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ミステリーの書き方
評論・エッセイ 出版月: 2010年12月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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幻冬舎
2010年12月

No.1 8点 Tetchy 2017/03/12 00:02
100の作家があれば100通りの創作作法あり。その言葉を裏付けるかのように本書ではミステリ・エンタテインメント作家43名によるそれぞれの創作の秘訣が開陳される。

自身の創作作法を書いた作家の中にはなるほどと思えるものもあれば、逆に全く参考にならないような単なるエッセイもどきの物もあり、玉石混淆といったところ。

例えば東野圭吾氏の場合は1つのあるテーマから派生して色んな物語を紡ぎ出す様が書かれている。犯罪者を身内に持った者の物語が『手紙』であり、犯罪者によって身内を殺された者の物語が『さまよう刃』、そして犯罪者が自分の身の内から生まれる経過を語った物語が『殺人の門』といった具合に犯罪者というキーワードからそれぞれの立場を当てはめることでそこから想像の翼を広げ、作品へと繋げる様が書かれている。

あと最も有効な手段として乙一氏が挙げたシナリオ理論は実に合理的かつ明快で実に読み応えがあった。この方法に倣えば確かに小説が書けそうだなと私でも思わず錯覚した。

また文体については北方謙三氏の話が実に深かった。文体を削ぎ落すことこそが文学であり、どこまで極限的に辿り着けるかを目指している。しかしこれはプロが更なる高みに行くための書き方だろうが実に興味深く読めた。

またリアリティを強調するのが共通の主張であることも興味深かった。福井晴敏氏はやはりまず人間を描くことが大事だと説き、山田正紀氏は複数のジャンルを跨ぐときはリアリティのレベルを統一することが大事と述べる。船戸与一氏の場合はさらに特殊でまず自分の身を小説の舞台においてその空気を、匂いを感じ、そしてそこにいる人間たちと交流することで自らに人を住まわせる。更に一切メモも写真もとらず、自らの肌に、脳裏に焼き付かせてそれを筆に落とし込むのだという。

また官能小説家の神崎京介氏まで載せられているのには驚いた。しかも女性のことを官能的に書くことが出来るだけのかなりの経験を積んでいると胸を張って云えるとまで書いてある。いやはやこれは皆が参考に出来るアドバイスではないなぁ。

本書のエッセイの中にはインタビュー形式のものもあり、それが実に内容、特に作品に対する内容の掘り下げが深く、興味深かった。特に宮部みゆき氏の『魔術はささやく』のプロットを23のシーンに分解して語る北上次郎氏のインタビューは実に明快で面白く読めた。しかしそんな北上氏の深読みに対して宮部氏自身がそんな風に考えるのかと他人事のように眺めているのが非常に面白いところではあったが。
更に北上氏は大沢在昌氏へのインタビューで『新宿鮫』シリーズ各作品を詳細に分析し、シリーズの変化と主人公鮫島の変化を事細かに述べているが、これもまた大沢氏自身が他人事のように聞き手に回っているのが実に面白く、終いには北上氏が自分の理想とする新宿鮫の展開を大沢氏に強いるまでになる。これはなんとも苦笑せざるを得ないが、逆にこれは書評家の重鎮である北上氏だからこそできる業だろう。

さて本書を読んで、これで私も一丁ミステリでも書くか、などと錯覚するのならば書かない方が無難だろう。それは結局技術に頼ったどこかで読んだ物語になるに過ぎないからだ。
寧ろ本書の最後に掲げられている各作家の作家志望者に向けるアドバイスに多く書かれているように、書きたいものがないのなら書くべきではないというのが正解だろう。
己自身の身の内から湧き出てくる創作意欲に身を任せ、その熱情をペンに、いや現代ならばキーボードに叩きつけるかの如く、指を走らせる、それくらいの意気込みがないと作家にはなれないだろう。
本書はそんな人たちに対するプロの作家たちからのささやかなアドバイスであると受け取るべきだ。「とりあえず」ここに書かれていることに倣って書いてみました、では到底無理だし、よしんば作品をこの世に出すことになったとしてもその後が続かないだろう。

そういう意味で本書の題名は実にいやらしい。これを読めば誰もが簡単にミステリーが書けると勘違いする人間を容易に生み出す甘く危険な罠だからだ。ここに書いているのは確かに「ミステリーの書き方」だが、作家になる方法ではない。そして作家になるには方法はなく、一生続けていくという覚悟がいることをこの本の中から読み取ることが在野の作家志望者にとって肝要だ。

そう、逆に本書は自分が作家になった時にこれから生み出す物語をどのようなヴァリエーションで著すか、その方法を模索するのには最適な書物だろう。ここには43人の作家による創作作法が書かれている。つまり少なくとも43種類の方法で物語を作ることが出来る。しかしそれにはまず己の中にある創作意欲という宝の珠を外へと向かうほどに大きく育てていかねばなるまい。それを無くして物語を、小説を書くことは仏作って魂入れずに過ぎない。

綾辻氏も本書で最後に述べている。作家志望者へのアドバイスとして
「『ミステリーの書き方』のようなHow To本は当てにしてはならない」
と。


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