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[ ハードボイルド ]
ブラック・ハート
ハリー・ボッシュシリーズ
マイクル・コナリー 出版月: 1995年09月 平均: 7.00点 書評数: 3件

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扶桑社
1995年09月

扶桑社
2021年06月

No.3 5点 レッドキング 2024/04/17 22:16
ヒエロニムス・ボッシュシリーズ第三弾。今回は主役刑事が被告の法廷物、かつ、Whoダニットミステリ。敵は主張・戦略ともに「正しき」美人弁護士・・名前、ハニー・チャンドラー(^.^)って・・。刑事が4年前に射殺した殺人鬼の遺族による糾弾告訴と、既に亡き犯人と同手口の事件発生による冤罪疑惑。もしも裁判が、のっぴきならない刑事告訴で、解決困難な絶望的陥穽・・とかならば緊張感溢れる展開となったろうが、2$罰金を争う民事裁判で、ミステリとしてのWhoダニット解明も、あまり外連味の無い「意外な犯人」であった。話としては、一気読み出来る程に面白い文庫本上下の六百数十頁で、1点オマケ。※ところで前話までの憎まれ役ヤナ奴上司、すっかり丸くなっちゃったなぁ。

No.2 9点 Tetchy 2017/05/16 23:37
ハリー・ボッシュシリーズ3作目はボッシュのキャラクターを形成するエピソードとして描かれていた、彼がロス市警のエースから下水と呼ばれるハリウッド署に転落することになったドールメイカー事件。本書ではなんとこのボッシュの過去の瑕とも云うべき事件がテーマである。彼が解決したと思われた事件の犯人は別にいた?それを裏付けるかの如く、かつての手口と同じ形で新たな死体が見つかる。更にボッシュは彼が射殺した犯人の家族から冤罪であったと起訴されている身である。
最初からどこをどう考えてもボッシュにとっては不利な状況で幕が開く。
ボッシュの誤認逮捕への嫌疑は最高潮に達するのだが、その疑問を実に鮮やかに本書はクリアする。

ただこの真相には気付く読者は多いだろう。ただそこからが本書の面白いところで、当時記者にも隠していたドールメイカーの犯行の特徴を模倣犯がほぼ忠実に擬えていたことから捜査に関わっていた人物、すなわち警察関係者に容疑者が絞られることになる。警察仲間の中に快楽殺人鬼がいる。この油断ならぬ状況はさらに事件に緊迫度をもたらす。

またボッシュはこの裁判を通して過去に母親を亡くした忌まわしい過去を白日の下に曝され、直面せざるを得なくなる。
さらに衝撃だったのはボッシュの母親の遺体を発見したのがある人物だったこと。
よくこのような展開を偶然すぎるとか、関係が狭すぎるなどと批判する読者もいるようだが、私は大歓迎である。濃密な人間関係が物語が進むにつれて形成されていたことが判り、更に物語世界が深化する。この世界に没頭できる感覚とサプライズは何ものにも代え難い至福だ。勿論やり過ぎると鼻白む気はあるが。

また前作『ブラック・アイス』で知り合ったシルヴィア・ムーアとの関係がまだ続いていることが本書では書かれている。
本書では2人の性格を的確に捉えている印象的な文章がある。そこにはシルヴィアは物事の中に美を見出すが、ボッシュは闇を見出す。天使と悪魔の関係だ。教師という職業に就き、人の清濁を理解した上で美点を見出し、そこを延ばそうとする女性に対し、常に人を疑って隠された悪を見出して数々の犯人を検挙してきた男。どちらもそれぞれの職業に、生き方に必要な才能を持ちながら水と油のように溶け込まないでいる。唯一共通するのはお互いが求めあっていることだ。

しかしこの法廷劇の濃密さはどうだろう!百戦錬磨の強者弁護士ハニー・チャンドラーの強かさは男性社会の中で勝ち抜くことを自分に課した逞しい女性像を具現化したような存在だ。裁判に勝つために自らの容姿、敵の中に情報源を隠し持つ、更には被告側の隠したい過去をも躊躇なく暴く、容赦ない女性だ。
後にコナリーは弁護士ミッキー・ハラーを主人公にしたシリーズを書くが、早くも3作目でこのような法廷ミステリを書いているとは思わなかった。1冊目が典型的な一匹狼の刑事のハードボイルド小説ならば2作目はアメリカとメキシコに跨った麻薬組織との攻防と思わぬサプライズを仕掛けた冒険小説、そして3作目が法廷ミステリとコナリーの作風のヴァラエティの豊かさとそしてどれもがストーリーに深みがあるのを考えると並外れた才能を持った新人だと思わざるを得ない。

さて本書の原題は“The Concrete Blonde”、即ちボッシュの誤認逮捕を想起させるコンクリート詰めにされて発見されたブロンド女性の死体を指している。
一方で邦題の『ブラック・ハート』はヒットした2作目の『ブラック・アイス』にあやかって付けたという安直な物ではない。いや多少はその気は出版社にもあったかもしれないが、本書に登場する司法心理学者が書いた本のタイトル『ブラック・ハート―殺人のエロティックな鋳型を砕く』に由来する。即ちブラック・ハートこと“黒い心”とは誰もが抱いている性的倒錯であり、それが砕けるか砕けないかという非常に薄い壁によって犯罪者と健常者は分かたれているだけで、誰もが一歩間違えば“黒い心”に取り込まれて性犯罪を起こしうると述べられている。

