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[ 警察小説 ]
メグレと死者の影
メグレ警視 別題「影絵のように」
ジョルジュ・シムノン 出版月: 1961年08月 平均: 6.00点 書評数: 3件

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東京創元社
1961年08月

河出書房新社
1980年05月

No.3 6点 2019/09/28 11:50
 万聖節の季節、夜の十時。メグレ警視は管理人からの電話を受け、ヴォージュ広場前のアパートに急行した。中庭からは建物すべての人々の姿が灯のともった窓越しに見えるのだが、いちばん奥の建物に見える男の影が、机に向かってつんのめったまま動かないのだ。事務所の中では男が肱掛椅子に座ったまま、胸のどまん中に弾丸を一発受けて死んでいた。
 レイモン・クシェ、四十五歳。リヴィエール博士に血清開発の資金を提供し、一躍国内有数の製薬会社社長に成り上がった男だった。彼の背中はうしろの金庫にふたをした形だったが、その中にあるはずの三十六万フランの現金はなくなっていた。
 メグレはその後現場に現れた被害者の愛人ニーヌ・モワナールに好意を持つが、ピガール・ホテルの彼女の隣室に住んでいたのは、偶然にも殺されたクシェの息子ロジェだった。更に彼の母親でクシェの前妻マルタン夫人もまた、現場となったアパートの居住者だったのだ。
 現クシェ夫人ジェルメーヌ、ニーヌ・モワナール、そしてマルタン夫人。八百万フランにのぼる莫大な財産を残した死者をとりまく三人の女たちをめぐり、メグレは真実を突き止めようとするが・・・
 1932年発表のメグレ警視シリーズ第12作。「三文酒場」と「サン・フィアクル殺人事件」の間に位置するごく初期のもの。息子のロジェが恋人共々エーテル中毒だったり、前妻マルタン夫人が再婚した哀れな小役人の夫マルタン氏を、クシェと比較しながら日夜いびってたり、アパートにねじけた立ち聞きばあさんや狂女がいたりとか、全体に病んでギスギスしててあまり好きではないんですが、再読してみるとやはり初期作だけのことはあるなと。
 アパートの住人たちの動きが全部シルエットになって映るのは凄く魅力的な設定ですが、これはあまり生きていません。むしろ殺害現場がマルタン夫妻の部屋の窓から手に取るように見渡せることが、より直接的に事件に関わってきます。
 金銭欲とどうにもならない感情が絡んだドロドロに醜悪な犯罪で、終盤になるにつれ、登場人物の感情もまたヒステリックなほどに高まっていく。第十章に挿入される逃走シーンは、短いですが緊張感があります。不発に終わったシルエット設定を生かすために、各要素を分解し組み立て直したのが第二期の「メグレと超高層ホテルの地階」になるのかな。作品としてはこちらの方が明るくて好きです。
 それなりに凄みのあるストーリーですが、好みからはちょっと外れるので6.5点。幸薄そうだけど健気なニーヌの存在が、物語の救いになっています。

No.2 6点 クリスティ再読 2017/05/20 22:44
初期のメグレ物というと、創元で翻訳が出て、この中でラインナップに残ったものと残らなかったもの、残らなかかったものでも河出の50巻のシリーズに採用されたものとそうでないもの...とその後の運命がいろいろある。本作は創元で「影絵のように」のタイトルで出た後、河出で「メグレと死者の影」と改題して出ている。まあ河出は中期以降のタイトルに合わせて、全作「メグレ」という名前を入れたタイトルにしたためこういうタイトルになったわけだけど、本作の原題は「L'Ombre chinoise」、直訳すれば「中国の影」、実際にはこれは熟語で影絵遊びとか影絵劇のことを指すので、河出の訳題も創元のも意訳に近いが、創元の方が明らかに趣のある良いタイトルである。内容的にも、死者のシルエットが時間がたっても動かなかったので見たら殺されていた、ということと、呼ばれたメグレが目撃した被害者の元妻が再婚した夫を責めるシルエットの両方を指しているので、評者は「影絵のように」を強く推したいな。この2つの影絵がある冒頭の場面が本当に雰囲気があって、いい。
本作とか文庫で160pくらいのものなので、作品が「ある一つの感情」だけで構築されているようなものである。本作だと機会を逃した落胆と自責が他人に向かう後ろ向きでどうしようもない性格がテーマになっている。それに操られる人間の姿も、それ自体がもう過去の取り返しのつかないことなのだから、やはり「影絵のよう」だ...というわけで、本作もショートドリンクのような味わい。キュッと読んでシンプルな感情の悲劇を味わう。それも人生。

No.1 6点 2009/11/26 00:09
いろいろな地方を舞台にした作品が多い初期メグレものの中で、本作はメグレ警視の自宅からもかなり近い建物で事件が起き、ほとんどパリの街中だけで話は片付いてしまいます。まあ、最後近く国境を越える列車がちょっと出てきますが。
数少ない主要登場人物たちが個性的にじっくり描かれていて(その中にもちろん犯人もいるわけです)、なかなか味わい深い作品になっています。被害者の愛人だったニーヌに対するメグレ警視の優しい感情も印象に残ります。
ただ、いくらパズラーでないとは言え、銃声が聞こえたかどうかという捜査の基本が全く問題にされていないのだけは、ちょっとねえ。


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