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アントニイ・バークリー書評集Vol.6
三門優祐・編訳
評論・エッセイ 出版月: 不明 平均: 8.00点 書評数: 1件

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No.1 8点 おっさん 2018/02/01 17:26
「読者をまごつかせるあからさまな感傷性、絶えざる誇張表現、作品全体に見られる「ありえなさ」、こじつけめいた結論……まあ、アメリカの読者の皆々様におかれましては、これらの要素はさぞや美味しい糖蜜なのかもしれませんが、われわれアングロサクソン系の人間にとっては、エラリイ・クイーン・ディズニー・ランドの「白雪姫と七人の小人」だかなんだか、つまるところそんなものになってしまうのだ」(『アントニイ・バークリー書評集Vol.1』所収、エラリイ・クイーン作『盤面の敵』評より)

2017年春の、文学フリマ東京で頒布された本書は、全七巻で構成される『アントニイ・バークリー書評集』(フランシス・アイルズ名義で、『ガーディアン』紙に1956年から70年まで連載された新刊月評コーナーから、編訳者がテーマ別に条件抽出したもの)の、ラスト前のクライマックスともいうべき、「米国ミステリ作家編」です。
かの国に、いささか ――どころでない―― 偏見を持つバークリー(アメリカ人とイギリス人を、そもそも同じ「アングロサクソン」とは認識してないもんなあ ^_^;)が、批評家として、ミステリの勢力図を書き変えつつある海の向こうの従兄弟(従姉妹)たちと、どう向き合うのか? 
過去最長130ページのヴォリュームに、ぎっしり詰め込まれた74作家の顔ぶれを、まずはご覧あれ。例によってラストネームの五十音順、カッコ内はレヴューの総数です。

アイザク・アシモフ(1)、デイヴィッド・アリグザンダー(6)、デイヴィッド・イーリイ(2)、コーネル・ウールリッチ(1)、チャールズ・ウィリアムズ(7)、ドナルド・E・ウェストレイク(3)、ヒラリー・ウォー(14)、トマス・ウォルシュ(3)、デラノ・エイムズ(6)、ミニヨン・G・エバーハート(2)、スタンリイ・エリン(5)、ハリー・オルズカー(2)
アーシュラ・カーティス(5)、E・S・ガードナー(9、うちA・A・フェア名義3)、E・V・カニンガム(1)、パトリック・クェンティン(5)、アマンダ・クロス(2)、ヘンリイ・ケイン(7)、ハリー・ケメルマン(2)
リチャード・ジェサップ(1)、トマス・スターリング(1)、リチャード・マーティン・スターン(2)、レックス・スタウト(15)、ヘンリー・スレッサー(2)、フランシス・スワン(1)
ドナルド・マクナット・ダグラス(2)、ハーバート・ダルマス(1)、ダーウィン・L・ティ-レット(1)、ドロシー・サリスベリー・デイヴィス(2)、リチャード・デミング(2)、トマス・B・デューイ(2)、ロス・トーマス(1)、デイヴィッド・ドッジ(1)、ローレンス・トリート(2)
ヘレン・ニールセン(2)
イヴリン・バークマン(9)、パトリシア・ハイスミス(7)、ビル・S・バリンジャー(1)、ドロレス・ヒッチェンズ(2)、ジャック・フィニィ(2)、ロバート・L・フィッシュ(2)、エリザベス・フェンウィック(5)、フレドリック・ブラウン(5)、リリアン・ジャクスン・ブラウン(3)、リイ・ブラケット(1)、ロバート・ブロック(2)フレッチャー・フロラ(2)、ベン・ベンスン(1)、ヒュー・ペンティコースト(7、うちジャドスン・フィリップス名義3)、ジョン・ボール(1)、ハリー・ホイッティントン(1)、ジーン・ポッツ(6)、ライオネル・ホワイト(3)
ウィリアム・P・マッギヴァーン(3)、パット・マガー(2)、ジョン・D・マクドナルド(2)、ロス・マクドナルド(4)、エド・マクベイン(6)、ヘレン・マクロイ(2)、ホイット・マスタースン(3、うちウェイド・ミラー名義1)、マーガレット・ミラー(5)
ドロシー・ユーナック(1)、リチャ-ド・ユネキス(1)
クレイグ・ライス(4)、メアリ・ロバーツ・ラインハート(1)、スティーヴン・ランサム(2)、エドウィン・ランハム(4)、ハーパー・リー(1)、エリザベス・リニントン(13、うちレスリー・イーガン名義5、デル・シャノン名義4、アンヌ・ブレイスデイル名義3)、エマ・レイサン(10)、エド・レイシイ(4)、イヴァン・T・ロス(3)、ホリー・ロス(3)、フランセス・&リチャード・ロックリッジ(2)