恐らく原題も最初はこの『ブラック・ハート』としていたのではないだろうか?というのも第1作『ナイトホークス』の原題が“Black Echo”で2作目が邦題と同じ“Black Ice”。それらはいずれも作中で実に印象的に扱われている言葉でもある。その流れから考えるとコナリー自身もボッシュシリーズの題名は“Black ~”で統一しようと思っていたのだが、それまでの題名に比べて“Black Heart”はいかにもありきたりでインパクトがなさすぎるため、エージェントもしくは出版社が本書でセンセーショナルに描かれるコンクリート詰めのブロンド女性の死体を表す「コンクリート・ブロンド」にするよう勧めたのではないだろうか。

しかし本書の題名はそのどちらでも相応しいと思う。邦題の『ブラック・ハート』は本書の焦点となるドールメイカーの追随者を正体を探る作品であることを考えると、その犯人の異常な、しかし誰もが持つ危うい心の鋳型を指すこの単語が実に象徴的だろう。

一方で『コンクリート・ブロンド』ならば、新たに現れたドールメイカーの追随者による犠牲者たちを衝撃的に表した単語であることから、それもまた事件そのものの陰惨さを指す言葉として十分だろう。しかもコナリーはこの言葉にもう1つの意味を込めている。
今回のボッシュの宿敵となって立ち塞がる原告側の弁護士ハニー・チャンドラー。コナリーが敬愛する作家のラストネームを冠したこの女性こそが「コンクリート・ブロンド」だったのではないか。卑しき犯罪者を糾弾する自分だけは自分の正義を守ろうとしたのが彼女だとしたら、だからこそコナリーは彼女にその名を与えたのではないだろうか。
一方でボッシュはこのチャンドラーに公判中、怪物を宿した刑事だと糾弾される。そして自身もまた自分の中にその怪物がいるのかと自問し出す。自分もまた“黒い心”の持ち主であり、チャーチを撃ち殺した自分は彼らとなんら変わらないのではないかと。つまり原題がボッシュの宿敵を指すのであれば邦題はボッシュ自身をも指示しているとも云えるだろう。

ハリー・ボッシュがロス市警の花形刑事から下水と呼ばれるハリウッド署へ転落させられたドールメイカー事件。彼の刑事人生で汚点ともなる疑惑の事件が今回見事に晴らされた。これで1作目からのボッシュの業は1つの輪となって一旦閉じられることになるとみていいだろう。

次作からは再び己自身の過去に向かい合う作品となるだろう。そしてシルヴィアとの関係も決して十分だと云えない。お互い愛し合っているからこそ、続けるのが困難な愛もある。危険に身を投じるボッシュは彼のせいでシルヴィアもまた危険に巻き込むかもしれないと恐れ、一方でその姿勢を高貴なものと尊敬しながらも、以前警察官だった夫を喪ったシルヴィアは再び同じような失意に見舞われるのを恐れている。
最後にボッシュが呟いたように、少しでも関係が続くよう、もはや願うしか手がないのだろう。最後の台詞に“Wish”という言葉が入っていることに私はボッシュのもう1人の女性のことを思い出さずにはいられなかった。

No.1 7点 E-BANKER 2014/01/05 15:10
「ナイト・ホークス」「ブラック・アイス」に続くハリウッド署・ボッシュ刑事シリーズの三作目がコレ。
過去に自らが引き起こした被疑者銃殺事件に基づき、被告として法廷に立たされることになったボッシュ。
彼はどのようにピンチを乗り切るのか??

~11人もの女性をレイプして殺した挙句、死に顔に化粧を施すことから、“ドールメイカー(人形造り師)”事件と呼ばれた殺人事件から四年・・・。犯人逮捕の際、ボッシュは容疑者を発砲、殺害したが、彼の妻は夫が無実だったとボッシュを告訴した。ところが裁判開始のその日の朝、警察に真犯人を名乗る男のメモが投入される。そして新たにコンクリート詰めにされたブロンド美女の死体が発見された。その手口はドールメイカー事件とまったく同じもの。やはり真犯人は別にいたのか? 人気のハードボイルドシリーズ第三弾~

本シリーズはどの作品も水準以上の面白さだ。
一作目から三作目まで読んでも、その感想は変わらない。
紹介文のとおり、本作の特徴は過去の事件と現在の事件がクロスし、シンクロしながら進行していくことにある。
刑事として自信を持って逮捕した男の妻から訴えられ、しかも相手は辣腕の女性弁護士。こちらの弁護士は頼りにならない二流弁護士・・・。
女性弁護士の罠にはまり、法廷で窮地に陥る・・・というのが中盤までの概要。

そして、後半以降はギアが変わり、一気にスピードアップ。
思わぬ人物までもが“ドールメイカー”の毒牙にかかってしまう事件を経て、終局へなだれ込む。
さらに、終盤では本シリーズではお馴染みの「ドンデン返し」或いは「サプライズ」が待ち構えていて、思わず唸らされることになる。
特に本作の真犯人はかなり意外な人物だ(ネタばれ?)。

もちろん本格ミステリーではないから、読者が推理を楽しめるというわけではないが、ここまで読者を楽しませてくれる要素があれば十分。
ボッシュと前作で知り合った恋人のシルヴィアとの大人のラブストーリーもいい具合に絡めていて、その辺りも物語に華を添えている。
というわけで万人にお勧めできる良作という評価。
(巻末解説では評論家の吉野氏が作者のチャンドラーへの敬愛振りに触れている。なる程ね・・・)


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