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[ 警察小説 ]
エンジェルズ・フライト
ハリー・ボッシュシリーズ/「墜天使は地獄へ飛ぶ」改題
マイクル・コナリー 出版月: 2001年09月 平均: 8.00点 書評数: 3件

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扶桑社
2001年09月

扶桑社
2006年01月

扶桑社
2006年01月

No.3 8点 蟷螂の斧 2019/08/05 16:27
ロサンゼルスの「エンジェルズ・フライト」と呼ばれるケーブルカーが現場です。その付近にある名優アンソニー・クイーン氏(2001年86歳で没)の壁画が何回か登場するのですが、若い刑事はそれが誰だかわからない。トホホ・・・(苦笑)。作中で、主人公ボッシュ刑事の知り合いの元FBI捜査官マッケイレブに関する実話が「わが心臓の痛み」として映画化された。そのポスターを刑事が見て、主演イーストウッドはマッケイレブ本人とは似てはいないなどと「楽屋落ち」的な場面もあります。本主人公はスティーブ・マックイーン氏をイメージして書いたようです。なお、主人公ハリー・ボッシュの本名はヒエロニムス・ボッシュで「快楽の園」で有名な画家と同じです。名前の由来は1作目から読めばわかるのかもしれませんが、本作はシリーズ6作目で?でした。後の楽しみ・・・。評価は、真相が二転三転し読み応え十分なこと、背景も良く描かれているなどで8の上です。

No.2 9点 Tetchy 2017/12/03 00:35
ケーブルカーと云えばLAではなくサンフランシスコのそれが有名だが、LAにもあり、それが本書で殺人の舞台となるエンジェルズ・フライトだ。実は世界最短の鉄道としても有名だったが、2013年に運行を停止していたらしい。しかし2016年の大ヒット映画『ラ・ラ・ランド』の1シーンで再び脚光を浴びて運行が再開したようだ。
1冊のノンシリーズを挟んでボッシュシリーズ再開の本書は奇遇にも最近再開されたケーブルカー内で起きた、LA市警の宿敵である強引な遣り口で勝訴を勝ち取ってきた人権弁護士の殺人事件に突如駆り出されたボッシュが挑む話だ。

作者はやはりボッシュに安息の日々を与えない。今度のボッシュはまさに否応なしにジョーカーを引かされた状況だ。警察の天敵で、何度も幾人もの刑事が苦汁と辛酸を舐めさせられた弁護士の殺人事件を担当することで、世論は警察による犯行ではないかと疑い、刑事も当初はその疑いを免れるために強盗によって襲われたものとして偽装する。
おまけに被害者は黒人であるのが実は大きな特徴だ。本書はスピード違反で逮捕された黒人をリンチした白人警官が無罪放免になったいわゆるロドニー・キング事件がきっかけで起きた1992年のロス暴動がテーマとなっている。作中LA市警及びハリウッド署の面々にとってもその記憶もまだ鮮明な時期で、エライアス殺人事件がロドニー・キング事件の再現になることを恐れており、少しでも対応を間違えば暴動になりかねない、まさに一触即発の状況なのだ。
作者自身もこのロドニー・キング事件を強く意識した物語作りに徹している。上に書いたように黒人であるロドニー・キングをリンチした白人警官が無罪放免になったのには陪審員が全て白人で構成されていたことが要因として挙げられている。一方エライアスが担当していたマイクル・ハリス事件もまた、事件に関わった警察及び検察官が全て白人であった。コナリーは実際の事件をかなり意識して書いていることがこのことからも窺える。従って本書では特に白人と黒人の反目が取り沙汰されている。ボッシュ達がこの微妙な、いや敢えて地雷を踏まされたような事件を担当するのも、ボッシュのチームに黒人の男女の刑事がいることが一因であることが仄めかされている。世紀末当時のLAはまだ根深い人種差別が横たわっていたことが描かれている。

更にエレノアとの結婚生活もまた破綻しかけている。元FBI捜査官でありながら、前科者という経歴で彼女はなかなか新たな職に就けないでいた。ボッシュも人脈を使って逃亡者逮捕請負人の仕事を紹介したりするが、エレノアはかつて捜査官として抱いていた情熱をギャンブルに向けていた。ラスヴェガスでギャンブラーとして生計を立てていた頃に逆戻りしていたのだ。ボッシュはエレノアに安らぎと全てを与える思いと充足感を与えられたが、エレノアはボッシュだけでは充たされない空虚感があったのだ。
本書で特に強調されているのは「すれ違い」だろうか。事件の舞台となったケーブルカー、「エンジェルズ・フライト」をコナリーは上手くボッシュの深層心理の描写に使っている。
一度は近づきながらもやがて離れていくケーブルカー。これを出逢いと別れを象徴している。一方同じ車両に通路を隔てて乗っている2人の関係性。これは同じ方向に進みつつも2人には何か見えない隔たりがある。ケーブルカーをボッシュが関わる女性との関係性に擬えるところにコナリーの巧さがある。
すれ違いと云えば、被害者エライアスの家族もそうなのかもしれない。人権弁護士として貧しき黒人たちの救世主として名を馳せた辣腕の黒人弁護士。しかし彼はその名声ゆえに近づいてくる女性もおり、それを拒まなかった。元人権弁護士でLA市警の特別監察官となっているカーラ・エントリンキンもまたその1人だった。
しかしエライアスの妻ミリーは女性関係については夫は自分に誠実であったと信じていますと告げる。決して誠実だったとは云わず、自分は信じているとだけ。これはつまりすれ違いをどうにか防ごうとする妻の意地ではないだろうか。世間に名の知れた夫を持つ妻の女としての矜持だったのではないだろうか。つまり彼女とハワード・エライアスのケーブルカーはそれぞれ上りと下りと別々の車両に乗ってはいたが、行き違いをせずにどうにかそのまま同じところに留まっていた、そうするように妻が急停止のボタンを押し続けていた、そんな風にも思える。

