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[ ホラー ] ペット・セマタリー |
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スティーヴン・キング | 出版月: 1989年08月 | 平均: 8.33点 | 書評数: 3件 |
文藝春秋 1989年08月 |
文藝春秋 1989年08月 |
No.3 | 10点 | Tetchy | 2018/02/09 23:54 |
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メイン州を舞台にした本書のテーマは誰しもに訪れる死。ペット・セマタリーという地元の子供たちで手入れがされている山の中のペット霊園をモチーフにした作品だ。
この作品も映画化されており、何度かテレビ放送されたが、なぜか私は観る機会がなく、従って全く知識ゼロの状態で読むことになった。 典型的な死者再生譚であり、そして過去幾度となく書かれてきたこのテーマの作品が押しなべてそうであったように、ホラーであり悲劇の物語だ。実際に本書の中でもそのジャンルの名作である「猿の手」についても触れてもいる。 そんな典型的なホラーなのにキングに掛かると実に奥深さを感じる。登場人物が必然性を持ってその開けてはいけない扉を開けていくのを当事者意識的に読まされる。 読者をそうさせるのはそこに至るまでの経緯と登場人物たちの生活、そして過去、とりわけ今回は死に纏わる過去のエピソードが実にきめ細やかに描かれているからだろう。 情理の狭間で葛藤する父親が、愛情の深さゆえに理性を退け、禁断の扉を開いていく心の移ろう様をこのようにキングは実に丁寧に描いていく。判っているけどやめられないのだ。この非常に愚かな人間の本能的衝動を細部に亘って描くところが非常に上手く、そして物語に必然性をもたらせるのだ。 つまりこの家族の愛情こそがこの恐ろしい物語の原動力であると考えると、これまでのキングの作品の中に1つの符号が見出される。 それはキングのホラーが家族の物語に根差しているということだ。家族に訪れる悲劇や恐怖を扱っているからこそ読者はモンスターが現れるような非現実的な設定であっても、自分の身の回りに起きそうな現実として受け止めてしまうのではないか。だからこそ彼のホラーは広く読まれるのだ。 仲睦まじい家庭に訪れた最愛のペットが事故で亡くなるという不幸。同じく最愛のまだ幼い息子が事故で亡くなるという深い悲しみ。本書で語られるのはこの隣近所のどこかで誰かが遭っている悲劇である。それが異世界の扉を開く引き金になるという親和性こそキングのホラーが他作家のそれらと一線を画しているのだ。 愛が深いからこそ喪った時の喪失感もまたひとしおだ。それを引き立たせるためにキングはルイスの息子ゲージが亡くなる前に、実に楽しい親子の団欒のエピソードを持ってくる。初めて凧揚げをするゲージは生まれて初めて自分で凧を操ることで空を飛ぶことを感じる。新たな世界が拓かれたまだ2歳の息子を見てルイスは永遠を感じた事だろう。人生が始まったばかりのゲージ、これからまだ色んな世界が待っている、それを見せてやろうと幸せの絶頂を感じていた。美しい妻、愛らしい娘と息子。全てがこのまま煌びやかに続き、将来に何の心配もないと思っていた、そんな良き日の後に突然の深い悲しみの出来事を持ってくるキング。物語の振れ幅をジェットコースターのように操り、読者を引っ張って止まない。 本書は見事なまでに対比構造で成り立った作品である。 生と死。若い夫婦と老夫婦。死を受け入れるクランドル夫婦と受け入れらないクリード夫妻。本来命を救う医者であるルイスが行うのは死者を弔う埋葬。愛らしい猫チャーチは一方で小鳥や鼠を弄ぶかのように殺す残虐性を備えている。愛らしかったゲージは甦った後、平気で邪魔者を殺害する残虐な悪魔となった。天使と悪魔。そして過去と未来。 本書の半ば、ジャドの妻ノーマの葬式で不意にルイスはこう願う。 神よ過去を救いたまえ、と。 せめて美しかった過去だけは薄れぬものとして残ってほしい。死んだ者は忘れ去られていく者であることに対するルイスの悲痛な願いから発したこの言葉だが、一方で今が苦しむ者がすがるよすがこそが美しかった過去であるとも読めるこの言葉。 しかし人は過去に生きるのではない。未来に生きるものだ。彼が選んだ未来はどうしようもない暗黒であることを考えながらも、果たして自分が同じような場面に直面した時、もしルイスのように禁忌の扉を開くことが出来たなら、彼のようにはしないと果たして云えるのか。 キングのホラーはそんな風に人の愛情を天秤にかけ、読後もしばらく暗澹とさせてくれる。実に意地悪な作家だ。 |
No.2 | 8点 | tider-tiger | 2017/07/18 20:17 |
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大学時代に読んだのだが、上巻を読み終えた時点でボロボロと涙がこぼれ落ちたことを憶えている。下巻でなにが起こるのかは、はっきりとわかった。
面白い小説は、先が見えていても面白い。無駄に長くても面白い。 キングの方法論、成功した理由はなんとなくわかる。 アイデアがずば抜けているというわけではなく、人物造型も平均点は軽々超えるが、トップクラスとまでは思えない。 ただ、登場人物の人生、物語を束ねて大枠のプロットの中に仕込む。 そのやり方を真似るとたいていの人は失敗するというのもわかる。 キングはITまでしか知らないが、最高傑作は本作かもしれないと秘かに思っている。 下巻で起こることがあまりにも忌わしく、どうしても好きとは言えない作品だが、もっとも心を揺さぶられたのはきっとこれだろうと思う。主人公の行動について、「おい、それはやっちゃダメだろう」と何度も何度も思う。それでも、「愚かだな」と切り捨てることはできない。自分も同じことをしてしまうだろうと思う。 あまりにも切実であまりにも自然な願いを平然と踏みにじる小説だ。 上巻は何度か読み返した。だが、下巻は二十年以上前に一回読んだきり、どうしても読み返す気になれない。 |
No.1 | 7点 | ∠渉 | 2014/07/19 16:14 |
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もはや感動をおぼえる怖さ。大切な人の「死」によって起こる日常の崩壊、死と向き合うことの難しさ、そして立ち直ることができずに起こってしまう日常の崩壊の連鎖。ホラーってこういうことだよなぁって思ってはいるけれど、改めて真正面から「死」をつきつけられると、ホラーでも辛いなぁ。土地にしみこむ「人が生き返る墓」の都市伝説が、先人たちが築いてきた「死」の歴史として残る街と、その街で息子の「死」を迎えることになる家族の物語。ホラーという一種のエンターテイメント作品でありながら、物語のすみずみから感じる純粋さが切ないホラー作品でした。 |