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トラベル・ミステリー聖地巡礼
佳多山大地
評論・エッセイ 出版月: 2019年09月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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双葉社
2019年09月

No.1 7点 Tetchy 2021/10/23 00:20
聖地巡礼はその作品を愛する者ならば一度はやってみたいことだ。本書は「小説推理」誌上で連載された、ミステリ評論家の佳多山大地氏が趣味の鉄好きも兼ねて数あるトラベル・ミステリーの事件現場を訪ね、検証も行ったエッセイである。

さて本書に収録されている佳多山氏の探訪地は「ミステリマガジン」誌上のエッセイも併せて全部で24か所。
岡山県、石川県、鳥取県、福岡県、愛知県、広島県、兵庫県、静岡県、北海道、秋田県、新潟県、神奈川県、島根県、和歌山県、福島県、滋賀県、宮崎県、山口県、長野県と全国津々浦々。

今回俎上に上げられた作品の中で私が読んでいたのは島田荘司氏の『出雲伝説7/8の殺人』と有栖川有栖氏の『マジックミラー』、そして江戸川乱歩氏の「押絵と旅する男」の3作のみ。その他の作家は蔵書にもなく、私がいかにトラベル・ミステリーを読まないかが判ろうものだ。

彼が本当のテツであることがよく判った。私が特に面白く感じたのは雑誌の連載企画であるにも関わらず、遠出をするにも鈍行を敢えて選び、また飛行機も常にLCCを利用していることだ。佳多山氏の最寄り駅は大阪のJR吹田駅だが、そこを起点に方々へ赴くのだ。
敢えて新幹線や特急を選ばない生粋の乗り鉄だなぁと最初は思っていたが―なんせ大阪から山口に行くのに鈍行を乗り継いで行くのである―、東京での所用を利用しての愛知県、神奈川県入りや青春18きっぷの利用や鳥取では「縁結びパーフェクトチケット」なるとても恥ずかしい割引券を購入して取材に行くのを見て、よほど取材費の出ない連載だったのだなと腑に落ちるやら、同情するやら―まあ、中には東京駅から寝台特急「サンライズ出雲」を利用して島根まで行く、贅沢な取材旅行もあるにはあるが―。

いや真性テツである佳多山氏にとってこの企画こそが彼の趣味と実益を兼ねたものであるから苦でもないのだろう。私が時々長距離を敢えて高速を使わず、下道を行くように。

また行く先々で名物を食べる描写もあり、存分に楽しんでいるのが判る。自分が住んでいる兵庫県の西明石駅の「ひっぱりだこ飯」は知らなかったな。

そう、このエッセイでは私自身訪れたことのある地やゆかりの地も取り上げられたことも面白く読めた要因の1つだ。
故郷北九州市の門司港駅を訪れた筆者が激賞する件や平尾台への道中では実家最寄りの駅城野駅を訪れて日田彦山線に乗り換える件などは学生時代を思い出させる。
また旅好きの私にとっても興味を覚えるエピソードもあり、例えば和歌山の白浜駅では駅員がアロハシャツを着て迎えるそうだ。

また興味深かったのが小説の舞台となる駅が決してハブ駅のような大きな駅ではないことだ。何の変哲もない場末の駅の多いこと。それはある意味時刻表を睨むことでトリックを思い付いた、いわば机上の殺人現場であることをも感じさせる。

各編を読んで思うのは実際に作品の舞台を訪れて見えることは確実にあるということだ。舞台となった場所の空気に触れ、匂いと人間に触れ、写真のフレームの外の風景を360°眺めて地形を知り、その土地の風土や風習や文化に触れることで作品の行間に隠された作者の思い、作者が実際にその土地を訪れて感じたことが見えてきて、筆者の佳多山氏が感じ取っていることが書かれている。特に2回に亘って取り上げられた笹沢佐保氏の『空白の起点』は現地を訪れるが作品との違和感を拭えず、最後の段になって関東大震災で失われた切り替え路線の存在に気付く。
作者と同一の場所を感じるシンクロニシティこそが聖地巡礼の醍醐味であることを教えてくれるのだ。

さらには時代の痕跡を見出すことで小説が書かれた時代の匂いを感じ取り、思いを馳せる。
特に私が感じ入ったのは鮎川哲也氏の『死のある風景』の舞台、石川県を佳多山氏が訪れた際にアメリカ駐留軍の試射城跡を訪れた際に作品の裏側に潜む、西洋文化に殺された女性の悲劇を読み取ったところだ。この跡地を見て戦後に訪れた西洋の「美」の新基準、いわゆるバストの豊かさを賛美される新たな価値観に振り回され、ライバルの女性への嫉妬心が芽生えたこと、さらに犯人のアリバイがアメリカ兵士が配ったチューイングガムの噛みカス1つで脆くも崩れ去ることをリンクさせた件はまさに場所と時代がつながった瞬間を目撃した思いがした。

そしてこの日本の正確な鉄道の運行が生んだ日本オリジナルのトラベル・ミステリーもまた時代の流れに逆らえなかったことを思わされる件がある。それは有栖川氏の『マジックミラー』の回で新本格の雄である作者が王道の時刻表トリックと別のアリバイ崩しを盛り込んでいることから時代の交代劇をこの1作で行っていると述べているところだ。

しかし今またテツブームが起きている。それはつまり時代が鉄道ミステリをまた求めているということなのだ。ミステリは時代を映す鏡である。したがって再びトラベル・ミステリーが復興するに違いない。それは最新鋭の鉄道や個性ある観光列車などヴァラエティに富んだ、時刻表一辺倒ではなく個性豊かな「新トラベル・ミステリー」であることを望みたい。
時刻表を目を皿のように眺めて時間の穴を見つけるトラベル・ミステリーもそれが好きな読者には溜まらないだろうが、私はあいにくそんなミステリは願い下げだ。旅愁をそそるその土地の魅力と文化、そして時代をも包含したトラベル・ミステリーを期待したい。土地と時間を行き来するトラベル・ミステリーだからこその私からの提言だ。
その時は私も佳多山氏のように文庫本片手にその作品が書かれた土地を訪れて空気と料理に触れたいものだ。それが私の老後の楽しみとなるかもしれない。


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