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[ サスペンス ]
紺碧海岸のメグレ
メグレ警視 (旧訳「自由酒場」)
ジョルジュ・シムノン 出版月: 2015年02月 平均: 6.75点 書評数: 4件

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論創社
2015年02月

No.4 6点 クリスティ再読 2021/10/03 16:12
皆さまご無沙汰しております。復活いたします。

復活にメグレ、というのも評者らしいでしょう。初読。「自由酒場」なんて読んでるわけありませんよ(苦笑)。

ヴァカンスだ!緑やオレンジに塗られた船縁に寄りかかって、波紋のゆらめく水底を見つめたり....。傘松の木陰で、大きな蠅のうなりを聞きながら昼寝をしたり...。
知り合いでもない男、たまたま背中をナイフで一突きされた人間のことなど、知るもんか!

第一期メグレは結構アウェイの作品が多いように感じるのだけど、特に本作、メグレらしからぬ陽光のコートダジュール! 相棒の刑事も遊び人風、街は3月というのにヴァカンス気分...とメグレにしてはやりにくいったらありゃしない。気分はノらないまま、しかし被害者がどこかしら自分に似ている、と感じるあたりでメグレはこの事件の真相に自然と肉薄していく...

舞台は華やかなリゾートなんだけども、裏通りの常連さん向けシケた「リバティ・バー」がメインの舞台になるあたりが、いかにもシムノンらしい。「モンマルトルのメグレ」だって観光地の裏にあるストリップ小屋が舞台だし、「ストリップ・ティーズ」でもカンヌの裏通り。しかも被害者はシムノン定番の、社会的成功を収めても、急に成りあがったブルジョア社会が嫌になって、自らドロップアウトしたがる男....シムノンらしさは全開。

なので、シムノンっぽい雰囲気を味わうのはオッケーなんだが、事件や展開はもう一つのところがある。被害者に元スパイの経歴があるとか、プチブル的引退生活とか、この部分があまりちゃんと話として効いていない。当初の構想から、「リバティ・バー」の自堕落だけど居心地のいいあたりに、あとでシムノンの筆がウェイトを移したとか、そういう事情があるのでは。

でも次作が第一期メグレのほぼ最終作「第一号水門」。この作品だと引退が迫って自らの進路に迷うメグレの姿が描かれるわけで、本作の「ヤル気ないメグレ」にも、実はそういう「リタイアを目前にした惑い」みたいなものがあって、それを被害者に投影しているのでは...なんて思う。実は評者もちょっと身に染みる。なので少々甘めに6点。

ちなみに被害者が放蕩の末に流れ着く「飲んべえの最後の頼みの綱」、この「リバティ・バー」の象徴のようなゲンチアナ(リンドウ科の植物の根)って、作中だと苦く「アルコールが入ってない」そうだけども、これを使ったリキュールで「スーズ」という酒がある。苦みがあって爽やか、評者は大好き。メグレも飲んでほしいなあ。

No.3 6点 2016/02/19 10:21
実業家で、かつては軍情報部の仕事をしていたウィリアム・ブラウンが南仏で殺される。
本人は自由にのんびりと女性たちと隠れ家で二重生活を楽しんでいたのに、死んでしまうと、ましてや殺されてしまうと、これは大ごと。周りには利害のある人物たちが大勢いる。
メグレはこの殺人をどう解決するのか。

なんとなく文学的で雰囲気はあるが、結局、色恋や人情を描いた小庶民の大衆文学だった。国内で言えば捕物帳みたいなものか。
紺碧海岸らしさが描いてあったのは冒頭だけで、ストーリーからは原題『自由酒場』がしっくりくる。
タイトルを明るく表現し、表紙をコート・ダジュールの澄んだ青空風にしたのは、ミスリードならずミスじゃないのか。

と文句も多いが、いかにもフランス小説らしい(と個人的には思う)作品で、けっこう気に入っている。
『捕物帳』なんて表現したけど、捕物帳ファンには申し訳ないが、そんな野暮ったさは微塵もない。小説を読んでも映画を観ても、フランス物はやはり雰囲気がひと味ちがうなぁ。
フランス人が読めばどうってことないのかもしれないがw

No.2 7点 おっさん 2015/02/17 15:40
長いこと、シムノンを敬遠してきました。
クリスティー、クイーン、カーなんかに夢中になっていた、ミステリ入門期の中学時代に、河出書房がソフトカバーのメグレ警視シリーズを出しはじめていたので、とりあえず何冊か手にとってみたものの、どうもその良さが分からなかった。帯に刷り込まれていた「 シムノンがわかるかどうかを、その人の小説読みとしての程度をはかる尺度にしていたことが、私にはある。(……)推理小説にも、小説としてのうまさを求めるひとは、シムノンのメグレ・シリーズを読むがいい」という、都筑道夫氏の推薦文にも、微妙な反発を感じ、自分はただのミステリ読みで結構と、意固地になってしまったというのもあります。
その後、『夜明けの睡魔』の瀬戸川猛資氏の影響もあって、海外の“現代本格”を試していく過程で、P・D・ジェイムズやルース・レンデル(のレジ・ウェクスフォード警部もの)などに、ときにメグレと似たテイストを感じ、シムノンの方向性、その普遍性を意識するようにはなりました。それでも――現代ミステリかくあるべし、そのお手本としてのシムノン、といった認めかたは、こちらの負けを認めるようで、したくない (^_^;)
ひとりで勝手に葛藤していたわけで、傍目には喜劇でしょう。
戦前抄訳しかなかった、1932年度作品の『自由酒場』が、論創海外ミステリから『紺碧海岸のメグレ』として完訳で復刊されたこの機会にと、過去の経緯はひとまず忘れてw 手を伸ばしてみました。

