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オール讀物 2018年8月号 陳浩基「青髭公の密室」掲載 |
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雑誌、年間ベスト、定期刊行物 | 出版月: 2018年07月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
文藝春秋 2018年07月 |
No.1 | 6点 | おっさん | 2019/01/18 19:52 |
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本当言って、陳浩基の「青髭公の密室」(稲村文吾訳)を取り上げたいだけなんですけどw
いやあ、惰性で買い続けている早川書房の『ミステリマガジン』を別にすれば――特定の掲載作が読みたさに、小説雑誌を買い求めるなんて何年ぶりか。 にもかかわらず、買ったまま放置していた、くだんの『オール讀物』2018年8月号を、病院の待合室での読書に適当だろうと持ち出し、年末年始に、夏向けの「怪異短篇競作」で暇をつぶした筆者なのでしたw 表紙に刷り込まれたコピーでは、『13・67』でブレイクし華文ミステリの旗手となった陳浩基は別枠扱いですが(でも「最新短篇」という売り文句は嘘。ブレイク前の旧作です)、目次を見ると『青髭公の密室』も、恩田陸、朱川湊人、彩瀬まる、石持浅海、武川佑、村山由佳らの作品と一緒に「怪異短篇競作」の企画に組み込まれています。 なるほど、合理的な謎解きの用意された、名探偵もののパズラー短篇(というか、分量的には中篇)ではありますが、中世ヨーロッパを舞台に、童話の「青ひげ」を下敷きにして、そこに死体消失の不可能興味を盛り込んだストーリーは、まんざら特集企画のキーワード「妖(あや)し」と無縁ではありません(少なくとも石持浅海の、ひねくれた殺し屋探偵もの「死者を殺せ」よりはww いやあ、「怪異短編」の依頼を受けてこれを書く石持さん、さすがですwww、)。 旅の途中、法学博士にして作家のホフマン先生と、「僕」こと従者のハンスが、森の中で出くわしたパニック状態の女性。「あの恐ろしい場所には帰りたくありません……殺されてしまいます……お願いです! 私を助けてください! どうか!」。聞けばこの男爵夫人、夫の留守中に好奇心にかられ、預かった鍵束を使って立ち入り禁止の地下室に入ったところ、壁にくくりつけられた二人の女性の死体を見てしまい、男爵の先妻が二人とも姿を消しているという使用人の話を思い出し、命からがら城を飛び出してきたらしい。ホフマン先生は夫人を説き伏せ、「僕」ともども、彼女の故郷から来た義兄という触れ込みで、一緒に城へ赴き、帰還していた男爵を欺き客人となる。その夜。閉ざされていた地下室の扉を開いてみると―― 童話をミステリに改変する趣向は、面白い。 怠慢な『オール讀物』編集部は、なんのコメントも付していませんが、本作は、公募の推理短篇を対象とした「台湾推理作家協会賞」の、第7回(2009年度)大賞受賞作です。陳浩基はこの前年にも、同じシリーズ・キャラクターを探偵役に配した童話ミステリを同賞に投じ、最終候補に残っています。そして2011年に『遺忘・刑警』(邦題『世界を売った男』)で島田荘司推理小説賞を受賞、2014年に渾身の力作『13・67』を発表、という流れですね。 このお話、作者が都筑道夫やE・D・ホックだったら、もっと短い枚数で小味にまとめたろうな、と思わせますが、新人のコンテスト応募作としては、その悠々たる筆致がプロ顔負けです。 異様な「密室」の設定と、そのシンプルな解法。そして真相へ至る糸口が、原典の「青ひげ」のストーリーが内包する論理的な矛盾を突いたものであること。 これで、終盤の「黒」から「白」への反転が、もう少し鮮やかに演出できていたら、と、つい欲が出ます。 筆者の愛する、かの巨匠の言葉を借りましょうか。 「作中の人物たちの会話もまた、この意味で必然的なものであらねばならぬ。ストーリーを謎めかすためとか、特定の人物を怪しく思わせるためとかであってはならぬのだ。(……)要は読者が読了後に、もう一度ページを繰って――このような殊勝な読者に恵まれるのはめったになかろうが――なるほど、あのときのあの人物の会話には、そうした気持ちが潜んでいたのかと頷くだけの意味が含まれていなければならぬのである」(ジョン・ディクスン・カー「地上最高のゲーム」) それでも、ホフマン先生の謎解きが一段落したあと、ドラマを締めくくる、語り手ハンスの最後の一言。これはうまいなあ。陰惨な「青ひげ」を下敷きにしていたはずの本作が、最後の最後で、まったく別な童話へクルリとその様相を変える。陳浩基、やはり、なかなかどうして侮りがたしと思わせます。 「怪異短篇競作」のほかの諸作は、石持浅海の一作を除いて、おそらく一年もしないうちに筆者の記憶からこぼれ落ちていくでしょうが、「青髭公の密室」は間違いなく残ります。 いずれなんらかの形で本にまとめられるかとは思いますが、ひとまずこれを読むためだけに雑誌のバックナンバーに当たる価値あり、です。 |