皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ 本格 ] 眠れるスフィンクス ギデオン・フェル博士シリーズ |
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ジョン・ディクスン・カー | 出版月: 1956年01月 | 平均: 6.12点 | 書評数: 8件 |
![]() 早川書房 1956年01月 |
![]() 早川書房 1983年08月 |
![]() 早川書房 1983年08月 |
No.8 | 6点 | 弾十六 | 2025/04/30 03:03 |
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1947年出版。フェル博士第17作。国会図書館デジタルコレクションで読みました。元本はミステリ文庫。NDLdcでは旧訳のHPBも読めます。
これJDC名義のある作品と好一対。あっちは「男心はわからない」で、こっちは「女心はわからない」(作品名は人並由真さまの奥ゆかしさを尊重してボカしました)。ミステリ的には不可能状況が提示されるが、そっちはオマケの扱い。 でもXXXの正体が、実は… というのは全然いただけない。JDCのやりすぎ。 恋愛模様も、描写が不十分なので、それぞれのキャラが立っていない。作者の登場人物はいつもそうだが、行動が中途半端。球際に弱く、いざという時に第一歩が遅れる。設定は結構良いのになあ、と残念に思う。 一つトンデモない不可能状況があった。フェル博士にあんなXXXは無理。元スパイを向こうに回して大活躍しすぎだ。 以下、トリビア。 作中現在はp11に明記。 英国消費者物価指数基準1946/2025(53.52倍)で£1=10193円。 p11 七月十日水曜日(Wednesday, July tenth)◆ 該当は1946年。 p17 年三百ポンドで生計を(with three hundred a year and my keep)◆ my keep(食費)は別、というように読める。実家暮らしだった? 七年前の話なので英国消費者物価指数基準1939/2025(83.53倍)で£1=15908円。 p25 スリラーや犯罪もの(a thriller or a book of trials)◆ ちょっとニュアンスずれ。試訳「ミステリ小説か裁判実録」 p54 電報なら急用(Telegrams convey a sense of urgency) p62 かみそりのとぎ皮(a razor strap) p67 ジャン・ピエール・バキエ(Jean Pierre Vaquier) p70 ヴィクトリア時代… 医師の社会的地位はあまり高くなかった(his Victorian boyhood: when the social status of medical men, for some reason, was not very high) p81 昔風の殺人ゲームをやる(play an old-fashioned game of Murder)◆ 後ろの方ではthe Murder gameと表記。 p87 おおスザンナ p114 かんぬきやさし錠(bars and bolts) p128 ボルテールやアナトール・フランス◆ JDCはアナトール・フランスが嫌いのようだ。 p128 あたしは十九だから結婚できるのよ(I can get married at nineteen; don't think I can't)◆ 当時の英国では保護者の承諾のない結婚は21未満では無効のはず(Age of Marriage Act 1929; The Family Law Reform Act 1987で18歳に引き下げ)。なので挑戦的にdon't think I can't「(無効になったって)やったるよ」と言っているのか? なお結婚可能年齢は両性とも16以上。 p174 ルーガー拳銃(Luger pistol) p181 前の世代の人々には自殺は恐ろしい罪(suicide.... before our generation that was thought to be a fearful sin) p184 湯タンポ(hot-water bottles) p208 ボルネオの蛮人(the Wild Man of Borneo)◆ デビュー当時、ジミヘンもこう呼ばれていた。 p210 アトリー首相(Mr. Attlee)◆ 英国首相(26 July 1945 – 26 October 1951) p212 いまでは離婚はたいしたスキャンダルにならない(divorce is hardly a scandal nowadays) p227 {リスト} ◆ 名前だけ検索用として。 ・Maria Manning (London, 1849.) Patrick O'Connor. ・Kate Webster (London, 1879.) Mrs. Thomas. ・Mary Pearcey (London, 1890.) Phoebe Hogg. ・Robert Buchanan (New York, 1893.) Annie Buchanan. ・George Joseph Smith (London, 1915.) ・Henri Desire Landru (Versailles, 1921.) p253 五六bは通りの右側にあるはず(55b should be on the left-hand side of the street)◆ 数字はケアレスミスか。ロンドンの番地の付け方のルールはどこかに書いてあったのを読んだ記憶あり。 p276 九九九番を回して救急車を◆ 1937年から英国の緊急電話番号。警察、火事、救急車、コーストガードを呼び出せる。英Wiki "999" p290 ホワイトホール1212(Whitehall 1212)◆ 英Wikiに項目あり。1932年からこの番号とのこと。 p328 彼の方から離婚しても、彼女の方から裁判で離婚しても(Whether she officially divorces him, or he divorces her)◆ 原文ではofficiallyは「彼」にも「彼女」にもかかっている。英国での離婚は両方の同意があっても裁判が必須。1923年以降は夫も妻も不貞だけを理由に離婚を申し立てることが出来るようになった。 |
No.7 | 6点 | レッドキング | 2020/02/27 16:21 |
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愛してやまない女が狂女なのか、信頼してやまない旧友が殺人者なのか・・。二者択一に揺れる男の夢幻的なサスペンスティックミステリ。納骨堂「密室事件」のオマケも付く。物語の雰囲気はカー王道で、密室トリックもなかなか。残念なことにメインテーマと密室の関連性がイマイチ。「皇帝のかぎ煙草入れ」とは同格だが、「曲った蝶番」「火刑法廷」には一歩、「三つの棺」「囁く影」にはニ、三歩及ばないかなと。 |
