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花田清輝全集 第八巻
評論・エッセイ 出版月: 1978年03月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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講談社
1978年03月

No.1 6点 クリスティ再読 2019/10/19 16:54
そういえば評者同様に、権田萬治氏も花田清輝に心酔したことを書いているね。花田清輝は折に触れてミステリ論とかミステリ評論とかもしているし、「あべこべに、わたしは、およそ四半世紀以前、その困難を身をもって痛感し、心ならずも推理小説家になることを断念して、それよりもはるかに容易な批評家という職業をえらんだ、いわば、一種の落伍者にすぎないのです(「推理小説のモデル」)」と書いていたりするくらいだ。まあ韜晦のキツい花田のこと、どこまでがホントかわかったもんじゃないが、少し前に評者が評した「鳥獣戯話」の材料でミステリを書こうというプランもあったらしい。なので本サイトでは、読書ガイドくらいなつもりで紹介するのもいいだろう。
花田清輝だと、短文の時評とか評論が主体なので、本で見たときにはミステリ関連の評論が散らばっている。「自明の理(1941)」に収録されている「探偵小説論」と、「時の娘」を論じた「ジョセフィン・ティ」と「ハードボイルド派」を収録した「乱世をいかに生きるか(1957)」を別にして、講談社の全集8巻が一番「ミステリ濃度」が高いだろう。しかもミステリ趣味の強く出たシナリオ「就職試験」も収録している。この第8巻は「近代の超克(1959)」を中心に、単行本未収録のこの年の評論を収録した本なのだが、「探偵小説日本の傑作九篇」(内容は完全犯罪安吾捕捕物帖二銭銅貨不連続黒死館人生の阿呆刺青本陣D坂)「無限の皮肉―ケネス・フィアリング『大時計』」「救済と採算―ガードナー『最後の法廷』」の書評3本、「推理小説のモデル」「推理小説の余分」の2つの評論がまあストライクだし、周辺的なものでは「ヒッチコックの張扇」「科学小説」それに読書日記の「日録」で1か月の間に読んでいる狭義のミステリを挙げると「犬神家の一族」「リスとアメリカ人(有馬)」「透明怪人(乱歩)」「源氏物語殺人事件(岡田鯱彦)」「エジプト十字架の秘密」、となる。関心のほどがうかがわれる。短評のレベルでも「ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』のおもしろさは、原子物理学者の眼で、フォークロアの世界をながめている点にある」なんて、実にイイ点突いている。それ以外にもハードボイルドやチャンドラーを引き合いに出して論じてる箇所もいろいろ、ある。
まあ「推理小説のモデル」は柳田国男に名探偵の資質を見出したり、「推理小説の余分」がロブ=グリエの「消しゴム」論からアンチ・ロマンにひっかけて書いたものなので、はぐらかされたような印象もある。しかし、花田のミステリへの注目は、花田独特の「大衆芸術論」から来ているので、かなり本質的なものだと思うのだ。花田の論の特徴として、対立しあう2つのカテゴリを、対立しながらも相互の往還させるようなダイナミズムがあるのだけども、アヴァンギャルドと大衆芸術とを、相互に往還するサイクルの中に、ミステリという都市のフォークロアに重要な契機を認めているからである。だからかなりマジメに系統的にミステリ、読んでいるんだよ。
なので、花田のミステリへの本音みたいなものをそれでもうかがわせる評論は、やはり「自明の理(1941)」収録の「探偵小説論」ということになる。この年代のものにしては、意外にパズラーに代表されるミステリの「論理」を「論理的なロココ趣味」と読んで否定的で、それよりもポオからハードボイルド派に直接つながるような内容で興味深い論である。

したがって、今日の探偵小説の世界に新しいいぶきを吹きこむためには、我々は「偽計」と絶縁し、ふたたび「古き惨虐性」に帰る必要がある。それは論理を捨て去ることではなく、逆に論理本来の機能を回復することであり、デ・クィンシーのいったように、殺人の構成に不可欠の要素として、さまざまな企み、光と影、群集、詩、感情といったようなものを、懐疑と神秘の雰囲気の中に置いてみることである。

ほぼチャンドラーの「シンプル・アート・オブ・マーダー」に匹敵する内容だと評者は思うんだよ。花田の立論としては、花田らしく「論理」と「非合理な現実」の往還を基礎において、その両者を粉砕する激越な運動を待ち望んでいるのだ。
まあ今回改めて花田の評論をまとめて読んで、左派を代表する論客であったにもかかわらず、倫理的ではなくて論理的であり、固定した対立ではなくてその対立が互いに相手側に変換されるような運動の中に、新しいアヴァンギャルドを花田は夢想している。この花田のスタンスが、実に一所不住の自在さを感じさせて、時代に寄り添いながらも時代を超えた面白さを感じる。評者のスタイルも強く花田に影響されていると思う。まあ、そんなことは、どうでもいい。


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