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[ 警察小説 ]
メグレと老婦人
メグレ警視
ジョルジュ・シムノン 出版月: 1961年01月 平均: 6.00点 書評数: 3件

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早川書房
1961年01月

早川書房
1976年11月

No.3 6点 2019/09/04 07:40
 九月だった。メグレ警視はパリ発ル・アーヴル行きから降りて、乗換えの汽車を待っていた。彼は海の匂いをかぎ、そのリズミカルな響きを聞く思いがしたのだ。メグレは子供の頃の思い出にひたりながら、昨夜の出来事を静かに回想していた。
 オルフェーヴル河岸の本庁庁舎に面会に現れた愛らしい老婦人は、ヴァランティーヌ・ベッソンと名乗った。一世を風靡した"ジュヴァ"クリームの創業者フェルディナンドの未亡人で、今は生まれ故郷のエトルタにある持ち家で一人暮らし。その家で身のまわりの用をさせるのに置いてあった女中ローズ・トロシュが、彼女の身替りとなって死んだというのだ。死因は大量の砒素による毒殺。薬好きのローズは、ヴァランティーヌが前日飲み残した眠り薬を夜中にこっそり服用したらしい。
 メグレはヴァランティーヌの懇請を受けエトルタに赴くが、彼を待ち受けていたのは互いに憎しみ合う老婦人の家族たちが織りなす、複雑な人間模様だった・・・
 1949年発表のシリーズ第60作。「メグレ保安官になる」の次作なので、二度目のアメリカ行きから帰国後、初めて手掛けたものという事になるのでしょうか。発端となる事件こそあいまいですが、中盤辺り老婦人の娘アルレット・スュドルと二人、ひどく暗い夜に海沿いの崖の小道を歩き続ける辺りからけっこう面白くなってきます。
 あけすけに全てをぶちまけながら、激しい言葉でメグレを挑発するアルレット。彼女の義理の兄テオはローズの兄アンリーと酒場で密談し、好人物そうなテオの弟シャルルも代議士の立場を気にしつつ、家族を注視しています。お菓子の売り子あがりの自分をわざと茶化すヴァランティーヌの態度にも、なにか裏がありそう。
 なかなか狡猾な犯人で、ローズの死もラスト付近で起こる射殺事件も、言い抜けが利くように考え抜かれたもの。メグレ物の常道通り、犯行手段よりも容疑者たちの人物を知る事で徐々に真実に迫っていきます。
 真相を知って読み返すと、登場人物同士のニアミスにひやりとした鬼気があります。いつもに増してエンジンの掛かりが遅いメグレですが最後は大車輪の活躍。このおっさん酒ばっか飲んで大丈夫かなみたいな視線だったル・アーヴル警察のカスタン刑事が、途中からおいてけぼりにされてて気の毒でした。

No.2 6点 クリスティ再読 2017/08/16 23:13
メグレには海が似合う。今回はノルマンディの海岸の保養地(例の「奇厳城」がある)エトルタでの事件。
一度はブルジョアに成りあがりながらも財産を失って隠棲した老婦人ヴァランティーヌが、自分を狙ったが身代わりに女中が毒殺された事件の解決を求めて、メグレの出馬を要請した。エトルタに赴いたメグレは、ヴァランティーヌの義理の息子で俗物の代議士シャルル、その兄でイギリス貴族気取りの放蕩者のテオ、尻軽な娘のアルレットといった、アクの強い一家の面々と会う。その中でも当のヴァランティーヌが、老女でありながらも妙に艶っぽさのあるキャラでとくに印象深い。
ちょっとしたミスディレクション風の仕掛けがあったりとか、キャラに似合わずハードな暗闘があったりとか、結構楽しめる作品である。シムノンの作品のキャラというと、成功したために社会的に地位が上昇したけども馴染めないとか、昔は金持ちだったけど没落して..とか、社会的な浮き沈みの激しい特徴があるのだが、この一家も庶民の出身だが美容クリームで当ててたまたま儲けて、城を買ったり豪華な生活を一時はしたけども没落して..というのが事件の背景にある。住んでいるのも出身地なので、「侯爵夫人気取り」と評されるヴァランティーヌでも、洋菓子店の売り子だった過去が周囲に知られていたりする。そんな田舎のリアリティが印象深い。

No.1 6点 2010/05/19 21:38
『メグレと老婦人の謎』評で臣さんも書かれてるようにまぎらわしいタイトルですが、先に出版された本作の邦題は原題直訳です。
最初読んだ時には、おもしろいと思わなかったのですが、それはたぶん初期作品のような雰囲気を求めていたせいだったのでしょう。久々に再読してみたらなかなか楽しめました。
シムノンにしては謎解きの度合いがそれなりに高い作品で、ちょっとした秘密と犯人の企みが隠されていて、伏線もしっかり張ってあります。終わりに近づくにしたがって登場人物たちの醜さが暴かれていき、嫌な話という感じがだんだん強まってくるところ、個人的には今回の再読では気に入りました。
訳者は日影丈吉。特に会話など、メグレが「会いたいッてのかね?」とか「それは、あなた次第でさ、部長」とか言っていたりして、いつものシムノン調を崩すような言葉遣いですが、独特な味はあります。


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