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二人がかりで死体をどうぞ 瀬戸川・松坂ミステリ時評集 瀬戸川猛資&松坂健 |
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評論・エッセイ | 出版月: 不明 | 平均: 8.00点 | 書評数: 1件 |
No.1 | 8点 | 人並由真 | 2022/01/30 07:30 |
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(ネタバレなし)
上質紙にハードカバー、美麗なジャケットカバーつきの製本で、実に立派な装丁・仕様だが、昨年の11月に都内のマニア向け古書店「盛林堂」が自店オリジナル企画の叢書「盛林堂ミステリアス文庫」の一冊として刊行した同人書籍。 内容は、かの故・瀬戸川猛資と、その盟友であった文筆家・松坂健が1970年代前半にミステリマガジンに書いていた国産、翻訳、未訳(当時の時点で)の原書などを対象にしたミステリ時評&紹介文を、それぞれの連載記事コーナーごとにまとめたもの。 この時期のミステリマガジンがミステリファンとしての原体験ど真ん中だった評者にとっては待望の一冊であり、盛林堂の公式サイトでは発売の2~3ケ月前から購入予約を募っていたが、掲示を見て神速で予約の手続きをとった。 現行のミステリ研究家諸氏や作家・山口雅也氏の寄稿、丁寧な編集(巻末の膨大な索引)、さらには松坂自身の書き下ろしエッセイなどもふくめて本文500ページ以上。頒価は一冊4000円弱だが、この中身からすれば全然高くはない。 なお、予約期間を数か月もとっていたのだから、本サイトでも購入された方はきっと少なくないとは思うが、一方で買い逃した人、刊行事実を知らなかったミステリファンも意外に結構いるらしく、Amazonなどでも積極的に商品検索されている形跡があったり、ヤフオクで膨大なプレミア(すぐ5ケタ行く)がついていたりで「うーん……」である。 内容に関しては「夜明けの睡魔」などに代表される瀬戸川節が大好きな方なら絶対に楽しめるはずの書評ガイド集で、松坂も盟友・瀬戸川との書き手の個性の微差などは確かにあるのだが、それでもほぼ同等のカロリーで熱くかつ軽やかに楽しそうに、それこそ「二人がかりで」ミステリ全般を語っている。 もちろん時評という原稿の性格ゆえ、当時1970年代前半の時代と密着したもので、まだ健在だったクリスティーやロス・マクドナルドの新作がどのように当時のファンにリアルタイムで受容されていたかの、貴重な証言集にもなっている(ロス・マクの後期の諸作の、さらなる細かい変遷を観測するあたりなど、なかなか興味深い)。 世代人ならノスタルジィも加味して楽しめるのは間違いないが、当時まだ生まれていなかった新世代のファンでも、ここで語られている作家や作品、またはミステリ全般に、いくばくかの関心があるのなら、たぶんいや確実に楽しめるのでないか。 もちろん個々の作品のレビューや関連作品の記述については、瀬戸川&松坂の嗜好の偏向や、それぞれの作品への踏み込みの深い浅いもある。中にはごく一部、客観的にみてもケアレスミスでしかない記述などもあるのだが(たとえば具体的には、ニコラス・ブレイクの『くもの巣』は「時代ミステリ」ではないぞ! なんで勘違いしたのかはよくわかるほど、あれはソレっぽい作品ではあるが、あくまで時代設定は原書刊行当時の1950年代)、そういった部分までも含めて、本当にミステリに耽溺していた同好の士の若き日の見識に触れられる、独特の充実感と快感がある。 あとは斎藤栄の『紙の孔雀』などの、これはもはやミステリとはいえない、と憤怒する当時の瀬戸川の激昂ぶりを、本サイトでのkanamoriさんの比較的好意的と思えるレビューと比較してみても面白い。 この二つのレビューの間には「新本格」「(中略)トリック」という二つの重要なキーワードの浮上が隔壁となっていることが、おのずと察せられる。同作を未読の評者などは興味を惹かれて、ネットで同作の元版の古書をあわてて注文してしまった。自分の感想が瀬戸川評に寄るか、kanamoriさんのものに傾くか、これから楽しみである。 もちろん評者などはすでに一度、大昔に読んだ文章が主体だが、自分の記憶のなかに潜む、ある種の定型化した言い回しやフレーズなども、ああ、実はこの二人の時評の中のレトリックが源流だったのだ、と気づくことも少なくなかった。 これから初めて、本書(に収録された文章)に触れる新世代のファンの方々も、きっとそれぞれ心のどこかにひっかかる記述を、多かれ少なかれ(たぶんそれなり以上に)見出せるだろうと予見する。これはそういう本。 いっぺんに読んでしまうのがもったいないのでチビチビ読み進め、ひと月ほどかけて読了したが、最後の数十ページはもう、残った美酒を一気飲みしたい欲望に負けてひと晩で読み終えた。 読み終わってみると、もっともっとこの二人の連載が「極楽の鬼(地獄の仏)」や「地獄の読書録」(の前半)なみの長期連載になってくれていたらなあ……とその短さを惜しんだりする。いやまあ、これからまたこの本は何回も読み返すだろうけど。 末筆ながら、周知の通り、松坂健氏は本書の刊行直前、昨年10月にご逝去された。現在発売中のミステリマガジンでは、追悼特集が組まれている。 同じSRの会員ではあったが、たぶん一度もお目にかかる機会はなかったなあ。あらためまして、心からご冥福をお祈りします。(文中・敬称略) |