皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
ALFAさん |
|
---|---|
平均点: 6.67点 | 書評数: 218件 |
No.218 | 8点 | 阪堺電車 177号の追憶- 山本巧次 | 2025/08/14 09:03 |
---|---|---|---|
「無理もないわ。もう八十五歳やもんな。」独白は阪堺電車の177号車両。実在の路面電車を狂言回しに据えたユニークなミステリー連作短編集。
新車で導入された昭和8年から戦中、戦後、高度成長期、バブル期、そして運用停止解体となる平成24年までの6話。 電車の語り口はユーモラスだが、事件はシリアス。本格、社会派、ハードボイルド、日常の謎と多彩で楽しい。 圧巻は第5章「宴の終わりは幽霊電車」。地上げで家庭を壊された女のハードボイルド復讐譚。 ときは平成3年。バブルがピークアウトして地獄の釜の蓋がソロリと開き始めたあのころ。身に覚えのある人は背筋が凍るだろう。ホステス3人組の軽妙な会話とは裏腹のダークなドラマが展開する。「徹底的に行くんやね」姐さんたちのセリフ怖!! 敵役ながら極貧から成り上がって破滅する男の哀感も滲みる。この一話、長編に仕立ててもいいくらいの読みごたえ。エンディングの一捻りもワサビ味。 各編をまたいで登場する人物もいるので長編の味わいもある。構成の良さで1点加点。 |
No.217 | 6点 | 伯林-一八八八年- 海渡英祐 | 2025/08/13 08:08 |
---|---|---|---|
舞台は1888年、統一成ったドイツ帝国の首都ベルリン。留学中の森林太郎(鴎外)を主人公にエリス、宰相ビスマルクまで登場するサービスぶり。第13回江戸川乱歩賞はこの設定の妙によるところも大きいだろう。
密室トリックもちゃんとしている。 林太郎から鴎外への成長物語としても味わい深い。 ただ、歴史ミステリーの秀作がたくさんある現代視点からすると評点は控えめ。 この犯人なら違う手段をとったはず、なんてヤボは言わない・・・ |
No.216 | 10点 | ナイルに死す- アガサ・クリスティー | 2025/08/12 11:01 |
---|---|---|---|
そういえばまだ書評していなかった。
文句なしの代表作。 殺しそのものはオーソドックスなトリック。だがこの作品のキモはそこにはない。 人間関係の中に大きな企みがあるから前半の長さは必要不可欠。 そしてクリスティのことだからサイドストーリーも楽しく読める。 映像は観た限りでは映画2篇とTVドラマ1編だが、ドラマのD.スーシェ版がいい。1978年の映画は巨漢のユスティノフポワロがあり得ない上に、せっかくのオールスターキャストがガチャガチャとぎこちなく、先に公開されたルメット版「オリエント急行」のような洒落っ気がない。最新のケネス・ブラナー版はシリアスなプロローグがチグハグ。 |
No.215 | 7点 | 蟬かえる - 櫻田智也 | 2025/08/09 08:36 |
---|---|---|---|
表題作から始まる5編の短編集。
各話ともどこかシュールな雰囲気があるのは主人公のキャラによるものだろう。昆虫オタクでピュアな青年。これほど控えめな名探偵もめずらしい。 なかでもお気に入りは2編。 「蝉かえる」は謎解きのあとに本当の驚きが来るプロットが新鮮。 重量感のある謎解きは「ホタル計画」。本格パズラー + 社会派 + バイオ風味。 時間軸を遡っているから、これを4話目に置くことで連作短編としての奥行きがでる。 そして第5話が直近ということになるのだろう。主人公はすでにキャリアを積んだ社会人になっている。 5話を通して読者は、つかみどころのないエリ沢くんを少しは捉えることができる。巧みな構成で読ませる連作短編集。 (蝉の旧字とエリが変換できないのでご容赦) |
No.214 | 6点 | 幻坂- 有栖川有栖 | 2025/08/08 08:18 |
---|---|---|---|
「天王寺七坂」をテーマにしたホラー七編+歴史物二編。
お気に入りは、哀しくも希望の見えるホラーファンタジー「真言坂」。冒頭の英文フレーズ がエンディングの一言に対応する構成は見事。 もう一編は「天神坂」。恋に破れて死んだ女が、不思議な割烹で美味しい料理と酒に癒されて成仏する話。それにしては真田十勇士がいつまでも常連客なのはなぜ?味音痴なのか! 実在した今はなき料理屋の蘊蓄も楽しい。こちらは心霊探偵濱地健三郎物。 多くは薄味でオドロオドロしい怪異は出てこない。 |