世紀末を迎えたアメリカの政情不安定な世相を切り取った見事な作品だ。実際に起きたロス暴動の残り火がまだ燻ぶるLAの人々の心に沈殿している黒人と白人の間に跨る人種問題の根深さ、小児に対する性虐待にインターネットの奥底で繰り広げられている卑しき小児ポルノ好事家たちによる闇サイトと、まさしく描かれるのは世紀末だ。
では新世紀も17年も経った現在ではこれらは払拭されているのかと云えば、更に多様化、複雑化し、もはやモラルにおいて何が正常で異常なのかが解らなくなってきている状況だ。人種問題も折に触れ、繰り返されている。そういう意味ではここで描かれている世紀末は実は2000年という新たな世紀が孕む闇の始まりだったのかもしれない。そう、それは混沌。死に値する者は確かに制裁を受けたが、それは果たして正しい姿だったのか。そして友の死の意味はあったのか。向かうべき結末は誰かが望み、そしてその通りになりもしたが、そこに至った道のりは決して正しいものではない。
結果良ければ全て良しと云うが、そんな安易に納得できるほどには払った犠牲が大きすぎた事件であった。
自分の正義を貫くことの難しさ、そして全てを収めるためには嘘も必要だと云うことを大人の政治原理で語った本書。その結末は実に苦かった。

ボッシュの息し、働き、生活する街ロス・アンジェルス。天使のような美しい死に顔をして亡くなったステーシーがいた街ロス・アンジェルス。まさに天使の喪われた街の名に相応しい事件だ。
その街にあるケーブルカーの名前は「エンジェルズ・フライト」、即ち「天使の羽ばたき」。しかし天使の喪われた町での天使の羽ばたきは天に昇るそれではなく、地に墜ちていく堕天使のそれ。
最後にボッシュは呟く。犯人の断末魔は堕天使が地獄へ飛んでいく音だったと。エンジェルズ・フライトの懐で亡くなったエライアスはこの堕天使によって道連れにされた犠牲者。世紀末のLAは救済が喪われたいくつもの天使が墜ちていった街。そんな風にLAを描いたコナリーの叫びが実に痛々しかった。

No.1 7点 E-BANKER 2017/01/09 22:57
1999年発表。
ロス市警ハリウッド署刑事ハリー・ボッシュが活躍するシリーズ第六作。
単行本化に当たり、「堕天使は地獄へ飛ぶ」から改題。

~LAのダウンタウンにあるケーブルカー<エンジェルズ・フライト>の頂上駅で惨殺死体が発見された。被害者のひとりは辣腕で知られる黒人の人権派弁護士ハワード・エライアス。市警察の長年の宿敵とも言える弁護士の死に、マスコミは警官の犯行を疑う。殺人課のハリー・ボッシュは部下を率いて事件の捜査に当たるが・・・。緻密なプロットと圧倒的な筆力で現代アメリカの闇を描き出す、警察小説の最高峰《ハリー・ボッシュシリーズ》第六弾~

さすがに安定感たっぷりのシリーズ!
そういう読後感。
今回も大都会・LAの街を縦横無尽。前作から加わった女性刑事を含めた二名の部下、そして宿敵の内務監察課刑事、更にはFBIをも巻き込んで捜査に当たることになるボッシュ。
相変わらずストイックな男だ!
ただし、本作では、前作でようやく結婚できた愛妻・エレノアとの間に大ピンチが訪れることに。
プライベートに恵まれぬなか、捜査に専心せざるを得ないボッシュの苦悩が作中のそこかしこに登場し、読者はやきもきさせられる・・・
この辺りは、やはりシリーズものの良さというか、読者を作品世界に引き寄せる作者の手腕なのかもしれない。

で、肝心の本筋なのだが・・・
プロットとしては特段目新しいものはないように思う。
典型的な「起承転結」型とでも言おうか、本作でも、捜査が山場に差し掛かった時点で、事件の様相をひっくり返すひとつの事実に出くわすことになる。
ここから後は、急激にスピードアップ。一気にラストまで流れ込む。
これは・・・もう“お家芸”とでも言うべきかな。まさに安定感!

今回はアメリカ社会の「黒」対「白」や裏社会の問題まで扱っており、そこらへんも読み応え有り。
まぁいろいろと不満点もあるにはあるんだけど、まずは良質なエンタメ小説ということでよいのでは。


マイクル・コナリー
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