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[ クライム/倒叙 ]
けものみち
松本清張 出版月: 1964年01月 平均: 7.75点 書評数: 4件

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新潮社
1964年01月

新潮社
1968年12月

光文社
1970年09月

文藝春秋
1972年04月

新潮社
2005年12月

No.4 8点 ALFA 2022/04/07 15:00
数十年ぶりに再読した。
重厚なクライムノベルで謎解き要素はあまりない。
善人は一人もいないから何が起きても安心して楽しめる。

「社会派」の代表作だが、知られる通りこの「社会派」という区分は清張人気の高まりに伴ってあとから作られたもの。だから清張自身はそんなことは意識せず、単に人間社会の生々しい実態をモチーフにしてリアリティを出そうとしたのだろう。一方、清張以降の作家は既存の「社会派」なるレッテルを否応なく意識しながら書くことになる。そのため時にはプロパガンダのような異形の社会派ミステリーが出てきたりする。私はカードローンをモチーフにした有名ミステリーの巻末に、多重債務者救済窓口が案内されているような実態に非常に違和感を覚える。

海外作品には存在しない「本格」「社会派」などという区分けはそろそろやめたほうが日本のミステリー界のためにもいいと思うのだが。

起伏に富んだストーリーなので何回かドラマ化されている。民子は池内淳子も名取裕子もアリだが、小滝は一流ホテルの支配人で、洗練されたエゴイストというなら池部良しかないだろう。髭を生やした山崎努や佐藤浩市ではマンマ悪党だよ。
近年のドラマは昭和の匂いがないからノーコメント。

No.3 8点 クリスティ再読 2019/12/20 17:57
日本になぜハードボイルドが根付かなかったのか?という問いに対して、「松本清張がいたから」が一番まっとうな答えになると評者は思ってる。もちろん私立探偵小説、という意味ではなくて、リアルな社会を扱い、抽象的な正義感ではなくてエゴイズムを備えた「個我」としての主人公を立てた犯罪小説、という意味であるが、このハードボイルド定義なら、本作あたりは松本清張ならではの最上のハードボイルド小説になるのではと思う。
主人公は女性、脳軟化症で寝付いた夫を事故に見せかけて殺し、それをきっかけに日本の裏社会の闇に関わるようになる....もちろん善人ではない。黒幕・フィクサーと呼ばれる鬼頭の性的なおもちゃになりながら、殺人のきっかけになったホテル支配人小滝に恋着したり、鬼頭邸の若い衆の黒谷の色目に反発したり..となかなか、お盛ん。一見平穏な色ボケ老人の介護の日々だが、背後には道路公団総裁人事をめぐる暗闘と殺人、暴力団組長の暗殺など、きな臭い事件も見え隠れする。一見温厚な老人たちだが、殺人も辞さない残忍さをその奥に隠し持っているのだ。
もちろん日本の黒幕鬼頭老人のモデルは児玉誉士夫である。しかも本作は児玉がロッキード事件(1976)でクローズアップされる15年近く前(1962)に書かれている。松本清張のジャーナリスティックな能力の高さ・嗅覚の確かさが窺われる。しかも

それほどでもないが、わしもこうなるとは思っていなかった。そこがそれ、いま言ったようなことで、わしの立場くらい、運と、ちょっとした才能があれば、だれでもなれる

と自らの生涯を顧みて鬼頭がこういうのである。絶大な裏の権力を誇りながらも、孤独な老人としての鬼頭の哀歓みたいなものさえ伝わってくる。もちろん鬼頭=児玉の前半生には満州国やら軍部やらと結びついた利権などの、日本史の底知れない闇も介在しているわけだ。だから、その名の通りに、この裏社会の「鬼」に対して、ヒロインの名前は「民子」である。この小説を「民と鬼」の寓話として読むのもまた一興。「鬼」さえも実のところ「民」の成れの果てなのである。
狭義のミステリ、と限定しないのなら、スケール感と内実を併せ持つ松本清張の代表作である。

No.2 6点 あびびび 2017/06/13 00:08
最後は必ず消えてなくなる…。そんなストーリーは好みではないが、裏の世界を仕切るドン、ドンの代行者、それにかかわる夫殺しの美貌の女性、怪しげな有名ホテルの支配人と、初めから筋書きは予想できる流れ。

情報提供者が多い作者(もちろん清張)は、創作ではなく、これは半分以上実話である…と訴えたかったのではないか(そんなわけないか?)

