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[ 警察小説 ]
メグレとかわいい伯爵夫人
メグレ警視
ジョルジュ・シムノン 出版月: 1979年08月 平均: 5.67点 書評数: 3件

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河出書房新社
1979年08月

No.3 6点 クリスティ再読 2022/04/11 17:39
なんとなくタイトルに萌えて(苦笑)。
いや、普段と雰囲気が違うハイソな舞台背景で、結構面白い。シムノンというと、たとえ陽光さんざめくコートダジュールでも、裏通りのシケたバーとか、小ぢんまりの個人経営の宿屋とか、ビンボ臭いストリップ小屋とか、そういう界隈が普通なんだもん。ヨーロッパ指折りの金持ちが集うホテルが舞台の事件で、メグレもいきなり空路ニース、そしてジュネーヴ・ローザンヌと飛び回って、ハイソな世界を垣間見る。だから原題は「メグレ、旅をする」
まあだからアウェイの事件といえば、メグレは今までいくつも経験しているわけだけども、一味違う。大金持ちたちもメグレを見下すとかはなくて、紳士的に対応するわけだが、やはりメグレでも「飲まれてる」のが面白い。でもメグレだから、その「世界の雰囲気」に身を任せ、浸ることで、次第に主導権を握りなおすのを丁寧に描いているのが、なかなかお楽しみなあたり。第7章の現場のホテルをアテもなくメグレが彷徨うのが、いかにもメグレらしくて魅かれる。場違いな姿を、ホテル従業員たちからヘンな目で見られても、軸の据わったメグレはもう平気。ホテルバーでいつも飲むようなカルヴァドスを頼んじゃう。お洒落なイメージがあるカルヴァドスだけども、何も言わずにナポレオンが出てくる世界じゃ、田舎臭い庶民の酒なんだな。

そういう話。問題の「かわいい伯爵夫人」は、貴族・大金持ちたちの間で結婚したリ離婚したリの、もう若いとはいえない女性なんだけども、

ルイーズはきれいで面白く、それどころか、人を夢中にならせるようなかわいい動物だ。

と元夫が評するようなキャラ。いやシムノンだって功成り名遂げて、世界を股にかけて遊び倒した豪傑なんだけどもね。

No.2 6点 2019/07/08 15:06
 凱旋門やシャンゼリゼからほど近い高級ホテル、ジョルジュ・サンクの三三二号室で深夜三時半、「かわいい伯爵夫人」と呼ばれる女性客、ルイーズ・パルミエリが睡眠薬自殺を図った。彼女はすぐにヌイイのアメリカン病院に緊急搬送され、辛くも命をとりとめる。
 翌朝十時十分、同じくジョルジュ・サンクの三四七号室に宿泊する億万長者、ウォード大佐が自室の浴槽内に浮かんだ状態で発見される。彼の腹心ジョン・T・アーノルドからかかってきた、定期電話に応答しなかったのだ。大佐と伯爵夫人とは周知のカップルであり、いずれは結婚するものと思われていた。
 八時に出勤してきたリュカ刑事はオルフェーヴル河岸で夜の出来事の報告を受け取るが、夫人の自殺未遂について、メグレに報告するのを怠ってしまう。ウォードの死を受けたメグレ警視がジョルジュ・サンクに赴いた時には、既に病院内にパルミエリ伯爵夫人の姿は無かった・・・
 「メグレ推理を楽しむ」に続く79番目のメグレもの。1958年の作で、原題は "Maigret voyage(旅するメグレ)"。タイトル通り病院から姿を消した伯爵夫人を追いかけてメグレが、まず観光地コート・ダジュールを抱えるニースへ、そしてスイスのジュネーヴへと、保養地から保養地へ飛び回ります。
 彼の苦手なハイソな世界で起きた事件。その中でも今回の被害者はトップクラスで、比肩するのは「メグレ氏ニューヨークへ行く」に登場するアメリカの億万長者、ジョアシャン・モーラぐらいなもの。いつものブルジョアたちは本文の中で「要するに小商人が大きな財産を作ったにすぎないのだ」と片付けられます。
 否応無しにそういった環境に置かれたメグレ警視が右往左往するのが本書の見どころ。ウォードの腹心アーノルドや、伯爵夫人ルイーズの前夫でベルギーの富豪ジョゼフ・ヴァン・ムーレンの自信に圧倒され、なんとなく居心地も悪そうです。
 旅行を終えオルリー空港からパリに帰還したメグレは、再び現場であるジョルジュ・サンクに舞い戻り、華やかなホテル内からスタッフの立ち働くホテルの舞台裏をさまよい歩き、その過程でやっと事件の足掛かりを掴みます。世界の頂点に位置する彼らもまた、一人の人間にすぎないことを。
 シリーズの中でも短めの作品ですが、なかなかに興味深い一冊です。

No.1 5点 2011/10/02 15:28
訳者あとがきの最初に、原題直訳は「メグレ旅をする」であって、実際にメグレが重要証人を追って飛行機で飛び回ることが説明されています。だったら、邦題もそのままでよかったのにと思ってしまいました。
そのメグレが追う重要証人が、「かわいい伯爵夫人」なわけです。しかし話の中心はこの伯爵夫人をめぐるものではありません。最後はメグレが殺人のあったパリの高級ホテルの中をうろつき回って、犯人が誰か知ることになります。単に富豪というだけでない上流階級の人々の世界に居心地の悪い思いをするメグレの心境も、ミステリとしての全体構成の中にうまくはまっていると思います。ただし、小品であることを考慮しても、なんとなく物足らない感じがしてしまう結末なのも確かです。
ところで、メグレがニースからジュネーヴに一番早く行く方法について、まずローマに飛んで乗り換えればいいというアドバイスを受けるところには、これは日本のアリバイ崩しミステリの常套手段じゃないか、と思ってしまいました。


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