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[ その他 ] ビセートルの環 |
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ジョルジュ・シムノン | 出版月: 1970年06月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
1970年06月 |
1979年09月 |
No.1 | 6点 | クリスティ再読 | 2022/02/20 17:31 |
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初読。タイトルから精神病院を舞台にしたサイコスリラーみたいなものを漠然と想像していたんだけど....病院は病院でも、初老の男が脳血栓で倒れて入院してリハビリする話。ミステリ色はゼロな作品でちょっと、びっくり。
いや、シムノンは一般小説とはいっても、「ミステリを裏側から見た」ような舞台設定やらミステリ手法を駆使した作品やらがきわめて多いから、だいたいはミステリの延長線上で楽しめるようにも感じているんだ。本作の主人公は、記者から新聞経営者にのし上がった男、ルネ・モーグラ。同じようにのし上がった昔からの仲間との月一の昼食会の会場で倒れて、急遽ビセートル病院に入院。思ったほどには重症ではなくて、意識不明は丸1日ちょっとだけ、その後徐々に回復してリハビリして...というのがおおまかな話の流れ。 でもね、そんな話だから「この時期、やはりシムノン自身も倒れた?」なんて想像するのも無理はないんだが、調べてみてもそれらしい形跡は見当たらない。入院していても短期なんだろう。メグレ物だと「メグレと幽霊」とか「メグレと殺された容疑者」のあたりの年で、翻訳はないが別途出版されている本もある。メグレ物の執筆ペースもこの頃はムラがあるし、よくわからないや。マトモな伝記を参照した方がいいのかな。シムノンだもの「想像だけで全部書いた!」でも、みんな納得しちゃう(苦笑、「私的な回想」とか本にならないかな~~) 後記:「EQ」No.43掲載の「シムノン最後の事件」というインタヴューに、シムノンが病院に調査に訪れた、という話が載っているのを偶然見つけた。シムノンは実地調査するのはホント珍しいらしい。でも二時間で調査は終わり。想像力! 本作をシムノンの「イワン・イリイチの死」と喩えたのを見かけたけど、内容は確かにその通り。でもトルストイの理想主義がシムノンにあるじゃなし「回心」しちゃうわけではない。病気という「自身を肉体に還元する体験」、強いられて自身を客体化する作業を、作中では裁判を受けるかのように喩えている個所もあるように、そこで改めて参照される自身の「人生の断片」にモーグラはこだわり、その記憶のリアリティというか、ひねった言い方をすればその「クオリア」(聞こえてくる鐘の音を「環」と捉えるヴィジョンとか..)を通して、自身の生き方を回想する話である。 シムノンの主人公だから、そりゃお盛んと言えばお盛ん。独身時代のアヴァンチュールや、二度の結婚と、その中間に挟まる「結婚しない関係」の話も出る。そういう女性たちも見舞に来て記憶も蘇る。しかも、看護の中での肉体接触に際して、性的な反応も赤裸々に描くあたりが容赦ない。 で、最終盤では、強引に妻にはしたものの、居場所がなくて不幸な結婚生活を送らせていることになっている妻とのなれそめの回想と、このモーグラの再出発に際しての「和解」のようなものがさりげなく描かれているのがいいあたり(でもこの時期にシムノン、離婚しているんだ...) シムノンで「私小説」を読むとは思わなかった。 (ん~ひょっとして、物語冒頭で撃たれて意識不明状態でずっとなロニョン刑事の話の「メグレと幽霊」に「ビセートルの環」が影響している? 評者の妄想w) |