No.1 9点 斎藤警部 2016/05/06 12:28
清張は通俗でも充分殺せる。
割烹旅館に住み込む不遇美女に纏わった後ろ暗い手探りの蠢きから始まって、、突然或る事件が起きるタイミングの衝撃波の煌めき!同種のショックは忘れた頃ふたたび襲う。そしてみたび。。。 「まるで往来と同じだ」 「遠近法の計算」。。心理戦のリアルタイムカットバック描写にシビれる場面もある。展開の意外性にヤられた咄嗟の指紋抹消シーン!まさかの疑惑まみれ展開が終盤でもない中盤でもない絶妙無比なその瞬間に急襲!

エログロとは異なるキモエロシーンのしつこさには辟易したが、悔しい事に途中から慣れてしまった。

古の某氏を思わせる闇のフィクサーを中心に据え。。ながらも社会派の色は背景に薄く塗る程度かな、と思えばなかなかどうして、と思わせておきながら。。ストーリーの駒をタイミング良く動かすのが本当に上手いねえ、清張さんは。或る人物の「真実は曲げられませんからね」なる平凡な台詞に込められた或る強靭な意図、いや思い過ごしか。。と保留していたら、かなり後になってその真意を思い知らされた。

終盤に入ると言うには微妙に早い頃合い、それは無いでしょうと言いたくなる、キリキリ来る違和感のすれ違いシーンが、いやいやその外枠にはもう一つまた相当に巨大そうなすれ違いの構図、この外限が見えない感覚に読み手は圧倒される。 しかし。。。。。。。清張さんってのはよほど、言外の屈辱をやり過ごして嘗めまくって昇華させ尽くして最高無比の栄養にまんまと変容させ続けた人なんだな。 

いやいやこの本は東野圭吾ファンに受けが良さそうだ。圭吾さんがこの本大好きなんじゃなかろうか。物語と犯罪の構造こそ全く違えど「白夜行」に大いに通じる何かが底にある。しかし準主役級の刑事が途中から予想外に気持ち悪いメタモルフォーゼを見せる所は大いに違う。白夜行の笹垣刑事はけものみちの久恒刑事(字面ちょっと似てるが響きは違う)を外観はほぼそのままで内面というか全体像を、物語の機微を曇らさない限界まで極力格好良く仕立て直したある種理想の存在だったのではあるまいか?

出て来るんだよねえ「黒革の手帳」なる言葉が、メタ絶妙と名付けたくなる深淵のタイミングで。 疑心暗鬼の独りよがりな応酬を乱反射させる清張の罪無き悪意。。 「世の中は不思議なものだ」だってさ。どの悪党(?)の台詞だったか。

最終局面で意外性を大いに含むバイオレンスアクション展開(!)となるが、その末に明らかになる、真の黒幕、ではなく真犯人、でもなく’最後に残る者’が実に意外! いかにも終盤の前半終わりあたりで’意外にも’あっさり抹消されそうな人物が、まさかあんな悪どさを道連れに、、残るとは! 最後まで生き残ると思われた或る人物のまさかのいきなりの最期、と対になった残酷な意外性には柔らかな心理の盲点を衝かれる。 と前後して別の或る人物がチョイ役と見えて実は黒幕、とまでは言えんが意外と’分かっていた’側の人物である事が露呈、ところがその露呈の直後に。。 と目を瞠らざるを得ない意外意外の急展開に唖然としているうち物語は瞬殺のエンド! この最後の最後にぶん殴られる衝撃の構図は果たして清張当初の構想通りか、それとも。。。

さて本篇、「わるいやつら」の巨悪版とも見えましょうが、この物語内で展開される犯罪は決して巨悪ではなく、巨悪の前々々準備段階(という意味でやはり糾弾すべき?巨悪の構成部分)とは言えても飽くまで、殺人を含むとは言え、小規模の悪行に留めて描写敷衍されたもの。その特徴にこそ通俗的手触りが強く残るが、冒頭で触れた通りそれでもじゅうぶん重厚な殺人的快感をくれるのが清張余裕の底力。 8.6強の9点。


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松本清張
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1962年01月
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張込み
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かげろう絵図
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不明
松本清張自選傑作短篇集
平均:7.00 / 書評数:1