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アントニイ・バークリー書評集Vol.1
三門優祐・編訳
評論・エッセイ 出版月: 不明 平均: 6.00点 書評数: 1件

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No.1 6点 おっさん 2015/02/13 11:17
当初、2014年冬のコミック・マーケットで販売され好評を博し、その後、Twitter を通して通販の対応もおこなわれた(筆者は、某古書店の委託販売で購入しました)インディーズの小冊子ですが、海外ミステリ・ファンにはきわめて重要度の高い内容なので、ご紹介する次第です。
黄金時代英国探偵小説の巨匠アントニイ・バークリーは、実作の筆を折ってからも、フランシス・アイルズ名義で晩年まで、書評活動をおこなっていました。本書は、1956年以降、彼が『ガーディアン』紙の日曜版で担当していたコーナーから、日本の本格ミステリ・ファンに人気の高い御三家――エラリイ・クイーン、ジョン・ディクスン・カー、アガサ・クリスティーの作品を対象にした書評を抜粋して翻訳し、当該作品の邦訳一覧と、編訳者(三門優祐)の手になる関連コラムを付したものです。
対象作品は、以下の通り。

エラリイ・クイーン
 クイーン警視自身の事件 / 最後の一撃 / 盤面の敵 / 第八の日 / 三角形の第四辺 / 顔 / 真鍮の家 / 孤独の島 / When Fell the Night*(のちの著作リストからは削除された、マンフレッド・リー主導の代作プロジェクトの一冊。リチャード・デミング作)

ジョン・ディクスン・カー
 火よ燃えろ! / 死者のノック / ハイチムニー荘の醜聞 / 雷鳴の中でも / ロンドン橋が落ちる / 悪魔のひじの家 / 月明かりの闇 / ヴードゥーの悪魔

アガサ・クリスティー
 死者のあやまち / パディントン発4時50分 / 蒼ざめた馬 / 鏡は横にひび割れて / 複数の時計 / カリブ海の秘密 / バートラム・ホテルにて / 終りなき夜に生れつく / 親指のうずき / フランクフルトへの乗客

すでに各所で話題になっていますが、興味深いのはやはり、アメリカのクイーンへの、歯に衣着せぬコメントの数かずでしょう。いわく「作中のエラリイ君は、5語で済むところを必ず50語喋るような、もったいぶったおしゃべり野郎だ」「これまで多くの推理小説を読んできたが、これほど説得力に欠ける解決編は滅多なことでは見かけない」」「読者をまごつかせるあからさまな感傷性、絶えざる誇張表現、作品全体に見られる「ありえなさ」、こじつけめいた結論」、エトセトラ、エトセトラ。今回、無条件で賞賛されているのは、ノン・シリーズの『孤独の島』一作きりですw
この癖のある、クイーン作品の悪口レヴューを最初にまとめて提示したのが、本書の成功の要因ですね。クイーン・ファンである筆者も、バークリー先生にあっちゃかなわないなあ、と苦笑しながら、楽しませてもらいました(本国アメリカの、同時代のミステリ業界人だと、お世話になっている EQMM の編集長でもあるクイーンに、ここまで率直なコメントをあびせることは出来なかったでしょう)。
対照的に、カーの、あまり誉めようがない作品に対するバークリーのコメンタリー(一例「鋭い鷹の眼を備えた評者にさえも、「ローブ」のことを「ドレッシング・ガウン」と呼ぶいかにも現代アメリカ的な瑕瑾を除けば、いかなる時代錯誤も見つけることはできなかった」)には、なんというか、友情を感じますw
クリスティーへの評価の高さも、微笑ましい。「ミセス・クリスティーの二級品が、多くの他の作家の最高傑作に匹敵することは覚えておいてしかるべきだ」ですからねえ。しかし、なかでも最大級の評価を受けているのが、『蒼ざめた馬』と『終りなき夜に生れつく』であるあたり、評者の個性(なるほど、フランシス・アイルズ名義は伊達じゃない)は如何なく発揮されています。

バークリー・ファンへの贈り物にとどまらない、この刺激に富んだ企画を思いつき、実行に移し、そして完成させてみせた編訳者には、心からの賞賛を送ります。
と、誉めてるわりには点数が低い――ですか?
う~ん。
今後のためにも、あえて書いておくと、問題点は訳文にあります。
これだけ素人っぽい翻訳に接したのはひさしぶりで、ところどころ意味をとりかねました。
バークリーの原文は読んでいませんが、たとえば以下の、クリスティーの『鏡は横にひび割れて』評などは、訳者自身、内容をまったく理解しないで書いているとしか思えません。

 (・・・)私の主たる興味は作品の筋書きというよりむしろ、「一体なぜ、映画女優は自分が動いたような風に行動してしまったのか」という不可解な点を、抜け抜けと説明して見せた彼女の手腕にある。結婚したカップルによくある偶然をひとつ受け入れたとしても、二番目のひどくありえそうもない偶然は、本来、物語の中の真実を破壊する方向へと進むだろうから。それがどこにもつながっていないのだからなおさらである。(引用終わり)

好意的な声に甘んじることなく、訳者として研鑽を積んでください、三門さん。

(後記)* When Fell the Night は〈エラリー・クイーン外典コレクション〉の一冊として、『摩天楼のクローズドサークル』の訳題で、2015年11月に原書房から翻訳が出ました。(2015.11.22)


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