ふう。リストアップしているだけで、お腹いっぱいになりそうw
驚かされるのは、対象作品の邦訳率が四割におよぶことで、既刊の「英国ミステリ編」と比較すれば、我国における欧米ミステリの受容が、戦後はやはりアメリカ優先でなされてきたことが、判然とします。
とまれ、日本語で読める作家・作品が多く取り上げられているという点は、読者個々の評価を、バークリーのそれと比較検討する楽しみもそれだけ増える(また、未読の面白そうな本へ手を伸ばすきっかけにもなる)と、素直に歓迎すべきでしょう。

中身のほうは――
徹底した毒舌が冴え渡るかと思いきや、第1巻のエラリイ・クイーンへ対するようなメッタ斬りは、あまりなく(皆無ではありませんがw)、褒めるべきところはきちんと褒め、問題点は問題点として厳しく指摘するスタンスです。
E・S・ガードナーやレックス・スタウトのような、気軽に読める職人型のストーリーテラーは、基本的に高評価で、87分署シリーズのエド・マクベインも然り。また同じ警察小説の書き手でも、ヒラリー・ウォーの場合は、その「探偵小説」的方法論にきちんと目を向け、評価しています。
しかし、ウォー同様、捜査小説にミステリらしい仕掛けを盛り込んだロス・マクドナルドの場合は、一転、コメントが辛口に。以下は、そのサンプルです。

 アメリカの犯罪小説には、酷くあからさまに組まれた足場と、実際にあり得そうな人間像を書くことへの軽視が頻繁に見られるような気がしているが、これはミスター・ロス・マクドナルドの新作『さむけ』(クライム・クラブ、15シリング)においても同様である。本作は、長く徹底的に力を入れて書かれた(この力の入れぶりがまたアメリカらしいのだが)、しかしユーモアに欠けた作品である。本書は確かに非凡な作品であるが、あまりにも人工的に作りこまれたその作品を読んだ読者は皆、その結末において「こんちくしょう!」と言わざるを得ないだろう。(引用終わり)

冒頭に置いた、EQの『盤面の敵』評にも通じるものがありますね。要するに、不自然なつくりものである、と。
またバークリーは、女流サスペンスの書き手として、パトリシア・ハイスミスとマーガレット・ミラーを高く評価していますが、ハイスミスがほぼ絶賛されているのに対し、ミラーのほうは、常に何かしら不満が表明されている。とりわけ『殺す風』(「絶対の必読である!」)のサプライズ・エンディングについて「彼女が「読者を驚かせたい」という安易な必要性に迎合してしまったのは残念だが……」とマイナス評価をしているのが印象的です。若き日の筆者は、サスペンス小説に人工的なひねりを加え続けるところに、ミラーのミステリ・スピリットを感じ、ロス・マク同様に愛読していたので、バークリーの指摘をそのまま受け入れることは出来ませんが……刺激されて、あらためてミラーを読み返したくなってきたのは事実です。すべてはバークリーの手のひらの上、でしょうか?

書評というキーワードをもとに、実在人物、作中人物(!)のエピソードを効果的に配した巻頭エッセイ「書評家百態――バークリー周辺篇」も、楽しく読めて勉強になる、出色の出来。
あなたが海外ミステリ・ファンをもって任ずるなら、これは絶対、目を通しておくべき一冊です。
あ、エッセイの書き手の名前を落とすところでした。バークリーといえばこの人、そう、真田啓介氏です。


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