南フランスの、地中海に面し「カンヌに始まりマントンに終わる長い大通りで、六十キロメートルに及ぶ」リゾート地、紺碧海岸(コートダジュール)。そのアンティーブ岬に暮らす母娘が、不審な自動車事故を起こし、警官が彼女たちの家を調べてみると、同居していた男性(家は彼の名義)が刺殺体で、庭に埋められているのが見つかる。
被害者ウィリアム・ブラウンは、戦時中に軍情報部に協力しており、スパイ絡みの事件という予断で報道が過熱するおそれがあったため、これを早急に、かつ穏便に処理するため、パリ警視庁からメグレが派遣される。
ブラウンはオーストラリア人で、愛人とその母親と、もう十年もその別荘で暮らしていた。定職をもたず、月に一度、何日か外出しては当座の生活費をもって帰ってくるという、謎めいた生活だった。母娘の供述によると、ある晩、恒例の外出を終えて車で帰ってきたブラウンは、背中を刺されており、玄関までたどり着いたところで絶命したという。その死がもし、彼がオーストラリアに残してきた妻と子供たちに分かれば、家財を差し押さえられ無一文で追い出されると考え、母娘は死体を隠したうえで、金目のものを持って逃走をはかったらしい。
メグレは、たまたま手に入れた手掛りから、不在中のブラウンが訪れていた、カンヌの「自由酒場」の存在を突き止めるのだが、そこには被害者の、まったく別な生活があり・・・

翻訳は、原稿枚数にして三百枚ちょっと。メグレものらしく、短い長編なのですが(論創海外ミステリとしても、一、二を争う薄さです)、盛り込まれたドラマ――とりわけ被害者になった人物と、犯人になってしまった人物の織りなす――は濃密なものでした。
ふと都筑道夫氏の、シムノンとは全然関係ない、こんな文章を思い出しました。

 ひとことでいえば、「途中の家」のおわったところから、現代のミステリは、はじまるのである。(エッセイ「眠りの森」:『推理作家の出来るまで』所収)

エラリイ・クイーンの『途中の家(中途の家)』は優れた謎解き小説だが、被害者はなぜ、二重生活を続けたのか――その、人間関係のドラマのもっとも魅力的な謎に、作者は目を向けていない、それが二十年ぶりくらいに同書を読み返した都筑氏には、大きな不満だったというわけです。
そういう面では、本書はきわめて説得力に富みます。被害者が家族を捨てて紺碧海岸に住み続けたのも(“場”に説得力をもたせる、シムノンのデッサンの確かさ。こういうのは、まあ、中学生には分からなくても無理はないと、自分を慰めます)、寂しくて女を囲ったのも、やがてよそに楽しみを求めるようになったのも、その心理を、探偵役のメグレと一緒に完璧に理解していくことができます。
人物の対比的な配置といい、それを交差させる演出といい、小説としては、まずケチのつけようがありません。
でも。
あえて言わせてもらえば、ミステリとしては、やはり甘いのではないか。
大事な手掛りを、メグレがついうっかり(自分のものと勘違いして)持ちかえった被害者のレインコートのポケットから見つけるあたりの安易さ。
最終的な事件の決着にも、疑問は残ります。警察小説として、これでいいのか、という部分は、まあ人情噺として、心情的にギリギリ認めるとしても――たとえば、本サイトでレヴュー済の、ディクスン・カーの『帽子収集狂事件』などに比べたら、少なくとも共感はできます――ダミーの解決を提示できなければ、上司も世間も承知するはすがないでしょう。

長所(情)と短所(理)、そのどちらを重く見るかで、評価が分かれる作品ですね。
筆者としては、あくまでミステリ読みとして、もう少しプロットに工夫が欲しいという立場を固持します(現代ミステリには、情と理の両立を求めたいw)。
それでも、シムノンのうまさを、キチンと実感できたのは大きい。作者に対する、食わず嫌いを反省させるだけのものを、本書が持っていたのは、間違いありません。
なんでこれ、改訳の機会に恵まれず、79年も埋もれたままだったんでしょうねえ。

なお、巻末に「解説」はなく、「訳者あとがき」(佐藤絵里)だけですが、物語の背景や小道具にも言及された楽しい内容で、データ面にも配慮されており、これはマルです(注文をつけるとすれば、付された「ジョルジュ・シムノン主要著作リスト」の「主要」の判断がよく分からないことか)。今後は、このへんを基準にしてくださいね、同叢書の訳者のみなさん。

No.1 8点 2009/02/16 22:25
偽善性や息苦しさに満ちたセレブな生活からの逃避という主題を、シムノンは純文学系の作品の中でも何度か取り入れていますが、この作品では二重生活を送っていた男の死という形で描かれています。
陽気でまぶしい南仏のしゃれた住宅地で起こった殺人事件。この優雅な雰囲気と、被害者の二重生活のもう一方、暗く薄汚れた「自由酒場」との強烈な対比が、感動を深めます。
文豪アンドレ・ジイドも『サン・フォリアン寺院の首吊り人』と並べて好きなメグレものとして挙げていたという本作の翻訳がたぶん60年以上もほとんど入手不可能なままというのは、残念なことです。長島良三さん、新訳お願いしますよ。

2015/03/23 追記
以上は、原書を読んで書いたものだったのですが、シムノン翻訳の第一人者長島さんが亡くなってからわずか1年ちょっとで新訳が出版されたのには、驚きました。その長島さんは原文の持ち味を重視する翻訳者でしたが、新訳の佐藤絵里さんは、原文と比較してみると、むしろ日本語らしさを心掛けているようで、たとえば過去形の原文を現在形にしているところもかなりありました。


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