海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

[ ホラー ]
ニードフル・シングス
スティーヴン・キング 出版月: 1994年06月 平均: 7.00点 書評数: 1件

書評を見る | 採点するジャンル投票


文藝春秋
1994年06月

文藝春秋
1994年06月

文藝春秋
1998年07月

文藝春秋
1998年07月

No.1 7点 Tetchy 2021/08/22 23:41
『図書館警察』所収の中編「サン・ドッグ」でも触れられていたように本書は長らくキングの数々の物語の舞台となったキャッスルロック終末の物語である。
キングがどうしてこの町を葬ろうとしたかは解らないが、『デッド・ゾーン』に『クージョ』、『スタンド・バイ・ミー』など名作とされる物語の舞台だっただけにその終焉は感慨深いものがある。

ニードフル・シングス(Needful Things)、つまり「必要なもの」とか「必需品」を指す言葉だが、本書における意味はそれぞれの客にとって「無くてはならない物」、もしくは「喉から手が出るほど欲しいもの」である。
リーランド・ゴーントの店は客が集めている物や興味を持っている物、更には小さい頃に欲しくて手に入らなかった物などが置いてあり、客がそれに触れると物に宿った記憶が呼び起こされ、頭の中に映像として浮かび上がる。そしてそれが客の所有欲を掻き立て、欲しくてほしくて堪らない衝動に陥るのだ。何もかも犠牲にしても構わないほどに。
そんな激しいまでの欲望をゴーントは利用し、客にそれを買わせる。相場よりも破格に安い値段と足らない分を町の住民への悪戯との引き換えに。

それらはやがて持ち主の心を支配する。欲しい物、ようやく手に入れた宝物は持ち主の執着心を煽り、やがてそこから聞こえる声に従うようになる。それはリーランド・ゴーントの声で、彼は物に囚われた人たちの心を操るように約束した悪戯をするよう促すのだ。
つまり彼らの手に入れたニードフル・シングはリーランド・ゴーントの依り代であるのだ。
従って物語の終盤では彼らの手に入れた品々がゴーントによるまやかしによって信じさせられたものであることが次々と判明していく。

しかしよくまあキングは人の欲望について様々な視点から語るものだと感心した。
喉から手が出るほど欲しい物とは人それぞれによって様々だ。
例えば蒐集家は長らく探し求めていたレア物を目にしてどうしても欲しくなるだろうし、子供の頃の思い出の品を見つけると同様に欲しくなるだろう。
また大ファンのアーティスト関連のグッズもまた垂涎の的であろう。
一方で自分の人生が崩壊しようとしているまさにその時にその状況を打開できるものが現れれば、何を差し置いても手に入れるだろう。
また長年悩まされる病の苦痛を少しでも和らげてくれるアイテムがあれば最初は半信半疑だったとしても実際にその効用を感じれば、もう手放せなくなるだろう。

これら町の人が欲しがるもの、望むものを売る謎の骨董屋≪ニードフル・シングス≫の店主リーランド・ゴーントの正体はいわゆる“尋常ならざる者”だ。
そんなゴーントの特殊能力を見抜く力を持った者がいる。その一人が保安官のアラン・パングボーンだ。

誰しも近隣住民との間に何らかの不平不満を抱いているものだ。それは性格的に合わない、生理的に受け付けないといった本能から由来するものでいわゆる苦手意識から来るものだったり、表層化したいざこざや諍いが今に至って尾を引いていたりと、大小様々だ。
人はそんな負の感情を仮面に隠して世間に向き合い、近所付合いを続けている。しかし自分に何か不利益なことや謂れのない悪戯といった害を被るとそれが引き金となって潜在下で押し留められていた不平不満が鎌首をもたげたかの如く、頭をよぎり、そして証拠もないのに犯人だと確信に変わる。
もしくは相思相愛だと思っていた関係もたった1枚の写真と手紙で愛から憎しみへと変わる。
または隠しておきたい背徳的な趣味嗜好を明らかにされることで怒りが生まれる。
我々の住む生活圏とはこんな些細な異物で狂う歯車のような微妙なバランスの上で成り立っているのだ。
キングはこの人間たちが持つ感情の機微を実に的確に捉えるのが非常に上手い。

