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[ クライム/倒叙 ]
リコ兄弟
ジョルジュ・シムノン 出版月: 1956年12月 平均: 7.33点 書評数: 3件

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早川書房
1956年12月

学習研究社
1979年09月

集英社
1980年01月

No.3 7点 クリスティ再読 2017/05/08 22:42
偶然ながらちょっと前に書評した「ベルの死」と同年の非メグレ物。両方ともアメリカが舞台、しかも鬱小説...と妙にカブった感がある。ただしこっちはマフィアの内幕ものだが、アクション味はほぼ皆無で、「ベルの死」同様に主人公の中年男が心理的に追い詰められていくさまを丁寧に描いた作品である。だからノワールからはシムノン流にズレた印象だ。
主人公はマフィアの中ボスだが、地方の合法部門の責任者で「会計係」なんてあだ名がつくようなタイプ。家族ぐるみでマフィアと縁深い一家で、三人兄弟の長兄。その一番下の弟が堅気の女と結婚して足抜きをしようと考えたのか行方不明になる。裏切りの噂の立ったその弟の足跡を主人公の長兄が追うプロセスがほぼ小説のすべてを占める。
この情報をこっそり提供した次兄、老いた母、それから逃亡した弟..と見知った人々のはずながら、いざ向き合うと見知らぬ人のように長兄が疎外感を感じるあたりが、本作の一番らしいあたり。なので、マフィア物とかクライムノベルとか本作を見るとすると、本当にミニマムなマフィア物(実際ポケミスで150pほどで短い)ということになるだろう。
ある人生の断面を切り取ってそれを覗かせるが、結論もなければわかりやすい感動やドラマらしい予定調和もない。シムノンなので徹底して心理寄りなため、ハードボイルドとは呼べないのだが、心理がまるでモノであるかのようにごろりと転がっているような印象を受ける。

No.2 7点 tider-tiger 2017/02/24 11:12
作中では組織やらギャングやらと遠回しな表現が使われておりますが、要するにマフィアのオメルタ(沈黙の掟)にまつわる話です。
マフィアのメンバーである三兄弟。うち末弟トニィに裏切りの疑いが持ち上がり、長兄エディは苦悩しつつも組織の命ずるままにトニィを捜す。
ただそれだけの話です。派手な展開はありません。

空さんが本作について以下のように仰っていました。
~この人(シムノン)、こんな小説も書いていたのかと驚いたことを覚えています。~
~書き方はいかにもシムノン。~

シムノンには以下のような発言(評者が要約)があります。
『私はまず、こんなことが起こったら、この人物の人生はどうなるのだろうか? と考える。それを見つけるために第一章を書きはじめる。主導権を握るのは登場人物で、私(シムノン)ではない。書いている間はストーリーではなく、登場人物に注意を集中する。ストーリーには興味がない』
シムノンのこうした発言がそのまま体現された作品のように思います。
シムノンの異色作でありながら、同時に典型的なシムノンともいえる面白い(興味深い)作品。 

エディがトニィの行方を訊きだすため母親に会いに行く場面がかなり印象的でした。腹を探り合うようなことになってしまった親子の会話には真冬の便座に腰掛ける時のような緊張感があります。母親との場面は以下の文章で締めくくられます。
~彼には母親の投げた最後の眼差が気になった。~
どんな眼差しであり、なにがどう気になるのかをシムノンははっきり書きません。
本作は抑制された筆致で描かれ、なおかつエンタメ的な盛り上がりに乏しいため、淡々と進んであっさり終わったなと感じる方もいらっしゃるでしょう。ですが、行間に滲む緊張、哀しみ、重苦しさに読んでいてだんだん辛くなってくる、胃が痛くなってくるという方もいらっしゃると思われます。これはもう好みの問題でしょうが、この書き過ぎずに醸す緊張感と悲哀を私は評価します。
次兄の絡ませ方もいい。

掟に縛られたマフィアの一構成員の哀しい人生の断片に焦点を当てた本作とマフィアの世界を壮大なファミリーサーガに仕立てた最上のエンタメ小説『ゴッドファーザー』を読み比べてみるのも面白いかもしれません。私はどちらも素晴らしい作品だと思っておりますが、本サイトでの評価は『ゴッドファーザー』に軍配を上げることにします。

ポケミス版 裏表紙の内容紹介がちょっとピントがずれているように感じました。『非情なギャングの世界で骨肉相喰む三兄弟』などとありましたが、この謳い文句には非常に違和感あります。

No.1 8点 2009/09/01 19:52
メグレ以外のシムノン作品中、初めて読んだのが本作です。この人、こんな小説も書いていたのかと驚いたことを覚えています。
いや、作者の純文学系作品をかなり読んだ現在でも、代表作の一つと言われる本作を改めて読み返してみると、やはりかなり珍しいタイプではないかと思います。シムノンがアメリカに住んでいた時期の作品で、小説の舞台もアメリカ。ギャングの世界の中で肉親を裏切らなければならなくなった男の話です。そのような背景の中で行方をくらました弟を探し出そうとする兄といえば、失踪に始まるハード・ボイルドを思わせるでしょう。
しかし、書き方はいかにもシムノン。主人公エディーの行動と内面描写を巧みに配して、子供のころの記憶から現在の状況までが読者に的確に伝わるよう描いていきます。辛いラストはずっしりと重みを感じさせてくれます。


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