No.213 | 8点 | 開化鐵道探偵- 山本巧次 | 2025/08/07 09:00 |
---|---|---|---|
職歴30有余年の元鉄道マン山本巧次による鉄道ミステリー第一作。
時は明治12年、鉄道の黎明期。ところは大津、逢坂山のトンネル工事現場。 すでに開通している大阪京都線をさらに延伸する重要地点で怪事件が頻発する。 鉄道局の高官から捜査を委嘱されたのはなんと元八丁堀の切れ者同心。考えてみれば維新から10年あまり、元同心はたくさん居ただろうから不思議はない。 助手にあてがわれたのは鉄道局技手見習。こちらも貧乏御家人の息子。 江戸者の探偵コンビに、長州閥の鉄道局、薩摩閥の警察、大阪の商社、掘削を担う生野銀山の鉱夫たちが入り乱れての本格ミステリー。 テンポのいい文体で物語が展開する。 個々のトリックもさることながら、黒幕を含めた事件の構図そのものに説得力がある。 終盤の真相開示は「さて、皆さん・・・」のポワロスタイル。 見事に犯人を挙げた元同心に、敬意と悔しさ混じりの敬礼をして犯人を引っ立てていく薩摩出の警部は、まさにホームズとレストレイド。 考証も確かで読みごたえのある鉄道ミステリーの快作。 |
No.212 | 6点 | 江神二郎の洞察- 有栖川有栖 | 2025/08/06 06:29 |
---|---|---|---|
学生アリスシリーズの第一短編集。
京都の英都大学を舞台に、新入生アリスとEMC(推理小説研究会)の出会いから、一年後のマリアの入部までを背景にした9編。多くは日常の謎系。 なかでは「四分間では短すぎる」が気に入った。このサークルらしいロジックの展開が愉快。作中で「点と線」がネタバレ気味に扱われているから未読の人(いないか!)は要注意。 全体にミステリー濃度は薄いがシリーズキャラたちと付き合うつもりで読めば楽しい。 とはいっても切れ味鋭い本格短編をもう少し読みたかったなあ。 |
No.211 | 5点 | 日本扇の謎- 有栖川有栖 | 2025/08/02 06:45 |
---|---|---|---|
海岸で記憶喪失の青年が発見される・・・なかなか魅力的な導入部。文体はなめらかだしキャラ造形もいい。
そして惨劇が、とここまでは本格ミステリーの醍醐味たっぷり。 しかし終盤、指摘される犯人に意外性はなく動機は平凡でがっかり。 もとよりこの作家に衝撃の犯人、斬新なトリック、大どんでん返しなどは期待していない。有栖川氏の真骨頂は鋭利な刃のようなロジックにある。 ところがここではその切れ味も今一つ。 犯人の哀しみを深く掘り下げていればまた別の味わいがあったかもしれないが・・・ というわけで物語性豊かな王道ミステリーのはずが、薄味過ぎるエンディングとなって残念。 |
No.210 | 6点 | 開化鐡道探偵 第一〇二列車の謎- 山本巧次 | 2025/08/01 06:53 |
---|---|---|---|
ときは明治18年。舞台は開業間もない日本鉄道の大宮から高崎。
脱線した貨車から一個の千両箱が発見される。 これをきっかけに謎の幕府埋蔵金を追って、警察、自由民権運動家、不平士族たちが入り乱れるミステリー。 捜査を委嘱される探偵が元八丁堀の切れ者同心というのが愉快。考えてみるとこの時期、元同心はたくさん居ただろうから不思議はない。 丁寧な考証で時代背景がよく味わえる。読みやすい文体で人物造形も確か。 ただ、読者が謎解きする手がかりが少なく、名探偵の真相開示を拝読して終わることになるのは残念。伏線がもう少し仕込んであればより本格度が増すと思う。 |
No.209 | 7点 | 女王国の城- 有栖川有栖 | 2025/07/30 09:55 |
---|---|---|---|
読みごたえのある大作。しかし・・・
映画でも小説でも尺の長さは「質」に関わってくる。プロットに対応する長さであることは名作の必須条件なのだ。 「孤島パズル」では明快な動機やシンプルなプロットがコンパクトにまとめられていたし、「双頭の悪魔」の複雑な仕掛けはあの長さを必要とした。 ところがこの「女王国の城」ではプロットに対して尺があまりに長い。無礼かつ乱暴な言い方をすれば初めの1/3に後半の1/3を継ぎ足しても十分成立する。 作者の文体はよく言えば知的でケレン味がない。語り口で読ませるタイプではないから、長い情景描写やサイドストーリーで読者を楽しませるには不向き。 UFO や地球外生命体の話も蘊蓄というより資料的だし、カフカの引用も浮いたようになる。せっかくのバイクアクションも冗長。(冒頭のキメ台詞は好き) 時間軸を取り込んだトリックや犯人指摘のロジックは前2作にも増して魅力的なだけに残念。 |