No.6 | 5点 | 雪 | 2018/06/14 10:52 |
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評価高めの本作ですが、「密室状態での棺の移動」という不可能興味がとってつけたような感じで、物語の調和を乱しているのが大きな不満です。登場人物の一人がある目的を達するためにふと思い付いただけで、この部分だけ必然性が無く何らプロットに貢献していません。「本筋だけでは弱い」という判断でしょうが、却ってマイナスですね。
同じく〈恋愛要素が物語にもトリック成立にも必然をもって絡んでくる作品〉である前作「囁く影」と比べればその差は明らかです。あちらでは不可能性や怪奇性、恋愛との相乗効果が全体の完成度に貢献しているのに対し、こちらではこの部分だけが浮いてしまっています。 「囁く影」以上に、それ抜きではメイントリックやプロット自体が成立しないほど〈恋愛〉に寄り掛かって作られているだけに、余分な不可能性は付け加えずコンパクトに纏めた方がより良くなったと思います。 それを除けばとくに不満はありません。軸となるトリックは過去の短編の応用で少々小粒ですが。視点の変化で事件の全体像がガラリと変わる所、それを暗示する「眠れるスフィンクス」、犯人の意外性とその伏線、最後に立ち現れる女心の不可解さなど、全般にそつなく仕上げられています。 |
No.5 | 6点 | 人並由真 | 2017/09/22 15:55 |
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(ネタバレなし)
名探偵(フェル博士)自身の手で封印した地下の墓所内で、人間の力ではおよそ持てない重さの棺桶が動かされた…という本作一番のケレン味&謎は、なかなか魅力的なような地味なような…。 いずれにしろその謎そのものは筋立てのメインにはならず、半年前の変死事件をめぐる二者の主張の拮抗が主人公を悩ませる。恋人シーリアを信じたいが、疑念が拭えない主人公の青年ホールデンの葛藤がいかにもカーらしい恋愛模様で語られ、最後まで退屈しない。カーのミステリメロドラマとしては上位に来る出来ではないだろうか。 肝心の真犯人はカーの作劇の手癖でおおむね見当がつくが、素直に読めばかなり意外な正体だろう。伏線というか手掛かりも随所に設けてあり、その辺の抜かりなさにも感嘆(残りページが少なくなるなか、犯人の名前を明らかにしないところもサスペンスフルで好感が持てる)。殺人トリックも、ありがちなものに細かい創意を加えて新鮮さを感じさせる。 なお真犯人の意図以外に事件がややこしくなった経緯もいかにもカーらしいが、本作の場合はその流れが明瞭で、作劇のこなれ具合が好ましい。 ちなみに最後に明かされる棺の移動の真相については、妙なリアリティがあってなかなか楽しいです。その現場のビジュアルイメージを想像するとちょっと微笑んでしまう。 あと<恋愛は複雑なものだ>を実感させるラストは、カー名義の別の長編の印象的なクロージングと対になる感じで鮮烈ですな。 |
No.4 | 7点 | 了然和尚 | 2015/11/23 12:25 |
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本作のトリックについて考えたのですが、完全犯罪ですね。服毒心中をはかり(男女は別の場所で)、しかし被害者は狂言自殺のつもりで、服毒後に助けを呼ぶつもりであったが、相手の方が、こっそり麻薬を混ぜておいたために助けを呼べずに絶命。この場合相手のアリバイは完璧ということになる。被害者の自作自演を強調すればいくらでも不可能犯罪になりそうです。(密室とかからめて)
で、カー先生は解けない謎は本格ミステリーではダメと言わんばかりに、多くの手がかりを残しながらわざわざ犯人が被害者に一撃食らわしにやってきます。この辺の古臭さがいい味ですね。 (いつものように、細かく手がかりをまいてますね) 結末について、プラス1点です。この時代の小説なら若い二人のハッピーエンドでちゃんちゃんかと思うのですが、ドリス・ロック嬢の犯人擁護の発言は真犯人より意外で、結末にある種の苦さを与えています。最近の作家さんの作品ならよくありそうなのですが、1947年の作品なのですからね。 全く、若いやつは何を考えてるのかわからん。 |
No.3 | 5点 | kanamori | 2011/01/11 18:07 |
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往年のカーのようなケレン味が見られない地味な作品。
いちおう、密室状況の納骨堂内での棺の移動という不可能興味を提示していますが、本筋の謎ではありません。メインは過去の女性不審死に関する謎で、登場人物の造形をミスリードしたり、新たに事件が発生しない構成は、アガサ・クリスティや後期クイーンの作風に近いように思います。 |
No.2 | 7点 | nukkam | 2010/09/07 19:01 |
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(ネタバレなしです) 1947年発表のフェル博士シリーズ第17作で、カーの作品の中ではそれほど有名ではないようですがなかなかの出来栄えの本格派推理小説だと思います。納骨堂のトリックなどはトリックのためのトリックで終わったような感もありますが、本書の成功要因はTechyさんのご講評で指摘されているように物語性だと思います。大切に思う人が犯人ではないかという疑惑がどんどん増していく展開とどんでん返しの推理が生み出すサスペンスが出色の傑作です。皮肉たっぷりのエンディングも印象的です。それから本筋とは関係ありませんが、過去にフェル博士がもみ消した事件のことが紹介されています。あのもみ消しはしっかりばれていたんですね。フェル博士、立場がやばいんじゃないですか(笑)? |
No.1 | 7点 | Tetchy | 2008/12/26 22:28 |
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読後にこの題名の示唆する意味が仄かに立ち上って来る心地良い余韻・・・。
事件は小粒だが、物語に二面性を持たせているところを高く買う。 こういう一見、何の変哲もなさそうな事件なのに何かがおかしいというテイストがセイヤーズを髣髴とさせており、カーの中でもちょっと珍しい部類に入る。 しかもこれが冒頭述べたようにこの謎めいた題名の意味を徐々に腑に落ちさせる所もカーらしくなく、手際が良い。 |