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[ 警察小説 ]
メグレと政府高官
メグレ警視
ジョルジュ・シムノン 出版月: 1977年09月 平均: 6.00点 書評数: 3件

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河出書房新社
1977年09月

河出書房新社
1982年12月

グーテンベルク21
2015年03月

No.3 6点 2020/08/22 21:16
 その夜、家に帰ってくるとメグレ警視は、公共事業省大臣のオーギュスト・ポワンから電話があったと夫人に告げられた。至急会いたいという。メグレは指定されたパストゥール大通り二十七番地のアパルトマンに出向くが、そこで途方に暮れるポワンが語りだしたのは、一ヵ月前から前から新聞をにぎわしているクレールフォン事件に関するものだった。
 クレールフォンの大惨事――それはオートサヴォア県にある恵まれない子どもたちのためのサナトリウムが崩壊し、百二十八人の子供の生命が奪われた痛ましい事故だった。サナトリウムを建てた土建請負会社の社長アルチュール・ニクーは上流社会の人間として振舞い、文学・芸術・政治の世界で重要な人々をサモエンヌに招待していたが、ポワンもその中の一人だった。単なる招待客で、ニクーと特別な関係がある訳ではなかったが。
 昨日の午後、国立土木大学の学生監ジュール・ピクマールと名乗る男がポワンの元に現れ、彼が総理の命を受けて探していた故カラム教授の報告書を託して去っていった。通称《カラム・レポート》と言われるそれは、応用力学の権威者ジュリアン・カラム教授が事前調査にたずさわった時のデータで、その中で教授はあの大惨事が起こることを予告しているという。悲劇が起きた今それが公表されれば、政界すべてを巻き込む爆弾になりかねない。ところがそれが、わずか一日のあいだに紛失してしまったのだ。
 朴訥なポワン大臣にある種の共感を覚えたメグレは、証拠湮滅の汚名を雪ぐため非公式に事件を引き受ける。彼の不得意な政治的事件。果たしてメグレは犯人を探し出し、消えたレポートを発見できるのか?
 『メグレと若い女の死』『メグレと首無し死体』の間に挟まる、シリーズ第74作。1954年発表。シャーロック・ホームズものの「海軍条約事件」と同じく機密文書の行方を巡る謎ですが、メグレはホームズとは違うのでケレン味たっぷりの小芝居とかはありません。地道な捜査の末に、ややビターな決着を迎えます。
 傑作に囲まれた円熟期の作品ですが、出来は標準かややその上くらい。サクサク読めるとはいえそこまで魅力的な人物は登場しません。間違って政界入りした感じのオーギュスト・ポワンとの遣り取りに、ほのかな温かみを感じるくらいでしょうか。
 ヴァンデ県ラ・ロシュ・シュール・ヨンの弁護士で、イギリスのスパイや捕虜収容所からの脱走兵をかくまっていたことからドイツ軍に逮捕され、地元の信望を得て国民議会議員となった人物。出身階級や年齢、体つきもメグレと同じくらいで、作品中では何度もお互いに〈兄弟のように似た人間と向きあっているような印象〉を受けています。元々気が進まないこともあり、彼の頼みでなければおそらく初めから承諾しなかったでしょう。
 総理直属の国家警察総局も動き回る中、手元の情報を整理しつつ慣れない捜査にあたるメグレ。《カラム・レポート》の存在を掴んだとおぼしき政界フィクサーの動きから犯人にアタリを付け、一気に隠れ家に踏み込みます。
 レポートを利用して罠を仕掛けた黒幕に深みがあればもっと良かったかな。全体の図式はそこそこですが、描写はあっても面白くない類の人物なのでまあ仕方無いか。でもレストラン《フィレ・ド・ソール》での両者の対峙には、なかなか緊張感があります。

No.2 6点 tider-tiger 2017/07/30 18:40
とある施設で100人以上の子供が犠牲となる大惨事が発生した。その施設の建築に大反対する専門家が過去に意見書を提出していたことが判明し、その意見書を巡って本来は無関係だったとある政府高官が窮地に陥り、メグレに救いを求めた。

実際に当時フランスで起きた惨事を下敷きに書かれた作品だそうで、メグレものとしては珍しい試みです。この手の話だったら他の作家の手にかかればもっと複雑巧緻なプロットで、本の厚さも倍以上になりそうなものですが、シムノンはすっきりとまとめています。
いつものようにさほど驚きはありませんが、展開はスピーディーで読み易く、エンタメとしてなかなか楽しめる作品ではないかと。
メグレは窮地に陥った政府高官に好意を持ち、気のせいかもしれませんが、メグレの男気を見たような気がしました。悪役にもう少し深みが欲しかったかな。
この時期の作品としては心理小説的な側面薄く、個人的には少し変わり種な作品のように思っています。
『リュカは不満だった』と題された章では珍しくリュカがメグレに不満を露にしており印象的でした。メグレへの不満というよりもメグレのことを心配していたのだと解釈しておりますが。メグレはやはり、リュカ、ジャンヴィエ、ラポワントの三名を最も信頼しているようですし、この三名はもちろんメグレに忠実です。ただ、リュカだけはメグレのようになりたいという願望があるようです。

※本作は1954年の作品ですが、この年と翌55年は大当たり。本作の他に『メグレと若い女の死』『メグレ罠を張る』『メグレと首無し死体』の三作が書かれておりますが、いずれも傑作(私見では『メグレと政府高官』はもっとも読み易いが、ちょっとランクが落ちる)。私はこの二年間がメグレシリーズの頂点ではないかと思っております。

No.1 6点 2011/05/26 21:43
メグレが自分との共通点を感じる登場人物というと、『自由酒場』の被害者や『メグレ間違う』の外科医(これはむしろ対極と言った方がいいかもしれません)がいますが、本作でメグレに個人的に相談を持ちかけてくる政府高官-公共事業大臣もそうです。大臣夫人にもメグレ夫人との共通点を見出したりしています。
本作はシムノンには珍しく政治的な事件を扱っています。メグレの政治嫌いは、やはり作者の意見でもあるのでしょうが、それにもかかわらずどういう風のふきまわしなのか…
自然災害による大事故で百人以上の子どもが死んだ児童施設の事件は、訳者あとがきによると実際の事件をモデルにしているそうです。その事故の危険性を指摘した文書の行方をめぐる本作は、政治がらみだけにいつものメグレもののような人情話的なストーリーにはなりません。しかし、そのような設定だからこそのサスペンスはあり、なかなか楽しめました。


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