏見の通俗的具象化にほかならなかった。また、義賊である以上、相手から何物かを強奪する存在であることは自明である。 と吸血鬼と義賊の背景を同一のものとして断じている。いや確かにルパンとドラキュラの類似性は否定できないよ。そういう「暗い男」の形象が、ミステリの背景に脈々と流れているという見方もできるのである。 というわけで、評者はとても懐かしい本。まあいろいろな機会に書かれた文書が合体した本でもある。繰り返しになっている部分も多いなあ。 |
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