やがてそんな悪戯が町の住民たちの猜疑心を生み、そして町の崩壊まで至るようになる。
これは即ち暴動の始まりである。アメリカで、中国で起きている警察に対する、政府に対する暴動はそれぞれが小さな発端から市を、州を、国中を、そして世界中を巻き込む抗議活動に発展し、そして暴動へとエスカレートしていった。
本書ではキャッスルロックという小さな町の住民間の小さな諍いが肥大し、やがて町を滅ぼすまでの暴動に発展する様を描いた作品なのだ。

そして『スタンド・バイ・ミー』に登場したキャッスルロック一の不良エース・メリルも物語の中盤になって現れる。既に齢四十八となったエースのキャッスルロックを離れ、戻ってくるまでの物語も11ページ費やされる。
つまりキングがキャッスルロック最期の話に選んだ主役はその住民たちだったのだ。彼ら彼女らはそれぞれそこで生まれ、育った者もいれば、他所から来た者もいる。そして彼ら彼女らは一様に何の問題もなく、それまで生きてきたわけではない。
人は皆物語の主人公だという言葉があるが、キングは本書でまさにその言葉通りに皆が主人公の物語を紡いだのだ。

キングが本書で描いたのはほんの些細なことで人は不可侵領域に押し入り、そして諍いが起きて社会が崩れ去る様だ。我々の共同体とはなんとも脆い楼閣であるのか。
そして物語とは云え、その一部始終を上下巻1,300ページ強を費やしてじっくりとねっとりと見せつけられる後ではやはり人は心底信じあえることはできないのだと痛烈に嘲笑している作者の姿が目に浮かぶようだ。

さて私は本書に対して思うところがある。それは本書はキングにとって作家生命の再生の物語でもあったのではないかということだ。
思えばなかなか作家としてデビューが適わなかった彼がボツにした原稿を妻のタビサが見出して投稿したところ、見事デビューとなり、そしてその後映画化もされ、破格の扱いとなった作品『キャリー』もまた町が崩壊する物語だ。念動力の能力を持つ超能力少女キャリーがプロムパーティーで屈辱的な扱いを受け、怒りに駆られてその力を発動して町1つを壊滅に追い込む物語がキングのデビュー作であり、ベストセラー作家としての第一歩を踏み出すことになった。
この長らく親しんできたキングが生み出した架空の町キャッスルロックを崩壊させるこの物語はつまり当時スランプに悩んでいたキングが再生を図るための破壊の物語であったのではないだろうか。
キングのキャッスルロック・サーガを意識的に取り上げ、そしてそれらを無に葬り去るのが本書だ。そうすることでデビュー作と同様の栄光を掴み、作家として更なるステップアップを望んだのではないだろうか?

破壊と再生を繰り返す作家キング。彼がなぜ2010年代に再び傑作群を発表するようになったのか、本書以降からそれまでの作品の変化を追う興味が湧いてきた。

物語の最後、ゴーントが去る馬車の腹には次のような一文が書かれていた。
“すべては買い手の責任”
何かを手に入れれば何かを喪う。欲望に駆られて衝動的に買い物をすればそれには大きな代償を支払うことになる。本書は物欲主義に陥った資本主義に対する警告を促す作品か。それとも単に何でも欲しがる子供たちに向けての説教のための物語なのだろうか。
ともあれ何かを買うときは慎重に考えることにしよう。でないととんでもない代償を払わされることになる。それも家族や町が崩壊するほどに。


