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このミステリーがすごい!2022年版
このミステリーがすごい!
雑誌、年間ベスト、定期刊行物 出版月: 2021年12月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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宝島社
2021年12月

No.1 7点 Tetchy 2025/05/23 00:52
この年の『このミス』から投票対象作品が2020年11月から2021年9月末までに変更がなされた。これまでは前年の11月から10月末が通例だったが、今年は1カ月早まっている。そして翌年からは10月から9月末までと変更された。

杓子定規的に考えればその年のミステリを対象に選ぶならばやはり1月から12月末までの作品を対象にするのが妥当だろう。しかしそうなると恐らく刊行は2月になり、既に新年を迎えて1月以上は経ってしまっているので今更感は拭えないだろうことは想像に難くない。

また年末年始の休みに各種ランキング本で選出された作品が購入され、そして読まれることを期待しての12月刊行を狙っているようにも思われる。

正直昨今のこの年末イベントの出版レースは過熱化してきており、例えば本書もそれまでは12月の10日前後に出版されていたのだが、早川書房のミステリマガジンや週刊文春が先んじており、またもう1つの『本格ミステリ・ベスト10』も『このミス』に先んじようとしている節が見られる。

また一方で働き方改革で残業時間管理が厳しくなっており、恐らく会社で寝泊まりが常識化している出版業界にもその影響が出ているのだろう。
つまり限られた時間でデータを纏め、デザインし、そして各識者にコラムを依頼してそれらを校正して纏めなければならないのだから、いくらIT化したとはいえ、至難の業なのだろう。ゆえに編集作業を延長するために〆切を繰り上げたようにも思える。

ただ個人的には12月から11月末を対象にして1月に刊行するのがベストだと思うのだが年末年始休みを挟むため、印刷所の手配等で〆切が早まることになり、これもなかなか難しいと云ったところか。
なのでベストなのはもう1月出版にすると割り切って従来通り前年11月から当年10月末までの期間にするのがいいと思うのだが、どうだろうか?

とにかく9月末は早すぎる。まだ残暑の季節ではないか。年の瀬が訪れるまで3ヶ月もある。1つの季節分の期間が余っているのだ。

前置きが長くなったが、今回ランキングを制したのは国内が米澤穂信氏の『黒牢城』、海外はアンソニー・ホロヴィッツの『ヨルガオ殺人事件』となった。米澤氏もこれで3冠である。更にこの作品で米澤氏は直木賞も受賞した。これまで数々の話題作を出してきた著者の真の代表作となった。

そしてホロヴィッツはそれを上回る4冠。しかも4年連続だ。海外の現代ミステリ、しかも本格ミステリの復興を担っている感がある。

まず国内から触れると2位は佐藤究氏の『テスカトリポカ』。初ランクインで2位である。そしてこの作品は直木賞も受賞する、まさに現時点での作者の代表作となった。そう、この年の『このミス』は1,2位が直木賞受賞作なのである。日本で最も権威のある文学賞が『このミス』と連動するようになるとは、感慨深い。

そして3位は今や日本を代表する近未来警察小説のシリーズとなった月村了衛氏の機龍警察シリーズ第7作目の『機龍警察 白骨街道』がランクインした。
そして4位は今村昌弘氏の『兇人邸の殺人』が続く。彼もデビュー以来、常に5位圏内に作品が入っているクオリティの高さを誇っている。よほどこのシリーズの内容が素晴らしいかが推し量れる。ただノンシリーズや新たなシリーズを著したときにも高評価が期待できるのかがカギだろう。
そして5位も新人でありながらも昨今のランキングで上位に位置している阿津川辰海氏の『蒼海館の殺人』がランクイン。文庫書き下ろしでしかも講談社タイガというラノベ系のレーベルからの出版でありながらも前作『紅蓮館の殺人』同様、ミステリ評論家たちのお眼鏡に止まり、高評価を得た。4位の今村氏同様に今まさに脂の乗った新進気鋭の若手本格ミステリ作家と云えるだろう。
6位以下も昨年1位を取った相沢沙呼氏の『medium』の続編『invert』、三津田信三の刀城言耶シリーズの最新作『忌名の如き贄るもの』や道尾秀介氏の作品が並ぶがそこに割って入ったのが浅倉秋成氏と知念実希人氏の作品だ。両者もまた本格ミステリ作家であり、なんと10位圏内に道尾秀介氏も含めて本格ミステリが8作もランクインしたことになる。ただ残り2作の本格ミステリ外の作品が2,3位を占めているところに多ジャンルのミステリの意地を感じる。
そして11位以下はまたバラエティに富んだランキングとなっている。例えば竹本健治氏、東野圭吾氏、小池真理子氏、皆川博子氏というレジェントとも云うべき作家たちが並べば、更には若竹七海氏や麻耶雄嵩氏といった新本格のベテラン世代と最近連続してランクインしている冲方丁氏も並び、そして伊吹亜門氏、青崎有吾氏、方丈貴恵氏らのランキング経験者に加えて新人の榊林銘氏が加わるという新人ミステリ作家群が入っており、ミステリのジャンルの広がりを感じさせるランキングとなった。
個人的には小池真理子氏が1998年版の『欲望』以来、なんと24年ぶりにランクインしたこと、竹本氏が長らく書き続けていた『闇に用いる力学』が完結してランクインしたこと、そしてネットでは話題になっていた探偵ガリレオシリーズ最新作の『透明な螺旋』が20位圏外にもランクインしていなかったことが驚きだった。こういう新旧織り交ざったランキングは観ているだけで胸が躍る。そして20位圏内まで目を向けると本格ミステリはなんと15作。本格ミステリの勢いはいささかも衰えていない。

