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小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない
大沢在昌
評論・エッセイ 出版月: 2012年08月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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角川書店(角川グループパブリッシング)
2012年08月

KADOKAWA
2019年02月

No.1 7点 Tetchy 2021/09/29 23:33
現代文壇の最前線で活躍する大沢氏。しかし彼はデビューした当初から売れっ子作家ではなかったことは既に承知のことだろう。万年初版作家のレッテルを押され、満を持して作家生命のすべてを掛けた『氷の森』ですらさほどヒットせず、その次の『新宿鮫』が大ヒットし、ようやく作家としての地歩を固めて現在まで第一線で活躍している作家である。
その彼が「小説 野性時代」の編集者から自分の小説創作の技術の全てを伝える講座を開いて連載するという企画を持ち掛けられ、それをまとめたのが本書である。月1回で10回に亘って開かれた、恐らく大沢氏にとって最初で最後の創作講座だ。

本題に入る前に文庫版に際して開かれた角川の雑誌編集長と文庫編集長との座談会から始まる。文庫は一般文芸の角川文庫とライトノベルのメディアワークス文庫2つの毛色の異なるジャンルを受け持つ編集者が出席しており、いわゆる売れる作品に関する定義が異なるのが面白い。
やっぱりウェブでの募集が多いことが現代の投稿者の特徴だろう。ガシガシ原稿用紙に手書きしたり、ワープロソフトで書いた文章をプリントアウトして送るなどよりもファイルをそのままEメールで送るこの方式は膨大な投稿者を生むようでとにかく分母が大きい。さらにウェブで公開することで固定ファンがつくのも特徴だ。
そしてラノベではとにかくシリーズ化される強いキャラが出てくるものが好まれるようで、しかも大賞受賞者でなくてもウェブで気になったなどとコメントがついた作品は刊行したり、また最近の流行の傾向を分析して作者にアドバイスしたりするらしい。とにかくリアルタイムで進行させる傾向が強い。
しかしある意味この手法で創られた作品は2,3年後には既に内容が古臭く感じるのではないか。例えばタピオカミルクティーのように。

そんな前段を経てつまびらかに書かれる講座の内容は作家生活のリアルな現状が浮き彫りになる。印象に残った内容を以下に書いてみよう。
一口に作家と云っても売れている作家はほんの一つまみ―敢えて一握りと表現しない―であることで年収200万円以下はざらである。新人作家が書き下ろしでハードカバーで刊行しても初版は4,000部で印税は70万円弱。その作品の刊行までに費やした時間が半年だとすればこれがその年の半年分の収入になる。
しかも大沢氏デビュー当時に比べて市場は三分の一にまで縮小しており、生き残る作家もつまり三分の一なのだ。
またとにかく大沢氏はストーリーよりもキャラを重視する。それはキャラクターが弱いとストーリーが生きてこないのだと。94ページのイメージ図はその内容を具現化したもので非常に分かりやすい。もうこれは数十年も作家をやってきたからこその結論である。そして自身も鮫島という強烈なキャラクターを擁した『新宿鮫』が自身の作家生活の太い幹になっていることからの言葉だろう。

そして最も印象に残ったのは作家になりたい人間が作家になるのではなく、小説を書きたくて書きたくて書き続けた結果、作家になったという件だ。
作家は職業でありながらもなりたくてなれるものではなく、生き方そのものであるという風にとれる。つまり大変なことを、苦労を苦労と思わずにそれが普通で自分の生き方であると捉える人ほど強いものはない。特にたくさんの作品を紡ぐことで自身の生活を維持していく作家のような業種は日々の積み重ねとして作品を紡ぐことでいつの間にか自分の職業が作家だったと気付かされるのではないか。その道程は作品という形で残ることもまた大きい―まあ、絶版してほとんど書店に自著が並べられていない作家も多いが―。

そして作家ほど孤独で不安定な仕事はないとも説く。なぜなら売れなくなったら自然に仕事が無くなるからだ。そして作家には定年がないから注文が来なくなったらもう作家としては終わりなのだ。
また一番興味深く読んだのが新宿鮫シリーズ10作目の『絆回廊』を『ほぼ日』のウェブ連載したエピソードについてだ。
それは大沢氏が新宿鮫を読んだことない、もしくはタイトルを知っているがゆえに読まないと決めた人にも目に付くようにしたかったからだ。例えば〇十万部の大ヒットと云っても、日本人の人口が1億3千万弱に対しては1%にも満たない。100万部でもまだ1%に達しないのだ。
だからベストセラー作品を持っているからといってその現状に甘んじることなく、チャレンジを続けないと作家としては生き残れないことを大沢氏は身を以て証明しているのだ。

またテレビによく出る作家についても言及している。テレビ出演は作家にとって薬にも毒にもなるらしい。顔が売れ、そして作品を売るための宣伝になるが、逆に顔が売れすぎると作品を読まずとも視聴者は読んだ気になるからだと。またタレントにいじられる姿を見て幻滅するファンもいるらしく、テレビに出る作家できちんと小説も書いている作家は少ないと断言している。逆に作品が売れないからテレビに出ているとまで述べている。このあたりの大沢氏の話はかなり辛辣だった。
そしてテレビのコメンテーターになり、そのテレビに捨てられたら小説の注文は二度と来ないと思いなさいと参加者に釘を刺す。作家を首にするのは世の中だという言葉はかなり痛烈に刺さった。

とにかく大沢氏の愛の鞭が詰まった講座だった。作家になることは生半可なものではないと自身の経験と周囲の作家の話に基づいて実に詳しくリアルに述べている。具体的な作家の名前は出ていないが―北方氏だけは別だが―、読んでいて顔の浮かぶ作家は何人かいた。

そしてとにかく本を読めと大沢氏は何度も釘を刺す。今の作家志望者の読書量の少なさを大沢氏は嘆く。それは作家としての蓄積が足らないと説くのと同時に自分が本を読まないのにそんな自分が書いた本を誰が読むのかと痛烈に批判しているようにも思える。

そして作家はなるよりもなった後の方が大変だと何度も述べている。若くしてなるよりも定年退職してある程度人生経験を経た方が蓄積もあり、そしてその後の生活のことを考えると作家になるのは良さそうだ。

この小説講座を読んで参考になったから小説でも書いてみようかと思う人はあまりいないのではないか。それほどまでに本書は作家という職業の大変さが深く、そして濃く述べられている。と思っていたら、どうも読んでデビューを果たした新人作家も何人かいたようだ。その背後にはさらなる母数の作家志望者がいることを考えると根性のある人はいるものだなぁと感心する。

また一番気になったのは大沢氏の小説講座の受講生の中に果たしてデビューした方はいるのかという疑問だが、なんと12名中5名が夢を叶えることができたようだ。誰なのか気になるが、それでも5割に満たないのである。まあ4割強だから野球の打率にしてはかなりの高打率だと考えれば結果としては万々歳か。

しかしやはり苦労を重ねた作家の言葉には重みがある。御見それ致しました。


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