No.208 | 8点 | 孤島パズル- 有栖川有栖 | 2025/07/26 09:35 |
---|---|---|---|
デビュー第二作にして代表作の一つ。もはや古典となった王道の孤島物。
冒頭から110ページまでは異変は起こらない。この間、読み手は物語を楽しみながら登場人物の関係性やキャラクターを頭にいれることができる。ケレン味のない文体がいい。 そして嵐の夜、第一の事件が起こる。それも王道の密室で。あとはクローズドサークルの掟どおり疑心暗鬼の沼に・・・ 暗合解きはいささかヌルいがタイヤ跡からのロジック展開は見事。この作品のハイライトだろう。 ベースとなるビターな青春物語が作品に奥行きを与えている。 キリッと引き締まった本格ミステリーの名作。動機が明快な分、大作「双頭の悪魔」より好み。 (以下、微妙なネタバレかも) ある重要人物二人の行動とキャラ造形が乖離しているのは残念。歪んだ自我や卑しい欲望が存分に描かれていたら名作中の名作になっただろう。クリスティなら・・・と思ってしまう。 沖に浮かぶボートの描写で某有名作品を想起して感覚的な伏線になった。ロジカルではないから無論作者の意図ではないだろうが。 |
No.207 | 6点 | Y駅発深夜バス- 青木知己 | 2025/07/25 15:57 |
---|---|---|---|
全く趣向の違う5編の短編集。
お気に入りは「九人病」。ベタな設定のホラーを読み進めてエンディングで現実の光が当たったと思ったら、最後はやはりホラーの沼に引きずり込まれるという転換の妙。 表題作は怪異体験の謎解きは面白いが、トリックそのものは無理筋。 「特急富士」の着想とコメディタッチは楽しいが、イヌネコの鳴き声トリックまで出てくるとちょっとアホらしくなってしまう。 読者の好みは多様だが、この短編集はバラエティに富んでいる分、どれかはササると思う。 |
No.206 | 7点 | 急行霧島: それぞれの昭和- 山本巧次 | 2025/07/23 11:03 |
---|---|---|---|
ときは昭和36年、ところは鹿児島から東京まで、26時間半をかけて走り抜く急行寝台列車「霧島」の車中。
まだ見ぬ父に会うため単身東京に向かう少女を主人公に、傷害犯を追う鹿児島県警の刑事、伝説のスリを追う鉄道公安官、妙に身なりのいい謎の少女、宝石泥棒、挙動不審の紳士などが入り乱れるグランドホテル(トレイン?)形式のスリラー。 それぞれのトピックも、場面転換が巧みなので混乱なく読める。 やや予定調和的でピリピリするようなスリルはないが、列車の進行に沿っての展開が楽しい。昭和の某有名列車ミステリーへのオマージュならぬ強烈なパロディも笑える。 現代作家の仮想昭和なので清張や島田一男の粘りつくようなリアリティはない。 |
No.205 | 7点 | 可燃物- 米澤穂信 | 2025/07/09 08:01 |
---|---|---|---|
自在に世界観を構築して、そこに精緻なプロットを埋め込むのが米澤穂信の得意技。
で、今回は警察署。絶妙なローカル感漂う群馬県警を舞台に気持ちのいい反転が楽しめる。 お気に入りは「命の恩」。猟奇的なバラバラ事件がただのxxに収れんしていく手口は鮮やか。 「別に、僕が頼んだわけじゃないです。」・・・長男のクズぶりが笑える。 もう一編、「本物か」は鮮やかな反転。イカスミは余計だったかも。 表題作は、逆説的な動機は面白いがいささかショボイか。 五編とも堂々たる警察小説の体だが、警察風俗小説ではない。ここには島田一男のタバコと汗の匂い、横山秀夫の軋みあう人間関係はない。 |
No.204 | 8点 | 飢餓海峡- 水上勉 | 2025/05/03 09:04 |
---|---|---|---|
昭和29年(1954年)9月26日、青函連絡船洞爺丸は折からの台風にあおられて座礁転覆した。犠牲者1155人、わが国最大の海難事故である。