キーワードから探す
スティーヴン・キング
2021年03月
アウトサイダー
平均:5.00 / 書評数:1
2018年09月
任務の終わり
平均:5.00 / 書評数:1
2017年09月
ファインダーズ・キーパーズ
平均:5.00 / 書評数:2
2016年08月
ミスター・メルセデス
平均:5.50 / 書評数:2
2016年07月
ジョイランド
平均:6.00 / 書評数:2
2015年06月
ドクター・スリープ
平均:4.00 / 書評数:1
2013年09月
11/22/63
平均:8.00 / 書評数:3
2011年04月
アンダー・ザ・ドーム
平均:8.50 / 書評数:2
2009年09月
夜がはじまるとき
平均:7.00 / 書評数:1
夕暮れをすぎて
平均:4.67 / 書評数:3
2007年11月
セル
平均:7.00 / 書評数:1
2006年12月
ブルックリンの八月
平均:7.00 / 書評数:1
2006年10月
メイプル・ストリートの家
平均:7.00 / 書評数:1
2006年07月
ダーク・タワーⅥ-スザンナの歌-
2006年06月
ドランのキャデラック
平均:7.00 / 書評数:1
2006年03月
ダーク・タワーⅤ-カーラの狼-
2004年05月
第四解剖室
平均:6.00 / 書評数:1
幸運の25セント硬貨
平均:4.00 / 書評数:1
2002年08月
トム・ゴードンに恋した少女
平均:7.00 / 書評数:1
2002年04月
アトランティスのこころ
平均:8.00 / 書評数:1
2001年06月
不眠症
平均:8.00 / 書評数:1
2000年11月
ザ・スタンド
平均:9.00 / 書評数:1
ライディング・ザ・ブレット
平均:7.00 / 書評数:1
2000年07月
骨の袋
平均:7.00 / 書評数:1
2000年05月
ダーク・タワーⅣ-魔道師と水晶球-
平均:7.00 / 書評数:1
2000年02月
いかしたバンドのいる街で
平均:7.00 / 書評数:1
1998年03月
レギュレイターズ
平均:7.00 / 書評数:1
デスペレーション
平均:5.00 / 書評数:1
1997年11月
ダーク・タワーⅢ-荒地-
平均:6.50 / 書評数:2
1997年09月
ジェラルドのゲーム
平均:4.00 / 書評数:1
1997年01月
グリーン・マイル
平均:8.00 / 書評数:4
1996年09月
図書館警察
平均:7.00 / 書評数:1
1996年08月
ランゴリアーズ
平均:7.00 / 書評数:1
1996年05月
ローズ・マダー
平均:8.00 / 書評数:1
ダーク・タワーⅡ-運命の三人-
平均:5.50 / 書評数:2
1996年03月
人狼の四季
平均:6.00 / 書評数:2
1995年09月
ドロレス・クレイボーン
平均:8.50 / 書評数:2
1994年06月
ニードフル・シングス
平均:7.00 / 書評数:1
1993年07月
トミーノッカーズ
平均:3.50 / 書評数:2
1992年09月
ダーク・ハーフ
平均:7.00 / 書評数:1
1992年04月
ダーク・タワーⅦ-暗黒の塔-
ダーク・タワーⅠ-ガンスリンガー-
平均:6.00 / 書評数:2
1991年11月
IT
平均:7.33 / 書評数:3
1990年03月
ミザリー
平均:6.71 / 書評数:7
1989年08月
ペット・セマタリー
平均:8.33 / 書評数:3
1989年07月
死のロングウォーク
平均:6.50 / 書評数:2
1989年02月
最後の抵抗
平均:3.00 / 書評数:1
1988年11月
ハイスクール・パニック
平均:7.00 / 書評数:2
1988年05月
ミルクマン
平均:7.00 / 書評数:1
1988年03月
ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編
平均:8.33 / 書評数:3
1988年01月
痩せゆく男
平均:6.33 / 書評数:3
1987年12月
クリスティーン
平均:8.00 / 書評数:1
1987年10月
バトルランナー
平均:7.00 / 書評数:1
1987年07月
タリスマン
平均:3.00 / 書評数:1
1987年05月
トウモロコシ畑の子供たち
平均:7.00 / 書評数:1
デッド・ゾーン
平均:8.00 / 書評数:2
1987年03月
スタンド・バイ・ミー―恐怖の四季 秋冬編
平均:7.75 / 書評数:4
1987年02月
神々のワード・プロセッサ
平均:7.00 / 書評数:1
1986年08月
深夜勤務
平均:6.00 / 書評数:2
1986年05月
骸骨乗組員
平均:7.00 / 書評数:1
1983年09月
クージョ
平均:7.33 / 書評数:3
1982年09月
ファイアスターター
平均:7.50 / 書評数:2
1978年03月
シャイニング
平均:7.71 / 書評数:7
1977年01月
呪われた町
平均:5.00 / 書評数:6
1975年01月
キャリー
平均:6.33 / 書評数:3