さて海外は上にも書いたようにホロヴィッツの4年連続1位という圧巻の結果となったが、それ以外のランキングはもうこれまでのランキングはほとんど関係ないほどバラエティに富んでいる。
2位は初登場作家のホリー・ジャクソンの『自由研究には向かない殺人』は他のランキングでも上位を占めているようで妥当な線だが、3位のジョゼフ・ノックスのマンチェスター市警エイダン・ウェイツシリーズ作品『スリープ・ウォーカー』は全くのダークホースだった。4位もハンナ・ティンティの『父を撃った12の銃弾』もまた然り。ただ5位の華文ミステリ、紀蔚然氏の『台北プライベートアイ』はネットや雑誌の書評でも評価は高かったが、まさか5位になるほどとは思わなかった。また5位にディーヴァー作品がランクインしているが、なんと物語が終章から逆行する『オクトーバー・リスト』の方だった。これは正直意外。確かに面白かったがこれほど評価が高くなるとは思わなかった。
とにもかくにも海外ミステリランキングは新参者ばかりで常連作家やランキング経験作家は1位のアンソニー・ホロヴィッツ、5位のジェフリー・ディーヴァー、9位のデイヴィッド・ピース―彼も久々である―、13位の陸秋槎氏、14位のD・M・ディヴァイン、16位のレオ・ブルースの計6作家のみ。あとは初顔ばかりである。このバラエティの豊かさはコロナ禍の影響だろうか?

確かにコロナ禍での海外作品の出版状況はかなり苦しいと感じており、コロナ禍以前では4,5ページはあった巻末リストがたった3ページ強のボリューム、しかも新訳版も含まれての冊数のため、新作はさらに少ないこと、そしてコロナ禍で本が売れないことが拍車をかけており、海外ミステリ作家の版権料高騰に追従できてないことなど諸条件が影響しているのかもしれない。
しかしそれがゆえに作品の選出も玉石混淆ではなく、目を詰めた検証がなされるようになり、まだ見ぬ作家に傑作が潜んでいることが判ってきたことの表れなのかもしれない。

さて今回の企画では先ほど挙げた新人ミステリ作家たちの座談会が面白く読めた。
今村氏、岡崎琢磨氏、斜線堂有紀氏、知念氏、方丈氏の5氏が参加されていたが、特に面白かったのは館物に付きまとう建築基準法の絡みだ。知念氏は意識しており、今回ランキングした『硝子の塔の殺人』では建築基準法に違反しているときちんと述べていると話していたのがおかしかった。
今村氏も同様で建築士に見てもらって特に『屍人荘の殺人』では不適合にならないように平面図を作ったとのこと。あと斜線堂氏はかなりのミステリマニアだというのが解った。彼女ともう1人のコアなミステリマニア阿津川氏の対談を読んでみたいものだ。

また今回1位を獲った米澤氏のインタビューで『黒牢城』の創作について語られているが、きちんと時代考証を重ね、また当時の言葉遣いなども調べて、矛盾がないようにしながらも読みにくくならないように堅苦しさを排除した記述を心掛けたことや当時は時計がないため、時間の表現に苦労し、工夫をしたことなどが書かれていた。その内容は直木賞を受賞して当然だと思わせる納得のいくものだった。

コロナ禍2年目の1年間だった2021年。それでもミステリは書かれ、そして訳出されたことが素直に嬉しかった。
確かに出版状況は厳しく、特に海外作品のエージェント交渉などが渡航できないために難しくなっており、それが訳出に繋がらなかったとも聞く。そしてそれを裏付けるかのように本の価格は文庫でさえ年々高騰しており、もう2,000円で3冊も買えないくらいになっている。

それでもやはりミステリは面白い。だから応援したくなる。
そしてこのようなその年のミステリ作品について語り、ランキングを付けることでその年の世相も見えてくる。21年はコロナ禍であったがミステリの内容にはまだその影響が見られない。この苦難を乗り越え、そして日常を取り戻してまたミステリを愉しみたいものである。


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