大きな災害や事件は直接関係のない人々の心をも揺さぶる。作家の場合はそれが創作のエネルギーにもなるらしい。洞爺丸事故から二つの名作ミステリーが生まれた。 一つは中井英夫「虚無への供物」、もう一つがこの「飢餓海峡」。どちらも長大でミステリーの枠組を超えた作品となった。 物語は「海峡は荒れていた。」で始まり「海峡に日が落ちたのだ。」で閉じる。この間約1000p、読み手は主人公二人の10年におよぶ人生に付き合うこととなる。 身元のわかない水死者が二体残った。ミステリーとして申し分のない幕開け。対して終盤の自白部分はあっさりと物足りない。この犯人ならもっと粘り腰だろう。重厚長大な物語をエンディングが受けきれていない。ここは残念ながら減点部分。 荒々しいエネルギーに満ちた昭和20年代30年代を描く全体小説として読みごたえ十分。 余談だが、今や高級ブランドマグロで知られる大間が、救いのない寒村として描かれていたり、メリケン粉の窃盗でパクられた青年が下巻では運送屋としてプチ成り上がってたりといったディテール部分も楽しい。 余談ついでに、時代を読むミステリー、個人ベスト5は戦後昭和なら「飢餓海峡」「点と線」「けものみち」平成に入ると「火車」「白夜行」あたりか。 さて、令和はどんな全体小説ミステリーを生むのだろう。 |
No.203 | 8点 | バランスが肝心- ローレンス・ブロック | 2025/05/02 07:23 |
---|---|---|---|
鮮やかなオチが楽しい第1短編集「おかしなことを聞くね」に続く第2短編集。
こちらはさらにバラエティ豊かで、ミステリーやサスペンスの枠はないに等しい。まさに「分類不能」短編集。なかには斜め上にオチて読み手を呆然とさせる作品もある。 そんな中で印象に残ったのは「安らかに眠れ、レオ・ヤングダール」 。なにも起きない "あるあるネタ" にカムフラージュされた男女の破綻が本筋か?そう思って読むと二人の会話の微妙な違和感が周到な伏線であったことに気づく。とても洗練された掌編。 表題作「バランスが肝心」はひねりの効いた笑えるサスペンス。唯一のマシュウ・スカダー物「バッグ・レディの死」は長編なみの読み応え。 |
No.202 | 7点 | 銅婚式- 佐野洋 | 2025/04/26 15:25 |
---|---|---|---|
8編からなる短編集。
どれもなかなかアクロバティックなプロットだが、乾いた描写によってリアリティを保っている。連城から情感を抜いたような・・・ その分、人物造形も浅くなるので各編の主人公が似たり寄ったりのイメージで残念。 お気に入りは「不運な旅館」、タイトルがブラックで笑える。 「カメラにご用心」はよくある不倫ものだが清張ならどう仕立てただろう。 |
No.201 | 8点 | おかしなことを聞くね- ローレンス・ブロック | 2025/04/23 09:36 |
---|---|---|---|
テンポのいい文体、軽妙な言い回し、鮮やかなオチ。
いずれも短編ミステリーのお手本のような作品群。 お気に入りは、オチがシュールに決まる「おかしなことを聞くね」「夜の泥棒のように」そして正統派ハードボイルド「窓から外へ」。 作者自身の「まえがき」を含めて19編、バラエティー豊かで楽しい短編集。 |
No.200 | 5点 | 猫の刻参り 三島屋変調百物語拾之続- 宮部みゆき | 2025/04/13 08:49 |
---|---|---|---|
シリーズ開始から19年、第十作50話目ということで百物語の折り返し点になる。作中で、百物語は途中で止めると大いなる災いを招くとなっているので、作者も命がけということか・・・
三編いずれもボリュームは中編ないしは長編レベル。なかでは「百本包丁」が読みごたえがあって楽しめる。母子のジブリ風味浦島太郎譚。 百物語より「地」の三島屋の物語の方が起伏が激しくなってきた。今後の展開に向けた布石か。 それにしてもこの淡々とした文体はどうしたことだろう?初期のスピード感や心に響く言い回しが懐かしい。 |
No.199 | 5点 | 日影丈吉傑作館- 日影丈吉 | 2025/04/03 08:49 |
---|---|---|---|
初読。なるほどこれが日影丈吉か・・・
奇妙な物語を紡ぎ出すパワーを感じる。一方でその物語がページの向こうで勝手に展開して完結してしまうような、置いてけぼり感があるなあ。 これに比べると近年のミステリー作家の読者へのサービス精神の豊かなことよ。 お気に入りは「かむなぎうた」。豊潤な物語のなかにヒヤリとするミステリー風味がある。なにやら不安なエンディングもいい。 |